13■友との再会
ルーラでラインハットに戻ってみる。


53■友との再会 (テス視点)
空を飛んでいるっていう感覚は、ほんの一瞬だったと思う。
気付いた時には、すぐそこに地面があって、思いっきり目測を誤ったボクは、地面に叩きつけられていた。
「……うぅ」
うめきながら起き上がると、左の肩が物凄く痛い。どうやら落ちた時に思いっきり打ちつけたらしかった。
周りを見回してみると、皆があっけに取られたような顔でボクを見ている。
「えぇと、無事?」
「無事です」
ピエールがなんとかかんとか、声を搾り出して答えてくれる。
馬車も壊れてないみたいだった。
「何で急にオイラたち空を飛んだんだ?」
体を震わせながら、スラリンが呟く。
「何かねえ、今のがルーラみたい」
ボクはそう言って、振り返る。
すぐそこに、ラインハットの町並みが見える。
「主殿、出来ればこれからは一声かけてからその魔法は使ってください」
「そうだね、あと、今度から降りる時にも気をつけよう」
ボクが左肩をさすりながら言うと、ホイミンがホイミを掛けてくれた。
「ありがとうね、ホイミン」
お礼を言ってから、ボクはふらふらと近くにあった木の根元まで歩いてから、胃の中のものを全部吐き出した。
「だ、大丈夫かテス?」
スラリンが心配そうにボクを見上げて聞いてくる。
「うん、大丈夫……。でもボクこの魔法、ちょっと苦手かも。気分悪い……。ああ、昼食べた胡桃のパン、おいしかったのになあ」
 
ボクらは暫く休んだあと、ラインハットのお城を目指して歩き出した。
皆には馬車の中に入ってもらって、一緒に行くことにした。皆もヘンリー君に会いたいし、お城の人たちはボクが魔物と仲良くできるのを知っている。
 
城下町で花屋に立ち寄って、プレゼントする花束を作ってもらうことにした。
「どのような花束にされますか?」
「ええと、ボクよく解らないんで適当に作ってください」
「どんな方にプレゼントされるんですか?」
「ボクの友人に結婚のお祝いに渡したいんです。ええと、真っ直ぐで心強い友人です。お相手は……優しい綺麗な人です。清廉潔白な……」
「あらあら、素敵なカップルですね。ええと、御予算は?」
「そういう相場も良くわからないんですけど……ええと、30ゴールドくらいの」
「まあ! かなり大きいですよ?」
「物凄くお世話になった友人なんで、大きいくらいがいいんです」
「あら、そうなの? じゃあ、ちょっと高い花も入れながら大きい花束をつくるわね」
花屋のお姉さんは笑いながら、白い花を中心に黄色い花が入った大きな花束を作ってくれた。
確かに、ちょっと大きかった。
 
花束をもって、ラインハットのお城へ向かう。
町の雰囲気も随分明るくなっていて、この国が良くなっていっているのが良くわかった。
入り口を守っていた兵士さんがボクを見て、すぐに
「ああ、ヘンリー様の御友人の! どうぞお入り下さい!」
って通してくれる。
「御案内しましょうか?」
「いえ、お城の中、わかりますから。あ、でも、ボクの馬車を中庭に持っていっておいてくれませんか?」
「わかりました! では!」
片方の兵士さんが馬車を置きにいってくれて、もう一人の兵士さんが門を守りに行くのを見届けてから中へすすんだ。
 
お城の中も、前みたいにギスギスしていない。
とても暖かな感じだった。
ボクは自然と笑いながら、歩く。時々すれ違う人たちが、ボクの持っている花束を見て驚いている。
 
何度か階段をのぼって、ようやく王座の間に着いた。
デール君が、王座に座っていた。
「こんにちわ、デール王。ご機嫌いかがですか?」
王様にどうやって声を掛けたらいいのかわからなくて、とりあえずそうやって声を掛ける。
デール君が嬉しそうに立ち上がってボクの手を取った。
「こんにちわ! テスさん! お久しぶりです!」
「デール君も元気そうで良かった。……ヘンリー君は元気?」
「ええ、もちろん。この上に居ますから是非会っていってあげてください」
「うん、ありがとう」
「それで、兄に聞いたのですが、テスさんは伝説の勇者をお探しとか。ボクも色々情報を集めてみたのですが、どうやら天空の盾がサラボナという町に存在するみたいなんです」
「本当に!? 今度行く予定だったんだ!」
ボクが驚いていると、大臣が一歩前に進んで声を掛ける。
「サラボナにはルドマンという名の富豪が住んでいるそうです。その方に話を聞いてみると良いかと思います」
「ありがとう!」
ボクはデール君と大臣と握手して、精一杯お礼を言った。
「こんなことしかボクには出来ませんが……」
「ううん、十分だよ、有難うデール君!」
デール君は少し恥ずかしそうに笑った。
「兄に、会ってあげてくださいね」
「うん、わかった」
 
ボクは王座の間の上にある部屋へ案内された。
昔は、偽の太后なんかも使ってた、一番城の中で豪勢な部屋。
ボクは扉をノックしてから中に入る。
「ヘンリー君、いるー?」
ヘンリー君は、丁度テーブルで紅茶を飲んでいるところだった。
「あ? 誰だよ」
そういいながら、振り返る。
多分「君」付けで呼ばれるなんてこと、お城ではないからちょっと怒ってるんだな、とか思った。まさかボクが居るなんて思ってないだろうし。
「……!」
振り返ったヘンリー君の目が大きく見開かれる。
「こいつは驚いた! テスじゃないか!」
言いながら、ドアまで駆け寄ってくる。
「やあ、久しぶり。元気だった?」
「ああもちろん! 随分お前の事探したんだぜ!」
「ボクはあれからすぐ、別の大陸へ行っちゃったからね」
「その、結婚式に来て貰おうって思ってさ……。実はオレ、結婚したんだ」
「うん、知ってる」
あっさり言うと、ヘンリー君がちょっとあっけに取られたような顔をした。
「隣の大陸まで噂が来てたよ。これ、お祝い。……ヘンリー君、結婚おめでとう」
「でけぇ花束だな」
「相場がわからなくてさ」
「お前幾ら出したんだ」
「30ゴールド」
「出しすぎ。お前旅の途中なんだから無駄遣いすんな」
「無駄じゃないよ、お祝いなんだから。それよりヘンリー君の相手を紹介してよ」
そういうと、ヘンリー君はぱーっと赤くなった。

部屋の奥から、一人の女性が歩いてきた。
ボクは「やっぱりなあ」という気分と「本当に?」という気分とが混ざり合って、ちょっと不思議な気分になった。
54■友との再会 2 (テス視点)
「テスさん、お久しぶりでございます」
そういって、部屋の奥から出てきたのは、やっぱりマリアさんだった。
シスターの時のような質素な服じゃなくて、綺麗なドレスを着ている。表情もすごく明るくて、キラキラしてる感じ。
「こんにちは、マリアさん。久しぶり。……やっぱり、マリアさんだったんだねえ」
ボクがヘンリー君を見ると、ヘンリー君は盛大に笑った。
「わはははは……! と、まあ、そういうわけなんだ。もしかしたら、マリアはお前の方を好きだったのかもしれないけどな」
ヘンリー君はそういって頭を掻く。
とりあえず、本気でそういうことを考えてないことはわかった。
「まあ、あなたったら」
マリアさんも、ヘンリー君の言った事が本当だとは思ってないみたいで、クスクスと笑っている。
「テスさんには、私などよりもっとふさわしい女性がきっと見つかりますわよ」
そういって、ボクに笑いかける。
「だといいけど」
ボクは肩をすくめて笑ってみせる。

二人が、本当に幸せそうで良かった。
 
「ともかく! テスに会えて本当によかった!」
ヘンリー君は一回手をぱん、と鳴らしてから言う。
「結婚式には呼べなかったけど、せめて記念品を貰っていってくれよ」
「記念品なんて作ったんだ?」
「コレでもオレは王族だぜ? その辺は色々とあるんだよ」
「ふーん。大変だね」
「で、だ。テス、オレの昔の部屋を覚えてるか?」
「うん、東側だよね」
「そう。その、オレの部屋にある宝箱に入れてあるから、取りに行ってくれないか?」
「……何でそんなことになってるの?」
「まあ、単純な宝探しだと思って!」
ボクは助けを求めるようにマリアさんを見た。
「ヘンリー様との結婚式では、ラインハットのオルゴール職人さんが記念品を作ってくださいましたの。……でもどうしてヘンリー様は昔のお部屋の宝箱に入れたりなさったのかしら?」
どうやらマリアさんも事情はよく解らないらしかった。
「わかったよ。取りに行ってくる」
ボクが立ち上がると、ヘンリー君が
「そうそう、昔のオレの部屋、今は太后様が住んでるからな」
「……何それ。もしかしてコレって新手の嫌がらせ?」
「むしろオレの愛。頼むから行ってきてくれよ」
「〜〜〜っ」
ボクはとりあえず「とってもいや」という意思表示をしてから、一度ヘンリー君の部屋をでた。
 
デール君に不思議な顔をされつつ、ボクは昔のヘンリー君の部屋まで歩く。廊下から中庭を見てみると、馬車はちゃんととめられていた。ソレを確認してから、ボクは部屋のドアを叩く。
「開いているぞえ。入るが良い」
中から声がして、ボクは覚悟を決めてドアを開ける。
「あの、失礼します」
中に入っていくと、さすがに太后も驚いたみたいで目を大きく見開く。
「こんにちは。あの、ヘンリー君に言われて、奥の部屋にある宝箱を見に来たんですけど」
「ああ。そういえば少し前ヘンリー殿がなにやらしに来ておったな」
太后はそういうと、ボクに椅子を勧める。
「まあ、ちょっと紅茶でも飲んで行かれよ」
「……」
「そんな顔せずとも、何も入っておらぬ」
太后は扇で口元を隠して笑うと、続けてこう言った。
「一度テスとはきちんと話をしてみたいと思って居ったのじゃ」

そう言われてしまっては、ボクも逃げるわけには行かなくなって椅子に座った。
「ボク、そんなに話すことないですけど」
「じゃろうな」
太后はボクの様子なんか気にせず、またコロコロと笑う。
「まあ、そんなに警戒せずともよかろう。年寄りの戯言だと思うて話半分に聞いておればよい」
ボクは出された紅茶をすすりながら、とりあえず太后の話を聞くことにした。
55■友との再会 3 (テス視点)
太后と向かい合わせに、ボクは椅子に腰掛ける。
さすがに一国の太后だっただけあって、その行動は優雅で自信に満ち溢れている。
ボクはなるべく太后と視線を合わせないようにして、出された紅茶をすすった。
「クッキーも食べると良い」
「はあ」
そう云いながら薄く焼かれた軽い口当たりのクッキーを出してくる。
「本題に入ってください」
「まあ、そう急がずとも良かろう」
太后はまた扇で口元を隠して笑った。
仕方ないから、暫くボクは太后と黙々と午後のお茶をぼんやりと飲む羽目になった。

「さて」
太后はゆったりと笑うと、椅子に座りなおした。
「昔の話じゃ」
太后は少し遠くを見るような瞳で話を始める。
「今となっては、どうしてあのような事になってしまったのか、わらわには良くわからんのじゃ」
「言い訳は聞きたくありません」
「……じゃろうな。わらわも言い訳をするつもりは無い」
太后はにやりと笑う。
「わからないなりに、わらわとて考えた。ソレを聞いて欲しい」
「結局言い訳をしたいと」
「テスは手厳しいな」
太后はボクの言葉なんて全く気にせず、また笑う。
 
「まだデールが小さな頃じゃな。思えばあの頃、あの子を王にしたいという心が、魔族を呼び寄せたのじゃろうな。親の贔屓目を抜けば、やはりあの頃からヘンリー殿のほうが聡明じゃったからな」
「……まあ、ヘンリー君にはそれはそれで問題あったような気がしないでもないですけど」
「ほ、ほ、ほ。その言葉はヘンリー殿には伝えずにおろう。……まあ、それだけヘンリー殿には周りが見えておったんじゃろう」
「それは認めます」
「まあ、それでわらわは魔族にとって替わられたわけじゃ」
「自業自得です」
ボクは頬杖をついて呆れて呟く。太后はまた笑った。

「まあ、此処までは前置きじゃ」
「……」
まだこの話は続くらしい。疲れてきた。
「地下牢でのことを憶えておるか?」
「石を投げようとしました」
「あれは怖かったな。しかしあの時テスは云ったであろ?『自分の欲望ばっかり前面に押し出してるあなたが、反省しただって?』と」
ボクは少し考える。云ったような気がしてきた。
「……ええ、いいました」
「とても低くて本当に怒っている声じゃった。あの時、わらわは本当の意味で目が覚めたのじゃと思う。もし、あの時テスがわらわに面と向かってあの言葉をいわず、そのまま行ってしまっていたら。……そのままデールに助けられていたら、わらわは今でも反省などしていなかったであろう。今のように心安寧に生きてはおらなんだであろう」
「……」
「わらわは、テスに感謝しておるのじゃ」
そういうと太后は悠然と笑った。
ボクは、笑えない。

「テスの旅の目的をヘンリー殿に聞いた」
そういうと、太后はボクの目をまっすぐ見た。
「テスの父上の最期も」
「……聞きましたか」
「聞いた」
そういうと、太后は一瞬だけ目を伏せた。
「ヘンリー殿に聞いておると、テスはとても広い心をもっておるように思う。そもそも『許す』ことが行動理念になっておると思う」
「……」
「じゃが、人間許せないこともあろうし、テスも怒りが収まらないこともあろう」
太后は扇でボクを指す。
「テス、わらわの事は一生許すな。他で優しくおれるよう、その恨みは全てわらわが引き受ける」
「……!」
驚いて太后を見ると、太后はにやりと笑った。
「わらわにできる事はその程度じゃ」
「ずるいですよ。そんなこと云われてまで、人を恨めるもんじゃないですよ」
太后はふふんとわらうと、「そうかえ」なんて云っている。

「そろそろ、宝箱開けに行きます」
「そうじゃな。ヘンリー殿も待っておろうしな。年寄りの話につき合わせて悪かったな」
「……いいえ。……ヘンリー君は、ボクに此処の宝箱を開けに行かせる時『オレの愛だ』なんていってました。きっと、ヘンリー君はボクとあなたに話をさせたかったんでしょうね」
「ヘンリー殿は色々根回しがうまいからの」
ボクはため息をつきながら、目を伏せて云う。
「……ヘンリー君は、貴方がヘンリー君を攫わせた事を白状した時『デールの母上だから、信じていたかった』って云ってました。でももうヘンリー君が貴方を許しているんだから、ボクも貴方を許せるように努力します」
「ヘンリー殿もテスも人がいいの」
「信じることから始めないと、ボクらにとって世界は辛すぎたんです」
「……」
「もう、行きます」

ボクは立ち上がると、一度太后に軽く頭を下げる。
「この城だけでなく、世界を魔族が覆うようになってきておるような気がする。それだけ魔族が力をつけてきたのであろう。道中、気をつけよ」
「ありがとうございます」
ボクは、どうにか太后に笑いかけてみせる。
このひとがボクに見せ付けた心に、ボクだって負けてるわけには行かない。
「テスは強いな」
太后は初めて、ボクに自然にわらって見せた。
56■友との再会 4 (テス視点)
懐かしい、と云うにはあまりにも嫌な思い出が多い部屋。
小さな部屋の中央には、あの日と同じように宝箱が置かれている。
コレをあけて。
中には何もなくて。
戻るとヘンリー君が居なくて。
まだ、かくれんぼだと思ってのんびりしてて。
 
そうだ。
長い長いかくれんぼだったのかもしれない。
ただ、探してくれる人が居なかっただけで。
 
ボクはゆっくりと宝箱に近づく。
長い時間掛かったけど、ようやくこの宝箱の中身を見つける日が来たんだ。
「さてと」
ボクは宝箱の前にしゃがむと、その蓋を持ち上げた。

 
中身はなかった。
 
「……やられた! また空だ!」
悔しいわけじゃない。
ただ、笑いがこみ上げる。
 
ボクはいつまでたってもボクのままで。
ヘンリー君もいつまでたってもヘンリー君のままで。
これからもボクはきっとヘンリー君に騙され続けるんだろう。
 
「あーぁ。やられたなあ」
ボクはため息をつくと、立ち上がろうとして宝箱をもう一度見る。
その底に、何かが書き付けてあった。
よくよく見ないと、解らないように書いてある。
それは、ヘンリー君からの手紙だった。

 
『テス、お前に直接話すのは照れくさいからここに書き残しておく。

お前の親父さんの事は、今でも一日だって忘れたことはない。
あのドレイの日々に、オレが生き残れたのは、いつかお前に借りを返さなくてはと……。
そのために頑張れたからだと思っている。

伝説の勇者を探すというお前の目的は、オレの力などとても役に立ちそうにないものだが……。

この国を守り、人々を見守ってゆくことが、やがてお前の助けになるんじゃないかと思う。
 
 
テス、お前はいつまでもオレの子分……
じゃ、なかった。
友達だぜ。
 
 
 
ヘンリー』
 
ボクは何度もその手紙を読んで、内容を覚える。
ボクはヘンリー君に生かしてもらったと思ってるように、ヘンリー君はボクに生かされたと思ってくれていたんだ。
 
宝箱の底に書き付けたのは、誰にも気付かれないようにっていう事と共に、きっとボクが持っていかないように、何度も読み返したりできないようにするために、こんなところに書いたんだろう。
コレこそが『オレの愛』だったんだろう。
 
ボクは、そのままヘンリー君の部屋へ向かう。
足取りは軽い。自然と笑みがこぼれるのが解る。
 
 
 
ヘンリー君の部屋に戻ると、ヘンリー君とマリアさんは相変わらず紅茶を楽しんでいた。
ボクが持ってきた花束が、もう花瓶に生けられている。
「おう、帰ったか」
ヘンリー君が軽くボクに手を挙げた。
「あのさ、ヘンリー君。何にもなかったよ?」
「え? 宝箱に何にもなかっただと?」
そういうと、ヘンリー君はゲタゲタと声をたてて笑った。
「お前は相変わらず騙されやすい奴だなー!」
「……まあ、子分のしるしはあったけどね。持ってこなかったけど」
言い返すと、ヘンリー君はぐっと言葉に詰まった。少し顔が赤い。ボクだって騙されて負けてばかりいるわけには行かないんだよ、ヘンリー君。
 
「……今回は引き分けだな、テス」
ヘンリー君は笑ってそういうと、立ち上がって戸棚の方へ行くと、少し大きめの木箱を持ってきた。
「今度こそ本当に渡すよ。これが記念のオルゴールだ」
ボクは木箱を受け取ると、早速中を確かめてみる。
ヘンリー君とマリアさんの人形がのった、綺麗なオルゴールだった。
「うわあ。人形のってる。恥ずかしい」
「なんて事言うんだ。出来がいいだろう? でな、実は蓋のところに宝石を埋め込むはずだったんだけど、職人が見つからなくてな。まあ、その辺はカンベンしてくれ」
「ボクの人生にこんな大きな宝石を埋め込むような余裕ができるのがいつかわからないけど、いつか完成させるよ」
ボクは大きくあいている空洞を見つめながら笑った。
 
 
「そうだ、中庭に皆も連れてきたんだ。会ってあげてよ。スラリンとか、とっても会いたそうだったんだ」
ボクはヘンリー君とマリアさんを連れて、中庭に出る。
あの頃と違って、花が植えられていて綺麗になっている。
皆は馬車の中でのんびり待ってくれていた。
「おう、お前ら元気か?」
「あ、馬鹿ヘンリーだ」
「馬鹿は余計だ」
ヘンリー君とスラリンは早速言い合いを始める。
「皆さんお元気そうで良かったわ」
マリアさんがニコニコと笑いながら、ガンドフの頭を撫でてくれている。
「なんか、ちょっとメンツがかわったな」
「うん、マーリンとホイミン。二人とも魔法のエキスパートだよ」
「へー」
ヘンリー君は二人と握手をしながら
「テスは結構色んなところ抜けてるから、よろしく頼むぜ」
なんていう。
「わかったわかった。任せておけお若いの」
なんてマーリン爺ちゃんも受け答えしている。
 
ボクってそんなに頼りないだろうか?
 
結局、このままお城に泊めてもらうことになった。
ボクはヘンリー君に、ここを出てから何があったのか話して聞かせて、ヘンリー君は最近あった色んな事を聞かせてくれた。
「そのルーラっていうのは体験してみたいなあ」
って、ヘンリー君が言うから、「アレはちょっとつらいよ?」とだけ答えておいた。
 
 
話は尽きなくて、結局ほとんど夜は眠らないままになった。

 
朝になって、別れる時間が来た。
やっぱり、ちょっと別れるのはつらいなって思う。
今日も、ヘンリー君は町外れまで見送りに来てくれた。
本当はそんなに身軽な身分でもなくなっただろうに、本当に嬉しいことだと思う。
「また、いつでも気軽に来いよ? 土産なんかいらないんだからさ」
「わかってるよ、今回が特別だったんだから」
ボクらは一回笑いあうと、がっしりと握手した。
「元気でな、テス」
「ヘンリー君もね」
 
ボクはヘンリー君から離れると、皆を呼び集めてからルーラを唱える。
一瞬のうちに、ラインハットが遠ざかる。
 
別れるのには、いい魔法なのかもしれない、と思った。

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