大いなる正午10 思いたったら猪突猛進、人生は棚からぼた餅や、つまりは迷うことなく直情でことに当たれば、善き結果へとおのずから導かれる。 木梨銀路は店員の男に万札を一枚にぎらせると、大急ぎで自分の店へ戻るなり、昼時の一仕事を終えて片付けに懸命になっている鈴子に向かって「なあ、お前パソコンもってるか、インターネット出来るんか」と鼻息あらく尋ねてみた。「いえ、持ってません、でも前に努めてた会社で使ってましたので」いつものように控えめな口調でそう答える。 「そうか、前から欲しいともてたんやが、昔から機械いじりが苦手でな、金の計算に役立つ数学は得意やったけどな、買ったらすぐに使えるんかいのう」 「ええ、でも接続先とかの契約とか基本設定もありますから、テレビをつけて見るふうには、、、それより何か調べてみたいものや検索したいのでしたら、近くの喫茶店で触らせてくれますよ」 「ほう、それはどこにあるんや」銀路は今すぐにでも駆けていきそうな勢いである。 「商店街を少し曲がったところ、ここからすぐです」 「よっしゃ、わかった鈴子、今から案内してくれ、ああ片付けは後でええわい、あっ、ほれで昼飯の客の入りはどうやった、そうか、貸し付けの方は、全然か、わかった早よせー、行くぞ」 鈴子は以前から喫茶グリムの落ち着いた雰囲気が気にいって、千打金融に努め始めた頃から、帰り際にひとりで立ち寄っていた。特に誰と会話するのでもなく、本を読んだりして静かな時を過ごすだけだけであったが。 現在の銀路が経営する店での、食事が目的なのか借り入れが本意なのか、同じ人間でも日によって眼目の異なる混濁した空気には、正直なところ不快な念を抱いていた。仕事だと割り切りうどんを茹でながら、ご飯を盛りながら、借用書をテーブルに差し出し、二階へと駆上がって、金庫から現金を取り出してくる。銀路も昼飯時はなるだけ店にいて体も動かしてはいたが、急用とやらで外出してしまい幾度となく自分だけですべての労務をこなす場合もあった。 夕暮れから夜にかけても同様で、8時頃には一応、看板を消し後始末をして一日の業務終了となり、その時刻には銀路も欠かさず戻ってくる。それから、いきなり体を求められるのが習慣となっているが、鈴子は決して拒否を示したことはない。拒絶の反応を予測すること自体は考えてもみたが、結果的には御用済と叩き出される予想図がぼんやりと思い浮かぶばかりで、今は黙って従っているのが宿命でさえ感じられてきた。心底の悪人ではないし、口ぶりこそ乱暴なところはあっても今だ暴力的な仕打ちを受けたことは一度もなかった。性的なはけ口として利用されているかも知れないけれど、体を弄んでいるというより、快楽そのものを肉体を通して思いっきり引き出そうと勉めているような気がする。そして、それも今では就労後の按摩みたいに心地よさとして覚えてしまったから、、、 事情があるのだろう、銀路が今日はこれで帰ってもという日の帰りに、鈴子はグリムで無心のひとときを送るのが、唯一の憩いとなっていたのだった。 「おう、ここかいな、茶店なんや、知らんかった」案内を乞われて銀路を連れてきたものの、鈴子は内心、大きな失策を犯してしまったことに気がついて、自分だけの隠れ家ともえる空間に、圧力的な陣風を吹き入れてしまったような、あるいはグラスの縁が少しだけ欠けてしまう、あの見た目は小さいが見えないものに次第にひび割れがひろがっていく落胆を覚えた。 店内には他の客の姿はなかった。「どれや、インターネットは」づかづかと無遠慮な足取りで先頭に立つ銀路。 「いらっしゃいませ」心持ち目が泳いだような店主に、鈴子は「すいません、少しパソコン触らせていただいていいですか」と申し訳なさそうな消えいる声でそう訊ねた。 店主から快諾の返事がとても好感に響いて、もの珍しそうにあちこちに見やってる銀路に向かって「旦那さん、そこの席です。それから何を注文します」と快活に話した。 「おう、そうや、わしなあ、まだ昼飯食っとらんのや、鈴子も食べてないやないか、すまんなひとりにまかせてしもて。あっ大将、あれあるかいな、バナナボード」 鈴子の頬がかすかに朱を帯びる「知らんわいなあ、いや、聞いてみただけやさかい。好物でな、茶店やからあるかもってな、ケーキの一種なんや」 再び目が泳いだ店主は本日のランチである野菜カレーを勧めると、二人は了解して注文待ちの間に早速パソコンへと手をのばした。 |
||||||
|
||||||