まんだら第二篇〜月と少年12


「ねえ、前にどこかで会ったことあるような気がするんだけど」
「そんなはずないさ、磯野くんはこのまちに来てから日が浅いし、どうして麻菜ちゃんが知ってるわけ」
早すぎるのでもなく遅すぎるのでもなくしてふたり連れが現れると、晃一はすでに酔いが全身をまわりだしたのを感じたのだったが、高校の頃にも似たような感覚を保ちながらそれでも相当量を痛飲したことが思いだされ、別段呂律が怪しくなったわけでもなし、ただひたすらに心身が上昇していくのが確認出来るのだった。
「うん、そうなんだけど。まだ十八でしょ、、、きっと誰かの面影がかぶっているのかなあ」
ただでさえ丸い目を思いっきり見開らきながら、しげしげと値踏みでもするふうに迫っている視線を避けることはまだ晃一には難しく思われ、悪気はないにしろ露骨な目つきにさらされている実感は、酔い心地を差し引きしてみても少しばかり釣りがくるのだけれど、それはある意味ぜいたくな自意識の残余でもあった。
テーブルをはさんで男女対座する恰好の配置は、初めてのふたりからしてみれば当然合わせもった好奇の的となる。
むろん晃一の方でも森田からそれぞれの名を告げられた直後から、果たしてどちらが妊婦なのか、また年齢差はなどと見定める意欲がわき起こっていた。
晃一の真正面が青井好子で、その隣の席で大きな目を光らせているのが上戸麻菜だった。
飲みものの注文をとりに来たときには好子が、今夜のいわば発起人であることがさとられた。話しぶりから察するところ麻菜の方が若干年上だと思われたのだが、目もとにべったりと塗りこまれた原色と呼称するのが適切なくらいのブルーなメイクが、好子の第一印象を決定づけてしまって方や自然な団栗まなこと比べてみると、異質な対照がありありと見受けられ両者の個性が同時に飛びこんでくるようで、増々年齢不詳を募らせてしまう。
「あっ、焼きそば、おいしそう」
そう言って好子が注文した品を横合いから奪いとる手際も悪びれたところがなく、そんな麻菜の幼さを晃一は高いところから低いところを見おろすときに似た、爽快さでもって眺めているのが転倒した立場であるように意識され、言い様のない親近感を覚えだした矢先、反対に視線を送るがわから送られるがわに転じていることを痛感してしまうのだった。
森田は彼女とはかねてより気心が知れているらしく、必要以上のプロフィールを晃一に示すことなく酒宴は続行されてゆく。
ウーロン茶をすすりながらもこの場が楽しくて仕方ないと云った内心が隠しようがないのは、やはり森田からさきほど説明された好子の微妙なこころ模様なのだろう、焼酎片手に今度は水餃子をつまみだしては無邪気に喜んでいる麻菜の微笑みとは別種の開放感がかいま見える。
「そうよ、梅男さんの言う通り、麻菜ちゃんの思い過ごしだわ、ついつい目新しいものに理由づけしたがるのは、欲深い証拠かもね」
平然とした口調なのだが、濃厚な化粧の奥からかがやいている瞳の崇高なまでの優しさに、晃一はたとえ先入観があったにしろやがては母となる運命の底知れないちからを感じてしまい、その皮肉めいた言い草には本来宿っているべきものなど実はないのだと云う、不思議な予言を教えられているようで感心してしまったのだが、そんな逆説を放っているのは現実の妊婦であり、しかもすぐ後で知った好子の年齢、、、まだ二十歳であることが奇跡を呼び寄せるための装置であるかの早熟な態度と醒めた幸福感、、、少しばかり年かさであることがここまで大きく開きを告知していることに初めて触れるのだった。
とは云え、晃一の穿ち過ぎもまた同罪であるのを次には知らしめるように、
「何よ、あんたは結婚するからいいでしょうけど、つかみとれない人間はいつだって右往左往しているものよ、去年まで半べそかいてた癖に」
ついむきになってしまったと言いた気な、しかし、攻撃的にはけっしてならないむせこみながら語尾が下がってゆく麻菜の音調に同感してしまうのも、切なさを共鳴しているようでふたりの言い分に振りまわされている自分が浅薄に思えてくる。
だが、そんな主体性のなさ加減に自由をあてはめてみるのも、悪くはない禁じ手だとしたらなどと、ぼんやりした意識がぬくもったのはやはり酔っているせいなのだろうか、そうこころの片側をやんわりと見返してみるのだった。