12■人喰らう神
ジパングの闇。


78■久々のアリアハン
ランシールから東に進路を取って数日、私達はアリアハンに到着していた。
色んな土地を渡り歩いていたから気付かなかったけど、アリアハンを旅立ってから季節はほぼ一巡していた。日付ではなんとなく理解していたけど、変な気分だった。
船の準備はコレまでと同じようにリーダーたちに任せて、私たちはそれぞれの家に戻ることにした。チッタは「この機会だから父さんと決着をつける」なんて据わった目で宣言し、リュッセは「ちょっと驚かれるかもしれませんね」なんて染めなくなった蒼銀髪を触って曖昧に笑っていた。カッツェは宿で待機しているというし、全員で別々なところで眠るスタイルも懐かしい。
「じゃあ、明日王様のところへご挨拶に行くとして、朝集合ね」
ということだけ決めて、私たちは別行動になった。

「お帰りなさい」
母さんは嬉しそうに私を迎えてくれた。そして「少したくましくなったのは、旅人としては嬉しいけど、女の子としては複雑だわぁ」なんて言う。小さい頃、剣の修行に明け暮れさせた人とは思えない発言で、思わず苦笑する。
「でも、無事でよかった。どのくらいここに居られるの?」
「んー、明日はお城に行って王様にご挨拶するし、船の準備とか考えて、早くてあさってかな? 伸ばすのはいくらでも伸ばせるけど、そういうわけには行かないし」
「そう」
「そういえば、父さんの噂をあっちこっちで聞いたよ」
「どんなの?」
「やっぱりすごい勇者だったんだね」
私は母さんに、旅の途中で聞いた父さんの噂を色々話す。……除く、ロマンス。母さんは嬉しそうににこにこ笑って話を聞いてくれた。
もちろん、自分の冒険も。
母さんは私の話をちゃんと聞いてくれる。
何だか、懐かしい感覚に涙が出そうになった。

「そうだ、リッシュ。ルイーダさんに挨拶しておくのよ? 色々お世話になったんだから」
話がひと段落したところで、母さんに言われた。それもそうだ。チッタは別として、カッツェやリュッセを紹介してくれたのはルイーダさん。おかげで旅は順調だった。
「そうだね。今から挨拶に行ってくる」
家の前の、アリアハンを東西に走る大通りを横切って、ルイーダさんの店に向かう。
この大通りを東に行けば、町の端にリュッセの居る教会がある。チッタの家は私の家からそう遠くない、町の西側。カッツェの泊まる宿もうちの近所。誘ってもいいかな、と思ったけどやめておいた。皆それぞれ羽を伸ばしてるだろう。
ルイーダさんの酒場は、相変わらずにぎわっていた。冒険者や船乗りがメインだけど、街の人もいなくはない。
「リッシュじゃないか」
「あれ? カッツェ何してるの?」
「酒場だから酒のみに来てるのさ。アンタは?」
「私はルイーダさんにお礼を言いに。カッツェとか紹介してもらったし」
テーブルに居たカッツェとすこし話してから、私はカウンターに向かう。ルイーダさんは相変わらずの美貌で、すこし気だるい感じが色っぽい。けど、今はカウンター越しに話しをしている女の子の相手にちょっとうんざりしてるみたいだった。
女の子は、ピンクの髪をポニーテールにして、青いベストに白いちょっと変わった感じのズボン。背は低め。結構可愛い顔立ちで、黒くて大きな目が印象的だった。歳は私とそんなに変わらなさそう。必死にルイーダさんに話をしている。
「おや、リッシュじゃないか。帰って来たのかい?」
「また出るけどね。……取り込み中ならまた来るよ」
「いやいやいや、いいんだ」
「良くないよ、お客さんでしょ?」
「なんていうかなあ」
ルイーダさんはふわっとした紫の髪の中に手を入れて、ごしゃごしゃと頭をかいた。とってもめんどくさそうな表情をしている。
「旅に出たいっていうんだ」
「へえ。このご時勢に大変だ」
ため息交じりのルイーダさんに私は苦笑してみせる。
「貴女は旅に出てるんですか!?」
「え? うん、まあ」
女の子の突然の質問に、私は思わず頷く。ルイーダさんが「あっちゃー」と小さく呟きながら顔を覆った。
「歳なんて関係ないじゃないですか! この人もそんなに歳変わらなさそうです!」
「あー」
ルイーダさんは「なんていうかなあ」とかいいながら、女の子と私を見比べた。それから私を指差して、
「コイツは戦う術を持ってる。お前は持ってない。だからダメだ」
「そんなの横暴です!」
「……話が見えない」
女の子はティックという名前で、「世界を股にかける商人」を目指しているらしい。で、世界を股にかけるためには、旅に出なければならない。だから仲間を探している。話をまとめるとこういうことらしい。
「却下」
押し切られた形で、ティックと共にカッツェに話をしにいくと、カッツェはあっさりと返答した。
「身軽に旅ができて、しかも互いに守りあえるのはせいぜい今の人数くらいだろうよ。この子、自分の身を守れないんだろ? 論外」
「ごめんね、連れてけない」
あまりに素っ気無い返事に、私は思わず頭を下げつつ謝った。ティックは暫く頬を膨らましていたけど、やがて「もういいです」といって店を走り出て行った。彼女の出て行った店のドアを見て呆然としていたら、カッツェが私の肩を軽く叩いた。
「商人はキャラバンに同行するっていうのが一番いいんだ。商売の仕方や、他の町や村の顔と上の人のつながりとか理解できるし、自分の顔つなぎにもなる。アタシたちについてくるよりいい方法があるんだから、心配してやらなくていいさ」
「そうなの?」
「ああ、気にするな」
79■いつかどこかで。
次の日の朝、アリアハンのお城に向かう桟橋の前で皆と落ち合った。
「派手に喧嘩してきたわー! でも、わたしが強力な呪文をたくさん覚えたのを見て、ウチの石頭も漸く頭を縦に振ったわよ!」
チッタが勝ち誇ったように胸を張る。強力な呪文をたくさんって、チッタとおじ様はどんな喧嘩をしたんだろう。怖くて聞けない。
「リュッセ君は? その頭、何にも言われなかった?」
「ええ。そんなに。『そうか、乗り越えたか』程度の話ですよ。旅の話は長くしましたけど。そうですね、この姿でお城に行くのは流石に心配してましたけど、そのときはそのときです」
そうか、『お父さん』はそれなりの地位の人なんだっけ。お城に居る可能性があるんだ。と思ったけど言わない。会わないかもしれないし、それを祈る。
「リッシュは?」
「私もほとんど母さんと話して終わっちゃった。あ、でもカッツェとルイーダさんの酒場で会ったよ。ルイーダさんに挨拶に行ったから」
「へえ」
「何か、商人の女の子とちょっと話をしたくらいかな」
「え? 連れて行くの?」
「まさか。無理だって言ってやった」
チッタの驚きにカッツェは呆れたような声を出す。
「そうだよね。行商じゃないし、あんまり町に滞在しないしね」
チッタの納得した声。
「じゃあ、お城にレッツゴー!」

お城は相変わらず静かで、多くの兵士さんが見張りをしている。そんな中を、王様が居る謁見の間まで案内されて歩く。お城やキラキラしたものが大好きなチッタは目を輝かせてあちこちをきょろきょろしているし、カッツェもさりげなくあちこちチェックをしているみたいだった。リュッセはちょっと緊張気味の顔。私も久しぶりに来たし、回数としても2回目で、緊張はあまり皆と変わらない。
「よく戻った」
王様はまずは私の無事を喜んでくれた。それから、私たちに旅の話をするように言う。ロマリアに渡ったことや、ノアニールの人とエルフの話、イシスの女王のこと、ポルトガのこと、それからテドンでのこと。私たちは話しちゃ問題の有りそうなこと、例えばピラミッドで宝を持ってきたとか、以外のことを一生懸命はなした。それから、「魔王はネクロゴンドに居る」ことも。
王様は時折頷きながら熱心に話を聞いてくれた。そして長いお褒めとねぎらいの言葉をかけてくれた。それを静かに聴いて、謁見は終わった。

「肩がこった」
「疲れちゃった」
カッツェとチッタはそんなことを言いながら謁見の間を後にする。それを聞いてリュッセは苦笑していた。
謁見の間を出て、手すりの彫刻も見事な、大きな階段を下りる。絨毯はあいかわらずふかふかで、足音なんか全然しない。
「豪華すぎて疲れる気持ちはちょっと分かります」
「だよね、お城って見てるくらいがちょうどいいよね、やっぱり」
チッタはリュッセの感想に大きく頷いた。
階段をおりきったところで、綺麗なドレスを着た女の子が私たちに声をかけてきた。
女の子はふわふわの青い髪をしていて、顔立ちが整った上品な感じの子。すこし離れたところにお付きの人っぽい人が立っているところから、多分いいところのお嬢さんなんだろう。
「リッシュ様ですか?」
「うん……じゃなくて、はい」
慌ててしまって、変な返事になったけど、女の子は気にしないようでニコニコしている。なんかどっかで見たような顔だな、と思うけどそれが誰だか思い出せない。
「わたくし、リッシュ様にあこがれておりますの。女性でありながら、勇敢で、旅に出て魔王を倒そうなんて、ステキですわ」
「……あ、ありがとう、ございます」
照れてしまって、まともに返事もできない。
「わたくし、リッシュ様が旅立たれてからずっと応援しておりますの。わたくしのお友達にも、たくさんリッシュ様のファンがおりますのよ」
「……」
口をぱくぱくさせるけど、声も出ない。
「すごいリッシュ、大人気だ」
チッタが笑う。
「チッタ様も、魔法を志すお友達があこがれておりますのよ。クルーゼ様もご自慢でしょうね」
「ははは」
チッタが引きつった笑い顔をする。そのクルーゼ様と、昨日大喧嘩したなんて言えないよね、確かに。言うまでも無く、クルーゼ様っていうのは、おじ様。チッタのお父さんだ。
「どこまでできるかわからないですけど、頑張ります。ありがとうございます。ええと、お名前は?」
何とか声を振り絞るようにして言うと、女の子は恥ずかしそうに口元を扇で隠した。
「あら、いやだわわたくしったら、名も名乗らず。恥ずかしい」
扇の向こうで、目を伏せる。頬が赤い。
なんか、全然違うなあ、同じ女の子でも。なんて自分を思ってため息がでそうになる。
「わたくし、ティーアと申します。ティーア・ウィー……」
「お嬢様、お時間です」
名乗りかけたところに、向こうに居たお付きの人から鋭い声が飛ぶ。
「あら、そうなの? 仕方が無いわね」
女の子は口を尖らせると、お付きの人のほうを一度みて、それから私をもう一度見た。
「お話できてうれしゅうございました。またお会いできることを楽しみにしております」
そういうと、女の子はお付きの人と共に城の奥のほうへ消えていった。

「……はああああ」
いきなり大きな息を吐いて、リュッセが座り込む。
「ど、どしたの?」
「いえ、別に、ちょっと緊張を」
ビックリして尋ねると、そんな返事が返ってきた。同時にチッタが壁を殴りつける。
「ちょっと! チッタもどうしたの!」
「気付かなかったなんて! ああもう! わたしの馬鹿―!」
「なんだい、どうしたってんだ?」
カッツェも流石に慌てた。
「さっきの子!」
チッタが女の子が歩いていったほうを見る。
「お城から出たら教えてあげる!」
そういうとチッタはリュッセの手を取って早足で歩いていってしまう。もちろん私とカッツェは慌ててその後を追いかけた。

「あの子がどうしたってんだ?」
「最後まで気付けなかったなんて、わたしったらもー!!!」
チッタの怒りは収まらないらしく、暫くそんなことを叫ぶ。場所は私の家。ココが一番いい、とチッタが言ったからだ。リュッセはともかく疲れきった様子で床に座り込んでいる。
「名前しか聞いたこと無くて顔を知らなかったのが敗因だわ!」
「だから、何が何だか説明してくれ」
カッツェがため息をつきながらチッタの肩を押さえる。
「さっきの子。名前はティーア・ウィードっていうの」
チッタは口を尖らせる。
「名前は知ってたのに! ピンとこなかった! あああ! イヤミの一つも言ってやりたかったー!」
ウィードって、それって。
「リュッセ君大丈夫!?」
チッタはくるりとリュッセのほうを向く。リュッセはチッタを見て、ぼそぼそと答えた。
「ビックリはしましたけど、別に存在を知らなかったわけではなく、顔は初めて知りましたけど、って、こう答えてしまったら、認めたも同然ですね」
「そういえば否定してたんだったね」
「そうか、それでどっかで見た顔だと思ったわけか」
チッタの呟き。カッツェの長いため息。
「でも、彼女が何をしたわけでもないですからね、イヤミをいっても仕方ないですよ」
「気持ちの問題!」
「でも、そうなると、あのお付きの人、名前を名乗るのをやめさせたのは、リュッセに気付いたからって事だよね?」
首をかしげながら言うと、皆が黙った。
「ま、明日にはアリアハンをたつわけですし、問題ないですよ」
ほかならぬリュッセがそう言って立ち上がる。
「今日は船に泊まります。父にはそう言ってきます」
「気をつけてね」
「ええ」
私の言葉に頷くと、リュッセは先に部屋を出て行った。
80■船に乗っていたもの
次の朝、なるべく早く私たちは落ち合うと、船にいそいだ。
船は何の変化も無く、そこにあった。
「どうした、早いじゃないか」
リーダーが驚いたような顔をしている。
「何も変わりはなかった?」
私の緊張した声に、リーダーが笑う。
「ねえよ。リュッセが先に来たくらいだな」
「何か言ってた? リュッセ、変わりなかった?」
「別にねえな。ヤツは早く寝たけど、そのくらいだ。……話は大体聞いてる」
「どんな?」
「アレに因縁深い貴族に、ここに居るのがばれたかもしれない、迷惑はかけません、ってトコだ」
「襲撃とか、無かった?」
「ねえよ。あったとしても撃退できるぜ。俺たちを何だと思ってる」
「海賊」
「正解だ」
リーダーは笑いながら、わしわしと私の頭を撫でた。
「心配ならさっさと会いに行ってやれ、飯食ってるとこだ」
私は慌てて走る。後ろのほうでチッタとカッツェがくすくす笑っているのが聞こえたけど、気にしないことにした。

「あれ、早かったんですね」
「心配で」
「ありがとうございます。でも心配することありませんよ。アリアハンの英雄オルテガの娘にして、魔王討伐の旅に出たアリアハンの勇者の供を暗殺したなんてばれたら身の破滅ですからね、そんな下手なことしませんよ」
リュッセはそんなことをいって静かに笑っている。
「じゃあ何で先に船に乗ったりしたの!?」
「迷惑をかけないためですよ。勇者という重要な娘さんの、仲間であることが判明したんですよ? いけしゃあしゃあと『昔さらわれたうちの子に良く似てる』だとかなんだとか言いながら、ウチに迎えにきたらどうするんです」
「あー……」
「僕は父親のことは嫌いです。許すつもりは有りません。でも、父も母もとても大切です。愛しています。だから迷惑をかけるわけには行きません。さっき言ったようなことになったら、僕は両親のためにも父親のところへ行かざるを得ないでしょう。ほかならぬ両親の目の前で。それは避けなければ」
「うん、そうだね」
「本音としては、ココに父親の手のものが来れば、とも思ってたんですけどね」
「そ、そうなの?」
「きっぱりと決別を宣言できたでしょう? 僕から出向くわけには行きませんから」
そこで私は大きく息を吐いた。
「よかった。殺すとか言うのかと思った」
「そんな野蛮なことはしません。それじゃあの父親と同じじゃないですか」
「そうだね」
「でも、心配してくれてありがとうございます」
「ううん」
リュッセは私の頭をそっと撫でて、優しい顔でふわっと笑った。
「いつかきっと、恩返しをしますね」
「なんのこと?」
「さあ?」

長居は無用ということで、早々にアリアハンを後にする。
当初の目的はレーベの北。そこから一気に海を北に向けて縦断することになっている。アリアハンから北に向かうと、ダーマの東南方面・バハラタの東辺りの大陸の端っこに着く。そこからごく狭い海を東に渡ると、細長い島国にたどり着くそうだ。何でも独特な文化を育んだ国で、ジパングというらしい。
「ともかく行ったことのねえ国を行ってみて手がかりを探すんだろ?」
というリーダーの言葉に頷いたらそうなった、という感じだ。
よって現在、レーベの北をすこし行ったところを船は静かに北へ向かって進んでいる。
「リッシュ、リーダーが呼んでます」
甲板で素振りをしていたところへリュッセがやってきてそう伝えた。
「何の用かな?」
「全員で来てくれって頼まれました。カッツェはどこですかね?」
「チッタは?」
「すでに行ってます。寝てましたから」
「また船酔い?」
「単に眠かったみたいですよ。お父上と喧嘩してたらしいですし」
「寝不足かぁ」
私は笑うと、帆を見上げた。
「カッツェー! リーダーが呼んでるってー」

帆から降りてきたカッツェとともにリーダーの居る部屋に行って、私とカッツェは唖然とした。
「え? なんで?」
そこにいたのは、ティックだった。ルイーダさんのお店で会って、そのときは諦めたみたいにしてたのに。
「密航だ。タルの中に潜んでた」
「古典的な」
リーダーの言葉に、カッツェが呆れた声を出す。
「で? コイツが入ってた分のタルの食糧なり水なりは大丈夫なのか?」
「多めに積んでるから問題はないが……どうする」
「連れて行ってください!」
カッツェとリーダーの会話に、ティックはすごい勢いで頭を下げた。
「ココから戻るのって、どうなの?」
私が訪ねると、リーダーは即答する。
「面倒だ。海に叩き込むか」
その言葉に、リュッセが「それは断固反対です」と、冷たい声をあげる。確かに、かなりそれは嫌だ。
「普通はどうするの?」
「普通海賊船に密航するやつはいねえよ」
チッタの質問に、リーダーが困ったような声を上げる。
「え? コレって海賊船なんですか?」
「違うよ」
ティックの質問に、チッタがため息混じりに答えた。
「ともかく、海に叩き込むにせよ、船員の見習いにするにせよ、あんたらの仲間にするにせよ、船長が決めてくれ」
「海に叩き込むのは断固反対ですってば」
リーダーの言葉に、リュッセが眉を寄せる。ちょっと怒っているみたいだ。
「んー」
私はティックを見て暫く悩む。
もちろん、海に叩き込むなんて、そんなつもりはない。
でも、お客さんでもない。
「見習い船員でいいんじゃない? お客さんってわけには行かないし、かといってわたしたちと旅してもらうわけにも行かないでしょ? 船代のかわりに、お料理でもしてもらって働いてもらえばいいじゃない」
チッタが首を傾げて私を見た。
「うん、そうだね」
「ありがとうございます!」
私の返事に、ティックがまた勢いよく頭を下げた。
「じゃあ、お前ついて来い。料理長に会わせる」
リーダーの言葉に、ティックは「はい!」といい返事をしてその後を追いかけていった。
「あそこまで執念あると、ちょっとガッツを認めたくなるな」
カッツェは苦笑して、歩いていったティックを見送った。
81■ジパング 1
遠くにその島が見えてきた。
コレまでのいろんな大陸と比べると本当に小さな島で、地図で見てみると北東から南西に向かって細長く伸びている。実際の島は、遠くから見る限り緑の山に覆われていて、というかむしろ山がたまたま島の形をしています、ということじゃないだろうかと思うくらい山が目立つ。見渡す限りの草原、とか絶対に無いだろう。
実際、近づけば近づくほどその感覚は確信に変わっていく。
もちろん、平地もあるけれど、これまで旅をしてきた土地で一番山が近い。村も小さく、木造の小さな家が点在しているだけだった。道路という感覚はないらしく、地面は土のままで、よく人が通るのであろう場所だけ土が踏みしめられていて、草が無いから通路に見える。
そんな小さな村には不釣合いなくらい大きな神殿が、村の北側に作られていた。神殿も木造で、大きな木がいくつも組み合わされて神秘的な美しさを放っている。色は付けられていない。木の色そのまま。一階建てだけど、床下には1メートルくらいの隙間が作られていて、全体的に建物が持ち上がっている感じで建てられている。
その神殿までの道は、ちゃんとした通路があって、木を組み上げた不思議な形の門が通路にいくつも作られていた。通路を通ると、その門をどんどんくぐっていくことになる。この門は朱塗りで、道路を挟むように二本の柱が立てられていて、その柱と柱で上の方の二本の横木を支えている。
村の人たちは質素な白い服を着ていて、男の人も女の人も黒い髪を長く伸ばしている。男の人は顔の両側で髪をまとめていて、女の人はそのまま下ろしていたり、髪の先のほうで一つにまとめていたりと、様々だった。
「これはこれは! ジパングへようこそおいでくだされました」
私たちに気付いた、村の入り口にいた女の人が畑仕事の手を止めて挨拶をしてくれた。
「こんにちは」
私たちもそれぞれ挨拶をする。女の人はよく見るとすこし疲れたような顔をしていた。
「お仕事、精が出ますね」
女の人ははにかんだような顔をして、それから軽く顔を伏せた。恥ずかしいのかもしれない。
「あまりゆっくりしないで、早めにジパングをお出になってくださいね」
女の人はそういうと畑仕事に戻っていった。
「どういうことかな?」
チッタが首をかしげる。
「んー、排他的なのかな?」
答えて、再び村の様子を見る。小さな村は、あまり活気が無い。畑はあまり収穫が期待できそうにもなく、走り回る子どもも少ない。村の人たちは皆疲れたような顔や、諦めたような顔をしている。
「何か、辛気臭いトコだね」
カッツェが舌打ちをする。村の人たちは、私たちを遠巻きに見ていて、話しかけようにもなかなか機会が無い。
そんな中、私達と同じような姿をした神父さんが村にいるのを発見した。
「わたしはこの国に神の教えを広めにきました。でも、ここではヒミコが神さまです」
「ヒミコ?」
「この国を治める女王ですよ。北側にある大きなお社を見ましたか?」
「あの神殿?」
「この国ではお社と呼ぶんですよ。あそこに住んでるんです」
「圧政か鎖国かしてるのか? 随分村が寂れた感じじゃないか」
カッツェが尋ねると、神父さんは大きくため息をつきながら、力なく首を横に振った。
「この国は今、怪物に襲われているのです」
「怪物!?」
「ヤマタノオロチという怪物です。この村からそう遠くない東の山奥に洞窟があるのですが、その奥底に住み付くようになったそうです」
「それは……困ったねえ」
チッタが眉を寄せる。
「どうにかできないの?」
「オロチは力が強く、退治をできるほどの力を持った者はこの国には居ません。ただ、若い娘を生贄にささげると半年から一年くらいは悪さをしないので、仕方なくそうしているようです」
「そんなひどい! おかしいよ!」
チッタが憤慨したように歯軋りする。本気で悔しいらしく、顔が赤い。
「そもそもはヒミコが言い出したらしいですけどね。あまりにオロチの被害が酷くなり、占いの結果だそうですけど」
「直談判に行こう。他の方法とか無いのかとか! 何なら退治しようよ!」
「落ち着いてよチッタ」
「落ち着いてるよ!」
「とりあえず、村のほかの方々にも話を伺って、それからヒミコ様に会いに行きましょう。ね?」
リュッセの言葉で、私たちは村の中をもう少し探索してみることになった。
暫く聞きまわった結果、確かにこの国には今ヤマタノオロチという恐ろしい怪物が居て、生贄として若い娘さんたちをささげているらしい。村の中には子どもが男の子で本当に良かったとあからさまに喜んでいる人もいたし、一人娘のヤヨイさんが生贄に選ばれて、泣き崩れている家族も居た。ともかく、神父さんに聞いた話は本当らしい。
「やっぱり、放っておけないよ。他の方法がないのか、無いなら生贄じゃなくて退治するように兵を組織するとか、ともかくヒミコに言いに行こう!」
チッタは握りこぶしを作る。
「まあ、確かにこの状況は良くないのは分かる。だから言いに行くのはついていく。けど、もうちょっと落ち着いて話をしようね、チッタ」
「ともかく行くのー!」
握りこぶしのチッタを宥めつつ、私たちは不思議な門をくぐって、北のお社を目指した。
82■ジパング 2
お社は周りを広い森林に囲まれていて、涼しくてさわやかな空気に包まれていた。
遠くからみてもかなり大きかったけど、近くでみると本当に大きい。こんな太い木をどこで手に入れたんだろう、というような木の柱があちこちにある。木でできた階段を上がる。廊下も木でできていて、表面がつややかに光っていた。壁は土のところと、紙がはってある扉とで構成されている。扉は引き戸で、音も無くすっと開く。とても軽かった。
社の中でもたくさんの人が働いていた。やっぱり質素な白い服を着ていて、黒い髪を長く伸ばしている。どうやら、この国ではコレがスタンダードらしい。
中で働いている人たちの関心事も、ヤマタノオロチのことらしい。まあ、確かに国を滅ぼすかもしれないくらいの怪物みたいだし、尤もな話だろう。
聞いた話を総合すると、ヒミコは不思議な力を持っているらしい。そして、オロチにはきっと頭を痛めている。生贄はヒミコの予言で選ばれる。
自分の国の人を、怪物なんかに差し出さなければいけなくて、しかもそれを選ぶのが自分の役目ときたら、ヒミコとかいう女王様はさぞ心が痛いだろう。
「なーんか、変」
「ええ、なんか妙ですね」
チッタとリュッセが首をかしげあう。今のところ、それが何かを教えてくれるつもりは無いらしく、ただ何かを疑うような顔をしているだけだった。

ヒミコの部屋は、お社の中央・奥にあった。どの部屋よりも広くて、そして綺麗に磨き上げられている。床はこれまでと同じように木で作られているのに、ぴかぴかに光っていたし、奥の壁に作られた小さな飾りも精巧な彫刻が施されていて、手が込んでいる。壁には稲妻の形に切った白い紙がついた縄も飾られている。何を意味するのかはよく分からなかったけど、なんかおしゃれだ。
部屋の真ん中の、広げたござのようなものの上に座っていた女の人がこちらを見た。
真っ黒でつややかな髪を腰より長く伸ばしていて、それは長さのせいで床に広げられている。白い質素な服には赤い服を重ね着していて、首には緑の石をソラマメみたいな形に整えたものがついた首飾り。薄い金で作った冠をかぶっている。
顔は恐ろしく綺麗で、切れ長のつり目と、赤いアイシャドウが印象的。イシスの女王様も綺麗だったけど、なんか種類が違う。イシスの女王様が太陽なら、こちらは月。でも、なんだろう。同時にとっても……怖い。
何だか得体が知れないというか、体の奥底から冷えてくるような感覚。
目が合った。
「なんじゃお前は?」
声はとても冷たくて、刃物のようだった。
「えと、私は……」
「答えずともよいわ!」
答えかけると、突然ヒミコはそう叫ぶと立ち上がった。意外にもかなり小柄で、さっきまで感じていた威圧感だとか、冷たさがウソだったんじゃないかとさえ感じられる。
「そのようないでたち。……大方この国の噂を聞き外国からやってきたのであろう」
そこで持っていた扇をぱちん、と音をたてて閉じると、その扇で私たちを指し示した。
「愚かな事よ。わらわは外人を好まぬ。早々に立ち去るのじゃ。よいな! くれぐれもいらぬことをせぬが身のためじゃぞ」

話はそこで終わりで、後は社にいた人たちに案内されるがまま歩かされ、気付けば社の外に放り出されていた。
「なーんかやっぱり、へーん」
チッタが足元の草を蹴り上げながら言う。
「リュッセ君どう思う?」
「感覚は同じです」
「カッツェ姉さんは?」
「胡散臭いとは思う」
そこでチッタは振り返ると、社を見上げた。
「ともかく、ちょっと話を聞いてみよう」

あちこち再び村の中を見て回る。コレは黙っておいたほうがいいんだろうけど、今年生贄にされるヤヨイさんが隠れている場所を発見した。何でも恋人が生贄の祭壇での縄を緩めておいてくれたそうで、何とか逃げて帰って来たそうだ。でも、いつかは生贄になりにいかなければ、ヤマタノオロチが村に来て人を食べてしまう。だからまた生贄の祭壇には戻るつもりだといっていた。
「せめてもうひと時、生まれ育った故郷に別れをつげさせてくださいませ」
それがヤヨイさんの言葉だった。

「絶対オロチを退治しようよ」
チッタが再び握りこぶしを作る。
「けど、余計なことをするなって、ヒミコ様は言っていたよ?」
私が言うと、チッタが深く深くため息をついた。
「気にすることないのよ! 怪物を前に尻尾巻いて逃げてるような奴に遠慮することはないの!」
「うー、そうなのかなあ?」
思わず押されて頷きかける。
「それにあのヒミコって女! すごーく胡散臭い!」
「それには賛同」
カッツェが頷く。リュッセも無言ながら頷いていた。
「オロチがいつ現れたのか不明ですけど、ヒミコが不思議な力を手に入れたのは『近頃』だという話でした。そして生贄の話をしだしたのも、そんなに昔ではないようです。ヒミコとオロチの間に、もしかしたら密約があるかもしれません。だからこそ、暴かれないためにも、余計なことをされたくないんです」
「そんなの、無いかもしれないじゃない」
悔しくて反論すると、リュッセは静かに頷いた。
「ええ、もちろん、何の根拠もありません。色々な可能性を挙げているだけです」
私は頷く。それは分からないでもない。
「ただ、コレだけはいえます」
「何?」
「ヒミコはヤマタノオロチを退治するつもりはありません。この村に、ヤヨイさんに何かしてあげたいなら、黙って退治にいくしかないですよ」
83■オロチの洞窟 1
ヤマタノオロチが居るという洞窟は、村からそれほど遠くない山の中腹にあった。
どうやら火山らしく、洞窟の中には溶岩が流れ出ている部分がある。噴火をする寸前なのか、それともした後なのか、いつもこうなのか、よく分からなかったけど、とりあえずとても暑い。
ただ、暗いはずの洞窟の中は、その溶岩がぎらぎらと光を放っているせいで、妙に明るい。
何が幸いするかなんて分からないものだ。
洞窟の中には、水脈もあるようで、水が溜まっている部分もあった。どうせならしっかりヤヨイさんあたりに洞窟内部の構造を聞いてくればよかったけれど、今更村に戻るわけにも行かない。洞窟の中がどうなっているかなんて、今までだって分からなかったけどちゃんと進めてこれた。今回も、内部の冒険としては、同じことだといえる。
「それにしてもあっついわねー。コレって、溶岩の直接の暑さだけじゃなくて、きっと湿気も関係してるよね」
チッタがうんざりしたように舌を出してぼやく。暑さで息がしにくいのか、すこし呼吸が速かった。
「溶岩が道を寸断してないといいんだけど」
カッツェも流石にどうしようもない、という感じで顔をしかめる。
「行ってみるしかないでしょう。用心して進みましょう」

洞窟の中の地面は、何度かイケニエを運んだせいか、随分しっかりと踏みしめられていて歩きやすい。通路としてもそれほど細くなく、基本的に作りは単純なようだった。何かを貯蔵しておくために使ったこともある洞窟だったのか、場所によっては明らかに人の手で掘り進んだのだろうという小部屋がいくつかあった。が、それは一部の例外のようなもので、基本的には自然の洞窟だ。
魔物は、もちろんヤマタノオロチ以外も住み着いていて、なわばりを横切る私たちに襲い掛かってくる。たいていの魔物は一度は見たことのあるような奴らで、多分西に位置する大陸、つまりはダーマやバハラタのほうから流れ着いてきたんだろう。手ごわい敵は居なかったけど、相変わらずあの銀ぴかに光るメタルスライムには逃げられるばかりで、何だか悔しい。しかもこの洞窟ではメタルスライムは集団で現れ、いっせいにギラを唱えて逃げていくのがまた腹立たしい。
「いつかあいつらを一方的に倒せる日がくるのかしら」
悔しそうに地面を蹴るチッタに、とりあえずそっと賛同しておく。
「多分、彼らをいとも簡単に仕留められるようになる頃は、物凄い強さになってるでしょうね」
とリュッセは最初から諦めたような笑顔で、力なく呟いた。

洞窟には分岐するような通路は全く無くて、小部屋を除けば一本道のつくりになっていた。幸運にも、溶岩が通路を寸断するようなことも無く、私たちはあまり苦しむことなく洞窟の奥深くまでたどり着くことができた。洞窟のおくには、更に地下へ進むための人工の階段が作られていて、低くうめくような、それで居て叫び声のようは奇妙な音が定期的に響いてきている。
「オロチとかいうやつの息かな?」
チッタが階段を嫌そうに見つめて呟く。確かに、ココまで息遣いや鳴き声が聞こえてきているのだとしたら、相当大きいか、すぐそこにいるかのどちらかということになる。戦うつもりでは来たけれど、階段を下りてすぐ戦いになる、というのは少々避けたかった。どうせなら、どういう部屋なのか知ってから戦いたい。
カッツェが階段から注意深く下の階を観察する。
「大丈夫だ、すぐそこにオロチが居るわけじゃない。どうやら広い通路みたいだね」
「じゃあ、降りてみよう。皆ココまで怪我とかしてない?」
カッツェの報告に私は頷いてから、皆を見渡す。誰も怪我なんかはしてなくて、元気そうだった。それを確認してから、階段を下りる。石が埋め込まれたしっかりした階段で、危なげなく下の階にたどり着くことができた。
さっきまで聞こえてきていた不思議な音は、更に大きくなった。確実に、風が流れる音が一緒にしている。どうやら間違いなく、これは呼吸音のようだった。
「何者かは必ず居ますね」
「うう、でかそう」
あちこちに視線を送りながらリュッセがいい、チッタが嫌そうな声を上げる。
階段を下りたところは広い通路になっていて、奥のほうにひときわ広い空間があるのが見えた。そこには石造りの祭壇のようなものも見える。
左側には小部屋が、右側には広い空間が広がっているのがそれぞれ見えた。どちらも、両側の壁にあいた入り口からざっと見ただけの話で、本当はどうなっているのかよくわからない。
「あの祭壇は?」
リュッセが正面の祭壇に興味を持った。
「行ってみよう」
カッツェの言葉とともに、私たちはひときわ高く作られた祭壇に進む。祭壇をのぼりきると、そこには端の擦り切れたような縄と、多くの骨が散らばっていた。この骨は、多分ささげられたイケニエのものだろう。
「……」
リュッセが無言で祈りをささげる。
「コレはもう、絶対に無視できませんね」
骨の多さから、随分たくさんの人がイケニエになったことを想像するのは簡単だった。
「息の元へ行こう」
生きているヤヨイさんを骨にするわけにはいかない。そして、故郷を守るためイケニエにされた人たちの恨みを、無視するわけにはいかない。この国の村を、第二のテドンにはしたくない。
「そして絶対勝とう」
私は自分でもビックリするくらいの強い声で皆に宣言する。
皆が頷いた。
大丈夫、私は一人じゃない。
イケニエの若い娘さんたちは皆一人で、村のために恐怖と戦ったんだ。
「負けるわけには行かない」
84■オロチの洞窟 2
息は、一定の間隔で、同じ方向から聞こえてくる。
この通路から見た、広い空間のほうだ。
私たちはお互いに準備ができているか確認してから、そっとそちらの空間に近づいていく。
通路から広い空間を覗き込むと、石造りの橋がかけられている小島にその魔物が悠然と立っているのが見えた。辺りは溶岩が流れていてとても暑い。
魔物はとても特徴的な姿をしていた。
まず、頭が八つあった。そしてその頭は長い首で胴体と繋がっている。顔にはどれもとても凶暴そうな赤い瞳があり、私たちに既に気付いているのか、それとも偶然なのか、こちらを見ているような気がする。
胴体はかなり大きくて、尻尾がいくつかあるのがちらりと見えた。ただ、溶岩の中にでも入れているのか、本当にいくつあるのかはココからではよくわからない。
「おっきい」
チッタが呆然としたように呟いた。
「どうやって戦えばいいのかな?」
「とりあえず、動きが早いのか遅いのか分からないが、あの図体だ、きっと傷に対する耐性はかなりのものだろうし、鱗っぽいもんが見えるから、鎧みたいな働きをして防御力もかなりのもんだろうね」
カッツェが面倒だ、といわんばかりに舌打ちをした。
「では防御力を下げるためルカニなど唱えましょう」
「しっぽを溶岩に入れてるくらいだもん、きっと炎や熱には強いよね。メラとかイオとかは使うだけ無駄っぽいし、わたしはヒャド系を唱えるよ。この前、結構強そうなヒャダインって呪文を覚えたんだよね」
にや、とチッタは笑うと続ける。
「わたしは攻撃呪文をメインにしていくから、リュッセ君は回復優先で、余力があったら攻撃呪文も使ってね」
「わかりました」
「私とカッツェは地道に武器で攻撃するしかないね」
「基本的でいいじゃないか。ともかく、リュッセのルカニに期待だな」
作戦を決めれば、後は行動に移すだけ。
私たちは速やかに広い空間へ走りこむと、そのまま一気に橋を渡ってオロチの近くまで走り寄った。
オロチが私たちに気付いたのか、大きく咆哮する。
甲高いような、不思議な音がした。
そして八つの首がそれぞれに敵だと判断したものを見る。ある首は私を見たし、また別の首はチッタを見る、そんな感じだった。
近くで見ると、目は血のような赤で、爛々と輝いている。
不気味な色だった。
でも、ひるむわけには行かない。
「ルカニ!」
複雑な腕の動きの後に、リュッセの力ある言葉が発せられる。見た目は全く変わりないけど、きっとオロチの防御の力は随分落ちたに違いない。そう信じる。
その言葉を待っていたかのように、カッツェの持っていた鞭が空気を切り裂く音とともに、カッツェを見据えていたオロチの頭を打った。ぱしん、と乾いた低い音が響く。手ごたえがあるのかないのか、見てても分からない。
「ヒャダイン!」
次にチッタの力ある言葉が発せられる。その力はすぐに形になって現れた。オロチの頭上に、突如氷の塊が出現した。それは先の尖った氷の牙をいくつも寄せ集めたような、それでいて法則性をもった綺麗な氷の塊だった。その塊はすぐに回転して、オロチの体に次々に氷の刃を降り注がせる。氷の刃は次々にオロチの体に突き刺さる。目に見えて効いているような気がする。
私も目の前にあった頭に対して、渾身の力で剣を振り下ろす。リュッセの呪文は効いていたようで、思いのほか深々と剣が刺さった。ぬくと、返り血が噴出してすこしそれをかぶる。熱い血で、やけどをしたかもしれない。けど、構っている暇はない。まだ体は動く。
オロチの顔が不意に私から離れた。
よく見ると、首は全ていっせいに宙に持ち上げられている。そのどの口にも、炎の揺らめきが見えた。
「ヤバイ避けろ!」
カッツェの声が響いたのと同時に、オロチは一気に全ての首を下ろして私たちに近づけると、その口から炎を吹き出す。熱い炎が、私たちの全身に降り注いできた。
「!!」
何とか衣服までが一気に燃え上がることは避けられたけど、体のほうはかなり酷い。やけどがひりひりする。
目に見えて一番酷いチッタに、リュッセから回復の呪文がとんだ。傷が一気にふさがる。それで元気を取り戻したのか、チッタから再び氷の呪文がオロチに向かって発せられる。カッツェも鞭をまた振るう。私は次に怪我の酷そうなカッツェに回復の呪文を使った。さっきみたいな炎の攻撃を、次々やられたら勝ち目はない。ともかく回復は早めのほうがいいだろう。
戦いは長引かせたくはなかったけど、ちょっと覚悟は必要かもしれない。

その後も戦いは一進一退という感じだった。オロチは炎攻撃だけでなく噛み付いてきたりもする。こちらはこちらで、自分でもガッツポーズをとりたいくらい上手く攻撃が当たって、相手の首を切り落としたりもしたけれど、やっぱり回復がすこし追いつかなくなってきている。ともかく、全体的に炎の攻撃があるのが痛い。
とはいえ、少しずつこちらが押し始めた。
そして、何回目か分からない攻撃をしたとき、オロチがすっと攻撃をやめ、なんと体を翻した。
「逃げる!」
チッタが叫ぶ。オロチは溶岩に逃げ込むつもりらしい。
思わず剣を振り下ろす。オロチの尾が切れた。
けど、結局オロチには逃げられてしまった。
85■ヒミコの館で
あわててオロチが逃げていった溶岩を覗き込む。一気に熱気が襲い掛かってきたけど、気にせず目を凝らすと、どろりとした溶岩の中に渦のあるのが見えた。
オレンジに光る溶岩のなかで、その渦は確かに溶岩とは違う色を放っている。
よくよく見てみると、その光はうっすらと渦を巻いて空中まで出てきている。
「旅の扉だ」
私の声に、「どれどれ」なんていいつつチッタが隣から覗き込む。
「わ、ほんとだ。魔力もちゃんと感じる」
「もしかして、オロチはこの旅の扉でどこからか遠征してきてる?」
私たちは顔を見合わせた。
「余力、ある?」
みんなの同意を確認して、私は目をぎゅっと瞑ると溶岩に飛び込んだ。

熱い

と、感じる間もなく、独特の浮遊感。
世界が変わる感じ。

目を開けると、あたりは薄暗かった。うっすらと、何か香を焚いた匂いがする。床は冷たくて、つるつるとしていた。
どこからともなく、うめくような声が聞こえる。
「ヒミコ様っ! 今すぐ 傷のお手当てをっ!」
そんな声が聞こえて、私は勢い良く体を起こす。
見覚えのある広い部屋。壁に飾られた不思議な縄。祭壇みたいなもの。つやつやの木の床。
ココは、ヒミコの部屋。
オロチを追いかけてきたのに、どうして?
慌てて周りを見てみると、皆も同じ場所にいた。全員、どこも変わった様子はない。
「どうしたんですか?」
ヒミコのところでおろおろしている男の人に声をかけると、男の人はとても切羽詰った顔で私を見た。
「ヒミコ様が大怪我をなさっていて……それにしてもヒミコ様は一体いつどこでこんなお怪我をなさったのやら……」
男の人は困惑した様子で、怪我の手当てをできる人が早く来ないかと何度も廊下とヒミコの間を行ったり来たりしている。
「どういうことかな?」
小声でみんなの意見を聞く。
「だって私達、オロチを追いかけてきたんだよ」
「うん、手負いのオロチをね」
「そしてそこにいるのは怪我した女だ」
「結論はやっぱり一つ?」
「複数はないでしょう」
話し合いを終えて、ちょうど男の人が廊下に顔を出した瞬間を狙って、私たちはそっとヒミコに近づく。
と、
突然頭の中で声が聞こえた。

わらわの本当の姿を見た者はそなたたちだけじゃ。黙っておとなしくしている限りそなたらを殺しはせぬ。それでよいな?

見ると、ヒミコの目が、異様に赤く光る目だけが、私たちを見ている。そのせいで声は聞こえたのかもしれない。
「そんなの、いやだ」
相談もしなかった。
ともかく、気付いたらもう言っていた。
「ほほほ、ならば生きては帰さぬ。食い殺してくれるわ!」
ゆらり、とヒミコが立ち上がる。髪を振り乱し、らんらんと輝く目は赤い。
「リッシュ、コレを使ってください」
リュッセが一振りの剣を私に渡そうとする。
細身だけど、すごく切れ味のよさそうな、綺麗な剣だ。
「何コレどうしたの?」
「貴女がオロチの尻尾を切り落としたでしょう? 何気なく見てみたら、その中に入っていたんです。……切れ味よさそうだったので、思わず」
「……お前、賢者じゃなくて盗賊になったほうがよかったんじゃないか?」
カッツェが思わず呆れたような声を上げた。
「そんなこと言い合ってる場合じゃないよー! ほら! 来る!」
チッタの焦ったような声に、私たちは再びそれを見る。

八つの頭を持った、巨大な魔物。
ヤマタノオロチ。
ヒミコだったものがそう成り果てたのか、それとも魔物がヒミコに成りすましていたのか、それならいつ入れ替わったのか。
分からないことだらけだけど、一つだけは確実。

コイツは、この国を滅ぼそうとした。
それだけで、戦う意味は十分ある。

「私は絶対許さない!」

オロチの尾は確かに一本切り取られてなくなっていた。つまりここに居るオロチは、私たちが戦ったオロチそのもの。所々手負いだけど、まだ十分力を残していそうだし、手負いな分、今まで以上に怒り狂い力は半端じゃない。
けど、冷静さを欠いているのも、また事実。さっき洞窟で戦ったときと、ほとんど変わらない。ただ、相手が怒り狂っているだけ。
冷静に対処すれば、怖くない。
そして、手に入れた剣が、今まで以上に切れ味のいい剣で、戦いはとても楽だった。
自分の体から出た武器で、倒されるってどんな気分だろう。
皮肉なものだ。
一度戦って、どういう手で攻撃してくるか分かっていたから、私たちは苦労することなくオロチを倒すことができた。
一部始終を見ていた館の人たちは悲鳴をあげたり、悲嘆にくれたりしている。
暫らくは、国が混乱して停滞するかもしれない。
けど、きっと。
魔物にいいようにあらされて、滅ぼされるより絶対に、いい。

ヒミコはヤマタノオロチだった、という話は瞬く間に国中に広まって、

そして、朝が来た。

まぶしい、太陽。
ジパングは、解放された。
86■初めて手に入れるオーブ
オロチの尻尾から出てきたその剣は、結局私たちがもらえることになった。
一応、オロチを退治した私達への感謝の気持ちをこめて、ということだったけど、ジパングの人たちに言わせれば、自分たちを苦しめた魔物から出てきたものなんて、いくら切れ味の良い剣でも気味が悪いというのが本音だろう。
だから、ありがたく頂いておくことにした。

本物のヒミコは、きっとオロチに食われてしまったのだろう、というのがジパングの人たちの認識になったようだった。
私の知っているヒミコは、オロチにイケニエを差し出すことを決めた王だけど、きっと「本物」のヒミコは、国の人たちから愛される、ちゃんとした王様だったんだろう。だからこそ、こんな風に慕ってもらってる。
「もうこの国は大丈夫だよね?」
「ええ、多分」
「割と人間って、強いし」
館に残ったオロチの死骸を片付けたり、館の掃除なんかを手伝って、結局数日ジパングに滞在しているうちに、私も色々と気持ちの整理をつけることができた。
その間に、リーダーシップを取っている女の子がいたから、きっとその子が今度は国の王になっていくんだろうと思う。
すこしだけでも滞在できて、良かった。
「さて、次はどこに行こうか」
「当てがなくなっちゃったね」
旅立つ準備をしながら、そんな話をしていると、お社から呼び出しがかかった。
何かと思いながら尋ねていくと、ヒミコが使っていた部屋に通された。
中にはヒミコ付だった人たちが数人並んでいて、その部屋の中央には木でできた箱が置かれていた。
「ああ、お待ちしていました」
「先日はヤマタノオロチを退治していただきありがとうございました」
口々に彼らは言うと、私たちを部屋の中央へ案内してくれる。
「実は、ヒミコ様のお部屋を片付けておりましたら、このようなものが出てまいりまして」
そういって、代表格の女の子が、その木の箱を開けた。
中に入っていたのは、不思議な飾りだった。
台座に龍が座っている。
その龍が拳よりちょっと大きいくらいの、丸い珠を守るように抱えている。
色は紫。
珠はつややかな表面をしていて、まんまるだった。
それを抱える龍は小さな羽や鱗まで、とても細かい装飾がされていて、ものすごく精密に作られている。爪は鋭くて攻撃したら強そうだし、今にも動き出しそうだ。
鳴き出さないのが嘘みたい。
台座の下のほうに、小さく文字が彫りこまれていた。
「何か書いてある。えーっと、パープル……オーブ。……オーブ!」
私たちは顔を見合わせる。
南の果てにあった氷の島の、神殿で聞いたものが唐突に目の前に現れた。
思ってた以上に、綺麗で小さい。
もっと大きなものを想像していた。
「オーブって、神殿の巫女さんたちが言ってたやつだよね? 何か、不死鳥が甦るとか」
チッタは興奮したような顔で、何度もオーブを見つめる。
「わたしたちにはよく分からないのですが、偽ヒミコはその飾りを見つめては、『これさえ持っていれば』とかなんとか言っていました。きっと、あの偽者は、あなたたちのような強い人間にコレを渡したくなかったのだと思います。それを思い出して探してみたのですが……こういうモノをお探しでしたか」
代表格の女の子の質問に、私たちは大きく頷く。
「わたしたちは寡聞にして、世界のことはよくわかりませんが、それでも日々何かとてつもなく大きな良くない事が世界に広がっていっているような気がしてなりません。あなた方は、その何かを振り払ってくださるような気がいたします。ですから、その剣も、その飾りもお持ちください。きっと何かのお役にたつと思います」
「でも、いいの?」
私が首をかしげると、彼女は大きく頷いた。
「わたしたちジパングのものが世界に役立つのであれば、これ以上の幸せは無いと思います」


お社を後にして、船に戻る。
「今度はこのまま北上してみるか。行ったことねえ所に行くのが目的だったよな?」
リーダーが私たちを待ち構えていてそんなことを言った。
「何か当てでも?」
尋ねると、リーダーがその質問を待っていた、といわんばかりの勢いで地図を広げた。
「まず、ココ」
指差したのは、ダーマから遠く北東に離れた広い草原の、海沿いの辺り。
かなり大陸の北に位置している。すこし北に行くと、もう大陸が終わる、そんな位置だった。
「ココにムオルとか言う名前の、小さな村があったはずだ。取り立てて目立ったモンは無いと思うが、行ってないところへ行くのが目当てだったら、行ってみてもいいだろう」
「行ってないところへ行くだけが目標じゃないよ」
チッタが呆れたように言う。が、リーダーはあまり気にせず、そのまま地図上の指を東側に滑らせて行く。
「で、この村から北東へ進んで、それから南下」
地図の東側に、南北に大きく伸びる大陸がある。北と南で分けて考えてもよさそうな、つくりの大陸だ。北側は何本も川が入り組むように流れていて、 どちらかというと、東西に広い。南側は南北に長くて、北側は太くて南側が極端に細い。ちょうどスライムをさかさまにしたような形をしている。北側と南側はごく細い陸地で繋がっている。とても心細いくらいに細い陸地。
リーダーの指は、その北側の大陸の川をさかのぼったところでとまった。
「この辺にも村がある」
「とりあえず、この二箇所だな。近いところから行くなら」
「じゃあ、そうしてみる」
それといった代案もないから、私たちはリーダーの意見どおり進んでみることにした。
「なあ、コレ、何?」
ティックが私たちが持ち帰ったオーブを見て首をかしげる。
「すっごい綺麗。物凄く値打ちモノみたいだけど、けど、絶対店では値段を付けられない感じのモノだね」
「今、コレも探しながら旅をしてるんだよ」
答えると、「ふーん」と言ってティックは私にオーブを返してくれた。
「覚えておくよ」
なんていうと、ティックはリーダーに連れられていった。そういえば、彼女は船に乗る代わりに仕事があるんだった。
船は静かに、北に進路を取って進み始めた。

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