Tea-House Moon 序



 澄んだ満月に照らされて漆黒の中にもわずかに青みがかった夜空の下、ほのかに白く輝く建物がありました。まるでその建物自体が淡い光を放つようにも見え、周りを囲む草花もその夜露でキラキラと輝いています。幻想的なそこは、ティーハウス、と呼ばれていました。街はずれの丘の上、ウサギな蔵馬が一人で頑張っている小さなお店。しかし、その美しい情景を知る者は蔵馬の他、誰もいませんでした。……たった一人を除いては。

 ティーハウス、蔵馬が開いているそのお店は、いわゆる喫茶店であります。一階がお店で、紅茶を始め、色々な飲み物や軽食をメニューに取り揃えています。未だ誰も注文したことはありませんが、あまりにも怪しすぎる、蔵馬オリジナルの薬草を煎じたお茶とやらも自慢のメニューの一つです。彼が育てた自慢の植物達も、我こそはと言わんばかりに室内を(ウヨウヨと)飾っていました。二階はそのまま蔵馬のおうちになっています。
 その広い庭には、大きな屋根が付いている、ガーデンハウス、いわゆる『あずまや』がありました。壁はなく、四つの円柱によってその屋根は支えられています。お店の中からすぐ入れるように隣に並んでいて、外の空気を楽しむことの出来るオープンカフェとして使われています。お店の建物と同様オフホワイトを基調にグレイッシュカラーをアクセントに用いていて唐草模様がポイントの、ちょっと異国の香りがする造りです。柱に触れると、石のような、不思議な材質を使ったような、ひんやりと気持ちいい触り心地がしました。横には、ちょっとしたかわいい池も見え、備え付けのお揃い椅子に腰掛けると、並んだ柱と柱の間から、自分達の住む街が青空と共に眼下に広がります。
 元々、昔からあったこちらの建物がティーハウスと呼ばれていたのですが、それはいつのまにか蔵馬のお店の名前となっていました。
 このようなお店で、蔵馬はたった一人で毎日毎日お客さんを迎えていました。

 毎日が毎日、同じような日を辿っていきます……。
 朝の六時に起きると、蔵馬はパシャパシャと顔を洗って、それから自慢のふわふわお耳としっぽを整えます。軽く朝食を取った後、丘を軽やかに駆け下って街で仕入れです。
 そして朝十時になると、早速開店の時間。
「くっらま、おっはー!」
 今日も元気にドカドカとお店のティーハウスにやってくるのは、このお店が始まった頃からの常連客、タヌキの幽助です。今日は一番乗りでゴキゲンです。
「あ、幽助。いらっしゃい〜」
 ウサギの蔵馬は、とびきりの笑顔で幽助を迎えました。幽助は、蔵馬がここにお店を出す前からのお友達なのです。
「でもね、幽助?来る度ドアを蹴り飛ばすのはいい加減やめてくれないかなあ?」
 幽助が振り返ると、ガラス張りのお店のドアには見事な亀裂が……。
「げっ、ヤバ……。」
 冷や汗タラリな幽助、もう一度蔵馬の方に向き直ると……
「ねっ?」
 恐ろしいほどのニッコリ微笑み顔がそこにありました。ウサギのふわふわお耳が、何となく悪魔の角に見えるような気が……。蔵馬さんの正体は、実は子悪魔チャンなのかもしれません。
「ア、アハハハハ……。」
 幽助、もはや冷汗ダラダラ状態。
 するとまもなく、幽助に負けじとばかりにダッシュで来店するのは、ニホンオオカミ……の割にはちょっと礼儀正しい性格の凍矢です。しかも、根性はありますが、好きな人の前では決して強引になれない情けないオオカミさん。彼は蔵馬に憧れて、いつも仲のよさげな幽助に敵対心を抱いている……もよーです。
「うわっ、どうしたんだ蔵馬?」
 ダッシュのあまり、お店の入口前につっ立っている蔵馬と幽助の二人に、凍矢あわや衝突寸前。
「あ、凍矢いらっしゃい。ちょうどよかった〜。また幽助がやっちゃったんだアレ、やってくれる?」
 蔵馬のおねだりポーズ発動!この技は密かに世界最強です。
「ああ、このガラス……またなのか。」
 もちろん、凍矢は自分の特技で蔵馬の役に立つのなら大喜びで力を貸します。凍矢の王子様モード発動!
 凍矢はヒビが入って今にも崩れ落ちそうなガラスのドアを目の前にして立ちました。得意の冷気をドアに向かって放つと、やがてガラスは冷たい氷できれいにコーティングされてしまいました。これならむしろ、壊れる前のガラス以上の強度があるかもしれません。
「しばらくは溶けたりしないから大丈夫だが、早めに直してもらった方がいい。」
 フフン。ちょっと得意げな凍矢でありました。未だ己の世界に浸ってるのでしょーか……。
「あ〜助かったぜ、凍矢!」
 蔵馬による心理攻撃を回避できて心底安心、幽助は大喜びです。
 別に、幽助のためにやった訳じゃないんですケド……。凍矢の心境はフクザツです。
「でも幽助!早急にちゃんと弁償して下さいよ!」
 幽助の安堵は、つかの間に終わりました。蔵馬の頭脳との対峙は、けっこー大変なのです。
「げえ〜!勘弁してくれよな、蔵馬〜。オレ、今無職なんだぜ?」
「そんなこと言ったって、もうガラス5枚分ためてるんですからね!もう……。」
 そうブツブツ言いながら蔵馬は、お店備え付けの電話からガラス屋さんに連絡しました。何故かその顔色はよくありません。
 やがて一人のガラス職人さんがバサバサッとやって来て、応急処置が施されているとはいえ、壊れかかっていたドアをあっという間に直してくれました……と思ったら、何だかその職人さんの様子が変です。
 ガラス職人さんの正体は何と、カラスの鴉でありました。彼の姿はトリさんですが、中身はまるで爬虫類のようなカンジです。
「蔵馬……その後トリートメントはしてるかね?せっかくの立派なウサギの毛並みが、ウンタラカンタラ、フフフ……。」
 一瞬のスキに鴉は蔵馬の背後に現われ、蔵馬の髪を無造作に触っています……ああああ気持ち悪い。彼は、蔵馬の苦手な人物ナンバー2に見事ランクインされているのでありました。ゾォォッ!
 コレには、さすがの平和主義(?)蔵馬さんであったとしてもガマンなりません。
「っるせーッ。代金払ったんだから、さっさと帰りやがれエロガラス!」
 どっこーん。『カァーッ』との鳴き声と共にどっかの漫画の如く、ガラス職人でハチュールイなカラスの鴉は青空の彼方へ蹴り飛ばされてしまい、やがてキラリと光りました。
 ゼエゼエ……。蔵馬だって、タマにはキレます。
「幽助、そんな訳だから今度からは気を付けて下さいねッ!」
「うぃーッス……。」
 蔵馬の真の恐ろしさを目の当たりにして、幽助も凍矢も絶句してしまいました。
 再びガラスが割れませんことを、合掌。

「蔵馬〜、この店、まだ酒置いてくれないのかよ。」
 幽助と凍矢、そして蔵馬はいつものように雑談して午前を過ごします。もちろん他のお客さんもチョコチョコやってきて、少し賑やかです。
「あのねえ、幽助。ここはバーじゃないの!」
「ちぇー。そう言うと思ったぜ!」
 でーん、と幽助は持参してきたクーラーボックスからビールやら日本酒やらを取り出し、早速飲み始めてしまいました。
「うわ、あっきれたー。わざわざお酒持ってくるなんて、もう……。」
「凍矢も飲むか?いっぱい持って来たんだぜ。」
「いや、オレはいい。」
 凍矢はそう言いながら、熱い紅茶のカップを口元に運びました。彼は、蔵馬の入れてくれたお茶を飲む幸せにどっぷり浸っているのです。

 お昼頃、スズメのぼたんを従えて、わずかな休憩時間の中、パンダのコエンマ様がランチを食べに訪れます。
「おお、蔵馬。今日も元気そうでなによりじゃ。今日は何を食べようかいのう…」
 彼は霊界、とかゆー世界のエライ人らしいのですが、ここに来ると、とてもおっとりでジジ臭い性格の、只のお兄さんのようです。いつも口にしているのは、王子のしるしだとかいう笹…もとい、おしゃぶりです。
「コエンマ様〜あんまりゆっくりなさらないで下さいよう。今日はまだまだ仕事がたくさん残ってるんですからね!」
「わかっとるわい!そんなに騒ぐことはないぞ、ぼたん。どれどれ……そうじゃ、今日はこの、ナスとトマトのスパゲッティにするぞ。」
 ご注文を取っていた蔵馬は少し首を傾げました。そんな仕草もとてもかわいいです。
「コエンマ様、パスタは少々時間が掛かってしまいますけれど、いいんですか?」
「いや、全然構わんぞ。」
「へえ〜、オレは知りませんからね。」
「こ、コエンマ様〜。」
 ぴぃ〜〜、という、ぼたんの鳴き……もとい、泣き声が店中に響き渡りました。

 やがてキリンの桑原くんが、見事に真っ白な毛並みを持ったネコの雪菜ちゃんとデートで訪れます。
 学校帰りの、ハムスターの天沼くんがやってきて、蔵馬とデュエルします。
 近所のゲームセンター帰りというトラの玄海師範がやってきます。
 ぞろぞろとイタチの陣、熊さんの酎、ネズミの鈴駒、羊の死々若丸、おサルさんの鈴木……。
 イヌの海藤・城戸・柳沢も制服姿のまま揃って遊びに来ました。子牛の修羅もやってきます。

 ここはティーハウス。ウサギの蔵馬が主のそこは、みんなが集まるとても楽しいお店です。どんどんお客さんはやってくるばかりで、みんななかなか帰ろうとはしません。それは、みんなが蔵馬のことが好きだから。蔵馬がいて、みんなでワイワイできるこの場所が、みんな好きだからです。

 そして少し日の暮れた夕方の5時ごろ、決まって彼女は訪れます。
「幽助!もう帰るわよ!」
 タヌキの螢子ちゃんです。幽助の幼なじみで、お耳やしっぽの毛並みや色は、幽助のそれとそっくりです。幽助とあまりにも仲がいいものだから、お互い知らずに似てきたんだよ、と周りでコッソリ言われてます。
「あでっ、そんなに耳引っ張るなよ〜!」
 いつも強気の螢子ちゃん。今日もグイグイと仲間から引き離します。
「そんじゃあな、また来るぜ!」
「ウチの幽助がお邪魔しましたー。」
 二人は外に待たせていたプーの背中に乗り、瞬く間に赤く染まった夕暮れの空の向こうに飛んで行きました。
 そう、もう閉店時間です。みんな一斉に帰っていきます。幽助の持ってきたお酒をうっかり飲んで眠ってしまった雪菜ちゃんを、桑原くんは幸せをかみしめながら背中に乗せて帰りました。他のみんなも、自分の帰るべき場所へ帰っていきます。

「ありがとうございました〜。」
 そう言って、蔵馬は今日もお客さんを見送りました。残ったのは自分一人だけです。蔵馬はもう2年近く、こんな毎日を過ごしていました。そして今日も綺麗な月夜が訪れます……。



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