残身8


「つい先だっての会見で花野様は、映像の立ち現われに関する興味深いお話をされておりましたが、それはいわゆる視線の配分に忠実であるということ自体が不遜な捉え方に他ならないのであって、配分などと称する意味が如何にも始めから誰やらが誠意なり悪意なりをもって割り当てられたるかのような錯覚を引き起こしている。眼差しとは眼底に潜む過敏な反応に還元される訳であるが、その反応と像とを結ぶ線の因果関係は論理的に解明されるものではない、明滅する光源のようにその都度意識にとっての信号となる、但し一般の信号機みたいに安全性は決して保証されないと申された上で、至上の映像とは隠されたもの、まるで覗き見するように制限を与えられたものである、そう言う意味で盗み見る刹那の視線は非常に気高い黙示となるだろう。例えばそこに居る女性の大きく開いた洋服の背中のようだと、語ってらしたのがとても印象的でございました。
さて私もそのお言葉を頂戴しまして、これから貴方様にいよいよ隠されたものをお見せしていこうかと思っております。それは又、映画出演を懇願する為の切り札、そう決定的な証左にもなるわけですので存分に価値があると言えましょう。それらいくつかの、、、」

ここまで文面を追っていた花野西安は、事の成り行きを見定めたとばかりの不敵な笑みを浮かべると、先程から床に膝をついた格好で股間のものを口に含ませていた女に向かって、もういいといった目配せを示しながら呟くように、「これは森田梅男本人が書いて寄越した手紙に間違いない、何たる茶番」
そんな西安の独り言に別段、興趣を覚えたふうでも注意を向けたわけでもなく、まだ屹立したままの陽根からそっと口もとを離した。この若い女は手紙にも書かれていた、西安の恋人エヌコであり言われるままに吸茎を施すのであった。行為を円滑にこなせるよう西安の陰毛は短くカットしており、エヌコも又、その愛撫が滑らかであることをよく認めていた。
都心のとあるビル最上階、ここは花野のオフィス。ソファに腰をゆったりと下ろし、まだ続く数枚の便箋に目を通す必要に駆られることなく、その束を脇に放り投げるように置いた瞬間だった。
部屋の外から怒号のような人声が耳に入るや、爆発音に似た響きが単発的につんざいて、俄に騒然とした足音がドアの向こうからこの部屋に近づいてくるのを察知するやいなや、はっきりと怒声と分かる物騒な気配が間近に切迫している危険を感じた。ここからの凶事に対し西安は、あの事故の刹那に体験すると云われる事物の流れがまるでスローモーションみたいに知覚する、視力を得たのだった。鍵の掛かっていないドアを蹴破るようにして突然現われた背広姿の男の手にはピストルが握られている、、、その男の背後には数人の西安の関係者の恐慌をきたした歪んだ顔が覗き見える、、、銃を手にした男が刺客だと判明すると同時にその顔に見覚えがあるように思われた、、、山下昇ではないか、森田から送られた同封の中から出てきた一枚の写真の眼鏡をかけた風貌、、、だが判然とした確証を抱く猶予はなかった、銃口は冷酷な殺意の眼で自分に向けられている、、、咄嗟に驚いて西安より先に立ち上がったエヌコの身を丁度楯にするように前方へ押しやる、、、確実な銃撃を願う昇はなるだけ近距離に歩みよろうとしてくる、、、エヌコは悲鳴を上げる間もないままに西安の視界を遮る、、、激しい銃声が部屋中に反響した、更に続けて二発の金属音が炸裂すると、目の前のエヌコの左側の髪が突風で煽られたように一部分が跳ね上がるのが見えた、、、ほぼ時を同じくして人が倒れこむ音がして、その後ろの方から「花野先生、大丈夫ですか、お怪我は」と多少引きつった声が届く、、、凝り固まってしまっているエヌコの身体を横に動かすと、後頭部と背中からどす黒い流血にまみれた刺客の突っ伏した姿が飛び込んでくる、、、絶命しているのか確認出来ないのはその手中にしっかりと固定されているピストルが、今だこちらに狙い定められていたのと、くり抜かれた後頭部が長髪で束ねられている奇妙な姿態が戸惑いを喚起させたからであった。ややあって背後からの発砲により見事に命中させた男が悠然と獲物に近づくようにして、まず足で銃を掴んだままの手首を踏みつけると素早くその手から武器を奪いとり、続いて足蹴で仰向けにさせ何やら吟味してから「先生、こいつは女ですぜ、男装していたので分からなかったんですが、ほら胸もあります、下もどれ」と言いながら胸元をなでてから、ズボンを脱がせると果たして女性の証拠が示されたのである。山下昇だと見間違ったのはどう言うことだろう、頭部を貫通した銃弾は刺客の顔面を大きく割りさいてしまっていたが、よく見ると確かに女の顔をしていた。