3 ■アリアハン脱出
湖のそばの、洞窟から。


12■レーベの村 1
階段は森につながっていた。階段は地面に階段が埋まっているかんじで、階段が終わると森、と言う変わった構造になっていた。
カッツェはすぐにコンパスを取り出して、方角を確かめる。
「北はあっちだね」
指をさしたほうは、森の終わりが近いのか、少し明るかった。
「森も終わるみたいだし、とりあえず、北に行ってみるか」
「そうだね」
私はうなずいて、大きく伸びをする。地下より空気がずっと気持ち良くて、息を吸うと体がきれいになった気がした。


短時間で森を抜けると、急に視界が開けた。
森の北側には緑の平原が広がっていて、遠くに小さな村があるのが見える。たぶん、レーベの村だろう。
東も西も、見渡すかぎり平原で、薄く青い空を鳥が飛んでいく。吹いてくる風は少し冷たくて気持ちがいい。
「じゃあ、あの村行ってみよう」
私は向こうに見える小さな村を指差して、皆を見る。
皆はうなずいた。
「それがいいでしょう、あれはレーベの村ですしね、目的地です」
「行ったことあるの?」
「ええ、まあ、お使いで」
リュッセはあいまいに笑ってから頷いた。
「ふぅん。私は初めて」
「いい村ですよ。のんびりしてて。将来的にはああいう所で暮らしてみたいですね」
「へぇー」
私はリュッセを見上げる。
「隠居?」
「まあ、そんなものかもしれないですね」
リュッセは困ったように笑う。
「そんなにのんびりした村?」
チッタが向こう側からリュッセを見上げる。
「ええ、そうですね。アリアハンとは時間の流れ方が違う感じですかね」
「えー。私無理かも。都会万歳ー!」
チッタは苦い顔をしてから、空に向かってそんなことを叫ぶ。先頭を歩いていたカッツェが声をたてて笑った。
「じゃあアタシは遺蹟万歳ー!」
「田舎万歳ー」
カッツェとリュッセは立て続けに叫ぶ。
「あ、え? じゃ、じゃあ私はどうしよう」
「はーいリッシュ時間切れー!」
「えー」
チッタに時間切れにされて私は口を尖らせる。
「こういうのは、早く言った者勝ちなの!」
チッタと私のやり取りに、カッツェもリュッセも遠慮なく笑う。私はなんだか恥ずかしくなって、ちょっとそっぽを向いた。そんな私の頭を、カッツェがぽんぽん、となだめるように軽く触る。
「別に怒ってないよ」
「そんなの分かってる」

途中で一回軽い休憩をはさんで、私達はレーベの村についた。
レーベはとても小さな村で、村の中央を舗装されていない土の道が通っている。一応目抜き通りなんだろう、宿や道具屋なんて店が軒を連ねている。
私達は村の入り口に近いところにある宿に部屋をとってから村を回ってみる事にした。
ナジミの塔のお爺さんの言うことが正しいなら、私はここで道をしめしてもらえるはずだから。

村には大きな出来事は何もないみたいだった。特徴といえば、北側に小さいけどとても澄んだ池があるくらい。あとは目立ったところは何もなかった。
村の南側では、大きな岩を相手に、力を試している若いお兄さんが居た。変ったことをしているな、と思って声をかける。
「何してるんですか?」
お兄さんはバツが悪そうに笑う。
「いやあ、やっぱりびくともしませんね。コレを動かせたら畑でも作ろうかと思ったんですが」
「へえ」
岩は確かに大きい。高さは私の腰よりちょっと高いくらいで、周囲は私とチッタが二人で腕をまわさないと届かないくらい。
「やってみよっかな」
私はイタズラ心で、岩を押してみる。岩の表面は思ったよりかさついていて、触るとパラパラと表面が落ちる。
「やっぱり無理かなあ」
と、言いかけたとき。ずずず、と岩が動いた。

ちょっと、冗談でしょう?

思ったけど、一回動き出すと勢いがついたのか岩はそのままちょうど岩一個分くらい動いてから止まった。

「わ、すごい!」
お兄さんが私の顔を尊敬のまなざしで見る。
私は内心泣きそうな気分だ。
「その力が何かの役に立つ日がきますよ!」
……来なくて良い……。
「あれ?」
岩が動いたあとの地面を、カッツェがマジマジと見つめる。そしておもむろにしゃがむと、何か金色に光る小さなものを拾い上げる。
「お金かと思ったけど違うね。……コイン? 装飾が細かいな」
しばらくその小さなコインをカッツェは見つめていて、それをポケットに入れた。
「貰って良いよね?」
なんてお兄さんに尋ねたのはそのあとだった。


「退屈なところねー」
一通り村を回って、チッタは池のふちに沿って作られている柵に腰掛けてため息をついた。
「そうですか? のんびりしてていいじゃないですか」
「リュッセ君老けてるんじゃない?」
「感覚が、とか付けてくださいよ」
チッタの言葉にリュッセが少し嫌そうな顔をして眉を寄せる。カッツェはまた笑いをこらえるみたいに肩を揺らしていた。
「アンタたちの話を聞いてたら飽きない」
「変な話なんてしてないよ」
チッタは頬を膨らますけど、カッツェは聞いてなかった。
「さて、あのでかい家に話を聞きに行こうか。村の長老らしいよ」
「お爺さんの知り合いには丁度いい歳だね」
カッツェの提案に私は頷く。
「じゃ、きまりだ」

私達は池の隣にある、村で一番大きな建物にやってきた。
ノックしてから扉を開ける。中から何を煮詰めているような変なにおいがした。薬かもしれない。
一階はがらんとしていて、ほとんどものが無い。大きなツボだけが目立っている。右手側に階段があって、私達は二階にあがった。
「おや、よくきたね」
中に居たのは、少し目つきが鋭い、痩せているけど威厳のあるおじいさんだった。水色がかった白いローブを着て、椅子に腰掛けていた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
おじいさんはヒゲを撫でながら笑う。笑うと鋭い目が少し和らいで、気のいい人なのだと気付く。
「話はもうナジミのに聞いてるよ。さあ、この魔法の玉で封印をとくと良い。海の向こうではアリアハンからの勇者を待ち望んでいるはずだ」
お爺さんはそういうと、抱えていた箱を私のほうに差し出した。

「ええと……その」

私は言葉に詰まりながら、お爺さんを見た。
自分が愛想笑いをしているのが分かる。
「どうしたね?」
「その……それ、なんですか? 封印をとくって、どこのなにを……」

その言葉に、今度はお爺さんが困ったように口をぱくぱくとした。

どうしたもんだろう。
13■レーベ〜湖
「そうか、ナジミのは何も言わなかったんだな」
お爺さんは苦笑して、顎を撫でた。
「太古、アリアハンは海の遥か向こう、ロマリアと偉大な魔法の力でつながっておった」
お爺さんは少し遠いところを見ているような目をして静かに語りはじめる。
ロマリアの名前に、カッツェがぴくりと反応する。そうだ、カッツェの目的地はロマリアだった。
「この村の東、泉の奥にその魔法は残っている。旅の扉と言う名だ」
「今も使えるの?」
チッタがくびを傾げると、お爺さんはうなずいた。
「勿論。ただ、今は封印されている。国々のつながりが希薄になったのが原因だ。この魔法の玉はその封印をとくことができる」
「すごーい」
チッタはしげしげと魔法の玉を見つめる。金の装飾がついた輪がぐるりとついた、青と紫の間のような不思議な色をした、それほど大きくもない玉に、そんなすごい力があるとは思えなかった。
「リッシュ、これを持って行きなさい。ロマリアの王に会えるだろう」
お爺さんはさらさらと手紙を書いて私に差し出した。白い封筒は変哲もなく、赤い蝋で封がしてある。宛名はロマリア王となっていて、差出人はこのお爺さんの名前らしいものがかかれていた。
「ありがとうございます」
私は頭を下げて手紙をしまう。
「魔法の玉もちゃんと使わせてもらいます」
「ではゆけ、リッシュよ」
お爺さんはにっと笑うと東をさした。


レーベで一泊して、私たちは早朝から東にあるらしい湖をめざす。
東にしばらく行くと平原がおわって、鬱蒼とした森の入り口に辿り着いた。
アリアハン大陸の北東部分は、険しい山々と森になっている。この森を抜けると湖に辿り着くなんてあまり信じられない。
「とりあえず、森に入ったらしばらく真っすぐ東にすすむ。その内山につきあたったら南下」
カッツェは地図とコンパスと実際の景色を比べてすばやく言った。
「心強いですね」
リュッセは少し困ったような笑い方をしながら言った。

森のなかはあまり光がはいってこないから、昼なのにかなり薄暗かった。そのせいか、時々襲ってくる魔物たちはいつもより強く感じられる。
とはいえ、こっちもアリアハンの街を出たときよりずいぶん強くなっている。もちろん負けはしなかったし、怪我をすることもあまりない。
時々サソリバチの毒にやられたりもしたけど、大事に至ることもない。

強くなったんだな、と思うし、運がいいんだろうな、とも思う。
たぶん、どっちも旅をするには必要なもの。

森の中には細いけどしっかり踏み固められた土の道があって歩きやすい。もしかしたら、レーベの村人が狩りや、木の実や茸の採集にきているのかも知れない。
短い休みを何度か挟んで、森の中をどんどん南に進む。
歩いているうちに日が暮れてきた。
「そろそろ野営の準備しないとね。完全に陽が落ちたらこの森だ、仕事できないよ」
カッツェが木々に遮られた空を見上げる。枝の間から落ちてくる光はもうオレンジ色。陽が完全に落ちたら、真っ暗になるだろう。確かに手を打つなら、今。
カッツェは明るいうちに、手早くランタンに火を入れる。ぼんやりとした黄色い光が辺りをてらした。
光の届かないところの闇が深くなる。
「森で野宿って初めてだよね」
チッタは少し不安そうにあたりをみた。
「もう少し進みませんか?」
リュッセが控えめの声でいう。普段慎重なリュッセの意外な言葉に私たちは驚いて、思わずまじまじとリュッセの顔を見た。
「リュッセくんの言葉とは思えない! 誰!?」
「チッタさんってたまに言う事きついですよね」
リュッセは苦笑する。
「レーベの村の人に聞いたんですよ。森の南端あたりに小さな庵があってお爺さんがすんでいるそうです。森の番人の方らしいですけど、村の人や旅人を泊めてくれるそうですよ」
その言葉に、私もチッタも目を輝かせる。屋根のあるところで寝られるほうがいい。
「もうちょっと進んでみよっか」
言いながら、私はカッツェを見上げる。
「アタシはかまわないよ。別に野宿がしたいわけじゃない」
カッツェは笑う。それで決まりだった。


森の中に、その庵はひっそりと建っていた。まるで森と同化するみたいで、存在を知らなかったら通り越していたかもしれない。
「なんか、すごそう」
よくわかるような、わからないような感想をチッタがつぶやく。
内心私は同意した。
そんな間に、リュッセはさっさと庵のドアをノックする。
中から顔をだしたお爺さんに、リュッセは事情を説明してくれているみたい。何かをずっと話し掛けている。お爺さんはリュッセの言葉にいちいち頷いて、やがてドアを大きくあけて私たちに中にはいるように言ってくれた。
私たちは口々にお礼を言って一晩お世話になることにした。

中は意外と広くて、壁一面を本棚がしめている。小さなテーブルと椅子。小ぢんまりとしたキッチン。
全体的に質素。
お爺さんはしきりにリュッセと何かしゃべってる。何を話しているのかはよくわからなかったけど、二人ともやたら楽しそうだった。

一晩しっかり眠って、お爺さんに見送られて、朝早く私たちは東に向けて歩きだす。
今日も天気はいいみたい。木々の隙間から明るい光が差してきている。
しばらく行くと、唐突に森がおわった。
眩しい太陽の光があたりを照らしている。広い砂浜の向こうにキラキラ光る青い海が広がっていた。しばらく森の薄暗い中にいたから、世界の色が鮮烈だった。

世界は、綺麗。

砂浜を海に沿って北にむかう。砂浜の北の終わりは、険しい岩山だった。
その岩山に囲まれるように、小さな林があって、その中央にとても澄んだ水をたたえた湖があった。覗いてみると、底がみえる。真ん中のほうはずいぶん深いらしい、底が見えなかった。
「さて、それじゃ封印されてる旅の扉を探そう」
14■いざないの洞窟 1
湖のまわりをぐるりとまわってみる。
湖は太陽の光を反射してキラキラ光っていて、そのうえを通ってきた風は、とても冷たくて気持ちいい。
とても綺麗な景色。
静かで、とても神秘的なところ。
ここに太古の昔の魔法の遺物があるのは、とてもふさわしい気がした。
私たちは何となく、声を上げるのも気が引けて、ずっと無言だった。
足元の草を踏み分けながらすすむ。
湖を半分ぐらいまわったところで、山裾に洞窟があるのを発見した。中を覗いてみる。真っ暗で先はわからない。
「もしかして、この奥にあるのかな? 考えてみたら大陸を繋げちゃうくらいな魔法の遺物だもんね、こんな所にぽーんと設置されてないよね」
チッタが肩を竦める。
いわれてみればその通り。旅の扉がどんなものかは知らないけど、きっと雨ざらしって事はないだろう。
「まあ、付近にそれらしい物もないし、入ってみる価値はあるだろうね」
カッツェは洞窟の中に顔を突っ込んで、様子をうかがう。
「深そう」
「もったいぶってる」
カッツェの言葉にチッタが笑う。
「まあ、他に手段もないし入ってみようか」
私も中を覗いてから頷く。
独特の湿った空気の匂いと、ぼんやりとした暗さ。たぶん奥に進めばもっと空気や闇が濃くなるだろう。
「じゃあ行ってみよう」

カッツェが先頭で松明を持って進む。洞窟は人工で、しっかりした青緑の石畳と同じいろのレンガ造りの壁でできていた。
「なんか、これだけしっかり人工の洞窟だと、旅の扉もありそうだよね」
チッタはきょろきょろと辺りを見回して感心したような声をあげた。
「かなり古そうですね」
リュッセは壁を触る。少しレンガの角が崩れて落ちていった。
「無事でよかったよね」
私は思わず崩れたレンガを見てつぶやく。
「いつか無くなるんでしょうね。……こういうのが運命というものなんでしょう」
リュッセはもう一度そっと壁を撫でる。パラパラと乾いた音がして、表面が崩れておちた。
「壊すんじゃないよ」
カッツェは苦笑しながら、リュッセの頭を軽くたたく。
「入り口だから雨風で風化が早いんだ。入り口が崩れても洞窟自体が残ることもある。……出られなくなったらたまらないだろ」
リュッセが触ってすぐに洞窟が崩れるわけじゃないのに、私は一瞬想像して不安になる。
「じゃあ、これ以上は触りません」
リュッセは苦笑して肩を竦めた。

洞窟は一本道だった。魔物の気配もない。私たちは早足で先へすすむ。
少し歩くと、広い空間にでた。壁では松明が明々とした光をはなっている。洞窟はそこで行き止まりで、お爺さんが一人たっていた。
「こんな所にお爺さんって怪しいよね」
チッタが思いっきり不審な顔をする。
「聞こえとるぞ」
お爺さんがこっちを見た。
「……一般論です」
ばつが悪そうに私の背に隠れたチッタの代わりに、リュッセがそんな返事をする。
「まぁ、ええ。よく来た、アリアハンの勇者リッシュよ。ナジミのに聞いてずっと待っておった」
「あのお爺さんに?」
「そうだ。新たな勇者の誕生をわしらはずっと待っていた」
「あなたや、ナジミの塔のお爺さんが?」
私の問い掛けに、お爺さんは頷く。
「あと、レーベと、森の中の方もでしょう? ……あなた方はアリアハンの四賢人なのでしょう?」
リュッセが尋ねるとお爺さんは声をたてて笑った。
「そのように呼ばれた時期もある。もう昔の話だな」
お爺さんは懐かしそうに瞳を細めて、しばらく黙っていた。きっといろんな事を思い出したりしたんだろう。
「さて、レーベによってきたのなら、魔法の玉は持ってきたな?」
「はい」
私は背負い袋から魔法の玉を取り出すと、お爺さんに差し出した。
お爺さんはしばらく魔法の玉をあちこちから見て、ようやく頷く。
「やつもまだモウロクしとらんらしい。上物だ」
そういって、お爺さんは私に魔法の玉を返してくれた。
それから、この広い部屋の南側の壁を指差す。
「よいか、一度しか言わんから、よく聞け。その魔法の玉の使い方を教える。あちら側の壁の所へその玉を持っていき、床に置く。そののち、玉から出ている紐に火をつける。つけたら、反対側の壁にむかって、全力で走れ」
「なんで?」
チッタが尋ねるとお爺さんは一言で答える。
「危ないからにきまっとるだろう」

足に自信が無いと言うお爺さんが北側の壁にむかって歩いていくのを見てから、私たちは南側の壁にむかう。
すぐに言われたとおり、壁ぎわの床に魔法の玉を置いた。
「じゃ、火を点けるよ」
カッツェが紐に松明の火を近付ける。
すぐに紐に火が点いた。
とたん、紐から白い煙とともに、「シューッ」という音があがる。
かなりの速さで、火は紐を灰に変えながら、玉本体に近づいていく。

やばい。

本能的に感じて、私たちは確認しあうことなく、一目散に北側の壁にむかって駆け出した。
カッツェが一番早くて、次がチッタ、私、リュッセの順番になる。
走っている間、随分北側の壁がとおく感じられた。

背後から物凄い轟音が聞こえたのと、私たちが北側の壁に辿り着いたのは、ほとんど同時だった。

振り返ると、南の壁には大きな穴が開いている。
その向こうにも空間がつづいているみたいだった。
「火薬なら火薬と言ってくれ!」
カッツェがお爺さんに叫ぶと、お爺さんはきょとんとして言った。
「なんじゃ、レーベのに聞いてなかったのか」
カッツェが舌打ちする。
お爺さんはカッツェの態度なんて全く気にしないまま、壁の穴を指差すと高らかに宣言した。
「ともあれ、封印は解かれた! さあ、ゆけ! リッシュよ!」
15■いざないの洞窟 2
壁に開いた大きな穴をくぐって、私たちは洞窟を奥に進む。すぐに下に続く階段があったから、躊躇せずそのまま下の階に進んだ。
どうせ戻ってもロマリアに行く方法はないし、私は前に進むしかない。
階段をおりたさきは、太い通路の真ん中だった。ただ、左手前の床に通路いっぱいの穴が開いていた。
入り口でリュッセが壁を触ったらパラパラと石の破片が落ちたときと一緒。きっともう洞窟自体が古くなりすぎているんだろう。
左手側には行けそうにないから、右側に進む。いくつか角があって、曲がらずに真っすぐ進んだ先は、また通路の端から端まで床が崩れ落ちていた。

「さて、どうしたもんかね」
今までの道をメモしおわったカッツェが頭を抱える。
「これまでの角がつながってりゃいいけど、最悪この穴を飛び越えなきゃ、だぞ」
「むり!」
チッタが即座に叫ぶ。
出来れば私も遠慮したい。
「アタシだって出来ればしたかないよ。アタシはともかく、あんたたちは難しいもんね」
カッツェはメモをみながらため息をつく。
「ともかく、これまでの角を曲がってみよう。うまくいきゃつながってるよ」

カッツェに引き続き地図を作ってもらいながら、私たちは先へ進む。いくつかの角の先は、行き止まりだったり、床に穴が開いていてすすめなかった。けど、床の穴のすぐ右にあった角をすすむと、うまく穴のあった先に出ることができた。
「やってみるもんだねー」
チッタは穴の向こうに見えるようになった、さっき降りてきた階段をみながらしみじみという。
「まだ床の穴を通り越しただけだよ、たいしたことじゃないんだから、気ィ抜くんじゃないよ」
カッツェは呆れたように言うと、チッタの頭を軽くたたいた。
「ひとつひとつに感動していこうよ」
チッタは不満そうに言うと、頬を膨らます。
「まぁ、いいけどね、それも」
なぜかカッツェは照れたような表情でチッタを見た。
「あんたは真っすぐで眩しいよ」
「?」
チッタは首を傾げて笑う。わかっているのかわかってないのか、微妙な感じ。
「ひとつひとつに感動したほうが、きっと楽しいよ? 世界がいつも新しく見えるよ?」
チッタはそういうとにっこり笑う。カッツェは呆れたように笑って、大きく息を吐いた。リュッセは静かにほほえんでいる。
私はチッタのそういう前向きな可愛さがとても羨ましい。私はあんなふうに言えない。
「じゃ、まあ、前に進もう」
私の言葉にみんなうなずく。
「気を抜かずに行こう」


通路はずいぶん長い間、何の障害物もなく真っすぐだった。
時折あらわれる魔物を蹴散らしながら私たちは進む。
やがて見えてきたつきあたりは、右に折れてつづいている。道なりに進み、少し進むと、また角にでた。右に曲がる道と、直進にわかれていたけど、直進する道はつきあたりが見える。つづく角も、両側を確認しながら進んで、先をめざす。
そして下りの階段を発見した。
「また下るんだ」
「まだ今地下二階だろ」
うんざりしたようなチッタに、カッツェが呆れたような声をあげる。
「だって、早く見てみたいじゃない? ロマリアの青い空! 素敵なんでしょ?」
チッタは組んだ両手を胸の前に、目を輝かせる。
「私も早く見たいなぁ。私外国って初めて」
私がいうと、チッタが大きくうなずく。
今まで特に外国に興味はなかったけど、もう少し進めば行けるというこの状況で興奮しないのは嘘だろう。
「リュッセは? 外国経験者?」
「アリアハンとレーベ以外は全然知りませんよ。気軽に行ける立場じゃありませんから」
リュッセは苦笑する。
「よかった。田舎者仲間だね」
「……その言い方はどうかと」
リュッセは少し疲れたような顔をした。
がっくりしたのかも知れない。
「まあともかく、何層構造なのかわからないんだ、気長に行こう」
カッツェが私たちの顔を見回した。私たちはうなずく。
「じゃあ、とりあえず、ちょっと休憩するか。先は長い」
16■いざないの洞窟 3
階段をおりると、道はすぐに三つに分かれていた。右手側、左手側、そして正面。左右の道はしばらく進んだ後、曲がり角になっていた。正面の道も、左右の道を曲がった後も、長い距離まっすぐな道が続いているらしく先が見えなかった。
「どれかは続いていると信じたいね」
「今までの道で見落としがなければ、まだ旅の扉とやらは見つかってないんだから、この道はどれかが続いてるさ。もしくは、どれもがつづいてるんだろうよ」
カッツェは肩を軽くすくめると、困ったように笑った。
「そうよね、どれかは続いてるよね!」
チッタはにっこりと顔を輝かせて、くるりと回って見せた。
「じゃ、リッシュ、どの道か選びな」
カッツェは私のほうを向くと、背にした道を親指で指した。
「んーーー」
私はうなりながら三つの道を見比べる。
「行き止まりでも責めないでねー」
私が言うとリュッセが笑った。
「誰もそんなことしませんよ」
「よし! 決めた!」
私は右手側の通路を指さす。
「こっちにする!」
チッタは私の顔を覗き込んだ。
「根拠は?」
「ない!」
半ばやけくそで胸を張ると、皆笑った。笑いが取れて、まあ、良いか。

皆で決めた道を進む。
角を曲がった先は、予想通りしばらくまっすぐ通路は続いていた。時折魔物がでたけれど、もうそんなに苦戦することもなくなってきた。
やがて通路は扉にたどり着いて終わった。
扉の先がどうなっているのかさっぱりわからない。
「どうする?」
「そりゃ開けるさ。遺跡の奥の扉をあけないで、何のための遺跡だ」
カッツェはにやっと笑うと、扉の鍵をさっさと開けた。
扉の向こうも、通路だった。
「何か拍子抜け」
チッタが言うとカッツェは笑った。
「全部当たりだったら、トレジャーハンターは商売上がったりだよ」
「それもそうか」
私たちがケタケタ笑っているのを、リュッセは少し離れたところで見ていた。とはいえ、笑うのを我慢しているらしく、ちょっと肩が上下にゆれていた。
「ま、とりあえず道はまだつづいてるし、もうちょっと進んでみるか」
カッツェが通路の奥を指差す。私たちはうなずいた。
「じゃ、行くよ」

通路は扉の先もしばらくまっすぐ伸びていた。それでも進んでいくと、急に視界が開ける。
あまり広い部屋ではなかったけど、今までの通路よりは随分広い。そんな部屋の真ん中に、その渦は存在していた。

青白い光が、その渦の中から次々と湧き出してきている。
その光は部屋の壁や天井を青白く染めている。
時折その光の中に、さらに強く青白い光を放つ球体が生まれて飛び散る。
そのおかげで、光も渦を巻いているのがわかった。
もしかしたら、床にある渦自体ももっと強い光の渦なのかもしれない。
「すごい魔力……」
チッタは少し目を細めて、手で光をさえぎった。
「ちょっと怖い……どうして暴走しないでいられるんだろう」
チッタは少し震えているのかも知れなかった。思わず私はチッタの手を握る。
「大丈夫だよ、何か悪い感じはしないし」
「うん」
「むしろ……神聖な感じ」
うなずいて、弱々しく笑った。
カッツェはゆっくりその渦に近づく。
「影響はなさそう」
短く言うと、渦を覗き込んだ。
光がカッツェにさえぎられて、私のほうへ大きく影が伸びる。
「渦の中に床がない」
「……旅の扉、ですか?」
リュッセが小さな声でたずねる。
カッツェは力なく首を横に振った。
「アタシにはわからないよ」
「チッタさん、どう思いますか?」
「わからない。けど、こんな魔力があったら遠くと道くらいつないでいられるかも。……場所を固定したルーラなのかもしれない。魔力の構成が似てる気がする。……私まだルーラ使えないけど」
チッタは小さな声で、早口で答えた。
「リッシュさん、どうしますか?」
リュッセが此方を振り返った。後ろからの光で、表情はよくわからない。けど、多分真剣な顔をしているんだろう。
「チッタの言うことを信じる。きっとこれ、旅の扉だよ。……使い方は良くわからないけど、きっと渦に飛び込むんだよね?」
「それ以外には思いつけませんね」

「じゃ、行こう。渦の中へ」

私はチッタの手を引いて、渦の中に飛び込む。
ぐるん、と世界が回る。ゆがむ。
はるか頭上で、何か音がした。
誰かが続いて渦の中に入った音かもしれない。
視界がゆれる。
体が、ここにない感じ。

蒼。


圧倒的な、蒼。


やがて体が戻ってくる。
一気に重みを感じる。
世界のゆれが収まる。
手に、チッタの手の暖かさ。

開けた視界に、緑。
吹き抜ける風。
木漏れ日も暖かそうな森の中に私たちは立っていた。
皆いる。
カッツェも、リュッセも。
「移動、したみたいだね」
カッツェは少し信じられないといった顔であたりを見回した。
「変な感じ。気分が悪い」
チッタは自分を抱きしめるように少し身をくねらせた。
「あちらが明るいですね。……森が終わるのかも知れません」
リュッセが指差した先は、確かに明るい。
「行ってみよう」

やがて木々はまばらになり、森を抜けた。
圧倒的な青い空。
草原の緑が、風に吹かれてさわさわと音を立てている。
海が左右に広がっていて、その青はアリアハンの海の青とは違う色に見える。
どうやら岬の先端に私たちはたどり着いたみたい。
遠くに大きなお城と、その城下町が見えた。

「ロマリアだ」

カッツェがつぶやいた。

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