まんだら第二篇〜月と少年32


「前置きが少し長くなってしまいました。お許し下さい、ひとつは貴女に対する真摯な謝罪を、もうひとつはあの日以来から相互の裡にあったと思われる心持ちと誤謬を、確かめておかなくてはならなかったからです。
先日、晃一から連絡がありました。と云いましても家内宛ですけど、そうです、貴女との交際を結実させる声明、結婚についての相談でした。家内は相変わらず拍子抜けしてしまいそうな表情で私に仔細を語るのでしたが、困惑が隠しきれない様相は当然のこと、夫婦間でのやりとりは割愛させていただき、それより、息子のまたしても一本の矢尻が放たれたかの気負いに押されかけた一週間後、今度はかつて知ったこともないくらい途方に暮れた様子の電話があったと聞かされたときの気持ち、、、木下さんから大学宛にいただいた書中からおおよそ局面はうかがえてたとしても、あまりに観念的なそんな情況が一人息子の身に降りかかってしまう事実、、、ことの発端はこの自分にあるというのに、どこか絵空事を観察しているような心境、、、
直後に津波のごとく押し寄せてきた、貴女にも指摘された成立しない反応、そう、どうして最初の段階で策を講じるなりの気概を抱かなかったのか、何故ことの成り行きを等閑に付し薄ら笑うよう見過ごそうとしてしまったのか。ひたすらに反復する後悔の波しぶきを浴びながら、行きつ戻りつするのはそれでも、どうにか意味づけだけでも付与しなければと云う、懺悔にはほど遠い俗物精神の生成だけでした。
先の文で申しあげましたように、晃一の意思決定を知るに及んでようやく、ことの全体像が俯瞰出来ることになり、まずはあまりに自己保身と安住の精神をむさぼり続けた猛省として、傲慢な思惑を含んだまま貴女に書き記すことが要請されるのでした。
お手紙が届いたのがちょうど二週間まえ、それから晃一の落胆を聞かされるまでの間に私のとった行為は、一途に煩悶するだけでした。
どう木下さんに返信するべきなのか、ましてや封筒に裏には名前のみ記されたまま住所は伏せられています。貴女の一方的な思案がそこにすべて込められているかのようで、ただならぬ雰囲気、またその秘密めいた様相が醸し出す匿名性が、こころのどこかに不安とは別種の安息を位置づけようとして、あらぬ想像をめぐらせてしまう始末、閑却してしまった問題にあわてふためき、極秘のうちに貴女に連絡をと(手紙とは違う手段で)あれこれ考えこんだりもしました。
貴女の住まいは分からなかったけれど、晃一から聞かされていたバイト先の飲食店はすぐに判明しましたので、そちらに送付させてもらいます。
これも無粋な下衆とも指差されても仕方ありませんが、あの封書はある意味強迫文をはらんで差しだされたのではないかなどとも訝るのでした。それに対するまたもや過剰な防衛が、晃一をだしにしたくだらぬ心理描写と、沸々わきあがってくる猜疑を鎮静させるために仕掛けた貴女への挑発だったのです。
前文にその模様は克明とまでは云えないにしろ、お明かししたつもりです。遅疑する苦渋の顔色までを読みとっている貴女の慧眼はまことにたいしたものだ。素晴らしいと感嘆の声をあげたくなってしまうのも無理ありません。
そして三日前、私なりの解答を提示すべく書き記した内用に封をし、あとは投函するまでだったのでした。
ところが、再度筆をとりそれまでの文面のある箇所は削除され、こうして書き直される必要が生じてしまったのです。返書の遅れはこうした次第によるものでした。

ここから書きだすことが、実質その必要性なのです。そう、これから先は端的に申さなくてはいけない。
三日前の晩、晃一はこう私に電話口で喋ったのです。
『お父さん、富江さんのこと知っているの、彼女は帰省の列車で乗り合わせたって話してるけど。それっていつの話しなの』
もちろん私は、そのような娘と隣どうしになったような記憶があると、言葉をにごしながら写真を見た限りでは思い浮かべることがあり得ないと答えておきました。それ以上の探りを入れる素振りは電話の向こうにもうかがえなかったので、その場はこちらから詮索もしませんでした。
一体これはどうしたことなのです、晃一には列車のことは触れてないと手紙にも書かれているじゃないですか。
私は確かに自分勝手かも知れません。もはや自意識を放れたところで、自在に意味合いを構成しているだけの救いようのない気まま者でもあるでしょう。だが、行動として外部に躍り出たものは正直にお話した通りです。もっとも木下さんに同じ歩調を強制することは出来ません。
だからこそ、答えて欲しいのです。果たして、どのような考えをお持ちなのかと」