補陀洛渡海(ふだらくとかい)


補陀洛渡海とは、南方海上にあると想像された補陀洛世界に往生または真の観音浄土を目指して船出する宗教的実践行である。観音に対する信仰表出であり、漂流、入水の形態をとって行なわれた一種の捨身行であった。九世紀半ば過ぎから十八世紀初頭まで継続的、或いは集中的におこなわれた。
生きながら観音浄土へという補陀洛世界に魅せられて、多くの修行者の人々が小船を仕立て南方の海上の彼方へ消えていった。
日本宗教史上における稀有な現象として知られる。
補陀洛とは梵語「Potalaka」(ポータラカ)の音写といい、現実の世界として中国長江(揚子江)河口に浮かぶ舟山諸島の普陀山ともインドの南海岸にある海島とも想像された。日本では和歌山県の熊野那智山、高知県の室戸岬や足摺岬、九州の有明海など、上に霊峰を戴いて水平に連なる滄海が補陀洛山に擬せられ、補陀洛渡海の出帆基地となった。
・・・・・・なかでも熊野那智の海岸は補陀洛渡海の最大の拠点であった。その海岸線にたたずむ補陀洛山寺は、補陀洛渡海の歴史を寂として守り続けている寺院である。

別冊「太陽」熊野異界への旅の 補陀洛渡海 根井 浄氏執筆より抜粋
文の順序を少し変えて編集させていただきました。