くるみ割り人形 あら、絹子じゃない、何年ぶりかしら、変わらないわね。あたしはどう、ま、いいか。仕事の帰りでしょ、そこの駅ね、じゃあ歩きながら少し聞いてくれるかなあ。あんた何処に住んでるの、あそう、あたしと反対ね。でもいいや、駅までじゃ話しきれないから電車一緒しちゃおうかな。だいじょぶだいじょぶ家まで押し掛けたりしないから。えっ、いいの、ごめんね、迷惑じゃない、あそう、実はさあ、あたしこの間アパート引っ越したんだけど、うん、前々から居心地悪いんで大家さんにこぼしてたの、だって隣が駐車場で、大方そのアパートの住人なんだけどさ、とにかく夜間の出入りがうるさくて、わたし早寝だから、そう夕飯食べて風呂入ったらすぐ寝るの、困るのよね、睡眠だけがあたしの生き甲斐でしょ、せっかくいい夢見てなごんでいるのに邪魔者なんだわ。気になりだすとしまいには車の台数を毎晩数えたりして、まったくこの胸のうちをどうしてくれるの、かと言って駐車場なんだから仕方ないし、こんな部屋を選んでしまったのも自分以外の誰でもないわけで、悶々としてたわけよ。絹子さあ彼氏いるの、いない、そう別にいいんだけどね、ああ、もう何を言わすの、独り住まいのわびしさで八つ当たりなんかしてません、そんなんじゃなく、あたしこう見えても友達いないしね、そうなの孤独を愛する年頃なのよ、だから勘違いしないでって一応念押ししただけ、結構いいよってくる男だっているんだから、でも関係ないわ。で、とうとうやって来たの、いい気を落ち着けてよく聞いてね、誰にもまだ話ししてないのよ、まったくいいとこで出会ったわ、絹子にはあたし素直に何でも言えそう。あんた無口だし反応ない表情してるから丁度いいの、ああ、けなしてるじゃなくてこれには理由があるんだ、じゃあオオカミの場面から始めるわね。車を数えだすのも何か惨めっていうか段々陰気臭くなってしまってるようで、今度は一々窓を開けて、車をキッと睨みつけだしたんだけど、ある夜のこと、まったく車が出払ったときがあって、めったにない光景だから、そうなのよ広々として静かでちょっとした庭みたいな感じさえしてしばらくぼんやり眺めていたの、無心に近かったと思う。どれくらいしてからか覚えないんだけど、だって驚いてしまってその後は呆然としていたから。あのね、少し先にケンタッキーチキンがあってあたしとこからその店の裏が見えるの、たいして気にもとめてなかったし、ごく普通の風景だからまさか定期的に浮浪者たちが忍んで来ては食い残しをあさってるなんて本当にびっくりしたのよ。見るからにそれと分かる格好だったし、きちんと袋持っていて何やら選り分けている、おそらく身の多いやつだけ詰め込んでいたに違いないわ。残飯入れって分厚い紙だった、あいつらそれを破り裂くんじゃなく丁寧にひも解いているんだよ。そう痕跡を知られないようにする為に。どこで嗅ぎ付けてくるのか、きっと情報交換とかしていたんじゃない、そりゃ見事な手さばきで用を済ますと消え去ってしまう。いや、浮浪者に感心してるんじゃないの、問題はその後なんだ、あたしその様子を双眼鏡で見つめていたんだけど、たいしたことない玩具の双眼鏡、子供の時分に縁日の型抜きで手に入れたのを今までとってあったのよ。あ、知ってる型抜きって、硬いガムみたいな素材したものに絵柄が薄く印されていて、針できれいにその通り切り抜くの、何となく覚えてるって、あそう、あたし何度か挑戦してついに達成させたんだ。だって賞品はトランシーバーだの人形だの時計だの戦車だのって子供にとっては眩し過ぎるものが飾ってあったから、へへ、あの時あたしは針でほじるのは絶対限界があるって考えて、針先を唾で湿らせてガムを溶かす手つきで集中したわけ、根気なのかなあ、以前テレビで伝統職人とかって木彫りを作っている番組があってね、あの地道な作業を念頭にしながら祭り見物もそっちのけで没頭したの。そのうち日暮れてきたから露店のおじさんも呆れたんじゃない「もういいから好きなの持っていきな」って、だから正確には完成寸前なんだけど執念で手にしたのがそのその双眼鏡ってこと。倍率は4倍くらいかな、玩具にしてはよく出来てたわ。それで浮浪者の行動もつぶさに観察したって次第なの。ああ違う、熱心な観察はここから、つまり今度はオオカミが現われたのよ。ガサガサする物音に又かと思ってもう窓を開けなかったら、どうもいつもと様子が異なっているような気がして耳を澄ましていると、低いうなり声とかも聞こえてくるじゃない、今夜は野良猫かってため息ついていたら、えらく気配が騒がしくなってきたんでそっと覗いてみたの、そしたらあんた猫なんかじゃない、最初は犬に見えたし、それはあり得そうなことだと頷いていたら、どうも風体があやしいんで双眼鏡でじっくりうかがったの。オオカミだわ、しかも十匹くらい居る、あたし吸血鬼の次にオオカミ男が好きなもんでよくわかる。ねえ絹子、そのときの気持ち察してくれるわね。そうなの、それからも度々オオカミの群れがフライドチキンを狙ってやって来たのよ、浮浪者はたぶん怖れをなして近寄れなかったんだわ、それ以来まったく見かけなくなったもの。で、いくらオオカミ男に興味あってもこうして夜な夜な実際の獣が身近にいると思うと、寝付きが悪くなりだして大家さんに顔を合わせた際ありのままを報せたのよ。そしたら「この都会の真ん中にオオカミなんて、それはせいぜい野犬でしょう」って、はなから相手にしてもらえなくてそれでも食い下がったら「じゃあ証拠の写真とかありますか」ときたんで「あたし携帯も持ってないしカメラもありません、仕事は電話番ですので仕方がないのです」そう捨て台詞を吐いてその日はそれきりだったけど、次回はスケッチブックに色えんぴつで写生して懇々と説明したの。すると、、、そうなのよ大家さんはどうやらあたしが前々から部屋を気にいってないことの嫌みだと判断しらしく、今回の引っ越しに至ったわけで、もともと大家さんは不動産業者でもある都合で両者の思惑が一致を示したの。アパートの契約のときにね、一度聞いてみたんだ、物件の事項に心霊現象の有無ってありますかって。当惑した顔をしながらも大家さんは、そんなことはありません、この都会にお化け屋敷なんて、と小馬鹿にした笑いを浮かべていたから、いいえあたしのお訊きたいのは変死とかがあった部屋は色々と問題がるため借り手がないので格安だったりすることもあるのでは、と切り返したの。すると相手は悟ったみたいで、つまりこういうことよ、確かにそうした物件は存在するだろうが、こんな饒舌な者に貸したりしたら後々トラブルの元になりかねない、下手に賃料を安くするのは自分のほうから困惑を露呈するようなものだ、今の部屋ね、あたし実はここの噂を薄々知っていて大家さんに尋ねたこともあったの。蔦の絡まる古びた二階建てのアパートでね、しかも一階の角部屋で虫が湧いたら中まで侵入してきそうだったから、渋っていたら案の定、蜘蛛もよく出ます、なんて取ってつけたようなことまで言ったのよ。何であたしが蜘蛛嫌いなのを知ってるわけ、顔に書いてあったのかなあ、そうした事情で当時は格安物件と心霊現象を逃してしまったのね。ところがそれからもずっとあの一室は明いたままで、結局大家さんはあたしの交換条件をすんなりのんでくれたっていうのが引っ越しのいきさつなのよ。そりゃそうでしょう、いつまでも空き部屋にしとくより多少賃料が下がったって、、、あっ、絹子ここの駅で降りるんだっけ、そうかあ残念だなあ、これからが本題なんだけどさ。そんなかいつまんでなんてとても無理、あたしの体験は順を追って聞いてもらわないと、でもいいや、少しだけ教えてあげる、今の部屋ね、出るのよ、へへへ、ほら窓の外はもう宵闇がせまっているわ、そうなの昼間は決して現われないのよ、今夜、出るのじゃなく居るのよ、、、そうなの、ええっ、これから来てくれるって、絹子もいいとこあるじゃない。あっごめん、さすが絹子ね、では乗り換えしましょう、そうしましょう。 日が落ちると一気に寒くなるわ、でもあんた胸のなか温かいんじゃない、ふふふ、うちに着くまでに説明しとかないといけないわね。いきなり対面では、いい絹子、決して怖がってはだめよ、優しく見つめてあげて。そういうあたしも当然ながら最初は凍り付いた、出た、地縛霊に違いないって。場所、もちろん部屋のなか、驚かないで、布団のなかよ。断っておくけどあたし霊感とか全然ないし、幽霊の存在を信じているわけでもないの、ただ夢にいつも妙なものが出てくるから今更目の当たりにしたところでおののいたりしなかった。えっ、いつからかって、う?ん、どれくらいまえからなんだろう、あっそうじゃなくて、今の件ね、引っ越したその夜からよ。細かいところまでは知らないけど、血なまぐさい事情はあったみたいね、だからといってすぐさま心霊現象にたどり着くなんて考えてなかったし、正直なところ駐車場から離れられ、オオカミともおさらばして、家賃も安くなる、へへ現実的でしょ、何よ、その顔、絹子らしくないわねえ、歪んだ表情なんかしてさ。あたしの脳を疑っているんでしょう、仕方ないか、実際に霊が出たんだから、でもどっちが現実なんだろう、どうしたの絹子、今度は微笑、ううん、ありがとう、あたしもなんかうれしいわ。で、布団がもぞもぞしたの、なかを覗いたら小さな顔があった、おかっぱ頭の少女、ほら「千と千尋」に登場するハクっていたでしょう、あんな感じだったわ。もの凄く冷たい眼をしてるの、視線は外せなかった、時間は止まっていたのよ、夢かも知れない、が意識はある。でも夢で意識することもしょっちゅうだわ。だからどちらでもよかった。心臓は止まってなかったみたい、春の雪どけ水だって冷たさには変わりないと思うけど、氷の世界と水の流れは一緒じゃないわ、あたし少女が何かを訴えているような気がしてきたの、そっと手を差しのべてみた。やっぱり冷たい、って感じた瞬間にぐいって引っ張られた、本能的な恐怖に包まれたわ。あわてて布団を蹴飛ばして起き上がったらもうそれきりだった。そんなことが数回続いたある夜、あたし意を決して再び手を握るふりしてかわし、もう一方の手でもって少女のからだをつかみ引きずりだしたの。拍子抜けするくらい身軽だった、すかさず枕元の明かりをつけまじまじと少女を見つめたわ。青みがかったパジャマを着ている、しかも男もの、えっ、もしかしてこの子は少年なの、、、あたし何のためらいもなく胸を撫でてみた、ガラス戸のような感触、そのまま指先を下半身に這わせると、あったわ、突起物、きみは誰なの、内緒話しをする要領で声を細めてそう訊いてみたけど、返答はなくじっと見つめ返しているだけ。寂しそうな表情だったわ、いえ、あたしがそういう見方しか出来なかったかも知れない、どうしてかって言えば、、、絹子、あたしを見損なわないでね、お願い、、、パジャマの下を脱がしてみた。そう下着もろとも、それは立派な大人のものだったわ、しかも陰毛は真っ白で全然縮れてなく白糸のようになめらかなの、触れなくても分かった。きみはいくつなの、答えはない、あたし最近あれしてないけど、男のあそこは十分知ってるから胸騒ぎがした。おさまりつきそうない息苦しさ、でもずっとじゃない、いつかは消えてしまうだろう遠い海鳴りにも似た心細さ、そしてあえて情緒を不安にさせる優しさ、少年が口をきけないのはすぐに理解できた。あたしなんかとは喋れないんだ、棲む世界が違うからよね、だったら何故ここに居るのよ、易々とあたしに引きずられおチンチンだしてるのよ、少年は顔色を変えないし、怒りに任せた内語も通じていないようだった。だけどもきみはこうして黙って佇んでいる、そうよ、お見通しね、あたしがこの部屋を求めたのよ、きみに出逢う為に、、、絹子、わかるでしょ、その子はあんたにそっくりだった。あたし少年のものをくわえた、当たりまえのように堅くなったから挿入してもらった。嫌がったりしなかったわよ、あんたがあたしを警戒しているのは分かるわ。でもまあ、よくここまでつき合ってくれたわね。あたしが女装してても動じないんだもん、絹子あんたはいいひとだ。そこの角を曲がったとこがあたしのアパートよ。もう分かったでしょ、地縛霊と会っていく、はははっ、無理はしなくていいんだ、そんなもの居ない、あたしが帰るまでは絶対に居ない。ありがとう絹子、素敵なほほ笑みだわ、だけどもあたし本当は蔑んで欲しいんだ、そうしてくれない。 2012.1.6 |
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