旅の前夜
ミンチョルの場合
オーナーの許可が降りた。…んふ…んふふふ…んふふふふ
いけない。昨日から口元が緩みっぱなしだ
イナは邪魔だけど、男三人水入らずの温泉旅行だ。んふふ…
ヨンスは、社員の慰安旅行だというと、少し拗ねた顔をした(やはり拗ねた顔はちょっとカワイイ)けれど、すぐに笑顔になって
「じゃあ気をつけていってきてね」
と言ってくれたんふふふっ
明日の朝9時に駅で待ち合わせている。イナがレンタカーを借りて来てくれるそうだ
だから僕とテス君は、後の座席に乗って、いろいろな話をしながら…んふふふ
ええっと、準備しよう…。着替えのスーツ…スーツじゃなんだな…
このジャケット…丈が短いからみっともないとか言われたけど、ヨンスに…うーん、コートの方がいいかな?
ああ、でもどうせイナがコートを着てくるだろうし…あの微妙な丈の…
テス君は何を着てくるのかな?ピンクのタートルかな?
じゃあ僕もこのタートルを着よう
これは確かヨンスを地下鉄で送っていったときの、あの、ガラス窓の反射を利用して目で語った、あの時のタートルだ…
ふっ…懐かしいな…あの頃僕は、初めて心惹かれる女性に出会った…と思っていたのに…
いかん。今も、今も妻を愛し…愛し…ああっこの先がどうしてかき消されるんだっ…くうっ…
こんな時は…ぎゆうううう
ほっ…。この『携帯耳切りギツネ』が僕のところにやって来てから、僕の心はいつも平穏だ
あっそうだ、この子を家に置いておくのは危険だ!
どうせ僕の旅行中に、ソンジェが入り浸るに違いないからな
そうそう、イベントが終わってからというもの、何かにつけてあのミン・スヨンという女性を連れてくるらしい
僕が帰るころにはいないが、なんなんだ?!イナに顔向けできない!兄の立場を考えろ!
第一僕だってあのスヨンという人の顔は、できるだけ見たくないんだ!何故かはわからないけど…
とにかく、ソンジェは僕の部屋をいちいち点検しているらしい
机上のフクスケに滑り止めがつけてあったが、そんなものがあろうとなかろうと、僕は叩き割っているのだから関係ないんだ
滑り止めのついたフクスケを割って新しいフクスケを飾ってやった
フフン、あいつは気づいてないだろう
景気づけに一つ割っておこう、よいしょっと…あれ?
…また貼ってある…
昨日も僕の部屋に入ったのか…
うっ…まさか!
「携帯耳切りギツネちゃん、大丈夫だったか?怖いフクスケのおじさんに苛められたりしてないかい?
どれどれ、お兄ちゃんが見てあげようね〜」
僕は『携帯耳切りギツネ』に話しかけながら、隅々を調べた
あっ!なんだこれっ。『携帯耳切りギツネ』ちゃんの足の裏にまで滑り止めがっ!
「くそうっ!」
ぺりりっぽいっがしっがっしゃーん!
僕は滑り止めをそうっと取り、ゴミ箱に捨て、それから机上のフクスケを乱暴に取り上げて叩き割った
「室長、どうかしたの?」
「ああ、なんでもない。手を滑らせてしまって…」
「…またフクスケのお人形を割らしちゃったの?」
「…あ、ああ…」
「置く場所が悪いんじゃない?あなたよく肘を張ったり突然振り向いたりするから…」
「いや、ソ、ソンジェが滑り止めを着けてくれたんだが、あまりいい滑り止めじゃないようでね。大丈夫だよ
それにオーナーがこの位置でないと、僕たちの運気が上がらないと言っていたから…」
「…そう…あなたがいいなら、別に構わないけど…。用意は済んだの?」
「ああ、もうすぐ終るよ」
まったく、うるさい
僕は荷物の総点検をした。そして『携帯耳切りギツネ』ちゃんを専用のヴィトンのバッグにそおっと入れた
早く明日にならないかなっ
テスの場合
あーあ。いきたくなーい。すっごくいきたくなーい
休みたくなーい。せっかくNo,1ヘルプになろうと決心したのに…
なんで温泉に?しかも三人って何?
イナさんがいるからまだいいけど、ミンチョルさんと二人っきりだったら、またあの悩みごとを聞かされそうだし
何か言うとすぐ抱きしめてくるし、はっきり言ってきもちわるい!
なんとかなんないかなぁ…
あ、チョンエが呼んでる。何?何何?え?これをオーナーに?うん。うんうん。わかった
イナの場合
気が利いてるぜ、温泉かぁ…。今の俺には休養が必要だ。あ、韻を踏んじゃった
へへっ
スヨンと会って、別れて…まだ少し胸が痛むけ、仕方がない、彼女は若いんだ…。俺には不釣り合いだ…
スヨン…幸せになるんだぞ…うっ…
はっ電話だ
「スヨン?」
「は?テスですけど」
「なんだテスか、なんか用?」
「あの、明日の旅行の件でちょっと、チョンエが話があるって…」
「なんだよ、お前のこと心配してるんだな。ミンチョルの奴、ところ構わずお前に抱きついてたからなぁ」
「あの、チョンエに替わります」
「おう、チョンエか、どうした?ん、はいはい、…おお…ふむふむ。それは…いいんじゃないか?
心配ない。ん。わかった。任しとけ、大丈夫だよ。じゃあな」
ふう〜。明日からの旅行、面白くなりそうだ…
ミンチョルの呟き
9時。僕は駅で待っていた。テス君が来た。ああ、やっぱりピンクのタートルを着ている
僕はにっこり微笑んでテス君を手招きした
「すみません、遅くなっちゃって…」
「まだ9時1分だよ。それより、そのタートル、着てくれてるんだね。とても似合うよ
妻などは、僕のプレゼントしたコート、未だに袖を通してないんだぞ!」
「は、はあ、そうですかぁ…。いや、これは、その、チョンエがことのほか気に入ってて
『私も同じようなの持ってるからペアルックねぇ』なぁんてえへっ」
「…へー仲がいいんだね!(ふんっ)…僕も今日はタートルにしたよ」
「あ…そうですね、意外と似合いますねぇミンチョルさん」
「…意外と?」
「あ…とっても…」『困るなあ、敏感に嗅ぎ取るからなあ、皮肉を…』
「わりぃわりぃ遅くなっちまった。さあ行こう。…おい、ミンチョル、お前荷物多すぎないか?なんだよこれ」
「触るな!」
「なんなんですか?」
「テス君には見せてあげるよ、ほら」
「何だよミンチョル、俺にも見せろよ!運転していくのは俺なんだぞっ!」
「しょうがないなぁ、見せてやる」
「あっ。これ」
「携帯耳切りキツネじゃんかよう。お前…なんでこんなもの…」
「家に置いておくと、ソンジェに何をされるかわからんからな。心配で…」
「…」
「ほら、かわいいだろう?テス君、抱きしめてもいいよ。癒されるよ」
「あ。今はいいです。今は落ち着いてますんで…、またイライラしたときに、貸してください」
「いつでも言ってね。いつも僕と一緒にいるから」
「…この『携帯耳切りギツネ』」
「名前をつけたんだ、昨日」
「…なま…え?」
「ああ。何だと思う?」
「…まさか…ミソチョル?」
「どうして解るんだテス君!君って人は、ほんとうに素晴らしい男だなぁはっはっはっ」
「…」
「おい、ミンチョル、冗談はそれぐらいにして、行くぞ、待ってるから」
「ああ…ん?待ってるから?」
「ああそうだ、急ぎましょう」
「イナ、テス君、ちょっと待て、…待ってるって何が?おい…おーい…」
僕は頭上に疑問符をつけたまま、二人の後について走った
ミソチョルを落とさないように必死で走った
イナが黒いワゴン車に乗り込んだ。テス君は後の座席に…。ん?
「やあ、ミンチョルさん、わしらもお邪魔しますよ。いやぁ、テスとイナが親孝行したいって言ってねぇ
わしとヒョンジャを連れて行ってくれるっていうんでね。それじゃあっていうんで…」
「私も来ました。よろしく、チョンエです」
「…イ…イナ…。社員旅行だろっ…」
「チス叔父貴は『オールイン』の社員だぜ。社員の家族は連れてってもいいってオーナーが許可してくれた。な、テス」
「は、はい」
「…ふ、ふーん…」
「早く乗れよ、出発するぞ!」
「あ、ああ」『…座席はテス君の隣だ…よかった…いや…よくない…なんでこんな事に?!』
僕は混乱した頭のまま、テス君の横に座った
「おはようございます!僕もご一緒します!」
「うっチョンウォン…」
何故チョンウォンまで…
これは何?このご一行様は何なんだ?
「オーナーに許可をいただきました」
「そうなんだよ、チョンウォンの奴、俺との旧交を暖めたいとか言い出してさ」
「そう、ずーっと敵対してきたからね。そろそろ仲直りしたくて」
「俺は敵対してたつもりはないけどなぁ」
「スヨンさん」
「うっ」
「の事が原因だったからね。今、君はスヨンさんとも別れ、僕と同じ立場だから」
「…同じ立場…ちょっと違うけどな…」
「何故?」
「俺は…一緒に暮らしていたからな!」
「ふんっあの風の強い岬でか!あんなところに家を建てるなんて、博打もいいところだっフンっ」
「…」
「ああ、いかんいかん、ケンカしてはいかん。すまない。謝るよイナ」『イナはどうでもいいんだ。僕はこの旅でミンチョルの秘密を握りたいだけだ!』
「…そうだな…わかったチョンウォン…。二人でスヨンの…うっ…思い出を語り明かそう…うううっ」
「ああ、そうだな」『もういいんだあの人は、どうでも!それよりもミンチョルだ!』
「…じゃあ出発するぞ」
「はいっ」
「待て」
「なんだミンチョル」
「みんな『オールイン』関係者じゃないか。僕がここにいるのはおかしくないか?僕がいない方が水入らずで楽しめるんじゃないのか?」
『こんな大勢で、しかもテス君の奥さんまでいるってのに、何もできないじゃないかっ!』
「何を言い出すんですかミンチョルさん!あなたは僕の標的…いえ…尊敬するチーフなんですよ!
あなたのように鋭いキツネ…いえ、観察眼やテクニックを、僕は身につけなければならないんです!是非教えを請いたい!」『逃がすものか!』
「そうですよ、ミンチョルさん。遠慮しないでください。ねえお義父さん、お義母さん、ねっチョンエっえへっ」
「…テス君…し、しかし…」
「そうよ、ミンチョルさん。こんなに荷物持ってきたんだし…あらっ何?これ」
「あっ!そ、それはっ!」
「あっか〜わい〜い!この間の『携帯耳切りギツネ』じゃない!か〜わい〜い。欲しい欲し〜い」
『あっ触るなっ』「こっこれは、試作品第一号で、その、評判がよければ、ミソチョ…いや、その…
『携帯耳切りギツネ』グッズシリーズを作って販売してもいいか…と、そのオーナーと相談中なんで
それにほらっほらっここ!傷があるでしょ?だから人様には差し上げられなくって…その…」
「じゃあなんで持ってきたの?」
『だから手を放せっこの女!』「ああ、一般の人にもこれは受けるものなのかどうかと、旅先で調査しようかなぁと思ってね…」
「ほおおお、さすがはBHCのチーフですなぁ。旅行中でもビジネスのことを考えていらっしゃる。これはテスも見習わないとなあ、イナ、お前もだ!」
「ほんとねぇ、イナもテスも、隙が有りすぎるからねぇ、ねぇアンタ」
「もう、お義母さんもお義父さんもひどいなぁ!」
「はっはっはっ冗談だ」
「ほほほ、そうよ、テスはチョンエにはもったいないぐらいのお婿さんだわよ〜ほっほっほっ」
そうだ、こんな気のきつそうな女にはもったいないぞ!女、早くミソチョルちゃんから手をはなせっ!
「ねえミンチョルさん、この子一度抱きしめてもいいい?」
「えっ」『やめろ!化粧臭くなる!』
「いいでしょぉ?」
「ミンチョルさん、僕からもお願いします」
「…い、いいけど・・汚れますよ」『ミソチョルが…』
「平気よ、いや〜んぎゅうううううっかわいいっかわいいいいっチューっ」
「うっ」『げええええっやめろおおおおつ』
「ありがとう、私これが商品化されたら一番に買うわ!」
「そ…そう…」『わあっ口紅がついたあああっ』
「チョンエ〜、だめじゃないか、口紅つけちゃあ、すみませんミンチョルさん」ゴシゴシ
「あっごめんなさ〜い。そう言えばいっつもテスに怒られるんだったわねえ、『僕の唇に口紅がついちゃう』って」
『なにっ!!』
「しいいっ恥ずかしいじゃんかぁ、もうチョンエったらぁ」
「はっはっはっこの二人は仲がよくてねえはっはっは。わしらも仲良くしような、ヒョンジャ」
「お金かせいできたらね!ほほほほほ」
テス君の唇に口紅が…テス君のくちびるにこの女のくちべにがっ…
あたりまえだな、夫婦なんだからな…僕だってヨンスとうううっああっ思い出がかき消されてしまうっ…
テス君の唇があの女の口紅と触れ合ったということは…
(ごくり)
「はいミンチョルさん、なんとかとれました。ごめんねミソチョル」
(ごくり)「ありがとうテス君…」
僕は、返してもらったミソチョルのオデコの部分を見た
チョンエという女がつけた(つけやがった)口紅は、かろうじて落ちていた
だがまだかすかに残っている…。後で石けんで洗ってあげるからね、ミソチョル
ちょっとの間辛抱するんだよ、ミソチョル…
僕は心の中でそう呟きながら、外の景色を見るふりをして、そおっとミソチョルのオデコに口を寄せた
…か…間接キ…
「ちょっと僕にも触らせてください」
「あっ!」
「ふーん。こんなものが女性に受けるのかぁ。どれどれ?手触りはいいな。この前髪が邪魔な気がするけど」
『うるさい』
「あああっごめん急ブレーキ踏んじゃった!」
「あ〜びっくりしちゃったなあもう。このキツネのおかげでショックがやわらいだけど、あーごめんなさい
キツネのオデコに唾ついちゃったぁ、口開いたままこいつのオデコにぶつかっちゃったからははは」
「は…はは…は…」『ミソチョル〜君は汚されてしまったあああっ』
僕の心は号泣していた
誰にも気付かれないように、目玉をガラスにして耐えた
こんなことになるなんて…
まだBHCで仕事してた方がましだ…
だが、テス君がいる…。テス君が…
僕が黙りこんだので心配したのか、テス君が僕を覗き込んだ
「ミンチョルさん、大丈夫ですか?」
「テス…君…」
「ゲロ袋あげましょうか?」
「…いらないっ…」
僕は、今日のテス君の鈍感さに、涙を堪えきれずに一粒流した…
テス、楽しむ
楽しいなっ楽しいなっチョンエも一緒だ楽しいなっ
うふふ。チョンエとお揃い(正確にいうとお揃いじゃないけど…)のピンクのタートル、嬉しいなっ嬉しいなっ
お義父さんとお義母さんにも親孝行できるし…誘ってくれたミンチョルさんに感謝しなきゃな〜
チョンウォンさんまでついてくるとは思わなかったけどねぇ
でもイナさんは、チョンウォンさんと仲良しみたいだし、よかった。元気を取り戻してもらいたいなっるんるん♪
あ…でもミンチョルさん、一人だ…
ま、いいか
ミソチョル連れてきたし…。(変わり者だと思ってないかなぁチョンエ…)
あ、またミソチョル抱きしめてる
寂しいのかな?奥さんも連れてくればよかったのにぃ
チョンウォン、作戦を練る
宿に到着したら、まずは温泉に入るだろ?その時にチェックするべきことは…
そうだ!確かめなくては!ミンチョルのぱん○を!
あのへーんなぱん○かどうか、確かめなくては!
それから…、彼は鍛えているんだろうか…。僕との勝負(花形対星、いや、星対花形だ!)に負けたくせに、それを認めない彼は卑怯者だ!
9回を投げぬいた僕よりも立派な体だったら…イヤだ!
風呂の後は…卓球勝負か?ビリヤードもいいな。負けないぞ!
それから…宴会だな。何か出し物を披露するのかな?宴会にはカラオケがつきものだ
歌うだろうか、イベントの時はよく聞こえなくてうまいのか下手なのかわからなかったから今度こそ確かめてやる!
それから…えーっと…酒を飲む勝負だ!負けないぞ!
それからっと…ああ、最初に「ユカタ」のサイズ勝負をしなくちゃな。ふふっ
僕は当然「大」だろ?テス君は「中」だろ?ミンチョルはどっちだろうな
あとはぁ…寝るときのポーズだ!
大の字かな?ての字かな?それともエビ型かな?
他にはえっとえっと、あっそうだ!何口でご飯を食べ終えるか!これが大事じゃないか!ふふふ。楽しみだ
それと…。立ち居振舞いにも注目しなくちゃな
どちらがより洗練されているか、これも勝負だ!
勝ってやる!見てろよ!
ミンチョルの呟き
途中で休憩したサービスエリアのトイレで、僕は、ミソチョルのオデコを石けんで丁寧に洗いながら、涙を流していた
「ミンチョルさぁん。そろそろ出発しますよぉ」
「ぐすっ…テス君のバカ…」
声に出さずにそう呟いた
「…あれ?どうしたんですか?涙ぐんでませんか?…そっか。すみません、僕たちばっかり家族で来ちゃって…」
「…いや、いいんだ。君が楽しいのならそれで…」
「…あの、今からでもご家族をお呼びになったら?」
「嫌だ!」
「…」
「あ、ごめん、声を荒げてしまって…さ、行こう。行こうねミソチョル」
『…きてるなぁ、縫いぐるみに話し掛けてるもん…』
「君の奥さんは、綺麗な人だね」
「え?えへへっ…そうですかぁ?…実はチョンエね、小さい頃はイナさんのことが好きだったんですよ」
「え?イナ?」
「ええ、でも、僕が…えへっ」
「…そうか」『イナとくっついとけばよかったのに!』
「えへっえへへっ」
「テス君、行こう!」
「あ、はい…」
僕は少しイライラしている。だからミソチョルをぎゅっと抱きしめた
シャツがミソチョルのオデコについた水で濡れた…
イナの心配
ミンチョルが変だ。他の奴等は気づいてないのか?絶対変だぞ。俺にはわかる
休憩からこっち、ずーっとあの『携帯耳切りギツネ』を抱きしめている
そんなに寂しいなら家族を呼べばいいのに…
「ミンチョル、お前も今から奥さん呼べよ」
「嫌だ!」
「どうして?俺に遠慮するなよ」
「遠慮などしていない。妻を呼んだら妻だけでなく、ソンジェも来るに違いない!」
「いいじゃないか。家族水入らずで過せば…。電話してみろよ」
「…嫌だ…」
「意地っ張り!ずーっとキツネ抱いてろ馬鹿!」
「馬鹿とは何だ!」
「…もういいよ、わかった。ケンカはやめよう」
「…」
『あーあ、キツネがキツネ抱いてるわ…しまったなぁ…』
ほら、変だろ?家で何かあったのかな?夫婦ゲンカかな?…夫婦ゲンカ…
俺達、したことなかったな…
ケンカしておけばよかった…そうしたら、もっとスヨンの気持ちをわかってやれたかもしれない…
「スヨンさん」
「はっ」
「と僕は、本当はニホンの温泉に行くはずだったんだ」
「チョンウォン…何を急に…」
「いや、温泉で思い出してね」
「…そう…」
「ああ、スヨンさんのことはもういいや」
「…」『だったら口にするな!いやな奴だ!』
「ところでイナ」
「…なんだ?」
「お前のぱん○はどんなぱん○だ?」
「はあっ?」
「教えてくれ。どんなぱん○なんだ?」
『こいつもおかしい…。いや、こいつは最初っからおかしいヤツだった…』
「教えてくれよ」
「なんで!」
「調べてるんだ」
「だからなんで?」
「僕にふさわしいぱん○を究明したいからね」
「…」『相手にしないでおこう』
「だから教えて」
「…教えられない!」
「なんで?」
「うるさいっ履いてないからだ!」
「…そうか…それがナウいんだな?」
「…本気にするな!」
「で、ミンチョルさんは?」
「は?」
「ミンチョルさんのぱん○は?」
「…ぱん○?」
「どんなぱ」バゴーン
俺はあんまり頭にきたんで、チョンウォンの後頭部に空手チョップをお見舞いしてやった
やっと静かになった…
やはりこいつは連れて来ない方がよかったかもしれない…
ミンチョルの呟き
とうとうついた。僕はもっとひなびた温泉を想像していたのに、随分ハデハデしいところだ
アミューズメント・パークと一体になった温泉保養地…とでもいうのか…
…はああ、疲れた
部屋割りを決めた
ああ、本当なら男三人(イナは邪魔だけど)で一部屋に泊り、友情を深めたかったのに…
テス君は、家族で一部屋…
そして残りのイナと僕と、チョンウォンが一部屋…
せめてチョンウォンとテス君とを入れ替えてほしい…
それか、せめて全員一緒の部屋…
そうだよ、女性陣は女性陣で、男性は男性で一部屋ずつだったらいいじゃないか!
イナにちょっとそう言ってみたけど、却下された
なんでイナにそんな事を決める権限があるんだ!ねぇミソチョル君
仕方ないから遊園地に繰り出すことにした
テス君のお義父さんとお義母さんは、ゆっくり温泉に入りたいというので、残りの若者組で行ってみた
(あの女が邪魔だ。テス君と腕など組んでいる!)
ミソチョル君、お留守番だよ。あの女がまた君を抱きしめたいなどと言い出すと困るからね
イナ、苦悩する
ミンチョルはおかしい。部屋割りを「男部屋」と「女部屋」にしろと、充血した目で言ってきた
テス君たちは家族旅行もかねているのだからそんな部屋割りは有り得ないと言うと、しばらく俺を睨んでプイッと後ろをむき
『携帯耳切りギツネ』の縫いぐるみにブツブツ何か喋っていた
おかしいと言えばチョンウォンもやたらとおかしい
「寝る時は僕はミンチョルさんの隣がいいです!」
と、俺に言う。何故俺に?ミンチョルに言えよ。俺は別に『班長』じゃないんだしな…
部屋でこんなおかしな二人を相手にしていると気が滅入りそうなので、(だが寝るときはこの二人と一緒だ…
あ、俺だってチス叔父貴とは親子同然だった…。はっ、そうだ!寝る間際になったら、あっちの部屋に行こう!そうしよう!)
とにかく、併設のアミューズメント・パークに行くことにした
テス夫妻と一緒だ。ミンチョルはすげー上目で二人を睨んでたけど…おかしいよな…
やっぱり夫婦仲が良いのが羨ましいのかな?俺だって羨ましいけど
それにしてもすんげー遊園地だな。楽しそうだ。テス君達はさっそく乗り物に乗っている
あ…またミンチョル、キツネ顔になってるわ…
あいつらと別行動しようって誘ってるのに、上目睨みのまま、動かない
危ないのでほおってはおけない
チョンウォンがさっきからうるさい
やれ『あれに乗って勝負しよう』だの『あれの乗り場までどっちが速いか』だの喋っている
ミンチョルは聞いてない。ずーっとテス君たちを目で追っている
テス君は無邪気なもんだ。睨まれているとも知らずに、ミンチョルの方に回ってくるたんびに手を振っている
え?何に乗っているかって?それは…
…ああっあの馬鹿…
テスの叫び
チョンエと一緒にメリーゴーランドにのってたんだ
そしたら、いきなりミンチョルさんが飛び込んできて僕の手を掴んで引っ張った
落ちるじゃん!やめてほしいよ
その時はびっくりしちゃって声も出ず、チョンエも驚いて目を真ん丸にしてた
真ん丸の目がカワイイ、えへっ
「降りるんだ!降りろ!」
「へっ?なんで?」
「親睦を深めよう!」
「へっ?」
「せっかく温泉に来たんだ!そろそろ温泉に行こう!」
「だってまだ一つしか乗り物のってないぁああっ」
ミンチョルさんはものすごい力で僕をひっぱっていく
チョンエ〜助けて〜チョンエ〜
チョンエは固まっている。そりゃそうだろう…
ずるずると引っ張られる僕を見つけて、イナさんが飛んできた
「ミンチョル、何してんだ!」
「テス君と親睦を深めるんだ!」
「…おい、落ち着け、テス君は奥さんと遊んでるんだぞ」
「奥さん?僕のミソチョルちゃんに口紅をつけやがったあの女のことか?」
「…落ち着けよ…」
「…ふうっ…すまないテス君…だが…君とあのおん…いや、奥さんとは、夜寝る時に一緒…ううっ…だろう?
その時に奥さんと親睦を深め…ううっ…ればいいじゃないか…。だが僕とは…僕とは…」
「み、ミンチョルさん、落ち着いてください…」
「ううっうううっ」
「あの、泣かないでください」
「泣いてなどいない!目にゴミが入っただけだっ」
「…」『あー、センセイ〜。センセイに同行してもらうんだったぁ…』
「僕とは…昼間、一緒に乗り物に乗ったり、温泉に入ったり、ランチや夕飯を食べたり、ゲームしたり…そんな事でしか親睦できないんだぞ!」
「いや、僕、家族旅行も兼ねてるから、そんな事は家族でしたいなぁって」
「君は!わかってない!」
「え?」
「これは元々社員旅行なんだぞっ!」
「…」『だって、社員旅行っつっても、4人しか社員いないじゃん!』
「社員同士の親睦を深めるのが目的なんだぞっ!」
「…お、おい、ミンチョル…。お前いっぺん部屋に帰ってあのキツネ抱きしめてきたら?」
「嫌だ!今抱きしめたいのはテス君だっ!」
『あーあ、はっきり口にしたよ、こいつ…。危なすぎるよ…』
「嫌です!チョンエの前で僕に抱き着いたりしたら、僕、ミンチョルさんと絶交しますからっ!」
「はっ…」
「いいですね?温泉は一緒に行っても構いません。でもあと2、3個乗り物に乗りたいし、僕はチョンエと遊びたい!
いつもいつも夜遅くにしか帰れなくてチョンエに寂しい思いをさせてるんです!
今回の旅行はそんなチョンエをいたわりたいっていう気持ちから参加したんです!邪魔しないでください!」
「…テ・テスく…」
ミンチョル、涙目になって走り去る
「テス、よく言った。本当にあのテス君か?はっはっは。偉いぞ!…しかし…
あいつ、イベント前からずうっと変だったけど、お前の言うことだけはよく聞くみたいだな」
「ちょっとキツかったかなぁ」
「いや、でもお前、『温泉は一緒に行く』って言ったろ?いいのか?」
「え?どうせみんなでワイワイ入るんでしょ?」
「まあ…それはそうだが…。…俺がなんとかガードするから、あいつを挑発するような事だけはするなよ」
「挑発?ミンチョルさんを?僕が?どうやって?」
「…うーん、それが解れば対策も練れるんだがなぁ…。お前の何に反応してるのか、よく解らないんだよ…」
「は?反応?何言ってんですか、もう。イナさんも変ですよ。それより一緒に遊びましょうよ」
「…いや、テス、ミンチョルがどこからか見てるかもしれないから辞めとく」
「は?見てたって構わないでしょ?」
「いや、きっと後からネチネチうるさいと思うから…。それより、頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「お前の事は、出来る限り守るから、夜、寝るとき、チス叔父貴の隣でも、廊下でもいいから俺の分の布団、敷いといてくれないか?」
「え?」
「…俺、あいつとチョンウォンと一緒に寝るの嫌だもん…頼む」
「はあ、そうですね。イナさんは家族同然ですもんね。いいですよ。任せといてください」
「よし。頼んだぞ」『よかった。これで夜は安心だ。でもテスの奴、あんまり危機感持ってないのかなぁ…。風呂場に行くの…嫌になってきたぞ…』
「じゃ、僕チョンエともう少し遊んでから部屋に行きますね〜」
「ああ、ゆっくり遊べよ。2、3 個なんて言わずにもっと一杯乗れ。夕食前にササッと一風呂浴びよう、な、それがいい」
「そうですね、じゃあ夕方〜」
か
僕はやっとチョンエと安心して遊べることになった。固まっていたチョンエに事情を話すと、ニコッと笑って(笑った顔がカワイイ、えへっ)
「なあんだ。あの人、あなたと仲良くなりたいのね?そうかぁ、ちょっと危なそうだけど
でもあの『携帯耳切りギツネ』ちゃんを貸してくれたら、あなたを貸してもいいわよっ」
「えーっ僕、縫いぐるみと同じ価値なのぉ?」
「うふふ。ウソよぉ」
「もうっチョンエったらぁ」
ああ、しあわせだ
ミンチョルさんはちょっとコワイけど、イナさんがなんとかしてくれるって言うし
でも夜、イナさんの布団を敷かなくちゃ…。ほんとに廊下でもいいのかな?
イナの決断
俺は決めた。この旅行中はミンチョルからテスを守る
そうでもしてないと、ふっとスヨンのことが頭をよぎるからな
あの馬鹿は泣きながら走り去ったけど、どうせ部屋であのキツネを抱きしめてるんだろう…
とにかく、風呂が問題だ…
あれだけキツくテス君に言われたんだ。少しは落ち着くだろう…
とりあえず、部屋に戻るか…
温泉…
まったく。部屋に帰ったらミンチョルはやっぱりあのきつねを抱きしめたまま
「テス君はまだなのか?」
ってうるさかった。まだ2時だってのに…
テス君が帰ってきたのは4時過ぎだ
もっと遊んでてもよかったのに
え?俺?…二時間ずうっとミンチョルを観察してたよ
テス君のどこがいいのか聞き出そうとしたんだけど、よくわからないんだ
まあいい
そしてやっと(ミンチョルお待ちかねの)温泉だ
俺はさりげなくミンチョルとテスの間に立ってガードしていた
ミンチョルが睨み付けているのが解ったが、そんなこと知るか!
お湯に浸かった。いいお湯だ
でも俺は、片時もテス君から離れられない
アメリカでファルコーネのボディガードをしていてよかった
つかず離れずの距離を保ちながら護衛する術は身についているからな
ミンチョルは、不服そうだったが、テス君がニコニコした顔で何か言うたびに、和やかな表情になっていた
わからん。何に反応しているんだか…
だがテス君がチョンエの話をしだすと、キツネ顔になる
それを察したのか、テス君はこんな事を言い出した
「チョンエがね。『携帯耳切りギツネ』と僕とを交換しましょうって」
「え?」
「あの『携帯耳切りギツネ』の縫いぐるみを一日貸してくれたら、僕とミンチョルさんと一日遊んでもいいっていうんですよ。ひどいでしょ?」
「なんてひどい!」『ミソチョルちゃんを人質にとるつもりか!』
「ねぇ、僕は縫いぐるみじゃないんだから!」
『そうだ!どちらも僕にとっては大切な宝物なんだからなっ!でも、だが、…ううう…』
「二泊三日ですよね?予定では…」
「はっ…そうだ!三日目に貸す!(丸一日ミソチョルちゃんを貸すなんて無理!)
そしたら(半日だけど)僕はテス君と親睦を深められるな(二人っきりで…)」
「え?はあ…まあ…」
「そうしよう。三日目に貸す!そうあのおん…奥さんに伝えてくれたまえ」
「は…はあ…」
しらないぞ。三日目、何されても知らないぞ。そこまで俺はテスを守りきれないからなっ
ああ、でも、三日目は…
「ひどいです!」
「ん?」
「みなさんひどいです!僕を置いてさっさと温泉に行っちゃうなんてっ!」
凍り付いた表情の(…こいつの場合、表情が読めないんだが…)チョンウォンが風呂場にやってきた
「ああ、お前どこに行ってたんだ?」
「みなさんとはぐれちゃったから、バンジージャンプのところに行ってました!」
「ふーん、他にはどこか行かなかったのか?」
「え…あ…医務室…」
「医務室?ケガでもしたのか?」
「…いえ…ちょっと。…笑うな!テス!」
「あははっすみません。瞑想…でしたっけ?チョンウォンさん?プッ…」
「笑うな!…そう、ちょっと瞑想を…」
「…テス君、チョンウォンと親しそうだね」
「は?ミンチョルさん、いえ、親しいだなんて…別に」
「あんまり近寄ると馬鹿がうつるよ」
「なんだって!ミンチョルさん、失礼じゃないか、僕に負けたくせに!そうだ明日はあなたもバンジージャンプしましょう!」
「いやだよ、髪が乱れるから」
「…あっ、しまった!あんたのぱん○を見逃したじゃないか!」
「?」
「くそう。あっでも着替えのばん○はあるんだな。出るときは一緒に出るんだから!僕だけ置いていったら承知しないぞ!」
「何言ってんだ?」
ああ、またややこしいのがややこしいことを言い出した。のぼせそうだ
俺はテス君に耳打ちして、そっとお湯から出た
それに気づいたミンチョルも慌てて出てきた
チョンウォンは、気づいてない
何故気づかないんだ。やっぱり馬鹿だ
温泉を出て夕食を取り(やはりチョンウォンは遅れてきて文句を言い続けていた)、それから全員で飲みに行って、部屋に戻って寝た
ミンチョルは、ブツブツ言ってたけど、キツネを抱きしめながら眠りに落ちた
チョンウォンは、ミンチョルの寝顔、寝姿なんかをデジカメに撮り出した
俺は寒気がして、そおっと隣の部屋に移った
テス君、ありがとう。ドアを開けた廊下に、俺用の布団が敷いてあった…
寂しいな…。少しミンチョルの気持ちがわかったような気がするぜ…