2 ■塔の老人
……高! 足がすくむんですけど!


7■ナジミの塔 1
昼の少し前くらいに洞窟についた。
洞窟って言っても、低い崖に口を開けていて、入り口から中へは下りの階段が続いていて、ちょっとイメージとは違っていた。
松明に火を点けて、慎重に階段をくだる。
湿気を含んだ空気は少し肌寒くて、土の濡れた独特の匂いがした。
最初の空間は、階段をずいぶん下ったところにあった。だだっ広い空間で、視界をさえぎるものはない。
「部屋の向こう側に下りの階段がある。本格的な迷宮は階段を下ってからだね」
カッツェが部屋の反対側を指差した。
私たちはその指に導かれるように部屋の奥をみる。
薄ぼんやりとした闇が広がっていて、あまり先はよくわからない。
「少々思ってたより明るいですね」
リュッセはあたりを見渡して感心したような顔をする。
「所々天井から光も入ってきてるし、ヒカリゴケも生えてるしね」
カッツェは頷いて松明を片手に辺りをみる。
「とりあえず大丈夫そうだね、先を急ぐよ」


洞窟はずっと湿っぽい空気が続いている。土でできた床には緑の草が生えていて、なんか変な感じだった。
薄暗いだけあって、魔物達は勢いがある。沢山群れてやってくるし、地上で戦うより強い気がする。
その上、洞窟の中は通路の幅や天井があって、戦う方法なんかもこれまでの地上での戦い方とは違ってくる。
さらに、角の生えたウサギは最悪。かなり強い。こいつが三匹くらいやってくると、チッタのメラが有り難かったし、リュッセのホイミも出番が増える。
二人がいることが心強かった。

カッツェは前来たとか言ってただけあって、地図みたいなのを見ながら私たちを案内してくれる。
そんな様子に私は少し考える。
私は何が出来てるだろう。確かに戦いになると先頭で戦って敵を倒しているけど、私だけに出来ることってなんだろう。

カッツェの道案内や
リュッセの回復や
チッタの魔法みたいに。

自分だけに出来ること。

休憩をとりながら膝を抱えて座る。
頭のなかを、ぐるぐると色んな事が駆け巡っていく。
その休憩の間、カッツェは地図を見なおしていて、チッタは壁にもたれて目を閉じていた。
「どうしました?」
正面にしゃがんで、私の顔を覗き込んでリュッセが尋ねる。にこにこ笑う顔はやさしくて、ああそうか、この人は神官さんだったな、と再確認。
「ん、ちょっとね。私、ちゃんと出来てるかなって」
無理矢理笑ってみる。
リュッセが手を伸ばして、私の頭をぽんぽん、と軽く撫でた。
「焦ることはありませんよ。貴女はちゃんと貴女にしか出来ない事をしています」
「たとえば?」
あまりに見え透いたような慰めに私は口を尖らせる。
リュッセは黙って微笑んだままで、答えない。
「ねえ、たとえば?」
「僕が言ったら台無しでしょう? こういうことは、貴女自身が自分で気付かなければね」
リュッセは私に微笑みかけて立ち上がる。
「少なくとも、僕は感謝してますよ」
私はきょとんとリュッセを見上げた。リュッセはにっこり笑っただけで、やっぱり何も教えてくれなかった。


しばらく歩くと、やがて登りの階段を見つけた。
「この先からはもっと強い敵になるからね、気合い入れ直しな」
カッツェが階段を指差して私たちを振り返る。
「うん」
私たちはうなずいた。
「アタシの道案内できるのは塔の前までだ。条件は一緒。気ィ抜かないで行こう」
カッツェはにぃっと笑うと、先頭で階段を上っていった。
そのあとを私たちはつづく。
「うわー、随分雰囲気違うねー」
最後に階段を上ってきたチッタは辺りをみて目を丸くする。
確かに、階段を上った先は随分雰囲気が違っていた。
さっきまでの洞窟は、自然に出来た洞窟に人の手が入ったようなところで、地面は土だったし、壁もごつごつしていた。
けど、階段の先に広がっていたのは人工の通路。
緑色っぽいレンガの壁に、煤けた白の石造りの床。誰が点けたのか、壁の所々で松明が燃えている。
道は広い。
道は真っすぐのびていて、かなり長いんだろう、向こうの方は暗くてどうなっているのかわからなかった。こっち側はどうやら道の端らしい。左手側は行き止まりになっている。
「今は通路西の端?」
チッタがカッツェを見上げると、カッツェはうなずいた。
「ここは海のしたを通ってる通路になってるところだ。その内十字路にでるから、右手側……南に進む」
「ああ、塔は湾の中央の小島にありますからね」
リュッセがうなずく。
私は頭のなかに地図を思い浮べて、ようやく納得する。
「真っすぐ進んだらアリアハン? 繋がってるのかな?」
「そうかもしれない、けどアタシ達は出入口を知らないから意味はない」
「それもそっか」
「じゃ、行くよ」

私たちは隊列を組んで通路を進む。
新しく出てくるようになった大ガエルに苦労しながら進んで、ようやく曲がり角に辿り着いた。
角、というよりは広場って言ったほうがよさそうな場所だった。
白くて太い装飾付きの柱が四本、広場の真ん中辺りに四角く並んでいた。
広場から東西南北に通路が伸びている。東はまだまだ先が長いらしく、先は暗くてよくわからない。
北も同じように長い通路が伸びている。先はやっぱり暗くてよくわからない。
西は、これまで来た道。振り返ると、わりと短い。ちょっと拍子抜け。結構長く歩いた気がしてたんだけど。
そしてこれから進む南の通路。
これも物凄く短い。すぐのところに登りの階段が見えた。
「あれ?」
私が尋ねると、カッツェはうなずいた。
「頑張ろうね」
私の言葉に、皆が頷く。
いよいよ塔。

ただ、私、あんまり高いところ好きじゃないんだよね。
8■ナジミの塔 2
階段をのぼると、塔の中にでたらしかった。
どうやら、階段は塔の入り口ちかくにあるらしい。後ろを振り返ると、緑の草におおわれた地面と、入り口の形に切り取られた空と海が見えた。ちょうど入り口から風が通っていく。
潮の匂いがした。
「とりあえず、無事到着」
カッツェは松明の火を消して、まわりを見渡す。
私もつられて辺りを見渡した。
うすい緑がかった床に、灰色に近い白い壁。壁には松明が燃えていて、明かりの心配はいらなさそうだった。
階段のある部屋には、竜らしい石像が二体並んでいて、その両側と向こう側にそれぞれ次の部屋への入り口がある。
像の間から見える向こうの部屋はずいぶん広そうで、この部屋と同じ竜の石像があるのが小さく見えた。
あたりは、今のところ静かで、何の気配もない。
「カッツェ姉さんもこの塔は初めてなのよね?」
チッタの問い掛けにカッツェが頷く。
「じゃあ、迷子になる可能性もあるんだ……。だったら、悪いんだけど少し休みたいかも。正直そろそろ魔法がキツイわ」
チッタは眉を寄せて困った顔をした。確かに、今までの道でずいぶん魔法を使ったから、ちょっとつらいかもしれない。
「実は僕も……」
リュッセも苦笑いしながら片手を軽くあげる。
「まいったね……二人が魔法を使えないとキツイ」
カッツェが苦い顔をする。
「どこか休みやすい部屋とかないかな?」
私のことばに、カッツェが頷く。
「探してみる価値はある」

私たちは、とりあえず次の部屋にうつる。向こうから見えたように、広い部屋の真ん中に竜の石像があった。
その像を中心に、いくつか小さな部屋への入り口があるのが見えた。たぶんこの広い部屋は、塔の中央にあたるんだろう。
一つずつ、顔だけ入れて中を確かめる。
入り口からみて北西にあたる小部屋に、下りの階段とテーブルセットがあった。
「変なの。誰か住んでるのかな?」
「少なくとも、鍵をとりあげたヒトは住んでますよ」
チッタの感想にリュッセは答える。
「よし、とりあえず、テーブルセットがあるんだし、ここ使わせて貰おう?」
チッタは気にする事無くスキップをするみたいな足取りで中に入っていく。
私たちはそれにつづいた。

部屋に入ると、階段の下から男の人の鼻歌が聞こえてきて、私たちは思わず顔を見合わせた。
しばらく沈黙。
それから、頷きあって階段をゆっくりとおりてみた。

「おや、お客さんとは珍しい。いらっしゃいませー」
気の抜けたような声で、少し太めのオジサンは言った。
部屋を見てみると、小さなテーブルと、いくつかのベッドが並んでいた。
「……何屋さん?」
「ウチはどー見たって宿でしょう」
オジサンは部屋の中のベッドを指差して眉を寄せる。
「やっぱり看板!? 看板出してないから宿っぽくない!?」
オジサンは頭を抱えて叫ぶ。
「もっと根本的な問題かと思うんですけど」
「やっぱり宣伝費は削っちゃいけないんですかね!?」
リュッセの言葉もきいてないのか、オジサンは叫びつつ天を仰ぐ。
「とりあえず、お客さんがいるんだから商売成立でしょ? 四人、泊めて?」
チッタは首をちょっと傾げてオジサンを見た。
「はいはい、では四人で12Gになりまーす! まいど!」

……調子良い。

「それにしても……」
オジサンはリュッセを見た。
「女の方を三人も連れての旅なんて羨ましいですな!」
「いや、僕が連れられてるんですよ?」
「一緒でしょう?」
「違います」

……違うんだ。

私たちは宿のオジサンに塔の内部の話をきいたり、美味しいご飯を食べたりして(食材どうしてるんだろう)しっかりと休憩をとった。
ふかふかのベッドはやっぱり良いな、と思った。


次の日、すっかり元気になった私たちは、意気揚揚と階段をのぼる。
「いってらっしゃーい! また来て下さいねー」
なんて言うオジサンの言葉に見送られて、ちょっと締まらないけど、気にしない事にした。


塔の中央にある広い部屋を横切って、私たちは向かい側の部屋をめざす。
ちょうど宿の正面にあたる部屋に、登りの階段があった。
カッツェがざっと今までのマップを書いてから頷く。
「とりあえず、今まではこんな感じのルート。オヤジの話だと上り階段はこの階は一つ。間違いはないだろう」
「姉さんがこれからもマップ書いてくれるの?」
「今回は。……チッタ、あんたも書き方覚えな。教えるから」
「答えあわせのため?」
「忘れたのか? アタシはロマリアについたら別れるんだよ」
「……あ、そか……」
その言葉に私たちは少し静かになる。
「まあ、今は気にしないで。まだロマリアに行く方法も思いついてないんだからね」
「うん」
「今は今この塔の事だけ集中しよう」


先頭をカッツェ。その少し後ろを私。その次をリュッセとチッタが歩くという隊列で私たちは階段をのぼった。
着いた先は少し広い部屋の角だった。
左手側と正面に次の部屋につづく入り口。正面のほうは真っすぐにいくつか部屋がつづいているようだった。
左手側の次の部屋はずいぶん明るそうだ。入り口からこちら側に光が漏れてきている。
「えっと、あっちは南だから、入り口側よね?」
「そう」
チッタは左手側を指差しつつ、カッツェが書いているマップをみて方角の確認をしていた。
「さて、リッシュ。どっちに行く? 決定権はあんたにある」
言われて、私は正面と左手側を見比べた。
「じゃ、明るいほう」
私は左手側を指差して皆を見る。
「了解ー」
チッタが手を挙げた。

左手側の入り口を抜けて、私たちは少し唖然とする。
明るくて当たり前。
塔の、外側の壁がなかった。
回廊とかいうやつかもしれない。柱が等間隔でずらっとならんでいる。その間を歩くようになっていた。
壁がない分、景色は綺麗。目の高さに白い雲と青空が見える。少し遠くにきらきら光る海面。
吹き抜ける風が涼しい。
「絶景ですね」
リュッセは少し目を細めて景色に見とれる。
「もっと上はもっと綺麗なんでしょうね」
言われて、私は少しめまいを感じる。
私、無事にここからおりられるだろうか。

……足が竦まないことを祈る!
9■ナジミの塔 3
深呼吸。
大丈夫。確かに高さのある景色だけど、まだ、二階。
二階っていったら、ウチと一緒。心配いらない。

「そんなに壁ぎわ歩かなくても落ちないよ?」
チッタが小声で私の耳元で言う。
「念には念をってあるでしょ」
「まあそうなんだけど」
チッタは壁のない塔の外周方面をみる。そこではカッツェとリュッセが床ぎりぎりの所まで歩いていっていて、下を覗き込んでいる。

正気の沙汰じゃない。

「ああいうのもどうかと思うし」
チッタは苦笑しながら肩をすくめる。
「バレないといいね、高いところ苦手なの」
「まったく身動きとれないくらいの苦手さじゃないから、なんとか誤魔化せるよ」
「でもねリッシュ。次の階はもっと高いよ?」
「言わないで……」
そうこうしていたら、カッツェとリュッセが戻ってくる。
「いい景色だねぇ。風も涼しいし。……さ、先を急ぐか」
カッツェがふうっと息を吐いてから、回廊の先をみつめる。
「とりあえず、正解か不正解か、行ってみなきゃわからないしね」


私たちは回廊を進む。もちろん壁ぎわを。恐いとか関係なく、単に魔物が襲ってきたときの自衛のため。壁のないほうを歩いていて、魔物に襲われて地面に落ちる、なんてあったらしょーもない。
そういう結論から壁ぎわになったんだけど、個人的にはラッキーで、ほっとした。
もちろん、そんなの黙っておくけど。

回廊を南に真っすぐ進むと、やがて右(西ね、一応)に通路が折れた。
そのまま道なりに角を曲がると、右手側に部屋への入り口が二個並んでいた。等間隔なのからみて、たぶん同じくらいの部屋が並んでいるんだろう。
通路は相変わらず外側に壁がない。突き当たりだけ壁があった。
たぶん部屋もあの行き止まりあたりまでの広さなんだろう。
「手前から攻める?」
私が言うとカッツェが頷いた。
「それがいい」

手前の部屋をのぞいてみる。入り口にはドアはないから、本当に顔を突っ込んで覗いた程度。でも、それで中はすべて見渡せた。手前の部屋はがらんとした広い部屋で、特に目立ったものはない。
「ハズレね」
チッタの声に私は頷く。
「次の部屋見てみよう」

次の部屋も予想どおり広さは同じくらい。がらんとした所も似ている。
ただ、決定的に違うのは部屋の右奥にのぼりの階段があるところ。
「あ、今度は当たりだ」
チッタが階段を指差した。
「のぼりますか?」
リュッセの質問に、私は頷いた。
「とりあえず、のぼっちゃおう。他にも階段はあるかもしれないけど、それはあとで調べてみたらいいよ」
「それもそうですね」
話はまとまって、私たちは階段の所まで部屋の中をずんずん進んだ。今のところ、魔物も襲ってこなくて平和。
そのせいで気を抜いてたとは言わないけれど。
「うわっ」
階段をのぼった瞬間にバブルスライムが上から降ってきたのには心底びっくりした。
あわてて剣を抜いて応戦する。
階段での戦いは大変だった。
前衛の私やカッツェがどかないと、リュッセやチッタがあがってこれない。二人があがってこれないと、魔法の援護が受けられない。だから移動したいけど、なかなか思うように動けない。
こういうの、ジレンマっていうのかな。
ともかく、そんななかなか上手くいかない戦いだから、時間がやたらかかった。
時間はかかったけど、なんとかバブルスライムを倒すことができた。形を保てなくなったバブルスライムが床に溶けていく様は、はっきり言って気持ち悪かった。
急にリュッセが階段に座り込む。
「どうした」
気付いたカッツェが声をかける。リュッセは苦しそうな息を吐いた。
「毒にやられたみたいです」
答えて、荷物から毒消し草を取り出す。傷口にもみ込みながら、痛そうに顔をしかめていた。

痛そう。
すっごく痛そう。

私が怪我した訳でもないのに、思わず顔をしかめる。なんだろう、痛い気がしてきた。
「リッシュさんは怪我してないんですから……」
リュッセは苦笑しながら言う。
「そうなんだけどー」
見てて痛いのは、本当だし。
治療が終わったのかリュッセが立ち上がる。
「ご心配かけました」
私の頭をぽんぽん、と軽く触ってリュッセは微笑んだ。
「気を付けろよ、ウチのパーティーの身の安全はアンタにかかってるんだからね」
カッツェは方眉をはねあげて困った顔をしながら、ため息混じりに言う。
「気を付けます」
リュッセは罰の悪そうな顔で笑った。
「でも無事でよかったよ。……まだ毒消し草はあるの?」
チッタの問い掛けにリュッセは頷いた。
「多くはないですが、まだありますよ。ご心配なく」
「少し休んだら進もう」


私たちが上った階段は通路の隅にあった。この通路は、塔の外周をぐるりと回るようになっているみたい。ちなみに、また所々外周の壁がなかった。
冗談じゃない。
勘弁してほしい。

三階の通路を歩いてみる。
通路は階段から少し西に進んだあと、北にむかってのびていた。そしてしばらく行くと塔の中心に向けて曲がる通路とそのまま外周をまわる通路に分かれていた。
塔の外周をまわる通路の、別れ道から先の部分は外周に壁があった。
少しほっとする。
塔の中心には行かないで、そのまま外周を回ってみたけど、なにもかわったことはない。
塔をぐるりと回りおわると、通路は行き止まりになって、その突き当たりにのぼりの階段があった。
「あ、また当たり? リッシュすごいね! 勘が良いんだ!」
チッタが手をたたく。
私は少し笑った。
「ハズレも引いてるよ……? じゃ、のぼっちゃおうか。鍵が貰えると良いね」


階段をのぼると、圧倒的な太陽の光に迎えられた。
そこは、塔の屋上といっていい場所。
塔の真ん中に、小さな小屋みたいなものが建っている。たぶん、鍵の持ち主がすんでいるんだろう。
周りを遮るものは何もない。

澄み渡った空。
柔らかそうな白い雲。
太陽を反射してキラキラ光る海原。
どこまでも見渡せる。
アリアハンの城が遠くに小さく見える。

きれい。


そして、動けなくなった。
10■ナジミの塔 4
皆が小屋のほうへ歩いていく。私は動けないで、思わず皆を見送る。
カッツェがドアノブを無造作にひねった。
「あ、鍵かかってる。……あけちゃうか?」
カッツェが扉の鍵をあけようとするのをチッタは止めた。
「姉さん、人が住んでるかもしれないんだから、勝手にあけちゃダメだよ」
「あー、そうだったね」
カッツェは面倒臭そうに頭を掻いた。
二人がそんな話をしているのを見ていたリュッセが、私のほうを振り返った。
「リッシュさん?」
「何?」
「来ないんですか?」
「鍵、かかってるんでしょ? だったら、行かなくても、ね?」
「……まあ、そうですけどね」
いまいち納得いかなさそうにリュッセは私を見ていたけど、やがて諦めたみたいにカッツェたちに視線を戻した。
「どうですか?」
「返事がないの」
「人がいないか、居ても寝てるかのどっちかだ」
カッツェが肩を竦める。
「どうするかね?」
「鍵を取り上げた人がここに居るとして、ちょっと時間ずらしてみるとか。ほら、三階でまだ塔の真ん中行ってないし。起きるかもしれないよ?」
チッタは、家の中で人が寝ていることに決め付けた提案をする。
「どうする? リッシュ。アンタが決めな」
カッツェに言われて私は少し考える。
「じゃあ、下の階の真ん中あたり見にいこう」

少なくとも、高さを意識しないで済む、とは口にしなかった。

「決まりだね」
カッツェが頷き、皆が階段方面へ戻ってくる。
皆が階段をおりていく。チッタは私にちらりと目配せをする。
ああ、そうだ、私もおりなきゃ。
とまった頭でぼんやり思って、動こうとしたけど、すぐには足が反応しなかった。
一刻も早くおりたいのに。
左足から前へ……なんて考えつつ、なんとか動こうとしていたら、階段をおりようてしていたリュッセと目が合った。
「……」
しばらく、じっと見つめられる。

あー、リュッセってやっぱりきれいな顔してるなー、なんてぼんやり思った。

ら。

リュッセが階段をのぼって戻ってきた。
そのまま、無言で手を引かれる。
「!?」
びっくりしてリュッセの顔を見上げる。
リュッセが私を見てほほえむ。
「秘密にしますよ」
「なんのこと?」
「恐いんでしょ?」
「何が?」
「高いところが」
「……ばれちゃった?」
「まあ、恐いものは恐いですよ。仕方ないです。……ちょっと意外でしたけどね」
「リュッセも恐いものある?」
「ありますよ。……秘密ですけど」
「秘密かぁ」
「いつか言う日もくるかもしれませんけどね」

階段の一番上で、リュッセの手が離れる。
残る暖かさに、少し残念な気分がした。



三階に戻る。
外周の壁があって、外は窓から見える程度。ようやくほっとした。
まあ、しばらくいったら、また外壁のない回廊へでる場所もあるんだけど、さっきより随分気が楽。

壁があるってすばらしい。

塔の中心にむかう通路は所々出っ張った壁に遮られて、迷路みたいに蛇行していた。左手側に入り口が二つあって、部屋につづいている。
右手側は、ずっと壁。カッツェはその壁に張りついて、コンコンと叩いている。眉を寄せて不審そうだ。
「……どしたの?」
「回廊はぐるっと外周をまわってた。で、ここは壁だ。ドアや入り口の類はなかったけど、中は空間がありそうだ」
「どういうこと?」
「上か、下からしか入れないのか、それとも単に空間なのか……気になるねぇ」
カッツェはにぃっと口の端を釣り上げた。
「あとで入り口探してみよう」
私の提案にカッツェは満足したようで、大きく頷いた。

空間はとりあえず保留して、左手側の部屋を覗いてみた。
手前側は広い空間で、宝箱が一つ置かれていた。途端にカッツェの目が輝く。
「気を付けてねー」
チッタは心配そうにカッツェを見上げる。カッツェのほうは軽く左手をあげて応えると、宝箱に近寄る。
カッツェが何回か蓋の辺りを触ると、宝箱が開く。
中からはいくらかのお金が出てきた。
「ま、こんなモンだろうね」
カッツェは軽く肩を竦めると、小さくため息を吐いた。

隣のがらんとした部屋には、登りの階段があった。
「え、また登り? さっき屋上だったでしょ? この階段のぼると……どうなるわけ? さっきは見なかったけど、あの小屋の死角にも階段あったのかな?」
チッタが首をかしげる。
「考えてるより、行ったほうが早い。行こう」
カッツェは階段の一番下に足をかけて、右手の親指でくいっと上を指差した。

私は階段をちょっと重い気分でのぼった。
そしたら、
「おおっよく来た!」
なんてお爺さんの声に迎えられた。

階段の先は、屋上じゃなかった。
板張りの床の小さな部屋で、小さなテーブルのところに小柄なお爺さんが座っている。部屋には他に、ギッシリと本の詰まった本棚が二つと、ベッド。

……もしかして、あの小屋の中?

「もしかして、部屋の外に先に来てくれたかね?」
お爺さんは小柄だし、顔はやさしいのに、とても威厳がある。
「ええ、まあ」
「それは申し訳ない事だった。今し方まで眠っておったのでな」
「やっぱり寝てたんだ」
チッタが小声で私に耳打ちする。
お爺さんは聞こえたのか、少し笑った。
「さて、リッシュよ」
お爺さんは私を呼ぶ。
「え? 何で私の名前を?」
「夢でお前さんが名乗ったからだ。ワシは夢で色々な事をしる。リッシュが今日鍵を受け取りにくるのもしっていたよ」
「じゃあ起きててよ」
チッタのもっともな言い分に、お爺さんは笑う。
「まあ、夢にも多少の誤差はある」
言って立ち上がって、本棚の小さな引き出しから鍵を取り出した。
「これが盗賊の鍵だ。単純な扉なら、たいていあけてしまうよ」
「使っていいの?」
「お前さんが悪さをしないのは分かっているからな」
お爺さんはにこにことして私に鍵を手渡してくれた。
「リッシュ、北のレーベにむかいなさい。そこでワシの旧い知り合いが魔法の研究をしておる。お前さんの道を示してくれるよ」
「わかりました。ありがとうお爺さん」
私は頭を下げる。
「ねえ」
チッタがお爺さんを見る。
「私の夢はかなう?」
「かなうよ、チッタ」
答えて、お爺さんはみんなを見渡した。
「カッツェの目的も、リュッセの願いも、みなかなうよ。……少々時間はかかるがね」
お爺さんは微笑むと、ベッドのほうへ歩いていく。
「ワシは夢の続きを見るとしよう」
「ありがとう、さようなら」
私たちは声をかけて、小屋をあとにした。
11■ナジミの塔 5
そのまま塔をおりてしまうのももったいない、ということで、塔の中をくまなく回ってみた。
三階にあった妙な空間へは、二階から行けるようになっていた。小さな空間で、宝箱が一つ。魔物の影もないから、ここで少し休むことにした。
「そういえば、姉さんの目的って何?」
チッタは上目遣いでカッツェを見る。カッツェは笑ってチッタの頭を軽く触った。
「アタシの目的は単純さ。ロマリアに帰ること」
「帰るだけなら、目的って言わないでしょ? 願い、とか言うでしょ?」
「……」
カッツェはため息を吐いた。それから、にっと笑う。
「ロマリアに帰って……あんにゃろうの横っ面を張り倒す!」
にこやかだったカッツェは、叫ぶように言ってそのまま壁を殴り付けた。
「殴られる人は大変そうですね」
壁の石が少し剥がれたのをみて、リュッセが乾いた笑いと共にそんな感想をのべた。まあ、多分殴られるのは男の人だろうからね、リュッセとしてはちょっと薄ら寒いものがあるのかも。
「殴られるような事をするのが悪い!」
カッツェはまだ怒りがおさまらないような様子で、空に向かってこぶしを振り上げる。
「果たせるといいね、目的」
チッタはのんびりした声で言うと、今度はリュッセを見た。
「リュッセくんは? どんな願いがあるの?」
「僕ですか? 旅先で、ぜひとも行きたい所があるんです」
「行ってどうするの? 願い事は?」
「ダーマの神殿……と言うところで、どうやら悟りが開けるらしいんですよ」
「開いてどうするの?」
「賢者、という存在になれるそうです。自在に魔法を操る存在らしいんですよ」
「……うわー、すごいっ! 私もなりたいかも」
「簡単ではないみたいですけどね。……命を落とすこともあるとか」
「ノーサンキュー」
チッタがふぅっと息を吐いて頭を横に振った。
「チッタさんはどんな夢を?」
「私はね、大魔法使いになるの。ずーっとあとの時代でも語り継がれちゃうような大魔法使い!」
子どもみたいに両手を空に向けて広げて、チッタはにこにこ笑う。
「……この夢、かなうのよ? 私がやってきた事は間違いじゃなかったの! これからも気を抜かなきゃ、夢はかなう!」
そのままあげていた手を、胸の前であわせてうっとりとした顔をした。
「皆かなうんだからいいね」
「……私聞いてないんだけど」
私は自分を指差して苦笑する。
「え! やだたーいへん! リッシュ聞きにいこう!」
「そこまで大問題じゃないよ……」
苦笑して私は肩を竦める。「私は特に今は夢とかないし」
「お父さまの仇を打つのでは?」
リュッセの言葉に私は首を傾げる。
「んー、顔も覚えてないから、あんまりピンとこないんだ。……父さんの事だけにとらわれないで何か……チッタの夢みたいに、自分の何か夢を持ちたいなって思う。……今はまだ明確な夢はないなぁ」
「いつか見つかるさ」
カッツェが私の頭をぽん、と撫でる。それから、鼻にしわを寄せるように笑って続ける。
「アタシだってあんにゃろうをぶん殴ったあとは何も決まってないし、アタシも何か探そうかね」
「手加減してあげてくださいね」
リュッセは遠い目をしてため息混じりに言った。
思わず私たちは声をあげて笑った。
「じゃ、休めたし、行こう」


私たちは塔をおりて、調子のいいオジサンの宿にとまってしっかりと休んだ。

次の日、私たちは地下の通路におりた。
通路は真っすぐにのびている。
「どうする? 十字路で東にまがってアリアハン方面に行ってみるか、北にまっすぐ行ってみるか……まあ、東にしても北にしてもどこに繋がってるのか、どこにも繋がってないのかわからないけどね。無難なのは西に戻って洞窟を抜けてから、アリアハンなりレーベなりに行くのだろうね」
カッツェはいろんな方向を指差しながら説明する。
「アリアハンには行かない。用事もないし……しばらく帰らないで、どのくらいやれるか試したい」
「いい意気だ」
カッツェは私の胸をとん、と突いた。
「で? どうするの?」
「北に進んでみよう。出口があれば、北なんだし、レーベ方面だから、無駄歩きじゃないよ」
「きまりだ」
私たちは北を目指して、幅の広い通路を進む。
さすがに通路での戦い方にも慣れてきて、比較的スムーズに歩くことができた。
通路は十字路を越えた辺りから地下水のうえを渡る橋に変わる。相変わらず石畳のしっかりした通路で、あまり不安はない。太さも変わらず。安心して歩ける。
そのうち、通路の果てが見えてきた。T字路で、左右に道が別れている。
辿り着いてみると、右は通路がのびていて、左は小部屋への入り口になっている。
「部屋のぞいて、それから考えよう」

小部屋には何もなく、私たちは右の通路に進むことにした。こっちの通路も長くつづいているらしい、先が見えなかった。
真っすぐに伸びる通路を、ずいぶん歩く。
まだつづくのかと不安になったころ、右手側に赤い木でできた扉が見えてきた。ゆっくりと近寄ってみる。扉は頑丈で、分厚そうだ。触ってみると、ひんやりと冷たい。
ノブを回してみたら、鍵が掛かっていた。
「ね、リッシュ、お爺さんにもらった鍵を使ってみようよ」
チッタの提案に私はうなずく。
「うん、そうだね。使ってみよう!」
私は道具袋から盗賊の鍵を取り出して鍵穴にさしてみた。
鍵はするりとなかに入っていく。
そして、回すと手応えがあって、がちゃりと重い音がした。
扉が開く。
私は思わずチッタの顔をみる。チッタも私をみた。その顔は、すこし興奮したのか赤くて、目が輝いている。
「すごーい! 開いた! 開いたよ!」
私たちは手をたたき合う。
扉のなかは宝箱が三つ。カッツェが素早く中身を確認して回収してきた。
「まあまあだ」
手のなかのものを私に見せてカッツェは苦笑する。
「次に期待だ」

部屋から出て、右手側に道は伸びている。
そちらの突き当たりに登りの階段があって、光が落ちてきていた。
外に繋がっているんだ。

自然と早足になって、階段を駆け上がる。

目の前には森が広がっていた。

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