2■鍵屋


6■トンネル
マイラから南下する。
森を抜けて山脈を迂回すると、広い草原が広がっている。
草原は視界が良い分、魔物を見つけやすいが、同じだけ見つかりやすい。
とはいえ、ここ半月ばかりずっとこの辺りで魔物と戦う訓練をしたおかげで、もうこの辺り魔物は全く敵ではない。俺は魔物を気にする事無く草原を真っすぐ南に突っ切った。

ようやく草原がおわる。西側にはラダトームに戻るための大きな橋。南側は沼地が広がっていて、その向こうに荒い波をたてる海が見えた。
マイラがある陸と、リムルダールのある陸の間の海峡は、外海との入り口は浅瀬になっていて船は通れない。内海側は海の底が変な形なのか波が荒く、やはり船は通れない。
魔物が今ほど狂暴じゃなかった頃は、マイラの近くからリムルダールまで外海を船が行き来していたらしいが、今はそれもない。
大昔にマイラ側とリムルダール側をつなぐ、海の底を通るトンネルが掘られたが、今や魔物の巣窟になっている。
どうやらリムルダールへは、そのトンネルを通るしかなさそうだった。

しかし今俺の目の前にあるのは沼地。
トンネルはどこにあるんだ。

俺はしばらく沼地の淵を歩いてみた。
沼地の果てにトンネルの入り口が見えた。
何もあんなところに入り口を作らなくても良いだろう。
いくら向こうとの距離が最短とはいえ、なんかもっと他にやりようはなかったのか?

俺はため息を一つ吐くと、沼地に足を踏み入れた。
7■トンネルを通る
沼地に足をとられながら、ゆっくりと前進する。一歩足を踏み出すたびに膝まで沼に足が沈んでいく。そんな中でも魔物は襲ってくるから、飛び掛かってくる奴を切り捨てる。そのために立ち止まると、ゆっくり自分が沈んでいくのが分かる。さすがに気持ちが焦った。
同じ距離を歩く時に比べて倍以上の時間をかけて、ようやく大陸をつなぐトンネルに辿り着く。
暗い穴のなかを覗き込むと、なかからゴオッという音が聞こえてきた。風があちら側から通る音だろうか。ずいぶん低くて、何か得体の知れないモノの鳴き声のように聞こえた。

生きもの?
まさか。

俺は浮かび上がった馬鹿馬鹿しい考えを鼻で笑う。
モンスターはいるだろう。が、こんな所まで鳴き声が聞こえるような大物が居るわけがない。ここは大陸をつなぐトンネルで、確かに交通の要所だろう。が、歩くだけで体力を奪われる沼地の先にあるし、第一、一般の村人は魔物を恐れて村から出ない。
大層に守る必要はないだろう。
俺は松明に火を点けてから、トンネルに向けて下る階段へあしをかけた。


中はじめっとした空気が満ちていて、むき出しの土の床のせいか土の匂いがする。
俺は階段に腰掛けると、体力が回復するまでしばらく休憩することにした。



休憩を終えてトンネルをすすむ。道は真っすぐにのびている。左手側にのびた道もあるが、そっちはごちゃごちゃしていそうな上、南側に進む上でわざわざ道を逸れる意味がない。
そして、何となく嫌な感じの威圧感のようなモノを感じるような気がする。だから、左手側は無視することにした。


予想どおり、魔物は洞窟内に生息していて襲い掛かってくる。闇のなかで生きるせいか、見たこともない魔物が多い。目がぎょろりとした奴が多い気がする。ともかく気持ち悪い形が多い。
うんざりする。
自然と足早になるが、気にせずその速度で進む。真っすぐな道は数回折れて、やがてつきあたりに辿り着く。
登り階段の向こうから太陽の光。外が向こうに広がっているのが、階段をあがる前から分かる。
それといって長いトンネルでもなかったが、太陽の光を見るとほっとした。

自然と駆け足になり、階段を駆け上がる。
闇を抜けてきた身には、強烈な太陽の光に少しくらりとしたものを感じ、俺は目を細める。


目の前に広がるのは新しい大陸。
リムルダールはここから南だ。
8■リムルダールに向かう
いきなりモンスターが強くなった。

トンネルを抜けてすぐ襲われた、水色の毛をした熊みたいなリカントは、魔法で眠らせればなんとかやりすごせた。やっかいだったのは赤いフードの魔導師。出会い頭に魔法で眠らされて、思いっきり杖で殴られた。痛みで目が覚めて、切り捨ててなんとか難を逃れたが、……あいつが剣とか殺傷能力のある武器を持ってなくて本当によかった。
俺は道具袋を覗き込む。中にはキメラの翼がはいっている。最悪、これでラダトームに逃げ帰ればいい。リムルダールは遠いが、今だってここまで来れた。また歩けばいい。
そんな事を思いながら、ついでに地図を引っ張りだして位置を確認する。今は平原に居るから、このまま南下して岩山を迂回すればよさそうだ。
俺は大きく息を吐いてから歩きだした。



岩山を迂回するところまで、モンスターにあわずにすんだ。
ここからは岩山にそって西側にまわって、そこからまた南下すればいい。地図で見るかぎり、ずいぶんリムルダールに近づいてきた。
あと一踏張り、だ。
周りを見る。
魔物の影はない。
平原に点在する大樹の一つの影に入り、しばらく休憩する。乾パンと干し肉を水で胃に流し込んだら、疲れを自覚した。寝るわけにはいかないが、少々疲れた。剣に手を掛けたまま、しばらく目を閉じる。


どうやら多少はうつらうつらとしたらしい。目をあけると太陽が夕日に変わっていた。
辺りが闇に包まれたら、魔物は勢いを増す。完全に夜がくるまでにリムルダールに着けるだろうか。もし、着けないなら魔物に見つかりにくい小さな洞穴なりを探して野営の準備をしないといけない。
地図をにらむ。
現在地とリムルダールを比べて、決意して立ち上がる。野営の準備は早いほうがいい。


結局、リムルダールに辿り着いたのはトンネルを抜けて二日目の昼間だった。
9■リムルダール
リムルダールは南北を岩山に、町の周囲を深い堀に囲まれた、しっかりとした守りがなされた活気にあふれた町のようだった。
町の入り口は堀にかかった大きな橋ひとつで、それは守りやすいだろうが、この橋が落とされたらどうしようもないということだ。
まあ、初めてこの町に来た俺でもそう思うのだから、なにか対策はとられているだろう。よそ者が心配しても仕方ない。
俺は町の入り口付近にあった宿に部屋をとる。そのついでに主人に鍵屋の話を聞いてみた。マイラの村での話が本当なら、探すより聞くほうが早い。
聞いてみると、主人は顔を曇らせた。曰く、
「兄ちゃん、鍵を仕入れる商人には見えないし、ここにこれから住もうかって感じでもないよね。旅人? あー、ダメダメ。よそ者には教えちゃダメなのよ、自力で店見つけて買うのは仕方ないけど、教えちゃダメなのよ。特殊なものでそんなに数作れないからね、ばーっと売れちゃうと困るでしょ? だから、秘密なのよごめんね。自分で探してね」
……だ、そうだ。

店なんだから、そんな事じゃ駄目だろう。

とは思ったが、決まりなら仕方ないだろう。所属する共同体のルールを守らないと痛い目にあう。
俺は鍵屋を探すのは明日にすることにして、さっさと寝ることにした。
10■鍵屋
朝遅く起きて、町にでる。
随分眠った気がしたが、あまり体は回復してない気がした。

堀に囲まれた町は石畳で舗装された道が真ん中を通っていて、芝生が地面をおおっている。南側には大きな集会所のような場所があった。西側には池があって、その中に小さな島がある。そこでは爺さんが焚き火をしていた。
基本的に、牧歌的な町なのかもしれない。

町をぐるりと回ってみたが、鍵屋らしいものはなかった。宿の向かいは武器屋。ここは今まで見たこともないような武器や防具を売っていた。当分の間はこれを買うために努力することになりそうだ。
あとは行商人が薬草なんかをうっているだけで、鍵は売られてなかった。


鍵屋め。完全に隠れてる。
完璧だ。
ここまで完璧に隠れなくったっていいだろう。
商売する気あるのか。


軽い怒りを感じながら、町の入り口付近に戻る。
堀をこえてくるからか、町を吹き抜ける風は涼しい。風に乗って甘い花の匂いがして、俺はそちら側を見た。花は咲いてなかったが、堀の向こうに赤い長い髪の女がいて、目が合った。
「ねぇーえー! そこの人ぉ!」
女が叫ぶ。思わず周りを見たが、居るのは俺だけ。
「そう! あんた! ねぇ! ロッコ見なかった!? ロッコ!」

それは誰だ。

「あたしの彼氏よ! 見なかった!?」
誰だ、と思ったのが顔に出たんだろう。女は不機嫌そうに叫ぶ。俺はくびを横に振った。ロッコはおろか、町の人としゃべったのはアンタが二人目だ。
「町外れで待ち合わせって言ったのに! 何やってんのよ!」

知るか。

女は烈火のごとく怒り狂っている。
これじゃロッコも出ていきにくいだろう。少なくとも俺だったら出ていきたくない。
それにしても堀の外側とは町外れも外れすぎだろう。そんなところで待ち合わせなんて一体何をするつもりだ。あうのが秘密なら、そんなに騒いでいちゃ意味がないだろう。
なんなんだ。
色々思ったが言わないことにした。

しかしこれでわかった事がある。
この町の住人の感覚では、堀の外側はまだ「町」なわけだ。あの女は「町外れ」と言ったのだから。と、すれば、「町外れ」にも店がないとは言えない。何をするのかは知らないが、恋人同士が町外れで待ち合わせをするのだから、何かあるんだろう。
俺は町外れに迎うことにした。ただ、あの女がヒステリックになってて恐いし会いたくないから、別の方向から町外れに行ってみることにした。


しばらく行くと、男が暇そうにしゃがみこんでいた。
「ロッコか」
「そうだけど、きみ、誰?」
「俺の事は、気にするな。お前の人生に関係ない。逆側の町外れで赤い髪の女がヒステリックに叫んでたぞ」
「えぇっ!? ぼくまた間違ったの!?」

またか。

「うーわー、怒ってるだろうなぁ」

ヒステリックに叫んでたと言っただろう。

「早く行かなきゃ! ありがとう! あ、いいこと教えてあげる。マイラの村の温泉あるでしょ? あの露天風呂から南に4歩。いいものあるから、探してみてね」
男は早口に言うと、反対側の町外れに向けて走っていった。あのロッコとか言う奴、きっと出会い頭にぶん殴られるだろう。気の毒に。
俺は走っていく背中を見つめて軽くため息をついた。
町をぐるりと半分まわったところで、小さくてお世辞にも綺麗じゃない店が町外れに向かって入り口を開いていた。中を覗く。薄暗い店内にはカウンターだけがあって、そこに爺さんが一人で暇そうに座っていた。爺さんはタバコを吸っていて、狭い店内は煙で充満している。
「どんな扉もあけてしまう魔法の鍵はいらんかね。1回使うと壊れてしまうがね。1つ16ゴールドじゃ」
爺さんは、俺を見ているのかいないのかわからないような表情でぼそぼそと言った。
俺は財布を見る。
「爺さんいくつまで出せる」
「6個ってトコかね」
「96ゴールドか……全部もらおう」
「毎度」
銀色に鈍く光る鍵がじゃらりとカウンターに置かれた。
「壊れちまうのか……綺麗なのにもったいないな」
「綺麗じゃろ。ウチの祖先が、勇者ロトがもってた魔法の鍵を見せてもらって作ったらしいよ。ま、もっともロトが持っていた鍵は壊れなかったらしいがの」
「コピーは劣化するもんだ」
俺が言うと、爺さんは笑った。
「ま、なくなったらまた買いに来るがいい」

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