まんだら第二篇〜月と少年4 奥手と云えばそうであった、しかし富江が最初の女体であったのではない。彼女と知りあったのはほんの一ヶ月まえ、まったくの偶然による、しかも指向する自然を背景とした晃一に相応しい出会いであった。 生まれて初めておんなの素肌に張りつめた情をもって触れたのは、このまちに来てから日数も浅い、空気が心地よい湿り気に侵されはじめ、新鮮な陽射しが辺りを乾燥させようと懸命に蒼穹の彩度を高めていった初夏の頃だった。 引っ越しの準備から始まった、晃一のまさに青春の旅立ちは、慌ただしさのうちにもどこか醒めた時間が通り過ぎてゆき、薄い膜をへだてた非現実感が溶けこみ、さまよっていた。 親友とまで呼べるほどの友達はいなにしろ、近所には幼い時分よりの学友も住んでいるし、先日の女子生徒ふたりにだって、いつでもたぐり寄せられる想い出以上の心持ちがたなびいているから、、、 二年生の冬休みまえ、晃一は彼女らから続け様に告白を受けた。最初に今井まみから淡く飾り気のない純情をうちあけられ、その素朴な軽やかさに乗りきれず返事をためらっていたところ、今度は彼女と仲よしの本間梨花子から未熟な媚態を漂わした表情で明るい好意を告げられたのである。 「わたし、まえからだったんだ、、、まみはまみの気持ちよ、ともだちだからって変に思うかもしれないけど、まみも承認ずみなの、わたしの番はわたしの番、きらいだったら、はっきりとそういってほしいの、、、」 梨花子の足首は交差され、ねじれた豊満なからだつきは誇張された内心をいくらか物語っているようで、その実自分の意向をたしかに伝えていて、そのとき晃一は別なひるみにより上気してしまい、相手がすでに自分の胸に身を寄せているのを呆然としたまま気力のない腕で受けとめてしまったのだった。 そのあと、くちびるがどちらからともなく近づくと、薄目に閉じられてゆく、しかし突き刺すように見つめる瞳のひかりがにじんでいるのが星の瞬きに似たうつくしさにも感じて、白い歯を覗かせているくちもとに触れたとき、これがキスなんだと思いながらも、お互いの歯が乾いたおとを立てていることに気が集中してしまったのである。 ややあってふたりが距離をつくったとき、切りそろえられた梨花子の前髪は、反対に謀反を起こしたかの険しく頬にかかった乱れ髪をいさめているように、清く可憐に晃一の瞳へと映った。 その夜更け、晃一は梨花子を想ってほとばしるものをひとり空に放った。 夢想は未来へと拡張してゆき、我が身の置きどころは現世には見当たらないと云った倒錯した理念が放埒にあふれだしのはこの頃であり、晃一は天啓にうたれたように、非社会人であることに来るべき将来を託した。 前歯はと云えば、それからもふたりきりになる度に数回ぎこちなくぶつかりあって、舌さきが異質な生き物みたいに侵入しかけたとき、同時に胸もとの柔らかな感触が電流となって股間まで伝わり、晃一の根もとを奮い立たせた。けれども、それよりむこうへの侵攻は行なわれなかった。 ふたたび欲情が突き抜けたのは、年があらたまった寒空の下、学校の近くの細道に見知らぬ生徒と腕組みで歩いている梨花子のひかえめな顔つきを遠目から見いだしたときである。晃一はそれから幾日かのあいだ悲しみを胸にとどめ、根もとからのくみ出し作業を儀式とすることに朝晩没頭した。 その甲斐もあってか、いまでもふたりの女生徒はこころの友を上手に演じてくれたのだと信じている。 彼女らを含んだ数少ない交友への惜別も淡々とこなし、それからは母の提案した道行きをとにかく試してみるだけだったけれど、果たして本当にこれが自分の選択した方途であったのか疑問がないわけでもなく、しかし、いきなりホームレスになるような非社会性に憧憬は抱くことも出来ない、とすれば家族の愛情を一身に背負ったつもりでの譲歩こそが、やはり最良の道に違いない、、、 新幹線のりばで両親との別れ際にも感傷へひたることなく、このまちに到着し、三好の家のひとたちに挨拶をすませたその夜、ひとり寝のしているこの畳部屋がこれから自分の住処になるのだと、言い聞かせてみたときにやっとせつない気分でいっぱいになり、なみだがこぼれて出してくるのだった。 窓のそと、せまい道路をはさんですぐにさきにひろがる海の香りが、自分の甘酸っぱい精神を讃えてくれているようで、この素晴らしい孤独感こそ、無難に人生を渡ってきたであろう父には味わえない質だと云う誇りをかみしめながら、聞こえるか聞こえないか、潮騒へと耳を澄ましてみるのもけれんみあり気かな、などと意識しているうちに晃一は心地よい眠りへとおちていった。 |
|||||||
|
|||||||