9■ラインハット・リベンジ(前半)
ラインハットに再挑戦。


33■ラインハット・リベンジ 1 (テス視点)
「オレはむしろ、エスなんたらってのが気になるな」
って、ヘンリー君は言った。
アルカパの酒場のおじさんの「伝説の勇者の話」は、雲をつかむような話で、まあ、なんていうか……よく分からない話だった。
とりあえず分かったのは、現在勇者自身はいないから、子孫を探すしかないことと、天空の剣と鎧と盾と兜を装備して「エスなんたら」っていう魔王だかなんだかを倒した、ということだった。
 
勇者がどこにいるのかとか、天空の装備がどこにあるのかはやっぱり分からないらしい。
 
「まあ、どこにいるか分からないなら、鎧とか探すほうが早いかもね。勇者様のほうがボクが持ってる剣とか探して来てくれるかもしれないし」
「そうだな。とりあえず、残りを探すしかないよな」
二人して、大きくため息。
「ま、がんばるよ」
 
話を聞き終わってから、道具屋さんで薬草を買い込んで、ボクらは町の外に出る。止めてある馬車に声をかけると、とたんにスラリンに怒られた。
「おそーい! お日様昇ってからどれだけたってると思ってるんだー!」
「ごめんね、朝から話聞きに行ってたの」
ボクが謝ってるそばで、ヘンリー君は
「町のことが分からないスライムが口出しすんな」
なんてスラリンに喧嘩を売る。
「オイラのこと馬鹿にしたなー!」
 
どうしてこう、この二人は仲良く出来ないんだろう。
 
「主殿、次はどちらに行かれるのですか?」
既に喧嘩は日常茶飯事、最近はどらきちが増えてますますやかましくなったことに、実は一番困ってるのかもしれないピエールがそばに来てボクに聞く。
「次は、ラインハット」
その国の名前を聞いて、皆が黙った。
「なあテス。そこ行って平気なのか?」
スラリンがボクを見上げた。
「平気だよ? なんで?」
一瞬、いやな予感がする。ヘンリー君が傷つくような話じゃなきゃいいけど。
「だってさぁ、あの国人間に評判悪いぞ? それに一時期、モンスターは周辺に集まっておけなんていう話もあったし」
「え? どこで?」
ビックリして聞き返すと、その話をピエールが引き継いだ。
「モンスターの間でです。最近は聞かなくなりましたが、一時期、モンスターを討伐しない国として有名になりました。うわさでは城に入ることも出来たとか」

しばらく、沈黙がその場を支配した。
 
「行ってみなきゃわかんないよ、ヘンリー君。もし、本当だったら大変。今よりもっと悪いことが起こるよ。早く行かなきゃ」
「……ああ」
ヘンリー君の顔は蒼白で、見ていて気の毒なくらいだった。
でも、国に行っていきなりその事実を知るより、心構えができてよかったのかも知れない。
 
ボクらはなるべく急いで、ラインハットを目指した。
途中、サンタローズに寄って一泊して(ビアンカちゃんが引っ越していたことを、シスターはとても残念がっていた)アルカパを出て三日目の午後には、ラインハットの国境を守る関所にたどり着いた。
 
「通れるといいんだけど」
「無理だったら強行突破するしかねえな」
「とりあえず、皆は馬車に隠れてて」
皆が馬車に乗り込んだのを確認して、ボクとヘンリー君は関所に入る。
関所には、兵士が一人だけいるだけで、ものものしい雰囲気はなかった。
「あの、ラインハットに行きたいんですけど」
声をかけると、兵士はこっちをギロっとにらんだ後、
「許しのないものを通すわけにはいかん。帰れ」
とだけ、ひどく偉そうに、ぞんざいに言った。

どうしようか、とヘンリー君をちらっと振り返ると、いきなりヘンリー君はつかつかとその兵士のほうへ歩いていった。
「随分偉くなったもんだな、トム! こんな川沿いの、今にもカエルがでそうなところなのに平気なのか? カエル嫌いは克服したのか?」
少し、せせら笑うような言い方で、ヘンリー君はその兵士を見返した。
兵士の顔色が、さーっと変わった。
「……! まさか、まさかヘンリー王子様! 生きてらしたんですか! なんてお懐かしい!」
「色々あったが、生きてた。今まで帰らなくて悪かった」
「ああ、なんて嬉しいことでしょう。ヘンリー様がいなくなってから、ラインハットはどんどん悪くなる一方で……。思えばヘンリー様のいたずらに泣かされていたあのころが、一番よかったのかも知れません……」
「それ以上言うなよ、兵士のお前が国の悪口を言ったら、色々問題もあるだろう?」
「はい……」
「通してくれるよな。トム」
「もちろんです!」
「あと、オレと友達が通ったことはしばらく黙っておいてくれ。オレは死んだことになってるみたいだしな」
「わかりました! ヘンリー様、お気をつけて!」
「ああ、トムも気をつけろよ」
 
ボクらはトムさんに関所を通して貰った。
川の下を通るトンネルは、頭の上で川が流れる音がして、ちょっと恐い。
「ヘンリー君」
「なんだよ」
「これまで見た中で、さっきのが一番王子様らしかったよ。格好良かった」
「何ー!? オレはいつだって王子様らしくて格好いいだろうが。お前どこ見てたんだ今まで!」
「それはヘンリーの勘違いだ」
馬車の中からぼそっとスラリンの声がして、ヘンリー君は馬車に向かって「スライムにわかってたまるか!」とか、そんな事を言ってまた喧嘩してた。
 
もしかしたら、仲がいいのかもしれない、と思い直すことにした。
34■ラインハット・リベンジ 2 (ヘンリー視点)
「なんか、暗いね」
街の入り口から、城のほうを見てテスがぼそっと言う。
「……そうだな」
確かに、街には活気がない。
歩いていく人もまばらだし、その人たちの顔は憂鬱そうで、顔色もよくない。痩せきってる人が多い気がする。
「記憶ではもっと明るくて活気のある街だったんだけど」
「オレの記憶だってそうだ」
「……かなり、深刻なのかも」
「そうだな」
 
街を歩いてみて、その気持ちは確信に変わった。
 
「なんでこんな時にこの国へ来たんだ。もうこの国はおしまいじゃ」
なんて、爺さんはあきらめきった顔で天を仰いでため息をついた。

看板には「全ては国のために」なんて書いてある。
城の堀の近くには、物乞いをしてる母親と子どもまでがいた。
空腹のつらさって、本当につらいのがよく分かるから、オレとテスはその親子にちょっとだけお金を渡す。
 
こんなこと、本当は何の解決にもならないけど。
この国は、本当にどうなってしまったんだろう。
デールは、何をやっているんだろう?
 
 

オレはもう、遅すぎたのかもしれない。
 

そう、思って城を見上げたときだった。
「ヘンリー君、お城に行ってみようか」
テスがそんな事を言い出した。
「!」
「デール君は、こういうことする子じゃなかったんでしょ? ヘンリー君そういったよね? だったら、確かめてみるべきだよ。あきらめるにはまだ早いよ」
「……お前の『あきらめ』って絶対に来ないような気がする」
オレが言うと、テスは「そうだよ、絶対に諦めないよ」とだけ答えた。
 
 
驚くべきことに、城には入ることが出来た。
門番さえいない。
教会になっているスペースへ、簡単に入ることが出来た。
「城の中の教会を開放して、『国民に開かれた城』っていうアピールでもしてるのかな?」
なんてテスは首をかしげる。
「今更そういうキャンペーンしても、国民の心は離れきってるから意味ないだろ」
「そうだよね?」
テスは答えると、通路を左側に向かって歩き始める。
「あ! テス! オレのこと、しばらくは伏せておきたいんだ。名前とか呼ぶなよ?」
「じゃあ、何て呼べばいい?」
「おい、とか、なあ、とか話しかけてくれりゃいいよ」
「そういうの、ボク嫌い。偉そうで。だから、何かあだ名とか、愛称とかで……リー君とか?」
「別人じゃないか、それじゃ」
「別人くらいのほうがいいじゃない。ねえ、リー君」
「……もう好きにしてくれ」

通路を右に曲がって、アーチを抜けると王座へたどり着ける階段に行けるんだが、さすがにそこは兵士が見張っていて、王に許可を得ている者しか通れないようになっていた。
仕方がないから、来た道を戻って、兵士の詰め所へ上がれる階段をのぼってみる。
そこには異様な光景が広がっていた。
 
「あれ、モンスターだよな?」
小声で聞くオレに、「ガイコツだから、もしくはお化け」なんて答えとともにテスが頷く。
 
確かに、真ん中のテーブルに大きな顔をして座っているのはガイコツだった。他にも、どう見ても「人間じゃないだろ、お前」ってやつがたくさんいる。
オレは少し顔色の悪い兵士を捕まえて話を聞いてみる。
これから兵士として雇われるから、下見に来たとかそういうことを言ってみたら、兵士はあからさまにほっとしたようだった。
「ここだけの話だが、最近太后様が雇う兵士は気持ちの悪いやつらばかりで心配していたんだ」
なんて、そんな事を言っていた。
「あいつらが気持ち悪いって言えるうちは、普通だな」
「うん、そうだね。ただ、魔物でも平気で雇うって、ちょっとおかしくない?」
「だよな」

さらに奥には、うなされながら仮眠を取る兵士がいた。
懺悔のような、寝言。
「……そうか。コイツ、サンタローズへ……」
「よかった。全然何も感じないでやったんじゃないんだ。後悔してる人も、いるんだね」
テスは小さな声でそういうと、その兵士をじっと見つめていた。
 
 
結局、城の奥に入ることが出来ずに、夕方ごろオレたちは城の外に出た。
「これからどうしようか?」
テスの言葉にオレは城を見上げる。
 
城の中には、太后の変化に、国の変化についていけず困惑している兵士がたくさんいる。
どうして、誰も何もしない?
国中が、王に対して絶望している。
どうして、こんなことになっている?
国の外では、恨まれ、恐がられ、孤立して。
どうして?

 
そうだ。まだ、絶望には早い。
オレは、何もやってない。
考えろ。
何か、手立てがあるはずだ。
 
 
城の中を思い出す。
入り組んだ通路。
割と自由に遊べた中庭。
城の外は堀で囲まれていて。
どこかで。

「そうだ」
「何? どうしたのヘンリー君?」
「隠し通路だ。城の中で異変があったとき、外に逃げられるように抜け道があるんだ。城の中のどこかと、街のどこかがつながってて……」
「ヘンリー君、それだ! どこ! 思い出して!」
「……」

オレは必死に思い出そうとする。
父親に、教えられたような記憶が、どこかにあるんだけど。
 
「……駄目だ、思い出せない」
力なく首を振るオレに、
「でも、大進歩。どこかにつながってるんだから、探せば見つかるよ。今日はもう夜遅いから、宿に帰ろう」
テスがにっこりと笑って、そういった。
「そうだな」

テスが笑って云うと、どんな事だって前向きに考えることが出来るようになる。
これって、すごい力だと思う。
この力に助けられて、ここまでこれた。
だから。
この力を裏切るわけには、いかない。
35■ラインハット・リベンジ 3 (テス視点)
宿に戻った後も、ヘンリー君はひたすら抜け道の場所を思い出そうと必死になってくれているけど、全然思い出せないみたいで、どんどんイライラしてきている。
「あのさあ、ヘンリー君」
声をかけると、不機嫌そうな目でヘンリー君はこっちを見た。
「ええと、抜け道って事は、入り口は人に見つかりにくいところにあると思うんだよね。だから、そういう場所をいくつか候補にしておいて、お城見に行かない?」
「探してるのバレたら問題だろーが」
「だから、夜のうちにいくの。街の人、あんまり夜は外出しないみたいだし」
ボクは窓から外を指差す。
昼間もあまり人通りはなかったけど、今はもっと少なくなっている。
「……そうだな、どうせここで考えていても思い出せないだろうし、そのせいでイライラしてテスが居心地わるいのも申し訳ないしな」
「いや、別にボク……」
「決まり。行こうぜ」
ボクが言い終わるよりも早く、ヘンリー君は立ち上がる。
結局ボクはヘンリー君に手を引かれて、そのまま夜のラインハットの街を城に向かって歩き始めることになった。

それにしても、本当に人がいない。
街の中の明かりもほとんどなくて、真っ暗って言ってもいいくらいだった。
 
「……こんなことなら、もっと早く見に来ればよかったな」
「本当に」
ボクらは、ちょっと唖然とした気分で城を見つめる。
正面玄関の下。
普段なら跳ね橋で隠れている、お城の土台の部分。
そこに、大きな入り口がぽっかりとあいていた。
「多分、あそこから入ればいいんだね」
「だろうな。……イカダか船がいるな」
「探してみようか」
ボクらは、城の周りをぐるりと一周回ってみる。その途中に打ち捨てられたイカダがあった。
「使おう。有効利用させてもらおう」
「うん、そうだね」
さっきから、ヘンリー君がやたらやる気に満ちているっていうか、ちょっと一直線すぎて心配だけど、やっぱり国の一大事だから仕方ないか。
 
国を助けられるかどうかの瀬戸際なんだからね。
 
「じゃあ、今から行ってみる?」
「出来れば今すぐ行きたい」
ヘンリー君が頷く。
「じゃあ、ピエール達を呼んで来るよ。城の中には、魔物がいるみたいだしね。もしかしたら警備してるかも。さすがに二人じゃ大変でしょ。……町のはずれを通ってそのまま城の裏手にまわるから、そこでイカダで待ってて」
「分かった」
「……つかまらないでね、気をつけてね」
「分かった」

ボクは街の外で待ってくれている皆のところへ走った。
「どうされました? こんな夜中に」
ピエールが不思議そうにこっちを見た。
「今からラインハットのお城に潜り込むんだけど、一緒に行ってくれない? 昼間に見に行ったら、結構魔物が兵士として雇われてるみたいな雰囲気だったから、ボクとヘンリー君だけだとちょっとね」
「分かりました」
「あ! テス! オイラも連れてけ! 今度は連れてってくれる約束だぞ!」
「うん、いいよ。一緒に行こう。……ブラウンと、どらきちはこのまま馬車を見張ってて」
ブラウンがこくんと頷いた。
どらきちは「ブラウンはんとはお喋り続かんから辛いわー」とか、困ったように言ってたけど、そこを何とか!って頼み込んで納得して貰った。

ボクは城の裏手を目指して歩きながら、ピエールとスラリンに大体のことを説明した。
「あくまでも、今回の目的は城の中に潜り込むことだから、あんまり騒ぎを大きくしないでね」
「わかりました」
「あと、ヘンリー君がかなり思いつめてるから、刺激しないこと。特にスラリン、頼むからね」
「分かってるよぅ。オイラ、ヘンリーの事嫌いじゃないからな、そんなとき意地悪したりしないぞ」
「嫌いじゃないの? ……じゃあ何で喧嘩するの?」
スラリンが呆れたようにボクを見て
「ヘンリーが喧嘩を売ってくるからじゃないかー。喧嘩するほど仲がいいって言うだろー? テスは分かってないなー!」 
「……あ、そう」
 
結構複雑だな、って思った。
 
  
城の裏手でヘンリー君と落ち合って、ボクらは堀をゆっくりと城門の下まで進む。
静かな夜の街に、イカダが進む音が結構大きく響いてるみたいで内心ちょっとどきどきする。
一応、すぐには城の方から発見されないように、なるべく堀を城に近いほうへ寄せて進んだけど、実際のところ見つかったのかどうかはよく分からなかった。
 
 

抜け道は緊急用だけあって、かなりがっしりした柱が続いていて、所々松明の明かりが光っている。
「確か、地下牢とかも兼ねてたと思うんだ」
「じゃあ、見張りとか見回りとかにも気をつけないとね」
ボクらは一瞬顔を見合わせてから、お互いに頷きあう。
 
「準備はいいな?」
「うん、気を引き締めていこう」
36■ラインハット・リベンジ 4 (ヘンリー視点)
抜け道は、堀の影響かはたまた地下だからか、ともかく湿っぽくて、ちょっと気分が悪い。
そのせいでさっきからスラリンが文句をたらたらと言っているが、誰もが思っていることを言うだけだからか、今のところ誰もそれを止めなかった。
さすがにうるさいんだが、スラリンが黙ると今度はオレが不平を言いそうな気がする。だから、オレも注意はしない。
 
しばらく歩いていくと、聞いていた通り地下牢に出た。今のところ見張りや巡回はないらしく、通路には誰もいなかった。
牢の中にはかなりの人が入れられていて、希望のない眼で宙を見つめていた。
 
いやな目だ。
ドレイをやらされていたとき、周りにあふれていた目。
ああいう目をした人から、死んでいってしまった。
 
中にはまだ元気な爺さんもいて、「あの太后にはいつか天罰が下る!」とか叫んでいるが、何だかそれもむなしい響きになって壁に吸い込まれていく気がした。
「この方々を助けたい気持ちはわかります、ならば急ぐべきです」
立ち止まって牢の中の人たちをじっと見つめてしまっていたオレとテスを現実に戻したのは、そんなピエールの声だった。
「そうだね、根本を元に戻さなきゃね」
テスは固い声で答えると、歩き始める。オレもその後に続いた。
 
しばらく歩いていくと、少し大きな牢に出た。さっきまでとは違って、中にはテーブルや椅子、ベッドまで置いてある。多少は扱いの違う牢なのかも知れない。
中には、一人の中年の女の人がいた。
こんな場所には不釣合いの、ドレスを着て。
顔に。見覚えが、ある。
「誰だか知らぬが、ここから出してほしいのじゃ」
と、その女は言った。
「わらわは、この国の太后じゃ!」
 
……、ああ、やっぱり。デールの母上だ。
 
「太后は城にいるんじゃないですか?」
テスはそういって、太后を見る。すごく、冷たい目をして。多分顔を覚えてて、内心怒りが渦巻いてるんだろう。

「あれは偽者じゃ! どうしてわからないのか! ええい歯がゆい!」
太后はヒステリックに叫ぶ。……ああ、このヒスですら懐かしい気がしてきた。心が広くなったのかも知れない。
「偽者? じゃあ、昔行方不明になった王子様を実際にさらったっていううわさの人も、偽者のほう?」
テスが、そういって太后を見ると、太后はちょっと黙った。
「あ、あれは確かにわらわがした事じゃ。でも、それもわが子を王にしたいという愚かな心から。今ではとても反省しておる」
そう答えた太后を見ていたテスの目が、すっと細くなった。
軽蔑したような、冷たいまなざし。
コイツ、こんな目するんだって、一瞬恐かった。

「反省? 本当に? ここは確かに牢だけど、食べ物も寝るところも保障された場所にいて、出たいなんて自分の欲望ばっかり前面に押し出してるあなたが、反省しただって? ……冗談じゃない。もし、鍵を持ってたって絶対に出してやるもんか」
 
低い声だった。心底、怒った声。
 
「ボクたちが食べ物もほとんどもらえず体力以上の労働を強いられて明日死ぬかもしれないって状況になったのはあなたのせいだっていうのに、そのボクたちにここから出せなんて言う!」
その言葉に太后は眉を寄せる。
「おぬし達など知らぬ、言いがかりはやめよ」
「ボクは、あなたがさらわせたヘンリー君のお守りをしていた、パパスの息子。あなたの犯罪の隠れ蓑にされて、サンタローズに攻め入るきっかけにされてしまった、パパスの。たった一人の息子!」
太后の目が大きく見開かれる。
「じゃ、じゃあそっちにいるのは……」
そういって、太后はオレのほうを見る。オレは何も答えなかった。
「ねえ、ヘンリー君」
テスが、低いままの声でオレを呼ぶ。
「何だよ」
「目。つぶっててくれない?」
「は? 何で?」
「石、投げてやろうかと思って」
「……わかった。目つぶっとくから、オレの分も投げといてくれ」
太后が悲鳴を上げて牢の奥まで走っていくのが聞こえた。
「投げないのか」
「投げないよ。そんな事したら、ボクの人としてのレベルが下がっちゃうよ。あんな女のせいでそんな事になるなんて、耐えられないね。ちょっと脅かせればそれでいいの」
「気が済んだか?」
「あんまり。でも、行かなきゃ。ますますデール君が心配だし。このままじゃ第二のサンタローズみたいな事になるところが出るかもしれないもん」
「……悪いな」
「……平気」
本当は平気じゃないのは見て分かるけど、これ以上何もいえない。何を言ったって、謝罪になんてならない。

オレたちは、抜け道を抜けた。
着いた先は城の中庭だった。ドラゴンキッズが放し飼いにされてるような、そんな中庭。
「もう、モンスターの巣窟か?」
「意外とピエールたちは目立たないかもね。でも、一応城の中には行かないほうがいいだろうから、ここで待ってて?」
「わかりました」
「危なくなったら、オイラたちのこと大声で呼べよ、すぐに行くからな」
「ありがとう。頼りにしてる」

オレたちは、城を見上げる。
デールがいるのは、王座だろう。
待ってろ、今行くから。
37■ラインハット・リベンジ 5 (ヘンリー視点)
城の中は静まり返っていた。
モンスターと思しき兵士たちは、まだこっちの城の中枢部分には入ってこれないようだ。
とはいえ、もぐりこんだ台所で聞かされたのは「太后様に逆らうと首が飛ぶ」といった話で、これは多分比喩じゃなく確実にその通りになるんだろうな、という憂鬱な話だったりした。
モンスターはいなくても、太后自身がその状態に果てしなく近いともいえる。
「ピエールたち、置いてきて正解だったけど、大丈夫かな?」
「あいつら強いし、大丈夫だろ。とはいえ、さっさと話つけてきたほうがいいだろうな」

オレが先に歩いて、デールがいるだろう城の玉座を目指す。
静まり返った廊下に足音が響くたび、どこかから兵士が飛び出してくるんじゃないかって警戒しながら、出来る限りの早足で階段を上る。
「さすがに、慣れてるね」
「しばらくいなかったとはいえ、家だからな」
後ろからかけられた声に、オレは苦笑しながら答える。
テスはどこも変わってなくてよかったね、というような事がいいたいんだろう。
 
漸く玉座にたどり着いた。
大きな玉座に、似合わないくらい小柄でやせたデールが憂鬱そうに座っている。その前には、対照的なまで太った大臣が偉そうな顔をしてたっていた。
見た目だけなら、大臣のほうがインパクトがあって、貫禄もある。
「お前達は何だ? 王は今日は気分が優れないから面会はせぬと朝通達したであろう」
大臣はオレたちを胡散臭そうに見て、ぞんざいな口調で言った。「ええと」
テスはちょっと困ったように大臣の顔を見る。
一瞬、大臣の視線がテスに固定されたから、オレはそのそばを走り抜けてデールの元へ行く。
「あ、こら!」
大臣の声が背後でしたけど、テスがなにやら言葉をかけて大臣を足止めしてくれたみたいだった。

チャンスは今しかないだろう。
 
デールがオレをみて、面倒くさそうにため息をついたあと
「大臣に聞いたであろう? 今日は気分が悪いから話はしない」
退屈そうな声で、ボソリとつぶやく。
顔は、かなりの無表情。
「ですが王様。……子分は親分の言う事を聞くものですよ?」
オレはデールの耳元でささやく。

子どものころ、まだそれほどデールの母親が煩くなかったころ、オレとデールはよく遊んだ。
親分と子分なんていいあって。
覚えててくれるといいんだけど。
 
デールが驚いたような顔でこっちを見た。
これまでにないような、イキイキとした表情。
目が合ったから、オレは笑ってみせる。
「大臣! この者たちと話がある。席をはずしてくれ」
「はぁ!?」
大臣が驚いたような声をだしたが、「早く!」とデールに叫ばれ、ぶちぶちと文句を言いながら階段を下りていった。

デールは立ち上がって、オレを抱きしめる。
「兄さん! 生きてたんだね!」
「色々あったが、生きてた。帰るのが遅くなってすまない」
「そちらの方は?」
「テスだ。昔オレのお守りとして、パパスという方が来ていたことがあっただろう? あの方の息子さんだ」
「……ああ」
デールが少し苦しそうな声を上げた。
それで理解する。
サンタローズに攻め入ったのは、コイツの考えじゃない。
「サンタローズには申し訳ないことをしました。母上が勝手に兵を指揮してしまって……。あのころから母上は変わられました。最近では、僕の事も邪魔みたいで……」
少し涙ぐんで、デールは苦しそうに言う。
「なんていうか……。もうこの国は僕じゃ止められないのかもしれない」
「そんな弱気な事でどうする!」
オレの声にデールは少しビックリして顔を上げた。
「お前が王だ。お前がしっかりしないでどうする。国を守り、変な方向へ行かないようにするのがお前の仕事だ。国民を守るのがお前の仕事だ。お前の仕事は母親の意向や顔色を伺う事じゃない」
「……それは……そうなんだけど」
確かに、コイツは母親に逆らえるような性格じゃないのはよく分かってる。でも、こんな事では困る。
 
「で、だ」
オレが話を変えたことに、デールは首をかしげてこちらを見た。
「その、母親だがな。地下牢につかまってるぞ」
「え! 何言ってるの? 母上はこの上の階に……」
「どっちかが偽者ってことだ」
その言葉にデールはびっくりして、思わず天井を見上げる。
「多分、下にいるのが本物だよ」
テスがオレたちから少し離れたところで、床を指差しながら言った。
「だって、ボクらが通るまで、誰も地下牢の太后に気づかなかったでしょ? 偽者が今から国をのっとるつもりなら、そんな見つからない所に居ても仕方ないじゃない?」

「そんな……」
デールがよろっと玉座に座り込む。しばらく何かを考えているようだったが、急にデールは顔を上げた。

「……そういえば、どこかに真実を映す鏡があるっていう話を書庫で読んだことがあります。地下にせよ、上にせよどちらかが本物であるのが分かればいいんですから。今から兵士に探しに行くように命じて……」
「いや、オレが探してこよう」
オレが言うと、デールは驚いて「でも!」なんて反論する。
「いきなり帰ってきても、オレがヘンリーだって信じるやつは少ないだろうから、まずは功績をたててみせる。それに、兵が見つけてくる事は、多分ない。偽者にとってこれほど厄介な話はないからな。横槍が入るのが関の山だ。オレに任せてお前は待ってろ。上の太后の話はしばらく、聞かないでがんばってろ」
「……分かりました。これ、鍵」
オレはその鍵を受け取る。
「すぐ行ってすぐ帰ってくるから」
「うん」

オレが歩き出すと、テスも一緒についてきた。
「まさか一緒に行ってくれるのか?」
「どうして『まさか』かなあ」
テスは苦笑した。
「ヘンリー君がこの国を変えてくれるなら、ボクは喜んで手伝うよ」
「……じゃあ、一緒に行ってくれ。頼む」
「もちろん。……偽者の横っ面張り倒すのは、ボクに譲ってね」
「オレにも一発残してくれるならな」
オレたちは顔を見合わせてから、少し笑った。
「じゃあ書庫に案内してね、ヘンリー君」
「おう、任せとけ」
38■ラインハット・リベンジ 6 (テス視点)
中庭で待ってくれていたピエールとスラリンと合流してから、ボクらはヘンリー君の案内で書庫へ入った。
途中、時々城の人とすれ違ったけど、もう城の人たちは多少魔物を見たくらいでは驚かないみたいで、ボクらは誰にも呼び止められなかった。麻痺してる。ちょっと心配だった。
 
書庫は、普段は誰も入らないらしく、ホコリっぽい。本が傷まないようにか、窓一つなくてとても薄暗かった。
「どのあたりかな?」
「デールは結構旅行記とか好きなんだ、自分が外出できないからさ」
「じゃあ、その辺から探してみようか」
探し始めて一時間くらいたったころ、漸くそれらしい本を見つける事が出来た。
 
それは昔ラインハット城から旅立った一人の旅人の話。
城にある「旅の扉」から、南の地へ向かう話だった。どうやら、その旅人の目的地は南の地に立つ塔で、そこに「真実の鏡」が収められているらしかった。
ただ、その入り口は修道僧が持っている鍵が必要らしい。
結局、この旅人はその鏡は手に入れることができなかった、とかそういう話だった。
 
「結局そういう鏡が本当にあるのかどうか、全然分からない記述だな」
「見つけてても書かないっていう方式なのかもしれないよ、ほら、後々の争いを避けるためにあえて書かないっていう話もあるみたいだし」
「ま、どのみちこれにすがるしかないわけだしな。……この城にある旅の扉から旅立った先祖が居るわけだよな。意外とロマンチックじゃないか」
「……そう思えるヘンリー君が
そこまで言った時、ヘンリー君が力いっぱいボクの額目掛けてチョップしてきたから、最後まで言う事は出来なかった。
「さ、気を取り直していこうぜ!」
ヘンリー君がこぶしを突き上げて勢いをつけて言う。ボクは痛む額をさすりながら、その後ろで小さくこぶしを上げた。
 
旅の扉は、書庫の隣にあった。
青い光が渦巻く、不思議な入り口。
「これかな?」
「だろうな」
「どうやって使うのかな?」
「さあ?」
「あの光の中に入って見ればいいじゃないかー」
「恐くないわけ? スラリン」
「別にー」
「でも、そのくらいしかできそうな事はありませんよ」
「……だよねえ」
ボクらは、その光をしばらく見つめながらそんな話をした。
 
結局、ヘンリー君がスラリンをいきなりその光に投げ込むっていうかなり横暴な作戦を決行した。そうしたら、スラリンが見えなくなった。
「うわ! ヘンリー君の人でなし!」
「お前を蹴り込むって言う方法も考えたんだが」
「ひどい! 先に自分から入るって言う猛者っぷりとか見せてくれればいいのに!」
「そんなオレはオレじゃない!」
「ヘンリーの阿呆!」
スラリンの声が急にした。
「スラリン! よかった無事だったんだね!」
「テス! オイラのかわりにヘンリーの事思いっきり蹴り飛ばせ!」
ボクはとりあえず、さっきのチョップの恨みもついでに、ヘンリー君を蹴り飛ばす。
「で、光に入ったらどうなったんですか?」
ピエールがスラリンに訊ねた。彼はいつだって落ち着いてる。
「ん? なんかな、知らない建物に出た。向こうにも同じ光があって、オイラそれに飛び込んで帰ってきたんだ」
「では、どこかにつながっているのは確かなのですね」
「そうだぞ」
「主殿」
ピエールがボクを見上げた。
「うん、行かなきゃね。こんな風にはしゃいでる時間、実はあんまりないしね」
ボクはヘンリー君を見た。
「じゃあ、ヘンリー君からどうぞ。スラリンのおかげで無事は証明されてるから平気だよね?」
「根に持ってるな?」
「持つよ」

結局ヘンリー君は光の渦に飛び込む瞬間、ボクの腕をつかんで一緒に入るように仕向けてきた。
ヘンリー君は強かだと思った。
 
光の向こうは、がっしりとした石造りの建物だった。
周りは森になっていて、ものすごく静かだった。
遠くに、かなり高い塔がたっているのが見える。
「あれが目的の塔かな?」
「ちょっと遠いな」
「入り口の鍵は修道僧が管理してくれているんだっけ」
「どこの修道僧だっていうんだよなあ」
ボクらは、遠くにある塔をもう一度見つめる。
「とりあえず、知ってる修道院は助けてくれたあそこしかないし、居るのは女の人だから修道女だけど、まあ、聞きに行ってみようよ。あの人達の知り合いの修道院が鍵を持ってるかもしれないし」
「そんなにうまくいくかよ」
「どのみち、そのくらいしか方法は残ってないよ」
「……ま、そうなんだけどさ」

ボクらはそこで顔を見合わせる。

「で、ここ、どこなんだろうね」

しばらく地図と方位磁針とを見比べて、とりあえずラインハットの南ということと、塔がたってるところを比較して「たぶんここだろう」っていう見当をつけてみた。
「とりあえず、北上してみようか。うまくいけば、お世話になった修道院につけるし」
「そうだな」
そう答えると、ヘンリー君は少し遠い目をした。
「マリアさん、元気かな」
「ボクら程度には元気なんじゃない?」
「会えるといいなあ」
「会えるよ、普通に考えたら」
「……なあ、お前マリアさんのことどう思う?」
「どうって?」
首をかしげると、ヘンリー君が大げさにため息をついた。
「オレが悪かったよ。行こうぜ」
「え? 一体何!?」
先に歩き出したヘンリー君の後を追いかけながら、ボクは聞いてみたけど、結局答えてくれなかった。
ただ、スラリンが「マリアは美人なのか?」って聞いてきたから「うん、まあ」と答えたら、何だか深く納得したようだった。
ピエールは首を傾げて「なんでしょうね?」と不思議そうに答えてくれた。
 
正直なんだかよく分からない。
けど、まあ、分からなくてもいいような気がしたから、それ以上追求するのはやめることにした。

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