8■アルカパの街で
アルカパにビアンカちゃんを訪ねる


31■アルカパへ向かう (ヘンリー視点)
今日の朝食は、教会の隣にすむ爺さんも呼んできて一緒に食べることになって、テスは爺さんを呼びにいっている。
オレはシスターの手伝いをして朝食の用意をして待っているところだ。
「もう、行ってしまうなんて寂しいわ」
シスターはそう言ってため息をついている。

「ただいま」
テスが爺さんを連れて帰ってきた。
「おかえり、テっちゃん。それじゃあ朝ごはんにしましょう」
今日一日の糧があることを神に祈ってから、オレたちはのんびりと朝食をとる。
その間に、テスは昨日の夜村の奥の洞窟に行ってきたこと、そしてそこでパパスさんの残した「天空の剣」を手に入れたこと、そして遺されていた手紙の概要を伝えた。

「そうか、そんな剣があったのか。……思えば、その剣だったのだなあ」
爺さんが感慨深げに言った。
「え?」
テスが食べる手を止めて爺さんに聞き返す。
「ああ、昔な、パパスさんが『どうして自分には装備が出来ないのか』と嘆いていた物があったんじゃ。……その剣だったんだろうなあ。後にも先にも、あんなに悔しそうだったパパスさんを見るのはあれっきりじゃった」
「……そうですか」
テスは荷物と一緒においてある天空の剣に少し視線を送る。無言だった。
「でも、テスがパパスさんの遺志を継ぐ。きっとパパスさんは天国で誇らしい気持ちでいるじゃろうな」
爺さんも遠い目をした。
シスターも、何かを思い出すようにすこし視線を宙にさまよわせた。

「がんばります」
テスがぽつりと、誰に言うわけでもなく答えた。
「がんばりすぎるなよ」
爺さんはそういうと、パンに手を伸ばした。

「これからどうするの? もう旅に出るんでしょう?」
シスターがテスに尋ねる。
「アルカパにビアンカちゃんがいると思うんで、まずはアルカパに行って無事を知らせてきます。そのあとは、まあ、次々に町を巡ってみるつもりです」
「ああ、ビアンカちゃん。そうね。それがいいかもしれないわね」
「あの可愛い子じゃな。テスとようあそんどった」
「皆さん元気だったって伝えます」
テスはそういうと立ち上がった。
「ヘンリー君、用意できたら行こうね。シスター、お爺さん、ありがとう」
テスは深々と頭を下げた。
「テっちゃん、ここは何もないし、来るのはつらいかもしれないけど、また遊びに来てね。私はずっとここにいるから。旅でつらい事や苦しいことがあったら、いつでも話に来て頂戴。人に話して軽くなることもあるからね」
「わしみたいな老いぼれには、お前さんの無事を祈ることくらいしか出来ないから、せめて毎日祈らせてもらうよ」
テスはシスターと爺さんと握手して
「うん、わかった。また必ず寄るよ。どんなことになっても、ここはボクの故郷だから。……お爺さん、祈る以外にも出来るよ。ずっと長生きして。ボクが来るたび、元気でいて」
「ああ、わかったよ。がんばって長生きしよう。約束じゃ」
「私もずっとテっちゃんを待ってるからね」

オレとテスはシスターと爺さんに見送られて、サンタローズを後にした。

「ごめんね、ヘンリー君。何か湿っぽいお別れになって」
「別に。ああなるのは当たり前だろ?」
オレは笑ってみせる。
「それよりもさ、オレ早くアルカパに行きてえよ。お前の女神はすっげー可愛いみたいじゃないか」
「……だから、女神じゃないって。お姉ちゃんみたいなもんだってば」
「わかったわかった」
オレは笑いながら答える。それにしてもコイツ、自覚症状ねえなあ。ビアンカちゃんの事に話が及ぶと、すげえムキになってるのに。そう思うと笑いがこみ上げる。
「何でそんなに笑うかなあ」
テスは首をかしげ、本気で分からないという顔をした。

やっぱり面白いわ、コイツ。
 
「今度はアルカパ?」
スラリンがピョンピョン跳ねながらオレたちを見上げる。
「そうだよ、ボクの知り合いが住んでるんだ。無事だって事を知らせに行くの」
「ふーん。それが終わったら勇者探しに行くんだろ?」
「そうだよ。ピエールに聞いたんだね?」
「そう。ピエール帰ってきたらすぐ寝るんだもん、オイラさっき話聞いたばっかりだ。今度はオイラも連れてけよ、テス!」
「うん、わかった」

そんな簡単に頷いて、後知らねえぞ。

アルカパまではそれほど半日くらいで着いた。
その道中にドラキーの「どらきち」ってのが仲間になった。相変わらずテスは即答で一緒に行くことを許可した。
即答癖を直さないと、そのうちどっかで泣きを見るんじゃないかと思った。
とりあえず、オレが一緒に旅してる間はオレが気をつけておいてやろう、と思った。
 
アルカパは綺麗な町だった。
町の真ん中を川が流れていて、川には中洲があった。
教会の周りには花が咲き乱れていて、緑が多い、落ち着いているけど、活気にあふれた町だった。
「変わってないなあ」
テスはそういうと、あたりをきょろきょろと見回している。
「あの大きな宿屋がビアンカちゃんの家だよ」
「そうか。じゃあ、適当に町を見てから泊まりに行くか。とりあえず、手分けして話聞いてこようぜ。誰か伝説の勇者の話知ってるかも知れねえし」
「うん、わかった。それじゃ、夕方くらいに宿の前で落ち合おう」
テスの答えを聞いて、オレたちは一度別れた。

町の中で聞けた話は、あまり芳しくなかった。
もちろん、伝説の勇者の話なんて出なかった事もあるけど、そうじゃなくて。
ラインハットの、現実。
いい話なんか一つもなかった。

それを聞いているうちに、一つの考えが浮かび始める。

オレは、ようやく自分のやりたい事を見つけた。
いや、やるべき事を、見つけた。
32■アルカパの宿で (ヘンリー視点)
町の一番奥にある、大きな宿。近くで見てみると、本当に大きい。この辺の宿で、一番大きいんじゃないかと思う。
テスの女神様は、意外とお嬢さんなのかもしれない。

宿に入ると、ひげ面の小柄なおじさんがカウンターの中にいた。
「あれ?」
テスがその人を見て、首をかしげる。
「どうした?」
「知らない人がカウンターにいる。前はお兄さんだったんだけど」
「十年も前だろ、新しい従業員かもしれないだろ」
「あ、そうか」
テスが納得して頷いた。
「あの、一晩泊まりたいんですけど」
そう声をかけて、宿代を払う。一番最上階の二人部屋があいてるそうだ。最上階ってことは、そこそこいい部屋なんじゃないか?と不安だったけど、それほど高いこともなくてほっとした。
「あの、この宿のご主人とお話したいんですけど」
テスが言うと、カウンターのひげ面は一瞬きょとんとしてから、
「ああ、そっちのドアから入ってくださいな」
とだけ言った。

オレはテスの後に続いてそのドアをくぐる。
広い部屋には、おばさんが一人いて、椅子に座って編み物をしていた。
「……あれ?」
もう一度、テスは首をかしげ、それからそのおばさんに声をかける。
「あの、すみません。ダンカンさんいらっしゃいますか?」
おばさんは顔をあげてこちらを見ると、「またか」というような顔をした。
「今日もダンカンさんを訪ねてくる人がいるなんてね。私はそのダンカンさんから、七年前にこの宿を買ったんだよ。昨日も知り合いって人が来てね。……なんか、続くときは続くもんだねえ」
なんていって、大きく息を吐いた。
「え、じゃあ、ダンカンさんは?」
「なんか、山奥のほうに引っ越すって言ってたよ。あんまり詳しくは知らないんだけど」
「……そうですか」
テスは少しため息混じりに返事をした後、気を取り直したようにまた訊ねる。
「あの、ダンカンさんはお元気そうでしたか?」
「ああ、夫婦そろって元気なもんだったよ」
「ビアンカちゃんは……娘さんは?」
「……? ビアンカ? そんな子いたっけねえ?」
そういって、おばさんは首をかしげる。
テスは少し寂しそうな顔をした。
「すみません、お騒がせしました」
「ごめんねえ、たいした情報がなくて」
「いいえ、今度山奥の村探してみます」
テスはそういって頭を下げて、部屋を出た。

あてがわれた部屋に入ると、オレはテスに声をかける。
ちょっとがっくり来てて、見てると気の毒だ。

「それにしても残念だったな、ビアンカちゃんがいなくて」
オレが言うと、テスは
「可愛い子に会えなかったから?」
なんていいやがった。
「お前な、オレをどういうやつだと思ってるんだ?」
思わずじとりとにらんでやると、テスは苦笑して肩をすくめて
「まあ、会えなかったのは仕方ないけど、山奥の村って言うのもそのうち行くこともあるよ。そこでまた探せばいいから」
「でも本当に残念だ」
「そんなに会いたかったの? ビアンカちゃんに?」
テスは「うわあ」とでも言いそうな顔でオレのことを見た。

ああ、もう。

「お前が喜ぶ顔が見れなくて残念だったんだよ。お前サンタローズでちょっとつらかっただろ? だからビアンカちゃんに会って元気になってほしかったんだよ。恥ずかしいから言わせるな!」
照れくさくてオレは思わずテスの頭をぺしっと叩く。

本当に、会ってみたかったんだ。
テスが喜ぶ顔を見たかったのも、本当だし。
なにより、ドレイ時代に何度も夢に出てきてはテスを助けてくれたから、そのことにお礼が言いたかったんだ。 
なのにコイツは……!
ちょっと気を悪くするぞ、このぅ。
 
「ありがとう、ヘンリー君」

テスが真面目に感謝してくれて、オレはますます恥ずかしい気分になった。
この気分のまま、ついでに言ってしまおう。
真面目な話だから、面と向かって決意を語るのも恥ずかしい気がする。
チャンスは今だけかも知れない。

「あのさ、テス」
「何?」
「次に行くところ、決まったのか?」
「ううん、決まってないよ。隣の酒場のマスターが、伝説の勇者の話に詳しいっていうから、明日の朝話を聞くようにしてきたけど、その後は全然」
「オレ、行きたいところがあるんだ」
「……どこ?」
「ラインハット」

テスが一瞬黙った。

「もちろん、一緒に行ってくれなんて言えない。お前の村をあんなにしたんだ。憎たらしいだろうし。けど、ラインハットが気になるんだ。……もし、ここまで聞いてる話が真実なら、絶対おかしいんだ。デールは、聞いてきたような話が出来るような性格じゃなかった。もっと気弱で優しいはずなんだ。何かあったんだと思う。……オレはラインハットを救いたい。ラインハットで苦しんでる人や、ラインハットに苦しめられた人を助けたいんだ」

「うん、わかった。いいよ、ラインハットに行こう」

テスが、いつもどおりの即答をした。
「え?」
「だから、ラインハットに行こうよ。伝説の勇者の話を聞いたらすぐにでも」
「一緒に行ってくれるのか?」
「うん」
「お前ラインハット嫌いだろ?」
「好きじゃないよ。でも、ヘンリー君のことは好き。ヘンリー君がいてくれたから、ボクは今日まで生きてこられた。だから、ボクがヘンリー君にお礼をする番。それにもし、どこか狂ったせいでサンタローズが滅ぼされたんなら、その狂ってるところを直すのが、ボクが出来るサンタローズへの恩返しになるでしょ」

「サンキュ」
「どういたしまして」

その日は早く寝た。
オレは、テスがいてくれたから、ここまで生きてこれたと思ってる。
テスはオレの巻き添えで不幸になったのに、何も言わない。
オレは、テスに借りを返したくて、一緒に旅をし始めたはずだったのに。

まだまだ、オレはテスに借りを作っていく。

いつか、返せる日がくるだろうか。

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