ウシクのささやき
朝からミンチョルさんがイライラしている。いや、初日からおかしかったけども…
でも、昨日は随分落ち着いてて、とてもスッキリした顔で雑事をこなしていたぞ
そういえばテス君がオーディションを受けてたなぁ
ミンチョルさん、最近テス君を見るととても嬉しそうに笑う
まあ、テス君は周りを和ませる不思議な力があるもんな。だからテプンもついついおやつを貰いに行っちゃうんだろう
そうそう、ミンチョルさんのイライラね
昨日の帰り、控え室から大量の『割れ物』と書いた袋を持ってきたな、ミンチョルさん
ワイングラスでも割らしたのかなぁ…
今日は、口を開くたびに「オーナーはまだか!」ってうるさい
電話したらどうですか?というと
「してる!すぐに切るんだ!」
ってまたイライラ
そう言えば腰に手を当てて、携帯電話どこかにかけてて、耳元でパンって閉じてたな、何回も…
オーナー、イベント楽しみにしてたんだろうに、なんで最終日までこないんだろうな
あ、そうそう、お客様からのたってのお願いがあって、好評だった講演を追加でやることになったらしい
選ばれたのはもちろんミンチョルさんの「愛と絶望を知ってから」
それから、聞き逃した人が多いとかで、イナさんの「家を建てるなら」が追加された
これは僕の講演の前に入るらしい。時間押しちゃうよぉ
僕ってこの講演ぐらいしか目立つところないんだけどなぁ…。まあいいか。楽しいし
けど、追加講演するって聞いたイナさんの顔色が悪い
油断してるとすぐ妙な格好で倒れてるし…。大丈夫なのかな?
イナさんも朝から随分ピリピリしてるよ
もうすぐ開場時間だ。オーナーは来たのかなぁ。最終日、思いっきり楽しもう!
テス、愚痴る…
昨日はせっかくイナさんのテコンドー教室に参加しようと思って胴着も持ってきてたのに、ミンチョルさんから電話があってオーディションを受けさせられた…
歌は下手なのに…
結構たくさんの人が来てた
あれ?そういえばチョンウォンさん、『絶対一位になる』とかいって張り切ってたのに姿が見えなかったぞ?なんでかな?
かわりにチョンウォンさんのお父さんが、ちょっとだけ来てた
なんというか、場違いな衣装で演歌を歌ってたな…
あと、先生のところで会ったことのある、首にシワのある怖そうな女の人が、スパンコールいっぱいついたパンツと羽根羽根のストールを持って
これまた訳の解んない演歌調の歌を歌ってた
それからマイケルさんが『マイケル・サンバ』を歌い踊ってた
とても上手でびっくりした
けど、並んでいた『マツケン』という人が、『私と被る!』とかいって怒ってたな…
僕の番になった…
僕は『世界に一つだけの花』を歌った
ミンチョルさんは、僕がステージに立つと、ものすごく優しい顔でニコニコ笑ってくれた
でも急にキツネ顔になってあたりをキョロキョロ見回して俯いたんだ
何かあったのかしらん?
けど僕が『なんばーわんにならなくても〜いいぼーくはヘルプでおんりーわん』って歌ったら、ハッとした顔で僕を見たんだ
目に涙が浮かんでた。…何で?…笑って欲しかったのに…
まあいいや
昨日参加できなかったテコンドー教室に行ってみた
…
またあの首にシワのある人が来てた。最前列にいた
イナさんは、やりにくそうだったし、それにやっぱり元気がなくて、時々ハアハアいって胸を押さえてた
大丈夫かなぁ…
前に行って助けようかな…と思ってちょっと歩き始めたら、イナさんが鋭い目をして立ち上がり、僕を一番後の列に押し戻した
なんだ、元気なんじゃん。よかった
「テス、最前列に危険な毒ヘビがいる」
「ど、毒蛇?」
「ああ、女のカタチをしているが、猛毒を持った毒蛇だ!」
何を言っているんだろう?
「いいな、ここを動くんじゃない。今日君は僕のプレゼントした胴着を着ているだろう?それはその毒蛇に一番狙われる胴着だ!」
「えっ、こっこれが?」
「そう。とにかく後にいて狙われないようにするんだ!いいな!」
「は…はい…」
「ちょっとイナくぅん、アタシにも手取り足取り教えてちょうだいよぉ〜」
「いかん、毒蛇が呼んでいる。俺がなんとかやっつけるから、お前、くれぐれも目立つんじゃないぞ!」
「は…はい…」
イナさんが僕の前に立ちはだかってくれたので、毒蛇からはなんとか逃れられた
終った後も、一番にシャワー室に行って胴着を脱いでシャワーを浴びた
怖かった
イナの苦悩
…。なぜだ!
追加講演なんて聞いてない
…。それも、ラストの一本前
多分スヨンがいる時間だ…。目立ちたくなかったのに…
しかもテーマが「家を建てるなら」だ…
あの思い出の家…。俺はベストチョイスだと思ってアソコに建てたのに、スヨンにとっては…
『風がきついわ。きついのよね〜』
いつもそう言って遠い目をしていたな…
『修道院にいた頃から、景色はいいけど台風の時は怖かったのよ、ここ』
そうも言っていた
そして、あの大型台風の日…。家が飛んだ…
命からがら逃げだした俺達…
スヨンは無言で俺についてきた
けど、安全な場所に来たとき、『風当たりがきついのはもうイヤよ…。さようなら』
そういって去っていった…
何故だ…
ああ、あの悲しい思い出が、蘇る
スヨンに聞かれるかもしれない。聞いてほしいようなほしくないような…
うう…。ううううっ…。苦しい。切ない
でもイベントをこなさなくては…
テソンの頑張りには頭が下がる
あいつは相当の自信をつけただろう。笑顔は少ないが、『自分を押さえられる…
いえ…正確に言えば、もう一人の自分を押さえられるという確信がもてました!』
と言っていたしな…
それに、テジンも、木工教室をやって、『やっとホジンとして認められた』とか言っていた
『テジンと呼ばれようがホジンと呼ばれようが関係ない。僕は僕です』と嬉しそうだった
ああ…。俺も頑張らなくては…ううっ…
そうだ。こういう時は違うことを思い出そう…。何かないか…
ああっそうだった!すごい危機があったんだ!
テスの奴、気をきかしたつもりかもしれんが、すんげえニアミスだったんだ!
あのミミという女、今日テコンドー教室に来たんだ
その、『夜の女』みたいなヘアスタイルで、テコンドーをやるってのか?と心で呟いたぞ、俺は!
「ミンチョル君にしてもらったのよぉん、いいでしょう?」
「ミンチョルは、あなたがテコンドー教室に参加すると知ってその髪型に?」
「そうよ〜。『あなたは少し崩したアップの方がお似合いでしょう』って。ウフッあの子、なかなか器用よぉ
30秒でやってくれたの。ふふっ」
「そうですか」『ミンチョルのやつ、できるだけ触らないようにしたんだな!』
そしてあの女は最前列の、俺の真ん前に立ちやがった!
その時、一番後ろにバーバリーチェックの不思議な物体が現れたんだ
『げっ、テス…』
僕は、今動くとこの蛇女があの胴着に気がつくと思って必死で目で合図したのに、テス君は気づいてなかった…
それで、途中で型を教えに行くふりをしてテス君をあの女から見えないところに移動させ、そして『毒蛇に噛まれる』と脅しておいた
ハラハラさせるんじゃない!ただでさえずーっと心臓がバクバクしてるんだ!
とにかく、あと少し…
火山ショーはワインテイスティングが終ったころから始まるらしい…
見に行こうかな…いや…。なんだかその頃ミンチョルが何かを手伝えと言っていたしな…
でも…見に行こうかな…いや…やはりミンチョルを…
一個だけ水仙の鉢植えを残してあるし…渡そうかな…いや…
ミンチョルの焦り
オーナーが捕まらない
いや、電話には出るんだ。でも『もうすぐ行く』と言ってすぐに切る
僕はイライラしているので何度も電話してしまう
後にいたウシクが「五分ごとにどこに電話してるんですか?」と言った
しかし、間に合うのか?まだ時間はあるが、早く現物を見て安心したい
木槌は用意した。昨日『ポラリス』のミニョン君が届けてくれた
ああ、彼はなんてタートルが似合うんだろう
タートルといえば、昨日は焦ったぞ!
テス君をオーディションに参加させたんだが、その時ピンクのタートル(僕がプレゼントしたやつ)を着ていた
かわいいところがある。だが、あのミミもオーディションに参加していたのだ!
見つかったらヤバイ。何と言ってごまかそう…
テス君のタートルに気づいてから、僕は俯いてそればかり考えていたんだ
そしたらテス君の歌の一小節が耳に届いた
『ナンバーワンにならなくてもいい、僕はヘルプのオンリーワン』
テス君…。君は何て『身の程』というものを弁えた人なんだ!
あの訳の解らないチョンウォンと比較して、僕はテス君の謙虚さに感動してしまった
ハッとして顔を上げると、テス君はいつもの顔で僕の方を見ていた
自然体…
テス君、君は…君は本当に僕に色々な事を教えてくれるね…
そう思ったら涙が込み上げてきた
幸いピンクのタートルは、ミミにはばれなかった…
それにしても遅い!間に合うのか!早く実物が見たいんだ!イライライラ
テソン、張り切る
充実している。私は最高に充実している
昨日、私の講演を、多数のお客様が聞きにきてくださった
こんなに嬉しい事は未だかつてない
私が講演の終りに「誰にでも異常な部分がある…という事を知っていてほしい」と締めくくると
派手な和服姿の、チョンマゲを結った男の方が立ち上がり、笑顔で拍手してくださった
マイケルさんかトファン会長だろうと思っていたのだが、違う…
その方は、チョンマゲ髪に、ところどころ錦糸銀糸のモールのような物を飾っていらした
あの飾り方…いいセンスだ
今度お客様に船盛りなどをお出しする時に、ああいうきらびやかな物を飾ると喜ばれるかもしれない…
今日は最終日だ
イベントが終るのが寂しい
変身ショーも板につき、私はもう一人の私を完全にコントロールできるようになった!
この事は今後の私にとって大変な自信であり、また、私の長い間の孤独をも打ち破る出来事となった
うまくいけば、『恋愛』なども体験できるかもしれない…。いや、子供の頃から憧れていた『結婚』
そして『家庭』を持つという事だって…
…いや…。まだまだ慎重にいかなくては…。いつ何時『女の色香』を嫌ってアイツが出てくるか解らない
私にとって理想的な女性…。そう、あの方がもう少し若ければ…
あの強烈な個性と、そして独特の気を持ったあの方が…。若ければ…
テプン、やきもきする
まったく!紅白試合だってぇのにあのキツネの野郎、どこいったんだ!
代打で出ろっつったのに、もう9回裏だぜ!
ずーっと電話してんのに、話中ばっか!バカギツネ!
ん?何だよアイツ。一応責任感はあるんだな?電話しながらユニフォーム持ってこっちにくるじゃんか
「遅いよチーフ。待ってたんだ、チーフがでなきゃお客さんが承知しないんだからさ、早く着替えて電話置いて
ほら、一打席だけだからさ!あんたお客さんのチームなんだからなっ」
「くそう、まだか」
「え?どうしたの?」
「あ…いや。オーナーが捕まらなくてな」
「オーナー?さっき裏にいたよ」
「なにぃっ何故僕にすぐ連絡しない!どこだ!どこにいる!」
「チーフってば、先に代打に出てよ、早く、着替えて!あーもー急ぐからその上に直接ユニフォーム着ちゃっていいよ
ほら、ボタン留めてやるよ、もう」
「こんなことしてる場合じゃないんだ!オーナーを…オーナーを…」
「すぐ済むから!ほれ!行け!」
『9番、代打、花形ミンチョル』
きゃ〜〜
すげー歓声だ。やっぱりウケたぜ、花形満
あやー、何も言わなくてもちゃあんと『ホームラン宣言』してるわ〜。やるなぁ、あのキツネ(^^;;)
おっ、構えもかっこいいじゃん?やっぱ、やるときはやるね、あの人は…
さあ、2−3になっちゃったよ。どーするよ。打つかな?打ったりして…
…なわけないか…。やっぱし空振りだわ。思いっきり…
あーあ、かっこつけて倒れこんだなぁ…。ん?助け起こされるの待ってんのか?
ばーか。自分で立てよ、ばーか
「ふうっ。これでいいのか?打てなかった。すまない。打てていたらもう少し客も湧いたろうに…」
「いや、いいんですよ、チーフ。何もかもかっこよかったっす。倒れかたも…」
「ん?そうか?少し間を取りすぎたかなと思ったんだが…」
『…間だったのかよ…』
「それにしてもあのピッチャー、良い球投げるな」
「ああ、あいつ、どうしてもチーフと勝負したいって、ずーっと投げぬいてたんですよ。かなり球威も弱くなってたはずだけど…」
「ふうん?僕と勝負したいなんて、変わった人だなぁ。まあいい。これでいいんだな?でオーナーはどこだ?」
「さっき裏で見かけたよ。なんかでっかい物と一緒に」
「そうか!ありがとう!」
チーフはえらく嬉しそうに走っていった
そしてピッチャーのあの御曹司は『花形ミンチョル、星チョンウォンに破れたり〜』と叫んで泣いてた
結局お客様チームの赤組が勝った
泣いたチョンウォンが、甘い球とフォアボールを連発したからだ…。ばーか。フン
オレは勝ちたかったのに…
イナ、挙動不審
講演会の時間だ。スヨンも会場入りしたらしい。ううっ
ミン・スヨン様の控え室にこっそり忍び込んで、鏡の前にあの水仙を飾っておいた…
気づいてくれるだろうか…。いや、気づかなくても構わない!
それと、彼女の好きなミルクも鏡の前に置いておいた
一応、さりげなく、講演会のチラシも置いておいた
『追加公演決定』というチラシだ
気づくかな…いや、気づかなくても構わない!
あと、俺のやっている教室の案内書も、さりげなく壁に貼っておいた
見てくれるかな?もしかして教室に参加してくれたりするかな?
ああ、でも、仕事で来ているんだから…
でも、もしかしたら、覗いてくれるかもしれない
ああっどうしよう。覗いてくれたら…。どうしよう
もしも、もしもあの天使のような微笑みを向けてくれたりしたら、どうしよう
そして『もう一度やり直しましょう』なんて言ったりしたらどうしようっ!
で、でも
…シカトされたら…
水仙も捨てられたら…
チラシも何もかも、ゴミ箱に入ってたら…
ううっくっ苦しい。切ない。つらい。会いたい。会えない。っくうっ
大願成就?
「オーナーッ!」
「ああ、ミンチョル君。やっとご注文の品、できあがったよ」
「有難うございます。ちょっと見せてください」
「ああ、いいよ」
被せてある幕を取るミンチョル
「うわあっデカいっ素晴らしいっ有難うございます!オーナー」
「これ、叩き割るの?」
「は、はい。作って頂いてなんですが、ショーのラストを飾るためにどうしても必要なんです」
「ふーん。そ。いいけど」
「もう木槌も用意してあります。きのう『ポラリス』のミニョン君が届けてくれました」
「私が頼んでおいたんだよ。特注のピ…いや、木槌だ」
「有難うございます。思いっきり割らせていただきますよ!」
「火山ショーの最後のバクハツに合わせて割るのかね?」
「そのつもりです」
「私が合図を出すからそこでピ…木槌をフクスケに当てるんだぞ」
「…は?オーナーが?…こういうことはソンジェがでしゃばると思ってたんですけど…」
「ソンジェ君は火山ショーの音響で忙しいから、きっかけのキューは私が出すことになった。いいな」
「は、はい。解りました。で、これはどこに置いておきましょうか」
「うん、この台座ごと運べるようにしてあるから、ここに置いておいていいだろう」
「見つかりませんか?」
「大丈夫だ。ちょっと知り合いのチャン理事というイカツイ男に見張りを頼んであるから」
「は…何から何まですみません」
「うん。ああ、ミンチョル君。きみ、いくらイライラしてるからって、5分ごとに電話はしないでくれよな、はっはっはっ」
「は、すみません。では持ち場に戻ります」
「はっはっは…はっはっは」
ラストスパート、ミンチョル
やったぞ、やっと来た。巨大だ。割り甲斐あるフクスケだ。3mはある!
あと少しだ
昨日も今日もあの女、ミミがヘアをしてちょうだいっと言ってやってきた
昨日は『オーディションを受けるから、この髪型に』と言って昔の写真を出してきた
首のシワはこの頃から変わってないな。鼻も…フン
適当にスプレーして、ブラシで梳いて終り
触りたくないから
今日はテコンドーに行く前にやってきた。アップにしろという
首が目立つぞ
今日も適当にスプレーしてそこらへんにあったピンで留めておいた
崩れても知らない
テコンドーの後にシャワー浴びたからまたやってぇん、と来た
二つに分けて、耳の上でキュッとくくってやった
似合わない…。すごい…
だがミミは喜んでいた
しかし、またまたやってきた
今度はカルメン風にしてという
カルメン?ああ…それなら…とただ単に髪をおろさせ、赤い薔薇を髪に刺してやった(刺はとってない!わざとだ!)
ミミは大喜びだった。喜ばせたくはないが仕方ない
もう一本薔薇をやると、刺がついているのにちっとも気にせずさっと咥えた
刺さってるぞ、鼻に…。痛くないのか?
…そうか…痛くないのだ。アレだから…
さあ、もう少ししたら講演だ。そしてマナー、ワインのあと、いよいよ、オーラスだ!がんばるぞっ
マイケル、目覚める
昨日オーディションで『マイケル・サンバ』を歌い踊った
それで私は気づいた
今日は三人でスペイン風に決めたい
いや、メキシコ風か?
よく解らないのだが、ソンブレロを被り、ギターを弾きながら会場を歩くのだ、三人で
トファン会長に提案すると、会長は破顔一笑、握手を求め、そしてわれらのアイドル、ミミさんに相談をもちかけた
ミミさんにはもちろん情熱の女性、カルメンをやってもらいたい
ん?カルメンはメキシコではない?やはりスペインか?そしてサンバはメキシコでもスペインでもない?
そんなことはどうでもよい
ただ私は『トリオ・ザ・カルロス』などといった、ソンブレロを被り、ギターを弾いて歌う、あの人たちのようにしたい!そう思っただけだ
ミミさんには華やかでいてほしいから、やはりカルメンだろう
ソンブレロとカルメンは合わない?
はっはっはっ何をおっしゃるか
我々三人は、『ミスマッチを極めている』と言われているのだ
それに、きのうのオーディションで私に文句をつけてきた『マツケン』という男、あの男はニホンのキモノを着ていながらサンバを歌い踊ったのだ
あの男を見て、私ももっと常識に囚われない生き方をしなくては!と目覚めたのだ
ミミさんは、流石に頭のいい女性だ
すぐに私の主旨を理解してくださり、それまでしていた女子小学生のコスチュームを、直ちにカルメン風に変えてくださった
(女子小学生コスチュームは、大変似合っていて、愛らしく美しかった…。今度三人で会う時は、またそのコスチュームで来ていただきたいものだ)
そうして私たち三人は、最終日のイベント会場を『トリオ・ザ・デラルス』(意味などない!ただ勢いでつけただけだ!)として流してまわった
大変好評だったように思う
なんて楽しい仲間。一つの目標に向かって、こうして力をあわせて表現できる仲間がいるなんて…。私は、初めてイナに感謝の気持ちを感じた
あと少し…
今ワインテイスティング教室にいる。あと一時間でここが終り、いよいよオーラスを迎える
準備は大丈夫か?
フクスケの運び込みや木槌の用意などはオーナーが任せろと言っていたが、信用していいのか?
少し不安だがなんとかなるだろう
ところで、イナが絶不調だ…
講演の時も、随分顔色が悪かった。呼吸が苦しいのか、時々言葉に詰まっていたし、涙ぐんで客席を見つめたりしていた
その度にソンジェが「初めて出会った日のように」を流すものだから、僕もイナがストップする度についつい
「オ〜ンジェ〜ンガノル〜タシマンナ〜グナリ〜オミョ〜ン」と、サビの部分を歌ってしまった
しかし、ソンジェはどこにいたんだろう。音出しがバツグンにうまい。そこは認める!
だが…。昨日も今日も、やはり何度も僕の教室を訪れ、なにやかやと口出ししていった…
チビフクスケは、昨日全て割ってしまったから手が震えるほどイライラしている
しかし後少しであの巨大フクスケを叩き割ることができるんだ!
ソンジェ、僕はその瞬間をお前に、お前に一番見てもらいたい!フフッフフフッ
はっいけない…。ニヤけていてはいけない。気を引き締めなくては…
それにしても最終日まで、このワインテイスティングの教室には、濃い連中ばかりが連日集い、一般のお客様が遠巻きにして見ている状態だった…
申し訳ないことだ
メキシコ風の衣装にギターを抱えた二人の男と、踊り狂う女の三人組が、教室が始まる前からいて、一般客からリクエストを受けていた
誰かと思ったら…
関わり合いになりたくない奴等だった…。放っておこう…
「ありがとうございます。私たち三人、『トリオ・ザ・デラルス』は、今後BHCのショータイムで皆様にお目にかかることになりまぁっす」
なに?!何を勝手な…
…。と、とにかく、あいつらの対策は、イベントが終わってから考えよう…
『ルルルル…ルルルル…』
「ミンチョルだ」
「兄さん?もう少しで終りだね。今からそちらへ行くよ」
「…お前、大事な火山ショーを控えてるんだろ?暇なんかないんじゃないのか?」
「30分ぐらいなら大丈夫さ。火山ショーが終ったらすぐにヨンスさんやミンジを家に送っていかなきゃならないから、今しかないし」
『…お前が送らなくてもいい!』
「それに接待しなきゃいけなくなっちゃってさ。じゃあ、3名分の席を用意しておいてね」
「3名?接待?ソンジェ、ソン…」プーップーップーッ
…
パンッ。痛っ
…勢い余って少し耳を挟んだ!
接待?なんで貴様が接待するんだ!ホ○トでもないくせに!いや、ホ○トになんてなれないくせにっ!
絶不調…
講演の前に、もう一度『ミン・スヨン様』控え室の前に行った
中から笑い声が聞こえてきた
ああ…鈴の音のようなあの天使の笑い声…。ん?もう一人いるな…男だ!だれだっ!
必死で鍵穴から覗こうとしたが、鍵穴などなかった…
俺はドアに耳をつけ、神経を集中して中の様子をうかがった
誰だろう、俺の知らない奴か?あまり聞いたことのない声だ…
大福餅のような、甘くて優しい、粘ついた声…。誰だ!まさかチョンウォン?!
「イナ、何してんだ?」
「はっチョ、チョンウォン!」
「スヨンさん、来ているんだろう?挨拶しないのか?」
「うっくっ」
「あっ…イナ、イナっ」
俺は、苦しくなって自分の控え室に戻った
講演が始まるまで、ずっと泣いていた
講演のとき、会場に天使の姿を見つけてしまった
一番後でひっそりと立っている…
聞きにきてくれたんだ…
俺はしばらくスヨンの姿に見とれていた
ああ、俺の頭の中を音楽が流れている…。また涙が流れそうだ…
いかん、講演中だ。しっかりやらなくては。しっかり仕事をしている姿をスヨンに見せなくては…
俺は講演を続けた
そして、ふとスヨンの両側に目をやった
チョンウォンがいる。あの野郎!いつもと違って満面の笑みだ!
もう一方には…誰だっけ…あ、ミンチョルの弟だ!
何故あいつが?
俺はまた止まってしまった…
あまり長く止まっていたので、会場がざわつき、俺の後に話をするウシクが舞台の袖から俺に声をかけてくれた
俺は、混乱しながらも講演を続けた
どうにかこうにか講演を終え、スヨンを見ると…もういなかった…
仕事で来ているんだ…。別れた俺に会いにきた訳じゃない…
苦しい。切ない…
そう思いながら控え室に戻ると、俺の鏡の前に…
「イナ!お前の商売道具がへんなとこに置いてあったぞ!」
「へ、へんなところ?」
「そうそう、誰かしらない人の控え室の鏡んとこ。まだその人来てなかったんだぜ。おかしいだろ?
お前うっかり盗まれたんじゃないのか?全く悪いことする奴がいるよな!それに牛乳が置いてあってさ
誰もいない控え室だぜ、気持ち悪いから捨ててやったよ!それに鏡の前とか壁とかにチラシがばら撒いてあってさぁ」
「…」
「片づけといた!」
「…そうか…お前、そんなに暇だったのか、テプン…」
水仙もチラシも牛乳も…スヨンは目にしてないのか…。ああ…
接待
「兄さん、お待たせ」
『待ってない!』
「席、どこかな?」
『あっちいけ!』
「もう…兄さん、ちゃんと言葉で説明してよ。あごでしゃくったり手で指示したりしたってハッキリした場所、解らないだろ?不親切だよ!」
「…失礼しました!あの13番テーブルへどうぞ!」
「13番?そんな嫌な数字使ってるの?無神経じゃない?」
「…冗談だよ…」
「兄さん、僕は接待だって言ったろ?冗談を言う状況かどうか、ちゃんと判断してよね!そりゃあ疲れてるのは解るけど」
「…すまない」『うるさい。とっとと座れ!』
「全く、愛想がないんだから!よくホ○トができるよ」
「さあ、どうぞこちらへっ…て、ヨンス!君…」
「なんだか久しぶりね、室長」
「ほ…ほんとだ…何時間ぶりだろうね…」『一時間ごとにチェックしに来てるくせに!』
「今日はソンジェさんがお疲れ様会だって誘ってくださったのよ。とても嬉しいお誘いだわ」
「そう…よかったね。ソンジェの奴、接待だなんていうから…」『あの野郎!』
「そうよ、本当のお客様がいらっしゃるのよ。さあこちらにどうぞ」
「失礼します」
ガチャーン
「ん?誰かグラスを割らしたみたいですね、さあ、どうぞソンジェのいる場所に…」『どっかで見たことのある女だな…
なんだかちょっと胸が痛い…何故だろう』
「あなたったら!何見とれてるの?!」
「あ…ああ。いや、どこかでお会いしませんでしたか?」
バターン
「ん?ちょっと失礼します」
「はあはあっ」
「イナ、どうしたんだ?」
「す…スヨン…」
「ん?」
「スヨンだ…スヨンが何故お前の弟といる…」
「…ああ、あれがお前の別れた女か…うっ…何故だ…僕まで胸が痛くなってきたぞ…」
「す…スヨンはここに何をしに来たんだ?」
「ソンジェが接待だとか言ってたぞ。おい大丈夫か?」
「…俺が行く!俺が…やる」
「いや!僕も行く!僕の妻もいるからな!」
泥沼?
イナは平静を保っているつもりらしい。が、手はブルブル震えているし、顔つきだっておかしい
しかしスヨンという女は、微笑みを絶やさずにいる
「ワワワインをおつぎしますすっ」
イナ…落ち着け…お前らしくない
「有難う、でも私はミルクにしてください」
みるくう?おいおいっここはワインテイスティング教室だぞっ!
「ははいっ今っ今すぐにっ」
イナっイナっ…あーあ、だめだありゃあ…どこまで走っていくんだよ…
「あなた」
「は、はいっ?」
「私も…あの…カプチーノがいいわ…思い出の…ハートが描かれた…」
「…コーヒーは…バイキングコーナーにしか…なくて…それに今日はもう…コーヒー…終わっているようだし…」
「…室長…」
『ヤバイ!左目から涙一粒流』
「兄さん!コーヒーの一杯ぐらいどうして持ってこれないんだ!ヨンスさんはこの三日間、兄さんのために、ここで働いてた!
三日間帰ってこない兄さんを心配しつつげてた!僕はそんなヨンスさんの肩を抱いて頭を撫でて慰めてあげるしかなかった!」
『なにいいっ!!!』
「そんなヨンスさんのために、コーヒー一杯、なぜ持ってきてあげられないんだ!だから兄さんはいつまでたっても父さんを越えられないんだ!」
『…』
「ヨンスさん、泣かないで、僕が持ってきてあげるから…」
「わかった。ちょっと待って。聞いてみる!」
「もしもしイナ?どこにいる?え?バイキングコーナーか?…ミルクはあったのか?そうか、良かったな、泣くな!
…僕の頼みを聞いてくれ、コーヒーはあるか?…おい、イナ、イナ…」
…
パンッ
今度は耳は挟まなかったぞ
「もしもし、テス君か?どこにいる?え?バイキングコーナーの片づけしてる?
ああ…君は本当にナイスガイだなぁ…すまない、まだコーヒーは残っているか?なに?ある?…カプチーノはあるか?
ええっ?ある?…そこにハートが描けるだろうか…えっ?テソンが描いてくれるって?…テス君、有難う…すまない…本当に…
うっ…すまない…悪いがハートのカプチーノを大至急ワインテイスティング教室に持ってきてくれないか?有難う…」
パンッ
テス君…なんてタイミングのいい男なんだ。そしてなんて役に立つ…
ああ、君への感謝の気持ちをどう現したらいいんだろう…
イベントが終ったら、温泉旅行に連れて行ってあげてもいいな…
二人っきりで行こうかな…。ふっ…。そんな夢の様なこと僕には無縁だな…
「兄さん!」
「はっ。ああ、ごめんよ、ヨンス。今コーヒーがくるからね」
「僕は、オレンジジュース」
「…」
「何?」
「…ここはワインテイスティング教室なんだけど…」
「わかってるよ。でも僕はヨンスさんとミンジを車で送らなきゃいけないんだ!兄さん僕に飲酒運転させる気なの?」
「…。もしもし、テス君!すまない!オレンジジュースも頼めるか?…有難う…本当にすまない…」
パンッ「てっ」
「兄さん、いつか挟むと思ってたよ」
「…」
イナがボロボロになって戻ってきた。震える手でスヨンという女にミルクをついでいる
「ありがとう。イナさん、元気そうね」
そう声をかけられてイナはポロッと涙を流した
元気そう?こんなに顔色悪いのに?
「ス…スヨ…こ…これ…」
イナは水仙の鉢植えを女に渡した
「…イナさん…この花、今の私には、受け取れない」
「す…スヨン…」
ああ、ボロボロ泣いてるぞ
「今から仕事があるの。帰りに頂いていくわ」
笑顔に戻った
「私今、仕事がとても楽しいの。楽しい仲間がいっぱいいて…。ああ、若いっていいわ〜って心から思えるの…」
あ、また顔が曇った
「私も新しい恋を探すわ。だからイナさんも頑張ってね」
「スヨ…スヨ…」
「もういいかな?僕たちの飲み物も届いたし、じゃ、かんぱーい」
…ソンジェの奴…もう少しイナに余韻を味あわせてやってくれ!あ…イナ…
「イナさんどうしたんですか?泣きじゃくってましたけど…」
「テス君っ」
僕はテス君を抱きしめたかったのだが、ヨンスが側にいるのと、何故だかテス君が怯えた顔をしたので、やめておいた
「テス君、本当に有難う。僕は君に何度助けられただろう…。感謝している。この感謝の気持ち、どう口で現せばいいかわからない…」
「い、いえ、そんな大げさな…。ミンチョルさんこそ、三日間お疲れさまでした
明日はお休みでしょ?もう少し頑張って、それで明日はゆっくりしてくださいね」
「テスくんっ…」
僕はテス君の優しい言葉と穏やかな表情に、つい我を忘れて…やっぱり抱きしめてしまった
「兄さん!」「室長!」「…」
「す、すまない。つい…」
「い…いえ…あの…ぼぼぼく…これで…」
テス君は、なぜか青い顔をして走り去った
「兄さん!ヨンスさんにどれだけ心配をかける気なの?本当に…いい加減にしなよ!」
「…あ…すまない…」
「ああ、スヨンさん、ごめんなさい。さあ、これを飲んだらそろそろ舞台の方に行きましょうか」
「いよいよ火山ショーか!」
「…何急に目を輝かせてるんだよ!兄さんには関係ないだろ!」
「…」
「じゃ、行こうスヨンさん、ヨンスさん!」
「…有難うございましたっ…」
僕は三人の後姿に礼をしながら、ソンジェの背中に頭突きを食らわしたいと思っていた
「室長…」
「ん…何?」
「イベントが終ったら、二人っきりで温泉にでも行く?」
「え?テス君と?」
「…何言ってるの?私とよ」
「え?あっ…そうだな…ん…休みが取れればいいが…」
「…そうね。あなたはいつも忙しいものね…。言ってみただけよ…」
「…ヨンス…」
「ミンジと二人で行こうかしら…」
「そ、それはいい!ぜひ二人で行くといい!」
「…あなた…じゃあ、家で待ってるわ…」
「あ…ああじゃあ…」
…。家…。憩いの場であってほしかった家…
最近そうじゃない…
やはり僕は、父ソンチュンの血を引いているのか…
父ソンチュンの血を引いていないソンジェが、羨ましい…
明日への希望…
いよいよ待ちに待った火山ショーが始まった
イナは幾分元気を取り戻したような(それとも諦めがついたのか…)スッキリした表情で火山ショーを見ている
フクスケはどこだ?ああっ、運び込まれている!まだ全貌は明かされていない!
早く!早く木槌を…
「ミンチョル、いいか、火山が噴火した時からピ…木槌を打ち下ろすんだ」
「オーナー!早く!早く木槌をくださいっ」
「だめだ!今渡したら君は今からアレを壊すだろう」
「うううっでもっ我慢できませんっ」
「君はその瞬間を台無しにしたいのかね?」
「はっ」
「ここまで堪えてきたんだ。最高の演出で最高のオーラスを飾りたいと思わんのかね?ん?」
「…オーナー…」
「ソンジェ君が君に色々と言っていた事は知っておる。よく耐えた。君は本当によく頑張ってくれた
その君のたっての願いだ。こうして巨大フクスケも用意した。火山の爆発とともに壊してしまったら、誰もフクスケに注目しないだろう!
君のために最高の演出を考え抜いたんだ!それでも私の言うことを聞いてくれないのか?」
「オ・オーナー…わかりました。そこまで僕の事を」
「うむ。わかってくれたか。それじゃあ、私が合図したらピ…木槌を打ち下ろすんだ。いいな、合図するごとに一振りだぞ」
「えっでもそれじゃあ、ラストの大爆発と同時に壊せないんじゃあ…」
「同時に壊してどうする!いいか。一歩遅らせることによって、君のパフォーマンスがより一層輝くというものだ!」
「はっ…」
「…ミンチョル君、相当疲れているようだな…いつもの君ならその辺の計算は私よりも正確だろうに…
よし、イベントが終ったら1週間ほど休みをやろう。温泉にでも行ってきなさい」
『えっ?テス君と?』
「さあ、そろそろ噴火が始まる、タイミングはインカムで指示する!くれぐれも間違えるなよ!台無しになるからな!」
「はいっわかりましたっ」
「それじゃあ、これを渡そう。テプン、聞こえるか?除幕だ!」
おおおーっ
除幕された巨大フクスケは、火山ショーを見ている人達の目を一瞬にして奪った
いよいよだ。ソンジェ。どこにいるか知らないけど、見てろよ!僕の気持ちを少しは解れ!
ドオオーン
「今だ!1ぉつ」
ピコッ
『ピコ?』
パリパリパリーン
「オーナーッわっわっ割れてしまいましたっ軽く当てただけなのにっ」
「いいんだ!次来るぞ用意しろ!」
「用意って割れてしまったのにあああっ!」
割れたはずのフクスケが、一回り小さくなってまだある!どういうことだ?割ったはずだ!
どおおおおんっ
「今だ!2ぁつっ」
ピコ
『ピコ?』
パリパリパリーン
「オーナーアッまたっまた割れてしまい」
「いいんだ!構えろ!また来るぞ!」
「また来るってえええっ?」
割った。確かに割った。いや、手応えは無いけれど軽く触れるだけで割れてしまったのに…。まだいる
さっきよりもう一回り小さくなって
どおおおおんっ
「3っつう」
ピコ
『…』
パリパリパリーン
「…オーナー…もう一つでてきました…」
「ん、今度は20秒後だ」
「…ピコって…」
「ん?」
「これ、木槌じゃないですよねぇ」
「軽いだろう」
「…ピコって」
「来るぞ!」
どおおおおんっ
「4っつぅ!」
ピコ
『これは…』
パリパリパリーン
「…僕は幻を見てるんですか?一回りずつ小さくなっていくフクスケがありますが…」
「いや、現実だよ」
「…まだまだあるんですか?…」
「いや、最後のフクスケは唇が赤い!」
「最後のって…」
「構えて!」
どおおおおんっ
「5つう!」
ピコ
『…』
パリパリパリーン
「このピコっていうのは…」
「続くぞ!」
ドオーン・ド・どおおおおんっ
「6つ、7つ!」
ピコ、パリパリン、ピコ、パリリリリーン
「もしかしたらピコピコハンマー?」
「そうだ!君が『木槌木槌』と言うので『木槌』という名前をつけた!」
「…」
騙されている?踊らされている?
目の前には随分小さくなったフクスケ(それでも2mはある)が赤い唇をして笑っている…
赤い唇?
ハッ…これは…
「ラスト・フクスケですねっオーナーっ!」
「そうだ!ラスト・フクスケは少し割れにくい!火山大噴火が終ると同時に思いっきり行くんだ」
「はいっ」
ドドーンドオオンドドドドーン
大噴火が始まった
ソンジェ、見ているか?
渦巻く僕の醜い心を、この一振りに込めてぶっ壊す!
ドドドドーオオオオーオオオオーンオンオンオンドオーーーン
「いけっミンチョル!」
ピコッピコッピコーオオオオン…
バリリリーーン
割れた…ついに割れた…もうフクスケは出てこない…
キラキラと金銀のテープが舞う
拍手喝采が、火山ショーと僕のパフォーマンスに向けられている
テス君の明るい顔が、イナの晴れ晴れとした顔が、ウシクの微笑みが
テソンの自信に溢れた顔が…そしてみんなの微笑みが僕を包む…
僕に憑いていた何かが落ちた…
有難う、オーナー、有難う、テス君…有難う、みんな…
僕は目を閉じて天を仰いだ
♪
ん?『約束』?約束が流れている…
僕は、ハッとして目をあけた
割り終えたフクスケのいた場所にスポットライトが当たっている…
なんだあれは…
何かを掲げた人が、フクスケのいた場所に立っている
頭上に…何を?
眩しくてよく見えない…
その人は頭上の物を胸の位置に降ろした
「兄さん」
ソ、ソンジェ…
「お疲れ様、兄さん」
ソンジェ…何故お前がスポットライトを浴びてそんな所にいる!
「色々口出ししてごめんよ、見ていられなかったんだ」
ああ、そうですか…
「フクスケ人形の中から、僕を救い出してくれて有難う」
は?
「兄さんは最高だよ」
…心にもないことを!
「みなさん、僕の兄さんは最高です!無愛想で冷淡なところもあるけど
どうかこれからも兄さんのことをよろしくお願い致します!」
わああーいいぞー、ソンジェ!ソンジェ!わああ〜
…観客はソンジェに拍手と賞賛を贈っている…
何故だ?
「兄さん、これ、プレゼントするよ。大事にしてね」
…ソンジェが頭上に掲げていた物を僕に渡した
「最後のフクスケを割る時、兄さんを信じてたけど、ちょっと危なかったから盾にしちゃった、ここんとこ傷になったけど可愛いでしょ?」
…
キツネの縫いぐるみだ…
前髪がえらく長い
腰に片手をあてて、もう一方の手は、肘を張って耳に携帯電話をあてている…
「…なんだ?これ…」
僕はようやくその一言を発した
「『携帯耳切りギツネ』っていうんだ。可愛いでしょ?ほら、兄さんが勢いよくピコピコハンマーを振り下ろすから、これで止めちゃったら
ココ、耳のとこ、ちょっと切れちゃった。ハハハ」
…
僕はその『携帯耳切りギツネ』の縫いぐるみをまじまじと見た
…
可愛い…
そして愛おしい…
「…お前が…見つけたのか?これ…」
「ううん、オーナーが作らせたって、特注だよ。よかったね。じゃあ僕ヨンスさんとミンジを送ってかなきゃいけないからこれで失礼するよ。またね
あっ、スヨンさ〜ん、送りますよぉ一緒に帰りましょう〜」
イナがまた倒れた
僕は、『携帯耳切りギツネ』を抱きしめてみた
なんだか心が落ち着いた…
家に帰っても大丈夫だ
今日からフクスケだけでなく、この『携帯耳切りギツネ』がいるんだ
全てが終わって、僕はやっと平静を取り戻した
僕は『携帯耳切りギツネ』の縫いぐるみを抱きしめて、いつまでもスポットライトの中に立っていた…