5■姫様と


21■マイラ
マイラに入ってすぐの服屋に最初に寄った。いくら湯治にそこそこ金持ち達が来ているとは言え、明らかに姫様の服は浮き世離れしている。
こんな所で目立ってるわけにはいけない。

とはいえ。
……遅い!
ずっと服屋の前で待ってるが、待てど暮らせど出てこない。
遅い。
待ちくたびれて眠気に襲われてきた。
何回目かの大きな欠伸をしたところで、ようやく姫様が奥から出てきた。
白い簡素なワンピースで、靴もヒールのない、ぺたんとした物を履いている。よほどさっきまでの靴で痛い目にあったんだろう。
着ていたドレスを箱に入れてもらって、服の代金を聞く。

高価い。

なんでだ。
こんなに簡単な形してるんだぞ。
派手な装飾一切なしだぞ?
納得いかねー!

思ったが、着てしまった物は仕方ない。代金を払った。これは王に代金を請求してもいいのだろうか。内心舌打ちしつつ、俺は姫様を連れて店を出た。


そのまま村の奥にある宿に向かう。
久しぶりに来た宿だったが、主人は俺の事を覚えていた。そして、俺が女連れなのに気付いて下卑た笑いを浮かべた。
「お泊りですかね、聞くだけ野暮ですかね」

うーるせー。

「一番いい部屋一つ、ソレからその近くの部屋一つ、計二部屋」
呆れつつも平静を装って押さえたい部屋を言う。
「はいはいただ今」
歌うように答えた主人は俺たちを広めの部屋に案内した。
「じゃあごゆっくり」
「おいちょっと待て」
俺の声など無視して、主人は持ち場にかえっていった。
「あのジジイ!」
俺は思わず壁を殴る。
「ちょっと狭いですけど、まあまあのお部屋ですわね」
姫様は興味深そうにあちこちを見て回る。壁に掛かった絵をじっと見てみたり、ぞんざいに生けてある花の匂いを嗅いだりしている。

……この部屋狭いのか。

「こちらがイチ様のお部屋でしょう? わたくしのお部屋はどちらですか?」
「ここです」
「……イチ様のお部屋は?」
「ここです」
「ベッド一つですわよ?」
「宿のジジイがいらん気を回したんですよ」
思わず舌打ちしたが、姫様は相変わらずマイペースだった。
「? ベッドが一つなのに、なぜ気を回した事に?」
「姫様がどうか知りませんが、庶民はこの広さで二人寝られますよ」
「どうして二人で眠るのですか?」
「男と女がベッドですることは一つでしょう」
姫様の質問に、淡々と答えていく。
「……っ!?」
かなりの時間差で、ようやく意味がわかったらしい。顔を耳まで赤くして、短く息を吸った。
「心配しなくてもしません」
「あ、はい」
ぴしっと背筋をのばして姫様は裏返った声をあげる。
「俺は床で寝ますから、姫様はベッド使ってください」
「そんな! わたくしがお邪魔してるんですから、わたくしが床でしょう?」

寝られねえだろ。

「姫様はお客さまですから、ベッドを使ってください」
「けど……」
「客がいいところで寝るのは当然でしょう。床とか慣れてますから、お気になさらず」
俺はさっさと鎧を脱ぐ。床に鎧を置く度にごとりと低い音が響き、その度に姫様はびくりと体を震わせる。

……だから、しねえっての。
勢いでやっちまって、ソレがばれたら、確実に処刑されるっつの。
命かけてまでやんねぇ。

「露天風呂行ってきます」
声をかけて外に出たら、すぐに姫様が追い掛けてきた。
「置いていかないでください」
「……混浴ですよ」
さらりと答えると、驚きに姫様は仰け反る。
「で、でも大丈夫です」

見るからに大丈夫じゃない。

「まぁ、無理はしないでください」
「だ、大丈夫です、がんばります」

だから、大丈夫じゃないだろ。なにを頑張るつもりだ。

「部屋の風呂で良いでしょう?」
「もう一人はいやです」
泣きそうな顔で、姫様はひっしに言う。
俺はため息をついた。
「……ま、好きにしてください」
22■マイラ・2
結局広い露天風呂の端と端で話もしないでぼんやりと風呂に入る。向こうで姫様が縮こまって風呂に入っているのが湯煙越しに見える。少々気の毒だ。幸運だったのは他に人がこなかった事だろう。
うだうだと外に出て、姫様が出てくるのを待つ。夕日はさらに傾き、夜の風が吹きはじめる。風に乗って、屋台から焼けた肉や甘いタレの匂いがしてくる。減ってきた腹にこたえる匂いだ。
「お待たせしました」
「別に」
髪を一つにまとめた姫様がようやく外に出てきた。風呂で暖まったせいか、少し肌がほんのり朱に染まっている。
「腹、減りませんか?」
聞いてみたが、姫様は首を傾げた。言葉が悪かったのかも知れない。
「お腹。すいてませんか?」
言い直すと、姫様はようやく少々恥ずかしそうに頷いた。
「少し……」
「串焼き、食べられますか?」
「どんなものですか?」
「……えー、肉とかぶつ切りにして、串にさして焼いてある……」

何でこんな説明せにゃならんのだ。

「イチ様はお好きですか?」
「ええ、まあ」
「食べてみとうございます!」
答えるや否や姫様は勢い良く言った。
「じゃあ、屋台で食べますか」
「屋台? 初めてです! 楽しみです! 民の皆さんは良く利用されるのでしょう?」
「……まあ」
「素敵! 一度利用してみたいと思っておりましたの! お食事以外にも色々なことができるのでしょう?」
「まあ、そうですね」
「素敵! 色々見てみとうございます」
「……はぁ」
何をどう期待しているのか知らないが、姫様は随分嬉しそうに話す。期待外れにおわる気がするが、勝手に期待したんだからがっくりしても俺のせいではない。


最初に串焼きを食って、あとは姫様の好きにさせることにした。
串焼きはいつもどおりの至って普通なものだったが、姫様は目を輝かせていた。串にかじりつくなんて事はしたことがなかったんだろう、多少苦戦していたようだ。「素朴で素敵」というのが、姫様の味の感想だった。
そのあとも、姫様は屋台を興味深そうにあちこちを覗いて歩く。ふらふらとあちこち歩くから、危ないことこの上ない。その後ろを、数歩離れてついていく。何度か男に声を掛けられて、その度に追い払う。緊張感全く無しで歩いているから、本当にいいカモだ。

勘弁してくれ……。

一人で歩くのがどれだけ楽か良くわかった。お供ってのは疲れるな。
ため息をついたときだった。
「イチ様!」
先を歩いていた姫様に呼ばれる。
「……なんですか」
疲れてきて返事も遅くなる。
「見てください! ほら! 可愛らしいですわ!」
手にとって俺に見せたのは、ガラスでできた小さな緑の花のついたチープなネックレスだった。
「……そんなチープなものよりもっといいものを、あなたはもっているでしょう?」
思いの外俺の言葉は冷たかったらしい。姫様は泣きそうな顔をしつつも無理に笑ってみせる。
「……それは……そうなんですけど……」
小さな声で答える。


ああ、そんな顔、無しだ。


「おい」
店の主人を睨みつつ声を掛ける。
「はい」
「いくらだ」
「?」
姫様はきょとんと俺をみる。
「よかったな、お嬢ちゃん、彼氏、買ってくれるって!」
彼氏じゃねえ。
「いくらなんだっ! 早く言え!」
「照れちゃって、初々しいね! ええと、3ゴールドになります」
「高っ! こんなチープなのに取りすぎだろっ! 3ゴールドって、ラダトームなら一泊できるぞ!?」
「そんな安い宿知らないよ。それより彼女の前で堂々と値切んないでよ」
「うるさい、安くするのかしないのかはっきりしろ」
「じゃあー、2と半」
「2」
「2半」
「1」
「ちょっと、さっきより低くなってるっ」
「うるさい、これ以上長引かせるならまた額下げるぞ」
「あー、もう仕方ない、2でいいよ」
俺は叩きつけるように台に金を置くと、早足に店を離れる。姫様が慌ててついてくるのがわかったが、しばらく気付かないふりをすることにした。
随分店から離れたところで、ようやく立ち止まる。
「あの、イチ様、ありがとうございます。でも、よろしいのですか?」
「いまさらいらないとか言わないでくださいよ」
「いえ、そんな、とんでもないことです! わたくし、本当に嬉しくて、大切にいたしますね」
「そりゃどうも」
「ああ、素敵! 宝物にしますね」
「そんなにチープなのに」
姫様はうきうきと嬉しそうにネックレスを身につけた。チープなガラスの光が、妙に高価に見える。
「わたくし、物の価値は価格で決まらないと思いますの。イチ様がくださるなら、どんなものでも宝物です」
「……」
俺はしばらく姫様をみつめる。そういうの、よく臆面なく言えるな。
「言いすぎですよ」
疲れてきて適当に返事をして、俺は宿に戻った。
姫様は後ろからついてきているようだったから、もう振り返らないことにした。

それにしても姫様は歩くのが遅い。
23■マイラ・3
「……」
ようやく解放されて俺は大きく息を吐き出した。ベッドでは姫様がすーすーと気持ち良さそうに寝息をたてている。
さっきまで、ずっと話をさせられていた。いったいどんな期待と夢をもっているのか知らないが、旅の様子やら他の町や村の様子やら、色々目を輝かせて聞いてくる。
「そこでイチ様はどうなさいましたの?」
「そこはどんな花が咲いていますの?」
「そんな恐ろしい事、イチ様は平気でしたの?」
なんてともかく話すそばから質問攻めにあう。質問に答えるとまた質問。話は先に進まないし長引くしどこまで進んだか分からなくなるし散々だった。
壁を背に、床に座り込む。いつも野宿をするときみたいに、毛布をかぶってそのまま目を閉じる。このまま眠るのにももう慣れた。



「っ!!??」
目が覚めるとそこに姫様の顔があった。

なぜ!?

ちゃんと離れて寝たよな?
思わずまわりをみる。ちゃんと床だ。無意識にベッドに潜り込んだりしてない。大丈夫だ。
……いや大丈夫じゃない、
至近距離にいるのに違いはない。


何でだ。


「おはようございます、イチ様」
「あ、おはようございます、姫様……いやそうじゃなくて、なぜ隣に?」
「わたくしが起きたとき、まだイチ様がお休みでしたから」
「理由になってませんよ」
「イチ様、可愛らしいお顔で眠られるんですね」
「知らないですよそんなの」
「寝顔は鏡でみられないですものね」
「……そーですね」
「イチ様の寝顔を近くで拝見したかったんです、わたくし」
「……そーですか」

もう適当でいいか。

「朝食すませたらラダトームまでルーラでお送りしますから、用意してくださいね」
「ひとつお願いを聞いていただきたいのです」

……もういくつ聞いたと思ってんだよ。

「なんですか」
「マイラの外の、広い草原まで連れて行って下さいな」
「……何故ですか?」
尋ねると、姫様はにっこりと笑う。
「わたくし、ここに来る時には、ハイヒールだったでしょう? 今はヒールのない靴ですから。わたくし、一度でいいので、草原を駆け回ってみたかったんです」
俺は思わず姫様をまじまじと見る。
走り回る?
草原を?


何が面白いんだソレ。


思ったが口には出さず、俺は立ち上がる。
「朝、食べましょう」
姫様は「はーい」と明るい声で返事をすると、俺につづいて立ち上がった。



飯を食い終わって、宿を出る。姫様は草原を走り回るのがよほど楽しみなのか、終始にこにこしている。
「おはようございます、昨夜はお楽しみでしたね」
宿のクソ親父は俺たちを見てニマニマ笑いながら言った。

何がお楽しみだ、こんにゃろう。

文句を言おうと口を開くより前に、姫様が返事をする。
「はい、とっても楽しゅうございました」


な。


なんてこと言うんだこの馬鹿女ー!


大体、俺は据え膳食わなかった腰抜けだろうこの場合!


……もうこの宿屋絶対泊まれねえ……。
俺は宿のクソ親父に何か言われる前に、俺は姫様の手を乱暴に引っ掴むとそのまま宿屋を出た。前払いで本当によかった。
宿を出て少し行った所で立ち止まると、俺は姫様に向き直る。
「何であんなこと言ったんですか!」
姫様はきょとんとした顔で首を傾げる。
「わたくし、イチ様のお話、とても楽しかったのですよ?」
「あの親父が言ったのはそういう意味じゃないんですよ」
「ではどのような?」
俺は姫様の質問には答えず、話を続ける。
「何でもいいですから、絶対に城に帰って今の話をしないでくださいね!」
「何故ですか?」
「なんでもです!」
姫様は納得していないが、そんなことはどうでもいい。何度も念を入れて、ようやく姫様の頭を縦に振らせた。

ともかく、この村ではろくな事がない。
俺はため息混じりで村をあとにした。
24■衝撃
村の外に出て、草原に到着した。
姫様ははしゃいだ声をあげると、宣言どおり草原を走り回る。しまいには靴を脱ぎ捨て、草原に寝転がる。
俺はソレを木陰に座って見物しながら、何度目かのあくびを噛み殺した。

あれは本当に姫なんだろうか。
なんつーか、姫ってのはもっとこう、おとなしいもんだと思っていたんだが。
……よく分からない女。
俺が姫様に下した評価はその一言につきる。

「イチ様ー」
向こうで姫様が楽しげに俺を呼ぶ。
何のためらいもなく。
それが一番分からない。


俺は庶民で
姫様は高貴な身分で

いや
もっと単純に

俺は男で
あの人は女だ。

何かもっとこう……。

「イチ様」
また、至近距離に顔。


恥じらいとか、ないのか!


「イチ様、退屈ですか?」
「え?」
「退屈そうになさってます」
「……いえ」
「本当ですか?」
「ただ、姫様はどうしてそんなに無防備なのかと不審に思っていただけです」
思わず言ってしまった言葉に、姫様は首を傾げる。
「だってそうでしょう、こんな素性も分からない男をどうしてそんなに信じられるのですか?」
「イチ様は勇者様ですから」
「それが分からない! 大体俺がどうして勇者だと言える!?」
思わず声を荒げてしまったのに、姫様は何事も無かったかのように返事をした。
「イチ様の事は、わたくしがさらわれる前から、預言者のオババ様からうかがっていましたのよ? だからわたくし、さらわれてからも絶望せずにすんだのです」
内容に、思わず鼻で笑う。
「ロトの勇者だと?」
声が冷たいのが、自分でもわかる。なのに姫様は何も感じていないかのように、屈託なく笑った。
「ええ」


「だから、何で信じられるんだ! ロトの末裔!? 俺が!? どこに証拠があるんだよ! その預言者のババアが言うことはいつだって正しいのかよ! 信じるほうだってどうかしてる! 俺は……!」

感情のまま叫ぶ。
その反面、冷静な部分も残っていて、そんな自分が滑稽だった。

年下の、世間知らずの女に。
俺は何を叫んでいるのか。

八つ当りして。
格好悪い。

情けない。
言葉だって、今まで気を付けていたのに。
こんな荒い言葉、この人は聞いたことあっただろうか。

「イチ様は勇者様ですよ」姫様は静かに笑ってほほえんだ。
「まだ言うか……!」
「イチ様は勇者様ですよ」
もう一度笑うと、姫様は俺の手を握った。


「わたくし、イチ様が真にロトの血を引いていても、引いていなくても、それは関係ないと思いますの」

にこにこ笑ったまま、姫様はきっぱりと言う。

「……え?」


何?


「だってそうでしょう? イチ様はわたくしをあの暗い洞窟から救い出してくださいました。あの恐ろしいドラゴンをたった一人で倒して、わたくしを光のもとへ連れ出してくださいました。……勇者は、ロトの血を引いているから勇者じゃありませんのよ? 勇気がある方が勇者様なのです。わたくしを助けだしてくださったイチ様が、勇者でないなら、どなたが勇者なのでしょう?」

……。

驚いた。
なんだ、馬鹿女じゃなかった。
ちゃんと芯をもったしっかりした女性じゃないか。

しかも……

「イチ様は勇者様です。誰かが否定するなら、わたくし、抗議いたします」

俺は……。

「恐かったのですね? いつか誰かが、イチ様の事を偽物だと糾弾するんじゃないかと」
「恐かった……いつか本物が現われておまえは偽物だって言われるんじゃないかって……」
「今更本物が現われたって遅いですわよ。今まで何なさってましたの? ってわたくし怒ります。今更来たって遅いです。わたくしの勇者様は、イチ様なんですもの」
にこにこと、俺が叫ぼうが怒ろうが、気にしないで、ずっと笑って言う。

ちがう。

気にしてないんじゃなくて、もっと突き抜けたところに。
見透かして。



俺は。
ロトの末裔としてじゃなく
イチェルという個人として
誰かに認められたかったんだ。
誰かに肯定してほしかったんだ。



「イチ様」
小首を傾げて、俺の顔を覗き込む。
そして、声無く「あ」と口を開くと、そのまま俺を抱き締めた。俺の頭を胸に抱く。
お互い無言だった。



しばらくたってどちらからともなく体を離す。
「……泣いたとか言わないで下さいね」
姫様の顔をまともに見れなくて、俺はうつむいたままぼそぼそと言う。
「なぜですか?」
不思議そうな返事。
「格好悪いし恥ずかしいからです」
「あら、わたくし、人の前で泣けるって、強いと思いますわ」
にこにこにこ。
顔をあげると、いつもどおり笑っていて。

ああ、この人は強い。
俺はこの人に勝てないだろう、きっと。
25■王女の愛というか試練
姫様の手をとってルーラを静かに唱える。独特の加速感と浮遊感を少し我慢すれば、もう目の前にラダトームの城。
「……」
姫様はしばらく無言で、城を見上げた。その目は少し潤んでいて、嬉しそうだった。
「ああ、また戻ってこられるだなんて……」
口元を手で覆い、姫様は震える声で呟いた。
「……行きましょう」
コクリと姫様は頷くと、その右手をすっと俺にさしだした。
「イチ様。連れて行ってくださいますね?」
「……」
俺は無言でその手を取った。手を引くように少し前を歩き、姫様はそれに続く。
門番は俺を見つけて、姿勢を正した。
「イチェル殿、お帰りなさいませ!」
そしてその後ろの姫様を見つけ、目を見開く。
「ローラ姫様! ご無事で!? イチェル殿が!?」
俺は無言だったが、姫様は微笑むと門番に声をかける。
「イチェル様にお助けいただいて、ただ今戻りました。城の皆には心配をかけましたね」
「た、ただ今陛下にお伝えいたします!」
片方が走って奥に向かう。
「では、イチェル様。わたくしたちも参りましょう?」
姫様は悠然と微笑むと、首をかしげた。


ああ、そうか、このひとは本当に姫なんだな、と今更ながらに思った。


姫様と共に階段をあがり、謁見の間に入る。
既に待ち構えていた大勢の侍従が、姫様を取り囲んだ。
「姫様、よくご無事で」
「お召し物のお着替えをご用意いたしてあります、ささ、今お部屋に」
口々に姫様に言う様を遠目に見ながら、俺はいつもどおり玉座前に移動して王が出てくるのを待っていることにした。
「わたくし、一刻も早く父上にお目にかかりたいと思います。ですから、イチェル様とご一緒に父上のお出ましを此処で待ちますわ」
「しかし姫様、そのような……その……みすぼらしい格好では……」



……高かったんだぞ、その服。



内心思ったが言わないでおいた。
「このお洋服はわたくしの大切なものです。そのようなことを言わないで」
姫様は冷たい声で言うと、俺のほうへ歩いてきた。
「イチェル様、お気を悪くなさらないで下さいね」
「別に」
そんな話をしていると、王がやってきて玉座に座った。
「よく無事で戻った。イチェル。そしてよくぞローラを助け出してくれた。心から礼をを言うぞ!」
王はコレまでに無いくらい明るい声で言う。
面と向かって姫様の事を言われたことはなかったが、やっぱり心配だっただろうし、無事に帰ってきたんだから嬉しいだろう。
「勿体無いお言葉です」
とりあえず返事をして、俺は頭を下げておいた。
「さあローラ。私のとなりへ」
王の座の隣には、少し小さいがそれでも立派な椅子が置かれている。多分姫様は此処に座って謁見の時に控えているんだろう。

結局、違う世界の人なのだ。このひとは。

「待ってください。ローラはイチェル様に贈り物をしとうございます」
そういうと、姫様はいつの間に手に入れていたのか不思議な装飾品のようなものを取り出して、俺を見上げた。
メインは金色の輪。その下に青の水晶が鎖で取り付けてある。金色の輪の中には金色のメダルと赤い石がはまった金色に輝く三角錐がつるされている。ネックレスだろうか。
「イチェル様を愛するわたくしのこころです。どうか受け取ってくださいませ」
頬を染めて微笑み、俺にそのネックレスを差し出す。


……あー、怖くて王様の方が見れねえ。


「あ、ありがとう、ございます」
ひやひやした気分で、それを受け取る。少し重い。金にせよ水晶にせよ、見たとおりの本物が使われているんだろう。
「たとえ離れていても、わたくしはいつもイチェル様と共にあります」


そんな深い仲にいつなったんだろう。
なんか全体的に視線が痛い。
特に侍従の目が怖い。
「ええと、ありがとうございます」
何とか搾り出して答える。
そんな俺に、姫様は無邪気な笑顔のまま聞く。
「イチェル様は、わたくしを想ってくださいますか?」








か、







勘弁してくれ……。






にこにこにこと笑う姫様は多分コレはきっとなんか新しいタイプの試練か何かなんだろう。
シンと静まり返る広い謁見の間の真ん中で、俺はしばらく答えられずに立ち尽くす。







「……ほ、保留……」
「そんなひどい!」
なるべく姫様のほうを見ないで答えるやいなや、姫様が叫ぶ。
ざわつく室内。
侍従の一人が今にも飛び掛ってきそうな勢いで、他の侍従に抑えられている。
ちらりと王を見るが、無表情でその心中は察することが出来ない。
「イチ様はローラがお嫌いですか?」
泣きそうな声の姫。
俺は内心ため息をついた。
多分此処では俺の味方は誰一人としていないだろう。
「ええと……コレを、受け取ったということで、俺の心中は察してください」
ぼそぼそと答える。
顔が熱い。きっと今の俺は滑稽だろう。
姫様は不満そうな顔をして口を少し尖らせた。
内心俺はため息をついて、姫様の耳元に口を寄せる。
小声で、誰にも聞えないように、そっとささやく。
姫様が呆然とした顔で俺を見上げた。

「では、陛下。今度は西のほうを旅してみようと思います。また無事に戻ることがありましたら、ご報告させていただきます。では、失礼致します」
早口で俺は言うと、逃げるように謁見の間を出た。
背後から誰かが倒れる音と、それに続けて侍従たちの「姫様!」みたいな声が聞えたけど、振り返らないことにした。

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