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DEAD END

9月第二週


9月11日

朝10時、二日酔いなんだろう、疲れが顔に色濃く出ている鳥羽のオッサン(爽風塾の中村塾頭)を助手席に乗せエンジンをかけた。

二泊三日の予定が、京都で大西君(立命館大学研究員)や森下(立命館大学国際関係学科3年)と飲みたいと駄々をこねたオッサンに折れ、帰省を1日延ばしての昨夜の飲み会。オッサン、いたく機嫌よく、年齢を一切鼻にかけずにベストリスペクトをウチの講師二人に振りまいてくれた。宿泊場所の花園会館に戻った頃には午前2時を過ぎていた。

安土城をオッサンに見せてやりたかった。安土城には天守閣がない。石垣だけがそこにある。改修された階段の石は他の城と同様、誰もが見学できるようにと登りやすいサイズの大きさ。しかし昔から残る階段は観光客に一切媚びないサイズの石。ウチの娘のアイが以前登った時は冗談ではなく這い上がるという形容がピッタリだった。しかしオッサン、疲れからか登ろうという意思、金輪際もないようだった。

塾に着いたのは午後3時、さっそく辛い出来事・・・机の上の1通のメモ書き。「1週間ほどお世話になりましたが、僕にはとうていついていけそうにもありません。すいません、やめさせてください」 海星高校の歯磨き兄ちゃんからのもの。

相性は合うと思ってたけど、うまくいかない。塾を続ければ絶対に伸びるという確信はあった。確かにほとんどの教科の偏差値50以下は厳しい。しかしそれを補ってあまりある潜在的なパワー、歯磨き兄ちゃんにはあった。現に卓がまくられていた。卓だけでなく今年の高3にカツを入れる意味でも惜しい。みるみる間に英単語の攻略していき、この調子で進めば桐原2章の英熟語を9月中に終え、文法を10月中に・・・しょせんは絵に書いた餅。

今回の旅行を思った。やはり行くべきではなかったか・・・。桐原の頻出問題集の2章にさし込まれていたメモ書きを読みながらグチが出た。タカシは福井に帰り、再び平和な生活に戻っちまったと聞いた。テンションの高い生活を維持していく辛さ、分からなくはない。しかし自分の目標があるのなら、勝負に勝ちたいのなら、例えトップ目であろうと他人のリーチに安全牌を切っているだけでは勝てない。自分から勝負に行くしかないのだ。

奥さんに電話した。末娘のアイが出た、奥さんはいないようだ。高知の駅で塾生の土産を買った。名前がいい、「ごめん」という煎餅。そして奥さんに何か買った。それが何か分からなかった。新と白・・・同じようなもんじゃねえか(山本愛の作文参照)。鳥羽でパチンコでもしているはずのオッサンに電話した。「どないした?」「俺さ、高知で奥さんに何か買ったような気がするんだけど。車に忘れてなかった?」 しばらくして電話、「何もないようやぞ」「そうか、何か買った気がするのは・・・夢かな」「アホなこと言っとらんではよ仕事しろ」

仁志(立命館大学経済学部1年)が塾の教室をうろついている。「どないした」「フロッピーがなくなってさ・・・。そうそう佳子さ、もう授業いいと思うよ」 仁志は政治経済を教えている。生徒は佳子と小西、福井のタカシ・・・そして歯磨き兄ちゃんがそこへ入る予定だった。「佳子の政経上がったってか?」「うん、センター対策の駿台や河合の模試でここ5回ほどセンター換算得点で85点以上叩いるから」「そりゃすげえや。これでやっと一人脱出か」「うん、後はコンスタントに模擬試験をこなしていくだけでいいと思う」「で、小西は?」「まだまだやな・・・覚えてもらうことがたくさんある。小西さんに覚えてもらうプリントを入れてあったフロッピーが・・・」「そりゃ大変やん」 俺と二人してスラム街のベッド周辺のガサ入れを始めた。

生徒が顔を出すたび、「俺の留守の間に何かなかった?」と笑顔で挨拶。なにしろ立場が弱い。しかし別段何もなかったようで・・・あげく俺が旅行に行っていたことすら知らなかった奴もいる始末。俺がいてもいなくても状況は変わらない・・・かつて教育支援協会の吉田理事から「それがれいめい塾のすごいところなんですよ」とのお言葉を頂いたが、俺がいなくても塾はまわる。それはそれで辛いものがある。

奥さんから電話。「高知駅で土産買った気がするんやけど、オッサンの車に乗ってへんでな」「フフフ、慣れないことするんじゃないわね」

月曜日に実施された高1の古典助動詞の試験結果が黒板に張り出されている。惨憺たる成績、あまりやる気もないんだろう。亜矢歌(松阪高)・優里(津高)・純菜(津東高)あたりに気迫が感じられる程度だ。今夜は俺の英語の授業だ。それへ古文読解をアレンジしてみようか。古文の頻出単文を1文、それを品詞分解していく。確かに今回の試験、助動詞表を覚えるのはしんどい作業だ。しかしその必然性を1文だけど読解を通して理解させていくことで、大森(皇學館大学3年)の古典の授業を多少なりともバックアップできるんじゃないか? 教材は土屋の「古文単語222」の例文でいこうか。

鳥羽のオッサンから電話、「あった!あった!」「何が」「アホ!土産や土産、俺の車に乗ってたぞ」「じゃあ、また取りに行くよ」と俺。「それとオマエ、メール見たか!」とオッサンが叫ぶ。「いいや・・・」「響平、大検に合格したぞ!」「合格! 教科は?」「全部や全部! すごいぞ!」「そりゃ良かった」「これもオマエと大西君のおかげや」「そんなことはない、家庭科なんて響平が自分でやったしな」「でもな、響平のオヤジも言ってたけど、あいつが一発で全教科合格なんて信じられへんよ。オマエ達のおかげだ。中学の時に持っていた俺も本当に感謝する。こりゃ、今夜は酒がうまいよ!」「それは良かったな、俺はまだ仕事だ」

森下から電話。「先生、土曜日も俺授業入ってる。だからさ、福井のタカシを金曜日の夜に草津の駅で捕まえて久居に戻るってプラン、あかんねん」「分かった。タカシから電話あったら俺から言っとく」「でもさ、土曜日の夜やったら久居に帰れるからかまへん」「こりゃタカシに1週間ほど高校を休んでもらうか」

中1の夏休み明けの試験で出題された文字を使った規則性の問題、これがなかなか難しい。中1に間違いノート作りを指示するものの、結局は中3のノートを参考にして作らせることになる。今から間違った問題をていねいに見直してノートを作っていったら誰だって数学が得意になるはずなのだ。そんな難しい問題を一人クリアした曜子に言う。「オマエはね、こと数学に関しては賢いよ」 曜子はキョトンとしている。俺から誉められたことなんかないからだろう。「今までは好きにさせてたけどな、そろそろ最低限の課題は出すよ。自覚はないやろけどな、オマエは付属で1位になるだろう。充分その実力はある。だけどな、賢いのとできるのとではちょっと違うんや。オマエは賢い、これは事実。この難しい問題を30分で理解した。他の面々はもっと時間がかかるやろ。でもな、いつか理解する。つまり理解するまでの時間の嵯は厳然としてある。問題は理解した問題を忘れないようにする工夫、つまり毎日コツコツと積み上げるような作業ができるかどうか・・・これが肝心なんや。今解いた問題を1年後に解けるかどうか。オマエは賢い、でもさ、オマエさんができる生徒なのかどうかは今の段階じゃ分からない。オマエさんのこれからにかかっている」

中3は淡々と勉強している。実力試験の成績が今一歩だった生徒が目立つ。これは俺の責任でもある。この夏休み、英語も数学もマクロ的なアプローチで勝負した。県内の私立高校の問題クラスなら合格点を叩けるようになった。しかし範囲のある実力試験の勉強がおざなりになった。この弊害が実力試験を直撃した。ご父兄には手紙を出さなくっちゃな・・・。

高1と高2相手に英語、今夜は1988年度センター試行問題の6番、それに急遽参入の古典文の品詞分解。

雪のいと高うはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ

1文なれどポイントは幾多もある。「いと」の肯定文と否定文の訳の違い。これは very much と not 〜 very much と同じようなもの。そして形容詞の音便、助動詞「たり」の接続と意味、定番の係助詞の結びなど。高2に当てながら高2の実力も測る。これがなかなか訓練されている、講師の大森がよくやってくれている。途中からその大森、高3古典の授業が終わったとかで顔を出す。そして中井(アジア太平洋立命館1年)も俺の慣れない古典の授業を物珍しげに聞いている。

授業の合間に広島の土産話をひとつ披露。「橋本君(広島大学病院皮膚科勤務)と飲んだんやけどな、今講師は何人いるんですかって聞くんや。数えてみたけど答えが出ない・・・じゃあ生徒達は環境がよくなって喜んでいるでしょって。なにしろ橋本君の頃は青木の健ボーと二人で孤軍奮闘やった。でもさ、俺は言ったよ、環境がよくなると生徒のレベルは下がるって。環境がよくなると生徒がそれにあぐらをかいて惰落するってな」 この発言に中井と大森、異常なほど受けていやがる。今年の高3や高1に思い当たるフシ、安売りするほどあるんだろう。

深夜0時45分から定番となった高3対象のセンター英語の授業。さすがに眠たくなりながら整除問題をやっつける。終わったら午前2時。大森(津西2年)が顔を出し「先生、送ってってください」 そして塾にもどって花衣と卓を送って、やっと家に帰れるなと一人ごちながら塾に戻る。響平の合格祝いを一人っきりでやろうと思った。塾の前に車を止め電気を切りに3階へ。人の気配がする・・・パソコンを打っているのは今井(立教大学経済学部1年)。こ奴は俺の留守の間、一番気になっていた小学生の相手をしてくれた。外見は小学生向きではないがしゃべると愛嬌があった。「すまんかったな、世話になったよ。でなんや、こんな時間に?」「先生、俺明日に東京へ帰ることにしました。それで挨拶がてら・・・」 この時間に挨拶がてらって・・・ウチの塾やな。しかしこれでまた家に帰って一人で祝杯どころではなくなった。ポケットの中をまさぐった。旅行には10万円持って出た。しかし残ったのは千円札が2枚とジャラ銭が少々・・・「今井!小学生を見てくれたお礼や。吉牛(よしぎゅう)では寒すぎるけど、デニーズで食えるほども残っちゃいねえや、スカイラークあたりで折り合いつけてくれや」 時刻は深夜3時を過ぎている。

9月12日

明け方、といっても充分に街はアイドリングの状態の頃に家に帰った。響平の祝杯をあげることを思いだし、冷蔵庫からビールを取り出しピッチを開けてゴクリ・・・テレビではテロから1年たったアメリカの様子を映し出している。フローリングの上に横になった、ビールを口に含む。響平、おめでとう。しかしまだまだ旅の途中。素人に限って途中経過に一喜一憂しよる、うかれよる。最終目的地・・・約束の地・立命館は遙か彼方。明日の金曜日にも、いつもと同じように塾にノソッと姿を現し英単語のプリントを広げることができるかどうか。

タカシから連絡が入る。「実は金曜日に行こうと思ってたんですけどね、日曜日に英語検定の試験があるんっすよ」 途端に機嫌が悪くなる、体温が下がる。今更英語の検定受けてどないする気や、学校主催なら休めばいい。「それででっすね、今も森下先輩とも話したんですけど日曜日の午後からでも久居に入って、1週間ですか、次の連休まで塾にいようかなって」

中井脱走? 8時30分までに化成文化のプリントの試験をしておくようにとの中井からの指示に、恵と真理子(ともに高田高校3年)が間に合わなかったことから中井、怒って帰ってしまったとか・・・仕方ないか。

DENちゃんが今度の月曜日にやって来る。しかしこの日は津高の文化祭。ウチの中3の津高志望者が行くとなるとDENちゃんの機嫌が悪くなる。あげく日本史の生徒、中井がサジを投げるような高3ではさらに状況悪化か? 

大西君は15日から韓国のプサンへ飛ぶ。東洋美学会議に出席するためだ。中国やインドネシア、台湾・韓国などから美学の第一線で活躍する教授や学者が出席するという。パンフを見せてもらったが、俺が知っている名前は金芝河だけだったが・・・。大西君の担当教授、去年から始まったこの美学会議のフィクサーの一人。ゆえに熱の入りようも尋常ではなく、去年立命館大学で開催された第1回会議の立役者、そして2回目にあたる今年は開会の挨拶をするとのこと。来年は台湾での開催も決まり、台湾に縁のある大西君(父親が台湾在住)が来年の世話役を教授からおおせつかったとのこと。ゆえに今回の会議、大西君の課題は各国の要人と顔見知りになっておくことが主な仕事だとか。

深夜2時、愛を送っていく矢先に森下から電話。「先生聞いた?タカシが日曜日に英検受けるって話」「ああ、休みゃいいものを」「僕もそう言ったんやけど。びっくりしたのはタカシ、英検3級持ってるんやな」「え!ほんま」「うん」「あんな受動態も知らないような奴が3級! 俺は金輪際ウチの生徒に英検なんて受けさせへんわ」「でさ、タカシの話だと日曜日に塾へ行くって言ってたよ」「でもな、どうやって来るかさ」「征希先輩、今週末に福井に行くって言ってたでしょ」「あ、そうや! 征希に頼めばいいんや」「タカシの奴、県の統一試験があるって言ってた?」「そんなふうなこと言ってたな。英検受けるって聞いて怒りが瞬間沸騰中やったから忘れちまったよ」「県の試験でいい点数取りたいから塾で英語を勉強するって・・・アホやね」「ああ、大学を受験するってこと、どこかへ飛んじまってるよ。素人に多いんや、乱打戦が始まると当初の目標のこと忘れちまう。途中経過のはずの模擬試験の成績に一喜一憂するバカ野郎さ」 これには森下、受話器の向こうでくぐもった声で笑う。「とりあえず、あのバカの性格を直さなくっちゃな」

9月13日

午後3時前に銀行から帰ってくると響平がいつもの机に座って勉強している。とりたてて大検に合格したネタもせずに英語の授業を始める。いつもの光景、俺が質問する。しばらくしてくぐもった声で響平が答える。延々とその繰り返しで時が過ぎていく。そこへ高橋君が登場。「お、響平、いるんか! 大検全教科合格おめでとう!」 リアクションが遅い響平、この時ばかりはすかさず「ありがとうございます」ときたもんだ。

銀行に行ったのは今夜あたりウチの講師連がバイト料をもらいに大挙襲来するんじゃねえかと踏んだから。ドンピシャ! 高橋君に続いて中塚君登場。さらに疲れきった表情の黒田君も・・・。県立医療センターの救急で実習中、今日は金曜日だから長い1週間が終わったわけだ。「いいね、明日とあさっては休みか?」「ええ、あれじゃ土日を休みにしてもらわないと身体がもちませんよ。でも土日が休みといっても国試の勉強するだけですけどね」

パソコンの部屋でウチの娘のめいに英語の音読を教えていると背後を大柄な茶髪が通りすぎる。「あれ!」「ああ、先生げんき?」 古西(名古屋大学経済学部1年)である。「どないしたんや」「今夜征希先輩、福井に行くやろ? それにいっしょに行くことになって」「あいつ、ほんまに行くの!」「でね、塾で待ち合わせしたんですけどね」

福井のダーティ珍ことタカシのオヤジが征希のカイロプラクティクスの腕前にぞっこんというのは知っていた。小さい時から腰痛で苦しんできたこ奴がこの夏、タカシの陣中見舞いにウチの塾を訪れた時に征希のカイロと初遭偶。福井に帰ってからもしばらくは腰痛の痛みを気にせずに仕事ができたと感服していた。そしてタカシを連れにやって来た時も再びとりことなり、あげく福井にまで招聘することになった。

中3の愛が騒がしい中1を叱った。

俺はその時、やはり中1の曜子に英語の音読試験をマンツーマンでやっていた。俺と曜子がいたのはパソコンの部屋。中3は三重県統一過去問の試験中、ざわつきが俺達のところまで届いていた。その刹那、「うるさい!」 

いいねえ、いいねえ。よく怒った。今年の中1は他人の気配に鈍感である。自分以外が見えていないのだ。自分が楽しければそれでいい、他人がどんなに迷惑しているかに一切頓着しない。今までの生活習慣に問題がある。言いかえれば躾の問題。何度も同じことで怒られ、学習できない生徒、えてして怒られることに慣れている生徒に多い。この場合、「ウチは躾が厳しい」とタカをくくっている家庭がやっかいなのだ。怒り方がいつもストレート、子供もそれを知っているから、親が怒った時の対処にも手慣れたもの。怒られる度に磨きがかかっていく。じっと頭を垂れて台風が過ぎ去るのを待つ。言いかえれば悪気のないバカである。それでもこんなタイプの生徒には家庭とは違ったアプローチで、手を変え品を変え怒り続けるしかない。小さい頃の怒られ上手、大きくなって馬耳東風。

征希が俺の身体をほぐしてくれる。ベッドの上で暑苦しそうな男が二人身体を密着しているのを中3の女の子達が物珍しげに見ていたのはこの春先のこと。今では見なれた光景になったようで、三重県統一試験過去問の見直しに終始している。

ここ最近、征希とはすれ違いの連続だった。お互いのネタ、俺は広島の橋本君の話、征希は8月31日のオッサン連中襲来絵詞を話しながら俺の身体をまさぐる。今まで慣れ親しんだプロセスに新たに加わった動き、脇周辺から腕の裏側をもみしだく。新し刺激ゆえにか少々痛い。「これね、先生と同じ症例の女性がいましてね。ほんの偶然からこのあたりを握ったら異常に痛がる。もしかしたら腕が動かないのもこんな裏側のところにも関係があるんかなって・・・」「その女の人、よくなったの」「少しは・・・。ところで先生、塾のホームページに毎日作文を書いている子はだれ?」「ああ、愛か」 俺が手を伸ばす。「で、作文の感想は?」 征希はその先に視線をやりつぶやく。「最高やね。あれって毎日書くことに意義がある。毎日書くことで鍛えられる。私的な日記は自分だけが見るものだから途中でちょん切れてもいい。でもあれは一般の人の見る目を晒される。始めはともかく、徐々に人の目を意識しながら書くようになってきたかな。最後のオチを考えているようやし、短いなかにも起承転結を入れるようになってきた。今のうちからあんな文章書いてたらこの先楽しみやね」

ベッドから教室を見渡すと古西が慎太郎(津高1年)にセンター試験の問題の解説をしてくれている。12期生の古西が高校の後輩になるとはいえ16期生の慎太郎を教えている。俺はこんな風景をイメージしながら塾をやって来たんだ。その横では仁志は手持ち無沙汰な様子で座っている。小西(三重高6年制6年)の政治経済の授業が終わったんだろう。そういえば中井は・・・今夜は姿を見せていない。まだ昨日の怒りがおさまらないのか・・・。そういえば恵がメールを送ってもナシのつぶてだと言っていた。

電話超しに中村耕治(10期生)の沸き立った声・・・「よお、ひさし・・・」 遮るように「先生、就職決まった!」 

盆休みに会った時はまだ決まっていなかった。就職活動でひと夏を過ごしたことになる。きつかっただろう。研究室の教授とは意見の食い違いで冷戦状態、推薦もなく一人で探してたはず・・・。心から祝福、妥協せずに自分の希望職種の機械設計で粘った耕治に乾杯! 肝心の会社については理系ゆえ、それもコンピューターがらみの技術関連ゆえ、大きいからいい会社だとか小さいからどうとか言えない。製造技術系アウトソーシングの会社だとのこと。俺は何度か会社名を聞き返した。かなり気分を害した様子が伺えた。じゃあ、その筋では有名な会社なのかもしれない。ともかく今の気持ちを忘れずに来春に備えてほしい。会社は株式会社バンテクノという。

初めて北陸を走るという征希、俺は地図を取り出し福井までの道を教えた。地図を持っていってもナビゲーターは古西だ。しょせん馬が助手席に座っているようなもの。12期生の古西と4期生の征希、8歳も年の離れたよさこい道中。「車、気をつけろよ。今庄と鯖江あたりにオービスがある」「わかりました」「それと帰って来る時に賞味期限が切れそうな暑苦しそうな荷物を一つ頼むわ」「タカシやね、わっかりました! 俺達は罪人を刑場に引きたてる番人ってわけな」と、けたたましく笑いながら征希、隣の古西を見やる。

9月14日

依然として恵(高田高校3年)の表情が暗いようだ。真理子は去年の暮れに塾に入ったから中井との付き合いは短い。しかし恵の場合、中1に塾に入ってからずっと1年先輩だった。この6年目に入る付き合いの長さゆえにダメージが大きいんだろう。「まだオッチャンから連絡ありまへんか?」「中井先輩ですか?・・・ありませんね」「困ったな」「でも、私達が悪いんだから・・・」

久しぶりに綾奈が姿を見せた。とりあえず英語からスタート、題材は高1と高2、それに卓・橋本・花衣グループに使っている1988年度センター試行問題。やはり英単語と熟語に不安が残り、正答率の高低が普通の高校生とはかなりズレている。そこへ高橋君がやって来る。「まいっちゃいましたよ。津高が学園祭の準備とかで佑輔と健太が休みなんです。先生、響平は来てますか?」「響平さ、どうも社会を世界史にするつもりらしいんや」「そうですか、残念ですね」と高橋君。「で、先生。黒田、そんなに疲れてましたか?」「お!情報早いやん」「ホームページ見ましたから・・・。あいつは県立医療の救急ですからね。まあ火曜日には症例を見せられてプレゼンがありますけど」「毎週あんの?」「ええ、それもカルテ見てるとね、先生に取られちゃうんですよ。そのプレゼン以外はそんなにきつくないはずなんですけどね」「そうそう、向こうの教室に綾奈が来てる。物理と化学に不安があるそうや。今日は地理の授業がなくなった代わりに、すまんけど綾奈を頼むよ」「ハハハ、ウチの塾こそまさしく緊急病棟ですね、はいはいわかりました」

ダーティ珍に電話する。「まいど〜っ!(アクセント後ろ) 今な、オマエんとこの若衆連れてな、東尋坊見物に行った帰りや」「オマエな、ウチの連中に気使わんでええで」 携帯が征希に渡された。「ご苦労さんです」「無事に着いたか」「はい、でね先生、今福井の親方に東尋坊連れてってもらったんですけどね」「どやった?」「もう感激で泣けてきましたわ。東尋坊っていったら自殺の名所でしょ。だから俺はロープを身体に巻きつけ絶壁を一歩一歩とたどるんかなと・・・。視線を下へやれば波間からゆらゆらと人の手がこちとらを手招きしてるんかなと・・・。なんやアレ! めっちゃ観光地やん! あげく古西はアイスクリーム食べとるし」「楽しそうで結構でんな。明日は賞味期限切れそうな荷物の配送のほう頼むで」「タカシやね、わっかりました!」

高校生の教室に行くと紀平!(ヤマハ発動機)の姿が! なんやら恵と話してはいつものようにバカ笑い。あげく恵相手に全国統一模試の英語の過去問で勝負している。古市(三重大教育学部2年)が「今日は中2、何すんの?」「理科! 人の身体や、生物のノリであんじょうやってや」

中井がのっそりと階段を上がってくる。「久しぶりでんな」「あ、ああ・・・ええ」と、戸惑いを垣間見せ高校生の教室へ。そして一番後ろの席に座ってプリントを解き始める。何をしてるねん?と近寄ると桐原2章!

明日は津高と三重高と津東高で文化祭が開催される。ゆえに高1の部屋は静かなもの・・・亜矢歌(松阪高校1年)と恵(津西1年)と小林(久居1年)がいるくらいだ。

メシを奢ってやろうと思ってた紀平の姿、忽然と消える。そして中井や仁志の姿も・・・。土曜日には姿を見せる甚ちゃん姿もなし・・・。愛を送って塾に戻れば午前3時。昨夜は睡眠時間1時間少々だった。今夜は久しぶりにゆっくり眠れそうだ。

9月15日

午前10時、仁志に起こされる。今から京都に帰るという。授業は来週の金曜日かららだが家族総出で京都東山へ観光ついでに送ってやるよとなったらしい。「タカシが来る日に帰るんは気がひけるんやけど、きちんとやれよ!って言っといてよ」「わかった・・・ひと夏、すまんかったな」「今月中にもう一度だけ戻ってきますから」

大西君の携帯がつながらない。大西君は今日、釜山へ飛ぶはず。もう、行っちまったかなと思い森下に電話。眠たそうな声・・・「おはよう」「あ、うん・・・大西さんと朝4時頃まで話してたんで・・・」「大西君はもう行ったか」「うん、このまま起きてるって言ってたから」「大西君に伝えたいことあってさ」「なに?」「韓国で土産は買ってくるな!って」「ははは」

昼過ぎに1階の教室をのぞくと中井が寝ている。近くには恵と真理子の日本史コンビ。「どないしたん?」「中井先輩、今日は朝早くから塾に来て日本史の予習していたようで・・・」 とりあえずは授業が復活したようで。

タカシが姿を見せる。「またよろしくお願いします」

甚ちゃんがやって来て二人で飲みに出る。「よし川」からニューリアルした「柳生」に行くと休み。仕方なく久居を車まで流す。こんな時間帯に走ることはまれ、キラキラしているネオンに目がいきドキドキしちまう。結局、一本松そばの「元気」に入る。福井からタカシを乗っけてきた征希もかけつけ3人して飲み始める。深夜12時前に森下も京都から戻り顔を出す。それからの記憶なし、よくぞ捕まらなかった。

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