まんだら第二篇〜月と少年22


小首を傾げ気味にした目もとは、幾分か身長の差で定置へと配属されたふうに、やや下方から見上げられる面を一層、小悪魔的な挑発で浮かびあがらせると、あたかも晃一の視線にそって飛び火して来そうな勢いのまつげが鋭く、だが際どさに至らぬ電撃となりながらも、信じられないほどの柔和に転じてしまうのは、その首もとの真下になめらかに現われている胸の谷間へと、あらゆる心情が転げおちてゆくことで確定されるのか。
焦点さえもがぼやけて消えうる、乳房の盛り、、、日陰の熱い桃、、、絶対の果実、、、
「そうなの、結局、その麻菜さんとの初体験の確信はないままってわけね。だって、お口の場面しか覚えてないんでしょ。でもいくら酔っているからって、そんな大事なことをぼやかしてしまうんんて、随分ともったないことよ。ええ、確かに当人に問いただすのは、もっとかっこ悪いかも」
ことを終えてみてもはだかのままでいるには、少々肌寒さを感じる故に、こうしてすでに炎上した愛欲が終息を見せた素振りで互いの衣服をまとい、如何にも見た目だけでは全裸となって求め合った姿かたちは汗がひき渇くことで、反対に情欲の飢餓が充たされるのだったが、その透けて移しだされるような、こぼれ落ちるために存在しているような、再来する色情の顕現を待ち受けてしまうことに帰着してしまう。
丸かじりしたリンゴを今度は、向こう側からかじりつく衝動として、、、
「いいんだよ、富江さん、ぼくはああやって闇に閉ざされた記憶であるほうが刺激的だと思うんだ。仮にきちんと挿入していても、、、」
そこまで言いかけると、晃一は話しぶりでは富江のほうが性に対してあっけらかんとしていて、その実、年上にしては自分よりおさなげな雰囲気の顔つきをもちながら、からだははちきれんばかりのゴム毬みたいな落差に未だ幻惑されていることを再確認し、すると挿入と云う語感が放った意味合いは、言霊並みの霊力で富江に向かって露呈した己の陽物のようで、なんともくすぐったさを感じながらも、あえて深く女陰をつらぬく意地で、
「すぐに放出してしまったらさあ、それでそのあとが続かなかったら、とてもいい印象を残さないだろうって。でもあの夜に間違いなく、あれを体験したとぼくは言い切りたんだ」
そう話してみたものの晃一には、あの鍵を手放してからのめくらむような幻想を富江に語ることが出来なかった。何故ならば、あの女体との融合は、この世のもととは異なるあくまで観念的な、自慰が創出した演劇であらねばならなかったからである。
その代わりに夢の彼方にとり忘れた可能性は、ありとあらゆる姿態で非常識なまでの痛快さを演じつつ、だがその反面鋳型に押し込める灼熱の類型が定められること、この両義的な了解がこの世界を実りゆたかなものに仕立て上げてくれるのだった。
麻菜との交わりは欠落することによって、富江のすべてをたぐり寄せ、その他の満ち足りない項目は秘蔵の部品で補填されることとなる。常に完成されながらも、見事にその場で崩壊してしまう時間の流れのしもべと化すのだがそこに陰惨さなどはなく、この能動的な陰りこそ、未来への忠実たる従僕でありながら、闇夜に視界を通じさせる絶対君主の手腕が最良の発揮されるところ、つまりは労働の歓びを発見する刹那でもあると云えよう。
富江には、そんな晃一がとても健気に映じるのだった。
「わたしは知っている。月影が引力がどんな魔法を駆使するのか、、、あなたの父親と一緒に列車でトンネルをくぐるときに覚えた、うしろめたさを孕んだ好奇心のわだかまりを、、、祭りの夜、独りで死と向き合ったとき夢幻の境地にさまよわせた偉大な優しいちからを、、、」
「富江さん、、、」
如何にも甘えやわびしさを、哀願にすり替えた晃一の声は、ふたりがどこかで見上げている月夜の静寂に染みこんで行くようであった。
ふたたび富江の両目は視界を遮断して月世界へと翔けてゆく。熱いくちびるを互いに鎮静させると云わんばかりの醒め過ぎた情炎でもって。
富江のなかに夜の河口が開けてくる、、、すでに慣れ親しんだ住人だと思いこむ意識には、もちろん刃が仕込まれていた。
「あなたの名を知ったときから、こうやって待っていた自分が成就すると確信したわ。さあ、次はわたしが語りだす番ね」
おそらく富江は晃一の父、孝博への復讐を企てたのではなかった。そう自分に言い聞かせた。ちょうど晃一が初体験を幻影と現実の境目で確認するように。
彼女が画策したのは他でもない、この居心地のよい、思春期に萌芽を見せた自分に寄り添っては先んじ、乗じては後手にまわりこみ、生命そのものと不可分になって羅針盤を狂わせた、もっとも愛しい過去、あの影法師に復讐の念を抱いたのである。それは晃一の考える偽装の心情とは違った、壮大なる母性に突き動かされているのであった。