まんだら第二篇〜月と少年31 「おそらく貴女はこう反駁されることでしょう。いかにも親子揃って観念論者らしい意見だが、晃一のうしろに父親のかたちなど見受けられないまま、そこには沈黙を守り続けようとする怯懦なおとなを知るだけ、、、息子との交わりに瞠目しつつも、その実、速やかに関係が終結するのを願っていると。 そうして、これをいい機会に晃一を東京に引き戻せれば、実験とやらは寸劇として見事に演題を達し得たことになって、母親の憂慮も取り払われ、まさに青春の貴重な一頁に綴られた奇跡的なメモリーとなる。 究極の関係性にまで発展しかけたうえでの終息であるし、何よりも実際に木下さんにこうして心中を吐露して、やっと謝罪が述べられるから。 晃一本人の失恋はどうするのかと云えば、彼にあらず、あたかも遠隔操作でもして身体を自在に操ったふうに、それであたまのなかは自分であるなどど念じてみることで、息子の傷心をわが身に引き受けるかのようにして、現実の晃一の痛みから眼をそむけられる。 まことによく構成された心理劇ではないか、、、わたしのことは、あくまで復讐とは異なるアプローチでもってこころの奥に巣くった暗部を根こそぎ自分のそとに放り出し、そのついでに厄介な影法師から上位へと立ち位置を確定することで、共存とも呼べる間柄を保持出来るではないか。そのように思いこめばいいのだと。 そう云うふうにとられても仕方はありません。憑依現象など得体の知れない表現を持ち出してまでの弁明には、どこまで行っても自己保持の粘着しか見えてこない、、、 わかっています、私自身もよくわかっているのです。確かにどう言い表わしてみたところで、所詮は言い逃れでしかありませんから。 しかし、そんな弁明を私のなかに一抹の希望とも似たかたちで授けているのは、木下さん、貴女がしめされた温情と呼ぶには冷ややかな、が、突き放してしまうには非情であると感じる、ある種のとまどいではないでしょうか。 いかにも断定的な言い様ですが、貴女の文面に浮き出てしまっているみみず腫れのような奇妙な感覚、被告を弾劾する切先はあくまで懐へしまいながら、事件が過失であったのか故意であったのか問題視しない不可解な加害者意識、それは何より晃一との距離を限りなくなくしてしまうことで、もっと明確に申せば、自ずから望んで新たな葛藤を生み出そうとするのは、如何なるゆえんであるのか。貴女はこう述べてております『意識の葛藤とは複雑なものですね。それに比べると肉体の葛藤とは、もはや知性を疎ましくさせます』 私にはうら若い女性の心理および生理など把握することも分析することも出来ません。私がとらえられるのは、女性の肉感は私の意想を越えているものかも知れないと云う、ただの幻想だけです。 よく理解出来ないです、どうして私の子供と判明したのちに過剰反応するみたいに、逆噴射してしまうみたいに、安穏な日常を逸脱してまでも、たとえそれが木下さんにとって唯一の方法論だったとしても、あえて危険な断崖に歩みよろうとしてしまったのか。決してたぶらかしではない、と言い切る貴女の口調には、単に否定的な意味あいを抜け出てしまった賭博的でどこか放埒な気性が透けて見え、更にはこれも幻想の底辺に漂う気配ですが、拒絶と願望が混交とした未分化な底知れない胎動を察してしまうのです。 それは、貴女の母性が無意識的に稼動しまい、私と云う性的な種子を受け入れ夢想ともなる婚姻の結果晃一が誕生してしまう、こうした本来は有り様もない現実を抹殺するために、その時間軸を形成する親子の因果を立ち切る必要があった。つまりは晃一と先行して肉体的に結びつくことで、私の存在そのものをこの世から抹消してしまう。 貴女が復讐と呼びたくないのは、どうしても自分だけの現象として問題として、すべてを解決してしまおうと試みた、そうです、まさに観念的な方法論だったからではないでしょうか。強靭な意志のあらわれはご自身で書かれた通りです。 一瞬にして、まるで大宇宙の開闢のように、晃一から氏名を聞き及んだとき、すべては決定されたのでしょうね。交際が深まり、お互いに虜となりつつ様相が光りかがやいて、いずれは私のもとへと伝播する。 計画などではありませんよね。待っていたわけでもないでしょう。望んでいたのは、と言っておられるがそうでもないはず。貴女はただ、失態を回復したかっただけです。肉感と云う衝動を甘受してしまった、いまとなっいては郷愁と呼びならわすことさえ気恥ずかし気な、よくつかみとれない感覚を、、、 成立しないと判断された写真への反応を、随分と想像力たくましく語ってくれてますね、素晴らしい。 男冥利に尽きると喜んでみたいところですけどそうもまいりません。 それは冒頭で述べましたように、この返信が遅れた理由をこれから、木下さんによく説明しなければならないからなのです」 |
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