4 ■冠と盗賊
ロマリア王の依頼と、カッツェの因縁。


17■ロマリア 1
森を抜けた先の草原を歩く。吹き抜ける風は海の匂いを含んでいて、なんだか少しアリアハンが懐かしい。ホームシックまでは行かないけど、それでもやっぱり、故郷っていうのは自分が居るところから遠くなればなるほど、きっと懐かしくて無性に恋しいところになるんだろう。
まだ、そんなに実感ないけど。
いつかそういう風に感じる日はくるんだろう。

草原の北側にはロマリアが見えている。
遠くからでも大きな町だというのがわかる。
視界を遮るものは一切ない。迷うことなくロマリアにたどり着けた。

ロマリアは大きな城下町を持つ、大きな城だった。
城下町は大きな壁でぐるりとまわりを高い城壁に囲まれていた。
入り口は町の南側にある大きな門で、その両脇に兵士が立っている。
とはいえ、門は開けっ放しだし、町の中へは簡単なチェックだけで入ることが出来た。今の時代、冒険者はそんなに珍しい存在ではないってことだろう。

門を抜ける。
門を起点に、黄色っぽい石畳の大通りが南北にまっすぐ伸びていた。その大通りの両脇には武器屋や道具屋、宿屋なんかが見える。行商人だろう人も歩いているし、住人だろうお兄さんやお姉さんも大勢歩いていた。随分活気がある。ちらりとチッタをみたら目を輝かせていた。
「さて、ロマリアについたわけだ。アタシはここまでの約束だね」
カッツェが門から少し入ったところで立ち止まるという。

そうだった。
カッツェはここまでの約束だった。

「えー! ねえ、カッツェ姉さん、もうちょっと一緒に居ようよー。折角王様に会うための手紙もあるんだよ? 流石に姉さんでもお城には入った事ないでしょ? ねー、せめてお城までは一緒に行こうよー。姉さんが居なかったら、ここまでこれなかったかも知れないもんー! ねえ!? リッシュもそう思うよね!?」
チッタは口を尖らせて頬を膨らませるという、到底私には真似できない駄々のこね方をした。
「んー、確かに一緒に来てもらえたら心強いかな」
私は素直にうなずく。「カッツェが居なかったらここまでこれなかったって言うのも、確かにそうだと思うし」
私はリュッセを見上げる。リュッセは笑顔でうなずいた。
「……」
カッツェは困ったようにしばらく私たちの顔を見比べて、やがて諦めたように深々とため息をついた。
「いいよ、わかったよ。ただ、王様の謁見までだよ?」
「わかってるよー!」
「本当はずっと一緒に行きたいけど、仕方ないよね」
口々にいう私とチッタに、姉さんは困ったように笑いながら肩をすくめると、両手の平を私たちにむけて小さく挙げた。
お手上げ、って意味かも知れない。

私たちはカッツェの案内で、門に近い場所にある宿屋にまず部屋を取った。その頃にはもう夕方近くになっていたから、お城には明日の朝に行くことにして、そのままカッツェに町を簡単に案内してもらう。
武器屋も道具屋も、見たこともないようなものを沢山取り扱っていてちょっと心揺れるものがあった。
「ここの地下には行くんじゃないよ?」
カッツェは少し眉を寄せて下り階段を指差した。
「何で?」
チッタが首を傾げると、カッツェはチッタと私、それからリュッセに近くによるように手招きした。武器屋の店先で小さな円陣を組む。微妙に怪しい4人組だ。
「賭け場がある。国公認だから別にやましいモンじゃないけど、行かないに越したことはないよ。ああいうのは結局胴元が儲かるように出来てるんだ」
「カッツェさんってトレジャーハントで一攫千金を狙う割りに、そういう所地道ですよね」
カッツェはちょっと照れたのか、頬を薄く染めるとリュッセの頭を軽くはたいた。
「でもちょっと見てみたいな」
チッタが階段を見る。
「行くなって言ってる。アンタたちは賭け事なんて知らなくてイイんだよ」
カッツェはじとっとした目でチッタを睨む。チッタは軽く肩をすくめた。流石に諦めたらしい。

そのあとは、町をぶらぶらと歩きながら見て回った。建物の感じがアリアハンと全然違う。町のあちこちにあるベンチや花壇ひとつ取ってみても随分凝った装飾になっている。アリアハンはどことなく素朴というか朴訥というか、あまり派手ではない感じだったけど、ロマリアは、まあ、つまりは派手だ。
「何か華やかな町だねー」
チッタはあちこちふらふらと近づいて行っては立ち止まって色々目を輝かせて熱心に見ている。
「あ、教会! リュッセ君的には気になるんじゃない?」
「ええ、まあ」
「じゃ、行こう!」
チッタは私とカッツェのほうを見て言うと、リュッセの手を引いて歩き出す。リュッセのほうは完全無抵抗で、なすがまま、引っ張られるように歩いていく。
なんか、ちょっと、うん、情けない感じ。
「負けてちゃ駄目だよ」
「何が?」
視線だけこちらに向けて歩き出しながら言うカッツェに、私は尋ねる。何について誰が誰に負けたんだろう。
「……ま、いいけどね」
カッツェは軽く息を吐くと、そのまま先に歩いていってしまった。
18■ロマリア 2
次の朝、私たちはお城に居た。一応門番がいて、私たちを値踏みするように見る。レーベでもらった手紙を手渡すと、その署名を見て少々顔色を変えて走っていく。
しばらくすると私たちは謁見の間に通されることになった。

ロマリアのお城は正面に大きな階段があって、その階段までの通路は幅広く、じゅうたんが敷かれている。両側には花畑が4つ作られていて、黄色い花が咲き誇っていた。水遣りが終わったばかりだったのか、花や葉の上で水滴がきらきらと光っている。
「綺麗なお城ね」
「うん、アリアハンとはまた違う感じ」
「……そのうちまた連れて行ってね?」
「うん、時々報告に戻る約束をしているから、そのときは一緒にいこう」
「じゃあ、私がルーラを覚えたら記念に戻ろう?」
「いいよ」
兵士さんに連れられて歩いている間、私とチッタは小声でそんな話をこそこそとしていた。別に兵士さんは咳払いをしたり、振り返ってこちらを睨むようなこともなく、無事に謁見の間にたどり着いた。

謁見の間の広さは、アリアハンのほうが大きかったかもしれない。けど、じゅうたんが敷き詰められた大きな部屋の奥に2つも玉座があって、王様とお后様が座っているのは威厳も迫力も十分だった。兵士も沢山整列している。
ちょっと怖い。
「よくぞ来た! 勇者オルテガの噂は聞き及んでおる」
王様は朗々とした声で話し始めた。
なんか妙に眠くなる声で、半分くらいは聞いてなかったのは秘密にしておこう。あとでリュッセにでも内容を要約して教えてもらおう。
なんてそんなことを思いながら聞かれているって知っているのか知らないのか、王様の話は進んでいく。
「どうじゃ? またすぐに旅立つつもりか?」
「ええ。ロマリアはとても楽しい町なのでしばらく滞在をしながら、このへんでまた戦いの訓練を積んで強くなりたいと思っています。力がついてきたらほかへ足を伸ばしてみようと思っています」
「そうか」
王様は嬉しそうに笑うと、ひざを打った。
「では頼みがある! カンダタという者が、この城から金の冠を奪って逃げたのだ。それを取り戻せたならそなたを勇者とみとめよう! さあゆけ! リッシュよ!」

……えええええ?

別に勇者と認めてくれなくてもいい。
だってそんな大層なものじゃない。
ああ、けど、王様がすごく期待した目で見ている。
「……が、がんばります……」
気づいたときには、私は思わず返事をしていた。

謁見の間を出て階段をおりたところで、カッツェが足をぴたりととめた。
「……リッシュ」
声が低い。なんとなく、カッツェの周りの空気が殺気立っている。
「な、なに?」
怒っているのかもしれない。私が後先なく返事なんかしたから。
私がパーティーの今後を全部握っているのに、誰にも相談しなかったから。
「頼みがある」
「な、なに?」
「もう少し同行させておくれ」
「……え?」
カッツェの目が据わっていた。
め、めちゃめちゃ怒ってる。
「や、やっぱり誰にも相談しないで了承しちゃったのは悪かった?」
おずおずと尋ねるとカッツェは「そうじゃない」と相変わらずの低い声で答えた。
「いいじゃない、別に断る理由なんて全然ないよ。ねえ、もう少しって言わないでずっと一緒に行こう?」
チッタが首をかわいくかたん、とかしげて言う。
「一体どうされたのですか?」
リュッセも困惑したようにカッツェを見る。

「さっきの話」
カッツェはぼそりという。
「さっきの話を聞いて気が変わった。ちょいとカンダタとは因縁があってね。一発殴ってやらないと気がすまない。ここで物を盗ったってんだから、まだ遠くまで逃げてないだろ。……まっとうなモンに手ェ出しやがって、ただじゃおかねえ」
カッツェが指をばきばきと鳴らした。

こ、怖。

「うん、わかった。一緒にカンダタ探そう。何発でもぶん殴っちゃえばいいよ!」
私じゃないし。

「じゃ、情報を集めるよ! カンダタめ、今に見てろよ!」
カッツェ姉さんが手近にあった柱を殴った。
ちょっと柱が壊れたけど、私たちは全員見なかったことにした。
19■ロマリア 3
とりあえず宿に戻って、カッツェが落ち着くのをまってから、話を聞くことにした。
とはいえ、かなり殺気立っているカッツェが落ち着くまでには随分時間がかかって、結局話が始まったのは昼も過ぎた頃になってからだった。朝お城に行ったことを考えると、カッツェの怒りの深さもわかるって話だ。

「つまりだ」
カッツェは、窓際の椅子を引き寄せると、背もたれを前にしてまたぐように腰掛けた。そのまま背もたれにもたれかかり、あごを乗せる。
「アタシは前、カンダタと組んでたことがあるんだよ」
衝撃の告白に、言葉を失う私たち。
カッツェは気にせず続ける。
「それなりにでかいグループだったんだよ。子分も居たしね。そのころは遺跡を荒らしてただけだよ。誓って盗みはしてない」
基本的に遺跡に落ちてるものは拾ったもの勝ちだから、そのへんはリュッセも何もいわなかった。
「でもね、確かに多少意見の食い違いはあったよ。カンダタは盗めりゃなんでも盗みたい奴だったし、アタシは遺跡をめぐるのが好きだったしね」
カッツェはふと遠い目をするように窓のほうを見た。
つられて窓の外を見てみたけど、青い空と活気にあふれる大通りが見える以外には何も変わったものは見つけられなかった。
「そのうち、アタシのことが疎ましくなったんだろうね、カンダタは提案をしてきたのさ。『この辺の遺跡はほとんど回った、だから別の国を目指そう』ってね」
「それでアリアハンへいらしたんですね?」
リュッセの言葉にカッツェはうなずいた。
「どうやってきたの? 旅の扉は封印されてたし、海路だってずっととまったままだったじゃない?」
チッタの言葉にカッツェは少し笑った。
「表向きはね。それなりに金を払えば、船を出す奴はいるんだよ」
「海路で来たんだ」
「そう」
私の言葉に、カッツェはうなずく。
「それで置いていかれたのさ。あんにゃろうに」
カッツェの声が再び低くなって怒気を含み始めた。どうやら思い出し怒りが再びやってきたらしい。
「ひどい話ですね」
リュッセが同情する。
「ホント! ひどいよ! 何その男! カッツェ、殴っちゃえ殴っちゃえ! 何なら私も一緒にぶん殴る!」
私もなんだか聞いていたらむかむかしてきて、カッツェに向けて拳を突き出した。
「ははは、じゃあ一緒にぶん殴ろうな、リッシュ」
カッツェは私の拳に、こつりと拳をぶつけてきた。
「んー、とさあ」
チッタがカッツェの顔を覗き込む。
「姉さんと、そのカンダタの関係は?」
「仲間でしょ? 聞いてなかったのチッタ?」
私が言うと、チッタは少し眉を寄せた。
「んー、それはわかってる。そうじゃなくってさあ」
「何?」
「だから、もっと特別な関係だったんじゃないかって、私は聞いてるの」
「え?」
私は思わずカッツェの顔を見る。カッツェは目を細めてチッタを見ていた。
「まあ、そういう時もあったけど、今は違うよ」
諦めたように、カッツェがつぶやく。
「え、ちょっとまって、チッタはどこで気づいたの!?」
「なんとなくだよー」
私の問いかけに、チッタはにへらと笑ってふわふわと答えた。
思わず私はリュッセを見る。彼は軽く肩をすくめて見せた。

待て、それはどっち!? わかってたの!? わかってなかったの!?

……しかし問いかけるわけにもいかず、その話は聞けないままに終わっていった。

「で、だ」
カッツェは地図を広げて私たちに見せると、続けた。
「今が、ここ。ロマリア」
広い大陸の、本当に西の端っこがちかいような場所に突き出た半島をカッツェが指差す。
「で。この辺はカンダタの縄張りっちゃ縄張りなんだけど、潜伏するならここだろうね」
カッツェの指がすすっと動いて、ロマリアから北東にある広そうな草原地帯を指差した。
「ここにシャンパーニュの塔ってのがある。多分ここだよ」
「行った事あるの?」
「2・3度ね。……ついでだからこの辺の地理の説明もしておくよ」
カッツェは一度ロマリアまで指を戻して、私たちを見た。
全員でうなずく。
「まず、この西側にある半島。これがポルトガ。船による貿易が盛んな国だ。ちょっと前までは簡単にいけたんだけど、最近はどうかな?」
言われたところは確かに海の近い場所に街のしるしがあった。ロマリアからは険しい山脈で分断されている。山を越える方法があるんだろう。
「それから、ロマリアから北。山を越えていくと小さな草原が広がってる。ここがカザーブ」
今度はカッツェがロマリアから北に指を動かす。確かにそこには小さな村のしるしがあった。
「シャンパーニュを目指すならここから西だ。とりあえず目指すのはこの村だね」
「ねえ、この北側にある町は?」
チッタが指差したのはカザーブの北にある、大陸の北の端にある街のしるしだった。
「そこはノアニール。……アタシは行った事ないけど、なんか性質の悪い呪いにかかってるとか何とかだよ。行かないでもいいんじゃないかね?」
カッツェは肩をすくめる。
いうとおりかもしれない。
「で、今度はロマリアから東。この橋を渡って東南の方向」
ロマリアから東側は、広い大陸が続いている。ただし、真ん中あたりをやっぱり険しい山脈が大陸を南北に走っていて、大陸を東西に分断していた。
その分断された大陸の西側は、広い森と草原が広がっているようだった。
「この海に近い街がアッサラーム。えげつない商人の町だよ」
「えげつない?」
リュッセが聞き返す。
「ここで買い物をする奴はバカだ」
「ああ、ぼったくりなんですね」
カッツェがうなずく。話は続いた。
「で、このアッサラームから今度は西。ロマリアの南の海を挟んだ向かい側」
指さした場所は、広い砂漠になっていた。
「この砂漠の南西にある広いオアシスに在るのがイシス。独特の文化を育んでる街だ。女王が治めてるんだよ」
「うわー、それは会ってみたいね!」
チッタが目を輝かせる。
「大体、こんな感じかな。アッサラームより東はアタシも良く知らない」
「でも、それだけ知ってれば十分だよ。カッツェはこんなのどこで覚えたの?」
「この辺は旅をしたおしたからねえ。ほかにも情報を交換したり、場所や特徴を知るだけなら、情報を拾うだけでもどうにかなるもんだよ。本当かどうかは別だけどね。まあ、街の名前まで嘘を教えられてるってことはないだろう」
「そうだね」
私はうなずく。
「とりあえずは、カザーブを目指せばいいんだよね?」
「そうなる。悪いね」
「いいよ。カッツェが一緒に行ってくれるほうが心強いし。チッタも言ってたけど、これからずっと一緒に居てくれてかまわないよ」
「考えておくよ」
カッツェの返事は、ちょっとだけ良くなっていた。
20■旅人のすごろく場
カッツェのカンダタに対する個人的恨みを聞いて、なんとなく私たちの結束は強くなった気がした。ただしリュッセは良くわからない。どちらかというと殴られる男性側、複雑な気分があるかもしれない。けど、確かめていないからわからない。
わからないほうが良いかもしれないから、今後も聞かないこととする。
そういうわけで、まだまだしばらくの間はカッツェが一緒に旅をしてくれることになった。それはとても嬉しいし、カンダタをぶん殴るまでにどうにか本格的にずっと旅についてきてくれるように画策でもしよう。

とりあえず、この後は北のカザーブに向かうことに決めた。出発は早いほうがいいだろうということで、明日の朝にする。
午後がまるっきり予定なしになったから、各自自由時間ということにした。
とはいえ、別に好きに出来るお金があるわけでもなく、私は街中をぶらぶらと眺めるように歩く位しかすることがなかった。
街で犬が行方不明になったおじいさんの手伝いをしたくらいが主な出来事。そこだけ考えれば、世界は平和なのかもしれない。

夕方宿に戻ってきた皆にも聞いてみたけど誰も大きく収穫はなく、皆似たり寄ったりの散策時間を過ごしたことがわかった。
わかったからといって何があるわけでもないけれど。
「そういえば、こんなのもらったよ」
チッタがポケットから紙切れを取り出した。細長い紙で、全体的に黄色い。すごろく券と書かれている。絵だけはやたら細かく丁寧かつ派手。全体的に正体不明だった。
「何これ?」
「すごろく券」
「いや、それは流石に見たらわかるよ。すごろくってあれでしょ? さいころ振って、スタートからゴールを目指すゲームでしょ? ボードゲームだよね?」
「そう」
「で、その遊びをどこで出来るわけ?」
「そこまで聞いてないよ? ただ、旅人なら一回くらい遊びに行けば? って言われたの」
チッタは困ったような顔をして首をかしげた。
視線をリュッセに移動してみたら、彼も軽く肩をすくめて困ったように笑う。
「ねえ、カッツェは知ってる?」
カッツェも首を左右に力なく振っただけだった。
正体不明だ。

件の紙切れのことは忘れることにして、私たちは予定通り次の朝早く北のカザーブに向けて旅立つことにした。
とはいえ、初めての土地だし、見たこともない敵が沢山現れる。地図としてはカザーブまでの道のりの半分も来てないけれど、そろそろ諦めて一度ロマリアに戻って出直そうかとか言う話になりかけてきたときだった。
行く手に小さな建物が見えてきた。
とりあえずそこを目指すことにする。

建物は小さいながらになかなか派手な建物だった。
全体は、石造りで灰色っぽい。
入り口両側には、大きなサイコロを担ぎ上げた金色のおおきな像がたっている。その像はマッチョな男の人で、見上げるほどの大きさ。台座には「初代すごろくキングの像」と書いてある。
「何だろう、趣味は悪いね」
チッタはあっさりと像を一刀両断しそうな感想を述べた。作者は浮かばれないが、チッタの意見には賛成したいと思う。
建物の中では何か開催されているのか、軽快な音楽が流れてきていた。
「入ってみる?」
私は皆を見てたずねた。
「好きにしな」
カッツェは眉を寄せて、困ったように答える。誰もがここが何かわからなくて困惑していた。
「まあ、とって食われそうになったら抵抗するってことで!」
私たちは建物の中に入った。

建物の中は赤いじゅうたんが敷かれていて、ますますきらびやかだった。
「なんでしょう。楽しそうな感じですね」
リュッセはどこからともなく聞こえてくる音楽に耳を傾けて、あたりを珍しそうに見渡している。
「とりあえず、奥に行ってみよう?」
全員で固まってまっすぐな通路を歩いていたときだった。
いきなり上から人が落ちてくる。
「あいやーっ。まただめだったあるよ!」
落ちてきたひげのおじさんは恨めしそうに天井を見上げたあと、私たちに気づいて頭をかいた。とりあえず天井を見てみると、あいていた穴が閉じていくところだった。
「でもわたしはあきらめない! 必ずあがってみせるよ!」
「……」
私たちはあっけにとられておじさんを見る。
「あの、ここはどこなんでしょう?」
我に返るのが一番早かったリュッセがたずねると、おじさんは意外そうな顔をした後、なぜか誇らしげに答えた。
「ここは旅人のすごろく場ね!」

話を総合すると、つまりはここは自分がコマになってまわる実物大すごろくが出来る場所。略してすごろく場。ゴールにたどり着くと素敵な商品がもらえるらしい。ちなみにゴールはサイコロの出目がぴったりじゃないと引き返さなきゃならないルールになっていて、おじさんはゴール手前の落とし穴に見事に落ちたということだった。
「あ、この券?」
チッタがポケットから先日手に入れた紙切れを出す。おじさんはうなずいた。
「まさにそれ! それで一回あそべるね!」

と、いうわけで私たちはすごろくにチャレンジした。
チャレンジしたのは私。
すごろくの盤上には魔物もでるということで、攻撃も回復魔法もそれなりにつかえる私が一番いいだろうという話し合いの元の出来事。

結果はとんとん拍子で、私は一回でゴールした。
宝箱がご丁寧にも用意されていて、中身は鋼で出来た切れ味のよさそうな素敵な剣だった。

帰る時、おじさんが恨めしい目つきで私たちを見ていたのは、言うまでもない。
21■カザーブ 1
カザーブに向けて北上する。
その道はずっと山の中を通っていて、うっそうとした木々の間を赤っぽい土の道が続いている。時折飛び出してくる魔物と戦いながら、そんな道をもう随分歩いてきた。あまり人とすれ違うこともない。数回、行商人とすれ違った程度。ああ、そうだ。旅を続けている武闘家さんともすれ違った。彼の話では、今から向かうカザーブは彼らにとってはちょっとした聖地のようなところでもあるらしい。
どういうところなのか、少し興味がわいてきた。

カザーブに着いたのは結局、夜も遅い時間になったころだった。ロマリアから随分北上したせいか、夜はかなり肌寒い。考えてみればあと数日北に歩けば、ノアニールがあって、更に数日北に歩けば、この大陸の北限に行き当たるわけで、そりゃ寒くて当然かもしれない。
「夜遅いし、ともかく宿を見つけて泊めてもらおうよ」
チッタは少し寒そうに肩を抱きながら、白い息を吐く。
「そうだね、ちょっと寒いし、早く暖かい場所には行きたいね」
私もうなずく。
「ともかく、建物のあるほうへ行こう」
そう決めて、皆でなるべく固まって歩き始める。
カザーブは、中心にある広場と小さな池を中心に円形に広がった村のようだった。私たちが村に入ったところは、丁度その広場へ続く土の道がある場所で、その広場への道から右手側と左手がわにそれぞれ道が分かれていた。その道のどちらにも建物があるのが見える。
「とりあえず、左手側から行ってみよう。灯りが見える」
カッツェが指差したほうに、かなり小さいけれど灯りが見えた。少なくとも、誰かがおきているのは間違いない。
「では、参りましょうか」
異存はない、といった感じでリュッセはうなずくと、先に歩き始める。寒さに耐えかねたのか、チッタもすぐに歩き始めた。
「灯りが宿だとありがたいんだけどね」
カッツェは私に肩をすくめてみせると、歩き出した。私は苦笑すると、皆の後を追う。
暫く歩くと、灯りの正体が教会の戸にかけてあるランタンだということが分かった。ドアを叩こうかと一瞬思ったけど、すぐに思い直してノックをやめる。宿がなかったら泊めてくださいと言うためにもノックをしなきゃならないけど、たいした用事もなく夜中に神父様をたたき起こすこともないだろう。
「じゃ、このまま道なりで行ってみようか」
道は教会で右に曲がる。そのまま池を右手に見て、池の北側を通るように村の奥へ伸びていた。左手側は教会から続く柵がある。どうやら教会の墓地らしい。墓碑が沢山並んでいるのが見えた。教会にお墓があるのなんて珍しいことじゃないから、気に留めず歩いていたら後ろを歩いているチッタが声を上げた。
「ね、ねええ? アレ、何?」
声が震えている。かなり動揺してるみたい。
「何って、何が?」
チッタを振り返ると、彼女は立ち止まって墓地のほうを見ていた。心なしか、青ざめているような気もする。私はチッタが見ているほうを何気なく見る。
「どうしたんだい?」
カッツェ姉さんも不審そうに、チッタが見ているほうを見た。

「!!!」

墓地の真ん中に、白い骨があった。それは完全に人の形をしている。その骨の足元に、人が倒れていた。
「魔物!?」
考えるより先に体が動いていて、私は柵を飛び越える。すぐにカッツェが後を追ってきた。チッタとリュッセも、柵を乗り越えてやってきた。
剣を引き抜こうとしたそのとき。
倒れていた人が寝返りを打った。
「!?」
骨がこちらを見る。
「やあやあ、元気なお嬢さんたちだ」
骨が、あまりにも暢気な声を上げる。
「私は素手で熊を倒した、という伝説の武闘家だ。今はもう骨になってしまっているがな」
「素手!?」
チッタが素っ頓狂な声を上げ、リュッセに「驚くところは多分、そこじゃないですよ?」などといわれているのが背後から聞こえる。
「しかしね! 実は鉄の爪を使っていたのだよ。わっはっはっはっは!」
元・伝説の武闘家、現・骨はそういうと豪快に笑った。
「……そうですか」
あっけにとられて暫くその骨を見つめた後、私はのろのろと振り返ってリュッセを見る。彼は力なく首を横に振ったあと、ぼそりと「まあ、害がないなら、いいんじゃないですかね?」などと力なく呟いた。

結局、骨の元・伝説の武闘家に宿屋の場所を聞いて、私たちは宿に向かった。丁度中央の広場を中心に、教会とは反対側に宿屋はあった。宿までは土の道が続いていて、あたりは短めの草が生い茂っている。空はきれいな満月で、静かな村は平和そのものだった(元・伝説の武闘家のことは平和かどうか、ちょっと微妙な気もする)
「こんなに静かで落ち着いていると、世界が魔王にどうこうされるってウソみたいだよね。よっぽど村の外に出てくる魔物とかのほうが怖いよ」
チッタは空を見上げてそんなことを言った。
「ま、実際問題として、いつか来るかもしれない魔王より、生活に密着している分身近な魔物が怖いのは当然かもしれないね」
カッツェはそう答えて苦笑した。
「確かにそうかも。……世界を救う勇者にはなれないかもしんないけど、村を救った英雄くらいにはなれるかもしれないね。私でも」
私が答えると、皆が笑った。
「そうですね、そのくらいの心で臨んだほうがいいかもしれないですね」
22■カザーブ 2
元・伝説の武闘家のことはさっくり忘れることにして、宿でぐっすりと眠った。久々のベッドはやっぱりいい。良く眠れた。朝は少し遅めに宿を出て、村の中を探検してみることにする。太陽の下で見る村はのんびりとして、良い雰囲気だった。あちこちを牛がのんびりと歩いていて、村人はその世話をしているようだった。所々、家の煙突からは煙がうっすらと昇っている。もうお昼の準備が始まってるのかもしれない。
村の周りはぐるりと山に囲まれている。村自体は中央の、池のある広場を中心に発展しているように見える。つまりは、山に囲まれた小さな草原に最初は池だけがあって、そこを中心に村ができていったということだろう。そういうところだから、牛やらヤギを飼っているのかもしれない。時々遠くから牛の鳴き声がしたりする。
ぐるりと村を歩いて、やがて昨日元・伝説の武闘家に出会った教会が見えてきた。その墓地で、誰かが熱心に墓参りをしている。
柵越しに見てみると、昨日元・伝説の武闘家の足元で眠っていた男の人だった。
「何をしていらっしゃるんですか?」
リュッセが柵越しに声をかけると、男の人は振り返った。彼は、リュッセが僧侶の姿をしていることで、この村の教会の人だと思ったのかもしれない。目を輝かせてこんな話を聞かせてくれた。
「私ですか? 私は最強の武闘家を目指して日々鍛錬に励むものです。今日はこの村に伝わる伝説の武闘家のお墓参りにきたのです」
「そうですか。それはお疲れ様です」
「凄いんですよ! この伝説の武闘家は素手で熊を倒せたそうです! 私もそのようなつわものになりたい!」
「……」
私たちのあいだに、何とも言いがたい微妙な空気が流れたが、彼は全く気づかなかったらしく、元・伝説の武闘家(現在骨)の武勇伝をいくつか聞かせてくれた。その間、リュッセはにこにこと彼の話を聞いていた。もちろん、彼には申し訳ないが私やチッタ、カッツェはあくびをしていた。
「きっとなれますとも。今のまま精進なされば、あなたも伝説の武闘家のように後世まで語り継がれるようなすばらしい武闘家になれることでしょう。貴方に神のご加護がありますように」
リュッセはそういうと、軽く頭を下げてさっさと歩き出した。私たちは漸く終わった長話から解放されて、ほっとした気分でその後に続く。
「でもすごいね、あんなふうにちゃんと話をきいてあげられるんだね。私半分寝ながら聞いてた気分」
私がいうと、リュッセは苦笑した。
「まあ、慣れてますから」
「慣れ?」
思わず聞き返すと、リュッセはうなずいた。
「誰かに何かを話したいだけなんですよ。だから、ニコニコ聞いてあげれば満足するんです」
「……悪い僧侶だ」
チッタがぼそっと言うと、リュッセは苦笑した。
「失礼な。ちゃんと聞いてあげているんですから、それでいいんです」
「そういうものなの?」
「そうですよ」
何だか釈然としないものを感じたけど、そういうものとして理解することにしておいた。

ここから西へ向かえばカンダタがいるという噂のシャンパーニュの塔にいけるらしい。ただ、カッツェの話だと、ここからかなりの距離があるとのこと。
北に向かえばノアニール。噂ではノアニールはおかしな呪いにかかってるらしい。ただ、シャンパーニュの塔より断然近所。
村の人たちとしては、今はまだ被害の出ていない遠くの盗賊より、近所のノアニールの異変のほうが気になるらしい。
他に村の人たちの話は、やっぱり村の英雄・素手で熊を倒した武闘家の話が多かった。なんとなく話を聞くたびに生暖かい気分に陥ったけど、なるべく知らん顔をしておくことにした。リュッセは相変わらずニコニコと話を聞いていた。恐ろしい。
あと、昔売り出されていたという不思議な武器「毒針」の話もきいたけど、今は全然取り扱われていなかった。もしかしたら現骨の村の英雄が武闘で身を立ててしまったからかもしれない。

やっぱりここはノアニールを先に目指すべきだろうか?でも、カッツェはシャンパーニュの塔でカンダタとかいう盗賊を一発ぶん殴ったら、私たちと一緒に旅をしなくなっちゃうし。
「気になるなら、先にノアニールを見に行ってもいいんだよ?」
カッツェは苦笑して私を見た。
「でも、カッツェはシャンパーニュの塔が気になるんだよね?」
「そりゃ気になるけど。……でもリッシュもノアニールが気になるんだろう? シャンパーニュはここから遠いし、カンダタも多分反抗してくるだろう。カンダタは割りと力があるからね、気もそぞろで戦っても勝てやしないよ。だったら、憂いを全部取り除いてもらってからじゃないとアタシが困る」
「そっか」
「そういうわけだ」
話はそれでまとまって、私たちはシャンパーニュの塔を後回しにして先にノアニールの様子を見に行くことにして、その日は早めに宿に戻ってぐっすり眠ることにした。

次の日の朝、出かけるときにカッツェがどこからともなく調達してきたという毒針をチッタに手渡していた。
どこでどういうふうに手に入れてきたのかは、聞かないことにした。

 / 目次 /