5■闇から光へ
青年時代突入。沢山の決断を迫られる時。ボクは何をするべき?


19■ドレイ生活 1 (ヘンリー視点)
壁に引いてある短い6本の線に、横線をぎぎっと入れる。コレで一週間。壁にはずらっとそのあとが残ってる。
10年。
……10年。
オレはため息をつく。長い。
 
「あ、ヘンリー君、おはよう」
テスが首の後ろを掻きながら、大あくびをしている。
「おう、起きたか」
テスは眠そうな目で壁を見て
「……前のからどのくらい?」
と、あくび交じりに聞く。
「前の? ……2週間かな?」
「そろそろ新しい計画たてなきゃね」
「夜にな」
 
脱走計画の事、アサから言うなよ。
 
「今日ヘンリー君どっち?」
「オレは下」
「あ、ボク上」
「最近一緒にならないよな」
「ああ、一緒に居るとろくでもないことしかしないって思われてるんじゃない?」
テスは小さなパンをくちに放り込みながら答える。
「ヘンリー君、下なんだったら今日、マリアさんの事見といてあげなよ?」
「ああ、何か新人さん」
「そう。皿割ったとかの」
「……割れるもんだよなあ、皿は」
「言いがかりつけるのがやり方なんじゃない?」
そういって、テスは立ち上がる。
「じゃあ、また夜にね。ヘンリー君」

 
午前中は何事も無く過ぎた。今日は結構仕事が楽だ。
その事件は、午後におこった。

「……す! すみません!」
女の人の声が響いた。
「俺の足に石を落とすとはいい度胸してるな!」
「コイツ新人だぜ、思い知らせてやらねえとな。自分がドレイだってことをよ!」
見張りの奴らの声もする。
そちらを見に行くと、鞭で女の人が叩かれてた。新人の、マリアさんだ。
何人かがその様を助けたいが手を出せない状況で取り巻いている。それを見張りが「持ち場に戻れ!」と叫んでいる。
 
「ひどい……」
呟きがざわざわと聞こえる。
確かに最近オレとテスが静かにしてたぶん、見張りたちは鞭も振れずに何か鬱屈してたところもあるんだろう。だからって、女の人にそこまですることは無い。
 
……ガマン出来ない。
 
「ねえヘンリー君、何事?」
いきなり背後から声が聞こえて、オレはビックリして振り返る。
「うわ! テス! お前いつからそこに居たんだ!?」
「あ、今来たの。上で使ってるセメントなくなったから」
「酷いよな」
オレは女の人のほうを指差す。
「ああ、マリアさんだね。……酷いね」
テスもそちらをみて、厳しい顔をする。
「……オレはもう我慢できないからな。お前止めるなよ」
「止めないよ。手伝う」
歩き出したオレに、テスがくっついてきた。
「おう、サンキュー」
 
まあ、反抗には慣れてたりするオレたちは気軽にそいつらを伸したわけなんだけど、すぐに騒ぎを聞きつけた兵士たちがやってきて、まあ、捕まったわけだ。
当たり前だから気にならないが。
ちょっと気になったのは、マリアさんが手当てしてもらいに別のところに連れてかれたことだ。
……手当てって聞いたこと無い。
そんなことを考えてる間に、牢屋行き。
「ま、仕方ねえよな!」
「まあねえ」
「鞭で叩かれるよりはマシだし、暫く寝てようぜ」
「まあねえ、叩かれるよりマシだよね。ご飯抜かれるかもしれないけど、まあ、三日くらいまでならなんとかね」
テスも地面に座り込む。
「むしろ休めてラッキー?」
「あの人たちも、たたかない方が作業効率上がるってことにそろそろ気付くべきだよね」
テスは肩をすくめて笑うと、そのままころりと寝転がる。
オレも少しうとうととする。
 
がちゃりという音とともに、マリアさんの声が聞こえた。
「早くこちらへ!」
オレは寝ていたテスを引っ張って入り口まで行く。……入り口が空いていて、兵士とともにマリアさんが立っていた。
「先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました」
そういって、マリアさんは頭を下げる。一緒にいた兵士も頭を下げた。どういうことだ?
「妹のマリアを助けてくれたそうで本当に感謝している。私は兄のヨシュアだ。前々から思っていたのだが、お前たちはどうも他のドレイと違うらしい。生きた目をしている! そのお前たちを見込んで頼みがあるのだ。聞いてくれるな?」
ああ、なるほど。
兄妹なんだな。
オレは無言で頷く。
「実はまだウワサだが、この神殿が完成すれば秘密を守るためにドレイたちを皆殺しにするかもしれないのだ。そうなれば当然妹のマリアまでが……!」
ヨシュアさんはそこで一回ため息をついて頭を左右に振った。
そして、決心したように言う。
「お願いだ! 妹のマリアを連れて 逃げてくれ! ここにお前の荷物も用意した」
そういって、オレたちは向かいの水牢に連れて行かれる。
「この水牢はドレイの死体を流すためのものだが、タルに入っていればたぶん生きたまま出られるだろう。さあ誰か来ないうちに早くタルの中へ!」
 
コレはチャンスだ。
逃げるチャンスは今しかないだろう。
マリアさんはうつむいている。そりゃそうだ。兄をこんなところにおいていくんだからな。
テスは、暫くヨシュアさんを見ていて、突然くちを開いた。
「……それで、ヨシュアさんは、大変な事になりません?」
「覚悟の上だ」
「……じゃあ、こうしましょう。ヨシュアさんはマリアさんを牢屋に入れるのに鍵を開けた。そこをボクになぐられて気絶。鍵を奪って水牢から逃げられた。こうしたらとりあえず、ヨシュアさんの罪は軽くなるでしょ?」
「……」
「なぐられてくれますよね?」
ヨシュアさんはテスの目をじっと見ていて、やがて頷いた。

「ヘンリー君、先にタル入ってて。マリアさんの目、かくしておいてあげてね」
オレはマリアさんを先にタルに入れておいて、オレはタルからテスを見る。
テスはヨシュアさんの腹の辺りを思いっきりなぐった。
はっきり言って、ちょっとは手加減してやれって思うほどの音が聞こえた。
「有難う御座います、ヨシュアさん」
テスはそういうと、タルに入る。
「お前さ、もうちょっと手加減してやれよ」
「手、抜いたらばれるよ」
ヨシュアさんがよろよろとこちらに来て、タルのふたをしてくれた。
「気をつけて。幸運を祈ってる」
「ヨシュアさんも」
20■ドレイ生活 2 回想編 (ヘンリー視点)
テスは、死ぬんじゃないかって思ってた。
 
連れてこられたときからオレは反抗したおしていたんだけど、テスはいつも呆然としたような感じで、言われたように仕事をして、なぐられても無反応で(そのぶん、あまり面白くないのか却ってなぐられてる回数は少なかったんだけど)何ていうのか、そう、生きてるけど死んでるみたいな感じで、いつか本当に死ぬんじゃないかって、そう思ってた。
いつも朝起きるのが怖かった。
起きた時、テスが死んでるんじゃないかって。
そんな日が長い間続いてた。

それがある日起きたら、いきなりテスが元気になってた。
「ビアンカちゃんが夢に出てきてねー、しっかりしなさいよ! って、怒られちゃった」
なんて、けろりと言ったんだ。
一体なんだソレ、とは思ったけど。テスが元気になってくれたのは心底嬉しかった。生き返った、って本気で思った。
会ったことのない、ビアンカちゃん(たぶん可愛いんだろうよ!)に感謝したくらいだ。

「子分は親分の言うことを聞くもんだ」
とはいつも言ってるけど、もちろんオレだって、親分が子分の権利やらを守らなきゃいけない時がくるのくらい、分かってる。
今がその時だと、思ってる。
ソレじゃなくても、オレのわがままがテスの親父さんを殺した。
オレのわがままが、テスを不幸にした。
すべての引き金を、オレが引いた。

だから。
オレはテスを守らなきゃいけない。
 
そう思ってる。
 
此処から抜け出すまで、テスを守らなきゃと。
ずっと思ってる。
 
 
正気を取り戻した(って言ってもいいと思う)テスは、それからよく脱走を図った。もちろん、オレも一緒だ。
失敗しては殴られたり鞭で叩かれたり、飯を抜かれたりと、そりゃーもう大変だった。
失敗しても直ぐにまた逃げ出そうとするテスを見てると、それはそれで、もうすぐテスは死ぬんじゃないかって、ソレばかりが気になってた。
 
死ぬつもりなんじゃないかって。
 
ずっとソレばっかりが怖かったんだけど、ある日やっぱりテスはけろりと
「死ぬ気はないよ」
と言ってのけた。

オレは、思ってるほどこいつの事をわかってないのかもしれない、と初めて思った。
 

そんな風に逃げては失敗する時間だけが過ぎていっていた。
気付けばオレは11歳で、テスは10歳になってた。
よく、生きられたなあと思ってた。
そのころ、テスは脱走をいきなりやめた。
オレがせっついても「うん、そのうち」と言ってるだけで全然そのつもりが無いみたいだった。
 
こんなところで、一生過ごすつもりか?
そんな疑問だけがずっと心の中にあった。

そのころテスは、新しく入ってきたドレイの爺さんの話に夢中になってた。
その爺さんは金持ちの家の先生をしてたらしい。その金持ちが光の教団に入るのを止めたら、まあ、ドレイにされたといっていた。そういう人は多かった。
一体外ではどういうことが起こってるんだろう。
 
爺さんは、地理とかを専門にしてる学者さんだったらしく、いろんなことを知っていた。
テスとオレはその爺さんに、仕事をちょっとだけ肩代わりする代わりに、字の読み書きを教わり、地図の読み方(この爺さん、世界地図を書けるんだ。さすが地理専門)、世界の民話やら、まあともかく色んなことを教えてくれた。
「お前たちは賢いなあ。教え甲斐がある」
そういって爺さんはいつも笑ってた。

結局、爺さんがドレイ生活でボロ雑巾みたいにされて死んでしまうまで、テスは脱走を一度もしようとしなかった。

「ヘンリー君、計画立てようか」
テスがそういったのは、爺さんが死んでから暫くたった時だった。
「何かその話久しぶりだな」
「先生が居る間は逃げられなかったよ」
テスはそういって困ったように笑った。
「まあ、そうだよな」
 
結局、オレたちは16やら17やらになるまで(もう正確な年齢なんて全然わかんなくなってたけど、あんまり不便は無い)逃げ出すことは出来なかったけど。
 
逃げ出すことが、出来た。
 
すごい幸運が重なっただけの、偶然の産物だったけれど。

逃げ出せたんだ。
 
ようやく、実感が沸いてきた。
 
 
今、オレたちはタルの中に居る。
外からは、絶え間なく波の音が聞こえる。
多分、どこか海の上をたゆたってる。
テスとマリアさんは、タルの中で死んだように眠ってる。
でも生きている。
呼吸の音がする。
 
生きてるって、すげえいいことだ。
 
 
そう思って、オレも目を閉じる。
暫く眠ろう。
目を開けた時には、きっとオレたちは助かってる。
 
21■海辺の教会 (テス視点)
見慣れない天井だなって、思った。
「良かった、目覚められましたね。もう3日も眠り続けていて、このまま目を覚まさないのかとおもっていたのですよ」
その女の人は、シスターの服を着ていて、ボクのベッドの隣に腰掛けて何かの本を読んでいたみたいだった。
「ええと……ボク……」
「まだ横になっていてくださいね。……それにしても、タルの中に人が入っているなんて、驚きましたわ。お連れの方から伺ったのですが、なんでも大変なところから逃げていらしたとか。ここは名もない海辺の修道院です。ゆっくりしていってくださいね」
そういうと、シスターはゆっくりと立ち上がる。
「すこしおまちくださいね。体を拭くものなど持ってまいります」
にっこり笑って、シスターは扉から出て行った。

助かった、のかな?
 
寝すぎたせいか、体の節々が痛い。首を回したり肩をまわしたりしていたら、シスターが二人やってきた。
一人はお湯の入った桶とタオル。もう一人は服と鏡をもって来てくれている。
「このお湯で体を拭いたりしてくださいね。あと、着替えなのですが、なにせ女ばかりでしょう? 農作業の時に使う比較的ゆったりした服をもっては来たのですが、女物でごめんなさいね」
「あ、ありがとう。あの、ボクと一緒に来た人は?」
「皆さんお元気ですよ」
「そうか、よかったー」
ボクはシスターが出て行ってから、服を脱いで体を拭いた。

鏡を見て、自分の顔にビックリした。
見慣れてた顔と違う。
まあ、ボクの見慣れてた顔は6歳の時の顔なんだから当たり前なんだけど。
……ちょっと、お父さんに似てる。
「……」
なんだか嬉しくなって鏡に向かって笑って。それから伸びてたひげを剃って、前髪を切りそろえた。
なんとか、まあ、普通の顔になったかな。
床の上で何回か飛び跳ねてみたり、伸びをしたりしてから服を着る。
真っ白の、すその長いゆったりした服。
女物、とか云ってたけど、清潔な服っていうだけでありがたい。

ドアを開けて部屋の外に出ると、廊下にヘンリー君がいた。
おんなじ白い服を着てる。
「テス! おきたって言うから見に来たんだ! 寝すぎだ! 心配したんだぞ!」
「あ、ごめんねー。ヘンリー君は無事だった?」
「オレは一番最初に目が覚めた。そんなことより! いまからマリアさんの祝福の儀式が始まるんだ! 見に行こうぜ!」
「……? 何?」
「いいから! お前は目が覚めたばっかりで意味がわかんないかも知れないけど、取り敢えず座っとけ!」
「……え?」
ボクはヘンリー君に引きずられるみたいにして、一階にある礼拝堂に連れて行かれた。
マリアさんは、こざっぱりした服装でマザーのところに静かに歩いていく。
「マリアさんてさ、ドレイの時は気付かなかったけど、綺麗だよなー」
ヘンリー君が小さな声でボクに言う。
「そう?」
「あああー、何でわかんないかな!」
ヘンリー君は机に突っ伏して大げさにため息をつくと、
「まあ、お前には女神が付いてるからな」
「え?」
「ビアンカちゃん」
「違うよ」
「違わない。お前が死にそうな時とかピンチの時に夢に出てきてはお前を励ましてただろ。何回話聞かされたと思ってるんだよ」
「ボク、そんなに言った?」
「言った」

全然記憶無い。
 
話してる間に、マリアさんの式は終わっちゃってた。
マリアさんに悪いことしたかなあ。
ヘンリー君は終わったらすぐに外に出て行ってしまった。 

ボクは、さっき服とかを用意してくれたシスターを探して御礼を言っていたら、マリアさんに呼び止められた。
「ああ! やっと気がつかれましたのねっ! 本当に良かったですわ。兄の願いを聞きいれ、私をつれて逃げてくれてありがとうございました。……まだあそこにいる兄や多くのドレイの皆さんのことを考えると、心から喜べないのですが……。今私がここにあるのも、きっと神さまのお導きなのでしょうね……。テスさん。これは兄から預かったものなのですが、どうぞお役に立ててください」
そういうと、マリアさんはかなりの額のお金をボクに手渡そうとする。
「……これはマリアさんが持ってたほうがいいんじゃない?」
「いえ、これからテスさんは長い旅にでられるんでしょう? 私は此処にとどまりますから、お金はいらないんです。役に立ててください」
「……じゃあ、ありがたく頂きます。無駄遣いしません」
マリアさんはにこりと笑うと、
「お出かけする時は、声を掛けてくださいね。せめてお見送りだけでも」
「うん、わかりました」

さて、ヘンリー君を探して挨拶してから行かないと。

探して歩いていると、一人のシスターと話しをする機会があった。
どうも小さいころからシスターと色々話をしてた記憶があるせいか、シスターと話をするとほっとする気がする。

「お話は聞いています。10年以上もドレイをして働きやっと自由の身になったとか。あなたはもう誰からも命令されないでしょう。父上も亡くなった今、どこに行き何をするか、これからは全て自分で考えなくてはなりません。しかし負けないでくださいね。それが生きるということなのですから。あなたはやっと自分の足で歩きはじめたのです。」

そうか。
もう、誰も。
命令もしないし、守ってもくれないんだ。
何をしてもいいんだ。
 
「なんか……少し、途方もない話な気がします」
「ええ。でも、貴方には強い心を感じます。きっと大丈夫」
「うん、ありがとう」
 
ずっと思い描いていた自由って、こうだった。

ボクは、自由になったんだ。
いま、ようやく実感がわいた。
 
22■旅立ち (テス視点)
結局ヘンリー君は修道院のなかにいないみたいだった。あきらめて外に出ると、ヘンリー君は入り口の外で腕組みをして壁にもたれて立っていた。
「いよいよ旅に出るのか?」
「うん、助けてもらって何も返さないのもどうかって思うけどね、長くお世話になると、きっと出かけられないようになっちゃうと思うんだよね」
「そうだよな。長くいると里心っていうのか? そういうのつきそうだしな。第一、お前には母親を探すっていう目的があったもんな。」
「うん、唯一の目的だね」
「なあ……どうだろうか? その旅にオレもつき合わせてくれないか?」
「え?! ヘンリー君ラインハットに帰るんじゃないの?」
「城に帰ってどうするんだよ。オレとデールとの王位継承争いがあって、オレもお前もあんな目にあったんだぜ? 帰ったとしたらまたあんなことがあるだけだ。帰れないだろうが」
「あ、そうか」
「だから、オレにも目的ができるまででいいんだ。一緒に行かせてくれよ」
「んー、でも……」
「お前意外と冷たい奴だな。お前はオレの子分になったんじゃなかったか? 親分の言うことは聞けよな」
「え? あれまだ有効なの?」
「いいだろ?」
「うん。ヘンリー君にもきっといい目的ができるよ」
「……じゃ、決まりだ。善は急げっていうもんな。オレ、みんなに出かけるって挨拶してくる」
「うん」
ヘンリー君が走っていくのをボクは見送って、しばらく入り口で待っているとヘンリー君がシスターやマザー、マリアさんを連れて出てきた。

「やはり行ってしまうのですね。何でも母を探す旅とか。北にある大きな町でなら、何か分かるかもしれませんね。どうかお気をつけて」
シスターが目に涙をためて言ってくれる。少しの間しか一緒にいなかったのに、ここの人は本当に優しい。
「本当に色々ありがとうございました。私はここに残り多くのドレイの皆さんのために、毎日祈ることにしました。そしてテスさんがお母さまに会えるようにも……。どうかお気をつけて」
マリアさんは深々と頭を下げてそういってくれた。
ヘンリー君がマリアさんと握手をする。
「ありがとう、マリアさん元気で」
マザーが深く静かな声で、ボクをじっと見て
「テス。あなたはもう大人です。これからは自分の道を自分で見つけなくてはならないでしょう。しかし神さまが見守ってくれていることを忘れないでください。テスの旅に神の御加護のあらんことを」
「ありがとうございます。ボク、やれるだけやってみます。マザー、お元気で」

「さあて いこうぜ!」
ヘンリー君の声を合図に、ボクらは見送りにきてくれたみんなに手を振って、歩き始める。

少しある歩いて修道院が見えなくなってから、ボクは立ち止まる。
「ヘンリー君、取り敢えず北の街っていうところなんだけど」
「ん?」
ボクはヨシュアさんが残しておいてくれた荷物の中から、小さいころ父さんに貰った地図を引っ張り出す。
「……地図だ」
「うん、ええと、さっきいたのがこのへんでしょ?」
そういってボクは修道院が立っていたあたりを指差す。
「ここから北だから、オラクルベリーだね」
「しっかし、先生に習ってた通りだな、世界の地図って」
「……逃げるの中止してまで先生に勉強を教えてもらった甲斐があったでしょ?」

暫く沈黙があった。

「テス、まさか、お前、逃げたあとの事考えて先生に文字やら地理やら習ってたのか?」
「そうだよ」
ヘンリー君がよろっと一瞬めまいを起こしたようにふらついた。
「大丈夫? ヘンリー君」
「信じらんねえ。そこまで考えるか!」
「考えたんだよ。小さいなりにボクは考えたの。どうして逃げるのが毎回失敗するのか。どうすればいいのか」
「結論は?」
ヘンリー君はボクを信じられないようなものを見る顔つきで見ている。
「小さいから。すぐに追いつかれて捕まって持ち上げられる。だから大きくならないと不利。だったら大きくなるまで無駄に過ごしてたらもったいないなあって思ってたら、先生が捕まってきた」
「……テス、お前意外と打算的に生きてたんだな」
「あの生活の中で、唯一自由だったのは考えることだけだったでしょ? だから、その自由を目一杯使っただけ」

「あー、オレは今すごくビックリしてる」
「うん、見て解るよ」
ヘンリー君は暫くしてからかすれた声で言った。そんなにビックリするほどの事でもなかったと思うんだけど。
「お前さ、オレに始めてあった時『子分ってなあに?』とかすげえ莫迦っぽかったのにな。いつのまにそんなに打算的というか戦略家というか……なんていうのかなあ。裏切られた気分だよ」
「ひどいなあ」
ボクは苦笑する。
ヘンリー君も笑った。
「まあ、お前のおかげでオレも今からの日常生活には支障がないわけだし、感謝する」
「うん。じゃあ、行こうか」

ボクらは歩き出す。
北に大きな町が見えてきたのは、1日くらい歩いた時だった。
「ヘンリー君、見えてきた」
「すげー、こんなに離れてても見えるぞ」
「大きな町だね」
ボクらはまだ町にも入ってないのに暫くぽかんとその街を立ち止まって見つめてしまった。思えば恥ずかしい。
「行こうか」
「そうだね」
ボクらはゆっくりと歩き出す。
空は綺麗に晴れていて、春先の風は爽やかだった。

「自由っていいな」

「そうだね」


 / 目次 /