10■ラインハット・リベンジ(後半)
神の塔に登り、偽太后の横っ面を張り倒す。


39■ラインハット・リベンジ 7 (テス視点)
このまま北上して修道院へ行こうか、と思ったんだけど、ボクとヘンリー君とスラリンとピエールしかこの場にいない事に気付いた。
しかも「塔に行ってくる」ということを、どらきちとブラウンに言ってない。下手に心配させてもいけないから、ボクらは一度旅の扉に飛び込んでラインハットに戻った。
結局、ヘンリー君がデール君にうまいこと言って(何を言ったのかヘンリー君は教えてくれなかった)ボクらの馬車を兵士に旅の扉までもって来てもらって、ボクらはそろって修道院へいける事になった。
 
修道院を見るのは、1ヶ月ぶりくらいだと思う。
あいかわらず、海沿いにひっそりと建っていた。
このあたりは、本当に静かでいいところだとおもう。

久しぶりに突然訪ねたにもかかわらず、修道院のシスターたちは皆ボクらの事をおぼえていてくれて、無事を喜んでくれた。
「しかし、どうしてまたこちらに戻っていらしたの?」
不思議そうに首をかしげるシスターに、ボクらは事情を話した。
もちろん、『ニセモノの太后が国を牛耳ってます』なんていえないから、その辺は適当にごまかして、ともかく『真実を映す鏡が要る』という話だけしたんだけど。
そうしたら、シスターは少し驚いたあと
「その塔の鍵は、鍵として存在するんではないんですよ。神様に仕える乙女しか開けられないのです。神への祈りの力が、扉をひらけるんですよ」
「……じゃあ、開けられませんね」
「昔はずっと今よりモンスターが少なかったので、私達修道女でもあの塔までいけたのですが、今はあそこまで行くのはとても……」
シスターが辛そうに言ったときだった。
「わ、私が行きます!」
そう声をあげたのは、マリアさんだった。
「え!」
「お二人は私を助けてくださいました。私でお役に立てるなら、ぜひ!」
「そんな、危ないよ!」
ヘンリー君が顔色を変えて言う。
「いいのです、私行きたいんです」
「確かに、マリアさんはまだシスターとしては修行はほとんど積んではいませんが、その心は清らかでまるで神さまにお仕えするべく生まれてきたような方です。もしかしたら、扉を開けられるかもしれません」
「じゃあ、おねがいします!」
ボクがそういって頭を下げると、ヘンリー君はすごく複雑な顔をした。
「危ない道だけど……マリアさんがいっしょに来てくれるなんてうれしいなあ」
「マリアでいいですよ。またいっしょに行動できて私も…うれしいです」
ヘンリー君とマリアさんがお互いににっこりと笑いあった。
「……テスさん、ヘンリーさん。マリアさんをよろしくお願いいたしますね」
そういって、頭を下げたシスターにボクは頭を下げる。
「そういえば、奥にいるシスターが南の塔について詳しいはずです。彼女は色々と文献を読まれているから」
「ありがとう、聞きに行ってみます」

奥の部屋のシスターは、ボクらが南の塔へ行くということを聞いて、少し驚いたあと
「己の見たことしか信じぬ者は、その傲慢さ故に神の祝福を受けられないでしょう。勇気をだして一歩ふみだした者が、その祝福を受けられるとか……」
と、文献で読んだことを教えてくれた。
「己の見たことしか信じぬ者とは一体どういう意味なのでしょう? ……自ら望んだことですが、自分の信仰心がためされるようで緊張しますね」
「まあマリアさんもいることだし、行ってみればなんとかなるさ。マリアさんも、信仰心が足りないなんてこと絶対にないって!」
ヘンリー君がマリアさんを励ますように言う。
「そうだよ、マリアさん優しいし、神様もきっと見てくれてて扉くらいあけてくれるって」
そういったら、一瞬ヘンリー君が物凄い目でボクを見た。

何、今の。
ちょっと怖かったよヘンリー君?
 
外で待ってくれている「皆」のことを、一番最初にマリアさんに説明した。マリアさんはちょっと驚いていたけれど、直ぐに一緒に行くことを了解してくれた。
今度は、先にボクだけが馬車に行って、みんなにマリアさんの事を説明した。皆もマリアさんが一緒に行くことに一応は納得してくれた。
まあ、皆はあくまでも「ボクと一緒に行っても良い」と思って一緒に来てくれてるわけで、基本的には人間とは相容れないものだとあきらめてる節がある。だから、最初から一緒にいるヘンリー君はともかく、やっぱり新しく誰かと一緒に行くというのは不安なんだろう。
「マリアとは仲良くできるかな?」
スラリンがちょっと不安そうに言った。
「大丈夫だよ、マリアさん優しいし……そうだなあ、ヘンリー君がちょっと変な感じだけど、まあ、仲良くやれると思うよ」
「ヘンリー殿が変とは?」
「なんかねえ、マリアさんをほめたら、ヘンリー君ににらまれちゃった」
さっきの事を答えたら、ピエールが首をかしげて「不思議ですね」って言った。
「……不思議か?」
スラリンがぼそっと言ったから「不思議だよ、何にもしてないのに」とだけ答えておいた。
 
マリアさんには馬車に乗ってもらって、ボクらは南の塔を目指す。
40■ラインハット・リベンジ 8 (ヘンリー視点)
塔は、かなり高かった。
オレやテスはともかく、マリアには登るのはちょっと大変だと思う。
「行こうか」
テスは暫くてっぺんを見上げたあと、決意したようにオレたちに声を掛ける。
オレもマリアも、無言で頷いた。
 
青くて、銀の装飾が施された分厚くて綺麗な扉。
そこが入り口だった。
「……」
マリアは暫くその扉を見つめて、意を決したように歩き出す。
「きっとうまく行くさ」
マリアが、振り返って頷いた。
オレも頷き返す。
テスはもう一度、塔のてっぺんを見上げていた。

マリアが扉の前に跪き、祈り始める。
その姿は、息を呑むほど美しかった。
しばらくすると、マリアの周りを青いような、白いような不思議な光が浮かび始める。
そして、その光が扉を包み、やがて
「よかった、開きました」
マリアは立ち上がって、その扉に手をかける。
あんなに大きくて頑丈で重そうな扉が、まるで鳥の羽を動かすかのように軽く開いていった。
「すごいね、神様の力とか、祈りの力って」
テスが開いた扉を見て、呟く。
「そうだな。……すごいな、信じる心ってのは」
「ヘンリー君も持ってるよ、そういう力」
「……お前もな」

オレたちには、ピエールが着いてきてくれた。
スラリンはまた不平を言ったけど、いつものようにオレとテスだけじゃなくマリアも居るってことで、かなりあっさりと引き下がった。
 
塔の中はひっそりと静まり返っていた。
もう長い間誰も来てなかっただろうに(何せウチの先祖は中に入らなかったみたいだし)埃なんかも目立たない。
「なんだか、神の塔というだけあって、がっしりしてんな」
「気が引き締まるおもいですわ」
オレたちは口々に感想をいいながら、歩き始める。

左右に伸びる通路と、目の前にある入り口と同じ様な扉。
通路の先はどちらも奥のほうに向かって折れているようだった。
「右から」
テスは言うと、歩き始める。
「おい、待てって」
オレとマリアも慌てて追いかける。
テスは曲がり角で一度立ち止まって、周りの様子を確認してから、左に曲がった。暫くまっすぐの通路で、行き止まりには登るための階段。そこからまた左に曲がれる様になっていた。
「ここから登れるね。……ちょっと待ってて」
階段のところでテスは言うと、曲がった先を確認に走っていく。
ピエールもそのあとに続いた。

テスはマリアがいるからか、なるべく歩かなくていいように考えているみたいだった。それがマリアも解っているんだろう。
「テスさん、そんなに気を遣っていただかなくても……」
と、走っていくテスの背中に声を掛ける。

マリアは、優しい人だ。
だから、テスを心配するんだろう。それは解る。
でも、オレだってここにいてマリアを守ってるわけで。

何か複雑な気分だ。
 
「ええとね、この通路の真ん中にも扉があったよ。突き当たりにも階段。ロの字の構造になってるみたいだから、多分扉を開けたら入り口の方にあった扉に通じてると思う。……とりあえず、帰りの事も考えてちょっとその扉を開けてみたいんだけど。いいかな?」
「なんで扉開けるのを確認とりに来たんだよ」
「……塔の入り口と同じ模様の扉だからさ、多分ボクには開けられないよ」
「あ、なるほど」
「わかりました、行きましょう?」
マリアがテスのあとに続く。
オレはなんだか納得いかない気分で、そのあとに続く。

扉を開けると、中庭のようになっていた。
緑あふれ、草のにおいがする。
吹き抜けになってるところがあるのか、ところどころ地面まで光が辿り着いていた。
「綺麗……」
マリアが目を輝かせて、辺りを見回している。

と。
向こう側に、二人の人間が居るのが見えた。
いや、人間ではないだろう。なんだか少し透けている。
真昼の幽霊?

一人は、黒い髪を腰まで伸ばした女性のようだった。
綺麗な洋服を着て、こちらに背を向けている。
もう一人は、その女の人と見詰め合うように立つ男の人。
がっしりとした、たくましい人。
背が高くて、黒い髪を一つに縛っている。
赤いマントをつけた、かなり堂々とした気品に満ちた人だった。

見知った顔。
オレは慌ててテスを見る。
テスも、その人たちに視線が釘付けになっているみたいだった。

そう、その人は、パパスさんにそっくりだった。
着ている服は全然違って、立派だけれど。
見間違うわけがない。
あの人の姿を。
あの人の姿を、忘れたことなんて一度もないんだ。
 
テスが、思わずその人たちによろよろと近寄る。
もうあとちょっと。
あとちょっとで話しかけられる、その位置まで行ったとき、その人たちは掻き消えるように居なくなってしまった。

「……」

テスは何か叫びそうになって、大きく息を吸い込んだ。
「……テス、あの人たち……」
オレはテスを見る。
呆然としたような顔で、その目はさっきまでパパスさんたちがいた場所を見つめている。
「そういえば、この塔は人の思いや心を映すということを聞いたことがあります。……あの方たちは、テスさんの大切な方たちだったんですね?」
マリアさんが言うと、テスは無言のまま頷いた。
「……そうですか」
「……会えて、よかった。あれきっと、お母さん、だったんだよね。……ボク、初めて会ったよ」
テスがかすれた声で、呆然と、でも嬉しそうに呟いた。
「会えて良かったな……。オレ、あの人の事、一生忘れないぜ」
「……うん」

オレたちはそれ以上何も言わなかったし、そのことをマリアもピエールも聞かなかった。

ただ、明るい日の光が差し込むこの中庭でであったこの出来事は。
とても悲しかったけれど、嬉しい出来事だった。
41■ラインハット・リベンジ 9 (マリア視点)
私達は、かなり長い時間がかかったとは言え、最上階まで登る事が出来ました。
途中、テスさんの「モンスターを改心させる」という所も見せていただきました。ドラゴンキッズのコドランさんと、ビックアイのガンドフさんが、一緒に来てくださることになったんです。
彼らはとても心優しいモンスターたちでした。
全てのモンスターが悪いのではないという体験は、かなり有意義なものになりました。
 
先ほどから、私達は休憩時間に入っています。ヘンリー様とテスさんは、私のことを気遣ってか何度も休憩を挟んでくれています。
扉を開けて以来、ずっと足手まといな感じで少し申し訳ない気がします。
「おかしいなあ」
テスさんが、ここまで登ってきた道筋を紙に書きながら困った顔でそのメモを見つめています。
「ここ、最上階でしょ? でもここまで鏡はなかったよね。……どこかで道を見落としたっけ? このあたり、全然いけてないみたい」
そういって、ヘンリー様と私にその紙を見せてくださいました。
そこには、これまで通って来た塔の地図が書かれ、どの階段がどこにつながっているのか書き込まれていました。
見てみると、三階の左半分が真っ白になっています。四階から上も同じようになっていました。
「……真ん中は吹き抜けになってたし、柱が邪魔して向こう側へもいけないんだよね。……どこで見落としたかなあ?」
「階段は全部登ったよな?」
ヘンリー様もその地図を見て首をかしげています。

実の所、私はもう既にどの道を通って来たかなど全く分からなくなっていたので、お二人がしっかりと記憶した上で地図まで書けるところにただひたすら感心するばかりで、全く何も言う事が出来ませんでした。
 
「ともかく、三階まで戻ろうか。二階の階段はどれもつながってなかったし、見落としてるとしたらそこしかないよ」
「……だな。マリア、大丈夫か?」
「ええ」
私は立ち上がって、お二人の後に続きます。
コドランさんが、私のことを励ますように隣を飛んでくれました。
 
「うーん」
テスさんは、地図と実際の三階を見比べながらしばらく首を傾げています。ヘンリー様は私を気遣ってか、座るようにすすめてくださいました。
「主殿」
先のほうを見に行っていたピエールさんが戻ってきました。
「道があったにはあったのですが」
「本当!?」
「ただ……」
私達はピエールさんの案内でその「道」を見ました。そして、彼が言葉を濁した理由を理解しました。
その道は、三階の吹き抜けを囲うようにたつ柱の、向こう側にありました。人が一人通るのがやっと、というほどの細さで、勿論手すりなどありません。そして遠くに塔の左側へ出る通路があるのが見えました。
「……これしかないね、行こうか。……マリアさんは、高いところは平気?」
「ええ、大丈夫です」
「じゃあ、ヘンリー君はマリアさんをお願い」
「任せろ!」
最初をピエールさんが歩き、その後ろをテスさん。そのまた後ろをヘンリー様。ヘンリー様は私の手を引いてくださいます。そして後ろをガンドフさん。コドランさんは飛べるので、テスさんの横を飛んでいます。
「コドランがうらやましい」
「ええ、本当に」
ヘンリー様の呟きに、私も同意するとヘンリー様は少し笑っていらっしゃいました。
 
無事三階の通路をとおり、そのまま見つけた階段を登り続けると、最上階にたどりつきました。
これまでとは床の色が違っていて、向こう側に祭壇あるのが見えました。ただ。
「向こうにどうやっていくんだろう?」
ヘンリー様が茫然とその祭壇を見つめながら呟きます。
そう、向こうまで通路は通じていませんでした。途中で途切れているんです。
「何かシスターが云ってたよね。何だっけ? ……己の見たことしか信じぬ者は、神の祝福を受けられない。勇気をだして一歩ふみだした者が、その祝福を受けられる……だっけ?」
「勇気って何だ?」
私は、その通路の端まで歩いて分かりました。
「大丈夫ですよ、お二人とも。通れます」
そういって、私は何もない空間に向かって歩き出します。
「危ない! マリア!」
ヘンリー様の声がして、私は振り返ります。
足元は、ふわふわして不思議な感覚です。

「……歩けてる」

テスさんが呟くのが聞こえました。
「ああ、なるほど、それで勇気ね」
テスさんとヘンリー様が一緒に何もない空間を歩いてきてくれました。
「すごいね、マリアさん」
テスさんがこちらを見て、にっこりと笑っていってくれました。

祭壇には、古びているのに凛とした風格を持った鏡が祭られていました。
「これが真実を映す鏡ねえ」
ヘンリー様がその鏡を手にとって、じっと見つめました。
「……まあ、これで偽者の化けの皮が剥がせるわけだ」
「いよいよだね」
「ああ」
私達は元来た道を歩いて、塔の外に出ました。
すると、後ろで扉がゆっくりと閉まります。
 
 
 

神の塔は、また永い眠りについたのでしょう。
42■ラインハット・リベンジ 10 (テス視点)
塔を出て、ボクらは北上し始める。
マリアさんはちょっと疲れているみたいだったから、馬車に乗ってもらった。
塔の中で仲間になってくれた二人も、皆とすぐに仲良くなってくれたみたいで、一安心。
ボクらは、そのまま旅の扉があった祠近くまで歩いてきている。
「で。これからどうするの? マリアさん、修道院まで送っていく?」
「そうだな、ラインハットも急ぐけど、マリアを連れて行くのは危ないかな?」
話し合っていると、馬車からマリアさんが顔を出して
「いえ、私のことは後でいいので、ラインハットへ急いでください。今は苦しんでいる方々を少しでも早く、お救いください」
そう、祈るように言ってくれる。
「……じゃあ、悪いけどラインハットへ急がせてもうな、マリア」
「ええ、ヘンリー様」
ヘンリー君とマリアさんが、一瞬見詰め合ってから頷きあう。
 
……何か、この二人仲がすごくよくなってる。何があったんだろう?
 
「じゃ、急ぐぜテス」
「うん、わかった」

ボクらは旅の扉を抜けて、ラインハットへ帰ってきた。
相変わらず、城の中は不気味なくらい静かで、それでいて空気が張り詰めている。
あんまりいい雰囲気じゃない。
「さて、偽者の横っ面を張り倒すぜ!」
「ヘンリー君、ボクが先ね」
「あの、出来る限り穏便に……」
マリアさんが少し恐がったような目でこっちを見た瞬間
「そうだな、出来れば穏便に済ませような! テス!」
とかヘンリー君が言った。

……一体何なのさ?
  
ピエールとコドランに付いてきて貰ってボクらは歩き出す。
偽者が何者か分からないけど、あんまり穏便にはすまないだろう。そうしたら、きっと、彼らの手助けがいる。
「またオイラ留守番ー?」
「ごめんね、でも、スラリンたちを信用してるからボクは心置きなく行けるんだよ?」
「まあな、オイラ強いからな!」
スラリンが「えっへん」と少し身をそらせながら言う。
「じゃあ、行ってくるから」

ボクらがデール君のところに行くと、大変な事が起こっていた。
「あ!」
デール君がボクらの姿を見て、走ってくる。
「なんだ? あれ」
ヘンリー君が指を指したほうには、二人の太后が居る。
「兄さんに話を聞いてから、すぐに地下牢に母上を助けにいったんです。ここに連れてきたらいきなり二人で大喧嘩になって……そのうちにどちらが本物か分からなくなりました……。ボクのやる事っていつもこう、裏目にでるっていうか……へまばかりというか……」
「ああ、なるほどね……」

ボクらは二人を見比べる。
二人は口々に
「わらわが本物じゃ! ええい! なぜ分からぬか!」
とか
「デールや、どうして本物の母がわからないのです?」
とか言っている。
「なんか、叫んでるほうがそれっぽいよな。あのヒスが懐かしいような気すらする。優しいほうは、あんなにやさしかったか? って感じだな」
ヘンリー君は二人を見比べて引きつった笑いを浮かべながら、何とか声を絞り出す。
「鏡を使って確かめればいいのですよ」
マリアさんが小声でボクらに言う。
「どっちに先に使う?」
ヘンリー君はボクに聞いてきた。
「じゃあ、叫んでるほう。本物は一応、曲がりなりにも、心ならずも、憎たらしい事に『反省した』って言ってたんだし、10年進歩なく叫んでるほうが偽者だよ」
「……お前、反省したっていうの認めたくないんだな? まあ、一理あるしまずは叫んでるほうからな」
ヘンリー君が、叫んでるほうの太后に鏡を向けると、そこには醜い魔物が映っていた。

「……ばれちまっちゃしかたねえな」

低い声とともに、太后がその姿を本来の魔物の姿に戻した。
「デール君、マリアさん、ついでに太后! 外へ逃げて!」
ボクの声で我に返った皆が、身を低くして外へ出て行く。
そのまま、偽太后との戦いになった。
魔物は、10年戦わなかったからか、それとも元々頭脳戦担当で力がなかったのか、ともかくあっけなく勝つ事が出来た。

「……馬鹿なやつらだ。このまま俺に任せておけば、この国の王は世界の覇者にもなれたものを……」
魔物はそうつぶやいてから、絶命した。

「……世界の、覇王?」
とりあえず、そういうのはデール君には似合わないけど。
そういう力が、どこかに存在しているというのは間違いないのかもしれない。
 
「ともかく……これで無事、国は取り戻せたんだよな? モンスターから」
「……うん、そうだよ」

ボクとヘンリー君は、その場で拳を付き合わせる。
 
「おめでとう、ヘンリー君」
「サンキュー、テス」
43■ラインハット・リベンジ 11 (ヘンリー視点)
太后が偽者だった、という話は瞬く間に国中に広まった。
城の中に居たモンスターたちは一掃されて、無実で捕らえられていた人たちも全て解放した。
慌ただしく、国が元に戻っていく。
オレとテス、マリアは救国の英雄として会う人会うヒトから感謝を言われ(最初は気分がよかったが途中からうんざりした)気づけば一日が終わっていた。
 
「そろそろ行こうかと思うんだ」
テスがオレに言いに来たのは、その日の遅い時間だった。
「こんな夜行かなくてもいいだろう。せめて明日にしろよ」
「……うん、そのつもりだけど。このまま居ると出かけられなくなりそうだからさ、引き止められる前に言おうと思って」
「お前先回りうまいなあ」
「デール君たちにはヘンリー君から伝えておいて?」
「おう、任せろ」
そういって、テスが今日一日与えられた部屋に帰っていく。
 
そうだ、テスは目的があって、そのために旅をしてるんだった。
一緒に居るのが当たり前になってたから、すっかり忘れていた。
今回の事だって、オレのために一緒に来てくれただけで、本当はこの国になんて来たくなかっただろう。
……最後の最後まで、世話になりっぱなしだった。
  
 
次の朝、テスがデールに挨拶に来た。
もう全員、テスが旅立つ事を知っていて、名残惜しそうに挨拶を交わしている。
「テス、兄上とともに良くぞ母上の偽者を倒してくれました。心からレイを言います。あのままだと、この国がどうなっていたか……。本当にボクは王として失格です。だから、テスさんからも頼んでください。兄上が王になるように」
デールが、テスを見上げて言う。
 
コイツ、テスを使ってきたな!
一回断ったのに!
 
「王様、その話はお断りしたはずですよ」
「しかし兄上!」
「子分は親分の言う事を聞くものです。勿論、この兄は出来るだけ王様を助けるつもりです」
そういうと、テスが少し笑った。
「ああ、無理だよデール君。親分の言う事には逆らえないよ。ボクもね子分だから、親分には何も言い返せない」
テスの答えに、皆が声を上げて笑う。
笑い声なんて、この国ではきっと久しぶりだろうと思う。
「……、というわけで、一緒に旅に行けなくなっちゃったな」
「こればっかりは仕方ないよ」
「色々世話になったけど、お別れだ。国が元に戻ったから、ビスタ港に船が入ってくると思う。それに乗っちゃえばもっと広い世界に出られるぜ?」
オレの言葉に、マリアが続いた。
「テスさんとヘンリー様と一緒に旅が出来てとても楽しかったです。私はまた修道院に戻りますから、ここでお別れですね。テスさん、お母様はきっと見つかります。どうかお気をつけて。……ご無事を祈っておりますわ」
「うん、ありがとうマリアさん。……ヘンリー君、近くに来る事があったら、また遊びに来るよ」
「いつでも頼って来いよ」
「じゃ、もう行くよ」
「町の入り口まで送ってく」
「……ありがとう」

オレはテスと一緒に町の入り口までやってきた。
馬車で待っていた皆に、オレはもう一緒に行けないことを伝えると、皆少ししんみりと寂しがってくれた。
「元気でな、馬鹿ヘンリー」
スラリンはそういうと、そのまま馬車に駆け込んでいった。
「ああ、お前も元気でな、スラリン」
「愛されてるなあ、ヘンリー君。……ありがとう。もう行くよ。また、そのうち」
「ああ、またな。じゃ、元気でやるんだぞ、テス」

お互い軽く手を振って、テスが歩き始める。
それについていこうとしたピエールを、オレは呼び止める。
「どうしました、ヘンリー殿?」
「テスのこと、頼むな。あいつ、しっかりしてそうで実はもろいところあるからさ。……まあ、皆居るから大丈夫だとは思うが。オレから見るとピエールが一番頼れそうだからさ、頼んどく。ホント言うと、一緒に行きたいんだが、こればっかりはしかたないしな」
「分かりました。主殿のことはお任せください。ヘンリー殿、長い間ありがとうございました。一緒に旅が出来て本当に楽しかったです。またお会いする日まで」
「ああ、元気でな。くれぐれも、テスを頼むぜ?」
ピエールは大きく頷くと、少し離れてしまったテスを追いかけて走っていく。

オレは、その姿が見えなくなるまでしばらくその場に立ち止まって、ひたすら祈る。
「無事に母親見つけて、また来いよ、テス」

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