まんだら第二篇〜月と少年34


単線鉄道の轍はどこまで行っても音響でしかないにもかかわらず、このように記憶の残像を呼び寄せてしまう加減は、、、祝福に包まれた光輝とも、災禍に圧しやられた苦渋とも異なる、がしかし、その双方を遠い彼方に想いかえしてしまう加減は、、、一体どこからこの耳に奥へと通じているのだろう。
単調な響きがもたらす催眠効果にも似た安定感は、切迫した情況をまるで真綿で被ってしまうように、心臓の鼓動を決して増幅することなく、反対に雲がかかった視界のごとく見定めを確定させない、意志を高揚させない、そして感情を隆起させないことで、こころの音をそっと静めてくれているのだった。
また、予想すら覚束ない、無邪気な童心が表現してみせるあの蝶の飛翔と寸分の違いがないであろう、軽やかさはすぐさまに嗅覚的な領域へと想いことごと連れ去られ、鼻孔へ糸状の風がすっと抜けていったときには、それが何の臭いか判別つかないまま、しかし、すでにそれは或る遠い過去の光景を脳裏に描き始めようとし、次の瞬間には、現在の、この現在の、車両を運んでいる金属音が視覚をつんざく閃光となって道行きを案内しはじめる。
小学の低学年まで市内に住んでいたこと、あまりに校舎と住居が近すぎて、特に運動場など自分の庭みたいな感覚で視野にすっぽりとおさまってしまい、子供ごころにも違和感を育成していたこと、だが、裏の広い道路を隔てた向こう側は『まち』と呼び慣らされ、決してひとりでは足を踏み入れた試しがなかったことなど。
そうしながらも、記憶の蝶は自由にはばたき、商店街に面してしたパチンコ店の脇に細長く通じていた路地の薄明かりへと、閃光はあたかも急激な暗転で羽をおろし、暖色の透きガラスの扉が開閉するたびに大きくもれてくる銀玉の弾きだされる音に得も云われぬ、興味を感じるのだった。
こども同士が、たとえそれが何人いようがうかがい知れない、そこはおとなの秘密場所。騒音ともに下界に吹きこんでくる、冷房のひんやりした空気、それから、灯油にまぶされた金属みたいな、わずかに鼻をつく酸味のある臭い、、、立ち止まることは出来なかった、路地とは抜けていくところ、微かの時間ではあったけれども、鮮明にこの身体に触れていった想い出。何度、あの臭いに出会ったのかは覚えていないが、ああ、おそらく夏だったに違いない、外気とは異質の全身の体感すべてへ急激に侵蝕してくる冷気、、、
回想はいつも曖昧であるけれど、そのじつ以外や遠近定まらない必然色をおびている。

孝博の胸中には、煩瑣な蜘蛛の糸が巣くっているはずだった。そうあるべきからこそ胸騒ぎが途切れることなく、ため息は焦燥への加速を増すための懸命な生体反応となり、禍いが強迫するいばらのトンネルをくぐらなくてはならなかった。血を分けたたった一人息子に危機が訪れてしまった。
こころのどこかで予期していただの、己の宿業などでは済まされない危機が、津波のように発生し、この先を案じることさせ、どこかに捨て去りたいほどの絶望感に支配されている。
しかし、思念はところかまわず駆巡り、孝博のすべてを蝕みはじめ、負の方角からは来るべき使者が予言めいた口調で、早くも鎮魂に向けた説教を唱え出し、孝博の神経を必要以上に逆なでしはじめ、だがそれは悪夢が絶頂に到達する間合いと同じくらいの駿足で、不意に掻き消えてしまい、と云うのも明確な現状など把握していない故に、闇夜を暴走する荒馬となる妄念の行きつく先がどう転んでみても、自ら鞭打った結論でしかないことを薄々知るに及ぶからであって、では楽観すべき余地の土壌が拓かれているのとなれば、その場所には気安いなぐさめが不必要なように、安直な憂慮はまさに安直なまま、車窓のうしろへと流れ去ってゆくのだった。
胸のなかにどっかりと居座り続けるもの、、、それはやはり悪夢となんら変わりはない。しかし、夢のさなかにおいて、夢そのもの、夢の形式と云うもの、それを知悉した冷静さを経験したものならば、こう意識をねじ曲げることは無理なことではない。
「これは夢の夢なのだ」
意識が膨満感に苛まれ、神経が末端を見失いかけるとき、伝家の宝刀はその鞘から抜かれ、妖しい銀色のひかりを放ち出す。月影の鎧武者の魂魄はそこに宿り、あの火事場の馬鹿力といった瞬発的な奇跡がこの世に展開する。
我々はそれを放心と呼んでいるではないか。長時間は保てない、これは希望でも絶望でない、生体反応が燃え盛る一刹那は、孝博にとって幸運なことに、時間的連続体を端的にかいま見せる列車内と云う場面を提供している。
悪心にせよ、何にせよ、泡沫のごとく消え去る運命にあるものは、決して彼だけの精神ではなかった。