*出会い*

 
 一方的な戦いだった。
 いや、戦いと呼ぶには余りにも兵力の差があり過ぎた。
 確信のあった、勝利。
 負ける可能性など一部もない、殺戮を目的とした戦。
 反吐が出るほど完璧な。
 そんな、戦い。
 
 
 
 
 シードはぼんやりと馬を走らせていた。
 背後には自軍の兵士たちが徒党を組んで続いている。
 相棒のクルガンはしんがりを務めているので、先頭のシードは誰と話をするわけでもなく、帰路を目指していた。
 無数に浴びた返り血が固まって、服も皮膚もごわごわする。

『・・・風呂、入りてーなァ・・・』

 なんだか頭がくらくらするようだ。
 血の匂いによったのかな・・・俺らしくもない。
 シードは独りごちて、背後に控える自軍の副官を呼んだ。
「何事ですか?シード様」
 馬を横につけてきて平走する自分より随分年を喰った副官に、シードは軽く片目を瞑ってみせた。
「わり。俺、ちょっとそこらで水浴びしてくるわ。お前は後の奴らを先に城へ連れてってやってくれ」
「は?」
「いいか?これはクルガンには内緒だぞ〜〜〜!!!!」
 言うが早いか、シードは馬の腹を蹴った。
 栗毛の愛馬は一声高く嘶くと、風のように疾走を開始した。
「ちょっ・・・・シードさま・・・」
 副官の縋るような声が耳を掠めたが、すぐに聞こえなくなった。
 心の中で副官へと簡単に詫びを入れた後、シードはすぐに意識を切り替える。
 風になって。
 心の暗雲を吹き払ってしまいたい。
 今、この胸に燻る納得出来ない思いをすべて。
 振り切ってしまいたい。

『そうでなければ---------』

 自分は戦えなくなってしまう。
 戦いと呼べない戦いの中で、戦えなくなってしまうから。 

『ああ、くそ!!! 俺らしくもない』

 シードはイライラと歯ぎしりしながら、目標も定めず馬を飛ばしていた。
 流れ行く景色の中、ふと何かが動く。

『・・・子供?』

 そう思った瞬間、シードは手綱を引いていた。
 馬はたたらを踏んで止まり、不満げに嘶いた。その首筋を撫でて落ち着かせながら、シードの目は先ほどの人影を探して忙しなく動いている。
 今し方通り過ぎた林の木々の合間から、ちらりと影が見えた。
 シードは馬頭をそちらへと向けると、軽く馬の腹を蹴った。
 戦場で常にシードと生死を共にしている愛馬は、シードの気持ちを汲んだようにゆっくりと歩き始める。

『こんなとこに子供だけ・・・ってわけないか?』
 
 馬の背に揺られながら、思考を巡らす。

 キャラバンが連れている子供だろうか?
 それとも、流民とか?
 もしかしたら、先の戦いの生き残りかも-----------。

 思い至った思考に険しく眉を顰めて、シードは頭を振った。
 馬の歩を止めて、するりと馬上から降り立つ。
 驚かさないように林へと足を進めるシードを、心得ているのか彼の馬は静かに佇んで見送っている。
 林に入るとすぐ、青い服を着た一人の少年の背が見えた。
 背格好から15.6才ぐらいだと踏んだシードは、こっそりと少年の動向を見守る。
 この位の年なら、別段一人歩きしていても可笑しくはない。
 この近辺のモンスターならたかがしれているし。
 そして、彼がどこかの戦いに加わっていたとしても可笑しくない。
 自分や相棒、部下たちがそうだったように。
 そう思って、シードは息を殺した。
 少年は両手に何かを持っているのか、足場の悪い道を慎重に林の奥へと進んでいく。
 その後をそっとついていくと、開けた場所に出た。
 小さな、しかし清涼な色合いの湖があり、その側の岩場に、先ほどの少年と同じくらいの年格好をした赤い服の少年が座って水面に片足をつけていた。
「大丈夫か?ニャンタ」
 青い服の少年が、心配そうに赤い服の少年を気遣っている。
 良く見ると赤い服の少年は怪我をしているようで、水につけた足の脹ら脛が赤く腫れていた。
「平気だよ、テッド。大分痛みも引いたし・・・」
「薬草を見つけたんで煎じてみたんだけど・・・飲むか?」
「ああ、ありがとう」
「ちょっと苦いぞ?」
「・・・苦いのは嫌だけど・・・。折角テッドが見つけてきてくれたんだからね。飲まないと罰が当たりそうだ」
「なんだよ、それ〜?」
 テッドと呼ばれた青い服の少年がぷっと噴き出すと、つられて赤い服の少年----ニャンタも笑い出す。
 その様子を見つめたまま、我知らずシードは笑みを浮かべた。
 
 なんか・・・いいなあ。こーゆーの。
 
 こんな平和な光景、随分と御無沙汰している。
 昔は自分だって、相棒のクルガンとあんな穏やかな日々を過ごしていたはずなのに。
 世継ぎであるルカが軍の指揮を取るようになってから頻繁に繰り返されるようになった、先の見えない略奪と殺戮に紙一重の戦い。
 理由の見えない戦いに無意識に苛立つ自分。
 そんな自分を諭すように見せて、実際は納得出来ない心を無理に己に言い聞かせているだろうクルガン。
 いつからこんなことになったのか。
 つらつらとそんな事を考えて、気付いた時には視界から少年たちは消えていた。
 慌てて左右を見回そうとして、思わず凍り付つく。
 背後にひたりと充てられた殺気。
 それは戦場を駆け慣れているシードにとっても、逃れられぬ程の威圧に満ちていた。
 
『後ろを取られたのか-----?!』
 
 心の中で舌打ちする。
 まず最初に思ったのは、あの少年たちに仲間がいたのか?と言うことだった。
 例え、あのくらいの少年たちが戦場に出て可笑しくないとしても、これだけの殺気をすぐに身につけられるようになるはずがない。
 それほどの威圧。
 そう降したシードの判断は、しかし、背後から掛かった声にあっさりと打ち消された。
「僕たちになにか用か------?」
 聞こえた声は、まだ大人に成り切っていないもの。
 それは間違いなく、さきほどの少年のうちの一人----赤い服を身に纏っていたニャンタの声だった。
 シードはまるで頭から冷水を浴びせられたような気持ちで、咄嗟に振り返ってしまった。
 
『しまった-----!!!』
 
 自分の迂闊さを一瞬呪ったが、意外にもニャンタはシードに拳を向けることなく、そのまま一歩引いた。
 その背に、困ったような瞳のテッドを庇うようにして。
「・・・おまえら、何者だ?」
 思わずシードが口を開く。
 相手の気持ちを逆なでするかもしれない、などと思う余裕はない。
 元々、自分はわけのわからないことをそのままにしておける質ではないのだから。
「こんなところで一体何して・・・」
「質問しているのはこちらだ」
 凛とした声がシードの問いを遮った。
 有無を言わせぬ気迫の篭った声に、さすがのシードもたじろいた。
 
『こいつ・・・なんか、すげー・・・』

 素直に感心する。
 ルカにすら匹敵しそうな威圧感と、ルカの瞳にはけして見ることのできない、誇り高い意志の宿った瞳。 
 思わず見とれてしまったのだが。

「・・・おい、よせよ。ニャンタ」
「テッドは危ないから下がってろ。こいつの服についてる血は・・・モンスターのものじゃない。人の返り血だ」
 
 いわれた言葉にはっとする。
 そうだ。自分の身体は先の戦いで無数の返り血を浴び、赤く染まっている。
 まるで自身の髪が元々赤いように、その服も元から赤いのだと思わせるほどに。
 シードは息を詰めて、目の前に立つ少年たちを眺め見た。
「・・・お前ら・・・孤児、か?」
 自分の言った言葉に胸が冷える。
 もしそうならば、その原因はなんだったのか?
 それを無理矢理意識化に埋めて、シードは言葉を続けた。
「行くところがないなら・・・その、ハイランドに来ないか?」
「ハイランド?」
「ああ、俺はハイランドのシー・・・」
「例の狂王子がいるところか」
 ぽそりと呟いたニャンタの言葉に、シードは口を噤んだ。
 背後のテッドが顔を顰めたのが目に入り、それがまたシードの心を暗くした。
「ハイランドに連れていって、僕たちを奴隷にでもする気か?」
 見下すように問われて、シードはかっとなった。
「んなこと、するわけねーだろ?!」
「じゃあ試し切りにでも使うのか?」
「・・・・・・・てめっ!」
 一瞬、怒りに身を任せて拳を振り上げた目の先に、ニャンタの持った棍がぴしり、と充てられた。
「動くな」
「・・・・・・・・・くっ」
 歯ぎしりするが、どうにもならない。
 悔しいがレベルが違う・・・そんな気がした。
「おい、ニャンタ・・・。もういこうぜ。お前の足の具合だって・・・」
 ぽそぽそとテッドがニャンタに耳打ちする。
 ニャンタの意識がテッドに向いた一瞬、その隙を見のがさずにシードは後ろへと飛び退いた。
 すぐさま呪文の詠唱を開始する。
 魔法を放つ前、ちらりと少年たちの顔を見て驚いているその表情を確認し、シードは満足げに笑った。
 構成された呪文を解き放つ。
 柔らかな雨がニャンタへと降り注ぎ-----ニャンタの足の腫れが見る間に引いていった。
「どうだ!!!」
 シードは胸を張って、ニャンタに指を突き付けた。
「これで俺の好意が、よぉ〜〜〜くわかっただろう!!!」
「・・・・・返ってよくわからん」
「だあああああっ!!!!だからだなっ・・・!」
 なおも喚こうとしたところに。
 
 ガゴ!
 
 後頭部に容赦のない一撃を受けて、シードは思わずその場に蹲った。

 
 
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