4■ドラゴンと姫君


16■ガライの墓
立ち止まって考える。
あの角をまがった。それから道をまっすぐ歩いて……必死に思い出す。メモを見て、記憶と照らし合わせてみる。なんとか、どうやってここまで来たのかはわかった。
ただ、この道が正しいか分からないだけだ。
気持ちを入れ替える。色々憂欝だが、このまま気持ちをおるわけにはいけない。
死ぬわけには行かない。
まだ、死にたくない。


憂欝な気分を抱えたまま、それでも前へ進む。
階段を上ったり下りたり、しっかり考えないと分からなくなってきたころ、これまでとは違う雰囲気のフロアに出た。
絨毯が敷かれている。随分古いものらしく、赤い色はすすけて白っぽくなっていて、縁はボロボロになっている。
その中央は高くなっていて、祭壇が設けられていた。その中央に、銀に光る竪琴が祭られていた。
竪琴は青い宝石がいくつか埋め込まれ、女性の(女神かもしれない)彫刻が施されている。
手を、伸ばす。
ひやりとした感触。
冷たい光。

厳粛というか。
気軽に触れてはいけないものだ。


丁寧に道具を入れる袋に竪琴をいれる。随分重い。袋をしっかりと背負って、俺は天井を見る。

帰ろう。

ゆっくりと脱出のためにリレミトを唱える。
ふわりとした浮遊感と、ずん、とした加速。
一呼吸後には、外に辿り着いていた。

ドアの中の、ホール。
相変わらず誰も居ない。
入ってから、何日経ったのか。
今はいつなのか。


外に出ると、細い月が空にかかっていた。
真夜中だ。
足音や鎧の音に気を付けて、ゆっくり歩く。町外れにある自分の家に戻ると、爺さんがドアの外に立っていた。
爺さんは俺を見ると、無言のまま抱き締めてくれた。
「爺さん」
「何も言わんでええ……辛い思いをしたんだろう」
「俺は……」
「もう、やめていい。本当にロトの勇者かどうかなんてわからないんだ、誰もおまえに強要する権利なんてない」
爺さんはそう言って、腕に力をこめる。こんなにちゃんと抱き締められるのは、ガキのとき以来だ。
目を閉じる。
気持ちがいい。


けど。


「行く。ここでやめるわけにはいけない」
「そうか」
「明日には、出る」
「そうか。……おまえが自分で決めるなら、わしは何にも言わんよ……うまくいったのか」
「綺麗な物だった。……爺さん黙っとけよ」
「言わんよ」


久しぶりに、爺さんの隣で眠る。
俺はまだガキなんだろう、多分。
17■雨雲の杖
「え?」
俺は爺さんの言葉に耳を疑う。思わず聞き返してしまった。
「だから、日にちはたっとらん。お前は出ていったと思ったら帰ってきた。せいぜい二時間くらいだ」
「俺は墓の中で何日かたったと思ったんだが……飯、何回か食ったし」
「まあ、ようわからんから、考えるのはよそう」
爺さんはそう言うと、手をあわせてからスープに口をつけた。


ゆっくりした朝食を終えて、俺は出かける用意をした。それから爺さんに軽く挨拶して、町を後にした。
なるべく早く出ないと、多分もう出かけられない。


ガライをでて、立ち止まって地図を見る。
これからどうしようか。
とりあえず、マイラの近くにあるほこらで、この竪琴を雨雲の杖と交換してもらわなきゃならない。その後は、リムルダールに行って使った分の鍵を買い足そう。
それがおわったら、久々に王都へ行って、行ったことがない大陸の西側にまわってみよう。町が二つあるはずだ。ドムドーラとメルキド。
太陽の石は手に入れたし、雨雲の杖はなんとかなりそうだ。が、ロトの血を引いているとかいうしるしは、まだ何も手がかりはない。多分、今まで行ったことのないどちらかの町に、情報を知っている爺さんやら婆さんがいるんだろう。これまでそうだった。
伝承や伝説や昔話は、爺さん婆さんに聞くのが一番いい。
思えば、ロトの遺言の石版に、魔の島へわたるのに三つの物を集めたやらなんやら書いてあった。今二つってところか。
……ちゃんと書いておけよ、まったく。
見たこともない、先祖疑惑の伝説の勇者に再び心の中で文句を言って、俺は歩きだした。



ガライからしばらく海岸線に沿って西に歩く。その後平地の真ん中を南下して、また西にむかう。その内まばらに木がはえはじめ、森が深くなっていく。
その中を進んでほこらに着いた。
中には相変わらず爺さんが一人すんでいた。彼は俺の無事をまずは喜んでくれた。それから、部屋の奥から一振りの杖をもってきてくれた。
「銀のたて琴を手に入れたと申すか……。イチェルよ、わしは長い間 待っておった。そなたのような若者が現れることを……。さあこの杖をもっていくがよい!」
「ありがとう」
俺は杖を受け取る。木でできた、それといって何のめずらしさもない杖だ。多少デザインは変わっている気もするが、銀の竪琴をもったときみたいな感覚がない。
俺はしばらく杖をいろんな角度から見てみたり、振り回してみたりする。何も変わらない。
爺さんはそんな俺をはらはらと見ていたが、俺が杖を布で包んで背負うのを見て、ようやく胸を撫で下ろした。
「道中気を付けてな」
爺さんに見送られながら、ほこらを後にする。
リムルダールで鍵を買い足さなきゃならない。またあの沼地を渡るのかと思うと憂欝だが、仕方ない。まだ体力も食料もあるから、マイラにはよらずにそのまま大陸を南下した。
沼地の洞窟はもうすぐだ。
18■ドラゴン
沼地を抜けて、トンネルにはいる。相変わらずトンネルは湿った空気と、濡れた土の匂いが支配していた。時折、ごうっと低く空気が動く音がするのも変わらない。初めて通ったときは、反対側から抜ける風の音かと思ったが、違う。入り口に立っていても、風を感じない。
俺は入り口にたったまま、しばらく音を待った。
ごうっと、また音が響く。
妙に反響して出所はよくわからないが、対岸から聞こえるものではない。これは確実だ。なんか、もっと深く。
俺は左手側、つまり西側につづく通路をみた。トンネルとしては不要なその通路。何があるのか、確認はしたことがない。いやな感じがするからだ。
ごうっと、また音がした。
呼吸?

一度は鼻で笑った、生き物疑惑が、再び沸き上がる。
こんな、何もなさそうなトンネルに、入り口にまで聞こえるような息をする生き物が?

……いるわけがない。

いつもなら松明ですませるトンネルだが、念のためレミーラを唱えて辺りを明るくする。それから、左手側の通路をみた。リムルダールへの道からは逸れる。
が、無視できない。
俺は半ばひっぱられるような気分になりながら、その道へ足を踏み入れた。



トンネルの西側は、迷路のように入り組んでいた。しかし、ガライの墓ほどではない。あまり幅がないからか、すぐに行き止まりになる。基本的なつくりは、トンネルらしく南下するようになっているらしかった。
しばらく行くと、ずいぶん大きな赤い木の扉に行き当たった。
ここまでくると、さすがにごうっという音は随分大きくなっていて、確実に呼吸音だとわかる。この扉の向こうに、何かいる。
確実に。
俺は右手に剣をしっかり握ると、左手で鍵をまわした。開く扉を盾にするように、隠れるように扉をあける。
瞬間、低く地響きのような咆哮。
それとともに、炎が吹き抜けていった。
ドアから離れて、中に入る。
少し広くなったところに、そいつはいた。

緑色に光る鱗。
鋭く光る二つの瞳。
突き出した太い二本の角。
太い手足は丸太のようで、がっしりと地面をつかんでいる。
尻尾が地面をたたいた。
開いた大きな口から、赤く太い舌がのぞいている。
ギラギラと、牙が光る。
でかい。
初めて見た。


ドラゴンだ。


ぼんやりしてしまった。その隙をドラゴンは見逃さず、その太い腕を振り下ろしてきた。とっさに盾で受けとめる。金属が甲高い音をあげた。重さと痛みが衝撃になって腕を走りぬけ、一瞬使えなくなった。
「っ!」
悲鳴をあげる暇はない。
何度も攻撃は受けられないな、と悟る。
俺は剣を握りなおすとドラゴンに向き合った。

ここで終わりなら、俺はそこまでの男だったんだろう。

切り掛かる。
鱗に守られた足に剣はあたったが、キィンという音と共に弾かれた。
考えて戦わないと、殺される。
考えろ。
よく見ろ。
ドラゴンの体は、よく見ると鱗におおわれた部分と、そうではない部分がある。腹側はたいてい守られていない。腕の中に入り込まないと、腹に攻撃はできないわけだが……それ以外に方法はなさそうだ。
もちろん、目や口を狙う方法もあるが……わざわざ炎のなかに飛び込みたくはない。
腕の間を擦り抜けて、腹に剣を突き立てる。表面はかたかったが、鱗ほどではない。ずぶりと剣は飲み込まれていく。血が吹き出して、俺はまともにソレを浴びてしまった。鉄の匂い。いやな匂い。生暖かい、いやな感覚。
ドラゴンは鳴き声をあげながら、俺を踏み潰そうと足を動かした。めちゃめちゃに暴れる。踏み潰されないように、腹の下から逃げ出す。ドラゴンは首を下げて、俺目がけて炎を吐いた。
「うわっ!」
避けたつもりだったが、多少盾で受けとめる羽目になる。致命傷は避けられたが、あまり芳しい状況ではなかった。
ドラゴンの視界から外れるように、トンネルの柱に隠れてホイミを唱える。体の傷がふさがっていく。が、もう何回も唱える余裕はい。
肩で息をしながら、様子をみる。
怒り狂ったドラゴンが、ついに俺をみつけた。炎がおれに襲い掛かる。避けられそうに、ない。
俺は息をとめて、盾でそれをふせいだ。熱い。死ぬかもしれない。
盾も、ソレを支える腕も、悲鳴をあげている。
それでも炎を受けとめながら、その中をドラゴン目がけて走った。
顔の寸前で飛び上がり、目を狙って切り付ける。
剣が、目に刺さる。暴れるドラゴンの頭のうえで、俺はめちゃめちゃに剣を振り下ろした。
ドラゴンが仰け反り、俺は頭から転げ落ちる。地面に叩きつけられ、一瞬息ができなくなった。
あわてて起き上がる。
ドラゴンの首が、そこにあった。
とっさに、剣を振り下ろす。

いやな感覚とともに、どさりと重い音。
ドラゴンの首が、地面に落ちる。
俺は荒い息のまま、その場にぺたりと座り込む。

……ドラゴンを、倒した。
俺が?
嘘みたいだ。

呆然と、ドラゴンだったものを見つめる。


なんで、こんなところに?
ドラゴンの向こう側に、まだ道はつづいていた。
何かを守って?

息が整うのを待って、俺は再び歩きだした。
19■姫君
ドラゴンの死骸を背に、ざっぱに返り血をふいてから通路を進む。通路はしばらく真っすぐのびて、やがて西側に折れて、すぐ行き止まりになった。行き止まりの左手側に、また扉があった。鍵はかかっていないようだ。
ドラゴンはこの部屋を守っていたんだろうか。

……ドラゴン、開けられるのか? 扉。

相当納得いかなかったが、考えないことにして扉をあける。あっけないほど簡単に扉は開いた。

一瞬目が眩む。
中はある程度広い部屋になっていて、レミーラが恒久的にかかるようになっているのか、洞窟の中とは思えない程明るい。目が眩んだ理由はこれだろう。
赤い絨毯が敷かれている。新しいものらしい。
部屋には他にテーブル、ソファ、天蓋つきのベッドなど生活道具一式が揃っていた。
洞窟としては異質だ。
が。
最も異質なのは。
「どなたですの?」
椅子に座ってこっちをみている、淡い黄色のドレスの女。ぽかんとこちらをみている。
栗色の髪はやわらかそうで、毛先がカールしている。
緑の大きな目が、じっとこちらを見ている。
「……イチェル」
随分遅くなったが、俺は返事をした。多少見とれていたのは否定しない。
「で、お前は誰だ」
当然の疑問を投げ掛けると、女は「あら、いやだわ、わたくしったら」などと呟いて立ち上がった。
「わたくし、ローラと申します」
そう言って、優雅に頭を下げる。

……ローラ?

「姫様ですか?」
「ええ」
にっこり。
「ああ、助けだされる日がくるなんて、夢のようですわ。まだ信じられませんわ……」
姫様は両手を胸の前で組んだ。なんつーか、背後に花が飛んでる感じだ。
「もしあなたがおいでにならなければ、私はいずれ竜王の妻に……ああっ! 考えただけでもおそろしいですわ……」
姫様は自分で自分を抱き締める。なんつーか、妙に疲れるのは何でだ?
「イチェル様、わたくしをお城まで連れていってくださいますのね?」
「……はぁ」
勢いに負けて、思わず頷く。姫様のほうは顔をぱーっと輝かせ、背後に飛んでた花が三倍くらいになった気がする。
「うれしゅうございます、イチェル様」
うっとり。
「……はぁ」
にこにこにこ。
俺は姫様としばらく見つめあう。なんだ? なんの間だこれ。何を姫様は期待して待ってる?
「えーと」
思わず意味のない声をあげる。姫様はにこにこしたままだ。
「とりあえず……えー……帰るとして……」
「はい」
「とりあえず俺の事はイチでいいです」
「わかりました、イチ様」

わかってねぇー。

「俺、さっきドラゴンと戦ってまったく魔力が残っていませんから、姫様をすぐに城へは連れていけないんです。ルーラで飛べば一瞬ですし、俺は歩いて帰れますけど、姫様は歩いて帰れないでしょう」
「はい」
「ここからなら、魔物は弱いですし、距離もそうありませんからマイラなら安全だと思いますから、立ち寄っていいですか?」
「ええ」

速答かよ。
ちったぁ警戒しろよ、年頃の娘が。

「……魔力が回復すればルーラで一瞬です」
めまいを感じつつ、俺はにこにこ顔の姫を見る。
「ええ」
「じゃあ、行きますよ」
「ええ」
「自力で歩いて下さいね」
姫様は微妙に不満そうな顔を一瞬したけど、やがてにっこりと頷いた。
20■マイラへ
姫様を先導しつつ、時折近寄ってくる魔物を切り捨てながらなるべくゆっくり歩いて通路をすすむ。
道中、姫様はドラゴンの死骸を見て悲鳴をあげ、魔物を見て悲鳴をあげ、俺が魔物を切り捨てると悲しそうな悲鳴をあげ、と忙しそうだった。

なんつーか。
疲れないのか。

どうでもいい事に少し尊敬、大半呆れながら歩いていく。やがて洞窟を抜けた。レミーラなんて話にならない程の、明るい太陽の光が頭上から降り注ぐ。
「太陽なんて久しぶりですわ……!」
姫様は空を仰ぎ見て、歓声をあげた。
「……ここは竜王の城ではなかったのですね」
後に続いたことばに、俺は思わず姫様を見る。
「わたくし、あのお部屋から出たことがありませんだからてっきり……」
「マイラに寄ると言ったはずですが」
「ええ。だから、不思議でしたのよ」
にこにこにこ。
相変わらずの鉄壁の笑顔で姫様は首を傾げる。俺は思わずつられて同じ方に首を傾げた。

どうしてこう、妙な間ができるのか。

そのまま、視線を下に落とす。ここからは沼地を越える。それで姫様が何を履いているのか気になった。
白く細い足首。それから、華奢で高いヒールのついた銀色のハイヒール。
平地を歩くのだって正気の沙汰とは思えない。その靴で沼地を歩くのは無理だ。それに、ドレスが汚れる。弁償するのは不可能じゃなくなったが、根性はかわらない。庶民としては綺麗な服を汚すのは気が引けた。
「触れてもいいですか?」
「え?」
「その靴で沼地は歩けないでしょう? 沈みます」
「それはそうですけど……」
「失礼します」
困った顔をする姫様の返事をきかず、俺は姫様を抱き上げる。横抱きにしたから、姫様は俺の首に腕を回した。
「イチ様、ローラはうれしゅうございます」
頬を染めて、語尾にハートマークを付けそうな勢いで姫様は早口に言うと、俺にしっかりくっついてきた。


魔物に襲われる事無く沼地を抜け、姫様を地面におろす。さすがに疲れた。少し休憩をしてから、マイラに向けて歩きだす。
勿論、姫様には歩いてもらう。ハイヒールでは辛いかも知れないが、ずっと抱き上げていくのは無理だ。無理だし、魔物に襲われた時に戦えない。別々に歩いた方が生存率は高い。生きて帰る事が重要だ。
姫様は少々不満そうだが、気付かない振りを続けることにした。

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