まんだら 第一篇〜記憶の町へ33 太もものつけ根まで左腕を忍ばせるにはどうしても半身を窓際へとひねりこみ、通路側へ背を向けてしまう恰好をとらざる得なかった。 となりや斜めうしろの乗客らの目は、こちらに注がれてないにもかかわらず、きれいさっぱり拭いさることが無理だったのは、これが夢であろうが現実であろうが同じこと、孝博はもっとも大切な要点を保持している自分を少しだけほめてあげたい気持ちになった。 指さきは富江の素足を這い、いとも簡単に夏ものと思われる柔らかな生地のパンティの右すそをずらし、湿り気をおびた割れめに侵入すると、そっと中指を縦線にそって撫でるようにしながら、こころもちその指のあたまを押しあててみて、少しずつゆっくり穴のなかに沈めていった。 富江の声色はあきらかに恐れを蔵し、しかも、あらわな怒りになるまえにかき消されてしまったとまどいは、ふたたび沈黙に似た反応をみせはじめようとしている。 車窓を貫いてくるちから強い光線にさらされた瞳孔はせばまりながらも、やはり孝博の危惧と同じく辺りが気がかりなのだろう、絞りこまれたレンズが対象を的確にとらえるようにあごを上げたまま、通路をはさんだとなりの座席の老夫婦らしき連れの居眠りをしっかり確認したのち、「はぁっ」と切ない声をちいさくもらすことで沈黙ははからずも破られるのだった。 氷壁は溶けだそうとしている、、、孝博は最果ての地であおぎ見る日輪の雄大さを想像した。そして、抑止された時間がすでに動きはじめたことを知ると、うちなる言語は富江に託されたのか、ときに乗り遅れた語感はどこか哀れでもあり琴線に抵触しかけたのだが、飛龍を呼びよせた孝博の情念はもう後戻りのきかない崇高なまでの貪欲に支配されてしまっていた。 その股間に宿った温熱は、まるで発射台に備えつけられたミサイルの緊張のように沸点を待ち臨んでいる。 富江のことの葉は、下方から吹きつけるそんな熱風にあおられ、おののきながらも期待と逡巡が交差する説明のつかない震えとなって、孝博にも自分にも言い聞かすようつぶやかれた。 「ドウシテデスカ、コワイノデス、、、ヒトガミテイルワ、ソンナ、、、アッ、ダメデス、、、オネガイ、、、」 「だいじょうぶだよ、木下さん、そこに掛けてあるカーディガンをひざのうえにのせなさい、そうすれば誰にも見られることはないから、、、僕にもね。となりは寝込んでいるみたいだから、安心して、そう、もっと腰をずらして足を開いて、、、」 孝博の声はやまびこのように互いのからだに響きあい浸透していった。そうして中指はほどよく湿りをもたらしてきた肉のさけめをふさごうと更にめりこませ、慎重に富江の顔色をうかがいながら優しく回転したのだった。 「アァッ、ハズカシイ、、、ワタシ、コンナノハジメテ、、、ドウカシテルノヨネ、キット、ソウダワ、、、ヘンナキモチガスルノ、トッテモ、ヘンナ、、、」 陽射しが稜線にさえぎられたため富江のおもてはちょうど半面だけ計られたように雲間に隠され、次に太陽が現れるまでの束の間、さながらこころのなかもまっぷたつに割られたのか、陽のあたる場所と陰りの場所がありありと識別できてしまうほど双極を見せつけたのである。 「オネガイデス、ソンナコトヤメテクダサイ、、、ウッ、ハズカシイ、ドウニカナリソウダワ、ワタシ、、、」 切れ切れに吐息となってこぼれだす富江の声色を耳にした孝博は、それが夜陰にひそむ衣ずれが醸しだす同衾へのいざないにも聞こえはじめ、もうそそり立った男根を静める算段などおよびもつかず、今はこうしてこころ奪わるよりすべはないのだと、ひたすらに阿弥陀如来の御影が脳裏を点滅するのは善きしらせに違いあるまいと信じこみ、しかし、ここが真夏の車両内であり、燦々とふりそそぐ陽光のもとであることは、白昼夢の可能性を最大に願いながらも、実際に色情が充たされていく怖れを十全に拾い集めてしまっているのだった。 増々、指のさきが鋭敏になりこなれだしたのは、いちがいにおとこの側の思惑だけではあるまい、しっぽりとまわりの恥毛まで濡れてきたおんなの性器を性器らしく扱うのは、花に水をまく育みの情愛と似たようなもの、葉のうえを、花弁のなかを、艶やかにすべってゆく水滴はおんなの側の意想を涙と分泌液で物語りながら、なおかつ相互に苦悩と快楽を授けている。 孝博は富江の目の奥に吸いこまれていくことの不安から逃れるために、幾らか手つきを荒め深々と指をさし入れたのだった。 |
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