ひとりごと11  2000ねん 1がつ        

   自分探し

 山歩きを初めて自分にもこんな所があったのかと、発見したことがある。
ふだんの生活で花瓶に花を生けたり、今はやりのガーデニングとやらも
ちょっとはやってみたりしたが、いまいちピンとこない。

去年の春から始めた山歩きで発見した事がある。
山歩きで見つけた、小さな花や山野草を見つけると
以外にも花屋さんでお金を出して、手に入れることが出来ない、可憐な花に出くわす。

山で見る花は、派手さは無いが、楚々とした美しさがある。
山のみんなと歩いていると、じっくり感傷に浸るヒマはないので
デジカメでパチパチと撮って、家に帰ってからゆっくりと眺めている。

持ち帰れない、その小さな花は、山にあるからこそ美しいのかもしれない。
山の自然の中で咲いてくれる小さな花たちを見ていると、何だか感傷的になり
一年のわずかな時期にしか見ることが出来ないのに、よく見せてくれたな。

と、涙が出そうなときがある。
うんと、しんどい目をして歩いてきたからなのか、
花のひとつひとつの色や、虫食いの葉の付き具合など、

命の輝きが感じられて、本当に美しいと感じ、愛おしくさえなる。
昔から花は好きなほうで、腹の足しにもならない花を買って、
夫からひんしゅくをかった頃もあった。

そのうち、だんだん花を買わなくなり、
家の中は生活感の漂うモノばかりで埋め尽くされ、
やがて、ぎすぎすとしている自分がいた。

忙しさの中で、知らないうちに見失いかけていた自分を、
なんとか取り戻そうと、パソコンを始め、何とか自分で操作できるようにもなった。
インターネットで知り合った山の会にも、首を突っ込んで、近くの山を歩くようになった。

山歩きをする事で、小さな可憐な花を見つける自分がいたということは、
まだまだ、捨てたもんじゃあないなと、癒されていく実感があるような気がする。