4■ラインハットの悲劇
ラインハット到着。ヘンリー登場。テスの子ども時代の終わり。パパスの決断。


15■ラインハット1 (パパス視点)
村の入り口で暫く待っていると、テスが跳ねるように歩いてきた。ゲレゲレという名前の「ネコ」も一緒だ。
このゲレゲレ、どう考えても「ネコ」ではないのだが、テスはネコだと言い張っている。どう考えても……ベビーパンサーだろう。しかしゲレゲレの方はテスに懐いていてそれといって悪さをしないし、第一モンスターが人に懐くのを見るのには慣れている。
この子は、マーサに良く似た瞳をしてる。多分、彼女の力を色濃く引いたのだろう。だから。モンスターであるベビーパンサーも懐いてるのだろう。久しぶりにそういう場面を見たことに、少しこれでも幸せな気分になったなど、きっとテスは知らないだろう。
 
「お父さん、お祈りしてきたよ」
「おお来たかテス。今度の行き先はラインハットのお城だ。前の船旅とちがって、そんなに長い旅にはならないだろう。この旅が終ったら、父さんは少し落ち着くつもりだ。お前にはいろいろ淋しい思いをさせたが、これからは遊んであげるぞ。テスは何がしたい?」
テスは目を輝かせて私を見て、
「本当?! じゃあね、じゃあね、ボク字を教えて欲しい! お父さん、字、教えて!」
「……それでいいのか?」
まさか勉強方面に話が行くとは思わなかった。
「うん! だってね、ビアンカちゃんもベラも字が読めてとっても格好イイの!」
「そうか、分かった。帰ったら字を勉強しような」
「あとね、あとね! 剣の修行も教えて!」
「父さん厳しいぞ」
「平気ー。ボクね、お父さんを助けてあげたいからね、強くなりたいの」
「それは頼もしいな。じゃあ帰ってきたら、剣も見てやろう。さて、いくとするかっ!」
「うん。あ、お父さん、ゲレゲレも連れて行っていい?」
「かまわないぞ」
「やったねー、ゲレゲレ」

テスが後ろをちょろちょろと付いてくるのを確認しながら、ラインハットを目指して歩く。空は青く、いい風が吹いてきている。随分寒い時期が続いていたが、春が来たのだろう。やわらかく暖かい風は、花の匂いがした。
「お父さん、ボクねベラに桜を貰ったんだよ」
「ほう」
テスが見せてくれた桜の枝には、既に花が咲いている。
「綺麗なもんだな」
「でしょー?」
そういって、テスはニコニコと笑っている。……まて、ベラって誰だ? そういう名前の子はサンタローズには居なかったはずなんだが。聞いてみようかと思ったが、テスがニコニコしてるから聞くのをやめることにした。別に悪い相手ではなかったのだろう。
 
東へ随分と歩いて、ようやく関所に着いた。
途中何度かモンスターに遭遇したが、少し見なかった間にテスは強くなったらしい。暫く前に見たときにスライムと戯れているように見えたのがウソのようだった。ゲレゲレもよく戦っている。いいコンビになっていったのだろう。どこで練習したのか気になるが、知らないのは暫くテスの事を見てなかった自分のせいなのかも知れない。
帰ったら、色々話を聞いてやらねば。

関所の中の兵士は、非常にマジメに任務を果たしていた。こういう姿は見ていていいものだ、と思う。
「私はサンタローズに住むパパスというものだ。ラインハット国王に呼ばれ、お城にいく途中である。どうか通されたい!」
私が声を掛けると、兵士は私を見てすこしほっとしたようだった。多分説明よりも私の到着が遅れたからだろう。仕事がきちんと片付いていくのは、仕事をしているものにとっては嬉しいものだ。
「おお! あなたが パパスどのですか!? 連絡はうけています。どうぞお通りください!」
テスは初めて見る兵士が珍しいのか、しばらく私と兵士のやり取りをじっと見つめていて、兵士の敬礼を真似してから歩き始めた。敬礼する兵士に見送られ、私はテスとともに関所を通る。

「お父さん、兵士さんって格好いいね」
「そうか。テスは大きくなったら兵士になりたいか?」
「うーん」
しばらくテスは考えてから
「大きくなったら、お父さんみたいになりたい!」
とニコニコ笑って両手を広げて見せた。
「そうか。父さんみたいになりたいか。テスなら簡単だ」
「本当?」
私とテスは、川の下を通るすこし湿っぽい通路を通り過ぎ、ようやくラインハット領に入った。
東側の関所は、見晴台がついていて非常に眺めがよい。川風が体に気持ちよかった。
「テス、この関所は川を挟んで村の方を見るととても景色が言いそうだ。少し寄り道をしてみていこう」
「うん」

階段を上ると、先ほど下をくぐって来た大きな川と、その向こうに広がる平野が見えた。川は陽の光を反射してキラキラと光っている。
「テス、おいで」
私はテスを肩車して、その景色をテスに見せる。
「うわー、すごいねえ、綺麗だねえお父さん」
まだまだテスの体は軽い。落ちないようにか、私の頭を抱える手も小さい。この子を守っていかねば、と気持ちを新たにする。
テスを肩から下ろすと、そこで川を見ている老人が居ることに気がついた。
「もし……。どうかされたかご老人?」
「ほっといてくだされ。わしは川の流れを見ながら、この国のゆく末を案じているだけじゃて……」
もし動けないとかであれば、連れて行ってあげなければ、と思ったのだが、そういう訳ではないらしい。
それにしても。
出掛けに聞いた、ラインハットの跡継ぎ問題はかなり深刻なものになっているのだろう。手紙の方もかなり切迫した状況が書かれていた。少し気を引き締めなければならないかもしれない。
「ふむ……。あまり風にあたると身体に毒ですぞ。ではごめん!」
挨拶をして、再び私はテスとともにラインハットに向かう。
暫く歩いていくと遠くにとがったオレンジの屋根が見えてきた。
「テス、ラインハットが見えてきたぞ」
「うん」
「あとちょっとだからな。頑張れ」
「うん、わかったー。楽しみだねえ」
「そうだな」
 
 
16■ラインハット 2 (テス視点)
お城に入るのは初めて。
すっごく大きくて、綺麗。
お父さんが、入り口の兵士さんに声を掛けたら、その人が王様のところまで案内してくれる。
お父さんは、兵士さんをまっすぐ見てどんどん歩いていっちゃうけど、ボクは本当はもっと周りをゆっくり見たいなあって思った。ゲレゲレはとことこボクに付いてきている。

王様は、大きなお部屋の大きな椅子に座って、お父さんを待っていた。兵士さんは、お父さんを王様に紹介すると、王様に帰っていいよって言われて、帰っていっちゃった。
「さてパパスとやら。そなたの勇猛さはこのわしも聞きおよんでおるぞ!その腕をみこんで、ちとたのみがあるのだが……」
そういって、王様はちょっと咳払いをした。
「パパス、もう少しそばに! 皆の者はさがってよいぞ!」
そういって、王様の近くにいた人たちはささっと部屋の中から出て行った。
ボクはナニが始まるのかな?って見てたら、
「テス。そんな所に立っていても退屈だろう。いい機会だから城の中を見せてもらいなさい。一通り見るうちには、父さんたちの話も終るはずだ」
「見てきてもいいの?」
ボクが首をかしげてお父さんに聞いたら、王様が
「そなたはパパスの息子であろう。なかなかよい目をしておるな。……城の中は自由に見て来てよいぞ」
「はーい!」
ボクは返事をして、お父さんに手を振ってから、ゲレゲレと一緒に王様の部屋から出た。
 
お城は本当に広かった。
コレまで見た色んな大きな建物の中で比べても、一番大きい。
ビアンカちゃんのお家も、ポワン様の樹のお城も大きかったけど、やっぱり此処が一番大きい。格好イイなあ。
ボクの事は、お城の人は皆聞いてるみたいで、話しかけてもちゃんと答えてくれる。皆いい人だなあ、って思う。
 
色々見ていたら、お城には王子様っていう人が二人居た。
一人はデール君。王様にはなりたくないって言ってるの。でもデールくんのお母さんは、王様になるんだって言ってた。
王様になりたくないって言ってるのに、どうしてそういう風にさせたがるのかなあ、って思った。
 
もう一人はヘンリー君。ヘンリー君は、デール君のお兄ちゃんなんだって。
誰も居ない広いお部屋に、ヘンリー君は一人で居た。
「誰だお前は? あっ! わかったぞ! 親父に呼ばれて城に来た、パパスとかいうヤツの息子だろう! オレはこの国の王子。王様の次に偉いんだ。オレの子分にしてやろうか?」
「……??? 子分って、なあに?」
「……子分って言うのは……」
ヘンリー君はちょっと考えた後、
「子分って言うのは、手下の事だ!」
「手下って、なあに?」
「子分の事だ!」
「……ふうん。ボク、別になってもいいよ?」
子分って何なのか、よくわからないけど。きっとヘンリー君の一番のお友達とか、そういう意味なんだろうなあって思った。けど。
「わははははっ。誰がお前みたいな弱そうなヤツを子分にするか! 帰れ帰れ!」
子分って、弱いとなれないんだって。
よくわかんないや。
「うん、じゃあね。ヘンリー君」
ボクがそういってゲレゲレとお部屋を出て行こうとすると、ヘンリー君のほうがちょっとあっけに取られてた。なんだったんだろう。
 
王様のお部屋にもどると、お父さんはもうお話を終わっていなくなっていた。
「あれ??」
「パパスの息子じゃな。パパスにはわが長男ヘンリーのおもりをしてもらうことにした。そなたもヘンリーの友だちになってやってくれい。たのむぞよ」
「うん、わかったー。でも、ヘンリー君、ボクは弱そうだから子分にしないって言ってたよー」
「そうか……。まだあったばかりであるから、恥ずかしがったのであろう。よろしく頼んだぞよ」
「うん、わかったー」
ボクは王様に手を振って、もう一回ヘンリー君のところにもどった。お父さんは、ヘンリー君のお部屋の前の廊下に立っていた。
「あれ? お父さん」
「おおテスか! 父さんはヘンリー王子のおもりを頼まれたのだ。本当は王子の傍にいたいのだが、まいったことにキラわれてしまったらしい。だが、お前なら子供どうし友だちになれるかも知れん。父さんはここで王子が出歩かないよう見張ってるから、がんばってみてくれぬか? たのんだぞ!」
さっき、子分にしてもらえなかったんだけどなあ、って思ってもう一回ヘンリー君のところに行ってみた。

「何だ。またお前か? やっぱり子分になりたくて戻って来たのか?」
「うん。子分って、お友達でしょ? ヘンリー君、一緒に遊ぼう?」
「子分と友達はちょっと違うが、まあいいや。そんなに言うなら、オレの子分にしてやろう。となりの部屋の宝箱に子分のしるしがあるから、それを取ってこい! そうしたらお前を子分と認めるぞっ」
って、ヘンリー君はちょっと意地悪な笑い方をした。
「うん、わかったー。待っててね、ヘンリー君」
ボクはとなりの部屋に行ってみた。
宝箱が、お部屋の真ん中においてある。ボクは宝箱を開けてみたけど、何にも入ってなかった。
「ヘンリー君、宝箱空だったよー?」
声を掛けたけど、返事はない。ヘンリー君は部屋に居なかった。
「……あれ?」
ボクは廊下のお父さんに聞いてみる。
「お父さん、ヘンリー君そっちに居る?」
「こっちには来てないぞ? 何かあったのかっ!?」
「ううん、なんでもないー」
きっと、ヘンリー君はかくれんぼがしたいんだ。
そう思って、ベッドの下を覗いてみたけど、ヘンリー君は居なかった。次に机の下。ここにも居ない。
「ヘンリー君?」
声を掛けても、返事はやっぱりない。椅子をどけて、カーペットをめくってみたら、そこに階段があった。
かくれんぼだとしたら、これはちょっとズルイなあ。あとでヘンリー君に言わなきゃ。
階段をおりると、一階の廊下に出た。ヘンリー君がコッチを見てる。
「何だ。もう階段を見つけてしまったのか……。ふん! つまらないヤツだな。しかし子分のしるしは見つからなかっただろう。子分にはしてやれないな」
ヘンリー君がそういったときだった。いきなり、右手の方のドアが開いた。
「ん?」
ヘンリー君もそっちを見る。
いきなり変な男の人が2人、入ってきた。ボクに片方の人がぶつかって、ボクは転んじゃった。
「ヘンリー王子だな!?」
「何だお前ら!」
「悪いが一緒に来てもらうぜっ!」
そういうと、男の人はヘンリー君をなぐった。ヘンリー君は、苦しそうにうめいた。
「おい! はやく王子を舟へ!」
男の人は、ヘンリー君を抱えると、物凄い勢いでドアから出て行った。慌てて見に行くと、男の人とヘンリー君はイカダに乗ってお堀を進んでいく。
 
……もしかしなくても、大変な事なんじゃない?
ヘンリー君、これ、かくれんぼじゃないよねえ。
「知らない人にはついていっちゃダメですよ、坊ちゃん」
そんなサンチョの言葉を急に思い出した。

 
17■ラインハット 3 (ゲレゲレ視点)
ヘンリーは怪しい男どもにさらわれた。
俺としてはテスが無事だったから、本当はどうでもよかったが、テスはそうではないらしい。
テスは「友達」のヘンリーが連れて行かれたことに随分ビックリしているみたいだが、本当のところは「子分」って言われてる時点で奴に莫迦にされてんだぞ、分かってるのか。
分かってないだろう。
 
テスはぺたぺたと足音を立てて、一生懸命走っていく。
まあ、歩くよりは早いってくらいで別に早くはない。ちょっともどかしい。
ようやくヘンリーの部屋の前の廊下に着いた。
テスが方向感覚のしっかりしている子どもでよかったと思った。
 
「おとうさん!」
テスが父親に声を掛ける。
「……テス!? どうしてそちらから来るんだ? お前はヘンリー王子の部屋で一緒に遊んでいたのではないのか?」
「ええとね、ええとね、ヘンリー君のお部屋には隠してある階段があるの! ボクとヘンリー君ね、かくれんぼをしてたの。ヘンリー君がずるしてね、その階段を使ってたの。でね、一階に下りてたの。そうしたらね、扉をがーって開けて男の人が二人入ってきてね、ヘンリーだな! ってヘンリー君に確かめてね、がーんってヘンリー君の事なぐってね、ヘンリー君痛そうにうめいてね、男の人に抱えられて外に連れてかれちゃったの。それでね、お城の堀にイカダがあって、そのイカダでぴゅーっと行っちゃったの!」
 
……まあ、テスの割には説明うまかった方だな。
 
「なに!!! それは一大事! ヘンリー王子がさらわれた!」
「さらわれるって、なあに?」
「連れて行かれて、ここへは二度と帰れなくなるってことだ」
「うわ! 大変だ!」
「隠してある階段ってどこだ、テス!」
父親は半分テスを抱えるみたいにしてヘンリーの部屋に行った。
ヘンリーの部屋の隠し階段はそのままになっている。
「コレか! こういうことは先に言っておいてくれ!」
「ボク、知らなかったの」
「お前に言ってるんじゃないんだ。気にするな。ともかく追うぞ」

父親はテスとともに一階に下りる。そして、思い出したように立ち止まって、テスを見た。
「いいかテス。この事は誰にも言うな。騒ぎが大きくなるだけ だからな……。私とテスで解決しよう。さあ、とにかく王子を助けださないとっ! ついて来いテス!」
そういうと、父親はヘンリーが連れて行かれた扉から出て走っていった。とても足が速い。ちょっと待て、テスにその速さは無理だ。
 
「お父さん?」
あああ、いきなり引き離された。
ぽかーんとテスは父親が走っていった方を見ている。見えなくなってしまったんだから、見てても仕方ないんだぞ。
「ええと、どうしようかゲレゲレ。お父さん、わかんなくなっちゃったねえ。でも、追いかけなきゃねえ」
テスはそういうと、ちょこちょこと街の方へ歩き出す。仕方ないから俺もその後ろについていく。
城であんなことがあったんだ。街だってそんなに安全じゃないかも知れない。俺がするべきことは、テスを守ることだ。
 
「この街の北東には、大きな洞窟があるんだって。でも危ないから行っちゃだめってママに言われてるの」
女の子がそういったのを聞いて、テスは俺の方を見た。
「ゲレゲレ、行ってみようか」
 
正気か。
危ないから行っちゃいけないんだろう。
お前、絶対危ないぞ。特にお前だからな。
普通でも危なっかしいのに、危ないところへ行ってどうする。
 
「ヘンリー君は、帰ってこれないところに行ってるんでしょ? だったら、人が来ないようなところに連れてかれるよね。だから、きっと連れて行かれるならそこだよ」
 
……!!!
コイツ、賢いんじゃないのか!?
 
でも、この緊張感のない笑顔は何だ?
行動と言葉が一致しない奴め。

俺はテスのあとについて一緒に北東にある洞窟へやってきた。
途中で何度か危ない目にもあったが、まあ大体は無事だ。
洞窟は人が作った感じの、随分しっかりした石造りの洞窟だった。
階段が付いていて、段差やら立体的な交差やらで分かりづらい。
たいまつが所々で燃えている。つまり誰かが居るのだ。さすがにテスが緊張してるのが分かる。
 
「あ、お父さんだ!」
テスが指差したのは、下の階の広場で敵と戦っている父親だった。近寄っていく敵はほとんど瞬殺。あいかわらず強い。
テスもあんな風になるのか?
思って見上げるが、どうも想像が出来ない。
「ええと、お父さんが居るのがあそこだから」
ぶつぶつといいながら、テスは指をさして確認をしてるようだった。
「じゃあ、行こうかゲレゲレ」
テスはそういうと、ちょっとだけいつもより早足で歩き始める。
途中で、男たちが居るところを通った。
「うん? なんだ お前は? ああ、キラーパンサーを連れているところをみるとお前も魔族だな。ひっく……。」
酒臭い男はそういってがははははと笑った。

魔族。
 
それは俺だけだ。テスは違う。
「魔族って?」
「おまえ、ふざけてるのか? キラーパンサーと連れ立ってるだろうが」
「ゲレゲレが?」
「もう、先に行けよ」
男に追い払われてテスは仕方なく歩き始める。
「いこっか、ゲレゲレ」
何だかきな臭い話だとは思ったが、残念だが俺の言葉はテスには伝わらない。せいぜい雰囲気を伝えるだけだ。
「どうしたの? ゲレゲレ」
俺がテスの服のすそを引っ張ったから、一瞬テスは立ち止まる。
「早く行かなきゃ、お父さんが待ってる」
テスはそういうと、また歩く。何でかは分からないが、テスはあまり迷うことなく歩いていく。
 
しばらく歩いていくと、テスの父親のところに辿り着いていた。
「お父さん」
「おお! テスか! はぐれてしまったと思ったが、こんな所まで一人で来るとは……。お前も随分成長したものだな。父さんはうれしいぞ!」
父親は本当に心底嬉しそうに言うと、テスの頭を撫でた。
テスも嬉しそうににこーっと笑って父親を見上げている。
さっき見せた頭よさそうな感じはもうどこかへ行ってしまった。
あれは見間違いだったのかもしれない。

「さてともかく、王子を助けださねば! お前が先にいけ。後ろの守りは父さんが引きうけたぞ! 父さんが後ろなら、はぐれることはないからな!」
父親はそういうと、テスの後ろを歩き始める。テスの緊張が解けたのが分かる。
このひとが居たら、俺も安心だ。

18■ラインハット 4 (テス視点)
お父さんって、やっぱり強いなあ。ボクとゲレゲレだけだったら、もっと大変だったと思うくらい長い洞窟なのに、お父さんが居るだけですーっと進めちゃう。 
ボクも、いつかお父さんみたいになれるかなあ?

「テスは強くなったなあ」
お父さんはそういいながら、ボクにホイミを掛けてくれる。大きい手で、頭を撫でてくれる。
「お父さんは強いねー! すごいなあ。ボクもお父さんみたいになれるかなあ?」
「すぐさ」
すぐにお父さんみたいになれるんだったら、いいなあ。
「お父さん、ボクね、お父さんの事大好き。この前会ったお兄さんがね、お父さんの事大事にしろって」
「お兄さん?」
「うん。どんな辛いことがあっても負けちゃダメって」
「ああ、不思議な預言者の若者か。お父さんも会ったぞ」
「お兄さん、なんていってた?」
聞いたけど、お父さんは少し口をゆがめて
「ラインハットへ行かないで欲しいといわれた。このことだったのかな?」
って言って、黙っちゃった。

ボクとお父さんとゲレゲレは、洞窟の一番奥くらいまで歩いてきた。水路の向こうに牢屋があって、そこにヘンリー君が居た。
「あ、ヘンリー君だ」
「! ヘンリー王子!」
お父さんはヘンリー君が入ってる牢屋を暫くガチャガチャやってみて、
「く! 鍵がかかってる! ぬ! ぬおおおお!!!」
お父さんが大きな声をあげて、無理やり入り口を開けた。
「すごーい、お父さん!」
お父さんは、つかつかと牢屋に入っていく。
「王子!」
ヘンリー君がコッチを見て、く、って笑った。
「助けに来るのが随分遅かったな。ま、オレはもう城に帰る気はないからな。王位は弟が継ぐ。オレが居ない方がいいんだ」
「王子!」
お父さんが、コレまでないくらい大きな声で言うと、いきなりぱちんってヘンリー君のほっぺを叩いた。
「な! 殴ったな!」
「王子! 貴方は父上の気持ちを考えたことがあるのか! ……父上は……父上は」
お父さんは泣いてるみたいだった。
「……」
「……」
お父さんもヘンリー君も暫く黙ったままにらみ合ってた。
「……まあ、ともかくお城に帰ってからゆっくり父上と話されるがいいでしょう。さあ、追っ手が来ないうちに行きましょう」
お父さんがヘンリー君の手を引いて、牢屋からでる。ボクとゲレゲレも続いた。
進もうとしたら、どこからともなく魔物がやってきた。
「く! もう追っ手が! テス、ここは父さんが引き受けた。お前は王子を連れて早く外へ!」
「お父さん!?」
「大丈夫だ、早く行きなさい!」
ボクはお父さんを見上げる。お父さんは微笑んでから、頷いた。
「うん、わかった。お父さん、あとでね」

ボクはヘンリー君の手を引いて走る。ゲレゲレも付いてきて居る。
「お前! 親父はいいのか!」
「お父さん、強いもん。負けないよ。後からきっと来てくれるよ」
「途中で魔物が出たらどうするんだ!」
「ボクとゲレゲレが退治してあげる! ボク、ヘンリー君の子分だもん!」
「お前……!」
ボクらは一生懸命走った。

もうすぐ、出口。

出口に、背の高い誰かが立っていた。
見た瞬間、背中がぞわってした。
なんていうのかな。「あ、大変だ」って思った。
「ほっほっほっほ。ここから逃げ出そうとするとは、いけない子ども達ですね。この私がおしおきをしてあげなければ……」
その人が、そういった。
もう一回背中がぞわってした。嫌な声だなって。
ゲレゲレが低い声でうなってる。
ヘンリー君が、「何だコイツ!?」って、叫んだ。
そうだ、ボク、ヘンリー君を守らなきゃ。
 
そう、思ったところまでは、憶えてる。
あとは、切れ切れにしか、憶えてない。

誰かが、低い声でうなるのが聞こえた。
それで、ボク、目を開けた。
そうだ、ボク、気絶しちゃったんだ。
あの、背の高い、魔物だった人になぐられて。
 
ボクは。
その魔物に、ゲマとかいった魔物に、捕まってた。
コイツが持ってる鎌が、ボクの首元にある。
動いたら、さされる。
この鎌が動いたら、ボクは死んじゃう。
 
お父さんが。
二匹の魔物にやられていた。ずっと、じっと、耐えてる。
ボクが、ちゃんと逃げられなかったから。
ボクを守るために、動けないで居る。
白い、ウマみたいなのと、
青い、サイみたいなの。

ボクは、目を閉じたかったけど、閉じなかった。
お父さんは、ボクのせいで、殺されかけてる。
ボクが。
もっと強かったらよかったのに。
 
「テス! テス! 聞こえてるか!」
お父さんが、苦しそうに叫ぶ。
「実はお前の母さんはまだ生きているはず……。わしにかわって母さんを」
お父さんは、最後まで、言い切ることは出来なかった。
苦しそうに、息をしていたのが、弱弱しくなる。
もう、しゃべらない。

大きな火の玉を、ボクを捕まえてるゲマが出した。
その火が、お父さんを焼いていく。

何も残らないくらいに。
 
「ほっほっほっほっ。子を思う親の気持ちはいつ見てもいいものですね。しかし心配はいりません。お前の息子は、わが教祖様のドレイとして一生幸せに暮らす事でしょう。ほっほっほっほっ。ジャミ! ゴンズ! この子供たちを運びだしなさい」
「ゲマ様、このキラーパンサーの子は?」
「捨ておきなさい。野にかえれば、やがてその魔性を取り戻すはず」
「うん? 待ちなさい。この子供は不思議な宝石を持っていますね。この宝石はもしや…? どちらにしろ、こうしておくとしましょう」

そういうと、ゲマは、ボクがビアンカちゃんに預かった、綺麗な宝石を粉々に砕いてしまった。
お兄ちゃんに、綺麗だねって、ほめてもらったのに。
 
「ほっほっほっほっ。さあ、行きましょう」

ジャミ。
ゴンズ。
ゲマ。
 
名前を忘れちゃいけないと思った。
今見た光景を、忘れちゃいけないと思った。
 
お父さん。

お父さん。
 
お父さん。
 

ごめんね。
 

お父さん。
お父さん。
……お父さん。

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