14■村の怪物
閉鎖的な村。思いがけない再会。


57■村の怪物 1 (テス視点)
ルーラでポートセルミに戻ると、潮の匂いがした。何だか懐かしい気さえする。小さな頃、船に乗って旅をしたせいか、どうもボクはこの匂いに弱い。
「実は昨日、ボクは全然眠れてないから、ポートセルミで一泊してから行きたいんだけど、いいかな?」
ボクが皆に訊ねると、
「ヘンリーと話してて寝られなかったんだろ? しょーもないなあ。寝て来い寝て来い」
なんてスラリンが云うと、皆が苦笑しながら頷いた。
「主殿の健康が第一です。眠ってきてください」
ピエールの言葉にボクは頷きながら欠伸をする。
「本当に眠いや。……ごめんね、オヤスミ」
「まだ昼間じゃよ」
マーリン爺ちゃんの笑い声に見送られながら、ボクはポートセルミの宿へ向かった。
 
 
夏が随分近くなってきているせいか、ポートセルミの雰囲気は少し華やかさを増した気がする。道行く人の服装も、前来たときより随分軽いものになってる気がした。
日差しが暑い。
ボクは入り口に一番近い宿に入ると、すぐに部屋をとって夕飯の時間まで軽く眠る事にした。
二階の角の部屋で、カーテンだけ引いてベッドに横になる。本当にすぐに落ちるように寝入ってしまった。

 
 
少し騒がしい音に目が覚めた。
カーテンを開けてみると、外はもう随分暗い。
かなり長い時間眠ってしまったらしかった。
「……お腹空いたなぁ」
ボクは欠伸をしながら呟くと、部屋をでる。
確か、一階にショーのできるステージがあるバーがあったはず。
お酒ははっきり云って弱いし苦手だけど、飲まなきゃいいんだし、ご飯がおいしいならそれでいい。
そんなことを考えながら階段をおりていくと、バーの方で騒ぎが起こっていた。
バーの従業員は、騒ぎに慣れているのか全く興味がないみたいだし、宿のおかみさんは迷惑そうな顔をしているだけで止めるつもりはないみたいだった。
ステージは丁度休憩時間に入ったらしく、誰も乗っていない。
皆騒ぎを遠巻きに見ているだけだった。
 
どうやら、おじさんが一人、血気盛んな感じのごろつき二人に絡まれているみたいだった。
「だから俺たちが退治してやるって云ってるだろ!」
「だからその金よこせ!」
「あんたたちは信用できないだ! このお金は村の皆が出し合った大事なお金だ!」
言い合いはかなり深刻そうな響きを持っている。
おじさんの方は、どうやら何か村ぐるみの大事な使命があるみたいで、そのためにお金を持っているらしい。
ごろつき達はそのお金を狙っているらしい。
 
なるほど、そりゃ誰も係わり合いにはなりたくないよなあ。
 
「関わるなー!」
ってスラリンが叫ぶ空耳が聞こえるような気がしないでもないけど、やっぱり、こういう目にあってる人を放っておくわけにはいけなくて。
おじさん、殴られててかなり嫌な感じの音がするし。
「……」
ボクは無言で騒ぎの方へ近づく。
「何だお前は?」
ごろつきの一人がボクに気付いて近寄ってきた。
「なんだ、文句あるのか?」
「おじさん一人に二人がかりっていうのは、卑怯だよ。困ってる人の足元見るようなことは、人として最低だ」
「んだとコラぁ」
ごろつきの一人がボクに殴りかかってきた。
ボクはそれをひょいっと交わすと、おじさんの手を引っ張る。
「おじさん、こっちこっち。ちょっと隠れて」
ボクはおじさんを背中側に回すと、ごろつき二人に向き直る。
「すかした野郎だ、やっちまえ!」
「おう!」
二人は口々に言いながら連携しながら殴りかかってくる。
 
普段の戦いから云えば、そりゃもちろん話にならないくらい単純で、はっきりいって、弱い。
……こっそりバギマとか使ったしね。
いいんだよ、喧嘩は勝てればそれで。
 
「おじさん、大丈夫だった?」
逃げていくごろつきはどうでもいいからほうっておいて、ボクは絡まれてたおじさんに声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ」
おじさんは顔を腫らしていたから、とりあえずホイミを掛けてあげると物凄く感激してくれた。
「ありがとう! ありがとう!」
「あ、いえ、どういたしまして」
おじさんはボクの手をがっしりと掴んで、表情を輝かせてボクを見る。
「オラ、あんたを見込んで頼みがあるだ」
「……はぃ?」
ボクは呆然と、おじさんを見返してしまった。
 
 
おじさんの話によると、おじさんの住んでいる村は、此処からほぼ真南に位置する「カボチ村」というところらしい。
コレまでは、長閑でのんびりしてて、作物も豊富なとってもいい村だったらしいけど、最近怪物が頻繁に現れるようになって困っているらしい。
おじさんは、村の代表としてここポートセルミまで怪物を退治してくれる腕っ節の強い人を探しに来たそうだ。
「あんたなら、安心して頼めるだ! これ、手付金の1500ゴールドだ! 残りは怪物を退治してくれたら払う! 村は南の方だ! 頼んだぜ兄ちゃん!」
おじさんはボクの手をぶんぶんと上下に振ってから、お金を押し付けてそのまま物凄い勢いでバーから出て行ってしまった。
 
「……え?」
ボクは手元に残った大金をまじまじと見つめながら思わず首をかしげる。
何が何で、何だって?
「おう兄ちゃん、エライ目にあったなあ」
「あ、いえ、まあ、人を助けるのとかは、慣れてます」
ボクは顔が引きつっているのが解りつつも、笑いながら答える。
 
……まあ、どっちにせよ村にも立ち寄るつもりだったから、いいんだけどね。
そういうことを自分自身に言い訳しつつ、ボクは少し遅めの夕食を食べると、部屋に戻って眠った。
夢も見ないくらい、ぐっすりと眠った。
58■村の怪物 2 (テス視点)
次の日もまぶしいくらい晴れていた。
ボクは大きなあくびをしながら、用意されている宿の朝ごはんを食べる。
宿のおかみさんが、昨日の騒ぎを収めたお礼っていって、ちょっと豪華な朝ごはんを用意してくれていて、朝から随分しっかりとご飯を食べてしまった。
……あとでちょっと気分悪くなるかもしれない。
 
ボクは道具屋で保存食なんかを買ってから、町の外へ行く。
皆はもう、もちろん起きていてボクを待ってくれていた。
「おはよう」
「おはようございます、主殿」
ボクは荷物を馬車に載せてから、地図を広げる。
「えぇとね、今から向かうのはカボチ村。此処からは南下していくことになるよ。それでね、実はカボチ村で仕事を頼まれているんだ」
「は?」
不思議な顔をする皆に、ボクは昨日の話を聞かせる。
「ああー。なんかおっさんが嬉しそうにウマに乗ってそっちに行くの見た。きっとそのおっさんだな」
「へえ、あのおじさんもう行ったんだ」
ボクはスラリンの言葉に笑いながら答える。
「それにしても、怪物って何でしょうね?」
ピエールが首をかしげる。
「とりあえず、ボクでも力になれる程度ならいいんだけど」
ボクはちょっと不安に感じながら、ピエールに答える。
「まあ、行ってみるしかないじゃろ」
マーリン爺ちゃんの言葉にボクらは頷くと、南のカボチ村を目指して歩き出した。
 
 
カボチ村に辿り着いたのは、ポートセルミを出て三日歩いた夜のことだった。
山間の小さな村。もう潮の匂いはしない。星が落ちそうなくらい沢山空に散らばっているのが見える。
とても静かだった。
まるで、誰も住んでいないんじゃないかっていうくらい。
村を囲むように畑が広がっている。沢山の怖い顔をした案山子が沢山たっている。
「……静かだなあ」
あまりにも見晴らしがいいから、村の中から、皆が待ってくれている外が丸見えだった。
これはみんなには馬車の中で待っててもらわないと、ちょっと大変な事になるかもしれない。
「今日泊まれるところあるかな?」
ボクは村の中を見てまわろうと、村のほうへ歩き出した時だった。
 
近くの畑から、がさごそという音が聞こえた。
そっちの方向を見てみると、畑の作物の葉っぱが動いている。
「??」
中から、何か大きな動物が飛び出してきた。
「うわ!」
その動物はボクを飛び越すと、そのまま村の外へ一目散に走り去っていってしまった。
「何、いまの?」
ボクはその動物が走り去った方向を呆然と見つめる。
そいつは、西の方向の山の方へ向かって走っていってしまった。
 
 
村には小さな宿が一軒だけあった。
何だか客商売のわりに愛想のない宿だったけど、疲れていたからそのままその宿屋で眠った。
やっぱり、夢を見ないくらい眠りこんでしまった。
 
 
目が覚めてから、村長の家というところへ行ってみた。
そこには沢山の村人が集まっている。
何かを話し合ってるらしく、声が聞こえた。
「んじゃ、やはりポートセルミの酒場にたむろする連中に助っ人を頼むつもりだな?」
「んだ、あすこにはかなりの腕のたつ戦士がたむろしますけん」
「オラ反対だ! 村の事をどこのウマの骨とも知れねえよそ者に頼むなんて! 大方騙されて礼金だけ持ってかれるのがオチだべ! ……オラ仕事あるから話は此処までだ」
叫んでいた男の人が出入り口に居るボクのほうへ歩いてくる。
「……なんだあんたは? どいてけろ!」
どん、と肩をぶつけて、その男の人は家から出て行った。
ソレを呆然と見送っていた村人の一人が、ボクをみて嬉しそうに声をあげた。
「お! あんたは! オラだよ、ほれ、ポートセルミで助けてもらった。……やっぱり来てくれただか。あんたを信用したオラの目に狂いはなかったな!」
おじさんはエヘンとムネをそらす。
「詳しい話は村長に聞いてくろ」
おじさんはボクを村長に引き合わせてくれた。
 
村長は、ボクを目を細めてちょっと胡散臭そうに見つめた後、
「ほう、あんたが酒場に通う助っ人の先生だべか」
……いつそんな話になったんだろう?
「こんたびは、どんもオラたちの頼みを引き受けてくれたそんで。誠にすまんこってすだ。んで、退治してもらう化け物の事じゃけんど、これがまんず、狼のような虎のようなおっとろしい化け物でしてな。どこに住んどるのかはわからねえです。ただ、西のほうからくるっちゅうのは、皆知ってますだよ。おねげぇだ。お前様は強いんだろ? どうか西から来る化け物をの巣を見つけて退治してきてくんろ!」
ボクは昨日の夜の大きな動物を思い出す。
きっとあれの事を言っているんだろう。
皆良く見てみればつかれきった顔をしていて、何だか暗い。
「わかりました、ボクでお役に立てるか解りませんが、頑張ってみます」
「ありがとうありがとう!」
ボクは村の人に見送られながら、村長の家を出る。
外にでて、明るい中で村の畑を見てビックリした。
畑が荒らされている。かなり無残な姿になってる。
コレ、全部あの動物がやったんだろうか。だとしたら、この村の危機は深刻だ。今は1匹だけみたいだけど、何もされないのがわかったら、徒党を組んでやってくるかもしれない。
「これはちょっと、がんばらなきゃ」
ボクは呟くと、村の外で待ってくれているみんなの所へ急いだ。
59■村の怪物 3 (テス視点)
村を出て、西の方角を見てみる。
海岸線に沿うように、険しい山が続いていて、海沿いに細く平原が続いている。
かなり長くその地形が続いているみたい。山陰になっている平原はかなり薄暗い。
なんだか、その細い道は西に住んでいるという怪物の口まで、ボクらを導いているようにも感じられた。
「……なんだか気味が悪いね」
ボクが云うと、皆が同意する。
「気をつけて行ったほうがいいですね」
ボクは頷き返すと、ゆっくりとその細い道を歩きはじめた。
 
 
夏も近いって云うのに、日陰になっている道は少し肌寒い。吹き抜けていく風も、どこか冷たい気がする。
「こんなところに住んでる怪物って、どんな感じだろうな?」
スラリンは不思議そうに呟く。
「うん、とりあえずとっても怖いって云うのはわかってる」
「でも、畑の作物を荒らしておるんじゃろ? とりあえず草食じゃろうな」
「そう考えるとあんまり凶暴な感じしないよね。あの村は畑が主な仕事みたいだったから、死活問題だろうけど」
「そうじゃな」
そんな話をしながら丸一日くらい歩いていくと、細い道は行き止まりになった。
ただ、行き止まりにぽっかりと、洞窟が口をあけていた。

「……ここかな?」
ボクはその洞窟をぼんやりと見つめる。低いうなり声が聞こえた気がした。
「……うーん」
ボクは地図を見てみてから、とりあえずみんなに向き直った。
「あのね、皆に謝らなきゃいけないことが今判明」
「どうされたんですか? 主殿?」
ボクは無言で地図を皆に見せる。皆はソレを覗き込んで、不思議そうに首をかしげた。
「ボク、ずっと前にポートセルミを出る時に、北に町ひとつ、南に村と町だから、先に北を回るって云ったよね?」
「云った」
「今、気付いたんだけど、ここ、南にある町に道続いてないね」

一瞬、しーんとした。
 
「テス……地図見間違ったんだな?」
スラリンの低い声に、ボクは頷いた。
「そうみたい……。ごめん。この村での頼まれごとが終わったら、一回ルーラでルラフェンに戻って、そのあと南下になるね」
そしてボクは皆に向き直って、頭を下げる。
「……ごめんね」
「ま、時々間違うこともあるわな」
マーリン爺ちゃんが苦笑しながら言ってくれて、とりあえずこの話は終わりになった。
「じゃあ、洞窟行こうぜ!」
スラリンの声に、ボクらは頷く。
「早く村の人たちに安心してもらわないとね」

 
 
洞窟の中は、随分と湿った空気がよどんだように感じられた。
思えば洞窟にもぐるのはサンタローズ以来でちょっと久しぶりだ。
「気をつけて行かなきゃいけないね」
ボクらは頷きあうと、入り口の階段を一段ずつゆっくりと下る。
洞窟は自然に出来ていたものに、すこし人間が手を入れたらしい。階段はしっかりしていたけど、あとは天然らしく、道はくねくねしているし、床だってでこぼこしている。

入り口から見ると、すぐに道が左右に分かれていた。
どっちの奥のほうも、暗くてどうなっているか見えない。
洞窟の床には、所々草が生えていて、それに足をとられることもあった。
「皆、気をつけてね」
「ええ」
魔物の巣、というだけあって、かなり手ごわい魔物が何度か襲い掛かってくる。
その中には、ガンドフと同じビッグアイや、マーリン爺ちゃんと同じ魔法使いなんかもいて、少し戦いづらい。
一番、気分が重いのがベビーパンサーやキラーパンサーだった。ゲレゲレを思い出しちゃうから。
思えば、妖精の国で「おぬしの連れているのはキラーパンサーの子ども!」ってお爺さんにビックリされたこともあった。あの頃はゲレゲレはネコだと思い込んでたから、笑い飛ばしちゃったけど、あのお爺さんは正しかったのかもしれない。
「主殿? どうされました?」
「うん、ちょっと昔飼ってたネコのことを思い出してたの」
「アレはキラーパンサーですよ」
「うん」
ボクはあいまいに返事をしながら、ピエールに笑いかける。
「ま、そうなんだけどね。もしかしたら、昔ネコだと思っていたのは、ベビーパンサーだったのかもしれないって思って」
「……そういうの、見間違うか?」
スラリンは呆れたように云いながら、ボクを見上げる。
「小さかったからなあ」
「いや、おおきいちいさい関係ないだろ」
「うん、ま、そうなんだけどね」
ボクは答えながら、書いていた洞窟の地図に目を落とす。そして入り口から見て右側の通路に大きくバツ印をつけた。
右の通路は行き止まりに小さな池があるだけで、あとは何もなかった。
 
 
入り口に戻って外で休憩を少しだけ取ってから、もう一度洞窟にもぐる。今度は入ってすぐ左に曲がる。相変わらず道はでこぼこで、草が生えてるところもある。
「結構つらいかも、この洞窟」
「まあ、魔物の巣ですからね」
「ピエールも、スラリンもコドランも大丈夫?」
「オイラはまだ平気」
「大丈夫です」
スラリンとピエールは口々に答えてくれて、コドランも機嫌よさそうな声でグルルとないた。
「そう、良かった。ボクもまだ平気」
ボクは書いている洞窟の地図を見直す。
「とりあえず、この左側の道を、一番奥まで進んでみよう」
「わかりました」
ボクらは頷きあうと、気を引き締めてまた歩き出した。
60■村の怪物 4 (ピエール視点)
入り口を入って右手側の道をまっすぐ進むと、やがて下りの階段が見えた。
「アレを下ってみよう」
主殿が階段を指指す。
「わかったー」
スラリンが返事をして、我々はその階段を目指して歩き出す。

階段を下ると、だだっ広い空間が広がっていた。
先ほどまでの壁(と呼んで良いのか?)のようなものはほとんどない。床が所々、穴が開いている。そっとのぞいてみると、下の階の床が見えた。
「落ちないように気をつけないとね」
同じ様に覗き込んでいた主殿が、乾いた声で呟いた。
我々も同じ様に、硬い表情で主殿を見上げると頷いた。
 
落ちないように道なりにまっすぐ進むと、やがて空間の端にでた。そのまま右手に道が続いている。
そのまま道なりに右手側にすすむと、やがて下りの階段が見えた。
「とりあえず、降りてみよう」
「そうですね」
我々は、階段を下る。
三階も同じ様な広い空間が広がっていた。
階段を下りてすぐに見えるのは、枯れ草の盛り上がった山。それを囲むように壁がたっている。
その壁づたいに歩いてみると、半分くらい回ったところで大きめの湖が広がっているのが見えた。
地下水がわいているらしく、かなり美しい水だった。
「うーん、一番下の階みたいだけど、怪物っていないね」
「そうですね」
「でも、あの小山はちょっと怪しい!」
スラリンが既に背後になっている、最初に見た小山を振り返って見上げる。こちら側から見ても、壁で囲われていて、その小山に近づけそうになかった。
「……上の階から、壁の中に入れるんだろうね。体も休まったし、戻ろう」
「わかりました」
主殿の声に我々は立ち上がると、残りの半周を見に回る。
やはりぐるりと一周まわるように、この階はなっていた。元来た階段に辿り着いただけだった。
 
 
階段を上って、左側に進む。相変わらず床はあちこち抜け落ちていて、危なっかしいことこの上ない。今歩いている道も、ずっと右手側が床も壁もなく、気を抜けば落ちるようになっていた。
「あれ、人がいるよ?」
主殿の声にその視線の先を追いかけると、確かに鎧を着た男が立っている。彼の向こう側はすぐが突き当たりらしく、壁がそり立っているのが見えた。
「あの、すみません!」
主殿がその男に声を掛けたときだった。
「うわ!」
男は主殿の声にビックリしたのか、バランスを崩してそのまま抜け落ちた穴に落ちてしまった。どうやら振り返ろうとしたのが間違いだったらしい。
「……!!!」
主殿が慌てて彼の落ちたところへ走り、そのまま穴を覗き込む。
「うわあ。あの人頭とか打ってなきゃいいんだけど……。とりあえず、一回下に下りて無事をたしかめなきゃ」
「そうだな、このままだと夢見わるいよな!」
スラリンが引きつったような声で言うのを聞いて、主殿は素早く立ち上がると、来た道を戻り始める。我々ももちろん急いでそのあとを追った。
 
階段を下り、すぐに左手側に向かって走る。
男はその床に伸びていた。
「おじさん! 大丈夫!」
主殿が男に声をかけると、男が目を覚ます。
「おお、一体何が……?」
「おじさんさっき、上の階から落ちちゃったんだ。ボクが声を掛けちゃったから」
「ああ、そうだったか。いや、私は怪物が怖くてドキドキしていたから、余計に驚いてしまったようだな」
男はそういうと豪快に笑った。
「ま、あんたも気をつけな」
「おじさんもね。本当にゴメンなさい」
主殿は、男にホイミをかけて頭を下げると、その場を後にした。

 
「えと、さっき左側はダメだったから、まっすぐ元の階段まで戻って、それから行ってない道を進んでみるしかないね」
「ええ」
我々は再び主殿を先頭に歩き出す。
来た道をもどり、左手側に階段をみながら、更にまっすぐ進む。やがて再び空間の壁に行き当たる。そこで道は左右に分かれていた。
右側を見てみると、すぐ行き止まりになっているのが解る。
「左だな」
「そうだね」
左側に進むと、やがてまた行き止まりで左手側に進むしかできないようになっていた。
「どうもさっきから一本道ですね」
「そうだね、ワナじゃなきゃいいけど」
主殿の言葉に、我々は一瞬顔を見合わせる。
「……気をつけていこう」
「そうだな」
 
 
一本道を進むと、いきどまりに下り階段があった。
「空間の中心だし、きっとコレを下るとさっきみた、下の階の小山のあった壁の中にいけるね」
主殿はぎゅっと武器を握り締めると、ゆっくりとその階段を下る。我々もそれぞれに戦う準備をして、そのあとに続く。
階段を下りきると、目の前に小山がそびえていた。
そして、その中に入れるような入り口がぽっかりと口をあけている。
「皆、準備いい?」
主殿の声に、我々は頷く。
「行くよ」
 
 
小山の中は広々とした空間になっていた。
奥のほうには枯れ草が敷き詰められた、巣がある。
その巣の上に、一匹のキラーパンサーが居た。
他のキラーパンサーたちのボスなのだろうか。少し風格のある、大きめのキラーパンサー。
「あれかな、怪物」
「でしょうね」
「キラーパンサーだったんだ」
「だったら勝てるな!」
スラリンの声に、相手が反応する。
戦いは、なし崩しに始まった。

キラーパンサーが、低い声でうなる。
しかし我々の攻撃をなるべく避けようとして、あまり反撃はしてこない。
「……」
主殿は不思議そうにそのキラーパンサーを見て、やはり攻撃をしようとしない。
「主殿!」
「テス!」
我々が口々に主殿に声を掛けるが、主殿はなかなか動かない。
仕方なく我々がキラーパンサーに切りかかろうとすると、主殿が大声をあげる。
「ダメ! 皆ダメ! やめて!」
主殿は声をあげながら、私の腕を掴み、コドランのシッポをもう一方の手で掴み、止められなかったスラリンをあろう事か蹴り飛ばす。
「テス! なんてことするんだ!」
「あとで説明する!」
スラリンの非難にも、主殿は大声でそう答えるだけで、多くは語らない。
キラーパンサーの方も、少しずつ動きを止めていく。何かを考えるように。
しばらく、主殿とキラーパンサーが見つめあう。
「……ゲレゲレでしょ?」
主殿の小さな呟きに、キラーパンサーは驚いたように一瞬動きを止めた。
 
主殿はその様を見て、はっとしたように腰にある道具入れをごそごそと探して、すこし古びた緑色のリボンを取り出した。
「ゲレゲレ! ゲレゲレでしょ! ねえ! ボクだよ! テス! コレ! 憶えてる!? ビアンカちゃんのリボン!」
主殿はその緑のリボンをキラーパンサーに見せる。

キラーパンサーが、そのリボンをじっと見つめ、やがてその匂いをかいだ。
キラーパンサーと、主殿が見つめあう。
キラーパンサーが、主殿に飛び掛る方が、一瞬早かった。
61■村の怪物 5 (ピエール視点)
「うわ!」
キラーパンサーに飛び掛られた主殿は、そのような悲鳴をあげながら後ろに倒れこむ。
キラーパンサーはそのまま、主殿の首筋に顔を近寄せていく。このままでは、噛み付かれて殺されてしまう。
「主殿!!」
「テス!」
「!!!」
我々は口々に主殿を呼びながら、走りよる。
 
「ゲレゲレー、元気だったー?」
近寄ると、主殿が笑いながらキラーパンサーの首筋を撫でてやっているのが見えた。キラーパンサーの方もうれしそうにゴロゴロと喉をならしながら、主殿に頬ずりをしている。
「???」
我々はぽかーんとその様を見守る。大型の肉食獣であるキラーパンサーが主殿を舐めようものなら、その肌をべろりと剥いてしまう恐れもあるのだが、そういうことはしないようだった。どうも、このキラーパンサーは賢いし、人になれている感じがする。
 
主殿はようやく起き上がると、キラーパンサーを抱きしめた。
そして、我々のほうを見る。
「この子、ゲレゲレって云うんだ」
主殿は笑いながら、そういった。
「順序良く説明していただけますか?」
私が剣をしまってからそういうと、主殿は頷いて
「昔ね、まだ本当に小さかった頃。ボクは友達の女の子と人間にいじわるされてたネコを助けたことがあるんだ。ゲレゲレって名前をつけて飼っていたんだけどね、ある日そのネコを見たおじいさんが云うんだよ。『それはキラーパンサーの子だ』って。ネコだって信じてたから、そのときは笑い飛ばしちゃったんだけど、さっきからずっとキラーパンサーを見るたびにゲレゲレの事を思い出してしかたなかったんだ。それで、もしかしたらゲレゲレはキラーパンサーだったのかなあ、って思ってたんだけど」
そこまで言うと、主殿はゲレゲレと呼んでいるキラーパンサーを見つめた。
その目は、とても優しい。
「この子を見た瞬間、ゲレゲレだってわかったんだよね」
「ドコを見て?」
スラリンが不思議そうにゲレゲレを見上げる。
「え? 顔に見覚えがあったし。それにこの辺の耳のラインとか」
主殿は言いながらゲレゲレの耳の辺りをすーっと指差す。
「もちろん、皆の事も見分けつくよ? スラリンがスライムの群れにまぎれても、見つける自信あるもん」
主殿はスラリンを見て、にっこり笑いながら答えた。

「がるる……」
ゲレゲレが低く優しく鳴く。主殿の手をそっと引くように引っ張ろうとする。
「どうしたの? ゲレゲレ?」
「こっちへ来いって云ってるぞ」
「スラリン、わかるの?」
「わかる。ピエールも解るだろ?」
「ええ」
主殿がうらやましそうな顔をして我々を見た。
「いいなあ。ボクもゲレゲレの言葉がわかればよかったのに。でも、解らないから面白いって事もあるよね」
主殿は笑いながらゲレゲレの頭を撫でると
「じゃあ、一緒に行こう、ゲレゲレ」
主殿は、ゲレゲレに連れられて巣の奥へ歩き始める。我々も後に続いた。
 
 
巣のほうからは奥まっていて見えにくい小さな空間があった。そこに、一振りの剣が置かれている。ゲレゲレはソレを見て小さくなく。
「コレを取れって」
スラリンの通訳で、主殿はゆっくりとその剣に近寄る。はっきりとその剣を見たあと、主殿は大きく息を吸った。
「ゲレゲレ」
その剣を手にして、主殿はゲレゲレに向き直る。
「コレ、守ってくれていたんだね? だから人が近寄らないように戦って……」
主殿はちょこんと座っているゲレゲレの首筋を抱きしめる。
「ありがとう、辛かっただろ、ゲレゲレも」
「主殿、それは?」
主殿は、剣を見せてくれた。その剣には、見覚えのある紋章が刻まれている。その紋章は、主殿の父上が残した手紙に残されていたものと一緒だった。
「お父さんが使っていた剣だ。ちょっと手入れすれば使える」
主殿は、剣をぎゅっと抱きしめた。
 
 
暫く、静かな時間が流れた。
「じゃ、行こうか。ゲレゲレの事、何て説明しようかなあ?」
主殿は困ったように呟きながら歩き出す。
「それにしても、ゲレゲレにはつらい思いさせちゃったなあ。……ボクが飼ったりしてなかったら簡単に野生に戻れただろうに、人間が優しいのを知っちゃったから、他のキラーパンサーたちみたいに人間や動物襲いづらかっただろうし……」
そういって、ゲレゲレをそっと撫でる。確かに、ゲレゲレは主殿と別れてしまってからかなりつらい思いをしただろう。
しかし、こうしてゲレゲレは生きてくれていて、そして主殿の新しい支えになってくれる。
まだ、我々が知らない主殿の過去を、唯一知っているゲレゲレ。
主殿の、唯一の家族。
 
少し、嫉妬しそうな気がする。
実際スラリンなどはもう不機嫌だ。

『テスはお前達と一緒に旅が出来て幸せみたいだ』
ゲレゲレが我々にそっと呟く。
『俺はテスが一番大変だった時についていてやれなかった。ここでずっと立ち止まっていただけだった。俺は何をしていたんだろうな』
我々が、主殿の過去に踏み込めないように、ゲレゲレもまた、欠けてしまった主殿との時間を悔やんでいる。

「仲良くやりましょう、ゲレゲレ」
『ああ』
「テスは皆のだからな」
『解ってる。皆で世話してやらんとな』
「皆コソコソなに話してるの?」
「オイラたちの秘密だ!」
「ずるいなー」
主殿は口を尖らせて本当に悔しそうに云うので、我々は声をあげて笑った。
62■村の怪物 6 (テス視点)
村に戻ると、刺すような視線を感じた。
村から少し離れたところで皆を馬車に乗せたけど、多分見つかったんだろう。
……困ったな。
そう思いながら、ボクは一直線に村長の家に行く。
村長の家には、何人も人が集まっていたのに、すごくしんとしていて、なんていうか……居心地が悪い。
 
最初にボクに村を救って欲しい、って云っていたおじさんが、ボクの事をキッと睨んだ。
「グルだったのか……。オラが馬鹿だった……!」
そう吐き捨てると、そのまま家を出て行ってしまう。
何だか息がしづらくなってきた。
村長がボクの方をみて、心底馬鹿にしたような表情で
「わかってるだ、なーんにも云うな。金はやるだ、約束だからな」
そういって、村長はボクの手の中にお金の入った袋を押し付けた。
「また化け物をけしかけられても困るし、もう用はすんだろ? とっとと村を出てってけろ」
「あの」
「早く出てってくれ!」

「……」
ボクはゆっくりと村の人たちに頭を下げると、村長の家を出た。
「ちょっと待ちなよ」
村長の家から、女の人が出てきた。多分この人は村長の奥さんだろうと思う。
「村の皆はああいってるけど、あんたはそんな事してないって、私は信じてる。あんたが村を救ってくれたんだ。この村はこんな小さいだろ? だから中々村人以外の人を信用しないんだよ。本当にあんたには気の毒なことをしたね」
「いえ、あなたに信じてもらえただけでも、随分救われた気がします」
「あんたは優しい子だよ」
村長の奥さんはそういうと、少し笑った。
「これ、お弁当。持っておいき」
「いいんですか?」
「村の救い主に皆がした仕打ちから考えたら、少ないもんさね。本当に申し訳ないね」
「大事に頂きます」
ボクは奥さんから、お弁当を受け取る。まだ暖かい。
「それじゃあ、行きます。ありがとうございました。お騒がせして、ごめんなさい」
ボクは奥さんに頭を下げると、村長の家を後にした。
 
 
ボクはもう一度、村の様子を見てみる。
やっぱり、畑は深刻な被害を受けている。
これをゲレゲレがやった。
そりゃ、村の人はゲレゲレの事を許せないだろう。
そしてゲレゲレと仲良くしているボクを、信じられないのは当然だろう。
 
ずっと、皆と一緒に旅が出来たから、ボクは救われている。
今、無事に生きていられる。
皆はかけがえのない、仲間だ。
だから、皆がこんな風に嫌われるのは、胸が痛い。
 
けれど。
魔物と仲良くできるボクにだって許せない魔物が居るように。
この村の人にとって、ゲレゲレが許せない魔物であるのも、また当然だと思う。
 
そうだ、忘れてた。
 
ヘンリー君はボクが魔物を仲間にするようになったときから、一緒に居てくれた。だから、ボクが魔物を仲間にしていることに驚いたりしない。
マリアさんは、先に話をしてあったし、彼女自体がとても心が広かったから、驚かずに接してくれた。
ボクにとってはソレが当たり前になりかけてた。
 
違った。
 
本来は、人間と魔物は、相容れないものだった。
ボクが忘れていただけだ。
最初の頃は皆に町の外で待っててもらってたのは、町の人たちに驚かれない為だった。
最近はそれが当たり前になって、どこか惰性で町に一人で入っていた。
 
ボクが、不注意だっただけかもしれない。
 
ボクは大きくため息をつく。
信じてもらえなかったのは寂しいけど、コレはボクにとっていい戒めになった。
「よし」
ボクは大きく伸びをする。
気分を入れ替えていかなきゃ。
  

 
「ねえ、お兄ちゃん」
村を出ようとしたところで声を掛けられた。
振り返ると、犬と遊んでいた男の子がボクを見上げていた。
「なあに?」
ボクはしゃがんで、男の子と目線を合わせてから声を掛ける。
「ねえ、お兄ちゃんはあの魔物をペットにしたの?」
「ううん、あの子は、ボクの大切な仲間だよ」
「ふーん! 格好いいね! お兄ちゃん、モンスター使いなの?」
男の子は、目を輝かせてボクを見る。
モンスター使い。
そんな事、考えたことなかった。
けど、男の子にはその呼び方が一番しっくり来るのかもしれない。
ボクはにっこりと笑ってから頷いた。
「そうだよ」
「すごーいすごーい!」
男の子は言いながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、そして村のほうへ戻っていった。
ボクはその後姿を見送ってから、皆のところへ戻った。
 
 
 
「どうしたんだ? テス」
スラリンがボクを見上げて云う。
「何が?」
「嫌なことでもあったのか?」
鋭いなあ、と思ってボクは苦笑する。
「ちょっとね、悲しいことがあった。信じてもらえないって、寂しいね」
それだけ云っただけなのに、マーリン爺ちゃんは少し寂しそうに笑った。
「そうか、村の人たちに疑われたんだな?」
「鋭いなぁ、皆」
ボクはもう仕方なくなって、村であったことを白状した。
ゲレゲレがうなだれる。
「寂しいことじゃが、テスやわしらが規定外なんじゃ。中々信じてもらえないのは、しかたないわな」
「いつか、皆仲良く過ごせるような世界になればいいね」
 
ボクらは皆して大きくため息をついた。
 
「さあ、もう行かないとね。いつまでもここにいたら村の人も気が気じゃないだろう。ルーラでルラフェンに飛ぶよ、皆集まって?」
ボクは皆を呼び寄せると、ルーラを唱えた。
もう、暫くの間、この村には立ち寄らないって、心に決めた。

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