妖婆伝14


「これは遥か昔の記憶なのだろうか、それとも人の世と自然が織りなす想像の産物、きらきらとした蒼海から遠のいては心地よく眠り入る瞬きの光景、日差しすら直接でなく、柔らかで、儚いまぼろしであるような揺りかごの安寧。満蔵の気息はこの肉体のいきれと混ざり、その一途で無骨な舐め方の感覚は、海水と肌がひとつになりつつあるのか、あたかも磯の浅瀬に面を潜らせているようじゃったわ。
満蔵は海草をかき分けていた。わしは寄せる波間に身を横たえ、薄日に隠れる貝のゆくえを他人事みたいにぼんやり考えていた。
冷淡な意識のなかには意地悪さがあったしなあ、それを補いながらも肉感がいそぎんちゃくのようにそよぎだしたのも、潮の満ち引きによるのなら、男女の隔たりが過分に現われ出たのじゃ、白々した気分とはうらはらに茫洋とした好意がもたげてくる。情愛を擬した高揚に吐息が紛れこんで、はっと気のついたときには陽光もまぶしく、光る水面のさざ波と同じ、潮の香りを含みながら、細めたまなざしの彼方へすべてが広がり、股間もろとも脳髄は大海におぼれゆく。満蔵は貝の実を知った。
うれしいのやら、戸惑っているのやら、それよりひたすらにたぎっておるのか、湿り気の帯びた感触が口辺にあることはすでに共通、夢中なのも仕方ないわな、わしとて気持ちが一新されたふうな、とりとめのない悦びを招いている、沈みかける悔恨とひきかえに。そして気取られぬよう横目を流す情念をかすめ取るに違いない、そうであるべき凝視、妙の念を片隅に追いやる。
ぞくぞくと背中を走る快い痺れが、秘所を探り当てた満蔵の幸せである事実は他でもないわ、弓なりにそらした上半身、まるで軋みを立てるごとくに声を吐かせる、あくまで押し殺しているのだが、潮騒に煽られた満蔵の熱気、義姉を泣かさんと欲したであろうな、これぞ男子の本懐、つい今しがた見つけたおっかなびっくりは早くも熟練の技巧となって、大胆に、大人びて、傲岸になり、執拗な愛撫へと変化していった。
呆れるほどに痛快じゃ、悔しいくらい感じる、舌の先端がおなごの道をなぞるよう行ったり来たり、わしの喉からもれるのは嗚咽、満蔵にいたぶられておるさまが嘘くさくも陽気な体温を生み出して、もう絶頂への距離がそれほどないのが分ると、かつてない猫なで声を使い、さあ、満蔵さん、ここに入るのです、熟しております、さあ早く、我ながら火照りきった音色、発した媚態のおもむくままむんずと小柄な上体に両腕をかければ、口は半開き、眼はうつろな表情が引き寄せられる。凛然たる態度を示せないのも無理ないことじゃ、女体の芯にかまけた放心状態の面構え、一言の猶予も見当たらん、ほんに無邪気なものよ、だが、本能の使いは放縦だのう、そのまま意志を表明することもなく、どしりと体重を被せてきた。乳房に横顔を乗せたまま得策など思いもよらぬ満蔵、両手をまわすことなくだらりと虚脱した風情よ、すかさず男子の証しをつかんでみれば、春先の突風に震えるようないたどりの若芽、とくとく脈打つは怯懦にあらず、出陣の勇みと覚えた。
そのまま、ゆっくり、方向を過たず、潮の香りと春の息吹の感ずるところへ導く。つつつっと、滑りゆく。腰まわりに連動をさずけずとも怒張しきったものには血気がこもっておろう、磯遊びに興じていたら、ふと深みに足をとられたような戦きが訪れる。そこに見いだす真珠貝の秘密、若芽は驟雨ならぬ、波濤に襲われ軟体動物の自在を知る。白濁した夢がほとばしるまで時間は努めを放擲した。一瞬の奔流に果てた。が、満蔵の勢いは衰えないまま、自らたこ壷に居座る不遜な心持ちで神秘のぬくもりを味わっておった。
わしにしてもここでからだを離すのは野暮かと、いいや、実を言えばたまゆらの交わり、興奮の度合いなど計れぬ触れ合いではあったけれど、まだ奥所に伝わってくる血脈の響きが何故かしら哀調を秘めて、それは純潔を捧げられた、そう例えてみても殊更に軽卒なわけでも、滑稽な意味でもなく、妙との結びつきが不純というより不可解な思惑にゆらめていた事情とは異なるが故に、受け身であることの許容と、緊縛されし女体の解放を得た晴れやかさが、下半身からすうっと立ちのぼってくるような気がしたんじゃ。
まだまだ少年の満蔵には交わりの濃厚さは知れぬだろう、しかし、こうも瞬時であるほどにその激情はぎゅっと凝縮され、快楽をむさぼる余裕を持てなかったが為、余韻であるべき持続は無念を宿した情欲の残滓となり、おそらく当人の思いとは別の息づかいを、心音を、鳴り響かせておる。山の遠方に妖魔を覚え、海の向こうの怪異にこころ踊らせた無碍と夢見が、女体の神秘をもって一蹴されたかもな。もちろん子供とていつかは肉欲と関わる、少年は老いやすいのじゃ、精の噴出を機に脳髄は計り知れない妄念を育むであろう、見果てぬ夢をたどりつつ、おなごの海を想い、浅瀬と深海に情を通わせ、おのれは風と化して白波の激しさに酔い、かつまた翻弄される。月影の仕業とはつゆしらず。
わしの体温になにを感じておるのか、張り出したままじっと動かぬ。それからしばらくして右手を乳房に、左手を侵入した辺りにし、春の嵐を再演しようと試みだした。そこでようやく腰をくねらせ若芽に刺激を伝授してみると、あの懐かしいうなぎの身体が思い起こされ、わしのなかを喜悦して泳ぎまわり、夢想は快感に促されて溢れるうれしさで一杯になったんよ。さっきよりもっと膝を折ってみせ内股を上向かせ、互いの繋がった場面を身近にしてあげたら、食い入るように眼を輝かせ、乳をわしづかみにして鼻息荒い、またもや、数度の往復で精を吐く。ぬめりやら出し切ったものやらの加減で屹立した状態を保ちながら、ぬっと反射をつけたよう外に飛び出した。糊にまみれた満蔵の持ち物はときを経ず、すぐにでも使用可能な猛々しさと瑞々しさが備わっており、しかもおなごを突いた自信はその胸中とは無縁の光沢に包まれ、満蔵も意気盛んな陽物に当惑しているようだわ。
そんな若さに対し言葉は無用じゃった。肉体の動きというよりも、衝動を温存している熱い核から伝播する緊張の度合いが毛穴を一気にひろげ、大粒の汗を浮き上がらせた。青ざめながら、馥郁たる色香に携わっている情景を知る顔全体に、喉の渇きすら忘れたことを嘆いているようにも、励ましてしるようにも見える首すじに、なだらかで華奢な成育の途上にある肩から胸に、そのうちへ生じているだろう、男女のからみが肉体以上に深遠な予感から、満蔵の情熱は涙の汗になった。おなごの哀感を欲の先鋒に見抜き、同時に噴き出す精のむなしさを重ね合わせる直感を覚えつつ。
わしは眼で話したつもりじゃった。もう一度いらっしゃい、、、あわてずに、しっかり抱いて、、、
満蔵には即座に通じたろうて、開け広げた箇所へすすんで没入しようとしている。そのときだった、部屋に舞うはとぎれとぎれの声色に、溶け合う裸身の音さえ幽か、耳を澄ませばふたりの生唾をのみこむような熱いしたたり、夜具の擦れるは秋の夜のしみじみひんやりした空気に同調している、それ以外はいわば静寂ぞ、が、その静けさを破るものあり、あんた、これはまったくの番狂わせじゃ、果たして斯様な成りゆき誰が描いておったか。
秘匿されたはずの妙のすがた、がたりと手をかけ思いきり解放されたふすまから登場したではないか。しかも摺り足などでない、まさにずかずか敢然と踏み込むばかりの有り様、開いた口がふさがらんとはこのことよ。申し合わせはどうなった、覗き見の遺恨、姉弟の境界を打ち破る気であろうか。その気に相違ない、不敵な笑みにすっかり身をこわばらせてしまって、見まいと念じておる妙のまなこから目線をそらせん、お陰で上体を起こしている満蔵の放った一声がしかと理解できなんだ。
あねさま、不人情ですよ、これから楽しみが増すというのに。そう平然と言ってのける。瞬間、脳裡をめぐったのは儀礼をあばかれた照れ隠しにしては太々しい口ぶりじゃと感じたんだが、闖入者の妙、一層まなじりに嫌なひかりを住まわせ、なにを申す、お義姉さまを孕ませるつもりか、その辺でやめておきなさい、との言い様で、満蔵にとってもあらかじめ承諾の旨であることが判明し驚愕してしもうた。
ああ、やはりこの屋敷には魔物がおる、影にひそんでなんかおらんわ、住人らが悪鬼そのもの、もはや茶番ですまされぬ、異常な事態にわしは取り囲まれている、、、、それより先を思案してみる気力はとうに失せていた。どうにかこうにか取り繕ってきた形勢はここに来てはぐらかしたくもそうは問屋が卸さない。あたまの中を走馬灯のようにまわっている幻影は覚束なかった」