ねずみのチューザー12 真っ青に澄んだ秋空の爽快が惜しげもなく水面を讃えている。波立つことを覚えない鏡面のようなすがたも又、蒼空をいつまでもとらえておきたい欲望を忘れかけている。 アルミっぽい金属製のマグカップは湯飲みとして風情に欠けるのかも知れないけれど、冷凍だと聞かされてはいたそのにぎりめしを、かじりだして中身の梅干しが顔をだすまで、しんと湯気を立てていて、のどへ流したのはふたつめを食べおえたあたりだったが、思いのほか煎れたてのほうじ茶の香りを存分にあたえてくれた。同様にかなり大きめのにぎりめし三個の味わいも、まるで炊きたてをさまし結ばれたしっとりとした食感があり、米粒を離ればなれにしない為より集まった意思みたいなものが、口のなかで物悲し気に、そしてすぐさま陽気に、ひろがっていったよ。 目線は池の真ん中あたりにちょうど浮き釣りの案配でただようのでもなく、流れるのでもなく、揺らいでいて、かみしめるほどに空腹が意識される楽しい焦燥は、指先にひっついた米粒を惜しむふうな心情へとまじりあい、実際にも数粒が純白を際立たせていたので、いつになく水辺に腰をすえている自分がかげろうになってしまって、取り囲まれてあることの自然さが小雨にけむる大様であるまま、すっと顕われている気持ちになったんだ。さっきも話したけど、そんな一体感というか、無心な状態には、いつも見限られていたから、出来るだけその心持ちすら留め置かないように、かといってなくしてしまうのでもなく、霧がはれるのを反対に延長させたい仄かな願いを水面へ沈めた。そうして、しみじみとねずみのにぎりめしを観察したのさ。 三個とも海苔には巻かれていないのは、竹の皮を開いたとき一気に見てとれてしまったが、それだけに具の有無が気にかかるじゃないか。適当な具って言ってたけれど、ひとつめが肉厚でやわらかな梅干しであったのは思い切りストライクだったし、ふたつめもいい塩梅に甘みをおさえた昆布のつくだにだったから、期待感より満足感が勝ってしまって、残りがあとひとつとなった竹皮を見つめる目には、ここ全体の光景を含みこみ尚更まばゆいものになってきた。 ほうじ茶の湯気は晩秋の渇きに誘われ青空高くのぼったのだろうか、舌先にも口中にも熱気を残さない温度は、季節そのものでもある自解と共にあって、白雲さえ描かない潔癖さに浮かれるこころへ語りかけてくるもの、それはこの白米で結ばれた質朴な朝餉のかたちにあるのだった。ささいな葉ずれも呼ばない、ときが止まったような空気は光をどこまで保ち続けるのか、指先についた米をなめて、茶をすすり、今度は大仰にまわりを見まわしてみる。変化ない水上の沈黙、目くばせも無用に思われるもげもげ太の表情、同じく切り株に乗っかってサイズこそ違いはあるけど、三個のにぎりめし食べているチューザー、彼らは僕に合わせるかのように、残りのひとつに手をだした。僕はほうじ茶がのどもとにいい調子で流れていったのを微笑みで返しながら、具を案じながら、がぶりと頬張りついたよ。ああ、鰹節だった、おかかだね、シンプルに花かつおを醤油でまぶしただけのものだったが、中心だけに固められているんじゃなくて、表面の白さを保っているが意外と思えるほど、中身はまんべんなく、しかもうま味が白米に染み渡るような勢いは得も言われない。なんくちで食べてしまったのか、微風を待っていたのか、この瞬間に訪れる満腹を知らしめる祭り囃子を遠くに覚えることがまぼろしであるように、風はそよがず、竹皮の香りだけがほんのりとかすめていった。 相当ぼんやりしていて、意識は水にひたされる紙みたいに猶予をあたえられなかったようだ。いや、決して悪い意味なんかじゃない、むしろ、光線と影が織りなす襞のうちに溶け込んでしまい、鮮やかな編み目にしばらく包まれたんだろう。 「これでよかってですか。ほかにもありましたが」と、もげもげ太がバヤリースオレンジの缶を差し出してくれるまでは、どうやらほとんどの感覚はコードを抜かれた機械と同じで、なすべき機能をおこなえなかった。 「ファンタオレンジ、HI-Cオレンジ、プラッシーにスコールとかありました」 もげもげ太は僕がうっとりとしている間にバスから飲み物を持ってきてくれたんだ。えらく懐かしい名前が並んでいるので、もう一度遠い目をしながら景色を追ってみた。 ジュースはよく冷えていたよ。真夏の汗ばむ季節に最適なくらい。これは後からわかったんだけど、バスのなかには案外大きな冷蔵庫や冷凍庫が備えられていて食材なども豊富らしく、長期走行に対応できているようだった。ああ、自動運転の秘密なんかもあきらかになったんだろうが、それほど感心はなかったから僕から強いて訊くこともあるまい。時計を確認する場面もなく、朝餉を終えたのが正確に何時だったのかは知らないうちに再びバスへ乗りこむと、いよいよ、チューザーともげもげ太から核心に迫る話題を提供された。そう僕が今ここにいる成りゆきについてね。それは思いもよらないところから来てきたんだ。 |
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