7■父の残したもの
故郷にもどり、愕然とする。


26■サンタローズ (テス視点)
「……なんか、テスに聞いてた話しと全然違うな」
ヘンリー君はそういって、サンタローズの村を眺めている。
「……」
ボクはただ、暫く何もしゃべることが出来なかった。

綺麗だったサンタローズ。
花が沢山咲いていて、のんびりしたいい村だったサンタローズ。
一体、ここは、どこ?
村の入り口近くに乱立する、お墓。
いたるところに沼地が出来ている。
沢山かかっていた橋は崩れ落ちていて。
何より、家がほとんどない。
あったとしても、それは壁がなかったり、焼け落ちていたりする。
でも。村の形や家の建っている位置は、変わらない。
ここは、サンタローズなんだろう。
「……。なんで?」
ボクは思わず走る。入り口直ぐの階段を駆け上って、無事だった橋を駆け抜ける。
正面に井戸。
その左手側にあるのは、ボクの家。

ボクの、家だったところ。

家は、なかった。
焼け焦げた柱だけが立っている。
床もない。沼になってる。
「……サンチョ? サンチョ!!!」
ボクは家の中に入る。クラクラする。
「テス! おい!」
家の外からヘンリー君が声を掛けてるけど、それだって実際はほとんど聞こえない。
「サンチョ! ねえ!」
サンチョは、いてくれるはず。
いつだって、ボクとお父さんを待ってくれてた。

なんでいないの?

「……テス」
ヘンリー君が家の真ん中で呆然としちゃって動けなくなったボクを引きずり出しにきてくれた。
「なんだここ? なんかクラクラしないか?」
「ヘンリー君、ボクの家、だったの、ここ」
「……」
ボクは上を見上げる。
見慣れた天井はなくて、空が見えた。
悔しいくらい、青い空。白い雲がのんびりたなびいてる。

「……どうされました?」
井戸の水をくむためだろうか、バケツをもったシスターがコッチを見ていた。
「そちらの家は、攻め入られた時に沢山毒をまかれましたから、危ないですよ。出ていらした方が……」
「ここ、ボクの家だったんです。一体何があったんですか? 村も。何でこんなことに?」

シスターが、持っていたバケツを落とした。
「ここはパパスさんの家でしたのよ? ボクの家って……まさか。まさかテスなの? テっちゃんなの?!」
「うん、そう。……シスター?」
「無事だったのね!」
シスターは嬉しそうに笑った。

「この村はね、ラインハットに攻め込まれたの」
ヘンリー君が息をのむ音が聞こえた。
「第一王子のヘンリー様がいなくなったのは、パパスさんのせいだっていって。もちろん、村の皆だれもがそんなこと信じてないわ。でも、そんなこと、もちろんラインハットの人は信じないわ。だから……」
「シスター、大変だったんだね」
「テっちゃんこそ、よく無事で……。大変だったんじゃない? パパスさんは? 村の皆はラインハットで何かあったに違いないって思ってるんだけど」
「お父さんは、なくなりました。もう10年も前です」
「じゃあ、テっちゃん10年も一人で?」
「ううん、友達と一緒だったの」
ボクはヘンリー君を指差す。ヘンリー君は無言で頭を下げた。
名前は、言わない方がいいと思った。
「そう、大変だったのね。……何があったのか、聞かせていただける?」
「それは……今はまだ話せないんだ、ごめんねシスター」
「ええ。でも話したいことがあったら、いつでも話してね。私はこれでもシスターですから。神様はいつも見守ってくださるのよ」
「……うん。……サンチョは……」
「村の人は、かなりの人が亡くなったわ。でも、そのなかにサンチョさんはいなかった。私、埋葬をお手伝いしたからわかるの。サンチョさんはいなかったわ。でも、無事も確認してないの。私はラインハットに連れて行かれたか、それかうまく逃げてくれたと思ってる」
「きっと、逃げたよ。サンチョ強かったから」
「テっちゃん、今日はお友達も一緒に教会に泊まっていって。お話ができるところだけでも私に聞かせて」
「うん。シスター、水汲んでいくんでしょ? ボク持ってあげる」
「ありがとう、テっちゃん」

ヘンリー君は、ずっと静かにボクらを見てた。
ずっと、唇をかんで。悔しそうに。つらそうに。

「ヘンリー君」
ボクは声をかける。
「テス、オレ……!」
「ヘンリー君、平気だよ。行こう」
でも、ヘンリー君は動かない。

「ヘンリー君、まだ早いよ。くじけるにはまだ早い」

ボクはヘンリー君の手を引いて教会に急ぐ。
そう。
まだ、何にも解らないうちから、決めちゃダメだと思う。

悲しいけど、まだ。
きっとボクは負けてる場合じゃない。
27■サンタローズ 2 (ヘンリー視点)
夜の教会はしんとしてた。静かな夜。
向こうのほうからテスの寝息が聞こえてくる。

眠れなかった。

子どものころの自分がここにいたらひっぱたいてやりたい。
なんてわがままで傲慢だったんだろう。

何度だって夢を見る。
パパスさんが死んでしまったときの事を。
あのあとの、死んだようなテスを。

あの日。
パパスさんとテスが初めて来た日。
仲がよさそうな二人が、うらやましくてねたましくて。
ちょっと困らせたかったんだ。
それで、隠し階段を使って隠れて。

本当は、そのあと、どうしたかったんだろう?

どうせ見つかって怒られるのに。
怒られたかったんだろうか。
もう、今になっては思い出せないけれど。

そんなちょっとした気持ちがパパスさんを殺して、テスを不幸にして。
そして、テスの故郷をなくさせた。

それだけじゃない。

故郷に住んでた、何の関係ない人たちを巻き込んだ。

オレに一体、どんな権限があったっていうんだ?
「まだくじけるには早いよ」
テスはそういっただけだったけど。
もう、十分くじけていいんじゃないか?
本当は、お前、オレの事、恨んでるんじゃないか?

もう、死んでしまいたい気分だ。

「……」
天井を見つめる。吹き抜けで、屋根の三角形が逆に奈落へ続く穴に見えた。

どのくらいたっただろうか?
テスが起き上がって、ゆっくりと歩いて外に出て行った。
すこし時間を置いて、そのあとをつけてみる。

テスは、自分の家だったという廃墟に一直線に歩いていく。
「……」
無言で暫くその家を見つめていて、そのあと柱を抱きしめた。
「ただいま」
小さな声で呟いて。
柱の一部を剣で削り取っって、布で包んでから懐に入れた。

振り返ったテスと目が合った。

「あれ、ヘンリー君、眠れなかった?」
「眠れるか」
「……まあねえ」
「お前こそ、眠れなかったのか?」
「寝てたよ、目が覚めて、思いついてきてみただけ。風邪引かないうちにもどろうよ」

「テス」
「何?」

「この村がこんな風になったのは、オレのせいだと思ってるだろ」

テスがオレの目をじっと見た。
ちょうどテスの背後に満月がかかってて、妙に神々しく見えた。

「全然」

テスは「何言ってるのヘンリー君」みたいな顔をして、本当に呆れたような顔をしてから、きっぱりとそういった。

「気、つかってくれてサンキュー」
「そんなんじゃないって。ああ、もう」
テスは大げさにため息をついて見せた。

「あのね、ヘンリー君も被害者なんだよ、その辺わかってていってるの? もしね、ヘンリー君が命令してボクをドレイとして売り払った、とかだったらもちろんヘンリー君の事恨むよ。ヘンリー君の命令で村がこうなったんなら、ヘンリー君の事憎むよ。でも違うでしょ? ヘンリー君がドレイとして売り払われて、ボクはたまたま傍にいて巻き込まれたの。勘違いしちゃいけないよ、ヘンリー君。ヘンリー君とボクを不幸にしたのは、ヘンリー君のせいじゃないの。ヘンリー君のいたずらは、たまたま相手に隙をあたえただけなの。ヘンリー君がお父さんを信用してくれなかったのはちょっと寂しいけど、それはちょっとした運の問題だよ。いい? この村を滅ぼしたのも、ボクを不幸にしたのも、お父さんを殺したのも、全部ヘンリー君じゃないの。全然別の人なの」
「……」
「ボクはね、ヘンリー君の事好きだよ。ボクが死にそうな時とか、ドレイの時大変だった時とか、守ってくれたりかばってくれたのはヘンリー君だったよ。ヘンリー君がいてくれたから、ボクは生きていられるの。だからねえ、変なこと考えないでね」
「変なことって、なんだよ」

「死んでお詫びを、とか」

「……考えるかよ」
声がかすれたのが自分でも解る。そうさ、考えたさ。

「けどね」
テスはオレをしっかりと見てからきっぱりといった。
「ヘンリー君には悪いけど、ラインハットを好きになることはないから」

「好きになれなんて言わない」
「うん。……もどろう、寒いから」
「ああ、そうだな」

次の日、起きたらもうテスは起きていた。あの寝坊のテスに負けたのがちょっと悔しい。

「テっちゃん、思い出したんだけど。ラインハットへ行く前、暫くパパスさんは村で何かやってなかったかしら。ほら、隣のおじいちゃんのお家へ毎日通ってたでしょ? おじいちゃん、覚えてる?」
朝食の時、シスターがそう言い出した。
「あ、うん。確か、お父さんのジャマをしちゃいけないって言われたよ」
「おじいちゃんに聞いてみたらどうかしら? まだ元気でいらっしゃるから」
「まだ元気なんだ! うわ、会いたい。有難うシスター。朝ごはん食べたら行ってみる」
「ええ、そうしてみて」

何かを決めたら一直線なのが、テスのいいところであり悪いところであると思う。朝食がおわると、さっさと出かける用意をして、外に出て行く。
「ヘンリー君、ハヤクね」
「わかったわかった、ちょっと待っててくれ」
「うん、ハヤクね」
テスはうずうずとドアの外で待っている。
「気をつけて行ってきてくださいね」
シスターはにこにことオレに言う。
このひとは、オレが何者か知らないからこんなに笑っていられるのだろうと思う。
せめて、この人には、オレの事言った方がいいと思った。
「あの、シスター、オレ……」
「早く行かないとおいていかれますよ? テっちゃん、結構足が速いから」
「オレの名前……」
「ヘンリーさんでしょう? テっちゃんが何度も呼んでました。テっちゃんが貴方を許しています。そして貴方が苦労をしたのもわかります。憎むのは簡単ですが、許すのは難しいことです。私はこれでも神に仕える身。ですから、私は何も申しません」

「ありがとう」

外に出ると、テスはもう隣の爺さんの家の前にいた。
「ヘンリー君、はやくー!」
「おー、待ってろよー、今いく!」
28■サンタローズの洞窟 (ピエール視点)
「ピエール、いる?」
もう日も沈む、という頃ようやく主殿が帰ってきた。
「なつかしの故郷はどうでしたか?」
「うん、自分で確かめたらいいよ」
「村の人が驚くから外で待っていて、ではなかったですか?」
確か、昨日の昼間主殿が村に入る時そういったと記憶している。
それからほぼ2日たってようやく帰ってきたかと思うと、全く意味の解らないことを言う。
出会って1週間くらいたつが、主殿のことはまだいまいちよく解らない。なんというか、そう、とらえどころがない。
今だって、何かに気をとられているのだろう、目は真剣で気はそぞろといった感じだ。
こうなると、主殿はとたんに説明が下手になる。普段の頭のよさがウソのようだ。

私が困っているのに、ようやく気付いたのか主殿が説明を始める。
「ええとねえ、村の奥に洞窟があるんだけど、そこに行きたいんだ。ちょっとボクとヘンリー君だけじゃ大変そうだから、ピエールについてきて欲しいんだ」
相変わらず、話し方がのんびりしているので
「えー! ピエールだけかよ! オイラはー」
とたんにスラリン殿が不満そうな声をあげる。
「スラリンはこのまま此処で馬車を見張っててよ」
「またかよー」
あきらめきったようにスラリン殿がため息をついた。
「もうチョットしたら夜中になって村の人寝ちゃうから、その頃また迎えに来る」
「解りました」

月が空の頂上に昇るころ、主殿が足音をあまりたてずにやってきた。
「ヘンリー君は入り口で待ってくれてる。みんな、あとは頼むからね」
「わかったよぅー」
スラリン殿が不満そうに答え、ブラウン殿が頷く。それを主殿は確認して頷くと、私を伴って村に入った。

村は、荒れていた。
主殿に聞いていた話しと、まるで違う。
「主殿、これは……」
「まあ、ボクがいなかった間にいろいろあったんだよ。ヘンリー君には聞いちゃダメだからね」
主殿はそれだけ言って、井戸の傍にある家をじっと見つめた。
「……ヘンリー殿が関わっているのですか?」
「ヘンリー君がいた国が関わってるんだよ。ヘンリー君がどうこうしたわけじゃないんだけど、かなり参ってるから、絶対聞いちゃダメだよ」
私の肩をぽんっと軽く叩いて、主殿は歩き出す。その背中に私は
「解りました」
とだけ答える。私は、そして我々モンスターの仲間は、まだ主殿の過去を分かち合うだけの時間は過ごせていない。

それが、今は歯がゆかった。

このひとは。
私達を信用していないのではない。
ただ、辛いことや苦労したことを、人に言うのが嫌いなのだ。
その時間を抱えるのは、自分ひとりにしたい人なのだ。
もしかしたら、一生言わないつもりかもしれない。

しかし。
私はソレを聞きたい。そして、その過去を軽くする手伝いをしたい。
ソレが無理なら、
今から起こる困難を少しでも軽くしたい。
その気持ちを心に抱いて、私は主殿の後に続く。
 
その洞窟は、村の奥にぽっかりと口を開けていた。
入り口前にはヘンリー殿が立っている。
「おまたせー」
「遅かったな」
「足音立てないように気をつけてたら、早くは歩けないよ」
「ま、そうだな」
「じゃ、行きますか」

入り口近くに泊めてあったイカダに乗って、私達は洞窟の中に入った。
「お父さんが昔、此処に何かを隠しに来てたみたいなんだよ。どうやら隠れ家があったみたいでね。もしかしたら何か置いてないかなって思ってね。……考えてみれば、お父さんは何かを探して旅をしてた。でもボクは何を探していたのか知らない。手がかりくらいは、置いてくれてるかもしれないでしょ」
イカダの上で、主殿は私に今回の洞窟探検の事を説明してくれた。
「なるほど。では主殿の父上の隠れ家を探すのが目的ですね?」
「うん、そうだよ」
ヘンリー殿は黙々とイカダをこいでくれている。何だか痛々しい。
主殿が、左手の方の空間を指差した。
「向こうの方の洞窟はね、行ってみた事があるんだ。そっちには何もないのは間違いないよ」
「いつ行ったんだよ?」
ヘンリー殿が聞くと、主殿は
「ん? ああ、6歳の時」
「まあ、このあたりなら魔物も強くないし冒険ごっこにはうってつけの場所だろうな。でもよく叱られなかったな」
「夕食までには戻ってたから気付かれてなかったか、信用されてたかのどっちかだよ」
「信用されてたんだろうよ」
ヘンリー殿は苦笑してイカダをとめた。
「下りる階段だ」
指差した先に、下り階段があった。
「さあ、気を引き締めていこう」

階段を下りると、入り口の様子から想像つかないほど広い洞窟が広がっていた。
「サンタローズは綺麗な宝石とか採れてたらしいから、そのあとかもしれないね。ほら、たいまつを置く所があるし、ちゃんとした階段だし。人の手が入った洞窟だよ」
主殿は壁を指差して言う。
「だったら結構わかりやすいかもな」
「だといいけど。何せ隠れ家だからねえ」
「あ、そうか……」

「まあ、きっと見つけられるよ」

主殿の言葉で私達は歩き出す。
この奥に何が待っているのか。

出来れば主殿にやさしい出来事であれば、と思う。
29■サンタローズの洞窟 2 (テス視点)
洞窟の中に入って最初の階段を下りた所には、神殿でつかうような柱が何本も立っていた。もしかしたら、単に宝石採掘の後なだけではなくて、何かの祈りの場所だったのかもしれないな、と思った。
「それにしても、広そうだなあ」
階段を下りてすぐ、広がる洞窟の見えない先を見据えてヘンリー君がうんざりという。
「しかもボクらが探すのは何せ隠れ家だから。この広い洞窟の奥の奥だろうね」
ボクもさすがにすこしうんざりして答える。
相変わらず、この洞窟はじめっとしてるのに、どこか肌寒い。

三人で歩くと、足音が妙に反響して聞こえる。小さい頃一人で歩いた時は、まあこっち側じゃなかったけど、この反響が面白かったんだっけ。大声上げて歩いたりしたことを思い出す。

……無謀だったなぁ。

内心笑いそうな気分になって、気を引き締める。
「どうされました? 主殿?」
「ううん、なんでもない」
ああ、ちょっと集中しなきゃ。結構複雑なつくりだから、気を抜いてたら帰り道が解らなくなるかもしれない。

何度か角をまがり、階段を下りる。
洞窟だけあって、かなりの魔物に襲撃を受ける。
「さすがに多いな」
「仕方ないとはいえ、ちょっと疲れるね」
「お前仲間増えそうにないか?」
「うーん、手応えがないや」
首をかしげて、額の汗をぬぐう。
「主殿、すこし休みましょう」
ピエールの提案を受けて、ボクは頷く。
「そうだね」

少し広くて見通しの良いところで、ボクらは座って休憩時間をとった。
ボクはヘンリー君やピエールの力を借りてここを歩いている。
でも、お父さんは一人で歩いて奥のほうまで歩いて行っていた。
子供心に、強くて格好良いお父さんだったけど、今振り返るとその強さを本当にひしひしと感じる。

優しくて、強くて。
本当に心が広くて、まっすぐで。

ボクは、お父さんに追いつく日はくるんだろうか?
天井を見つめて、すこし考える。
もっと、いろんなことを聞いておくんだったな。
毎日家から飛び出して遊んだりしないで、いろんな話を聞いて、いろんなことを学べばよかった。

「テス、大丈夫か?」

ヘンリー君の言葉で我に帰る。
「うん、大丈夫」
「あんまり寝てないとかじゃないだろうな?」
「違うよ。……ちょっと考え事」
「オレが力になれる事だったら言ってくれよ?」
「うん、もちろん」
にっこり笑って答える。
……うまく笑えてるかよく解らないけど。
「さ、行こうか」

「おかしいなあ」
ボクは首をひねる。
「あの階段、見えてるけどいけないよね。色んな道試してみたけど、どれも続いてない」
書いていたメモをヘンリー君とピエールに見せながら説明する。
「ああ、あの沼の向こうの奴か? 本当だ、道つながってないな」
ヘンリー君もそっちの方面を見る。沼の向こうに階段がある。ただし、どの道もその階段には通じていなかった。
「沼を渡れ、ということでしょうか?」
ピエールも首をひねる。
「深さがわからないから、下手にいけないよね」
しばらく沼の方を見ながら考える。
この上の階で、見落とした階段でもあったのかもしれない。
「ねえ、ちょっと戻ってみようよ。階段を見逃したかも」
「そうだな。どうせこの階では何にも出来そうにないしな」
ボクとヘンリー君はため息をついてから、来た道を戻ってもう一度その階を見て回った。
「やっぱりないぞ?」
ヘンリー君がため息をつく。
「あの沼、泳ぐか?」
そんな言葉を聴きながら、ボクは目の前にある、広い部屋をしばらく見つめていた。
「あのさ、下の階の沼、この広い部屋のちょうど下じゃなかった?」
「ああ、そのくらいだったかも」
ちょっと歩いてみると、変な感覚と変な音がする。
「なんかさ、この部屋の床、さっきからなんか土が落ちてる感じがするんだよね」
「そういえば、音がしてますね」
「下の沼、埋まってたりしてな」

……。

「ヘンリー君、それかも!」
ボクらは「違ってたら沼を泳げばいい」と覚悟を決めて、その広い部屋の床を全部踏み押さえて、それから下の階に戻ってみた。

沼は無くなってた。

「ヘンリー君、大当たり」
「おう、尊び敬え」
ボクらは沼だったところを渡って、見えていた階段を下りた。

もうすぐ、何かがあるんだと思う。
何か、そんな手応えのようなものを感じながら、ボクは先を急いだ。
30■サンタローズの洞窟 3 (テス視点)
沼を通り抜けたあとの道は、倒れた柱なんかがあったから、ある程度の迂回もあったけれど、案外とすんなり歩くことが出来た。
「だいぶ肌寒いな」
「参りますね」
ヘンリー君とピエールはお互い言葉すくなに歩いている。
ボクもあまりしゃべらなくなっている。
皆、緊張してるんだと思う。
お父さんの、隠れ家に辿り着く予感に。

ヘンリー君は、多分過去の後悔から。
ピエールは、多分ボクの心配から。
話せなくなっている。
緊張している。

ボクは。

この感覚は何だろう?
期待なのか、緊張なのか、悲しみなのか。
よく解らない感覚が、心臓の向こう側に詰まってる気分。

「階段です、主殿」
少し先を歩いていたピエールが、目の前の下り階段を指差す。
「今度こそ当たりだといいね」
「何回も期待してはただの洞窟だったからな」
ボクらは妙に白々しい会話をしながら、その階段を下りた。

広い空間だった。
天井が高い。
たいまつを置く台があったから、そこにたいまつを置くと、空間が全て明るく照らされた。
部屋だった。
本棚がある。
ツボや椅子がある。

「ああ、辿り着いたね」

誰に言うでもなく呟いて、部屋を見渡す。
剣の手入れする台が椅子の近くにあった。
「此処に座って手入れしてたのかなあ?」
椅子の、積もった埃をはらってから、腰掛けてみる。
がらんとした部屋。でも、たいまつの炎で暖かい色に染まっていて、妙に懐かしい気分になった。

少し目を瞑る。
此処でのお父さんが見れればいいのに。

「何か残ってないか探してみるよ。皆は休んでて」
「オレも探すって」
「手伝います」
結局皆で部屋の奥まで行ってみる事になった。
「帰り道でくたくたになっても知らないよ?」
「お前だって条件一緒だろうが」
ヘンリー君に呆れられながら、部屋の奥に辿り着く。

そこには一振りの剣と、封筒に入った手紙が置かれていた。

剣は、物凄く綺麗な装飾で、銀色の光を放っている。
厳重に、きちんと置かれている。
随分古い剣なのに、ぴかぴかに光った刀身。
「綺麗」
「ああ」
でも、この剣を使っているお父さんの姿は知らない。大切なもので普段には使わないような剣だったんだろうか?
「手紙、読んでみろよ。お前宛なんだし、もしかしたらこの剣も、お前が大人になったときにプレゼントするつもりだった、とかそういうのかも」
「だといいけどね」
ボクはヘンリー君から手紙を受け取って、その封筒を見てみた。

白い封筒。ちょっといい紙が使われている。
赤い蝋の封印には見た憶えのある紋章が入っている。確か、お父さんが使っていた剣に入っていた、紋章。
「開けるよ」
「ああ」
何だか緊張して、ボクは唾を飲み込む。
手が震えた。
中には、白い便箋。初めてちゃんとみる、お父さんの書いた字。

『テスよ。

お前がこれを読んでいるということは、何らかの理由で私は既にお前の傍にいないのだろう。
既に知っているかもしれんが、私は邪悪な手にさらわれた妻のマーサを助けるため旅をしている。
私の妻、お前の母には、とても不思議な力があった。
私にはよくわからぬが、その能力は魔界に通じるものらしい。
たぶん妻は、その能力ゆえに魔界に連れ去られたのであろう。

テスよ! 伝説の勇者を探すのだ!

私の調べた限り、魔界に入り邪悪な手から妻を取り戻せるのは 天空の武器・防具を身につけた勇者だけなのだ。
私は世界中を旅して天空のつるぎを見つけることができた。
しかしいまだ伝説の勇者は見つからぬ……。

テスよ! 残りの防具を探し出し、勇者を見つけわが妻マーサを助け出すのだ。

頼んだぞテス!』

ボクは何回もその文面を読み返す。
多分、ここにおいてあるのはその天空の剣って奴なんだろう。
勇者にしか装備できないって書いてある。
勇者が見つからないって書いてあるということは、きっと、お父さんには装備できなかったんだ……。

どんな気分だっただろう?
本当は、自分の力で助けたいだろうに、剣に否定されてしまって。

ボクは、天空の剣を手にとって振ってみる。
重い。
コレまで持った、どんなものよりも重い。
たった1本の剣なのに。
「……重い。ダメだね、コレは」
期待してみていたヘンリー君ががっくりしたような顔をした。
「実はひょっとしたらお前なら……って思ってたんだけど」
「そんなに都合のいいもんじゃないよ。お父さんがダメなのにボクが平気なわけないじゃない」
ボクはその剣をとりあえず背中に背負った。
「さ、行こうよ。夜が明ける前にピエールを村の外まで連れて行かなきゃ。……やることはわかったんだし」
「魔界に天空の剣に伝説の勇者か……。まったく途方もない話だぜ。だがあの手紙を読んだからには天空の防具と勇者を探すんだろう?」
「うん、そうなるね」
「それにしてもお前の親父さんがこんな手紙を残してたなんて……。ひょっとしたら遠からず自分に何かが起こるような予感があったのかもしれないな。それだけキチンと隣り合わせの旅をしてたってことか……」
「どんどん魔物が凶暴になっていってるって言ってたしね。ある程度の覚悟はあったんだろうと思うよ。……もちろん、力を貸してくれる魔物もいるから、一概にキケンっていえないけど」
ピエールがボクにちょっとだけ頭を下げた。
「じゃあ、帰ろう」

村に戻って、夜のうちにピエールは村の外に戻っていった。
ボクらは教会にそっと戻って、少し眠る事にした。
「ヘンリー君、明日の朝、隣のお爺さんにお父さんの事を伝えたら、行きたいところがあるんだ」
「次はドコだ?」
「アルカパ。ビアンカちゃんが住んでるはずだから、無事だって伝えに行きたいんだ。たぶん、心配くらいはしてくれてるから」
「お前の女神様な。ああ、会いに行こうぜ」
「だから女神とか、そういうんじゃないってば」
「照れるなてれるな」
「そういんじゃないってばー」

やるべき事が決まるって言うのは、ホッとするんだって、初めて知った。
ビアンカちゃん、元気だといいな。
そう思いながら、ボクは短い眠りにつく。

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