妖婆伝13


「さてと、その翌日からの満蔵のまなこ、童心あらわなのか、欲情のおもむくままなのか、見事なまでに爛々とした色目でのう、いくら容認されたとは言え、まあどこまで旦那から聞き及んでおるやら、果たして満蔵はどうとらえているのやら、ない物ねだりしてみせる面持ちには愉快なくらい飾り気がなく、妙がしめしたような羞恥は見いだせんわ。もっとも面と向かって色事を問うたりはせん、あくまでわしの側から誘いを待ち受けておる態度、そつがなく小憎たらしかったが、そのぶん主導権はこっちにあると思いなして、高見から見下げてやるふうな目つきで応対したものよ。
そうこうするうちに月夜の晩がやってきて、旦那は以前のあらくれた口調から一変、優し気なもの言いでな、格式とは本来こうした際に用いられるべき、あっぱれ満蔵をおとこの仲間入りをさせてやってくれ、これで妙の件は相殺されよう、さもないと満蔵の奴、純情を通り越し変な方向に鬱憤を吐き出すかも知れん、もし母上の耳に入ったらどうする、おまえも妙も増々罰が悪くなるぞ、回避するには彼奴の望みを叶えてあげるのが一等だろう、な、これで格式が保たれるではないか、などと如何にもまっとうな手引きであることをしきりに訴える。春縁の子に関しても姑には伏せてあると強調したうえで、満蔵の口封じに為にもひとはだ脱いでもらいたい、わずかに嫌みをはらませたその微笑、是非もないと念を押さん。
こうなってはわしの進退は定まったも同様、なにを姑こそ屋敷随一の古狸、すべて見通しておるに違いなかろう、と反抗すべき手立てもないので、そう胸のなかで叫んでみるしかなく、あとは旦那の指図に従って、いよいよ筆おろしとやらの儀礼と相成った。
すでに満蔵は湯浴みを済ませ自室に居る。夕暮れどきには今宵てほどきを致します、わざと冷ややかな言葉づかいでそう告げておいたんじゃ、これにはおおいに感奮したらしく、下手に媚びたような、艶かしい囁きよりよほど効果ありとみた、なあに他愛もないことよ、成熟したおなごの色香を間近すればするほどに閉口してしまうだろうし萎縮もしよう、冷淡なもの言いの方が満蔵の矜持がそこなわれず、来るべき色香をゆっくり想像できようぞ。肉欲を心待ちにするのは実際の交わりに匹敵しうる悦楽、純朴な精神には斯様な接近がふさわしい。
そこへ忍んでゆき裸身をさらして見せればものの一刻で昇天しよう、どれくらい精を吹くものか楽しみじゃ。難点は隣部屋にひそんで様子をうかがうと言っておる妙、どうやら悔しまぎれで口をついて出ただけでなく、意地でも実行に移す気構えでな、旦那からは、おまえにも満蔵にも遺恨があるのだろうよ、ちょいとやり辛いところだが我慢してくれ、こう開けっぴろげに頼まれては拒みきれんわな。
妙には妙の執念があるのじゃ、別にわしは屈辱とは思わなんだけれど、満蔵に気づかれないよう配慮せんと、まさか妙に向かって、くれぐも細心をはかって下され、などとは切り出せんし、そんな盟約めいた意志を共有するとも考えられん。が、それは杞憂でしかなかった、旦那は抜かりのない声色を発し、心配いらぬ、妙には重々に言い聞かせておる。覗きが発覚すると同時に満蔵め、おのれの試みた卑しさにおののき、逆上して何を仕出かすやら分からんからな、そうなると折角のてほどきが水泡に帰してしまうではないか、おまえとて知れることなく、ただただ、にんまりと眺めていたいのだろう、ならば、決して気配を覚られないよう注意を怠るな、とまあ、双方への配慮は入念に行き届いておった。さすがは血を分けた妹に弟よなあ、思わず感心してしもうたわい。ああ、何とも馬鹿らしい、、、ため息まじりに吐いてみたいが所詮わが身を素早く一巡するこだまでしかないように感じられ、さも大義そうな顔つきで頷くのが、せめてもの抵抗じゃった。
手順は以上、姑は早寝だし、わしの子供らも寝かしつけた、乳母や使用人らには適当な申しつけをしておいたらしく、しかも、その場に臨まずとも耳をそばだてておるわ、そう言って不敵な笑みをつくる。まことにこの屋敷のどこぞかには魔物がひかえているのでは、ぞっと身震いした。
ほんに月夜じゃ、雨戸の隙間より届けられたるほの白いあかり、冷気を含み始めた廊下をおびえた素振りで摺り足、幽かな音の反響が呼び戻される、月光のもとへとな。
秋口の夜に似合いの澄んだ空気はよどみを覚えん、なら、少年の寝息をうかがうことも真義を為さん、為すべきことはそっと忍び寄る影に包まれ、この冷えた廊下の感触、眠りを放擲した夜具まで運び、一気呵成に熱を発しようぞ。即ち、女体の火照りと少年の興奮をひとつにし、振り乱れし黒髪の流れに乗り、まなざしを錯乱させよう、たぎるものは何ぞや、枕も布団も発火寸前よ、月影の使者はここに来たり、青い鬼火となって、ふすまより眺めたる眼も焼き尽さん。
満蔵は確かに震えておる。なだめるように、さあ、わたしのはだかをごらんなさい、未熟な両肩に手をついてすくっと立ちあがり、はらはら帯をほどく。燭台の灯火が不安定に揺れ、部屋の明暗を曖昧にすると、満蔵の無垢な期待は淡く崩れかかって、替わりにおなごの芳香に占拠され、気恥ずかしさに近いぎこちなき呼吸に至る。着物がさらっと肌をすべり、薄暗い部屋に佇む透けるような裸身を茫然として見上げている。
その視線に挑むのでもなく、かといって情愛を結ぶのでもなく、恬然としてひかりを送れば満蔵の息は止まり、心音が無謀に騒ぎだす。吸気をさずける按配でくちづけ、見開いた眼を閉じたのは戸惑いか、あるいは咄嗟に悦びを隠そうと努めたのか、どちらにせよ紅の艶はこれより潤滑油になって、男女の綾にしみ込んでいこう。まだ骨格の出来上がっていない背を抱き、夜具に倒れこむ。満蔵の寝巻きをはぎ取れば、すでに張りつめた陽根、発達途上でありながら甲斐甲斐しく、包皮なかばにした色合い、薄桃を彷彿させて思わず掌に収めてみた。すると背筋を駆け抜けたであろう驚きに導かれし感覚、よく判じられ、迷わず指先にちからを、思いきった加減でなく、あからさまな触れあいでもない、我が子をあやすような、鮮明なのにぼんやりした、とりとめもないままに情がすくわれるような、夜風に紛れて始めて感じる発露。
用意しておいた手ぬぐいで軽く拭い、より赤みのさした先端を見遣る。身をこわばらせているのが微笑ましい、反り立ったものも同じ緊張を宿しているのか、いたずらにことを急く気はないけれど、早くも口に含み入れておる。遠い異国の地鳴りか、わが身を通過してゆく蠢動か、意識の有りようにかかわっている間はない、口中に吹き上がった生温かな奔流、満蔵の精、吐き出すよりのみこむが易し、驚嘆の顔をとどめたまま、眼も一点に集められていたわ。わしのへその下、黒々茂ったところにな。
満蔵は何か言いた気な様子じゃったが、とても言葉になりそうもない。そこで、沢山出ましたね、さあ、次はここに放って下さい、わたしに任せて、と、ここでようやく甘ったるい嬌声を用いれば、驚いたことに言下、お願いします、以外やきびきびした発音、精を噴出したばかりの股間棒は弛まることを知らず、かちかちに突起していたので、両脚を大きく広げてみせると、深く息を吸い、はあっと嘆声にも思われよう虚脱した仕草で、これは本能だろうかのう、いきなり股ぐらに顔を埋めおった。しかし割れた箇所に行きついたわけでない、ひたすら下の草むらに唇を押し当てておるだけじゃ、手引きというても情愛に囲まれた意識のなかで行なわれるものでなく、半分は意地の悪さに左右されよう、妙に施したときとは様相が異なる。
柔和な指導にて程よい愛撫の仕方を、温順な手つきで敏感な位置を知らしめることもあるまい、ここはひとつ見物じゃ、満蔵の奴どのようにこの肉体と戯れるものやら、、、妙も熟視しているだろうよ、その胸に去来するのは果たして如何なる紋様か。そもさん、屋敷に横溢した邪気、義妹の思惑をなぞるかや。
言うまでもないわ、今宵は壮大な儀式、家中あげてのお祭りよ、時間ならたっぷりある。まるで海草を食む勢い、ゆっくり味わうがよい。歯の浮く仏心のような文句をやんわり投げかける。満蔵さん、そこはおなごの大事な場所、優しくしてね、そうよ、そうよ、そうなのよ、精進して、、、
脇から枕を引き寄せ首を安定させ鷹揚にからだを横たえた。両のひざを立て更に秘部にたどれるよう道標だけはあきらかにしてやった。これこそ受け身一手、ときの過ぎゆきに委ねるは如菩薩の計らいぞ、さあ、働け満蔵、身を粉にして働け、我ながら置かれた情況が滑稽に思えて仕方なかったが、反面どこかしら虚しい気もしないわけでなかったわ。けど、隣から眼を凝らしている妙のすがたに憐れみが微塵も感じられんのは不思議じゃった。この不思議さは、あらかじめ確定された、ときの連鎖に絡まるよう算段された夢見であろう、夢の成就は寝て待てばよい、妙の突き刺さす視線を一身に浴びながら、鏡でそのひかりを反射させている。わしは決して鏡を置き忘れたりしなかった」