まんだら第二篇〜月と少年1 夏の終わりのひかりが遠い彼方にかがやいている。九月の末に吹きぬけてゆく風は、時折思い出したかの気分をふくみながら二階の窓から部屋のなかに訪れた。 両端に束ねられた淡い水色のカーテンから解放されたと云うふうにして、白いレースの透かし模様はやわらかに羽ばたくようにして舞いあがり、晴れわたった秋空の青さを一層あざやかに描きだしてから、重力に静かな抵抗をみせながら、裸になった少年の瑞々しい背中のはしを、そっと撫でていった。 「もういったの、、、」 抑揚のない喉がかすれ気味になった低い声は、しかし意味を孕むことにより、限りない透明度をもった艶やかな水質に似た肌触りを晃一にもたらした。 たったいま首筋から肩先へと流れおちたくちびるは、女体との清冽なふれあいの余韻を噛みしめる間もなく微風に呼応してしまい、 「ああ、いった、、、」 と、如何にもけだるさを漂わして答えたのが、やはり気恥ずかしさからくる演出であることを反響音としてとらえたあとで、晃一は背中から脇腹にかけ奇妙な感触を覚えるのだった。 「いいのよ、そのままじっとしていて。こうしているのが好きなの、、、」 今日は安全日だからと言った相手に、いつもより親愛をつのらせたのも流れゆく発露まま、あふれだす精気は体内深く注がれたけれど、その生命の種子は育みをかなえられなかった代わりに、ふたりの間に目には見えない絆を誕生させた。晃一にはそう思われた。 「わたしも感じたわ、日に日に上手くなってくわね」 「、、、、、、そうかなあ、じゃあ、あとでもう一度、、、」 素っ裸同士の快楽と軋みは、ベッドのシーツを乱し、そのしわが作りだした隙間に、徐々に激しくなる息使いに連動する肉体から、まだまだ肌寒さを覚えるには早い気候に忠実であるように、きらきらと汗がしたたりおちて吸収されていった。 ふたりを包みこみながら通っていった風は、ことが果てたあとに新たな快感をあたえていったようで、からだをふるわす悦びとは種類の違う、解放的な清涼感であった。 では、肉感は解放をもたらしはしないのだろうか、、、 こうやって日をあけず、相手のくちびるを吸っては裸をまさぐりあうことは、強烈な密接を生みだすことなり、かつて知り得なかった緊縛を晃一に授けていった。 それは志願兵の心意気に近い不自由への讃歌であり、規律への逃走であった、、、愛欲という名の監獄へひた走る為に、、、唯一異なるのは、勝利を治めることに目標を定めない、無謀な計画による光画だと云うことだった。 磯野晃一はこの夏で十九歳になった。 両親の反対を緩和させ妥協案をのみ、自分の望むままに東京を離れこのまちにやってこれたのは、ある意味奇跡のようでもあった。あの夕暮れどきに起こった家族間の葛藤劇は、血のつながりをあらためて確認しあう、ひりひりした面映い慰撫を日常会話のなかへ染みこませていったのである。 高校最後の一年に軋轢がふたたび生じなかったかと云えば、そうでもない。 父よりは母からやはり、もう一度よく考えなおしてみるよう再三さとされ、 「都会の生活から逃れたいのなら、試しに近郊の山村とか漁村へアルバイトしながら暮らしてみればどうなの。あんたは東京で生まれ育ったからわからないでしょうけど、この国の田舎なんてどこでも同じようなものよ。山々があって川が流れて田んぼや畑がひろがっていて、背の高い建物はない代わりに、似た民家が立ち並んで、しんみりとした道路のむこうに海が見えるの。 ねえ晃一、お願いだから自然とふれあいたいとか思うのだっら、一度近場で体験してみて、そこから腰をすえて見つめても決して遠回りではないと思うのよ」 腰をすえて、と云う言い方は晃一には技巧が隠されているようにしか聞こえなかった。 結局、母は距離感によって阻まれる意思の疎通を怖れ、、、なにより手の届かないところで見舞われる不運や、あらぬ転落を憂慮し、見張りのきく範疇に留め置くことで負の要因をあらかじめ最小限に抑えこもうと企んでいるのだ、、、あのとき、かあさんも最初の期間を同居するとか言ったけど、東京からあのまちまではやはり遠い、近くに住まわして常に監視するのが実は最後の譲歩に違いない、、、 そんな母の言い分を引っこめる為、晃一に残された手段は追いつめられた獲物が牙をむく、決死の賭けを試みるしかないと思いなされたのであった。 |
|||||||
|
|||||||