11■海の向こうに
船、入手。


68■ポルトガ再び
暫くダーマ神殿の周りで、リュッセに戦いの勘を取り戻してもらってから、私たちは旅を再開することにした。
賢者になって、リュッセは戦いにも強くなったし、僧侶の呪文以外に魔法使いの呪文まで使えるようになった。全体的に器用になった、と言える。魔法使いの呪文を使えるようになったことで、最初のうちはチッタは「わたしの存在意義はなんだろう」とまた悩み始めたけど、暫くすると「リュッセに先生として呪文を教える」という楽しみを覚えたようで、あまり彼が呪文を使えるようになることに対して屈折した感情は抱かなかったようだった。
まあ、リュッセは全体的に器用になった分、何かのスペシャリストにはなりにくくなったとも言え、魔法使いの呪文も、チッタに比べると威力が微妙に劣る、という事もチッタのプライドをずたずたにしないで済んだ要因だったとも言える。
リュッセ本人も「どちらかというと、やっぱり僧侶の呪文のほうが使いやすい」と言っているし、もともと何をしていたかと言うのも関係はあるんだろう。

さて、ともあれ、旅は続けないといけない。
相変わらず魔王がどこに居るのかすら分かってなかったりしてるけど、旅を続ければそのうち知ることもあるだろう。
正直、未だに魔王を倒すということにはピンときてないんだけど。
目の前で起こる事件や謎を解くのに精一杯で、時折魔王を退治する旅をしていることを忘れてたりするけど。
それでも、前にだけは進まないと。
「じゃあ、ポルトガにルーラするねー。正直あの王様の言いなりで黒胡椒を届けることにかなり腹が立つけど、船は欲しいからねー」
チッタはそういいながら私たちを集めて、ルーラを唱える。
独特の加速感と浮遊感を感じて、

気付けば海のにおいがした。

目の前には港町が広がっている。
何艘もの船が港に停泊していて、その上を鳥が円を描いて飛んでいるのが見える。
「船の多さをみるとポルトガにきたなあ、って思うね」
「そうだね、あんまりアリアハンにはないからね」
私とチッタは頷きあう。船なんて間近で見たことなんてほとんどないから、何だかそれだけでわくわくしてしまう。
前ポルトガに来たときはただただ圧倒されてしまったから、今回はちゃんと見ておこう。
「この中のどれかが、わたしたちの船なのかな?」
チッタは嬉しそうに笑いながら、首をかしげる。
「ソレを聞くためにも、さっさとお城に行こう」
左手側に港をみながら、大通りをお城に向かってあるく。相変わらず市場からは威勢の良い声が聞こえてくるし、美味しそうな匂いも漂ってくる。途中ちょっと誘惑に負けて、全員で揚げ物を食べながら歩くことになったけど、そんな人は沢山居るからあまり行儀の面では気にすることはなかった。

お城の入り口で門番に声をかけると、意外なことに彼は私たちのことを覚えてくれていて、すぐに中に取り次いでくれた。よくよく聞いてみるとなんて事はない、東に行って黒胡椒とってこいなんてことを言われた冒険者なんて、私たち以外誰も居なかっただけのことだ。そりゃ、物好きだなという感想と共に覚えられていても不思議じゃないだろう。
王様は私たちが帰ったということで、一応玉座に座っていた。
聞けば普段は大臣くらいしか出てこないのだそうだ。仕事しろよ、王様。
「そなたは東の地に胡椒をを求めて旅に出たのじゃったな。して、どうじゃったのじゃ? やはり駄目であったであろう」
王様はあまり期待していない声で、私たちをあまり見ることなく言う。
「いえ、その、貰ってきましたけど」
「な……なんと!? 持ち帰ったじゃとっ!?」
叫ぶように言うと、王様は大臣に耳打ちをする。今度は大臣が近くにいた兵士に耳打ちをする。そういうリレーがあってから、その兵士が私のところへ来て胡椒の入った袋を受け取って大臣のところへ戻っていく。
大臣はその袋を受け取ると中身をざっと見て頷いてから、王様にその袋を渡した。
「おお! これはまさしく黒胡椒! よくやった! さぞやキケンな旅であったろう! よくぞ成し遂げた!」
言いながらも王様の視線は袋の中に釘付けで私たちのほうは見ていない。
心は既に胡椒料理に飛んでいってるんだろう。
「その勇気こそ、まことの勇者そのものじゃ! お前たちとイシスの女王との約束どおり、船をあたえよう! あとは大臣に聞くが良い」
王様はぴょん、と玉座から降りるとそのまま軽い足取りで部屋の奥へ引っ込んでしまった。

「ええ……」
大臣が咳払いをする。
「お約束どおり、船をご用意いたします。城前の港に特別に船をつけさせますので、明日の朝、またこちらへいらしてください。外海へも出られる大きな船ですので、用意に色々と手間がかかるのです」
「わかりました。明日の朝ですね」
私たちは約束を確認してからお城を出る。
「やーっぱりわたし、あの王様キラーイ!」
チッタが叫ぶ。
「そりゃまあ、あの態度じゃな」
カッツェも苦笑する。
「欲望に忠実な方のようですしね。でもソレが戦い方面の欲望じゃないだけ、可愛らしいものじゃないですか。船だって用意してくれていたわけですし、約束もたがえない。アレでなかなかしっかりした方かも知れませんよ」
リュッセも苦笑している。どこまで本気で言ってるんだろう。怪しいものだ。
「じゃあ、明日また来るとして、宿でも押さえにいこうか」
「そうね! ……どんな船か楽しみだね! 早く明日にならないかな!」
宿への道を歩きながら、私たちは明日のことを考える。

早く明日になんないかな。
69■船と海賊
次の日、お城の前には本当に大きな船がどーんと泊まっていた。
「え、これですか?」
船のところに立って待ってくれていた大臣に思わず尋ねる。
「ええ、この船です」
「たったあれだけの胡椒で、こんな?」
「ポルトガでは胡椒一粒が黄金一粒に匹敵しますので、かなりの額をお支払いいただいているのですけど」
大臣は苦笑する。
「でも、それにしたって……だって私たちがどの程度胡椒を持ってくるかなんてわからないわけでしょう?」
「まあ、そうなんですけどね。……ええとですね、この船、少々古いでしょう?」
「確かに、新しい感じはしないね」
カッツェが船を見て頷く。確かに、新品です!というような船ではない。
「でも、それでも大きさから言うと……」
「実は王が最近新しい船を作りまして、この船は古いとはいえ、まだ新しいといいますか……」
「つまり、新しいのが来たから、どんなに大きくても古いものはいらない、と?」
「そういうことでございます」
「欠陥とかがあったわけじゃないだろうね?」
「ええ、ソレはもちろん。……作ってみたらイメージと違った、と王が……」
「やっぱ我侭だ」
チッタがぼそりと言うと、大臣は困ったように笑った。
「ともかく、多少古くはありますが頑丈ですし、内装も凝ったものになります。お好きなようにお使いください。食糧や水は積み込み済みです」
大臣の言葉に私は頷く。
「それで、船を動かすクルーなのですが」
その言葉と共に、兵士2人に連れられて、数人の男の人たちが船の前までやってきた。
「この者たちをお使いください。船の扱いには人一倍詳しく、また確かです」
「ありがとうございます」
「では、貴女のたびに、神の祝福がありますように」
大臣はそういうと、兵士たちと共にお城の中に入っていった。

「ええと」
クルーの人たちは置き去りにされた形で、少々困ったような声を上げた。
「あんたがリーダーか?」
クルーの人たちの中でも、一番偉い感じがする男の人が私を見る。とりあえず、頷いて見せた。
「そうか、若いのにすげえな」
「あの、私たち、船は初めてで。よろしくおねがいします。でも……その、お給料とか、どうしたらいいですか?」
「飯や水をくれれば、給料はいらねえ」
クルーリーダーが断言すると、後ろにいたほかの人たちもいっせいに頷いた。
「……怪しい」
カッツェが鋭い目つきで彼らを見ると、リーダーがぼそり、と切り出した。
「俺ら……実は海賊なんだ」
「はああ!?」
思わず全員でそんな間抜けな声を上げてしまってから、まじまじとクルーを見る。
「いや、でも正義の海賊? そういう感じでな。悪い奴らからしか奪わないし、命は取らない!」
「まあ義賊ってことだな」
カッツェはあまり追求しないことにしたらしい。すごーく広い意味合いでは同業者だからかもしれない。
「まあ、そうは言っても、悪いやつなのに偉いやつ、ってもの中にはいるだろ? そういうやつが海賊の取締りを要請してな、俺らは捕まった、と」
「……間抜け」
ぼそりとカッツェ。クルーの方々は苦笑するだけで、別に怒りはしなかった。
「まあ、牢に入れられた、と。暫くしたら、お前らの船で無料奉仕するつもりがあるなら、牢からだしてやろうって話が出てな」
「よくそんな話になりましたね」
「牢に入れといたら、少ない飯とはいえ食費がかかるし、船を渡してクルーなしってのは不親切な話でイシスから文句出るかも知れねえし、だったら、腕は確かなんだからこいつら使おうってことらしいやな」
リーダーは自嘲気味に笑って見せた。
「とはいえ、俺らは海賊だ。海に居なきゃ死んでんのも同じ。海に戻れるならどんな悪条件だってのむさ」
その言葉に、後ろに立ってるクルーたちが雄たけびを上げる。
「んー」
私は暫くそんな彼らを見て、どうしようか考える。
カッツェとリュッセは「好きにしろ」という態度。
チッタは楽しそうだ。
「お給料がないのは申し訳ないなあ」
「美味い飯と美味い酒があれば俺らは文句ねえ。船で海にでられるんだ、文句はねえさ!」
「実際、僕たちだけでは船がうごかないのですから、ココはご好意に甘えるしかないですよ」
リュッセが私に言う。確かにソレはそうなんだけど。
「一つお願いがあります」
「なんだい?」
「この船で海賊行為はしないでください。立ち寄った町や村でも」
「おう! 分かってるって! あんたたちは世界を救う旅をしてるんだろ? その顔に泥を塗ったりしねえ! だから俺たちを海に連れ出してくれ!」
答えを聞いて私は頷く。
「じゃあ、よろしくお願いします」
70■出航
準備は昨日のうちに終わらせてくれていて、私たちはその気になればすぐにでも出発できるということだった。
「私は高いところ全然駄目だし、できたら塔には登りたくないんだけど」
そう前置きしてからリュッセの顔を見上げる。
「船、大丈夫?」
「乗ったことがないので何ともいえないのですが、直接水に触ったり泳ぐわけではないですから、まあ、多分。あまりいい気持ちはしませんが」
リュッセは冴えない表情で答える。声のトーンも低くて、全然乗り気ではないのがありありと分かった。
「まあ、船の中心あたりにいれば大丈夫でしょう」
まるで自分に言い聞かせるかのような言い方で答えると、リュッセは軽くため息をついた。
「リッシュだって、苦手だ何だといいながら、それでも塔をいくつか制覇したでしょう? 僕だってどうにかなりますよ」

「で、どういう風に海を行くんだ?」
元海賊のリーダーが、私を見る。
「船長さんに任せます」
「船長はあんただ。俺は船を動かす野郎どもをまとめるだけさ。決定権はあんたにある。これは全員納得してるから心配いらねえ」
「んー」
私はリーダーの広げた地図を見る。
何本か線が引かれていたり、いくつか点が打たれている。航海するためには必要なものなんだろう。

ポルトガの対岸は大きな大陸があって、中部から北部にかけてイシスがある砂漠が広がっている。ポルトガの東はロマリア。つまり大陸と大陸に海が挟まれているように見える。
「東にはいけないね」
「ま、そうだな」
リーダーは苦笑する。
「ココには何があるの?」
丁度ポルトガの真南に、しるしがつけてあった。
「そこは灯台だ。海のことを良く知ってる男が住んでる」
「じゃあ、船旅はほとんど全員初めてだから、最初はここに行ってみようか。様子見で」
「そうだね、水に圧倒的に弱いやつもいるし」
カッツェが頷き、リュッセが「否定しません」と苦笑する。
「とりあえず、陸地が見えてたら安心する気がする」
と、チッタが眉を寄せる。少々不安を感じているみたいだ。
「あ、一度アリアハンにも戻ろうか? あんまり報告に行ってないし」
「それもそうね、わたし、アリアハンのお城ってまだ入ったことないから行ってみたいかも」
チッタはさっきまでの不安顔なんてどこ吹く風で目を輝かせる。
「じゃあ、こういうのはどうだ」
リーダーは灯台のところに指を置くと、それを動かしながら説明を始めた。
「まず、灯台へ行く。そっから大陸に沿って南下だな。あんたら、色んな町や村も回ってみたいんだろ?」
「うん、どこに情報があるか分からないから、できるだけ寄りたい」
「じゃあ、この南にある川をさかのぼって、テドンの村にも寄っとこう。で、また南下して」
リーダーの指は川の突き当たりにある村を指差して、それから指を川の入り口まで戻して、再び大陸を南下し始める。丁度大陸の一番南に突き出したあたりで、指は大陸を離れてどんどん南へ行く。
「この岬から真南に進むと、氷に覆われた大地があるんだ。ここに、何のためにあるのか分からねえ、でかい神殿があってな。遠くからは見たことあるんだが、俺たちは上陸した事はない。行くか?」
「不思議! ステキ! 絶対行こう!」
チッタが即答する。
「じゃあ、この島だ」
リーダーの指が、大陸の随分南にある、東西に細長い島を指差した。ココにその大きくて不思議な神殿が建っているとは、ちょっと思えない。船で行くにしても、随分不便そうだ。
「で、ココから進路を北東に取る。この大陸にランシールって街があるんだ。ここもでかい神殿で有名だな。俺らは神殿なんて用がないから行かねえけど。で、ココから東でアリアハンだ。とりあえず、最初の航海はこんなところだろう」
確かに、さっきの島の北東に大陸といっても大丈夫そうな大きな島がある。
「……世界の半分くらい回ってますよ」
リュッセが苦い顔をする。まあ、リュッセにしてみればかなり死活問題かもしれない。
「でも、テドン、神殿、ランシール、と寄り道してるからな、楽なほうだ」
「……そうですか」
怖いものは怖い、その心情は痛いほど理解できるから、思わずリュッセの肩をぽん、と叩く。まあ、それ以上どうすることもできないわけだけど。
「じゃあ、とりあえずそういう航路でお願いします。で、アリアハンに着いたらその後のことはまた考えましょう」
「おう、分かったぜ」
リーダーは、にっと笑うと、腕を振り上げた。
「野郎ども! 帆を揚げろ! 俺たちは世界を救う旅の手助けをするんだ! 気合入れろ!」
リーダーの叫び声に、威勢のいい声がいくつも返事をする。

「なんだろう、物凄く恥ずかしい」
チッタの呟きに、思わず私は頷き返した。
71■海を越えて
ポルトガの南にある灯台は、真っ白な壁が印象的な……塔みたいな建物だった。とはいえ、床はしっかりしているし、壁にある窓は小さくてそんなに絶景は見えないし、何より壁が無い階が無かった。
最上階は、さすがに遠くまで光を伝えるために壁がない場所もあったけど、そんなところに近づく必要性は全く無かったから、結論を言うと怖くなかった。多分、この世で一番怖くない塔。
最上階には仕事に誇りを持ってますという感じの、眼光鋭いおじさんがいて、世界地図を片手にこのあたりの海の話や、世界のことを聞かせてくれた。やっぱり、ココからだとテドンを目指してみるのがいいらしい。テドンの岬から東に行けばランシール、とか、航海前にリーダーと会議した話の再確認になった。

で、現在私たちはその忠告に従って、大陸にそって船を南に進めている。
時折、空からヘルコンドルとかいうでっかい鳥が襲い掛かってきたり、大王イカが船に絡み付こうとしてきたり、しびれくらげが甲板に上ってきて襲ってきたりするけれど、本当にそういうのはマレだし、襲い掛かってきてもちゃんと退治できるから、結構安全かつのんびりとした船旅を楽しめている。
まあ、景色はずーっと海、海、海、空、時々魔物、遠くに陸地、というパターンから変わらないから流石に飽きてくることもあるけれど、まだまだ船旅は始まったばかりで、基本的に何もかもが珍しくて楽しい。
けど。

「大丈夫?」
私は甲板の、日陰になる部分で丸まって横になっているチッタをの傍に座る。
「うぅ……大丈夫じゃない……」
「キアリーとか、ホイミとか、唱えましょうか?」
「……そんな魔力は魔物が出てきたときに備えて蓄えといて……」
私やリュッセの言葉に、チッタは力なく呟くように返事をする。
チッタは現在、絶賛船酔い中だ。
船が動き始めた最初こそ元気だったけど、次第に顔色が悪くなってきて、今やベッドや床にへばりつくような状態になっている。流石に魔物が出てくると気力を振り絞って呪文も使って一緒に戦ってくれているけど、基本的には「もうだめだ」という感じでいる。
「本当に気分が悪かったら、呪文も視野にいれてくださいね」
リュッセはチッタを扇であおいであげながら眉を寄せた。
「リュッセ君だって海弱いはずなのに、なんでそんなに元気なのよぅ……」「僕は水全般に濡れるのが怖いのであって、海が怖いわけではないですし、第一、船の上ならそんなに全身濡れることはありませんし」
「うぅ……不公平だぁ……」
チッタは恨めしそうな眼をリュッセに向けた。
本当のことを言うと、リュッセもいつだったかの魔物との小競り合いのとき、マーマンの攻撃で思いっきり頭から水をかぶってパニックになっていたりしていたけど、もうチッタの記憶の中からそれは軽く消去されているみたいだった。
「まあ、なんにせよ安静にしてな。そのうち船の揺れにもなれて何とも無くなる」
カッツェがチッタの丸めた背をさすってあげながら言う。
「どのくらいでぇ……?」
「一月くらいかな」
「……それまでに衰弱して死なないようにするぅ」


船の上は活気にあふれつつ、どんどん南に進む。
「そろそろ、陸に教会が見えてくる。そこを目印にもちっと南へ行って、二本目のでかい川をさかのぼればテドンだ」
リーダーが望遠鏡と地図を持って説明に来てくれた。チッタは地図を見るのも嫌なようで、甲板にうずくまったまま起き上がろうとしない。仕方ないから三人で地図を覗き込む。説明によると、今はその教会の建つ草原の端っこあたりに差し掛かったあたりらしい。貸してもらった望遠鏡を覗き込むと、確かに小さく遠く、教会が建っているのが見える。
「明日の夜にはテドンにつけると思う。そっちで倒れこんでる気の毒な嬢ちゃんに、久しぶりに揺れないベッドで眠ってもらえるぜ」
船長は気の毒そうな目で、チッタを見た。
「俺も船に乗りたての頃は船酔いと戦ったもんさ。酔わなくなったら一人前の海の男だぜ」
「一生男になんてならないもん」
チッタはぐったりとした声で、けど、はっきりとそう言い切った。

川が見えたところで、船を泊める。ここからは川をさかのぼるということで、小さな船をおろしてそれに乗っていくそうだ。小さいといっても、船には私たち以外に二人、船員さんが乗ってくれる。船を動かしたり、テドンまでの案内をしてくれるそうだ。
小船は川をどんどんさかのぼる。左手側(東、になる)は高く切り立った岩山がそびえていて、その先がどうなっているか分からない。船員さんたちの話だと、こういう切り立った崖や岩山が大陸の周りを取り囲んでいて、誰もこの大陸の内側、イシスの南側については詳しく知らないそうだ。そういえば地図も、灰色一色で塗られていたっけ。「多分ずっと岩山ですよ」なんて船員さんたちは笑っていた。
右手側はうっそうとした森が広がっている。木々の間にはあまり光も差し込まず、薄暗い。聞いた事のない鳥の鳴き声が、時々した。
川をさかのぼるうちに、どんどん陽は傾き、やがて夜が訪れる。

川にせり出したような平地に、町があるのが見えてきた。
灯りがともっているようだ。
「いい宿があるといいね」
私は後ろで青い顔をしてため息をつくチッタに話しかける。チッタは面倒そうに一度頷いただけだった。たぶん、疲れはピークに達している。見ればリュッセも顔色が良くない。考えてみたら、この小船は水が近い位置にある。押し黙って、じっと空を見上げて耐えているようだった。
「皆船向きじゃないな」
船員さんたちは、残念そうにため息をついた。
72■テドン 1
船は静かに川岸に泊められた。テドンはすぐそこで、家々が見える。
「俺たちは船の見張りもあるから、ここでキャンプをして待機してます。姐さんたちはゆっくりテドンで骨休めしてきてください」
「気をつけてね?」
私たちは船員さんたちに見送られながら、テドンに向かった。

テドンは、夜だというのに人が沢山外にでて話をしたり空を見上げたりしていた。これまでの町や村と違って、夜に外を出歩く習慣があるんだろうか。
「テドンの村にようこそ」
入り口にいた男の人が私たちに気付いて声をかけてくれた。適当に挨拶を返して、私たちは村の中央に向かう。村の人たちは気さくで、次々に私たちに挨拶をしたり、色んな世間話を聞かせてくれたりする。
「魔王は北の山奥ネクロゴンドにいるそうです。近いせいか、ここまで邪悪な空気がただよっているように感じますよ」
なんていうことを言うお兄さんも居た。念のため、地図で場所を聞いてみたら、地図で分からなかった、切り立った崖で隔てられている大陸の内陸部分をネクロゴンドというそうで、灰色に塗ってある地図を見てお兄さんはちょっと困ったように笑っていた。
「魔法はネクロゴンド」
その言葉をよく覚えておこうと思う。
「たとえ魔王がせめて来ようとも、わしらは自分たちの村を守るぞ!」
近くを通っていたお爺さんが、私たちの話をきいていたのか、元気にそんな声をを張り上げていく。勇敢なことだと思う。やっぱり、強い魔物や魔王が近くにいるとなると、普通に生活している人の気持ちも代わってくるのかもしれない。実際、村の人たちの興味の大半は、魔王がすむというネクロゴンドに集中しているようだった。
鎧を着込んだ兵士さんは、私たちの地図を見ながら、説明してくれる。
「テドンの岬を東にまわり陸ぞい、川を上がると左手に火山が見える」
指し示されたのは、アッサラームから南西、くらいの位置にある川と、その河口付近にある大きな山だった。
「火山こそが ネクロゴンドへのカギ。しかし、よほどの強者でもないかぎり 火口には近づかぬほうが身のためだろう」
確かに、その火山を越えなければネクロゴンドには入れなさそうだった。なにせ大陸はほとんど、切り立った崖に囲まれているからだ。
けど、火山といえば、お父さんが魔物との戦いの末に落ちたという場所。
その火山がこの火山かは、分からないけど、きっと今の私ではまだまだどうにもならないだろう。
いつか、火山にいけるようになるだろうか。
そしてそれは近い未来だろうか。

「空が飛べたら素敵なのにね」
なんてお姉さんもいたけど、私にはその感覚は分からなかった。ただ、「魔王におびえることなく、どこへでも好きなところへ行ける」という気持ちはよくわかった。この村の人たちは、生まれた瞬間から近くに魔王が居る恐怖と隣り合わせだ。
そしてそれはきっと、とても……恐ろしいことだ。

「変ですね」
村はあまり大きくないから、歩いて全体的なものを見ていたときにリュッセが呟く。
「何が」
「ほとんどの建物が、どこかしら壊れています。教会なんて、半分以上壊れてましたよ。屋外に牢がありましたけど、それも扉が半分無くて、兵士がふさいでいたくらいでしたし」
「それになんとなく、生活感が無い。何だか妙な違和感がある」
リュッセの言葉を引き継ぐようにカッツェがぼそりという。
「村の人たちも、元気に話しかけてくれるけど、なんとなく生気がない感じ」
ようやく顔色も戻りかけたチッタも首をかしげる。
「……確かに、そうだよね」
気付かない振りをしていたけど、やっぱり皆も気にはなっていたみたい。
村は確かに人が沢山いて、一見活気に満ち溢れている。けど、村は共有スペースであるはずの広場にまで草が生い茂っているし、建物はリュッセの言うように壊れたまま放置されている。
「気になるけど、夜も遅いから、明日の朝から調べてみよう」
「そうですね。チッタもしっかり眠ってもらったほうが良いでしょうし」
「うん、揺れない地面と揺れないベッドのありがたみをかみ締めたい」
それで話はまとまって、私たちは村に一軒しかない宿に向かった。
宿もやっぱりあちこち壊れていて、屋根はあるけど壁の一部がなかったり、床がはがれたまま放ったらかしになっていたりしている。
「もしかして、大工さんが居ないとか?」
「それにしたって、自分で直せる範囲は直すだろうよ」
うっすら埃をかぶっているベッドの、埃を払いながらカッツェは眉を寄せる。
「布団、微妙に湿ってる」
触れた毛布が、少し重い。
「壊れてから随分たってますよね」
ぼこりとなくなっている壁の断面を見て、リュッセは首をかしげる。
「変なの」
チッタはばふ、とベッドに仰向けになった。アリアハンに居た頃のチッタなら、こんな建物やベッドで眠るなんて考えられないけど、旅に出て結構図太くなったのかもしれない。
それがいいことか、悪いことかは分からないけど。
……チッタのおじ様的には悪いことで決定だろうけど。

ともかく、どうしようもないのは確実だから、私たちは諦めて眠ることにした。


何か、悲しい夢を見たような気がするけど、起きたときには忘れてしまっていた。
73■テドン 2
屋根の穴から降り注いでくる太陽のまぶしさで目が覚めた。
穴から見える空は青くて、雲が流れていくのが見える。今日もいい天気になりそうだ。
「おはよぉう」
半分眠ったような声のままチッタは大きく伸びをする。
「揺れないベッドってステキだわぁ、このありがたさを忘れちゃ駄目だねー」
あくび交じりの声に苦笑する。
「ご飯食べて、どうして家を直さないのか聞いてみようか」
そんな話をしていると、ドアがノックされた。
「皆さん、おきてますか?」
少し硬い、リュッセの声。
「おきてるよー」
返事をしてから、部屋の中を見る。入ってもらっても大丈夫そうだ。
「いいよー、入ってきてー」
リュッセは一度ドアを細く開けて、その隙間から中を覗いて確認してから、ゆっくり部屋に入ってきた。表情がこわばっていて、心なしか青ざめているように見える。
「何だい、朝から調子悪そうな顔して」
カッツェが片眉を跳ね上げた。それから大きく息を吐き出す。
「宿の人が居ません」
「は?」
リュッセが何を言っているのか分からなかった。
言っているほうも軽い混乱状態なのか、そこで一度視線をぐるりと宙にさまよわせてから、もう一度私をみる。
「ですから、宿の人が居ないんです。いや、宿の人だけじゃなくて」
リュッセはそこで、雨に汚れた窓を見やった。つられて外を見る。明るく晴れた広場が見える。けど、朝だというのに人が一人も歩いていない。いくら昨日の夜、宵っ張りな人たちが沢山歩いていたからって、全員で寝坊しているとは思えない。
「起きてからしばらく外を観察してたんですけど、誰一人として広場を通っていかないんです。朝だというのに、変でしょう? それで宿の中を見て回ったんですけど、宿にも誰も居なくて」
「……何かあったのか?」
「深夜に物音などは無かったと思うのですが」
私たちは顔を見合わせる。
「ともかく、村の様子を見て回ろう」

手始めに宿の中を見て回る。リュッセの言うとおり、宿の中には誰も居ない。念のため厨房なんかも見て回ってみたけど、中は荒れ果てていて、戸棚は倒れているし食器類は割れて床に散乱しているし、と酷い有様だった。日の光のしたでみると、床には埃が積もっている。私たちの足跡だけが残っていた。
「なんか……打ち捨てられて随分たってる感じがする」
チッタがぼそりという。私はぎくしゃくと頷いた。
「誰も、居ない、のかな」
私の呟きに、誰も答えない。

明るい太陽の下で見るテドンは、酷い有様だった。
草は伸び放題に伸びて、家という家はどこかしら壊れている。一番酷いのは教会で、屋根も壁も半分以上崩れ落ち、更に火事を起こしたあとがあった。時折空を飛んでいく鳥と、吹きぬける風に動く草以外、動くものは何も無く、物音もしなかった。
「ねえ、何で?」
誰に聞くとも無く声に出す。
「昨日、私話をしたよ? 空を飛びたいって女の人と喋った! 魔物が来たら撃退するっておじいさんとも! ねえ、何? 何で!?」

何か、ちりちりしたものが、胸の奥にある。
泣きそうだ。
なんとなく、何があったのか、本当は分かってる。
けど、認めたくない。
だって。
皆幸せそうだった。

「本当に、もう、誰も居ないの?」
「探してみましょう」
呟きに、リュッセの優しい声。
頷いて、村を見てまわる。
無事なものは何一つ無い。
牢屋ですら壊されている。昨日の夜は、男の人が一人中に入れられていたのを見た。けど、そこにはもう随分長い間風雨にさらされていたとしか思えない骨が転がっているだけだった。
「何だろう」
チッタが、その骨の傍の壁を見る。
「何か書いてある……何だろ。えっと? 『生きているうちに オーブを渡したかったのに』?」
チッタはそこで立ち上がる。
「何か、心残りがあったんだね。……オーブが何かわからないけど……かわいそう、もっと早く来てあげられれば良かったのに」

ココは魔王の居場所から一番近い村。
多分、
たったそれだけの理由で、魔物に滅ぼされたんだ。
普通に暮らしていただけなのに。
夢を見て、元気に、
ただつつましく暮らしていたのに。

胸の奥の何かちりちりしたものが、一気にはじけていくような感覚。

私はただ、大声を上げて泣いていた。

何もできなかった。
間に合わなかった。
どうしようもなかったのかもしれない。
それでも悔しかった。

今までぼんやりとした輪郭しか無かった、
魔王に対する感情が、形をはっきりさせた。
やり場の無い怒り。
初めて感じる、憎しみ。

涙は次々あふれ出たし、しばらく泣き止むことはできなかった。

リュッセの静かな祈りの言葉が聞こえる。
風に乗って、村全体に広がっていく。
それは長い間続き、
空へと吸い込まれていった。
74■不死鳥のたまご
船は再び大陸沿いに南へ進んでいる。
テドンでのことはかなりショックだった。実際数日は重い気分が続いていて、なかなか切り替えることができないで居た。
けど、魔王を倒さなきゃ、と思えるようになったのは良かったのかもしれない。
今までは漠然としていた旅の目的がはっきりしたような気がする。
そう、私は魔王を倒しに行くんだ。
もっともっと強くならなくちゃ。

チッタの船酔いは少しずつ改善の兆しが見えてきていた。
船員さんたちに言わせれば、「慣れた」ってことになる。どんなに酷い船酔いをしていても、1ヶ月もすればたいてい平気になる、というのは本当だったらしい。チッタの顔色がいいのは、やっぱり見ていて安心する。
時折現れる魔物を倒しながら、船は大陸に沿って進む。
「ここらがテドンの岬だな。南にいけば言っていた通り、でかい神殿がある島にたどり着く。地面の凍った寒いところだが、神殿があるのは確実だ。で、この岬から東に行けばランシールだ。最初の予定では神殿だったが、どうするよ?」
リーダーが地図を片手に説明に来てくれた。
「現在地はどの辺り?」
「ここらだな」
リーダーが地図を指差す。今居るのは、テドンの岬といわれていた場所の、少し西側にあたるようだった。
大きな大陸で、北側には砂漠のイシスが広がっていて、西側は森になっている。この中にテドンもあった。東側は切り立った崖と岩山で分断されているけど、ネクロゴンドという場所で、魔王がすんでいる。丁度、大陸は細長い三角形を、細い部分を南に置いたような形をしている。とはいえ、テドンの岬と呼ばれるところはそんなに細いわけでもなく、なだらかな弧を描いている。
岬の南側には、島と呼ぶにはかなり大きな大地があった。東西に細長くて、南北は狭い。船長の話だと、大地が凍りついているほど寒い土地らしい。この中央あたりに、大きな神殿が建っているそうだ。とはいえ、船長たちは遠くから見ただけで、神殿には入ってないそうだ。
このまま東に進んでいくと、ランシールのある大陸に到着する。大きさはアリアハンの3分の1くらい。小さな町と、大きな神殿があるだけの場所らしい。広い草原や森、山々に囲まれた普通の土地だという話だ。そのまた東側にあるアリアハンと、そんなに気候はちがわないだろう。
「予定通り神殿に行こうよ。大地すら凍りつく島に建つ謎の神殿! 神秘的ー!」
チッタが地図上の島を指差す。ニコニコしていて元気そうだ。
「まあ確かに、神秘的ではあるな。……捨てられて随分たってたら、見入りはなさそうだけど。誰が建てた何のための神殿かは知らないんだろ?」
カッツェの質問にリーダーは頷く。基本的に興味が無いから、調べにも行かなかったらしい。
「こういう機会でもない限り、そんな辺境の土地にある神殿へなど、いくチャンスは今後無いかもしれません。予定通り進めばいいんじゃないですかね?」
「そうだね。じゃあ、予定通りここから南下していこう」
「おう、じゃあ進路を南に取る」
リーダーは威勢よく言うと船員さんたちに次々と指令を飛ばしながら歩いていく。
「何か不思議なこととかあったらいいのにね、その神殿で」
「普通が一番だよ、何言ってるんだ」
チッタの楽しげな声に、カッツェがため息をついた。
「普通が一番なら、冒険なんてできないよ」
チッタは言うと、南の空を見る。
「きっと不思議なことがあるに違いないよ」


船は何事も無く南へ進み、やがて遠くに島影が見えてくるようになった。
吹き付けてくる風はどんどん冷たくなってきていて、私たちは何枚も服を重ね着しないといかなかった。
「こんな寒いところ、住んでる人居るのかな」
げんなりして言うと、リュッセは苦笑した。
「少なくとも、過去にはいたのでしょう。神殿が建つくらいですから。もしくは、祭祀のときにだけ滞在する聖地のようなものかもしれませんね。そうであれば、永住はしてないかもしれませんが」
「どのみち、物好きだよね」
「それを言ってはおしまいですよ」
船が進むたびに、島の神殿がはっきりと見えるようになってきた。
遠くからみても分かるということは、かなりの大きさだということになる。
島にたどり着いたときには、どう考えても神殿へは道に迷う可能性はないな、と確信できるほどだった。

島はリーダーが言っていたように、大地は氷に覆われていた。本当に海に近いところには流石に氷はなくて、とても背の低い草が這い蹲るように生えている。島には大きな木なんてものは全く無くて、随分荒涼とした風景が広がっていた。
着いた日は、空もどんよりと曇っていて、ますます寒々しい。
神殿がココからでも大きく見える。思ったとおり、迷うことはなさそうだ。
「じゃあ、行ってきます」
リーダーたちに船を任せて、私たちは神殿を目指す。
迷うことなく真っ直ぐ歩くだけだったけど、いざ歩くと意外と遠い。
けど、その苦労を吹き飛ばすだけの美しい神殿が、そこには建っていた。

がっしりとした石で作られた神殿は、綺麗な装飾も施されている。繊細さと力強さ、どちらも感じさせられる美しい神殿だった。
横にはあまり大きくはないけど、高さがある。
階段は幅が広く、真っ直ぐ上に向かって伸びている。
「そ……外階段!」
思わずがーん、となったけど、それを補って余りある美しさがその神殿にはあった。
「登る?」
「ココまで来たらのぼらなきゃ!」
「……だよ、ね」
諦めて上を目指す。
途中数回休みを挟んで、私たちはついに最上階にたどり着いた。
というか、神殿は最上階と階段しかなくて、つまりは塔のようなものだったのだ、と登りきってから気付いた。登る前に気付いていたら登らなかっただろうから、結果的には良かったのかもしれない。

最上階は不思議なつくりになっていた。
中央には祭壇があって、そこには大きな卵のようなものが置かれていた。
その卵を中心に、金色の台座が6つ、円を描くように等間隔に作られている。
卵の前には、緑の長い髪をした、薄い黄色のローブをまとった女の人が二人、並んで祈りをささげていた。
彼女たちは私たちに気付いたのか振り返る。
鏡に映したように、そっくりな顔をしていた。
「何してるの?」
生きているに違いないのに、どこか作り物めいた美しさをもつ二人が、口を開く。

「わたしたちは、たまごを守っています」
「たまごを守っています」
「世界中に散らばる6つのオーブを、金の台座に捧げたとき……。伝説の不死鳥ラーミアはよみがえりましょう」

彼女たちはそれで話は終わった、といわんばかりに卵のほうを見て、また祈りを始める。
「どういうこと?」
尋ねても返事は無い。
私は思わず皆を振り返る。皆は困ったように首をかしげたり、肩をすくめて見せた。
「わかんないけど、でも、とりあえず見つけたら持って来てあげてもいいかもね」
「テドンの牢でなくなっていた方が、オーブを渡したかったとか書いていませんでしたっけ?」
全員で顔を見合わせる。
「きっと世界に点在してるんだろう。聞いた事もない宝って可能性もある。いいね、そういうの」
カッツェがにや、と笑った。
「テドンの彼から受け取るということは、供養にもなるでしょうし、オーブを探す、ということに異存はないです」
「じゃあ、旅をしているときに一緒に探してみよう。全部で6つだよね」
私は卵を見上げた。大きな卵だ。
「アレから鳥が生まれるんだよね。大きそうだよね」
「伝説だからねえ」
75■ランシール 1
船は何事も無く北東へ進む。
あたりは見渡す限りの青。海も空も青くて、世界中から他の色がなくなっちゃったんじゃないかと錯覚しそうなくらいの青。どこか青しかない世界へ迷い込んだんじゃないだろうか、というような変な錯覚。
時々襲い掛かってくる魔物が、世界は普通だと自覚させてくれる。
もちろん、夕焼けで海も空も金色に輝く時間帯もあるし、夜の闇にあたりが真っ黒に塗りつぶされる時間帯もある。
けど、大体おきている時間帯には青しかないわけで、つまりはそろそろ見える景色に飽きてきた。
「あと一週間、何も見えなかったら退屈で死ぬ」
チッタはぐったりと甲板に座り込んだ状態でそんなことを呟いた。船酔いは何とかなっても、退屈は何ともならない。
「魔物でも来ないかな」
「何を無茶なこと言ってるんですか」
呆れた声でリュッセが返事をする。あまりにも何も無くて退屈なのは皆一緒なはずなのに、リュッセは平然としている。悟りを開くってそういうことなんだろうか。
「陸が見えてきた」
私たちの会話には参加しないで、ずっと遠くを見てたカッツェの報告。その言葉に私とチッタはすぐさまその方向をみる。遠くに、まだ小さく、でも確実にその陸地は見えた。
陸地は大きな大陸、とまでは行かないまでもなかなか大きいようだった。少なくとも、島ではない。中央に高く山がそびえていて、周囲は海に向かってなだらかな稜線になっている。平地が広く、住む場所に困りそうにない。島の南側には大きな森林が広がっているみたいだった。豊かな土地だろう。
「あれが目的のランシールだ。でかい神殿が有名だな」
近くを歩いていた船員さんが教えてくれた。地図で場所を尋ねると、アリアハンの東にある小さめの大陸で、大きな町が一つあるだけらしかった。
「何でも地球のへそ、とかいう場所らしい」
言われてみれば、地図を人間の体だと思えば、おへその部分になりそうな気がしないでもない。
「まあ、あんまり神殿には近寄ったことないから、詳しいことは知らんのだけどね」
「ありがとう」
船員さんにお礼を言う。船員さんは忙しそうに船の中へ歩いていってしまった。

そんな会話から半日もしないうちに、ランシールの港に着いた。リーダーたちはココに残って、次の航海の準備をしてくれるそうだ。次の目的地はアリアハンだから、それだけの準備をする、といっていた。何をどのくらい準備したらいいかなんて私たちにはわからないから、まかせっきりになってしまうのが心苦しい。
「オレらのことは気にせんで、ランシールの村を楽しんできてくれ」
なんてリーダーに見送られて、私たちはランシールの村を目指した。

ランシールは、島の中央にある大きな岩山のふもとに張り付くように発展した、あたりを森に囲まれた静かな村だった。
村自体はあまり大きくない。ただ、神殿に来る旅人はそれなりに居るようで、宿は村の入り口すぐにあったし、宿のすぐそこでは道具屋が色々便利そうなものを売っていた。
「これ、何?」
道具屋の軒先に吊るされた、初めてみる草にチッタが不思議そうな顔をする。
「それは消え去り草よ」
道具屋の店番をしていた若いお姉さんがにっこり笑う。
「消え去り草?」
オウム返しで首を傾げつつ尋ねると、お姉さんは草を一つ手に取ると、おいてあった鉢でその草をすりつぶして見せた。
すりつぶされた草は、どんどん無くなっていく。
全部すりつぶしたときには、鉢の中には何も残っていなかった。
「なくなっちゃった。それで消え去り草?」
チッタが眉を寄せて鉢を覗き込むのをみて、お姉さんは笑った。
「違うよ。なくなってないの」
そういうと、お姉さんは鉢の中に指を入れる。お姉さんの指が、消えて見えた。
「え? 何? 手品?」
「これね、変な草なのよ。生えてるときは普通の草なんだけど、乾かして粉にすると見えなくなるんだ。で、この粉をふりかけると、それも見えなくなっちゃうの」
お姉さんは自分の腕に見えない粉を振りかけてみせる。すると腕が見えなくなった。
「風には弱いから、粉が吹き飛んじゃうと終わりなんだけどね」
ふー、と腕に息を吹きかけてお姉さんは粉を飛ばす。腕が戻ってきた。
「魔物から隠れるのに使うくらいしか用途ないけど、一般市民にはわりと人気あるんだよ。君たちみたいな冒険者には必要ないかもしれないけど。ま、匂いでばれるときもあるけど、そのときはその時」
なかなかバクチめいた豪快なことを言いながら、お姉さんは笑った。
「面白そうだから、いくつか買っておこうよ」
チッタが草を指差す。
「使い道、あんまりおもいつかないけど、面白そうなのは分かる」
「リーダーとか脅かそう」
「何の益があって……」
チッタと私の会話にリュッセが眉を寄せたけど、気付かない振りをしていくつかきえさり草を買う。
「よし、じゃあ、これを使った面白いいたずらを考えてみよう」
「だから、やめときなさいって」
リュッセのたしなめる声を聞こえない振りをして、私とチッタはにやりと笑いあった。
76■ランシール 2
ランシールの町は、周りを森林に囲まれたとても静かな場所で、どこに居ても緑の匂いがする。私たちが泊まった宿は目抜き通りに建てられていて、部屋からは表の道路を人がひっきりなしに歩いていくのが見える。
遠くには神殿の屋根が見えていて、アレが噂の「大きな神殿」なんだろうと思う。実際かなり大きそうだ。
「明日の朝には神殿に行ってみよう」
ということにして、私たちは少し早めの夕食を済ませた後はさっさと眠ることにした。

朝は少しもやがかかって神秘的だった町も、太陽がしっかり顔を出せば普通の町に見えてくる。そんな中、私たちは北側にあるはずの神殿を目指して歩いていた。
遠くから見たとき、大きな神殿は確かに町の北にあった。けど、神殿に続く道は無い。
とはいえ、神殿は町の人たちの自慢でもあるらしく「村は小さいけど神殿は大きいよ。
だからおとずれる人はけっこう多いんだ」なんて話を聞くことができた。けど、一方「くそっ! 大きな神殿などどこにもないではないかっ! この村のどこかにあるはずだが私の探し方がまだ甘いのであろうかっ!」なんていらいらしているおじさんも居る。
「つまりは案内の不備だよね」
少しうんざりしたような声でチッタはため息混じりに言う。
「信心が無い人に来られてもこまる、ということなのではないですかね?」
リュッセが苦笑してそんな風に答えた。もしかしたら、アリアハンの教会に居るとき、そういう風に感じていたのかもしれない。
「意地でも自力で神殿を見つけような」
人に聞けば早いのに、と思うけど、カッツェ的には何か意地みたいなのがあるのかもしれない。とりあえずそんなに慌てても仕方ないし(というのも、リーダーの話だと荷積みに少々時間がかかりそうだということだからだ)ゆっくり探してみて、ダメだったらこっそり人に聞くことにして、暫くは自分たちで神殿を捜すことにした。

「ともかく北に行けばいいんだよ。あるんだから」

なんて行き当たりばったり気味のチッタの言葉に、私たちはとりあえず村の北側に向かって歩くことにした。村の北には森が広がっている。森は全くの手付かずということはなく、下草は綺麗に刈られているし、手入れが行き届いた森だった。つまり生活に密着しているということだろう。
とはいえ、私たちはこの森のことは全くわからないわけで、道に迷うのは必至、ともいえる。気軽に歩くことは危険だろう。カッツェが細かくコンパスで方角を確かめながら歩く後ろを、ともかく素直についていくしかない。
「よく見ればいけるかも」
カッツェが唐突に呟いた。
「何が?」
「草。よく見てみな。ちゃんと手入れしてある森だけあって、人が通る場所は踏まれてるだけあって土が固い。注意深く見ながら歩いていけば、必然的に神殿につける」
カッツェが嬉しそうに、に、と笑った。
「なるほど。さすが姉さん!」
カッツェの言うとおり、注意深く見れば地面には微妙な違いがあるように思える。そこをゆっくりと慎重にたどっていくと、やがて視界が開けた。

森を切り開いたのだろう。広い空が見える。
西側には島の中央にあった岩山。
そして目の前には石造りの大きな神殿。
所々蔦が絡まって、森に同化しているようだった。
「着いたー!」
チッタが歓声をあげる。
「どんなところかわくわくするねぇ」
私も嬉しくなってそんなことを言うと、神殿のほうへ向かう。
「ん?」
最初に声をあげたのはカッツェだった。
「どうしました?」
「扉が閉まってる」
カッツェの言うとおり、神殿の入り口はしっかりと扉が閉められていた。
それは簡単に言うと鉄格子、に見える。鉄でできた硬くて細い棒が、何本も並べられている。鍵はしっかりかかっていて、中に入れそうに無い。
「部外者以外立ち入り禁止?」
かくん、とチッタが首をかしげる。
何度か鉄格子の扉を引いたり押したりしてみたけど、ガシャンガシャンと耳障りな音が出るばかりで、中に入れそうに無い。
格子越しに見える内部は、赤い絨毯が敷かれていて、なかなか豪華そうだ。
「んー、入れないなら仕方ない、かな? 誰かに言えば入れてもらえるのかな?」
チッタは名残惜しそうにまだ鉄格子をガシャガシャ言わせている。

と。
入り口の傍から、スライムがこちらを見ているのに気付く。
思わず剣をぬくと、スライムは飛び上がって驚いて、そして細い路地に入っていく。
「追いかけよう」
私はスライムが入っていった路地に飛び込む。
スライムは通路の行き止まりで縮こまっていた。
「きゃー!」
スライムはそんな声をあげる。
「……喋った」
チッタが呆然とした感じでスライムを指差した。確かに喋るスライムなんて初めて見た。
「悪さしてないみたいですし、おびえてますよ?」
リュッセが困惑したような声とともに首をかしげる。
「子ども?」
カッツェも疑惑の眼差しだ。
一方、とりあえず斬られなかったことでスライムはこちらを見た。
ちょっと、小柄、かもしれない。
「ねえ」
スライムはぽよん、と跳ねた。
「消え去り草を持ってるかい?」
「うわホントに喋る」
チッタが眉を寄せる。
「悪い魔物ではないかもしれませんね。時々居るそうですし。見るのは初めてですけど」
リュッセが苦笑する。
「そんなの、居るの?」
「噂では」
私の困惑をよそに、チッタはスライムの前にしゃがみこんだ。
「持ってるけど、欲しいの?」
「ううん、いらない。けど、持ってるなら、エジンベアのお城にいきなよ」
「なんで?」
「昔から消え去り草があるならエジンベアっていうんだよ」
「昔っていつ?」
「知らない」
チッタは立ち上がりながら振り返った。
「エジンベアって、どこだっけ?」
「世界の北西の端っこさ。場所的にはそうだな、ノアニールのずっと西ってとこだ。島国だな」
カッツェが答える。
「遠いね」
「まあ、いつか行くこともあるかもしれないな」
カッツェの言葉にスライムはぽよんと飛び跳ねる。
「じゃあ、そのときは消え去り草をわすれちゃだめ」
そういうと、ぽよんぽよんと跳ねて私たちをすり抜けると、草の向こうに消えていった。
「今の何?」
「明確に言えるのは、喋るスライムってことだね。内容はさっぱり意味不明だったけど」
チッタが肩をすくめる。
「まあ、それより分かったことがあるよ」
私は神殿を見上げた。
「入れないから、戻るしかない」
「なるほど」
77■ランシール 3
ランシールでは、結局神殿が見られなかったから、やることは一気に無くなってしまった。とはいえ、リーダーから「出航は明後日の朝!」と言われている以上、もう少し滞在しておかなければいけない。
「やること、一気になくなっちゃったねー」
チッタが肩をすくめる。
「観光スポットとかもないみたいだしー」
暇をもてあまして私たちは途方にくれる。宿に居続けてもしかたないから、食事をしに外の酒場に出ることにした。
小さな村とはいえ、たくさんの旅人が来ることと夜だということが手伝ってか、酒場はかなりにぎやかに繁盛していた。適当なテーブルを見つけて席に着くと、すぐにお姉さんが来て注文をとっていってくれた。といっても、適当にお薦めのものを持ってきてもらうようにしただけで、コレといった注文はしなかったけど。
「さて、どうする」
「仕方ないし、いろんな人に話でも聞いてみるとか?」
カッツェとチッタはそんな話をして首を傾げて見せた。
「うん。次はアリアハンに行くわけだけど、その先ってコレといって何をするとか決めてないからね。世界を色々回るしかないだろうけど、それだとしても指針はあったほうがいいよね」
目的があったほうが、色々とやる気が出るのは確かだ。それに「行ってない所に行ってみたい」なんて優雅な目的の旅をしてるわけじゃないから、無駄足はしないに越したことは無い。
「とりあえず、現在手がかりになりそうな事といえば、オーブくらいなものですよ」
「そういえば、どんな形してるのかな? 見ればわかるのかな?」
「探しようが無いなあ」
そんな話をしていると、隣を通っていたちょっと身なりのいいおじさんが立ち止まって私たちを見た。
「オーブをお探しなのですか?」
「え? あ! はい!」
思わず背筋を伸ばしてその人を見る。優しそうな顔つきの、壮年を少し過ぎたくらいの年恰好の人だった。
「イエローオーブについて聞いたことがありますよ」
「え!? ホントですか!?」
「ええ。イエローオーブは人から人へ、世界中をめぐっているそうです。例え山びこの笛であっても、探し出すことは難しいでしょうな」
「山びこの笛?」
「オーブと親和性がある笛だと聞きました。どういうものかは知らないのですが」
おじさんは少し照れたように頭をかく。
「でも、少しだけでも情報が手に入ってよかったです。ありがとうございます」
お礼を言うと、おじさんはまた照れたような顔をして、ぺこぺこと頭を下げながら店の奥のほうへ歩いていく。待ち合わせでもあったのか、ついた席の向かい側に座っている人にしきりに謝っているみたいだった。
「情報は手に入ったが、人から人へめぐってるってのは、厄介だね。好事家なんかが手に入れてたら、自分の代では手放さないとか言うかもしれないし、上手い事交渉に持ち込めても、足元見られて吹っかけられるかも知れないな」
カッツェが舌打ちをする。
「オーブって、どんなのか分からないから何ともいえないけど、いくらくらいするのかな?」
「値段は付けられないんじゃないですか? 宝石のようなものでも、貴石か半貴石かで評価は変わりますし、一見ガラクタのようでも、それを熱狂的にあつめている人にとっては宝物になったりしますからね。趣味人や好事家にとっては、値段なんてあってないようなものですよ」
リュッセが首を少し傾げながら苦笑する。
「まあ、行く先々でそういうモノを集めている人の話なんかを聞いて行けば、イエローオーブの持ち主にたどり着くこともあるでしょう」
話はそこで一旦おしまいになった。単純に、目の前に料理が届いたという理由だったけど、どうせこれ以上イエローオーブについて話せることは無かったのだから、結果良かったのかもしれない。

食事を終えて宿に戻る最中、占いをしているお爺さんが道で商売をやっていた。
小さな机に黒い布をかぶせて、その真ん中に大きな透明の球を載せている。水晶かガラスかは、私には分からなかった。
「そこの!」
「はい!?」
お爺さんはいきなり私を指差した。いくらお客さんが居ないからって、いきなり歩いている私を指名することは無いと思う。
抗議しようと口を開きかけるけど、そんな私の態度はお構いなしにお爺さんは続けた。
「わしには見える。もし、旅先で別れた仲間がいるとすれば、その者が希望をもたらすであろう!」
「残念ながら、そんな仲間は居ません」
「未来かもしれん!」
「……」
私は思わず、後ろに居る皆を見た。チッタ、カッツェ、リュッセ。この中の誰かが、いつか居なくなるんだろうか。一緒に旅は続けられないんだろうか。
……次、アリアハンに行ったときにチッタがおじ様から旅に行くなって言われるんだろうか。それとも髪を染めるのをやめたリュッセが、「お父さん」に見つかっちゃうんだろうか。カッツェがカンダタを探しに行っちゃうんだろうか。
「そんな顔なんでするの?」
チッタが困ったような顔で笑いながら、私の背中をばーん!と叩いた。
「きっと最後まで皆一緒だから! おじいちゃんも変なこと言わないでね!」
チッタは占い師のお爺さんに指をびしっと突きつけると、そのまま私の手を引いて歩き出した。
「あんなの、影響されちゃダメだよ。大体ウソだから」
「ウソなの?」
「大体ね。時々本物が居るけど、そんなの素人のわたしたちが分かるわけ無いんだから」
「チッタでも?」
「わたしは魔法使いであって、占い師や時読み士じゃないもん。未来のことなんてさぁーっぱりわかんないよ」
そんな私たちの背後から、占い師に話しかけている声が聞こえてきた。
太くてよく通る声だったから、聞くつもりはなくても聞こえたんだけど。
「私は最後のカギを探して旅をしている。しかしカギを手に入れるには、つぼが必要だという。いったいどういうことだ? つぼにカギが入っているのだろうか……」
歩いていたから、お爺さんがなんて答えたのかは分からなかったけど、なんとなく気になったから覚えておくことにした。

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