12■偉大なる魔法研究者
ルラフェンにて、古代魔法を復活させる。


48■ルラフェン (テス視点)
ポートセルミから北西へ歩いたところに、ルラフェンはあった。
ポートセルミの灯台で聞いた、「ルラフェンの煙」が随分前から見えていて、道に困る事はない。
道も平坦で、草原を通る事が多いから、それといって大変な旅じゃなくて良かった。

道すがら、マーリン爺ちゃんに魔法の本を見せて貰った。
これまでボクが使ってきた魔法は、見よう見まねな部分が多くてあやふやだったから(ホイミとかベホイミなんて、お父さんの真似だし)、この際しっかり教えて貰う事にした。
爺ちゃんは「何でそれで魔法が使えてたんじゃ?」と首をかしげながらもちゃんと教えてくれた。
おかげで、かなり魔法にバリエーションが出たような気がする。
 
そのついでに、ピエールにも剣術を習う事にした。剣術も結局見よう見真似で覚えてるし、基本的に「喧嘩に勝てればいい」って感じになってたから、結構無駄な動きがあったみたい。
「……どうしてそれで戦えてたんですか?」ってピエールにも言われちゃった。
でも、おかげさまで戦っても疲れが溜まりにくくなって余裕が出てきたように思う。

やっぱり、色々基本は大切なんだと思った。

ルラフェンは大きな町だった。
ポートセルミの開放的な雰囲気とはまた違う、少し不思議な街。
壁がそのまま通路になっていたり、他の家の屋根になっていたりりする。
通路だと思っていたら行き止まりだったり、街全体が巨大な迷路みたいになってる。
街の真ん中辺りにある家から、うっすらと色のついた煙が立ち上っていて、あれが遠くからも見えていた「ルラフェンの煙」の正体みたいだった。
 
ボクは、街の入り口に在った宿をとってから街を見に行く。
本当にかなり入り組んでるから、ちゃんと覚えながら気をつけて歩かないと絶対に迷子になる。段差や高低差が結構あるから、近道のつもりで変な道に出る事だってありうる。
壁を登ったり降りたりするのは、どうやらマナー違反みたいで、住んでる人たちはちゃんと行きたいところまで、迂回して歩いているみたいだった。
 
ボクは目印になるものを覚えながら歩く。
街の形はちょっとおかしいけど、住んでる人たちはいたって普通。明るくて、いい街。
 
いつの間にかボクは町の真ん中の煙のたつ家の、屋根付近に居た。どうやら煙の家は地面に立っていて、ボクのいるところはその家の上にある教会の前庭になっているみたいだった。
「あの煙って、何ですか?」
ボクは足元から立ち上る煙を指差しながら、街の人に尋ねてみる。
「ああ、煙くてしかたねえだろ? 毎日なんだぜ? あれはベネット爺さんの何か良く分からん実験のせいなんだ。魔法の復活がどうのとか言ってるけどな、俺にはよく分からん。ただ、煙くて仕方ねえから文句は言いに行くんだけどよ、全然やめねえんだ」
「へー」
「あんたも一回文句言ってやってくれよ」
別に文句をいう筋合いなんて、住人じゃないボクにはないけれど、「魔法の復活」って言うのはちょっと気になる。
見に行こうと思って家のほうを見てみると、玄関前には庭あって、そこへ続く道は町の奥のほうから続いている。
僕は煙の家の場所を覚えてから歩き出す。
あの家に続く道は、町の裏手側にあるみたいで、その町の裏手に回るためには、この教会の裏手に回らなきゃいけないみたいだった。
「屋根から向こうに下りられる階段があればいいんだけど」
ボクは目の前にある、教会の屋根へ上れる階段を上ってみた。
ちょうど心地良い風が吹いてきていて、屋根の上にある風車がゆっくりとまわっているのがみえた。
そのまま真っ直ぐ屋根を突っ切ってみたけど、向こう側に階段はなかった。結局この屋根を降りて、ぐるっと道具屋のほうから裏手に回るようになってるみたいだった。

「ああ、みたかったねえ」
「本当に豪華だったらしいぜ」
「王族の結婚式だもんねえ」
教会の屋根は街の人の憩いの場になっているみたいで、沢山の人が話に花を咲かせていた。
「どこかの国の方が結婚なさったんですか?」
ボクが話しかけると、街の人はちょっとビックリしたみたいだったけど、すぐに気を取り直して話の輪に入れてくれた。
「そうなんだよ、知ってるかい? ラインハットって言う国なんだけど」
「あ、知ってます。ボクそっちのほうから来たんで」
「そのね、ラインハットの王様の兄弟の方が結婚したんだって。すごく豪華な結婚式挙げて」
「……!!! それ、ホントですか!?」
「そうだよー。見たかったなあ」
「……そうですね、見たかったですねえ」
ボクは何とかそれだけ相槌を打つと、その場をそっと離れる。
ちょっと目の前がくらくらする気がした。

ヘンリー君、結婚したんだ。
……ちょっと早くない?
だってボクら別れてから、せいぜい1ヶ月たったくらいだよ?
ボクはラインハットのある方向を思わず見つめる。

相手、やっぱマリアさんかな?
でもマリアさん、シスターになったんじゃなかったっけ?

「……考えるの、よそう」
ボクは大きくため息をつくと、教会の階段を下りる。
色々ビックリしたけど、とりあえず気持ちを切り替える。
煙の家の主のベネット爺さんに会いに行くことにして、町の裏手側に回る事にした。
49■ルラフェン2 (テス視点)
教会の裏手にある通路を通ってしばらく歩くと、ヒゲの剣士が困った顔をして立ち尽くしていた。
「こ、ここはどこなんだ? この街は道が入り組みすぎだろう」
なんてつぶやいてるから、ちょっと気の毒な気がした。
「あの、街の入り口に戻るんだったら、この道真っ直ぐ行って突き当たりを左に曲がって、最初の角に道具屋がありますから、そこで曲がって、酒場の前で右に曲がると階段がありますから、それを下ってください」
「……ありがたい! 街の人かね?」
「いえ、さっき来たばかりですけど」
「……どうしてそれでそんなに正確に道が案内できるんだ?」
「今来た道を説明しただけだからですよ」
「……」
何だか剣士さんはショックを受けたような顔をしていたけど、もうそのままにそっとしておく事にした。

そのまま道を真っ直ぐと進むと、階段になっていて地面に降りるようになっていた。そこにも風車があって、ゆっくりと回っている。
そういえば、ずっと風が吹いているような気がする。
風の街なのかもしれない。

降りた階段を左に曲がって、壁沿いに左手側に進むと、一枚の張り紙があった。
 
「求む魔法助手。 このカドを南へ」
 
どうやら、魔法研究をしているベネット爺さんは助手を探しているみたいだった。
もしかしたら、コレに立候補したら何か復活させた魔法の一つも教えてくれるかもしれない。
「……時間がかからなさそうだったら、やってもいいなあ」
 
南ということは、この壁とは逆の方向。
振り返ってみるとさっき通った道の下に、トンネルがあって先にいけるようになっていた。道の上ではまださっきの剣士さんが悩んだように立っている。
ボクが道の下を通るとき、剣士さんは「この道を真っ直ぐだったよな?」と聞いてきたので大きく頷いておいた。
あの調子じゃ、ボクが用事を済ませて戻ってきても、まだその辺に居そうな気がする。
 

たどり着いた家からは、うっすらと色のついた煙が相変わらず上がっている。間違いなく、ここがベネット爺さんの家だ。
「あの、すみませーん」
声をかけながらドアを開けると、ものすごい煙たい空気がドアの外へ漏れ出していく。
「なんじゃお前さんは? お前さんも煙たいとか文句を言いに来たのか?」
ベネット爺さんは文句を言われ慣れているみたいで、こっちを見もせずに云った。
「いえ、そうじゃないんですけど」
「するとわしの研究を見学に来たわけじゃな? なかなか感心な奴じゃ。……もし研究が成功すれば、古代の魔法が一つ復活する事になるじゃろう」
ベネット爺さんは、相変わらずボクのほうなんか全く見ないで、大きな壷に向かって色々なものを入れながらその具合を確かめている。
この壷から、あの特有の色のついた煙が立ち上っているみたいだった。
「あの、どんな魔法が復活するんですか?」
尋ねると、ベネット爺さんは漸くこっちを見た。
目がとんでもなく嬉しそうに光り輝いている。多分、実験に対する質問なんて初めて受けるんだろう。
「今回目指している魔法はな、知っている場所であれば瞬く間に移動できるという、大層便利な呪文なのじゃ。……お前さん、興味があるみたいじゃな、どうじゃ? この研究、手伝ってみたいと思わんか?」
「手伝ってみたいです。けど、ボクも旅をしてる身だから、そんなに長い間手伝えないんです」
「そうか、やってくれるか! 何、そんなに時間はかからないんじゃ。ちょっとまあ、わしについて来い」
ベネット爺さんは老人とは思えない軽い身のこなしで、二階への階段を上っていく。
まあ、こんな街に住んでたら、なかなか身体なんかは鈍らないかもしれない。

「この地図を見てくれんか?」
見せて貰ったのは、この辺の拡大地図だった。ルラフェンの北には高台があって、そこには大きな湖がある。
「今、わしらが居るこの町はここじゃろ?」
そういって、ベネット爺さんはルラフェンを指差す。
「でな、このあたりに『ルラムーン草』というのが生えているらしいのじゃ」
そういって、今度は高台から流れ出る川の向こう、ちょうどルラフェンの反対側に書いてある書き込みを指す。結構ルラフェンから遠そうに思えた。
「ちと、それを取って来てもらえんかの? コレがあれば完成するんじゃ」
ベネット爺さんはボクの目を試すように見つめた。
ボクはにっこりと笑い返して、
「そのくらいなら、お手伝いできますよ。分かりました、行きます」
「ただし、ルラムーン草は夜しか取れんらしい。夜になるとその草がぼんやりと光ると云われとる。それで分かるはずじゃ」
「わかりました、じゃあ用意して明日の朝にでも出発します」
「よろしい!」
ベネット爺さんはにかっと笑った。
「ではわしは寝て待つ事にしようぞ! ここのところ寝ておらんのじゃ」
「身体大事にしてくださいよ」
ボクは、ベッドに横になったベネット爺さんに声をかけて、もう一度地図を見た後、自分の地図にルラムーン草の位置を書き込んだ。
「じゃあ、行ってきますね」
もう寝入っているベネット爺さんにもう一度声をかけ、ボクは家の外に出た。

町の入り口にある宿に戻るとき、さっきの剣士さんとまたすれ違った。入り口とはまた違うほうへ出ちゃったみたいだった。
 
あの人は一体、どこへ行きたいんだろう?
50■ルラフェン3 (ピエール視点)
ゆっくりと朝日が昇っていく。
空は今日も穏やかに晴れ渡り、いい一日を送る事ができそうだと思う。

「おーそーいー!」
主殿が現れたのは、そろそろ昼なろうかという時間帯になってからで、待ちくたびれていたスラリンが文句をいいながら主殿の足に何度か体当たりをしている。
「ごめんねー、ちょっと色々と……」
主殿は隠すことなく大きなあくびをしながら、あまり誠意を感じられない謝り方をした。
「主殿、謝るときにはもう少し誠意を……」
さすがに見かねて、私も注意する。
どうも主殿は町に行くと極端に朝が弱くなるらしく、街からの帰りの朝はいつもイマイチぴりっとしない。
「朝は苦手か? テス」
笑いながらマーリンが尋ねると
「宿でぐっすり寝られるって素敵だなあって思ってると、二度寝しちゃうんだよねー」
主殿はイマイチよく分からないことを云いながら、首の後ろをかいている。
野宿の朝はしっかり起きているから、きっと町に何かあるのだろうと思うが、釈然としない。

「ええとね、ちょっと行き先が変わりました」
「え? ポートセルミに戻って南へ行くんじゃないのか?」
「うん、そのつもりだったんだけど、ちょっと面白い話があってね」
そういうと、主殿はこの町の「煙」の正体と、その「煙」の主が何をしているのか、という話を細かく話す。
話をしている間、主殿の瞳はそれはそれは好奇心に光り輝いていて、新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
「それは面白い!」
真っ先に話を理解して面白がったのはマーリンだった。
「人間族の魔法使いもやるもんじゃ。ルラムーン草とは考えなんだ」
「マーリン爺ちゃん、分かるの?」
主殿はさらに目を輝かせて、マーリンに説明を求める。
探究心があるというか、好奇心の塊というか。
ともかく、主殿は「何かを知る」という事がとても好きなのだろうと思った。

「あくまで憶測じゃが」
マーリンは少し考えをまとめてから、主殿に説明を始める。
「ルラムーン草というのは群生する性質なんじゃが、ある一定以上増えると、やはり栄養面で問題が生じてくる。そうすると、一晩のうちにいくつかの株が別の場所へ飛んでいって、また群生を始めるんじゃ。その飛び方というのが、古代の魔法のルーラに似ており、さらに夜しか飛ばんということで、ルラムーンという名前になったという話でな。多分その人間族の魔法使いは、ルラムーン草の持っている魔法構成を調べて、人間でも使えるように構成しなおすつもりなんじゃろう」
 
「……わかんない」
スラリンが不満そうにマーリンに云う。私も同感だった。
 
「魔法というのは、イメージの構成で使う。例えばスラリン、お前さんが使う『スクルト』は、守りを強くしたいというイメージが元になるじゃろ? テスの『バギ』なら、風で攻撃したいというイメージ。そもそも、テスが見よう見真似で魔法を使っておったというのが、いい見本じゃな。『ああしたい、こうしたい』というのが、全ての魔法の始まりなのじゃ。今のわしらの使う魔法は、全て昔の人間のイメージと、それを魔法として使えるように定着させた努力の賜物なのじゃ」
そういうと、マーリンは大きく息を吐いた。
「喋るとつかれるのぅ」
 
「爺ちゃん、続き!」
「ま、慌てるな、スラリン。つまり、今度の『ルーラ』については誰ももう使わないから、イメージの仕様がないし、構成の仕方も分からないわけじゃ。そのイメージ構成を、ルラムーン草で代用しようと、ま、そういうことじゃろう」

マーリンの話はそれで終わりのようだった。
そういえば、私が使う『ベホイミ』もそもそもは回復が足りないと感じたときに、主殿が使っているのを見て、覚えた事を思い出した。
「なんとなく、分かった」
主殿は嬉しそうに言うと、続けて
「ルラムーン草、ちゃんと鉢植えとかにしてから持ってきたほうがよさそうだよね。ボク、刈り取ればいいかって思ってたんだけど。植木鉢買ってくるから、皆出かける準備をしておいて?」
そういって、町の中へ走って戻っていく。
「話を聞いてもらえたり、理解して貰えるっていうのは、嬉しいもんじゃの」
マーリンはしみじみというと、馬車の中へ戻っていった。

「出かけるのは、西の方角」
主殿は我々に地図を見せてくれる。ルラフェンの北西には、大きな湖と、そこから流れる川を持った小高い丘があり、そこを通って川の向こう側に、目指すルラムーン草が生えているという話だった。
「まあ、片道3・4日はかかりそうだけど。魔法が使えるようになったらポートセルミにすぐに戻れるようになるから、結果的には便利になるよ」
「そうですね、歩かずに行けるというのは少し不思議な感覚ですが、急ぐ旅にはもってこいですね」
私が答えると、主殿はにっこりと笑った。
「それにね、ボク一回ラインハットに戻りたいんだ。もう船がないから諦めてたんだけど、この魔法なら戻れそうじゃない?」
「ラインハットに何か忘れ物でも?」
「ヘンリー君、結婚したんだって」

主殿の話はまさに驚天動地。
 
「何だってー! だって馬鹿ヘンリーと別れてまだ1ヶ月とちょっとだぞー!?」
スラリンは大声を上げて驚き、馬車の中を跳ね回る。
ガンドフやコドラン、ブラウンのような普段無口なタイプの仲間達も、さすがに驚きの声を上げている。
唯一、ヘンリー殿と知り合いではないマーリンだけが「何じゃ何じゃ?」と首をかしげている程度。
「ね、ビックリでしょ?」
「テス! 何が何でもルラムーン草を探して、ヘンリーのところに殴り込みだぞ!」
「お祝いに行くんだよ」
主殿は苦笑しながら、スラリンに返事をする。

「そういう話であれば、急ぎましょう」
私が主殿を見上げてそういうと、主殿は頷いた。
 
ヘンリー殿に一刻も早く会い、祝いの言葉を述べたいと思う気持ちは、皆同じなのだ。
51■ルラフェン4 (テス視点)
ルラフェンから北西にしばらく進むと、地図で見ていた小高い丘のふもとにたどり着いた。
そこそこ通る人でもいるのか、かなり幅広い整備された山道が頂上に向かって伸びている。その道を登りきると、森が広がっていた。
地図で見ていた大きな滝はすぐそこにあるらしく、ごうごうと大きな音が聞こえてくる。
「あの音、滝の音かな?」
「かなり大きな音ですね。地図で見る限りかなりの大きさの滝でしたから、渡るのは大変かもしれませんね」
「一応、橋が渡してあるみたいだけどね」
ボクとピエールは地図を覗きこむ。ここから西に進めば、やがて湖から流れ出る川に、橋が架かっているはずだった。
そこから覗き込めば、すぐのところに滝があるはず。
「覗き込んでうっかり落ちるなよ、テス」
「スラリンこそ、あんまり身を乗り出さないでね?」

一日くらい歩くと、森が途切れて目の前に湖が広がっていた。
大きな湖で、対岸が見えない。
まるで海のようなのに、やっぱり潮のにおいはしなかった。
「これ、湖なんだよな? 海じゃなくて」
スラリンが飛び跳ねながら、ボクに尋ねてくる。
「そうだよ、すごく大きいね」
夏が近い、少しキツメの日差しを反射して、水面がキラキラと光っている。湖の上を通り越してきた風が、汗をかいた身体に気持ちよかった。
「綺麗だね」
「ええ、本当に。この前の灯台でも思いましたが、世界は本当に美しいですね。主殿と一緒に来なければ、私は一生その事に気づかなかったでしょうね」
ピエールが湖を見つめたまま、つぶやくように云う。
「ボクもね、皆と旅をしてなかったら、きっと景色なんて見てなかったと思うよ。……皆が居てくれてよかった」

 
 
木製の、かなりギシギシ云う古いつり橋をわたって、ボクらがルラフェンの対岸にたどり着いたのは、結局街を出てから3日くらいたった頃だった。山越えに思ってた以上に手間取ってしまった。
ルラムーン草、見つけるまでにどのくらいかかるだろうか?
ちょっと不安に感じつつも、ボクらは教えられた場所に向かって歩く。
「あのさあ、テス」
馬車の中から、スラリンの声。
「何?」
「さっきから、ずっとあの青い奴ついてきてるんだけど」
振り返ると、ボクらより少し離れたところを一匹のホイミスライムがふわふわ漂っている。
「……誘ったのか?」
「いや、さっき戦闘で彷徨う鎧が呼んでたのは見たけど……。仲間になりたいのかな?」
ボクは首をかしげてホイミスライムを見る。
「さっきパペットマンを仲間にしたばっかりじゃないか」
「ああ、パペットは面白かったねえ」
ボクは返事をしてから、ホイミスライムに声をかける。
「一緒に行く?」
「うわ、声かけるし!」
スラリンが驚いた声を上げたけど、聞こえない振りをして、ボクは返事を待つ。
ホイミスライムがふわふわとこっちへ飛んできた。
「こんにちわ。ホイミンね、ホイミンって云うの。一緒に行ってもいいの?」
「勿論」
「じゃあ、一緒に行きたい」
「ボクはテスだよ。こんにちは、ホイミン」
「こんにちわ。テスさん」
そういうと、ホイミンはボクにホイミをかけてくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと、ホイミンはにこーっと笑った。そしてボクの腕に絡みつく。
「あ! お前! オイラだってテスには甘えないのに!」
「何? スラリン甘えたかったの?」
「うあぁあぁ!」
スラリンは真っ赤になって奇声を上げると、そのまま馬車に引っ込んでしまった。
「ホイミン、テスさん大好き」
「ありがとう」

ボクらはまた、旅を続ける。
山を下りきって半日くらい西に進んでから、今日は休む事にした。
ホイミンの人懐っこさに影響でもされたのか、皆が寄ってくる。
「どうしたの、皆?」
「くっつかれるの嫌なのか? テス?」
「そういうんじゃないけどね。……この前まで、スラリンこんなにボクにくっついてこなかったじゃない?」
「気にするな」
「うん、気にはならないけど」
 
……ならないけど、夏が近いせいもあって、ちょっと暑いんだよね。ガンドフとか、毛皮だし。
 
「お前ら、テスが疲れん程度にしておけよ?」
少し離れたところで、こっちを見ていたマーリン爺ちゃんが呆れたように皆に言う。
「疲れたのか? テス?」
「休憩してるから、大分回復してきたよ」
 
皆どうしちゃったのかなあ?
少なくとも、スラリンってこういう性格じゃなかったでしょ?
 
 

今日の夜の見張りは、ボクとマーリン爺ちゃんが一番手で、皆はもう眠ってしまっている。
「皆いきなりどうしちゃったのかな? 急にくっついてきて」
そう尋ねると、マーリン爺ちゃんは少し考えてから、
「距離を測りかねておったんじゃろ。テスはわしらに優しい。同じ立場で扱ってくれる。……でも、どこまで近づいていいやら良く分からん。これはまあ、人間と魔物という、そもそも関わりのない種族だったのじゃから仕方ない。今回ホイミンがじゃれついたじゃろ? それをテスも嫌がらなかった。それで我慢をしなくなったんじゃろ」
そう、答えた。
「ボクってとっつきにくかった?」
「だったら、最初から一緒に来ん。」
「そっか。……ボクね、皆の事大好き。今、こうやって落ち着いて旅ができるのも、皆が居てくれるからだと思ってる。一人だったら、もっと寂しいはずだもん」
「お前さんは優しいな」
「これはね、我が侭なんだよ、多分」
 
 
そうやって、話している時。
あたりの草がじんわりと青白く光り始めた。
その光が、ざわざわと少しずつ広がっていって、そのうちあたりは青白い光の海みたいになっていく。
風が吹いて草が揺れるたびに、光が強くなったり弱くなったりする。草同士がこすれあう音が、まるで海鳴りのよう。
 
「うわ! 皆おきて! 起きて! 見て!」
ボクは興奮しながら皆を起こす。
文句を言いながら起きてきたスラリンが、思わず歓声を上げた。
「うわー! 綺麗だな!」
あたり一面の光。
「これ、全部ルラムーン草?!」
「そのようじゃな」
マーリン爺ちゃんも、目を細めてその景色を見る。
「すごい! すごい! 奇跡みたいだ!」
 
ボクは思わず草の上に寝転がって、空を見上げる。
宝石を撒き散らしたみたいに、瞬く星。
青白く光る、草の海。
 
「世界って、素敵だね。……生きてて良かったよ。生きるって凄く大変で、もう嫌だって何回も思ったけど、生きてて良かった。生きてるのって、素敵だ」
 
ボクは立ち上がって、皆をかわるがわる抱きしめる。
それぞれが持ってる暖かさを感じる。
「テスに草がくっついて、光って見える」
「スラリンも光って見えるよ」
 
ボクらは一通りはしゃいだ後、一株だけルラムーン草を鉢に移し替えた。
 
一株じゃ寂しい光だけれど、この奇跡をこれ以上壊したくなかった。
52■ルラフェン 5 (ベネット爺さん視点)
助手がふらりと戻ってきたのは、此処を出て行って丁度10日たった日の昼下がりだった。
ワシは昼飯を食べる為に、居住スペースである二階でのんびりしておった。
助手のその腕には、草の植わった鉢があった。
 
「こんにちは、遅くなりましたけど、ルラムーン草です」
「なんと! ルラムーン草を持ってきたじゃと!?」
「遅くなっちゃいました。ルラムーン草の草原があんまり綺麗だたから、二日ばかり逗留してしまって」
「そういうことはどうでもエエ」
ワシは言うと、助手の鉢植えを見る。
「これがルラムーン草か」
助手の鉢植えには何の変哲もない草が植わっている。
「やはり夜中に光るのか?」
「ええ、とっても綺麗ですよ」
「あっぱれあっぱれ、早速実験を再開することにしようぞ!」

ワシは助手を伴って、一回の実験室へ赴く。助手はワシの近くでその実験を見守っておる。
ふらりとやってきた助手ではあったが、中々の拾い物じゃった。
「あの、ベネット爺さん」
「ええい! 話しかけるでない!」
ワシはツボの中身を確認する。
うまい具合に術が進行しておる。
「よし! いまじゃ! ここでルラムーン草を……」
ワシは助手が持ってきた鉢植えの草をちぎる。
「……あ」
助手が情けない声をあげて、その草を見たが、気にせずワシは草をつぼの中に放り込んだ。
 
しばし、待つ。
静かにつぼの中で術が進行していく。
 
とたん、ツボの色が紫色に変わった。
そして大きな火柱が立ち上る。
家全体が、大きな音と共にガタガタと揺れる。
光がまぶしい。
そして、大きな爆発が起こって、ワシも助手も部屋の隅まで吹き飛ばされた。

ふわり、とツボからドーナッツのような煙が湧き上がった。
それで、終わりじゃった。
ツボの中を見てみたが、もう何も残ってなかった。
 
何も、変わってない。
 
「ふむ……おかしいのぅ。ワシの考えでは今ので『ルーラ』という昔の魔法がよみがえるはずなんじゃが」
ワシは助手を見上げる。
「お前さん、呪文が使えるようになっとらんか、ちょっと試してみてくれんか?」
「でも、ベネット爺さんが研究してたんでしょ? ベネット爺さんが使えるようになってるはずじゃ?」
「ワシはまあ、使えんみたいじゃから、そうなると、使えるのは助手のお前しかおらんじゃろ。隣に居ったんじゃからな。……そもそも、お前さん、名前はなんじゃったかの?」
「あ、そういえば言ってませんでしたね。ボク、テスって言います」
「ではテス。試してみてくれんか?」
「ええと、ちょっと待ってくださいね。ボク、町の外で仲間に待ってもらってるんですけど、彼らはどうなりますか?」
「古文書の記述からゆくと、ルーラは行き先を想像し、一緒に行きたい者を思い浮かべると、あとは飛んでいけるらしい。じゃから、お前さんの仲間を思い浮かべておけば良いじゃろう」
「そういうものなんですか?」
助手は困ったように、首を傾げてから
「じゃあ、ええと」
助手は目を閉じてそれから、右手の人差し指でこめかみの辺りをトントンと叩く。
その後、小さな声で
「ルーラ」
と唱える。

その時、助手の体がふわりと浮き上がり、そして飛んでいった。
魔法は、成功したんじゃ。
 
 
「おお! おお! やったぞ! やったぞ!」
ワシは助手が飛んでいった方を見上げる。
「よし! この調子で次の呪文に挑戦することにしようぞ!」

助手からは、少し不思議なものを感じた。
ワシが長年研究してきた魔法は、助手の為になったのだと思う。
次の魔法も、助手の。
いや、テスの役にきっと立つ。

 / 目次 /