8 ■砂と遺跡と太陽と
イシス、ピラミッド。


37■イシスの城 1
湖の南沿いにオアシスを歩いていくと、遠くに見えていた町並みがどんどん大きくなっていく。
大きなお城が湖をバックにそびえたっていて、そのお城を守るように街が前面に広がっていた。街はぐるりと柵に囲まれていて、入れる場所は前面からは一箇所しかなかった。
そこから街の中に入る。砂地が基本だけど、所々緑が地面を覆っている。街を行く人たちは多く、活気にあふれた街だ。色々なお店が軒を連ねている。
街の入り口近くにあった旅人向けの宿に部屋を取ってから、全員で街を回ってみることにした。武器や防具も強そうなのが並んでいて結構心引かれる。砂漠の魔物の強さを思えば、そろそろ武器や防具を買い換えたほうがいいかもしれない。しかもやっぱりアッサラームより安い。
「アッサラームで買わなくて良かったねえ」
「カッツェ姉さんに感謝だね」
そんなことを言いながら、結局大きな買い物は私の武器だけにして他の店も覗くことにした。

イシスは砂漠で唯一の街だというせいか、色々な人が行き交っている。盗賊もいたし、吟遊詩人も居た。一番活気あるのは商人だけど、先々何があるか分からないからあまり無駄遣いもできない。賭博場まであったけど、結局寄らないことにした。
賭けって、どうも好きになれない。
「さて、どうするかねえ」
遅いお昼を食べながら、カッツェは私たちを見る。
「とりあえず今日はまだ見てない街の反対側を見に行こうか」
「何とかしてお城にいけないかなあ? ここって、女王様の国なんだって。すっごい美人だって話だよ。会ってみたいなあ」
いつの間にそんな話を聞いてきたのか、チッタがうっとりした目で言う。
「無理だよ。アリアハンは招待されていったんだし、ロマリアは紹介状があったんだから。ここは無理」
私は苦笑する。確かに美人の女王様には会ってみたいけど、お城なんて気軽に入れる場所じゃない。
「行ってみるだけ行ってみようよー」
「そのチャレンジ精神がどこから来るのか凄く知りたい」
カッツェも苦笑してる。
「ほら、もしかしたら、人違いで入れてもらえるかもしれないし!」
「間違われたほうが困りますよ、それ」
全員から無理だといわれて、チッタは口を尖らせる。
「皆は見てみたくないの? 美人の女王様」
「そりゃ見てみたいけど、本当に見れるかっていったら、ね?」
「分かってるよ、分かってるのよ? でも、それでもチャレンジしてみたいの」
チッタはどん、と机を叩いた。目が据わっている。
「……まあ、そしたら明日の朝、一応チャレンジしてみるか。その代わり、一回だけだよ。駄目だったら諦めてね」
「ありがとうリッシュ! もう。大好き!」
「はいはい」
結局、私は根負けしてうなずく。チッタは嬉しそうな顔をした。
「甘いよアンタは」
カッツェがため息混じりに言う。
「お人よしなのがリッシュのいいところですよ」
リュッセが苦笑しながらそんなことを言った。


イシスのお城はとても大きかった。ぐるりと石造りの壁が周囲に二重に作られている。その壁はとても頑丈そうで、入り口が正面にあった。その入り口からお城の入り口までには、石でできた不思議な生き物の像が等間隔に向かい合って並んでいて、そこが通路になっているみたいだった。お城の前庭は砂地で、その像以外には何もない。広さも手伝ってとても殺風景に見えた。
「イシスのお城へようこそ」
門番さんが私たちに声をかける。
「あの、わたしたち旅人なんですけど、ちょっとお城を見学したいんです」
チッタは私たちが止める間もなく笑顔で門番に告げた。ちょっと血の気が引いた気がする。
「はい、どうぞ」
あまりにあっさりと認められた無茶な願いに、むしろ私たちは何か聞き間違いをしたんじゃないんだろうかという気分になる。何せ、言ったチッタが一番驚いている。
「え? いいんですか?」
何とか立ち直ったらしいリュッセが聞き返す。
「はい」
「本当に?」
「ええ」
「ありがとうございます」
チッタは優雅にお辞儀をすると私の手を引いてさっさと門をくぐった。

門番さんの気が変わらないうちにさっさと進もう、ということで私たちは城内に入る。
日光が暑いせいか、それとも夜との気温の差を考えてなのか、壁にはほとんど窓がない。せいぜい灯りをとるための小さな窓くらいのもので、全体的に薄暗い感じがした。そのせいか、涼しい。
入り口近くでは猫が沢山飼われていて、追いかけっこをしたり床に寝そべったりしつつすごしている。その猫を構いたい気持ちをこらえて中に進む。どうやらお城としては猫を飼っているスペースより奥が正式なお城なのかもしれなかった。と、言うのもさっきまでの猫が居た場所とちがって豪華な造りになっていたからだ。相変わらず窓は少ないけど、明かりがあちこちに配置されていて、そのどれもがステキな装飾で飾られている。正面には上り階段があって、その階段を囲むようにぐるりと廊下がつづいている。周囲には沢山の小部屋が配置されていて、詰めている兵士や、様々な仕事をするのであろう文官・女官さんたちがせわしなく動き回っていた。女王が統治しているだけあって、あちこちに花が飾られている。
「なんか、ステキね」
チッタはウキウキとあちこち見ながら嬉しそうな声を上げる。
「何で簡単に入れたんでしょうかね」
「無用心だよね」
重要な部屋であろう場所は全部鍵がかかっていたし、兵士さんがあちこちに配置されている上に見張りのためか歩いているけど、それにしたって何にもなく城内に入れたっていうのはどういうことなんだろう。
何だかよくわからない。
38■イシスの城 2
正面に見えていた階段を行くと、1階とはうってかわって、大きな窓がいくつもある広くて明るい部屋に出た。花が植えられているスペースもある。開放感のあるキレイな部屋だった。どこからともなく小さな音で音楽が流れてきている。ふんわりと花のいいにおいがした。
階段からは真っ直ぐ部屋の奥に向かって赤い絨毯が敷かれている。部屋に居るのは女官さんばかりで、皆キレイに着飾っていた。誰もがきれいで、上品そうだ。チッタはもうあちこちに目を奪われて静かになっている。
ふかふかの絨毯を進むと、驚いたことにそれは玉座に繋がっていた。
「ようこそ、イシスの城へ」
そこに座っているのは女王だろう。城下で噂になるだけある。凄い美人だ。他にいる女官さんたちも相当キレイな人がそろっているのに、そこに居る女王にはかなわない。真っ直ぐな黒い髪を腰まで伸ばして、切れ長の目はキラキラとして力がある。鼻筋なんかもすーっと通っていて、キレイというよりは美しいという表現が似合いそう。着ている服はつややかな光沢がある。多分高価な布なんだろう。けど、余分な装飾がなくてシンプルで、それがまた女王の美しさを際立たせている気がした。
私たちがただただひたすら見とれているからか、女王は続けた。
「皆が私を褒め称える。しかし一時の美しさなど、何になりましょう」
その声がまた美しい。涼やかで、透き通った声。鈴が転がったような声っていうのは、こういう感じなのかもしれない。違うかもしれない。
女王はふ、と目を微笑みの形にした。もう、何をしてても美しい。
1階に居た兵士さんが「女王様のためなら命をかけられる」なんて言っていた気持ちが、今なら分かる。この女王様なら、有りだ。女の私でも十分命を懸けてもいい。
女王様はにっこりと微笑んだ。
「すがたかたちでなく、美しい心をおもちなさい。心に皺はできませんわ」



女王様と少しお話をすることができた。
女王様の言うには、最近は盗掘が多いことがこの国の悩みだということだった。その言葉にはかなり背筋が寒いものを感じたけど、それ以上に嫌だったのは、ピラミッドの宝を持ち出すと呪われるという言葉だった。皆口にはしないけど、これから私たちはそのピラミッドにそれこそ宝を探しに行くわけで、……つまり私たちは呪われにいくってこと?
「……どうしましたか? 顔色が優れませんわよ?」
なんて心配されてしまったけど、なんと答えてよいのやら。
「呪いって、怖いですね」
なんて答えるのが精一杯だった。何て答えたら、本当は良かったんだろう。
「そういえば、簡単にお城に入れていただけたんですけど、どうしてだったんですか?」
チッタが尋ねる。
「ロマリアから手紙が届いていたのですよ。世界を救おうとアリアハンから旅立った一行が、イシスのほうへ旅立ったと。もし、城に立ち寄ることがあれば、情報を聞かせてあげて欲しいと。聞けばあなたは勇者オルテガの子なのですってね?」
一体王様たちの情報網はどうなってるんだろうか、と思わないでもなかったけど、とりあえず私は質問に対してうなずく。
「昔、オルテガはこちらにも立ち寄ったことがありました。まだわたくしが女王の立場になかった頃の話です。病で気弱になっていたわたくしに、色々異国の話を聞かせてくれました。今でも懐かしく思います。思えば初恋だったのかもしれません」

……うわぁ。

「今となっては、もう良い想い出の一つです。貴女にはこれから、色々な試練があることでしょう。しかし、きっと貴女はそれを乗り越えていけます」
「……オルテガの娘だからですか?」
「いいえ。貴女は貴女です。貴女には、オルテガにも似た何か強い力を感じます。彼は一人でしたが、貴女には仲間がいます。英雄は最初から英雄なのではありません。わたくしには、貴女が十分英雄になる資質があります」
「勘ですか?」
「神来とでもいうのでしょうかね。勘とは違うと思います。『わかる』のですよ」
「……よくわかりません」
「そうでしょうね。わたくしもよく分からないのですよ」
そこで女王様はにっこり笑った。

女王様の前を辞して少し歩き出したところで、まだ幼い子どもたちが何かわらべ歌を歌っているのが聞こえた。太陽がどうのっていう歌で、何だか可愛らしい歌だった。
「変わった歌だね、太陽がボタンだって」
チッタは子どもたちに近寄っていって、その歌を教えてもらっていた。
「ああいう知的好奇心のあるところを見ると、チッタも魔法使いなんだなって思うな」
「普段なんだと思ってたんですか?」
チッタを後ろから見守りながら言ったカッツェに、リュッセが苦笑する。
「変わった歌だったよー」
チッタは戻ってくると、教えてもらった手振りを加えながら一通り私たちに歌って聞かせた。
まさか、コレが重要な意味を持つなんて、このときは誰も思いもしなかったんだけど。
39■星降る腕輪
お城から街に戻るために前庭を歩いていくと、左手側の壁際を男の人が歩いているのが見えた。黒っぽい服を着て、少し疲れたような足取りだった。
「どうしたんだい?」
カッツェが近寄っていって警戒したような声を出す。男の人は私たちに気づくと苦笑した。
「まあ、野暮用で来てみたものの、当てが外れたってわけよ」
「へえ?」
「アンタも探すんだろ? 気合入れて探しな」
「何のことやら?」
カッツェが口の端を吊り上げて笑う。余裕の笑みに見えた。
「よく言うぜ。星降りを探してるんだろ?」
男の人は苦笑する。
「さあ? どうだったかな?」
「ま、うまくやれや。オレは諦める」
「次はうまくやんな」
「お互い様だ」
男の人は肩をすくめると、左側の壁にある細い通用門のようなところから出て行った。
「ねえ、今の、何?」
チッタが尋ねると、カッツェは苦笑した。
「同業者だよ。初めて見る顔だったから、この辺が根城なんだろうね」
「……盗賊さん?」
「そう」
「何の話だったの?」
私が訪ねると、カッツェは首をかしげた。
「さあ? さっぱりわかんないね。アタシはこっち方面で活動したことないから、あんまりこの辺のお宝には詳しくないし。ただ、何かあるんだよ」
カッツェの目が楽しそうに細められる。あ、コレは探すって言い出すなと思っていたら案の定その通りで、結局強く止めることもできなくて私たちは男の人いうところの「星降り」を探すことになった。

「それにしても、あの距離でよく相手がご同業だとわかりましたね」
左手側の壁沿いを歩きながらリュッセがカッツェに声をかける。
「まあ、基本は歩き方だね。近くへ行っても足音がしなかったし。あと、なんとなく空気みたいなもんかな」
「そういうものですか」
「そういうもんさ」
そんな話をしながら暫く歩いていくと、左側の壁は二重になっていてその間を何とか通り抜けられることにカッツェが気づいた。その隙間をゆっくりと進んでいく。どんどんさっき出てきたばかりのお城が近づいてきた。通路はお城の西の端っこに繋がっているようで、突き当りには小さなドアがある。
「ビンゴ」
カッツェが楽しそうな声を上げてそのドアをくぐる。暗くて細い通路に出た。壁や床の雰囲気はイシスのお城と同じ。多分、城内に入ったのは間違いなさそうだった。
「いいのかなあ」
「いいんだよ」
「遺跡の宝箱は遺失物のイメージがまだあるけど、ここ、お城」
「盗賊仲間が探してたんだし、見るだけでも構わないんだ」
カッツェはそういうと、通路をどんどん進む。
丁度、お城の中を想像してそういえばそろそろ突き当たりだな、というくらい真っ直ぐ進んだところで、通路は右に折れていた。ここまで誰の気配もなかったし、通路は相変わらず細くて暗いままだった。
通路を右に曲がっても、通路は相変わらず細いままだった。暫く歩くと、少しだけ広い場所にでる。丁度お城で考えると、中央くらいにあたるその場所に、下り階段がひとつだけ作られていた。辺りは何の装飾もない。階段も凄く質素なかんじで、カッツェが期待するような宝物にはたどり着きそうにもなくて、私はこっそり胸をなでおろす。宝探しはピラミッドに期待してもらうことにして、ここでは雰囲気だけを楽しんだってことでいいじゃないか。

なんてちょっと安心して階段をおりる。
地下は相変わらずの細い通路が北に向かって延びているだけで、それといって変わった感じはしなかった。ただ、作られてから随分時間がたったのか、所々から砂が進入してきていて足元で時々じゃりっという音がした。その通路を進んでいくと、小さな部屋に出た。そこで通路は行き止まりになっている。
「拍子抜けだね」
チッタは首をかくん、と横に傾けると苦笑する。確かにちょっと拍子抜けはするかもしれない。カッツェは諦められないのかあたりを確認し始める。リュッセは興味なさげに部屋の入り口にぼんやりと立っているだけだった。
「あれ?」
一応部屋を一周しようと歩いていた私は、部屋の突き当たりに落ちていた腕輪を発見した。
全体的には緑色で、不思議な紋様がびっしりと刻み込まれている。一箇所だけ大きな水色の宝石が埋め込まれているけれど、基本的には随分シンプルな腕輪だった。
「腕輪?」
チッタが私が拾った腕輪を覗き込んだときだった。

わたしの眠りをさましたのはお前たちか?

低い声が響いて、腕輪が落ちていた辺りにぼんやりとそれは現れた。
少し目つきがキツイ、堂々とした男の人、のように見える、なんか全体的にぼんやりした感じで、あっちが透けて見えるような、つまりは多分幽霊とかそういう類のものに見えなくもない、ああやっぱり宝を盗むと呪われるんだ。

私はこくこくと慌てて首を縦に振った。どうせ本当のところこの幽霊様は私がコレを拾ったのは見ているはずで、ウソなんてついたって駄目に決まってるんだ。

では星降る腕輪を拾ったのもお前か?

私の手の中にあるのはまさしく腕輪であって、そういえばカッツェのご同業の方とか言う人が探していたのは「星降り」とかいうやつで、つまりコレがこの幽霊様の言う「星降る腕輪」である可能性は否定できないわけで、私はまたこくこくと首を縦に振る。

お前は正直者だな。よろしい。どうせもうわたしには用のないもの。
お前たちにくれてやろう。では……。

幽霊様は少し笑った後そういうことを言って掻き消えるように消えてしまった。
そんなことなら最初から脅すような出方しなくてもいいのに。
少し気が抜けて、思わず苦笑する。
「では、じゃないわよね」
チッタも苦笑している。
「結局、腕輪貰っちゃったってことだよね?」
「そうでしょうね」
誰にともなく聞いた言葉に、リュッセが頷く。その間にカッツェは腕輪を色んな角度からみて、首をかしげていた。
「なんだろね、コレ」
「お城の人に聞くわけにもいかないしねえ」

結局何物か分からない腕輪を貰って私たちは城からこっそりと出ることになった。
後で城下町で調べてみたら、行動が速くなるとかいう魔法のアイテムだということが分かった腕輪は、「回復呪文の使い手が早く動けると生存率が上がる」という意見で満場一致となりリュッセが使うことになった。
40■ピラミッド 1
イシスから北にひたすら歩くと、ピラミッドはある。形は四角錐というやつで、底は四角形、横から見ると三角形という感じ。もちろん、空に向かって細く尖っていく。遠くから見てもその形が見えるだけあって、近くへ行くと恐ろしく大きかった。塔と同じくらい高い。けど、窓は外から見た限りないから、高いところにのぼっても怖くはないと見た。
ピラミッド自体は、砂漠と同じ黄色っぽい大きな石がレンガのように積み上げられて作られていた。もちろん、その石一個一個はレンガなんて比べ物にならないくらい大きい。一個の高さは私より十分高いし、横幅も私とチッタが二人並んで手を広げたくらいある。一体どうやったらこんな大きな石をこの大きさまで積み上げることができたのか、全く想像ができなかった。
「おっきいねえ」
結局口を出たのはそんな月並みな言葉でしかなくて、でも全員それに大きく頷いたから、きっと皆似たような感想しかいえないような状況だったんだと思う。あまりの大きさに圧倒されたというか。お城だとか塔だとかも、十分大きな建造物だけど、積み上げられているレンガの大きさは常識範囲内だ。どうやって作ったか想像はできる。作れるかどうかは別だけど。けど、ピラミッドはどうやればこうなるのか。

入り口はイシス側、つまりピラミッドの南側の、地面に接した中央部にあった。中はどうなっているか奥のほうまでは分からないけど、入り口は少なくとも床に対して中央にあって、そこから真っ直ぐ通路が伸びているように思える。通路は壁とは違って黒っぽい石が敷き詰められていて、二人が並んで平気なくらい広かった。通路の壁にはたいまつを掲げるための台があって、少し煤がついている。使われたことがあるということだろう。様々な模様が壁に書かれていたけど、私には意味が分からなかった。
「とりあえず、気をつけて進もう。噂では結構厄介なトラップが結構あるらしいからね。アタシは呪いよりそっちが怖い」
カッツェがとても現実的なことを言う。そうかもしれない。
カッツェの言葉に頷きながら、私たちはゆっくりと通路を進んだ。通路は真っ直ぐ伸びている。すぐに最初の分かれ道にたどり着いた。
今歩いてきた道は南北に伸びる太い通路で、東西に少し今より細い通路が延びている。十字路になっている部分は、太い通路が一回りほど広くなっていて、通路というより小さな部屋といったほうがよさそうな作りになっていた。
「左右確認か、真っ直ぐ行くか。さて、どれが正しいんだろうね」
「基本的に宝物は、奥だよね?」
「入り口から遠いだろうっていうのには賛成だが、左右の道の奥に階段がある可能性もある」
カッツェとチッタが暫くあれこれと選択肢を出したうえで、私を見た。
「さて、リッシュどうする?」
「とりあえず、今の太い道をまず真っ直ぐ行ってみよう? 突き当たりまで。東西の通路は細いから、歩いているときに太いこの道から追われるとちょっと不利な気がする。先に太い道がどうなってるか確かめておいたほうがいいと思う」
「よし、決まりだ」
私の返答にカッツェは頷く。少し笑っていたから、もしかしたらなかなかいい答えを言えたのかも知れない。
少し誇らしい気持ちで歩き始めたときだった。
「!!??」
いきなり、足元がなくなった。
落とし穴!
思った以上にその穴は大きくて、通路というよりは部屋といったほうが良かったくらいのあの場所の、床がほとんど抜けた。
もちろん全員見事に巻き込まれ、私たちはどうすることもできないで落下する。地面に叩きつけられる前、かしゃんかしゃんと何かを崩す音が耳のそばで聞こえた。どうやら、地面に置かれていた何かの上に私は落下したらしい。背中や腕に、コレまで体験したこともないような感覚があった。確実に、私は何かを壊しながら落ちている。ただ、それがクッションになったのか、たいした痛みもなく私は地面にたどり着いた。埃っぽくてざらっとした乾いた空気と、何だか不思議な匂いがした。
「大丈夫?」
何とか立ち上がって周りを見る。丁度皆も起き上がってくるところだった。皆もそれぞれ、白っぽい何かの上に乗っかっている。
「うん、だいじょ……」
立ち上がりかけたチッタの声が止まった。視線は自分が乗っかっている、白い何かに注がれている。動きもそのまま止まっていて、チッタの全ての時間が凍り付いている感じだった。
「……」
す、と息を吸ってからチッタは一気に悲鳴をあげた。つまりは女の子らしく「きゃー」だ。
その声に私は思わず、自分が乗っているものの確認をして、結果チッタと同じく悲鳴をあげた。
というのも、私たちが落ちた場所にあった白いものが、骨だったからだ。
しかも、多分大きさから言って人の骨。それが小さな山になっている。私たちはそこに落ちてきたんだ。
カッツェは無言で立ち上がると、自分の服についた白い粉を手で払った。リュッセも同じようにして服を払った後、小さな声で祈りの言葉をささげている。
チッタと私ものろのろと立ち上がってお互いの服を手で払いあった。
「どうしてこんなに?」
チッタが青い顔をしてカッツェを見る。カッツェは大きく息を吐いてから答えた。
「私たちと同じように上から落ちてきたんじゃないか?」
「もしくは、ピラミッド建造の従事者の共同墓地かもしれませんね。それか、殉職者か」
リュッセが引き継ぐ。
「そのどれもが正解ってこともありえるな」
「でしょうね」
カッツェとリュッセはお互い納得したように頷きあう。
「それより、ここ、出られるの?」
チッタは泣きそうな顔で呟く。
「同じになるのなんて、ぜーったい嫌だからね」
「誰だって嫌だよ」
カッツェは苦笑した。
「さて、出口を探さないとね。リュッセの共同墓地説を信じよう」
「どうして?」
「墓なら、埋葬した人間が外に出なきゃいけないだろ? 出口があるってことだ」
41■ピラミッド 2
落ちたところは四角い部屋になっていて、二面の壁に通路が作られていた。とりあえずは、この部屋から脱出できるらしい。まあ、もちろん、通路を行ったら次の部屋でしたということもあるかもしれないけれど、ここでじっとしていても仕方がないから進むことにする。
通路は細くて、私たちは一列になって進むしかなかった。辺りはランタンを持っていても薄暗い。数メートル進むと、次の部屋に出た。次の部屋も最初の部屋と同じように四角い部屋で、あちこちに人の骨らしいものが散らばっていた。
「うう、気分悪い」
チッタが口を押さえる。相変わらずチッタの顔色はあんまり良くなかった。
「大丈夫?」
あんまりチッタが気分が悪そうだから、私はチッタの背中をさする。チッタは弱々しく頷いて、「なんとかまだ大丈夫」と答える。あんまり体調は芳しくないみたいだ。
「リュッセ君は、平気?」
「ちょっと違和感を感じてます。頭痛が酷いですが、まだ平気です」
見ればリュッセもそんなに顔色は良くなかった。チッタほど症状は酷くないにせよ、同じように体調を崩しているらしい。
「貴女は大丈夫ですか?」
リュッセは私を見る。
「少々顔色が悪いですよ」
「言われてみればちょっと気分が悪いかな」
「アタシもちっと寒気がする」
確かめてみれば、全員あまり体調が良くなかった。一番酷いのはチッタで、かなりふらついている。
「さっきの骨に、何か悪いものでもついてたかな?」
私が言うと、チッタが首を振った。
「多分、そういうんじゃないと思う。何だろう、圧迫感が酷いって言うか……。ほら、エルフの村の南にあった洞窟に、不思議な光の泉があったでしょ? アレの逆みたいな感じ」
「ここに居れば居るほど、悪くなってきてる気が確かにします」
考えてみれば、チッタもリュッセも、私やカッツェと違って魔法を多用する。特にチッタは最近はもう魔法でしか攻撃しない。リュッセもその魔法で私たちの傷を癒したりしてくれているわけで、どうやらココはそんな二人に悪影響があるようだった。
「早く出口を探さなきゃだね」
私はチッタを支えながら歩く。部屋を横切って見えていた通路に差し掛かったときだった。
通路の曲がり角から、ミイラ男がぬっと姿を現す。死んでなお、王様を守るために動くアンデット。
そう思うとちょっと気の毒な気がしないでもないけど、今はチッタの体調のほうが大事。
そのままなし崩しに戦いが始まった。

戦闘で最初に動くのはいつもカッツェ。それから星降る腕輪で早くなったリュッセ。二人の攻撃で、ミイラ男はかなりふらついてきている。次にチッタが魔法を使えれば、私の出番はないだろう。
「ベギラマ!」
いつもどおりのチッタの声。手をミイラ男に突き出して、後は炎が巻き起こる。
はずだった。
けど、チッタの手からは何もでない。
ミイラ男はその隙にカッツェに鈍い一撃を放つ。カッツェが舌打ちした。
私がミイラ男に剣を振り下ろすと、ミイラ男は動かなくなった。

「チッタ」
チッタに駆け寄る。彼女は自分の手をまじまじと見つめたまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。
「なんで」
チッタは呆然とした顔で私を見る。
「ねえ、なんで? どうしてわたし、魔法が使えないの?」
とたん、
チッタの目からぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「なんで? わたし、魔法」
手を見て、
そしてしゃがみこむ。
「魔法、使えなくなったら、わたし、存在理由なくなっちゃうよ」

チッタが小さい頃から、ずっと魔法の勉強をしていたのを私は知っている。
初めてメラが使えるようになったときは、私も随分興奮して何回も見せてもらったものだった(後で物凄くおじ様に怒られたんだけど)
旅に出てからも、チッタの魔法には随分助けてもらった。
最近はどんどん凄い魔法が使えるようになってきて、チッタはどんどん自信をつけてきていたし、私も嬉しかった。
だから。

「チッタ」
しゃがみこんで大泣きするチッタの背中を撫でる。
何を言っていいのか分からなかった。
「僕も魔法が使えませんでした」
カッツェの傷を治そうとしたんだろう、リュッセがそう報告する。
「ですから、多分空間的な問題でしょう。そんなに自分を責めないでくださいね」
「空間の問題じゃなかったら!? リュッセ君はいいよ、魔法だけじゃなくて力もあるもん! でもわたしはそうじゃない! 魔法がなくなったらどうしょうもない!」
チッタがキッとリュッセを睨む。
「言いすぎだよチッタ」
私はチッタの肩を押さえてからリュッセを見上げる。リュッセは困ったような顔をしてからしゃがんでチッタの顔を見た。
「とりあえず、空間の問題かどうか調べましょう。そのためにも外にでなければね。魔法がもし、使えなくなっていたとしても、あなたはあなたです」
「わたしは」
「存在価値のない人間なんていませんよ」
リュッセはチッタの額を撫でてから立ち上がった。
「さあ、ともかく出口を探しましょう」

通路は、ミイラ男が出てきた角のほうへ直角に曲がっている一本道だった。相変わらず狭くて、私たちは一列にしか歩けない。私はチッタの手を引いて歩く。チッタはまだ鼻をグスグスいわせている。
暫く一本道を行くと、突き当たりに上りの階段があった。階段は砂まみれで、光がさしてきている。見上げると、空が見えた。
「出口だ」
外に出ると、ピラミッドの端まで歩いてきていた。向こうに、私たちが入った入り口が見える。
随分長い時間をかけて、振り出しに戻ってきてしまった。
「さあ、それじゃ再挑戦だよ」
カッツェの声に私たちは覇気無く右手をあげた。
42■ピラミッド 3
もう一回中に入る前に、少し外で休憩しようということになった。太陽の日差しは暑いを通り越して痛い気がするけど、チッタがまだ不安そうだから、先に進むのは危ない気がしたからだ。その間に、リュッセは魔法を使ってカッツェの怪我を治している。チッタもソレを見ているから、頭では大丈夫だと分かっているはずだけど、まだ感情的には不安らしい。こういうのって、下手に何か言おうものなら逆効果になりそうで、なかなか言葉をかけられない。
私は、無力だ。
「大丈夫、行こうか」
唐突にチッタが立ち上がった。随分長い間泣いていたから、まだ眼は赤い。立ち上がってから何回か深呼吸をして、チッタは漸く私を見てにっこりと笑った。
「大丈夫なの?」
「うん、平気」
私の言葉に、チッタは頷く。
「確かに私から魔法取ったらほとんど何にも残らないけど、ソレは旅をする上での話であって、生きていくための話じゃないもんね。もし魔法が使えなくなってたら、アリアハンに戻ってこの美貌を生かして生きていく」
「……」
私はその言葉を聞いて唖然としたけど、カッツェは大笑いした。
「あっはっは、それはいい。女はそのくらい図太く強くなきゃ駄目だよ。もしアンタが魔法使えなくなってたら、アタシが責任もって盗賊の心得を教えてあげるよ。コツさえつかめば、非力でもできるからさ」
「いらないよそんなの」
カッツェの提案にチッタは口を尖らせた。本気で嫌がってる。
「なんにせよ、元気になられて良かったですよ。大丈夫です、生きてさえいれば、割といいことありますよ。保証します」
「絶対とか言わないで『割と』って言う辺りが狡猾だよリュッセ君。流石腹黒疑惑のヒトだ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
リュッセは苦笑するとチッタの額を何度か撫でた。

再び、ピラミッドの入り口から中に入る。見覚えのある埃っぽい細い通路を行くと、さっき落とし穴に落ちた小部屋にやってきた。床にはもう穴なんて無い。何も罠なんてありません、みたいな状態に戻っていた。
「コレはアレかな。右手を壁につけて歩いていくと大丈夫っていう古典的なやつ」
カッツェが床を見ながら首を傾ける。
「確かに、落とし穴は部屋の大部分ではありましたけど、端のほうまでは設置されてないみたいでしたよね」
リュッセも頷いて答えた。いつそんなに観察してたんだろう、と自分の観察眼の無さにちょっとがっくりする。
「とりあえず、落ちなきゃいいんだよ。端を歩いていくよ」
カッツェは私たちに言うと、右手を壁につけながら歩き始めた。
「とりあえず、奥まで真っ直ぐ進んでみるんだったよね」
随分前に決めたことをカッツェは確認する。私は「そうだったと思う」なんて返事をする。部屋を抜けて見えていた通路に入って、私たちは大きく息を吐き出す。なんとなく、皆息を止めていたみたいだった。
「落ちなくて良かったねえ」
「同じ罠に捕まるのは馬鹿だよ」
私の呟きにカッツェは苦笑すると、先を指差した。
「多分、次の部屋も同じつくりだよ」

カッツェの言ったとおり、通路の先には再び小部屋があって、東西に細い通路が伸びていた。北には今までどおりの通路が延びている。まだ真っ直ぐ進めるということで、私たちは北側に進むことにした。部屋の中央にはまた落とし穴があるだろう、という予測で部屋の端っこをそろりそろりと進む。今度はいきなり床が抜けることもなく、北側通路に出ることができた。暫く行くと、また同じようなつくりの部屋に出る。
「これ、3部屋め?」
「そうだよ。同じような部屋ばっかり作って混乱させるつもりだろうよ」
カッツェは面倒くさそうにため息をつくと、肩をすくめて見せる。
「ソレはともかく、距離的には結構直進してきたはずだよ。感覚が間違ってなきゃ、中央は通り越したはずだ。北にずっと進んでも、そろそろ何かあるはずだよ」
その言葉とともに北側に更に進むと、行き止まりが見えてきた。行き止まりの壁には王様をたたえるような文章が刻まれていて、それで終わりだった。
「おかしいね、距離的にはもうちっと北に行かないと正方形にならないんだよ」
カッツェは自作の地図を見て眉を寄せる。
「北側には何かあるんでしょうね。別の階から向かうんじゃないですか? ナジミの塔の賢者の部屋のように」
リュッセの言葉にカッツェは頷く。
「だろうね。宝があってもなくても、ちょいと腕が鳴るよ」
「宝は無いと困るよ。鍵さがしに来たんだから」
そういえばそうだった、みたいなことをカッツェは言うと振り返って元来た道を見る。
「さて、どこの角を曲がるかだよ。大体、こういうところは侵入者避けに正解ルートは一本だろうし、ヤな感じの罠だらけだろうし」
「罠は確認済みだよ」
チッタが嫌そうな顔をする。
「一個はね。まだまだあるだろうって話さ」
カッツェは肩をすくめて見せると、私のほうを見た。
「どうする? どの角を曲がる?」
「とりあえず……」
私は今までの道を思い出してみる。分岐のたびに部屋があって、太めの通路が南北に、細めの通路が東西にそれぞれ伸びていた。南北の通路は確認済みだから、東西のどの道を行くか。
「……近いところから行くしかないかな? ヒントとかは無かったと思うし」
「じゃあ、どっちから行く」
「ココから一番手前の部屋の、西側」

結論から言うと、その通路の先には空の宝箱と宝箱に化けた魔物が居ただけで、何も無いといって問題ない感じだった。唯一、収穫としてはチッタの魔法が不発にならなかったこと。やっぱり、アレは場所が悪かったんだろう。チッタは自信を取り戻してくれた。
やっぱり、チッタは笑ってくれてるほうがいい。
43■ピラミッド 4
引き返して、今度は東側の通路に入ってみる。通路は相変わらず細くて、一列になって慎重に進んだ。さっき行った西側の通路と違って、こちらの通路は暫く行くと北側に曲がって伸びて、更に先に進めるようになっていた。さっきの通路はすぐに行き止まりでスカの宝箱ばかり配置されていたことを思うと、なんとなく手ごたえめいたものを感じる。東側の通路はその後2回折れ曲がって、突き当たりに上り階段があった。
「当たり?」
私は前を行くカッツェに声をかける。カッツェは階段の下から上の階を覗き込んで、それから肩をすくめた。
「当たりかどうかはともかく、2階にはいけそうだ」

2階も細い通路が続いていた。ただ、厄介なのは1階と違って2階は細い通路しかないことだった。通路は真っ直ぐに伸びていて、時々交差する。交差する場所から、次の交差する場所までは同じ距離で、歩いている間に距離感や今がどこなのかが分からなくなってしまうようになっていた。
もちろん、歩いている間にも時々魔物が現れるから、戦い終わった後には自分がどこを向いているのかを把握するところからやり直すことになる。
「厄介だねえ」
流石にカッツェも舌打ちした。ちゃんと道をメモしてくれているけど、ややこしいことこの上ない。ちなみに私はもう今の場所のことなんてさっぱり分からない。
「今、ここだよね?」
チッタとカッツェはお互いメモを見ながら話し合う。歩いた時間だとか1ブロックの長さだとかで、二人には大体場所が分かっているみたいだった。
「2階だから、1階よりは底面積狭いよね?」
なんて声も聞こえる。
「リュッセは、二人の喋ってる話、わかる?」
「まあ、一応は。参加しないでいいのでしませんが」
「……そっかー、わかるのかー」
私ががっくりすると、リュッセは困ったように笑った。
「まあ、ああいうのは専門のヒトがやったほうが安全ですから、気にしないでいいですよ。適材適所とか、向き不向きという言葉もある事ですし」
「苦しいフォローをありがとう」
そんな話をしている間に、カッツェとチッタの話がまとまった。軽い説明を受けてから、私たちはまた歩き出す。
何本かの通路を曲がったり進んだりするうちに、少し広い部屋に到着した。部屋の真ん中には上り階段もある。細い通路ばかりを進んできた身には、少し嬉しい風景だった。
「あたりかはずれかは分からないけど、もう進んじまおう。違ったら別のルートを探せばいいんだ」
カッツェはそういうと、さっさと階段を上っていった。その気持ちはよくわかる気がしたから、文句を言わず私たちはその後に続いた。

3階は少し広めの部屋から始まった。北側には少し太い通路、東西には細い通路が伸びている。狭い通路に飽きていたから、私たちは迷わず北に伸びる太い通路を進むことにした。
通路は太いまま続いて、やがて突き当たりにたどり着いた。突き当たりの壁は装飾のついた大きな石造りの両開きの扉のようになっていた。壁には中央に縦に切れ目があって、そこを中心に左右対称の装飾がされている。開きそうなんだけど、手をかけるところもドアノブも、それから鍵穴もない。辺りには開けるための仕掛けもなさそうだった。
「開きそうに見えて、実は扉じゃないとか」
チッタは暫くあちこちを見て回って、挙句にそんなことを言った。
「開かないんじゃ仕方ない、別のルートを探すか」
カッツェもかなり名残惜しそうに突き当たりの壁を見てからそんなことを言う。そのまま3階を進むことになった。
3階は2階や1階に比べたらシンプルな作りになっていた。相変わらず通路は細いけれど、ややこしい交差もなければ落とし穴も無い。最初に3階に着いたときの部屋を基準に、突き当たりだった北の太い通路、東西に伸びた細い通路以外には通路も無かった。東と西の通路はそれぞれほとんど3階の端っこまで真っ直ぐ伸びたあと、どちらも南北にルートが分かれていた。北側は暫く歩けるようになっているけれど、南側はすぐに行き止まりになって、東西に枝分かれして終わっている。その突き当りには黄色い丸い押しボタンがあるだけだった。
「東側に東西のボタン、西側にも同じ。何かあるんでしょうかね」
「無いとはいえないけど、まだ押すのはやめとこう。まだ上があるだろうし、これが警報装置だったりしたら厄介だ。上を先に見て、何にも無かったらコレを押してみよう」
カッツェの提案を私たちは受け入れた。確かに警報装置だったら、先に進むのは難しくなる。

3階最初の部屋から西側に進んで、突き当りを北側に行ったところに上へ向かう階段があった。
「こんなにあっけなくていいのかなあ?」
と、疑っていたらやっぱりそう話はうまく進むわけは無かった。
4階へは簡単にあがることができたけど、通路を進んだ先には大きな鉄でできた扉があって、私たちが持っている盗賊の鍵ではその扉を開けることができなかった。
「姉さん、こう、なんか、盗賊っぽい技とかないの?」
チッタの不穏な質問に、カッツェが苦笑する。
「無いことはないけど、アタシの腕前はバコタの作った盗賊の鍵と一緒さ」
「そっかー」
「魔法の鍵ってのが手に入れば開くんだろうよ」
「ってことは、ココまでに魔法の鍵を手に入れる場所があったってことだよね? やっぱり怪しいのは3階のあの扉の向こうかな?」
「開くなら、ね」
私たちはそこで顔を見合わせてため息をついた。
「どうやってあける? 力技じゃないよね」
「何か方法があるんだろうよ」
「……やっぱり、怪しいのはあの丸いボタン?」
「で、しょうね」
私たちは力なく笑いあった後、3階へ戻ることにした。
44■ピラミッド 5
「……」
私は腰をさすりつつ起き上がる。
「みんな、無事?」
「まあ、何とかね」
そんなことを口々言いながら、皆も起き上がってきた。
「さて、どうするよ」
カッツェが天井を見る。現在私たちは2階に居た。

話は少し前に戻る。
私たちは3階に戻ってから、一番近い西にあったボタンを押してみた。その途端、床が抜けて私たちは2階に落ちていた、とそういう話。
「もう、からくり大っ嫌い!」
「好きって人はそんなに居ないよ。居るとしたら作るほうだよ」
チッタの叫び声に思わず私は答える。
「リッシュは腹立たないわけ!?」
「そんなことないよ、すっごいムカつく」
「絶対魔法の鍵見つけよう。ファラオが何だ。のろいがどうした! 攻略するぞピラミッド!」
やっぱり頭にきていたらしいカッツェの叫び声に、私とチッタは「おー!」といいつつ右腕を振り上げる。
「……いや呪いは嫌でしょう」
「そこで冷静になるな!」
「ついておいでよリュッセ君!」
カッツェとチッタがほとんど同時に叫ぶ。リュッセのほうは「はあ、まあ、善処します」なんて曖昧な返事をする。その上で、「ちょっと冷静になりましょうよ」なんてやっぱり言うのだった。
「大体、ノーヒントだよね? 扉にもあけ方かいてなかったし」
私は天井を見上げる。今は視界に見えるのは天井ばかり。私たちが落ちてきた穴は、とうの昔に閉じてしまった。
「4個ボタンがあるわけだから、全部押す時の組み合わせは15通りだね。1個が当たりって言うんだったら話は早いんだけど。まあ、そうじゃなくても、全部押してもいつかは当たる数だけどね、15通りって。……でも全部やるのは流石に面倒だよね」
「というか15回以上落ちるのは……いくらたいした高さじゃなくても嫌ですよ」
チッタの言葉にリュッセがため息をつく。
「まあそうなんだけどさ」
チッタは天井を見上げた。
「ボタンは全部で4個かぁ。東西に2つずつだったよね?」
「そう。東西通路の突き当たりに、それぞれ2こずつ。その2個もそれぞれ東西に分かれて作ってあった」
カッツェが短く返事をする。チッタはソレをききながら、まだ天井を見上げていた。
「東の東と、西。西にも東と西。……なんかそれにすごーくよく似た単語を最近聞いたよ、わたし」
チッタはそういうと、身振りを加えて歌い始める。
「まんまるボタンはお日様ボタン、まんまるボタンで扉が開く。東の西から西の東へ、西の西から、東の東」
「何だい、それ」
「イシスのお城で子どもが歌ってたんだよ。この辺に伝わってるわらべ歌みたいだよ。暗号なのかも、って」
チッタはまだ天井を見上げている。別にキレイな模様が書かれているわけでもない、普通の天井だ。
「なんて歌ってるって?」
「多分ね、重要なところは最後だよ。『東の西から西の東へ、西の西から、東の東』ってところ」
カッツェの問いかけに、チッタは最後の部分だけもう一度歌った。ソレを聞いていたリュッセが曖昧に笑いながら頷いた。
「確かに、普通の太陽の動き方とは違いますね。西から東に戻るなんて」
「つまり、東側の東のボタンを押して、次に西側の西側ボタンを押して、次に西側の東側ボタンをおして、東側の西ボタンを押すって……こと?」
私はごちゃごちゃしてきた頭を押さえながらうめくように訊ねる。
「うん、多分そう」
チッタはあっさり頷く。
「まあ、ノーヒントだし、試してみる価値はあるだろう。それで駄目なら、総当りだ」
「そうならないことを祈りましょう」

二階から三階へのぼった階段はすぐに見つけることができて、私たちは三階へ戻った。北側の太い通路の突き当たりにある石の扉には、今のところ変化は見当たらない。落とし穴に落ちたことからも分かってたけど、やっぱりさっきのボタンははずれだったらしい。
「あれだけ大層なドアなんだ。きっとあの奥だね」
カッツェが少し据わった目で言う。口元がにやっとつりあがっているのは、多分盗賊として腕が鳴るとか、そういうことだろう。
「ええと、最初は東の東?」
「そう。だからこっちだね」
チッタが東側の通路を指差す。相変わらず通路は細いし、ちょっと薄暗い。結構疲れてきているけど、そろそろココから出たいという気持ちもあって、私たちは歩みを進める。
東側の突き当たりでボタンを見つけるのは、たいした苦労ない。すぐに西側で押して落ちたのと同じようなボタンが作られていた。よく見るとボタンの周りには細長い三角形が8個、ボタンを中心に飾りとして彫ってあった。まるで太陽だ。
「まんまるボタンはお日様ボタンー」
背後でチッタが歌うのを聞きながら私は覚悟を決めて、息を止めてからボタンを押した。たいした手ごたえもなく、ボタンが壁に吸い込まれていく。
何も起こらなかった。
「この場合、何も起きないことにがっくりするべきなのか、それとも落ちなかったことに喜ぶべきなのか、ちょっと微妙だよね」
私が肩をすくめると、カッツェが笑った。
「そりゃ、落ちなかったことを喜ぶべきだよ」
45■ピラミッド 6
細い通路を東へ西へと行ったり来たりする。途中でもちろん何回か魔物と小競り合いもあったけど、それほど苦労せずに往復することができた。
「コレでラストだね」
今は、東側通路の西ボタンの前に居る。どのボタンもよく見ればきれいな装飾があって、手の込んだものだと感心する。
「じゃあ、押すよ」
ゆっくりとボタンを押すと、このボタンも壁に簡単に吸い込まれていった。
「……」
暫くボタンを見ていたけど、何の変化も無い。
「……何にも変わんない?」
「うん」
後ろからの声に私は頷く。目に見えて劇的な変化があるわけでもなく、ボタンは壁に吸い込まれたままだ。

と。

突然地響きがした。
ソレは低い音とともに数秒続いて、始まったときと同じように唐突に終わった。
「何か低い音がした」
「重そうだったね」
私たちは数秒何も言わず顔を見合わせて黙っていた。
「よし、行くよ」
カッツェの号令とともに、私たちは早足で歩き始めた。
多分、考えていることは一緒だ。
3階の中央にある階段にもどって、北側の太い通路を見る。突き当たりにあったはずの石造りの大きな扉は大きく開け放たれていて、その向こうにあった大きな部屋がココからでも見えるようになっている。
「おおおおおお、いいねえ、いいねえ、醍醐味だねえ」
カッツェは嬉しそうに言うと通路を北に歩き出す。もちろん私たちもそれについていく。
北側の通路の行き止まりにあったその部屋は、広くて壁一面に色々な絵が描かれていた。私には意味が分からないけど、多分、その絵一つ一つに意味があるんだろう。天井にも何かの図形が書かれている。随分芸が細かい。
「あれって星かなあ?」
「ああ、そうかもしれないですね。断定はできないですけど」
リュッセとチッタの賢い二人組みは、お互い天井の点や線を指差しながら首をかしげあう。その間に、私とカッツェは部屋の中をくまなく調べまわって、宝箱を二つ発見した。
「王の墓ってわりに、副葬品が少ないな」
「盗掘が第一目標じゃないんだよ、カッツェ」
「いや、一応鍵を探しにきた時点で盗掘だよ、第一目標は。それにしても……わざわざ謎といて宝箱が二つか」
「誰もこの部屋の扉を開けてなかったんだとしたら、きっと大当たりだよ」
カッツェが宝箱を開けると、そこには鍵が一つ入っていた。
銀に鈍く光っている。割と小さなものなのにずっしり重い。もしかしたら本当に銀を使っているのかもしれない。全体的にすらっと長いデザインで、赤い宝石が3つ装飾に埋め込まれている。今まで持っていた盗賊の鍵と比べて、随分華やかだ。
「ふうん、こういう仕組みか」
カッツェは暫く鍵をあちこち色んな角度から見て、納得したのかそんな声を上げる。多分説明してもらっても分からないだろうから、詳しくは聞かないでおいた。

「さあ、これからどうする? 一応目当ての鍵は発見できたけど」
「ピラミッド全制覇はできてないんだよね」
「アタシは全部まわりたいね。特に4階はドアが開けられなくて諦めて戻ったんだ。鍵を手に入れた今、開けないでどうする」
「僕は決定に従います」
「じゃあ、上にいってみよう」
「高いところ嫌いなリッシュの言葉とは思えない」
チッタが不思議そうな顔をする。
「だって、外が見えないでしょ。そういうのは、平気」
そういって笑って、私たちは上の階を目指すことにした。

4階にあった、大きな鉄の扉を新しく手に入れた鍵で開ける。
中は広い部屋になっていて、大きな柱を中心にたくさんの宝箱が置かれていた。誰も鍵を手に入れていなかったから、結局この部屋にたどり着かなかったってだけの話かもしれない。
「それにしても、上に来るほど造りが単純になってきてますね」
「飽きたんじゃない? 作るのに。おっきすぎるよ、一人のお墓としては」
リュッセの感想に返事をしながら、私は宝箱に近寄る。
「1階みたいに、宝箱に化けてる魔物だったら、ヤだねえ」
私が言ってるそばから、カッツェは宝箱に近寄っていく。まあ、盗賊としては見逃せないだろうな、とも思うけど。
「よし、あけよう。魔物だったらぶちのめそう」
「きゃー、カッツェ姉さん男前!」
言うやいなや、カッツェが目の前の宝箱を蹴りあけた。

――おうさまの ざいほうを あらすものは だれだ。
……われらの ねむりを さまたげるものは だれだ。

そんな不気味な声とともに、宝箱からミイラ男が飛び出してくる。流石にもう何回も戦った相手だし、ここではチッタの魔法も使える。だから敵にはならない。
すぐにミイラ男をなぎ払う。宝箱の中には派手派手しい服が一着入っていた。男物で、誰も着れそうにない。
「何かこう、一生こういう服とは縁が無いでしょうね」
ため息混じりに言うリュッセに、全員大いに納得してから、残りの宝箱を開けて回った。確かに色々実入りはあったんだけど、全員ちょっと使えなさそうな微妙なものばかりだった、とだけ言っておく。

結局、その後上を目指してみたけど、外に出る階段があるばかりで、何も目ぼしいものはなかった。勿論私はちょっと顔を出して外を見ただけで、皆のように外に出たりはしなかった。
そんな、怖い事しない。
46■お告げ
とりあえず、目的の鍵は手に入れたし、大体ピラミッドも回れただろうという結論に達して、私たちは一度イシスに戻ることにした。とはいえ、王家の墓から宝物である鍵を勝手に持ち出した身だから、感覚的には長居はしたくない。イシスを目指して遠くにオアシスを見つつ砂漠を南下しながら、私たちはこれからのことを話し合う。
「これからどうする? 鍵は手に入れたけど……コレといって目的は無いんだよね。お父さんの行方が知れたわけでもないし」
「魔王がどこに住んでるのか分からないのが問題だよね。歩いていける場所じゃない気がする」
「なんで?」
「威厳がないよ」
「……そうかな」
私とチッタの言葉を聞いて、カッツェが苦笑する。
「まあ、威厳かどうかは置いといて、歩いていける範囲は限られてくるな。この地域で歩いていけて、まだ行ってないっていうとポルトガかね。造船技術の高い国だ。ロマリアの西にある」
「何でコレまで行かなかったの? ロマリアから来たのに」
チッタが首をかしげると、カッツェは説明を続ける。
「ロマリアからポルトガへの道が封鎖されてるからさ。複雑な鍵の扉がつけられたんだよ。理由は知らないけどさ。今ならアタシたちはそれを突破できる」
「なるほど」
「東側は? アッサラームの東にすごい山脈があるみたいだけど、その東に街の絵があるよ」
地図を見ながら私は尋ねる。
「あー、そっちのほうはアタシも詳しくは無いけど、徒歩で山脈を越すのは無理なんじゃないかな。地元の人しか知らない道とかならあるかもしれないが」
「そっか。じゃあ、とりあえず目指すのはポルトガ? 船が手に入ったら海を渡って東側にもいけるし、知らないこの辺の大陸にもいけるかも」
そういって私は地図の東側を指差す。今自分が居るのは西側にある大きな大陸で、東側とはもちろん繋がっていない。地図の真ん中はほとんど海だ。その海の南のほうにアリアハンがある。
「で、その船のお金はどこから出るんですか?」
リュッセが苦笑して続ける。
「外海を行くなら大きな頑丈な船が要るでしょうし、そんなの誰も操れないですから船員を雇う必要も出るでしょう? それに都合よくそういう船が見つかるとも思えないんですけど」
「……それも、そうだね。どうしよっか」
私は思わず頭を抱える。旅をするお金はそれなりになんとかなってるけど、船を買うような余裕があるわけじゃない。
「でも、ポルトガに行ってみるのは有りだよ。船の値段がわからなきゃ貯めようもないし、イシスでずっと立ち止まってるよりいいと思う。ポルトガより先にアッサラームに行って、地元の人に東に行くルートがないか聞いてみて、あったらそっちへいってもいいし」
チッタはそこでかくん、と首を傾けた。「どう?」というようなジェスチャー。
「うん、そうしようか。ともかく、疲れたからイシスでしっかり寝て、ルーラでアッサラームに行って話しを聞いて、それから考えよう」


オアシスに到着する。
相変わらずお城をバックに大きな街が塀に囲まれて存在する様子はキレイだ。昼間だから、街の入り口の門は開け放たれていて、旅人や商人たちが行き来している。門の所で兵士さんに声をかけられた。
背中をつめたいものが走り抜けていく。
もしかして、王家の宝物を盗ってきちゃったの、ばれたかな?
「ご無事で何よりです、リッシュ様」
……様とかついてる。
「我らが女王様が再びリッシュ様にお会いすることを望んでおられます。お疲れでしょうが、どうかご同行をお願いします」
そういわれてしまっては断るわけにも行かず、私たちは兵士さんを先頭に歩き始めた。とはいっても、ちょっとだけ離れて後ろをついていくというのが正しい。
「……怒られるのかな」
「返せとか?」
「どうして分かっちゃったのかな」
「神秘的な人だったもん、何か不思議な力の一つも持っててもおかしくないって」
そんなことをこそこそと背後で小声で話している間も、兵士さんは振り返ることなく真っ直ぐカツカツと歩いていく。私たちはそれになんとなく重い気持ちでついていく。お城がどんどん大きく見えてくると、足が重さを増した気がした。
でもお城に到着してしまうのは仕方の無いことで、遂に私たちは女王様の前に到着する。
「できるだけポーカーフェイスで、しらばっくれろ」
とカッツェは言うけど、それは私が一番苦手なこと。
全然自信はない。

「皆の無事を喜びましょう」
女王様は話し始める。相変わらずキレイな人だ。涼やかな声が、窓からの風にのって聞こえる。この声に問い詰められたら、私は鍵のことを言ってしまう。もしかしたらやってないことだって認めるかもしれない。
心を磨かなきゃいけないのにドロボウしてごめんなさい。
そんな心境。
「夢を見ました。リッシュ、貴女の夢です」
(やっぱり神秘的な力の一つも持ってるんだよー)
隣でチッタが小声でささやく。私は微笑もうとして顔が引きつったのを感じた。笑えてない。コレは自信がある。
「この国で手に入れたものが、貴女の助けとなり、新しい道を切り開く夢でした」
ばれてる、ばれてるよ。
「そしてそのことが小さなきっかけとなり、やがて貴女は巨大な闇をも打ち払い、光を呼び込むのです」
「……」
ちょっと話が大げさすぎじゃないですか。
「わたくしには、その闇は非常に恐ろしく、この世のものとは思えませんでした。しかし貴女はやり遂げるのです。ですから」
そこで女王様はにこりと笑った。
「貴女の旅にわが国のものが役立つのであれば、それはとても幸せで光栄なこと。気にせずお持ちなさい。そして貴女は貴女の信じる道をお行きなさい。わたくしは貴女の無事を祈りましょう」
「あ、ありがとうございます」
そうやって声を絞り出すのがやっとだった。女王様はきれいに微笑んでいて、私の顔はやっぱり引きつったままだ。
「次はどちらへ旅をするのですか?」
「ポルトガのほうを目指すつもりです」
「そうですか」
女王様は頷くと、隣に立っている女官に小声で何か指示した。暫くすると女官は紙とペン、などを持ってくる。女王様はソレを受け取ると、その場でなにかをさらさらと書き付けて封をすると、女官にソレを手渡した。今度は女官が私のところへ来て、その封書を私に差し出す。私が受け取ったのを確認すると、女王様は続けた。
「それをお持ちなさい。ポルトガの王に見せれば便宜を図ってくれるでしょう」

私たちはお礼を言うと女王様の前を辞した。
かなり緊張したせいか、宿に帰ったらぐったりしてすぐ寝てしまった。
女王様と違って、夢の一つも見なかった。

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