6■連戦


26■イチェルはうっかり王女の愛を使った
アレフガルドの西側を旅してみることにした。

西側に繋がる大きな橋を渡る。ここから、大陸はまず南に伸びて、そのあと東に広がる。こちら側には大きな砂漠とそのオアシスの町・ドムドーラ、それから城塞都市メルキドがある。他に目立つのはメルキドの南に広がる毒を含んだ沼地地帯くらいで、取り立てて珍しいものは無い。
とりあえずドムドーラを目指す事にして、南に進んだ。

途中、東側の岩山で洞窟を見つけたから探索してみたが、いくつかの宝箱があるだけだった。戦士の指輪は少し掘り出し物だったかもしれないが、中でうっかり使う羽目になった魔法の鍵のことや体力の事を考えると、少し損をした気がした。たとえ宝箱に金が入っていても、だ。物理的に得をしてても損をした気分になるとは、一体どういう事なのだろう。
相変わらず洞窟を歩いていると陰鬱な気分になるから、あまり積極的に洞窟にもぐるのはもうやめておこう。


……竜王は城の地下にすんでるんじゃなかったか?
そんな話、どっかで聞いた気がするぞ。
隠してある下り階段があるとかなんとか。



……。


先を考えると暗い気分になるから、とりあえずこのことは保留する事にした。



洞窟を後にして、草原地帯を南下する。
時折襲い掛かってくる魔物は、リムルダール近辺で戦った相手とそう変わらない強さで、まだ何とかなる。魔物が強くなりだしたら、どこかにとどまってまた訓練しないといけないだろう。

ラダトームを後にして数日目の夕方、そんな事を考えながら野営の準備をしているときだった。
荷物から食料を取り出すときに、ふと姫様に頂いたアクセサリが目に付いた。
ネックレスかもしれないが、俺の首にかけるにはちょっと可愛らしすぎるし、第一コレを首にかけて戦っていたら……姫様には悪いがかなり邪魔。かといって腰にぶら下げるとどこかで引っ掛けて落としそうで、結果袋の奥底にしまいこんでいる。
何気なく取り出して、目の高さまで持ち上げてみた。
夕日を受けて、ぶら下がっている水晶がキラキラと輝く。
「イチ様!」
「!?」
いきなり姫様の声がして、俺は辺りを確認する。
勿論誰も居ない。
魔物だって居ない。

……疲れてるのか、俺。

俺は目を閉じて眉間の辺りを思わず指で揉んでみた。効果があるとは思えなかったが。
「イチ様! 聞こえますか!?」

……俺は幻聴を体験するほど姫様の事が好きだったのか。
そうか知らなかったな。
確かに美人だし、一直線に好いてくれるし、悪い気はしないのは事実だ。
姫様に助けられて、救われた気がしたのも事実だ。


嫌いじゃ、無い。


が。



幻聴はないだろ、幻聴は。




「イチ様? イチ様? 聞こえていますか? もしやどこかお怪我でもなさって、声があげられないのですか!? 大変! わたくし、どうしたらよいのでしょう!?」
「……聞こえてます」
幻聴の姫が泣きそうな声で取り乱すから、思わず返事をする。
もしコレが魔物の罠で、返事をしたら死ぬとかいう状況でも、こんな声で呼ばれたら俺はきっと返事をしてしまうんだろうな、と自嘲気味に思う。


姫様が、俺を好きだというのは多分勘違いだ。
一人で長い間洞窟に閉じ込められたら心細い。
そこへ単身助けに乗り込んでくるヤツが居たら、誰だって恋に落ちるだろう。
そう。
姫様が好きなのは「勇者」であって「俺」じゃない。
平和になれば、消えていく熱だ。
ソレがわかってて、俺は。


「聞こえてますから、泣かないで下さい」
「よかった……。イチ様に何かあったら、わたくし……」
最後のほうは消え入るような声で、それでも声がほっとしたのが分かった。
幻聴なのに芸が細かい。
というか、幻聴ということは俺の希望?
心配されたいのか、俺は。
「もう、全然使ってくださらないんですもの。捨ててしまわれたのかしらと不安でしたのよ?」
「……使うって、何を?」
もう、いいか幻聴なんだからどうやって返事をしても。
妄想妄想。
俺の無意識が好き勝手作ってる理想の姫様だ。
都合のいいように変化させた、歪んだ姫だ。
どう返事をしようがどう扱おうが、問題ない。
「ですから、わたくしが差し上げたものですわ。名前はないですけど……。あの、ネックレスの形の」
「ああ、今持ってる。だから?」
「イチ様、少しお話の仕方が違いますね」
「いつもどおりだ」
「わたくしと居るとき、イチ様はそんな喋り方をなさってませんでした。もっと堅くて、ええと……そう、緊張しているというか、無理をしているというか」
「ああ、あんた姫だから一応敬語使ってたからな」
「まあ。では今お話してくださっているのが本当のイチ様のお喋りの仕方なのですね? 嬉しい。でもどうしてそういう風に最初からお話いただけなかったのかしら。今はわたくしの顔が見えないからですか?」
「そうだ」
「……まあ。そんな、ひどいですわイチ様。……でも、こうしてお話するのであれば、本当のイチ様を知ることができるのですね」
幻聴の姫は悲しそうな声から、一転嬉しそうに声を弾ませる。
「イチ様。ローラはイチ様をお慕い申し上げております。イチ様はわたくしのことを想ってくださいますか?」
謁見の間で聞かれたことを、繰り返される。
「あの時言っただろ。送り届ける必要がなければマイラで身も心も俺のものにしてしまったのにって」
「……ええ、もう、わたくし驚いてしまって、あのあと倒れてしまいました。もちろん、イチ様は紳士でした。ちょっと、驚いただけなのです。何を言われたのかとお父様に随分尋ねられましたけど、わたくし言いませんでした。マイラでのことも、わたくし言ってません。イチ様とのお約束どおり、何も申し上げてません。ですから、ご安心くださいね。無事にラダトームへお戻りになったら、お父様にお会いしに来てくださいね? わたくし、お部屋から西のほうを見てイチ様のご無事を毎日お祈りいたしておりますから」
最後のほうは涙声になりながら、幻聴の姫は言う。


……。
……??

ん?


「……姫様?」
「はい」
「……今、どちらに居られるのですか?」
「わたくしですか? わたくしのお部屋です。今は一人ですのよ。イチ様がご連絡くださったので、嬉しくて。誰も部屋に入ってこないように言いつけたくらいですの」
「……ええと。あの、姫様?」
「はい」
「……本物ですか?」
「まあ、わたくしの偽者にお会いしたことがありますの?」
首をかしげてにこにこと笑ってる顔が目に浮かぶ。
「……幻聴じゃなかったんだ」
ぼそりとつぶやいたのが聞こえたんだろう、姫様の笑い声が聞こえた。
「違いますわ。わたくし、ちゃんとイチ様とお話させていただいてます。わたくしがお贈りしたペンダント、それでわたくしとイチ様はどんなに遠くに離れていても、いつでもこのようにお話できるんです。説明をすることができずにお渡ししたので、もう捨てられたのかと心配しておりましたけど、ちゃんとお話できてよかったです。イチ様は、遠くに居られてもわたくしのことを思い出すようにペンダントをお手にとってくださいましたのね、ローラは嬉しいです」




……偶然です、とはいえなかった。



「本当は、わたくしから話しかけたいと思っておりましたが、イチ様が魔物と戦っているときであるとか、見つからないよう息を潜めているときであっては大変ですから、ずっと我慢しておりましたの」
「そ、それはどうもありがとうございます」
「……元のお話の仕方に戻ってしまわれましたね。残念ですわ。もう少し黙っておけばよかったかしら」
「勘弁してください……これは何なんですか?」
「わたくしの心、とでも申しましょうか。わたくし、少し不思議な魔法が使えるんです。イチ様のような魔法と違い、物に魔力を封じ込めるというか……。説明が難しいのですけど。イチ様にお渡ししたものと対になるものをわたくしが持っておりますの。これでお互い遠いところに居てもお話ができるんですのよ。離れていても、わたくしの心はいつもイチ様のお傍にあります。なんとなくであれば、イチ様がどこに居られるのかも分かりますのよ」



首に鈴つけた飼い猫か、俺は。



「ああ、そろそろ時間切れですわ。また、お話してくださいませね」
「……はぁ」

もう何も言わなくなったペンダントを俺は小さな袋に入れると、荷物の一番底の部分にしまいこんだ。




無かったことに、できないだろうか。
27■ドムドーラ
どんどんと南下する。
広大な草原はやがて草がまばらになり、最終的には砂漠になった。
所々に砂にへばりつくように草が生えていたり、サボテンが生えていたりするが、基本的には荒涼とした草以外何もない景色が続く。
空は高く、薄い青。
吹き抜ける風に砂が飛ばされ、頬に当たると少し痛い。
鎧の継ぎ目に入るのもかなり困る。
ただ、そういう風はほとんど吹かなかった。

ラダトームを出て、もう随分たつ。
そろそろドムドーラが見えてきてもよさそうなもんだが、いまだに遠くにのぼる煙すら見えない。
まだ遠いのか、ドムドーラ。
そろそろ着く予定だったから、食料や水が底を尽きかけている。
下手をすれば、つかないうちにルーラでラダトームに引き返すことにもなりかねない。
まいったな。
そんなことを考えながら、さらに数日。
それは唐突に目の前に現れた。

それは、意味のない巨大なオブジェに見えた。
砂に半分埋もれたような、巨大な石造りの、何か。
それが壊れた建物だと気づくまで随分時間がかかった。
ひとつじゃない。
見渡す限り、ただただ廃墟。
壊された、人々の暮らしの痕跡。
吹き抜けていく風に、人の気配はなく。
ただ廃墟を蝕んでいく砂。
「……誰か……」
叫ぼうとして、やめる。
人がいるわけない。
そういえば、どこかの町で「魔物に滅ぼされた町がある」って聞いたが、ここか?

入り口(といっても、俺が入った場所)からじっと町の中を見る。
町の中央のほうに大きな木があるのが見えた。こんな砂と瓦礫しかない町に、それでも木はまだ根を張って生きている。

俺は大きくため息をついた。

何かあるとは思えなかったが、町の中に向けて歩き出す。
昔は石畳の立派な道が伸びていたらしい。まだ足元には所々まだ石が埋まっている。

静かだった。

これまでどこの町に行っても町にはざわめきがあって、
人の生活があって、
それらにかかわろうとかかわらなかろうと、
それに救われていた部分があった。


俺は親をどうやら魔物に殺されたらしい。
でもそれは実感のない話で魔物にどうのこうのという感情はなかった。
姫様は魔物にさらわれたらしい。
でもこれも別にどうという感情はない。
どちらも、結局俺の知らないところで起こった話だ。


ああ、なんだろう。
初めて、魔物がにくいと思ったぞ、今。


道だったところを歩く。
角を曲がったところで、そいつに遭遇した。

黄色いローブのフードを目深にかぶり、手に杖を持った魔法使い。
背中がぞくりとした。
そいつがぐるりと杖をまわすと、その先からいきなり炎が舞い上がって俺に向かってきた。
「!!!」
ギラの上位魔法、ベギラマ。
避けることも出来ず、直撃を食らう。
肺が焼けるような痛み。
一瞬で自分が致命傷に近い傷を負ったことを知る。

やべえ、死ぬ。

まだ、足は動く。
俺は魔物に背を向けて走り出した。
ともかく逃げろ。
格好悪かろうがなんだろうが、生き抜くことに意義がある。

走っていても後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。
そんな粘着質でどうする魔法使い!
もてないぞ魔法使い!
もしかして俺の足が遅いのか魔法使い!
走るだけで体がきしむ。
息をするのも苦しい。

角を曲がったところで、俺は運命を呪う。
ピンクのキメラが浮いていた。
やつがかっと口をあけた。
そして吹き出される炎。
とっさに体をよじって避けたが、もちろん転ぶ。
追いついてきそうな魔法使いの足音。
視界には空とそこに浮かぶキメラ。

思わず叫ぶ。
「ルーラ!」

間に合え、俺!
28■姫様と
ルーラ特有の加速感や浮遊感を感じるのと、全身をなめる炎の熱さと痛さを感じるのはほぼ同じだったと思う。
次の瞬間にはぼやけた視界に見慣れた城。
瞬間、体は地面にたたきつけられ息が詰まった。
「イチェル殿!?」
遠くに聞きなれた門番の声を聞き、俺は助かったことを知る。
そして意識は唐突に途切れた。


ふわふわした感じ。
熱かったり冷たかったりするような気もするけど、ふわふわと浮いている気分。
気分は、悪くない。
そうか、助からなかったのか。
もしかしてこういうのが天国か。
ぼやけた視界に姫様が見えた。
手を伸ばす。
他人の腕かっていうくらい、いうことを聞かない。重い。
それでも何とか、その頬に触れる。
「……泣くなよ」
何とか涙を拭いて、そして。


「……?」
物音に目を覚ます。
見慣れない天井。知らない匂いのするベッド。
頭の延長線上に窓でもあるのか、ちょっとまぶしい。
ゆっくりと頭を動かすと、ベッドの隣を移動していた女と目が合った。
「あら、イチェル様、お目覚めですか?」
布は高価そうだが、装飾がない服からして、多分城で働く女だろう。
「……」
何かいわなきゃとは思うが、何も言葉が出てこない。
「大怪我でお城の入り口にお戻りで、城は一時騒然といたしましたのですよ。まあ、ご無事で何よりでした。今神官と薬師を呼んで参りますから、そのままお休みになっていてくださいませ」
女はにこやかに言うと部屋を出て行く。
俺はそれを確認してから腕をベッドから出してみた。
動く。
ちゃんと自分の手。思うまま動く。
あれは夢だったのか。
ぼんやりしているうちに神官と薬師がやってきて俺の体を一通り見ていった。
そのとき聞いた話だと、やっぱり俺は全身大火傷。内臓も結構やばい感じになってて骨も2・3折れていたらしい。多分内臓と骨はルーラで受身なしに落ちたせいだと思うが、まあ、よく生きていたもんだ。
なんだかんだで10日程寝ていたというし、ま、やばかった。


ベッドに座ったまま着替えをしていると、ドアがいきなり開いた。
「イチ様!」
「……今裸なのでそれ以上近づかないでくださいね」
走ってこようとしていた姫様がぎくりと立ち止まったことに俺は苦笑しながら、用意されていた服を着た。
姫様がゆっくり近づいてくる。
「あの、ご無事で何よりです。イチ様」
「ご心配をおかけいたしました」
ベッドに座ったまま俺は頭を下げる。姫様は横にあったいすに腰掛けた。そして俺の手を握る。
「イチ様、本当にご無理はなさらないでくださいね」
「無理はしない主義ですが……今回のは予想外でした」
「一体どちらでどのようなことに?」
「ドムドーラが壊滅していて、その中を探索中に黄色い魔法使いに出会い頭にベギラマ唱えられて敗走中、今度はピンクのキメラに襲われると、まあ、そういう格好悪い話ですよ」
「格好悪くても生きていてくださってよかったです」
「生き残ることが何よりの目標ですから」
答えると姫様は少し笑った。
「わたくし、もう泣きません」
「……は?」
「わたくし、ずっと泣いておりましたの。イチ様のことが心配で心配で、毎日こちらにお見舞いに来ては泣いておりましたの。そうしたら、イチ様が『泣くな』っておっしゃいましたのよ。だから、もう泣きません。わたくしが泣くと、イチ様がお困りのようですから」
「……俺そんなこと言ったんですか?」
「おっしゃいました」
「……忘れてください」
俺はベッドに突っ伏して答える。
「忘れません」
「忘れてください」
「イチ様」
「はい」
「わたくしはイチ様をお慕い申し上げております。イチ様はわたくしを思ってくださいますか?」


まーたーかー!

「……」
「イチ様?」
「気持ちはお伝えしたと思いましたが」
答えると、姫様は耳まで赤くなった。
「あ、え、ええと、わたくし、確かにその、謁見の間でお気持ちの断片はお伺いいたしましたけど、考えてみれば、あのお言葉は、結局わたくしをどうしたかったかはわかっても、わたくしをどう思っていらっしゃるのかはわからないわけで、つまり、ええと」
姫様はうつむいてぼそぼそという。
「姫様」
「はい」
俺は姫様の手をぐいっと引っ張ると、胸に飛び込んできた姫様の額に口付けた。それから、抱きしめる。
「嫌いじゃないです」
「……こういうときは、もっと別の言葉があるんじゃないでしょうか」

俺は苦笑した。


「嫌いじゃないですよ」
29■メタルスライム
再びアレフガルドの西側を旅することにした。
とはいえ、ドムドーラは使えない。もう目指すのはメルキドだけになる。かなりの長旅になるから、これまで以上に用意に時間をかけ、念入りにチェックしてから出かけた。
ラダトームの城を出るときに王から「傷ついたらきちんと休め」なんて感じの多少のいやみを言われたが、まあ、仕方ない。
俺は今だに自分をロトの勇者だとは信じていないが、俺位しか戦えないというのもまた事実で、ロトうんぬん関係なく俺に期待がかかるのは仕方ないかとは思えるようになった。

俺は死ねない。
竜王に勝つまで。

……なんて思うと気が重いからそういうことは極力忘れることにして、ともかく西の大地を進む。
砂漠になって、東側にドムドーラを見ながらどんどん南下する。
ほぼ大陸の端まで進むと、あとは東側に大陸は広がる。大陸はしばらく山地が続き、その後平野になる。そのほぼ中央に城塞都市リムルダールがあるはずだった。
ドムドーラの件もあるから、「あるはずだ」ということにする。
リムルダールの南側は険しい山脈があり、そのまた南側には広大な毒を含んだ沼地が海岸まで広がっているはずだ。
大昔、ロトが健在だったころはその辺は沼地ではなかったらしいが、そんなことは知ったことではない。今の時代はそこは沼地。それが事実。意味なく行っても仕方ない場所だ。ので、行かない。地図のその辺には旅に出たころから大きくバツ印をつけてある。
今や地図は書き込みだらけで、ぱっと見意味がわからなくなった。
その程度には、蓄積された。


ドムドーラも通り過ぎ、随分な日が過ぎた。
丘や小さな山が続き、漸く大陸の終わりが見えてくる。ここからは左手側、つまり東に進路をとる。

東に歩き始めてすぐ、それはいきなり目の前に現れた。

スライム。
こんなところで?

それが第一印象だった。スライムといえばここアレフガルドでは一番弱い魔物。少し訓練していれば一般市民でも倒せるほど。
はっきり言って強い魔物が生息するこの地方では普通生きていけないはずだ。
しかし、スライムでもなさそうだ。
というのも、そのスライムの体は金属の光を帯びている。
銀色に光る体。
しかし形はスライム。
そいつは出会い頭に俺にギラを唱えると、いきなり背を向けて逃げた。

「……???」

あっけにとられて、その背を見送る。
ほとんど怪我をしなかったが、ギラで受けた傷をホイミで癒し、俺は首を傾げてから再び歩き出した。
すると、また草の間からその銀色スライムが飛び出してきて、俺に体当たりして逃げた。
逃げるとき、ちょっと笑いやがった。
あれは絶対、笑った。

何だ?

三度そいつが現れたとき、とりあえず俺は直前にメイジキメラを叩き切った後だったから、剣を持っていた。
草が動いて俺に何かが飛び掛った瞬間、俺はそいつを叩く。
カキン、と硬い音がした。ついでに気を抜いていたのも手伝って、多少手がしびれた。
またあの銀色スライムだった。
そいつは今度は俺に何も危害を加えることなく、また逃げていった。


なんかむかつく。


俺は剣を握りなおす。
とりあえず、銀色スライム、体が硬いことが判明。ということはあれは本気で金属の体を持っているんだろう。メタルスライムとか言うのを、そういえばこの前図鑑で見た。きっとあれがそうだ。
……幻の、とか書いてあった気がするが、まあ、事実いるのだからやつをメタルスライムとする。
同じやつかどうか知らないが。
今度出てきたらマジ叩き切る。
そう決めて歩き出す。

そうしていたら、また出た。
出たと思ったら、逃げていった。

なんかこう、逃げていくときにいつも笑っていくのが本気でむかつく。
そんな気がする、というだけかもしれないが、本当にむかつく。


次にそいつが出たのは、次の日だった。
出てきた瞬間、俺はそいつに切りかかる。カキン、とまた硬い音がした。
そいつは珍しく逃げることなく俺にギラを唱える。
次、切りかかったらひょいっと俺の剣をよけてまた逃げる。
俺はそいつを追いかけることにした。
途中ほかの魔物が襲ってくるが、それを次々出会いがしらに叩き切り、そのまま追いかける。
時折振り返って体当たりやギラをかましてくるが、基本的に相手の攻撃は痛くない。
つまり、俺の剣が当たるかどうか、が勝負の鍵。

「ああもうむかつく!!!」

叫びとともに振り下ろした剣は、自分でも会心の一撃だった。
久々に、やってやった!って感じの一撃。
さすがにメタルスライムも真っ二つになった。

「……ざ、ざまあみろ!」

追いかけていた疲労が一気にやってきて、俺はそこに座り込む。
山地で走り回って片っ端から出てきた魔物をぶった切っていたせいか、それともすばしっこいこいつをひたすら追いかけたからかはよくわからないが、妙に強くなった気がした。

気のせいじゃないといいが。


……メルキド、どっちだ。

走り回りすぎて今や方向がよくわからなくなって、俺はため息をつくとかばんから方位磁石を取り出した。
メルキドはまだ遠い。
30■ゴーレム
山脈の続く海岸沿いにしばらく東に進むと、やがて山脈はなだらかに下り始め、深い森に変わった。
生息するモンスターも少しまた強くなる。嘘みたいな話だが、ドラゴンが闊歩する。ドムドーラで痛い目にあわされたピンクのキメラ・スターキメラも空を飛ぶ。リカントの一番強いのが普通に木々の間から飛び出してくる。
なんだもう、怪物超決戦みたいな土地だ。
そりゃメルキドも城砦くらい作る、と妙に納得した。

随分東に進んだ。
森はついに平野になり、大きな橋がかけられているあたりまで来た。
つまりこの大地が終わり、次の大地に渡ることになる。
橋の上でしばらく立ち止まる。ちょうど涼しい風が吹き抜けていった。
ちょっと休むことにして、欄干にもたれてたつ。
進行方向に目をやると、広い草原の真ん中に大きな石造りの壁がずっと続いているのが見えた。
メルキドだ。
ようやく目的地が見えたことに少し心が軽くなる。
俺は休憩を中断して歩くことにした。この距離なら、今日の夕方までにはメルキドにたどり着くだろう。


近づけば近づくほど、その町のでかさがよくわかる。
頑丈な壁がただひたすら続いていて、横にも長いが縦にも長い。あの頑丈そうなでかい壁をいつの時代の人間が作ったのか知らないが、途方もない話だ。
現在、町の西側から近づいているわけだが、こちら側に入り口はなさそうだ。ひたすら見えるのは壁で、切れ目や門は見当たらない。大きく回りこむのは最後のほうの手段とすることにして、町の北側から回り込むことにした。

北側の壁に向かって歩いていくと、その異様なものが目に飛び込んできた。
北側には、確かに入り口がある。
ただ、その前に変わった色の石で出来た大きな人型のものがある。
一時期躍起になって倒していたゴールドマンにも似ているが、それとも少し違う気がする。
動くか動かないか、この距離からはわからない。


悪い想像の方がこの場合安全だろう。


ある程度近づいていったら、その石人形はこっちをぎろりと見た。
ああ、やっぱりな。
俺はとりあえず剣を抜いて準備をすると、その人形に近寄った。

大きな腕が振り上げられ、そして振り下ろされる。
あんなに大きいのに結構すばやい。これは厄介な話だ。
基本的な戦法は、ゴールドマンと一緒でいいだろう。関節を狙う。
とはいえ、動きはかなりすばやいし厄介だ。
魔法で眠ってくれれば楽でいいが。
一応打ってみるか。
少し後退して距離をとってから、ラリホーを唱えてみた。
が、やつは動いた。やっぱり無理か。どう見ても石だしな。
ふう、と大きくため息をついて俺は相手の腕をよける。
動きさえ止まれば楽な相手なんだがな、と思ってふと思い出す。
大昔拾った妖精の笛とかいうのは、確かゴーレムを眠らせるとか聞いている。ゴーレムといえば人造の魔物。こいつも似たようなものかもしれない。
また少し後退して距離を取り直すと、剣をしまってから笛を取り出す。どしんどしんと低い足音を大地に響かせながら迫ってくる奴に向かって、笛を吹いてみることにする。


思いのほかやわらかい音色が、空にとけていく。

何かゆっくりとした時間が流れて、気づけば奴は動きを止めていた。
笛、吹ける人間でよかった。ガライが音楽家でよかった。ガライの町で育っててよかった。強制的に習わされたのが、役に立った。
そんなことを思いながら、俺はここぞとばかりに足の関節を狙って剣を振り下ろす。するとゴーレムがまた動きだした。残っていた足に蹴り飛ばされて俺は地面に叩きつけられる。

俺はその体制のまま、笛を吹いた。
奴の動きが止まる。


……俺、自分自身に悪者疑惑。


そういう汚い戦法を採用し、結局そいつを地面に沈める。
メルキドにようやく入れるようになった。

前へ/目次へ次へ