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貞子の休日2


月に何度かの宿泊をかねての出張は、当地の夜の盛り場での余録があると、堅井研二はいつも楽しみにしている。なかでも元職場の後輩が住む町への遠征は心躍るものがあった、といってもホモではない。気が合うというか馬が合うというか、現在の国粋政治結社に挺身してからもこうして縁がある限り、月に一回度くらいのペースで酒場で旧交を温めあっている。と、いってもホモではないので、宿は単身、旅館に予約を入れてあるが。
さて実は今回は出征と呼称してみた方が、自分でも躍動感に溢れるのは、仕事抜きのプライベートな事情があるからである。「何せ日曜ですから」何度もこのフレーズを口にしながらの運転は、まるで遠足かお祭りのような底抜けの期待感を十二分にそのハンドルさばきにも伝える。
昨日の夜に携帯に連絡が入った。「おっ、山下からか、何だ今月はこの間行ったばかりなのに、何々、明日、夜7時より当地にて合コンがありますので是非いらっしゃいませんか」行きます、行きます。飛びます、飛びます。というわけで、軽快な走行音は国道を春風の如く駆け抜けて行くのであった。

抱え込んだ頭をようやく解放した貞子は、パックを施した両頬に熱きものを感じとった。感動とはこの事象を示さず何を指すというのだろうか!涙は累々としてとどまるところを知らない。そう貞子の耳の奥深くにはヘルニアに悩む人々の、痛ましくも悲しき叫びが突如としてわき起こり、やがてはすべてが結実されてひとつの魂と化し、怨念にも似た感動へと怒濤の波しぶきを上げるのであった。貞子には霊感があったのだろか。否、筆者にはそうは思えない。ただただ感動しただけである。最もあなたが今ごらんのパソコンのモニターから川村貞子が這い出てくれば別だが。
彼女の感動後のその心身における次元を超越した連鎖反応の描写については、紙面の都合ということで割愛をお許しいただきたい。何せ元祖J-ホラーですから。

山下昇は先程から憂鬱な面持ちで職場のデスクの前にいた。週末の今日、本来ならば明日の楽しい引きこもり生活に気分が曳航されて、生きいてよかった仏性はここに宿りけりの境地にいるはずであった。今朝の朝礼後の事である。日頃より同僚のなかでも懇意にしている長島君からこんな誘いがあった「山下さん、明日都合あります〜。あのね、明日ね、合コンの計画があるんですよ。といっても実は、もう計画書は出来上がっていたんですねどね」山下は嫌な予感を禁じ得なかった。半ばどもりつつも「ほう、さすが段取がいいじゃないか、多いにやったらどうだい」「最後まで話聞いて下さいよ。何と今回は、っていうても段取するの初めてなんですけどね、少数精鋭、四対四の高密度の計画なんですね」「いいじゃないかあ〜」「ですからね、話しはね、もうじれったい」「じれったいのはこっちだよ。今日は早引けするよ」「ああ〜、待ってください。その四対四がね、欠員、はい、つまりですね男性軍に2人も欠落が出来たっちゃんですね」山下の首筋に鳥肌が走る「いったいどんなメンバーなんだい」「いえいえ普通ですよ、普通です、ただ男性陣2人が同じ日に事故で入院してしまいましてね、一人ならともかく二人ってのは計画倒れですよね、それでね先方の注文がですね、全員、キャラ違いを揃えてほしいとの条件といいますか」後は想像通りの筋書きである。結局、山下はその男性軍とやらに入隊するはめになる。彼の名誉の為にこれは明記しておこう、彼はホモではありません。ただ合コンとかチャラチャラした雰囲気が嫌いだった。そして人には知られてはいけないある極秘事項が彼の背中の上に絶えずして存在していた。これはやがての展開とともに明らかになろう。とにかく楽しき引きこもりは砂の楼閣の如く消え去った。そしてかの堅井先輩の出征へと物語は紡がれていくのであった。