1 ■頼りない旅立ち
世界はどんなふうに広がってるの?


2■旅立ち
碧。
どこまでも深く澄んだ碧。
透明な、碧。
流れる雲は、嘘みたいに白い。

私は空に突き出した、土がむき出しになった崖の先端にたっていた。
風は左から吹いていて気持ちがいい。

――さあ、目覚めなさい。

「リッシュ起きなさい、朝よ?」
母さんの声に私は反射的に体を起こす。
なんか夢をみてた気がするけど、ぼんやりとした輪郭しか思い出せなかった。
「今日は初めてお城へいく日でしょ? 大切な日なんだから、もっとしゃっきりして」
母さんは私をみて眉を寄せた。
「うんー」
頭を掻きながら食卓につく。
「今日のこの日のためにおまえを勇敢な男の子のつもりで育てたのよ」
母さんは頼りなさそうな顔で私を見た。
「普通に女で育ててよー」
「それじゃ戦えないでしょ」
母さんは頬を膨らます。変なところで子供っぽい。
「戦い方を教えてくれたのはいいんだけどー」
剣の練習はキライじゃなかったし、旅に出るには必要なんだけど。

……父さんの後をついでっていうのがピンとこないんだよなー。


私の父さんはオルテガって言う。
アリアハン一の強者で、世界中のひとが知ってる勇者。
強く勇敢な人だったってきいてる。
私が生まれた頃には旅に出ていってて、魔物との戦いで火山に落ちて死んでしまったらしい。
けど、そういう理由で顔を知らないし……。
仇を討ちたい気持ちはあるけど、仇の相手は知らないし。

第一私が旅立つのを何で他人が決めるわけ?

何か腑に落ちないんだよなー。

朝食を食べおわって、私は支度をして母さんについてお城へむかう。

いつも遠くから見てるだけで、なかに入ったことがない場所。
どんなトコだろう。やっぱり派手で豪華なんだろうか。
……この格好でよかったかなぁ。
旅に出る格好で来ちゃったからな……。
私はそんなことを考えながらお城へつづく橋をわたった。

入り口にいた兵士さんに、すぐの階段をのぼるように言われて、私はその通り階段をあがった。
赤い絨毯がつづいている。
絨毯を踏みしめながら、私は真っすぐ歩く。
階段をのぼったところは広い部屋になっていて、奥の方に豪華な玉座があって、そこに立派な髭の男の人が座っていた。
近付いていくと、意外と若い。銀髪だからお爺さんなのかと思ってたけど、まだ壮年って感じだ。
少し眉を寄せて難しいかおをしている。
玉座の右隣には神経質そうな大臣らしい人がたっていた。
「よくぞ来た! 勇敢なるオルテガの娘リッシュよ!」
王様はよく響く凛とした低い声で話はじめた。
「そなたの父オルテガは戦いの末火山に落ちてなくなったそうだな。その父のあとをつぎ旅に出たいというそなたの願いしかと聞き届けた!」

えぇっ!?
私はそんな願いだした記憶ないんですけど?

そんな私の困惑はよそに王様は続ける。
「敵は魔王バラモスだ! 世界の人々は、いまだ魔王バラモスの名前すら知らぬ。だが、このままではやがて世界は魔王に滅ぼされよう。魔王バラモスを倒してまいれ! 街の酒場で仲間を見付けこれで装備をととのえるがよかろう」
王様のことばにしたがって、若い兵士さんが武器や防具、それから皮袋にはいったお金を手渡してくれた。「ありがとうございます」
私が頭を下げると、王様は重々しくうなずいた。
「では行け、リッシュよ」

私はゆっくりと歩いてお城をあとにする。
お城と街をつなぐ橋を渡り切ったところにチッタが立っていた。
「あれ、どうしたのチッタ」
「リッシュを待ってたのよ?」
そういって笑って、小首をかしげる。

チッタは、ちっさいころからの友達。
アリアハンでも有名な魔術師の家の末っ子で、彼女も魔法使いの修行をやっている。
私が剣の修行をしているときに、よく隣で炎を出したりやっていた。

「何で?」
思わず聞き返す。
「決まってるでしょー? 一緒に行くのよ?」
「何処へ?」
「リッシュは何処へ行くの?」
「……もしかして、ついてくるとか?」
「もしかしなくても、そうよ?」

……。

「よくおじ様許したねー」
「そんなの言ってないに決まってるでしょ?」

……。
うああああ。
見える、おじ様の頭に角が見える。
背後に雷が見えるよおおおお。

「大丈夫だって」
チッタはケタケタと笑った。
「だってほら、帰らないし」
「家出娘みたいなこと言わないでよ」
「家出娘なのよ」
チッタはそういって、その場でくるりと一回転した。
緑色の長いスカートが翻ってキレイだった。

チッタは女の子らしくて可愛いんだよなー。
羨ましいなあ。

「どの道、一人で行かないんでしょ? 一緒に行ってくれる人は探すんでしょ? 皆エキスパートだったら、リーダーとしては格好悪いよ? だから、初心者の私も連れて行ってよ」
「おじ様の地の底から響くような声が聞えるよ……」
「気のせい気のせい! それよりお城ってどんな感じだったの? やっぱりキレイ? 私も行ってみたいなあ」
「旅の進み具合とか、時々報告に行く事になってるから……」
「つまり一緒に連れて行ってくれるのね?」
「……どうせ首を縦に振るまで、言い続けるんでしょ?」
「流石分かってるー!」
チッタは私の手をしっかりと握った。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
「はいはい、出発ー」
「で? どこに行くの?」
「とりあえず、仲間になってくれる人を探しにルイーダさんのところ」

こうして私はチッタと二人で旅に出る事になった。
……チッタは強引だなあ。
3■旅立ち 2
チッタは私の手を引いて歩く。
旅人や冒険者達が集まるルイーダさんの酒場があるのは、町の入り口近くの目抜き通り沿い。ちなみに私の家のおむかい。
お城から伸びる南北の大通りと交わる左右に伸びた大きな通りを私達は歩く。
時々、すれ違う男の人が振り返るのが分かった。
私一人で歩いてもそういうことは無いから、つまり見られているのはチッタのほう。
チッタ、確かに、可愛いもんな。
チッタの、肩で切りそろえたオレンジの髪が歩くたびに揺れるのを見ながら、私は内心ため息をついた。
チッタは、女の私が見ても、本当に可愛い。
ちょっとつり気味の大きな緑の目。出るところが出て、引っ込むべきところがちゃんと引っ込んでる体。すらーっと伸びた手足。
思わず私は自分の体を考える。
メリハリ無い。
ああ、なんかがっかり。
その素敵に女の子なチッタは、服装もちゃんとそれを引き立てるような格好をしている。とんがった黒い帽子に、緑の足首まであるロングスカートのワンピース。コレは胸ががーっとあいていて、腕は長い手袋をしているだけ。黒いマント。

「なんか、チッタってカワイイよね」
「いったい何?」
チッタは振り返って困ったように笑った。
「……いや、その格好で大丈夫かな?」
「んー、大丈夫じゃなくなったら、またそのとき考える」
にっこり笑って、チッタは私の顔を覗き込んだ。
「リッシュも凛々しいお姉さん、ってかんじで素敵」
「……あそう?」

そんなこんな話しながら、私達は町の入り口までやってきた。ここにルイーダの酒場がある。
「お客として入るの初めて」
私たちはドアをあけて中にはいった。

酒場の中は昼間なのにちょっと薄暗い。中にはたくさんの人がいて騒ついていて、食器の触れ合う音や、話し声が独特の空間を作り出している。
その中を私たちは奥のカウンターをめざした。

「あれ、どうしたのリッシュ。今日はアルバイト頼んでないでしょ?」
ルイーダさんは私を見てきょとんとした顔をした。
「今日は客だよ」
「あ、旅立つの今日だっけ?」
ルイーダさんは紫の長いウェーブした髪をくしゃりと掻いた。
「じゃあ商売しなきゃねぇ、何飲む?」
「すぐ行くから、お酒は困るな。お茶でいいよ」
「儲けになんない客だー」
ルイーダさんは大げさにため息を吐いた。
「リッシュ、あんたが来たワケはわかってるよ。チッタと二人で旅するのは無謀だもんねえ」
「はっきり言うなぁ」
チッタは頬を膨らます。
「とりあえず、席についてな。お薦めの子がいるから、そっちに行かせるよ」


「あんたがリッシュ?」
私とチッタが座っている席に女の人がやってきた。
「そうですけど……」
女の人は褐色の肌に銀色のショートカットの髪をした、背の高い人で、体にぴったりくっつく黒の服を着ていた。私より年上に見える。
「アタシはカッツェ。洞窟や遺跡でトレジャーハントをしてる」
カッツェさんはあいていた席に座った。
「リッシュです」
「チッタです」
それぞれの自己紹介を聞いて、カッツェさんはうなずいた。
「アタシは訳あってロマリアへ行きたい。航路が閉ざされて今は行けないが、行けるようになる頃にはあんた達で戦えるようになってるだろう」
カッツェさんは私たちを見る。
「剣士と魔法使い……アタシが盗賊……バランス悪いな」
カッツェさんが腕組みをして考え事をしている間も、酒場にはたくさんの人が出入りした。
食材を持ってきた商人、大ぶりの剣を持った戦士、きれいな顔をした僧侶。
「結構繁盛してるのね」
チッタはきょろきょろ辺りを見る。
「そうだよ。私ときどきバイトに来たけど、割りと忙しいんだ」
「へー」
「さて」
カッツェさんは私たちを見て苦笑する。
「人員はルイーダさんに頼むとして、とりあえず、これからのことを話そう」
カッツェさんは私たちに頭を寄せるように指示して小さな声で話しはじめる。
「アリアハンを騒がせてたちゃちな盗賊がいるんだがな、先日奴が捕まった。で、奴が持ってた盗賊の鍵ってのを取り上げた人がいる」
「で?」
「アタシは鍵をあけられるけど、あんた達は無理。アタシが抜けても旅で苦労しないようにまずはソレを貰いに行く」
「くれるかな?」
「その交渉はリッシュがしな。……鍵を取り上げた人はここから見えるナジミの塔にいる。旅の練習には丁度いいだろう」
カッツェさんは脚を組んで背もたれにどさりともたれた。
「とりあえずルイーダさんにあんた達にあう僧侶を探してもらうか」
「やっぱりいないと無理?」
私が聞くとカッツェさんはうなずいた。
「無理とは言わないが苦しいね。初心者なんだからしないほうがいい」
「無理なんだ」
チッタは頬杖をつく。
「冒険ってのは無理無茶無策じゃダメなのさ。慎重すぎるくらいで丁度いい」
覚えておきな、とカッツェさんは笑った。
「さて、アタシはルイーダさんに頼んでくるからあんた達はこれからの夢でも話してな」
4■旅立ち 3
カッツェさんはまっすぐカウンターへ歩いていく。
私達はそれを見ながら、二人で地図を眺めた。
アリアハンはUをさかさまにしたような形をしていて、湾に小島が浮かんでいる。その小島に塔が建っていて、そこにカッツェさんが言った鍵とそれを取り上げた人が住んでいるんだろう。
「塔にわざわざ住むってどういう人かしらね?」
チッタが首を傾げる。
「んー、管理人?」
私が答えると、チッタは声を立てて笑った。
「ちょ、お腹痛い……。笑わせないでよー」
「真面目に答えたのに」

「あの、すみません」
そんな話をしながら盛り上がっていると、背後から声を掛けられた。落ち着いた男の人の声に、私はびっくりして振り返る。
一人の男の人が立っていた。
青い髪を肩より少し長いくらいに伸ばして、それを首の後ろで一つに結んでいる。優しそうな黒い瞳で、少し困ったような顔をして私を見ていた。
「何か?」
「……ルイーダさんに伺ったのですが、リッシュさんでしょうか」
男の人は戸惑ったように私とチッタを見比べた。
「あー、私だよ」
私が軽く手を挙げると、彼は私を見て微笑んだ。
「初めまして、僕はリュッセといいます。アリアハンの町外れにある教会で、神に仕え修行をしている身の者です」
「はあ」
私もチッタもあっけにとられてリュッセさんを見上げる。
「本日、神に祈りをささげておりましたところ、貴女へ付いて行くようにという声を聞いたのです。……どうでしょう、お邪魔でなければ僕も貴女の旅に同行してもよろしいでしょうか」

私は困ってチッタを見た。
チッタもちょっと眉を寄せている。

カッツェさんが席を外している間に勝手に決めていいのかな。
それに、男の人が一緒に行くのはどうなんだろう。

どうしたものかと悩んでいる間も、リュッセさんは私をじっと見ている。
「えと……」
なんとか言葉をつなげようとするけど、何も出て来ない。
「いいじゃないか、連れて行こう」
答えたのは、カッツェさんだった。
カウンターから戻ってきたらしい。
「ルイーダさんに聞いたけど、今暇で、今後も暇な僧侶はそうそう居ないみたいだよ。コイツ悪いやつじゃなさそうだし、悪いこともできなさそうだし、連れて行って問題ないさ」
「……ははは」
カッツェさんの余りといえば余りな言葉に、リュッセさんは苦笑した。
「あんた名前は? アタシはカッツェ」
カッツェさんはさっきまで座っていた椅子に座りながら自己紹介をする。
リュッセさんもあいていた席に座った。
「僕はリュッセといいます」
カッツェさんが私に手を向けた。
「あ、私はリッシュ」
「私はチッタよー」
お互いに軽い挨拶だけして、私達は地図を覗き込んだ。
「じゃあ、リッシュたちにした説明をしなおすか」

 
結局その日はそのあと盛大にご飯を食べて親睦会にして、出発は次の日になった。
家に帰ると、母さんは城で失敗しなかったかとか、旅にちゃんと出られそうかとか、しきりに色んなことを聞いた。
きっと、本当のところ私が出て行くのが淋しいし辛いんだろう。
明日本格的に旅に出るというと寂しそうに笑っていた。

次の日、朝早く私は外に出た。
待ち合わせの町の入り口に行くと、もうカッツェさんとリュッセさんは待ってくれていた。
「お待たせ」
「僕は今来たところです」
「アタシは暇をもてあましてた」
二人はそう答えて私のほうを見る。
「チッタさんは一緒ではないんですか?」
「幼馴染だけど別に一緒に住んでるんじゃないし。近所だけどね」
「……こっちから行くか?」
「あー、ダメダメ、おじ様が怒るよ」
私が言うと、二人は不思議そうな顔でこっちをみた。
「チッタのおじ様、すごーく厳しいんだから」
「……それは此方へ来られないのでは?」

……。

「うああ、そうだったらどうしよう!」
リュッセさんの至極当然な言葉に、私は頭を抱える。
「ばれたんだ、ばれたんだ! だから内緒で大丈夫かって言ったのに!」
「……なんでこんなに前途多難かね、出かける前から」
カッツェさんが頭を抱える。

「あの、ただの遅刻だった場合、何て言うべきですかね?」

声に振り返ると、チッタが頬を染めてうつむいていた。
「今後気をつけますって言えば良いのでは?」
リュッセさんの言葉にチッタは小さな声で「今後気をつけます」っていって頭を力なく左右に振った。

「さあ、行こうかね」
カッツェさんの言葉に私達は拳を突き上げると、町の外に出た。
5■初めての戦い
アリアハンの町は高い壁に囲まれている。外に出るには、東西に走った町の真ん中を通る大通りの西の端にある門か、その大通りから南にいったところにある門か、どちらかから出るしかない。
普通は、西側からでる。アリアハンの町の東はすぐ海で、レーベの村があるのは北西だからだ。もちろん、私たちも西の門から外に出た。

朝露の光る草原を、風が通り抜けていく。草がさわさわと音を立てて波打っている。
いつも、門の内側から見ていた外の世界。
遠くに小さく塔がかすんで見えた。
あれが、これから目指す事になるナジミの塔。
カッツェさんが地図を開いて私達に見せてくれた。
「いいか? 現在地が此処だ」
カッツェさんが地図上のアリアハンをはじく。
「で、目的地が此処」
今度は、湾の中の島にある塔の絵を指差した。
「あれ? 此処へはどうやって行くの?」
チッタが地図を覗き込んで小首をかしげた。
確かに、島まではつながった橋や船はなさそう。
カッツェさんの指が、またアリアハンに戻ってきた。
「これからの道のりはこんな感じ。まずは此処から北西を目指して歩く。そうすると、そのうち橋が見えてくる。湾を渡りきる大きな橋な。これを渡る。渡ったら、南下する。湾に沿ってずーっと南下していくと、そのうち洞窟が見えてくる。此処が当面の目的地だ」
カッツェさんが指差した先には、確かに洞窟の絵が描かれていた。丁度、アリアハンの町とナジミの塔を繋いで、湾の向こう側にある。
橋を渡って北の方にはレーベの村があるけど、そっちのほうへは行かないらしい。
「その洞窟には何があるんですか?」
「なに、というモンじゃなくてね、塔に繋がる地下道が続いてる。その地下道を通って塔に地下から入る。塔へ行く理由はわかってるだろ?」
「……カッツェ姉さんはどうしてそんなに詳しいの?」
チッタの言葉にカッツェさんが顔を上げた。
「……姉さん?」
「私お姉さんって欲しかったんだー」
答えになっているようななっていないような、そんな返答をしてチッタは笑った。
「……まあ、何でもいいけどさ」
カッツェさんは軽く息を吐いた。
「アタシは遺跡専門っていっただろ? とりあえず行ってみたことはあるわけ。塔は登らなかったけどね」
「洞窟どうだった?」
「……どうもこうも、普通だった」
「……この場合の普通って、何?」
私が聞くとカッツェさんは肩をすくめた。
「魔物がでて、入り組んでて、それなりに宝がある」
「……なるほど」
私は大きく頷く。
「ま、ともかく洞窟目指していこう」
カッツェさんを先頭に私達は歩き出した。

舗装されていない平原は、歩くたびに踏みしめた草の匂いがした。地面は硬くて、今のところ歩きやすい。アリアハンのお城を囲むように、森が青々と葉を茂らせているのが見える。
時々走り抜けていく春先の風は少し冷たいけれど、太陽は白い光を落としていて暖かい。

歩くのには丁度良かった。

町を離れて、少し行った右手側の草が風もないのに揺れた。
「気をつけろ!」
先頭を歩いていたカッツェさんがいきなり声をあげた。そして素早くナイフを構える。私はあわてて銅の剣を構えた。
草むらから、青くて透明の雫型をした魔物がとびはねながら二匹連なって出てきた。
雫型には手足がなくて、おっきな目と口だけがこちらに向けられる。
魔物なんだけどあまり恐くない。
「スライムだからって油断はするなよ」
カッツェさんは言うと、スライムに斬り掛かる。私はカッツェさんとは違うほうのスライムに斬り掛かる。
後ろから小さな火の球が飛んできて、スライムにあたって弾けた。
今の何?
ともあれこれで一匹倒した。
カッツェさんが一撃で仕留められなかったスライムに、チッタが体当たりをされる。痛そうな声をチッタはあげた。
その後から、リュッセさんがスライムを棍棒でたたく。
スライムは形を保てなくなって地面に溶けていった。
「大丈夫ですか?」
リュッセさんがチッタの腕を見て、何事かつぶやく。
リュッセさんの手から淡い光があふれて、チッタの腕の赤く腫れた炎症が消えていった。
「それって、魔法?」
「そうですよ。見るのは初めてですか?」
私の問い掛けにリュッセさんはうなずいて、逆に質問してきた。
「うん、初めて。便利だねー」
「きっとリッシュさんも使えるようになりますよ」
「そうかな? じゃあスライムに飛んでった火の球は?」
「あれは私」
チッタが笑う。
「チッタって魔法使えたんだ」
「リッシュ私を何だと思ってたの」
チッタが半眼になる。
「私の前で修業してたときはついぞ火の球なんて飛ばなかったじゃない」
小さいとき、私は剣の修業を、チッタは魔法の修業を、一緒に広場でやっていた。けど、その時チッタはたいてい杖を見つめて集中してるだけで、なにか派手なことをやってたワケじゃなかった。むしろ転んだり怪我したり、私のほうが派手だったくらい。
「でも魔法って使うと疲れるんだろ?」
カッツェさんはチッタの顔を覗き込む。
「確かに、精神的に疲れるの。だからあんまり沢山は使えないかなぁ……。ぐっすり寝たら平気になるんだけど……。リュッセくんもそう?」
チッタはリュッセさんを見上げる。
「そうですね、おなじです。まだまだ未熟なので、僕もあまり魔法の多用はできません」
カッツェさんは「ふぅん」と言うと唇を尖らせて目を細めた。
「よし、しばらく洞窟行きはなしにしよう」
「えっ!?」
私たちは一斉にカッツェさんを見た。
「なんで!」
「一つは単純に連携の問題。まだまだお互い遠慮があるからね、こういう状態のまま遠出は危険。もっとお互い信頼できるようにならないとな」
そう言ってカッツェさんは私たちをぐるりと見渡した。
「次に、慣れ。戦いなり野営なり、もっと慣れてから遠出したほうがいい。戦いに慣れたら、魔法ももっと余裕を持って使えるようになるだろ。それはパーティー全員にとって有益」
「なるほどー」
私が納得してうなずくと、カッツェさんは困ったように笑った。
「その間に、リッシュにはリーダーの自覚も持ってもらわなきゃな。いつまでもアタシが指揮してるワケにはいかない」
「がんばりまぁす」
私は肩を落としてため息を吐く。

まだまだ旅は始まったばかり。
問題は山積みで、私はちょっと憂欝。
6■洞窟までの道
私たちは暫くの間、アリアハンの町を拠点に戦いの練習をした。
町にいるときは、ほとんどルイーダさんのところに居て、必要なものを買ったりするときも団体だった。
ただ、夜はカッツェは宿に、チッタと私はそれぞれの家に、リュッセは教会に戻っている。

何回かは野営の練習に草原で見張りを交替しながら夜を過ごしてみた。
初めて見る草原の夜空は、キラキラ光る宝石をばらまいたみたいで、静かでとてもきれいだった。音はほとんど聞こえない。時々風で揺れる草の音や、焚き火の中で木がはぜる音がするくらい。
特に何があったわけでもないのに、とても神聖な気持ちになる。
他の眠ってる仲間達の安全が起きてる私にかかってるって思うと、責任がずっしりのしかかってきて少し恐かった。

そうこうしているうちに、カッツェの言ったとおり私たちはそれぞれ強くなって、何回か連続で戦っても余裕があるようになってきたし、それぞれ呼び捨てで名前を呼べるくらいには仲良くなった。
まあ、リュッセは性格上いまもみんな敬称ついてるけど、呼び方は前ほど堅くない。
チッタに至っては、カッツェのことは「姉さん」って呼び方に固定して、その呼び方がそろそろ私やリュッセにもうつりそうな感じになっている。
魔物退治のおかげで強くなったし、仲間意識もはっきりしたし、現実的には報奨金でお金もたまって、ちょっといい剣や鎧を買い揃えることもできたし、旅に必要なさまざまなものを調達できるようになった。
何だか良いことずくめな感じ。
まあ、もっとも、チッタは日焼けの心配をずーっとしてたけど、ソレはもうあきらめてもらうしかないと思う。


「さて、ここいらの魔物には苦戦しなくなったし、明日の朝一番に塔にむかってみるか」
カッツェが私たちを見渡した。
誰も反対はしなかった。
「じゃあ、明日」
私はうなずいた。
「ちょっとどきどきするね」
チッタが好奇心いっぱいの笑顔をみんなに向ける。
「遠足じゃないんだよ」
カッツェが苦笑する。
「緊張を忘れてはいけませんが、心配ばかりしても仕方ないでしょう」
リュッセはいつもどおり少し困ったような笑い方をした。
「じゃあ、明日朝一に出発!」
私のこの言葉が、本当の意味での旅立ちになった。



私たちは今までに無いくらい荷物を用意して、日の出より少しはやい時間に町の入り口に集まった。
「準備はいいね?」
カッツェの言葉に私たちは頷いて町の入り口を出る。
ちょうど今からむかう海からの風が吹いてきて、気持ちが昂ぶる。
「なんかいよいよーって感じね!」
チッタが海の方向を見据えてから、陶酔したような表情で目をそっと閉じる。
「そんな良いことばっかりじゃないよ」
カッツェが呆れたようにかたをすくめる。
「気分がいいのにつぶさないでよカッツェ姉さん」
チッタが口を尖らせて、私たちは声を上げて笑った。

旅立ちは、そんなふうに明るく楽しく始まった。



アリアハンからまず西に歩いて海をめざす。数時間もしないうちに海が目の前に広がる。海は穏やかにきらきらと光を反射していてきれいだった。
海沿いの道を今度は北上する。
またしばらく行くと石造りのしっかりした橋が西側に見えてきた。
あれが言われていた、湾を渡る橋なんだろう。あれを渡ってそのまま街道を北に進めばレーベの村があるけど、今回はそっちには行かない。
橋を渡って、少しも行かないところで私たちは街道を外れて南下をし始める。
脛の真ん中あたりまでのびている草ばかりが生えている荒野を行く。草の生えた地面は少しやわらかくて、ときどきぬかるんでいるような所もあった。通り抜けていく風が気持ちいい。

もちろん、草の間からスライムは飛び出してくるし、空から大烏は飛び込んでくる。戦いは避けられない。そして戦いのあとは休憩を入れる。
まだ長距離を歩くことに慣れていないし、旅をしながらの戦いにも慣れていないから、休憩はこまめに入れた。
そうこうしているうちに陽が落ちかけてきた。
「今日はこの辺までにしよう、陽が完全に落ちたら魔物の活動もかっぱつになるし、私たちは夜目がきかない」
私が太陽のほうをみて言うと、カッツェが頷いた。
「それがいいね。……わかってきたじゃないか、リーダー」
茶化すように言ってカッツェは私の頭をくしゃりと撫でた。
私は少し口を尖らせてカッツェを見上げる。
「頑張ってんのは良いことだ」
カッツェはにやっと笑って大きくのびをした。

「洞窟はもうすぐだ、明日の昼までにはつけるさ」
そう言って南の闇に目を向ける。
私は頷いた。
洞窟まであと少し。

※注)■1については、ブログでのソフト紹介のため、文章はありません。

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