6 ■突撃シャンパーニュ
カッツェ姉さん、過激!


29■シャンパーニュの塔 1
カザーブまで南下して一泊して準備を整えてから、進路を西にとる。
カザーブの西側も、暫く山道がつづいていた。その山道が終わると、目の前には緑の草原が広がってくる。辺りには視界を遮るようなものは何もなくて、ともかく見渡す限り草原が続いていた。空は抜けるように青くて、この前まで居たカザーブやノアニールとは、雰囲気が全然違う。開放感といってもいいかもしれない。
少し休憩することにして、私たちは木陰を見つけて座る。
どこを見渡しても草原で、樹はまばらにしか生えていない。日を遮っての休憩は、いつでもできるわけではなかった。
「シャンパーニュの塔ですけど、カッツェは行った事があるのですか?」
リュッセはカッツェに尋ねる。流石に長い期間旅を続けただけあって、リュッセからも仲間の呼び名から「さん」付けはなくなった。そういえば、なくなったのはいつだっただろう。自然と消えていったから、良く分からない。
「アタシ? もちろんあるよ」
カッツェが軽く返事をする。
「それは心強いですね」
「前から聞きたかったんだけど、リュッセとしてはアタシら盗賊はどういう存在なんだい? 僧侶としての視点」
「僕ですか? 街などで盗みを働くのは言語道断ですけど、遺跡にもぐって遺失物を手に入れるのは悪いことではないでしょう。カッツェのようなトレジャーハンターなのであれば。只の盗賊であれば、まあ、古代の貴重な宝が闇に消えるという側面もありますけど、トレジャーハンターが手に入れたものを売るのは、魔術師であるとか、価値が分かる人でしょう? であれば、古代何があったのか、などの解明にも繋がるわけですから、一概には言えないですよ」
リュッセは答える。少し苦笑している。
「ねえ、カッツェ姉さん。今から行くシャンパーニュの塔っていうのは、どういうところなの? 立地とか」
「周りには何にもないね。今みたいな草原にいきなりどーんと建ってるんだ。6階建てだよ」
6階という高さに私は一瞬めまいを感じたけど、とりあえず黙る。
頭の中で、「平常心平常心」と繰り返しながら。
「結構高いですね」
「ああ、それで5階にちょっとした居住スペースがあって、そっから見張りとかしてる。周りに何にもないから、近寄ってくるのは目立つんだ」
「じゃあ、わたしたちが乗り込んでいくのも見えるわけだね」
「そうなる。そのせいか、色んな盗賊が代々住むんだよ。今はカンダタだね。アタシたちが行ってぶちのめしてひっ捕まえても、暫くしたら別の盗賊団が住むだろうね」
「でも、近くに村や町はないですよね? ちょっと効率が悪くないですか?」
「それでもカザーブやノアニール、ロマリアあたりまでなら馬とか使えば荒らせるからね。案外なんとかなっちまうもんさ」
「その熱意を別のことに使えばいいのに」
チッタの率直な感想にカッツェは笑った。
「ともかく、塔に近づいていく時点で相手にばれてると思ったほうがいい。もしかしたらボケた見張りが見落としてくれるかもしれないけどね、そういうのには期待しても仕方ないだろ」
カッツェは肩をすくめる。
「でも、夜に乗り込むとかはアリじゃないかな?」
私が提案すると、カッツェは首を傾げて見せた。
「ランタンの光でばれると思うよ。いつもどおり昼間動いたほうが、多分体調的にもいいだろうね。街での強襲や不意打ちじゃないんだから、闇にまぎれるとかはあんまり考えなくていいと思う」
「そうだよ、慣れないことはいきなりできないよ」
チッタは大きくうなずく。
「じゃあ、まあ、普通に行きましょう。まあ、まだ塔自体見えてないわけですが」
リュッセは苦笑してから立ち上がる。
「あとどのくらいですか?」
「徒歩なら、あと2日くらいかな」


広い草原地帯をゆっくり歩く。吹いてくる風は穏やかで、足元で草が揺れる音は心地よい。空は相変わらず透明感のある青で、開放感がある。刷毛で塗ったような薄い雲がたなびいているのを見ていると、今から盗賊の本拠地に乗り込んでいくなんてウソみたいだ、と思う。
草原を歩き始めて数日。
遂にシャンパーニュの塔が視界に入ってきた。それは最初小さな棒で、近づいていくにつれてかなり大きな塔だということが分かってきた。カッツェの言ったとおり、周りには視界を遮るようなものは何もない。ただ、平原にどーんとその塔は堂々と立っていた。あまりに堂々としていて、盗賊が住んでるなんてにわかに信じられない。
入り口の前に立って見あげる。入り口にドアはなくて、周囲の床は雨ざらしになっているのか、泥がこびりついている。壁にはところどころ蔦が張っていて、妙に威圧感があった。
「おっきな塔だね。……他に入り口は? ここからはいって、別のところから逃げられたら意味が無いよ?」
チッタがカッツェを見あげる。
「ない。大丈夫。ただ、窓から逃げられたら流石にどうしょうもない」
カッツェは短く答える。視線は鋭く上のほうを睨んでいて、かなりご立腹のように見えた。
「じゃあいくよ。道は分かってるから最短距離だ。ぶん殴って首根っこ引っつかんでロマリア王の前に突き出してやる」
カッツェは指をバキバキと鳴らしながら、にやりと口の端を吊り上げた。
30■シャンパーニュの塔 2
塔の中はひんやりとして、薄暗かった。壁は青色っぽい石造りで、床は灰色。もしかしたらこの薄暗さは、光が圧倒的に少ないという原因以外に、配色にもあるかもしれない。薄暗い中歩くのはあまり気分のいいものではないから、ランタンをつけて歩く。辺りは基本的にしんとしていて、人が住んでいるようには思えなかった。
この塔にも魔物は住み付いていて、時々襲われもする。けど、塔の外とほとんど違わない魔物だったから、意外とあっさり蹴散らしながら歩くことは出来た。
カッツェの先導で、どんどんと通路を進む。
塔の中はあまり複雑なつくりになっていない。そういう気分になるのは先導があるからかも知れないけれど、時折覗き込んでみる通路もすぐに行き止まりなのが見えるくらい。侵入者を、道の複雑さで撃退するというよりは、隠れ潜んでいて襲い掛かることを考えた造りになっているのかもしれないな、と思う。
そのうち階段が見えてきた。
私の本格的な試練は、この辺りから始まった。

「……」
二階は、いきなり開けた視界から始まった。まあ、つまりは壁がなかった。少し高くなった視界に、空の青がまぶしい。思わず息を止める私に、後ろから歩いてきていたチッタが気づいたのか顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「ちょ、ちょっとビックリしただけ。大丈夫。心の準備ができてれば、平気」
幸運にも、壁のない場所すれすれを歩くことにはならなかった。カッツェは壁のないほうとは逆の方向へ歩いていく。地面はしっかりとして揺れることはなかったし、広場といっていいくらいの通路は心強い。
「次からも壁はないつもりで歩かなきゃ、かもよ?」
チッタは苦笑して私の手を握る。
「うう、何で世界には塔なんてものがあるんだろう」
呟くと、後ろでリュッセが「くっ」と笑ったのが聞こえた。ああ、何かショック。
そんな緊張感の欠けた私たちに、カッツェは怒ることもなく、ただひたすら真っ直ぐ道を歩いていく。カッツェの目的はあくまでカンダタとかいう盗賊をぶん殴ることで、今は私たちの様子なんかにかまっていられないんだろう。それはそれで、何かショック。
二階を丁度ぐるりと半周した辺りにある小さな部屋に、階段があった。
……次は壁があるといいな、と本気で祈った。

私の期待はあっけなく却下されたようで、次の階も所々壁が無かった。なんというか、盗賊さんたちには高所恐怖症の人は居なかったんだろうか。そういう人はそもそも盗賊にならないんだろうか。ともかくこんなところに住んでいるなんて、ちょっと私には無理、考えられない。
なんて脳内でともかく別のことを考えるようにして、なるべく外を見ないようにして歩く。外側に近寄らないのであれば、ちゃんと足だって動くし、何とか大丈夫。なじみの塔みたいに、通路が壁なし側にあるんじゃなくて本当に良かった。
結局4階の盗賊さんたちの詰め所みたいなところまで、この「壁が無い場所」に私はひたすら攻撃され続ける羽目になった。

「さて」
カッツェが声をかける。
「この階段をあがった次の階は、いきなりカンダタたちの居住区にでる。今何人詰めてるか分からないが、とりあえず気合いれておくれ。壁もちゃんとあるから、リッシュも安心していい」
「……うぅ」
私が恨めしい目をカッツェに向けると、カッツェは笑って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「アンタたちには感謝してる。コレはアタシの私怨だったのに、着いてきてくれたし。正直最初は頼りなかったけど、今じゃ頼りになる勇者様ご一行だ。コレで終わりはちょっと寂しい気もするが、今までありがとう」
「そういうの、言わないでよね」
チッタが口を尖らせる。
「そういうの、言うとろくでもないことが起こるんだから。物語では」
チッタの言葉に、私たちは暫く笑う。
それから階段を上った。
階段をあがると、どこかの部屋の中に出たようだった。細長い部屋の床には赤い絨毯が敷いてあって、その両側には人の彫像が飾ってあった。そのどれもが肉体美を誇る男の人で、あんまりいい趣味ではない。そんな中、カッツェは驚く事もなくずんずんと進んでいく。ということは、コレは前からあったってこと? 見慣れてる? なんて色々聞きたい気分になったけど、ソレは叶わなかった。
「あ? 誰だ?」
部屋の中に、男が二人居た。
部屋はテーブルが二つあって、椅子がそれぞれ4つずつ置かれていた。結構大所帯な盗賊団なのかもしれない。二人とも、こちらにある入り口に向かって置かれている椅子に、行儀悪く座っていた。どうやらカードゲームをしていたらしくて、テーブルにはカードが散乱している。二人ともがっしりした体格をしていて、お世辞にも目つきが良いとは言えない。その悪い目つきの目を、さらに鋭くして私たちを睨みつける。
「お前等みたいな雑魚に用は無いよ。カンダタを出しな」
カッツェがすごんで言う。
「!! 姐御!?」
「よくも置いてけぼりにしてくれたもんだねえ?」
カッツェが低い声のまま、にやりと笑って男たちを見る。
「もう一度言うよ? カンダタを出しな」
「ひ!」
息を飲んだのがどちらだったのか。二人は顔を見合わせると、「親方に報告だ!」と口々に言うと私たちに背を向けて部屋の奥に向かって走り出す。
「待ちな!」
カッツェの鋭い声にも関わらず、男たちは部屋の奥にあった階段を駆け上がっていった。カッツェもソレを追いかけて走り出す。
「行かなきゃ!」
チッタはカッツェの背中を見て叫ぶと走り出す。私とリュッセもそれに慌てて続いた。
部屋を横断して、そのまま奥の階段を駆け上がる。視界にはカッツェとチッタの背中。小部屋から外に走り出ると、また壁のない階層だった。一瞬で体が冷えた気がしたけど、それどころじゃないと思い直して走る。
「よくここまでこれたな、褒めてやるぜ!」
そんな声に、私たちは立ち止まる。
少し離れたところに、男が数人の取り巻きを連れて立っていた。取り巻きの中には、さっき走り去った男たちもいる。ということは、真ん中に立っているのが親分。カンダタだ。
カンダタは背が高く、がっしりとした体つきをしている。太い腕で、かなり力があるのだろうということが分かる。無造作に持った大降りの斧がちょっと不気味だ。正面から戦っていたら、ひとたまりもないかもしれない。上半身は裸で、やっぱり筋肉質の体をさらしている。顔は覆面でわからないけど、唯一見える目はかなり鋭そうだった。全体的に、なんか、こう、大きい。縦にも横にも大きい。声には絶対的な自信があって、そのせいかとても大きく見えた。
「それに良く見ればカッツェじゃねえか。よくアリアハンから帰ってこれたな」
ち、という舌打ちが聞こえた。
「よくもまあ、捨ててってくれたもんだよ。このうらみは平手一発じゃ足んないよ。首根っこひっ捕まえてロマリア王の前にたたき出してやるから覚悟しな」
カッツェが指をばきばきならす。辺りの温度が一気に下がっていっている気がするのは気のせいだろうか、気のせいだといいな。
カンダタは、ふ、と鼻で笑った。
「できるモンならやってみな。お前らの快進撃もココまでだ。なぜならお前たちはオレに触ることすらできねえよ」
「……んだって?」
馬鹿にしたような言い方に、カッツェが走り出す。
「あ! ちょっと無策で突っ込むって!」
普段のカッツェなら絶対にしないであろう行動に、私たちは慌てて追いかける。カンダタまではまだ距離がある。攻撃するにせよ、近寄る必要があった。

「じゃあな、カッツェ」

カンダタの、小馬鹿にしたような声がしたと思ったら。
足元の床がなくなった。
落とし穴だと気づいたときには、私たちは落下し始めていた。
31■シャンパーニュの塔 3
床に叩きつけられて、一瞬息ができなかった。
「ここ、どこ?」
何とか起き上がったチッタが言う。
「部屋だから、4階? 落とし穴だし」
私も答えながら起き上がる。体のあちこちが痛いけれど、深刻な怪我はしていなかった。無言で立ち上がったカッツェはすぐに歩こうとしたけど、リュッセに止められる。
「とりあえず、傷を治してからにしましょう」
リュッセの回復魔法が私たちの怪我を治していく。
「追い詰めないとね。せっかくのチャンスなんだし」
チッタの言葉に、カッツェはうなずいた。
「ともかく、もう一回上に行くぞ」
その声に、私はため息をつく。カンダタが居たのは、おっそろしく視界が開けていた5階。またあそこまで行かなきゃいけない。歩くのは全然苦じゃないけど、高さが……。それを考えただけで、足が重くなる。
「ともかく、追いかけなきゃね。王様の冠も取り返さなきゃだけど、何よりカッツェ姉さんがまだビンタ食らわせてない」
どっちが重要かといったら、前者な気がするんだけど、その辺は、ま、置いておく。
私たちは急いで階段を駆け上がった。私にとって問題なのは次の階であって、部屋であるこの場所はたいした怖さはない。

カンダタと遭遇した階は、なるべく壁ぎわで、実際に壁に手を付いて歩いた。
漸くカンダタが居た場所に着いたときには、もうカンダタの影も形も見えない。
「おかしいよ。だってココまで1本道だったよ?」
チッタが辺りをきょろきょろと見渡しながら言う。この塔はここより上はないし、下に行くためには私たちが居た部屋を通るしかない。
カッツェはいらいらと辺りを歩きながら何かを調べているみたいだった。数分そうしていて、早足で帰ってくる。
「奴らロープで降りやがった。長さから言って、ありゃ3階だね」
「……」
青ざめる私に、カッツェが恐ろしく冷静な声で言う。
「行くよ。ロープを伝って降りる」
「……や、やっぱりそうなの?」
「アタシが抱えて降りてやるから、リッシュはじたばたすんじゃないよ」
反対意見が言えるような状況じゃないのは、考えるまでもなかったから、私は半ば人形のような感じで首を縦にかくかくと振るしかなかった。

塔の北側、私たちが居たところからは目立たないところにある柱の、一番下のところにロープがしっかりと結わえ付けられていた。きっとココからカンダタたちはロープを伝って下の階へ逃げたんだろう。……本当にコレを……。
考えている暇なんて、私にはなかった。ロープを見た瞬間、カッツェにがっしりと腰をつかまれ、そのまま抗議の声も上げられないままロープでの滑降。カッツェは物凄いスピードでロープを伝って、その終わりまで進む。2階分さがったから、多分ココは3階だろう。カンダタたちは、大きな宝箱を持って私たちに背を向ける状態で逃げ始めている。けど、宝箱が重いのか、あまりスピードはない。
チッタとリュッセもそんなに時間を空けず降りてきた。それを確認してからカッツェが声を張り上げる。
「待ちな!」
カンダタたちが振り返った。
「まだ追ってくるか! ええいしつこい奴め!」
言いながら、斧を構える。「やっちまえ!」
子分たちは持っていた宝箱を床に置くと、思い思いの武器を手に私たちに向かってきた。問答無用の戦いが始まった。

カンダタの一撃は遅いけど重い。何とか盾で防ぐことはできるからいいけど、直撃を食らうとかなりヤバイ状況になるだろう。かといって、盾で防いでいるから安全かといえばそうでもない。一撃を受けるたびに腕に重い衝撃が響く。あまり何回も受けていられないだろう。子分たちもかなり鋭い攻撃を繰り出してくる。スピアはこちらと間合いが違うから、攻撃が分かりにくかった。戦闘が長引くと、多分こちらに不利だろう。
けど、こちらの攻撃もかなり有効だった。ちょっと前にチッタが覚えてくれたベギラマが心強い。怪我をしたらリュッセが魔法で治してくれる。最初こそ、力に押されて不利な展開だったけど、怪我の回復があるだけ、私たちがじりじりと相手を圧倒し始める。
そして。
「参った! 降参だ! 金の冠は返すから! この通りだ許してくれ!」
遂にカンダタが叫んだ。子分たちはとうに気絶して床に倒れている。
「あ? ざけんじゃないよ?」
カッツェは言うと、止める間もなくカンダタに平手打ちを食らわしていた。しかも往復。ばしんと凄い音がした。ごきごきっていったのは何の音だろう。
「アンタどの口で『許してくれ』とか言うんだい? やるからには覚悟ってもんがあったんだろう? え? どうなんだい」
カッツェは膝をつくカンダタの正面に仁王立ちすると、指の骨をごきごきと鳴らした。
口の片端がうっすらとつりあがってる。笑ってるんだ、この人。
ちょっとカッツェが怖くなったりしたけど、まあ、見ないふり見ないふり。
「イヤ、本当に悪かった! な! カッツェ! オレとお前の仲じゃないか!」
「どんな仲だったか忘れたね!」
ばしん、とまた平手打ち。
「な! そんなつれないこというなよ! そこのお姉ちゃんも何か言ってやってくれよ!」
「カッツェ姉さんレッツゴー!」
カンダタに泣き付かれたチッタは笑顔で右手を挙げる。カッツェ、またもやカンダタに平手打ち。
「そりゃないだろ姉ちゃん! オレもう改心してこれからは悪事しねえから! なあ! 兄さんもなんか言ってやってくれよ!」
今度はリュッセにカンダタは言う。
「過去の悪行の報いを受けるのは当然でしょう」
リュッセはため息混じりにそんなことを言った。
カッツェ、またもや平手打ち。そのうち平手がグーになるかもしれない。
「金の冠は返す! もう悪いこともしない! だから許してやってくれよ!」
「信じられると思うのかい? アンタをボコった後は首根っこひっ捕まえてロマリア王に突き出すって言っただろう?」
カッツェ、またもや平手打ち。
「ねえ、なんか気の毒になってきた」
私が言うと、カッツェは鋭い目を私に向けた。
「甘い、甘いよリッシュ。こんなの口先だけに決まってンだろう?」
「でも、やめるって言ってるし、金の冠も返すって言うし、信じてあげるのも度量の広さだと思うんだけど……」
カッツェが冷たい目をカンダタに向けた。
「今すぐ金の冠を出しな。ここに」
カンダタがささっと冠を取り出して床に置いた。
「あと、その持って逃げようとしてた宝箱も置いて行きな。こっから何一つ持ち出すんじゃないよ」
金の冠を拾って検分しながら、カッツェは鋭い声を出す。カンダタはそれに従ってうなずいていた。
「さて。ウチのリーダーが許してやろうっていうから、この程度で許してあげるよ。本当はまだ許したんないけどね。……5秒時間をくれてやるから、アタシの目の前から今すぐ消えな!」
カッツェの言葉に、カンダタは飛び跳ねるように立ち上がって壁のないほうに向かって走り出す。倒れていたはずの子分たちも跳ね起きると、カンダタの後を追いはじめる。
「あばよ!」
そんな声とともに、カンダタたちは壁から下へ次々と消えていった。
多分、ロープがあったんだろう。私はもう二度とごめんだけど。

暫くして、私たちはお互い顔を見合わせる。
「甘いかな?」
「甘いよ」
私の言葉に、カッツェがため息交じりに答える。チッタは首をかくん、と傾げて見せた。どういう意味合いのジェスチャーかはよく分からない。リュッセは苦笑しているだけだった。
「反省してるって言葉を信じたかったんだよね。だから、もし、何処かで次に会うことがあって、その時悪いことしてたら、今度は容赦しない」
私が言うとカッツェは少し笑った。
「まあ、リッシュがリーダーだ。決めたのがリッシュだったら、従うしかないね。しかし……」
カッツェはカンダタが逃げていったほうを見てにわかに目つきを鋭くした。
「アタシは殴り足んなかったよ」
「カッツェ姉さん、過激!」
「で? これからどうするんだい?」
「これからって?」
私はきょとんと聞き返す。カッツェはカンダタをひっぱたくまで一緒に行く約束だった。
「次、どこへ行くのかって聞いてるんだよ」
「カッツェも一緒に行ってくれるの?」
「不満かい?」
「まさか! そんなの全然! でも何で? ここまでって約束だったよね?」
「アンタたちと旅をするのが面白くなった、コレじゃ理由は足りないかい? 世界はまだまだ広いからね。アンタたちと行けば見知らぬお宝も見られそうだし」
まだカッツェが話している最中にも拘わらず、私とチッタは思いっきり歓声を上げて、カッツェに抱きついた。
「きゃー、さすがカッツェ姉さん! もう大好き!」
「ずっと一緒に行こうね! ね!」
カッツェは呆れたように大きく息を吐いてから、それでも私とチッタの頭を交互に撫でてくれた。
「まあ、これからもよろしく」
「アンタのテンションの低さも今はちょっと心地いいよ」
リュッセの挨拶にカッツェは苦笑すると、そんなことを言った。
32■ロマリアの女王様
金の冠を返すことが先決だろうという意見がまとまって、私たちはチッタのルーラで一気にロマリアまで戻ってきた。相変わらずロマリアは空が突き抜けるように青くて、緑がみずみずしい。視界が急に明るくなった気分。全体的に、色彩鮮やか。
今まで居た山奥のカザーブや、北の限界にあったノアニールとは、周囲の色合いが全然違う。もちろん、季節が変わらなさそうなエルフの隠れ里とは、根本的に違っている。
「何か、ロマリアは華やかでいいねー。わたし、この国好きかも」
チッタは久しぶりに戻ったロマリアの大通りで、あちこちきょろきょろと見ながらそんなことを言う。足取りも軽くて、ちょっとスキップしているみたいにも見えた。

久しぶりのお城は、相変わらず威圧感がある。門番さんたちは私たちの顔を見て敬礼をしてくれる。何だか急に偉くなったみたいで変な気分。ちょっと居心地悪いものを感じながら、王様に頼まれたものを取り返してきたことを告げると、門番さんたちはすぐに王様に取り次いでくれた。
玉座の間に続く、赤いじゅうたんが敷かれた廊下を歩く。広い中庭には、花壇が作られていて色とりどりの花が咲いているのが見えた。階段をのぼるとそこが玉座の間。随分久しぶりに来た感じがする。
「おお、良くぞ金の冠を取り返してきてくれた。心から礼を言おう」
王様は、私の手からお付きの人の手を経て漸く手にした金の冠を暫く色んな角度から眺めていた。
「それにしてもあの悪名高いカンダタから良くぞ取り戻してくれた。そこで、だ」
王様は笑顔で私の顔を見た。
「そういう勇敢な者にこそ、王の座がふさわしい! どうじゃろう、ワシの変わりにこの国を治めてみないかね?」

……え?

「王様、何を言っておられるのですか?」
呆気にとられてとりあえず、何とか返事をすると王様は少し困ったような顔をした。
「本来ロマリアは女王を立てない国なのだが……しかし女のか弱い腕でカンダタを倒したその勇気。やはり王にふさわしい。というわけでどうじゃ、国を治めてみんかね?」
「いえ、だから、困ります」
「むう、そんなに断られてばかりじゃとわしも言うことがなくなってくるではないか。そんなわけじゃから、王になってみんか?」
「諦めてください」
私と王様の押し問答を、なんとなく大臣さんが申し訳なさそうな顔で見るのは何でだろう。
そんな顔で見てないで助けてくれればいいのに。
「そなたも頑固じゃのう、しかしわしも頑固さでは負けん。というわけで、王になってみんかね?」
「お断りします」
自分でもどんどん辞退の言葉が冷たくそっけなくなっていっているのには気づいているけど、王様にされては困るから、ともかく必死で断る。
「……仕方ない。そこまで意思がしっかりしているのであれば、もう言うまい」
王様の言葉に私はほっとして少し息を吐く。
「また旅を続け、何かあったらわが国によると良い。いつでも歓迎しよう。……ところで、全然王様には興味なかったかね?」

正直に言う。
私はこのとき、王様の勧めを断れたことで気を抜いていた。

「ちょっと、興味はありました」
「じゃろ!? では王の座を譲ろう!」
「は!?」
問答無用、という感じで王様は玉座から飛び上がると、そのまま私の頭に金の冠を載せて、すぐさま別の部屋に向かっていってしまった。
「え? ええ!?」
呆然とする私を、女官さんが取り囲み、あっという間に別室につれてこられる。そのまま着替えだとかなんだとかがあって。

気づいたら私はステキなドレスを着て金の冠をかぶった王様スタイルで、玉座に腰掛けていた。
悪い夢だと思いたい。

呆然とした気分のまま、辺りを見てみる。とりあえず、周りに仲間は一人も居ない。右手側に王妃様がいて、その斜め前に大臣が立っている。あとは兵士がいるばかり。
「あの……」
思わず大臣に声をかける。彼は恭しく礼をしてから、「どうされましたかな、女王様」などと言った。
「ええと、王様はどちらに?」
「貴女が王様です」
大臣は困ったように笑った。
「前王は隠居なさいました」
「……」
「どうでしょう、貴女のお城を見て回られては?」
「そ、そうします」
私は急いで玉座から飛び降りると歩き出す。ドレスやら付随したマントやらが恥ずかしい。
「女王様」
王妃様に呼び止められる。
「わが夫、前王はそれなりに王として良くやってました。けど、貴女なら女性ならではの視線から、細やかな政治してくださることでしょう。期待しております」
「……」
王妃様まで……。
ちょっと泣きそうな気分になりながら、私は歩き出す。ともかく王様を見つけて王位を返上しなきゃ。
そう思って立ち上がったけど、誰も私を止めなかった。もしかしたら、前の王様もよく歩き回っていた恩恵かもしれない。


自分で前の王様とか言っちゃった!
駄目駄目、流されちゃ。

取り合えず城の中を探してみる。
途中すれ違う兵士さんたちが「こんにちは女王様」とか言ってくれるのが気恥ずかしい。これはロマリアの城中をあげたいたずらか何かじゃないんだろうか。みんな息が合いすぎ!王様のお父さん、つまり前の王様(今度は間違った意味じゃなくて!)にも「遂に王座を押し付けられたか……」と同情される始末。ああ、私は無事に王座返上ができるんだろうか。相変わらず皆も見つからないし、本当にどうしようか。
ロマリアは安全なお国柄なのか、それとも私の腕っ節が強いというのが共通認識なのか、もしくはお気楽なお国柄なのか、ともかく王様の格好のままでも城の外に出ることができた。
そういえば、王様が賭け事が好きだという話を前何処かで聞いたことがあったことを思い出した。
この国で、賭け事ができるところといえば、ロマリアに着いたときにカッツェに場所だけは聞いてある。そのときはカッツェに止められて中に入ってないし、今だって積極的に中に入りたいわけじゃないけど。ともかく、一番居そうな場所はここ。
私は暫く考えてから、階段を下りた。

中は物凄い喧騒に包まれていた。皆がみんな、すり鉢上になった部屋のなかの、一番下に注目している。そこではどこから捕まえてきたのか、魔物たちが戦いを繰り広げていた。ここに居る人の大半は、その中のどの魔物が勝つか賭けているみたい。ココで暫く見ていたら、色んな魔物の攻撃特性とか分かるかも知れないけど、お金がもたないだろうし、賭けないで見てるとそれはそれで予想が当たったとき悔しいだろう。つまり私にはあまり意味がないといえる。それに今は、賭け事より王様を見つけることのほうがよっぽど重要だ。
場内を歩いてみる。王様らしい人はなかなか見つからない。逆に「女王様でもこういうところにいらっしゃるんですね。わかってますわかってます。息抜きでしょう。黙っておきますよ」なんて知らないおじさんに言われる始末。ほとんど場内も一周してしまって、もうココには王様は居ないかもしれないと思いかけたとき、私は王様を発見した。丁度賭け札を買ったところらしく、手に紙を握り締めている。
「王様!」
私はその腕を引っ張りつつ、小声で声をかける。
「おお、リッシュか。なかなか女王の姿も似合って居るな」
「冗談じゃないですよ! お願いですから、旅立たせてください!」
「……えぇー」
不満そうな声をあげる王様。
「不満そうな声なんて出さないでください! 仕事してくださいよ!」
「その仕事はリッシュの仕事じゃろう」
「お・う・さ・まー!」
自分でも目が据わってきたのが分かる。王様はちょっとたじろいだ後
「そうか……。いやなものを続けさすわけにもゆくまい。わしもしばらくではあるが すこしは息ぬきができたしな。……あいわかった! リッシュよ!そなたはやはり旅を続けるがよかろう!」
「はい!」
「……しかし、じゃ」
「なんですか」
「この札が無駄になるので、この試合だけは見せてくれ」


こうして、悪夢のような女王体験は半日くらいで終わった。
後で聞いてみたら、大臣さんは既に5回、王様をやらされたことがあるらしい。妙に兵士さんたちや、国の人たちの反応が慣れていたわけだ。それでも何も起こらないんだから、もしかしたらこの遊び好きの王様は、王様としての能力や人望は高いのかもしれない。
「そういえば、私が王様やってるとき、皆はどこに居たの?」
「客室だよ。どうせ長くて三日、短かったら半日くらいで気まぐれは収まるからってね」
「じゃあ、私ががんばらなくても三日も我慢すれば王様は帰ってきたわけ?」
「さあね」

何だかどっと疲れたものを感じながら、私たちはロマリアをあとにして、東に進路をとった。
できればしばらく、ロマリアの王様の顔は見たくない。

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