1■勇者様旅立ち


1■ロトの洞窟



「おおイチェル! 勇者ロトの血をひきしものよ! そなたが来るのを待っておった。その昔、伝説の勇者ロトは神から光の玉を授かりこの世界をおおっていた魔物たちを封じ込めたという。しかしいずこともなく現れた悪魔の化身竜王がその玉を闇に閉ざしてしまったのじゃ! このままでは世界は闇にのみこまれやがて滅んでしまうことだろう。勇者イチェルよ! 竜王を倒しその手から光の玉をとりもどしてくれ!」


……などと言われて旅立って一月。
漸く旅をするのにも慣れた。
襲い掛かってくる魔物にも慣れた。もう怪我をすることはほとんど無い。
時折不意をつかれることはあるが、大事に至ることはない。
そろそろラダトームを離れてガライの方面に行くのもよさそうだと考え、俺は大陸を北上していた。
ラダトームの北に広がる森を抜け、険しい山脈を右側に見ながら広野を行く。
二日ほど歩いたところで、左手側に洞窟がぽっかりと口をあけているのを発見する。
地図を見ると、丁度ラダトームとガライの中間ほどにある洞窟。
……漸く半分歩いたわけだ。
俺は洞窟をやり過ごす事にして、北上を続ける事にした。意味なく好き好んで洞窟に入ることも無いだろう。
今の目的地はガライだ。
その時、洞窟の方から突風が吹いた。
洞窟の入り口が笛のような役割を果たしたのか、その風は人の声に――呼び声のように聞えた。

俺は洞窟に近寄り、その中をのぞきこむ。
漆黒の闇。
夜だって月や星でもっと明るい。
眉が自然と寄るのが分かる。

もう一度、風。
呼び声。

俺はため息をつくと、その洞窟に入ることにした。

 



光が届かない洞窟の中は暗く、周りの土が水分を含んでいるのか湿っぽくて、土の匂いがした。
一本しか持っていない松明に火を灯し、周りを見る。
石の壁は青い色を含んだ灰色で、所々に亀裂が入っている。
あと何十年かしたら、崩れ去ってしまうかもしれない。あまり強度はなさそうだった。
松明の光はかなり頼りない。ほんの数歩前までしか照らし出すことは出来なかった。
辺りには音は無い。暫く耳を澄ましてみたが、ドラキーの羽ばたきの音もスライムが飛び跳ねる音もしなかった。魔物の気配も、ない。
俺はゆっくりと進んだ。
頭の中にどの角を曲がったのか叩き込みながら進む。
丁度入り口とは対角線にあたる行き止まりに、下りの階段があった。
ソレも降りる。
相変わらずあたりは静かで、魔物の気配はしない。
地下二階の迷宮は、丁度下った階段からぐるりと洞窟の端を回りこんで行くような形式になっていた。
行き止まりは、大きな部屋になっていた。
こんな地下で、しかも太陽の光はまったくとどかないのに、部屋の隅に青々とした草が植わっていた。
そして、その真ん中に石版があった。
いや、石版というよりは、石碑といった方がいいのかもしれない。
石版の一番上には、赤い宝石のようなものが埋め込まれた、鳥のような紋章がある。
そしてその下には、文章が書き連ねられていた。
俺は松明を近づける。
石版は所々苔むしていて、すぐには文章が読めないようになっていた。
その苔を取り、松明を近づけて文章を読んだ。

『わたしの名はロト
わたしの血を引きし者よ
ラダトームから見える魔の島にわたるには
3つの物が必要だった
わたしはそれらをあつめ
魔の島にわたり魔王を倒した
そして今 その3つの神秘なる物を
3人の賢者に託す
彼らの子孫がそれらを守ってゆくだろう
再び魔の島に悪がよみがえったとき
それらを集め戦うが良い
3人の賢者はこの地のどこかで
そなたの来るのを待っていることだろう
行け! わたしの血を引きしものよ!』


もったいぶって3つの物とか云ってないで何を何処の誰に渡したのか位しっかり書いてくれよ、と思いながら俺は何度か文章を読み返す。

何の感慨も無かった。

俺は孤児で、親の顔も知らない。
ガライの村はずれで折り重なるように死んでいた夫婦と思しき若い男女のそばで、餓死しかけていた赤ん坊が俺だ。
ソレを拾って育ててくれた酔狂な爺さんだけが、今の俺の身内だ。
だから王都から迎えが来た時、本当は何の冗談かと思った。
今だって、自分が伝説の勇者の血を引いているだなんて全然信じていない。
単に、孤児をその気にさせて上手いこと魔王を倒してくれたら御の字だ、とくらいにしか思われてないかもしれない。
そう思ってる。

だから、この石版も俺にはあまり関係無いように思える。
この勇者は一体誰に語りかけているのか。
少なくとも、俺ではないなと思う。
感動も、感慨も、失望も無い。
ヒントとしては最悪だ、と思う程度だ。

無駄足だったな。


俺は洞窟を抜ける。
ガライはまだ先だ。
2■ガライの町
ロトの石版が残されていた洞窟から北上し、海岸線に沿って西に進むとやがてガライの町が見えてくる。
育った町。
町の半分以上が大昔に活躍した吟遊詩人ガライの墓でしめられている。(俺は入ったことはないが、実際は墓というより迷宮らしい)
住んでる人間は皆質素で、昔の伝承が山のように残っている町。

……良くも悪くも、静か過ぎる町だ。

俺は町外れにある家へ向かう。
途中で町の知り合いに何人もあった。
口々に、王都に呼ばれた理由はなんなのか、こんなに長期間戻ってこなかったのは何故なのか、そういうことばかり聞かれる。
俺が出て行って帰ってきただけでこんな騒ぎだ。
狭い町だ。

「ただいま」
狭い家の奥から爺さんが出てきた。
孤児の俺を育ててくれた酔狂な爺さんで、唯一の身内。
「おお、イチ。帰ったのか」
「寝てたか」
大欠伸をしながら爺さんは椅子に座る。
「お前がへんな時間に戻ってくるからだ」
爺さんは笑った。「無事でよかった」


この家にいた時いつもしていたように、俺は二人分の飯を作る。
「で? 何のようだったんじゃ?」
俺は爺さんの向かいに座って、水を飲み干した。
「聞いて驚け。爺さん、俺は勇者ロトの末裔らしいぞ」
「……また大きく出たなあ」
爺さんは苦笑した。
「嘘はもうちょっとマシにつけって感じだろ」
「……王都の方々がそういったのか? お前の思いつきでなく?」
「王様が言った」
爺さんはそこで大きく息を吐いた。
「そんな事があるもんかねえ?」
「俺は嘘だと思うけどな」
「それで帰ってきたわけじゃな」
「また出かける」
爺さんは俺をマジマジと見つめた。
「何のために?」
「……戦えっていわれたからな」
爺さん、疑わしそうに俺を見た。
「お前、言われたからってそんな事やる人間だったか?」
「……王様がな」
俺はため息をついた。
「旅の資金をくれたわけだ。……此処に戻るのに使いきった。まあ、借金だ。国王に借金して、逃げられると思うか?」
「納得いった」
爺さんが苦笑した。
「幾ら使いきったんだ」
「120ゴールド」
「……お前の命を買うには、安すぎじゃないか?」
「軽く返せるほどの額でもないだろ」
暫くお互い黙々と食事をする。

「俺は」
俺は爺さんを見ないでぼそぼそという。

「俺は勇者の血なんて大層なもんを自分が引いてるとは思わないが、戦ってみようと思う」
「何故」
「……王都に行く前から気付いてたんだが、最近魔物がやたら強くなってきてるだろ。このまま此処で暮らしていてもいつか魔物に殺されるかも知れない。だったら、多少は抵抗してみたい」
「そうか」
「……どっかで野垂れ死んだとき、爺さんに連絡できねえのだけが気がかりだけどな」
「野垂れ死にする前に戻って来い」
爺さんは笑った。
「イチが自分で決めたんだ。ワシは止めないさ。が、生きて帰ってこい、それは約束しろ」
「分かった」

「それにしても」

爺さんは大きくため息をついた。

「120ゴールドは安すぎだろう」
「そうだな。ちょっと安いな」
3■マイラの村に向かう
ラダトームの城に戻って、王様にこれまでの旅の経過を伝えた。
とはいえ、たいした話はできない。
城下町でローラ姫の捜索隊の一員が死んだことくらいが、伝えられることの最大の話題だった。
……最悪な話だ。
俺はまだ、たいした戦果は上げていない。
「死なないで生きている」ことが最大の戦果であり、それ以外は何もない。
一人で死なないでガライへ行って戻ってきた、それだけだ。
それでも王様は俺を見て無事を喜び、「初めて会ったときよりたくましくなった」と微笑んだ。

正直、今でも自分が勇者ロトの末裔だとは思えない。
が、この王様のために戦うのも、一興じゃないか、と思えるようになってきた。
「勇者」はともかく「戦士」くらいには、俺もなれる。

「これからイチェルはどうするつもりじゃ?」
「マイラのほうへ行ってみようと思います」



マイラは、ラダトームの北東方面の森の中にある小さな村だそうだ。
おもな産業は温泉。
まだ魔物が凶暴じゃなかった頃はアレフガルド中から観光客が訪れていたらしい。

ガライで、白いドレスの女を連れた魔物が東に飛び去っていくのを見たやつがいた。
ガライの東には、ラダトームとマイラ、それからリムルダールくらいしかない。
リムルダール行きの船は今危険で運行されていないから、今の俺にはマイラ方面しか調べに行くところは残っていなかった。


ラダトーム近辺の魔物は、流石にもう煩わされることは無い。
が、東に向かって伸びる橋を渡ったあたりから、話は変った。

ピンク色をしたドラキーの亜種・メイジドラキーは魔法を使ってくるし、黄色い色と硬い表皮を持ったおおさそりは、はっきり言って俺の剣ではまだ中々倒せない。まあ、魔法に弱いから倒せないことは無いが、魔法を使うと精神的にどっと疲れて、暫く動きたくなくなる。
連戦は難しい。
マイラが見えたころには、俺はふらふらで、魔物に見つからないことを祈りながら歩いている状態だった。


村に入る。
独特のにおいがして、俺はくしゃみをした。
ふらふらと宿に入る。
しばらく此処を基点につよくならなきゃならない。
4■マイラの村
マイラは小ぢんまりとした村だったが、活気に満ちていた。
冒険者風なのと金持ち風なのが多いのは、多分金持ちが温泉にいくのを護衛してきた冒険者がいるってことだろう。
屋台だろうか、肉の焼ける匂いがする。

武器屋を右手に、広場を左手にみながら村の奥をめざす。
温泉は村の左奥に湧いていて無料で入れるようになっていた。その右手側に宿があって、一番安い部屋をとった。
ヘトヘトになっていたから、何もしないでベッドに倒れこむ。気付いたら夜だった。
飯を食いに部屋をでると、酒くせえ親父にあった。
親父はニヤニヤしつつ千鳥足でやってくると俺を捕まえた。
「おう、兄ちゃん。ぱふぱふはいいなぁ」
「……」
なんだそりゃ。
俺は軽蔑の眼差しをしたんだろう、親父はニヤニヤした。
「照れるな照れるな!」
「……」
なんだかわからないまま、飯を食って温泉にむかう。
途中で化粧の厚いけばけばしい姉ちゃんに声をかけられた。
今日はよく声をかけられる日だ。
面倒臭い。
「お兄さん、ぱふぱふしてかない?」

……あぁ。なるほど、春を売ってんのか。

「しない」
俺は即答して無視して温泉にむかう。
「なんでぇ? きもちいいよぉ?」
「しない」
振り切るように早足で歩くが、姉ちゃんはついてくる。
「……お兄さんもしかして女に興味無いヒト?」
「あんたに興味無い」
「えー」
俺は足をとめる。
「あんたもすぐに俺に興味なくすさ」
「そんなこと無いわよぉ、お兄さん素敵だから」
「金が無い」
「おとといきやがれ」
「……ほら見ろ」
俺は無表情で姉ちゃんに軽く手を振ると、温泉をめざす。

ここを拠点にしばらく魔物と戦って強くなるつもりだが、この村は疲れそうだ。
5■マイラの村2
マイラの一番安い宿に部屋をとって、しばらくそこを拠点に情報を集めながら、村の外で魔物と戦っては宿で倒れるように眠るような日々を続けた。
そのおかげか、自分でもわかる程度に力が付いてきた。着いたときより明らかに戦いに余裕がでてきたし、宿に戻って意識を失うように眠ることも少なくなってきた。
ここで戦い続ける必要はそろそろなくなってきたのかもしれない。
旅立つにはいいころだ。

この村で有益だった情報は、この村の南にあるリムルダールには鍵を売っているということ。
太古の魔物・ゴーレムが笛を苦手にしていたように、魔物との戦いでは弱点をつくと良いということ。
南の端にあるメルキドには強い武器防具を売っているということ。
そのくらいだった。
南にあるリムルダールが当面の目的になるだろう。
ともかく俺はこの村を早くでたかった。


理由は単純。

「お兄さーん、ぱふぱふしない?」
またきた。
いい加減あきらめろ。
「しない」
「いいじゃなーい」
「金が無い」
「武器変えたくせに」
見てんだなあ、そういう所。
「大体、何で俺ばかり声をかける。他で仕事はしないのか」
「してるよー。お兄さんは別口。いい男がアタシに溺れていく様がみたいのよ」
「溺れない」
「そういうクールなトコが好き」
「……」
俺は疲れてきたから、お姉ちゃんをふりはらって宿に向かう。
この村は静かで気に入っているが、こういうところが煩わしい。


宿に戻って部屋に入ると大きくため息をつく。
さっさと次の町をめざそう。

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