断章15


序盤の章で紹介した大橋性也本人のインタビューをお忘れではないでしょう。映画「貞子の休日」直後、この物語に登場する若き頃の彼の時代より十年以上経てから、ある雑誌に見出し入りで掲載されたもの。
さて、あらためて読者にそんな留意を促すのは他でもない。大体においてインタビューの記事は頁数の割当てに伴う為、本来の時間軸に忠実な内容は大幅に削除され、いくつかの要点に絞り込まれるのが常套、私自身もこの作品に取り込むにあたって更に、必要最小限だけを引用させていただいた。
当時の他の文献によると(映画出演の頃)大橋性也は地元はもちろん全国から熱烈なエールが毎日のように届けられるほど、時の人であった。聡明かつ熱心な私の読者にはよく理解を得てもらえることだろうが、「貞子の休日」以降は本人が先の質問にこたえている通り、後々あれよあれよという間に華々しく芸能生活を発展させた、川村貞子や花野西安を筆頭に、幾らかの人たちが何らかの形で著名人になっている。例えば、私の処女作にも登場する山下昇、シリーズをまたいで存在感を示す名脇役森田梅男、貞子の従姉妹というふれこみで一連の物語ではあらわににていないが、実際には様々な映画に出演した三島加也子、挙動不審が殊更に話題を集めた木梨銀路は教職に復帰し現在は教頭の役職にある。その他の人々もここでその栄光と名誉を並べるには少々、脱線気味になるので割愛をご容赦いただきたい。
本題に帰ろう、あの記事の中で注目してほしいのは、ずばり一番最後の受け答えの箇所である。大胆でやけくその捨て鉢に見えて実は内面ロマンチストである二面性が、彼を一躍有名人に仕立て上げた。その話題沸騰の最中に記者から、これからの身の振り方を問われると彼はすかさず、今後は表舞台など立つ気持ちはないことを述べ、作り事の世界を否定を示しながらもこんな意味深な言葉を残している。
「僕にはあんなに過激ではないけど本当のドラマって奴を知ってますから」
思いがけないセリフにそれはどういう意味あいかと詰め寄ると、関係がないからここで話すことでもないときっぱり言い切るところで掲載も終了している。
私が書いた序盤の章での扱いも本文から一部を抜粋したにすぎない、さあ、ここからが肝要なのだ、一般にインタビューは採録機器に収められる。あの雑誌は現在では廃刊だが、大橋性也に臨んだ記者は今でも現役で某有名出版社に頻繁のその名を見つけられる、もうおわかりだろう、そうご推察の通りで、と言いたいところだが、ここは是非とも詳細に記しておきたい思う。
私が山下昇やみつおを登場させ、以降連作の執筆が続いていた頃からは、もうそれでも相当の月日が流れている。小説が映画化されるに至って私のところへも多数の業界の人たちがアポイントをとりつけ、相当数の方々とお会いするこにとなった。なかでも印象的だったのは忘れもしない、大橋性也を大きく取り上げた(あの掲載本文は実際はカラー写真つきの特集扱いで大々的に組まれている)際にその場に携わった関係者、即ちS記者である。彼は当時かけだしのフリーだったそうだが、私と面会する為にあるホテルのロビーで待ち合わせをし、開口一番に大きな土産を持ってきたからと言わんばかりの口吻で、「ここだけの話なんですねど、大橋性也さん、あれからけっこう話の続きを聞かせてくれたんです」と、鷹揚な態度を作りだして、S記者の推薦する出版社への連載を引き受けることと引き換えに、秘匿にしていたインタビューの先を提供しようとひたすらその件に終始したのだった。
私自身、生身の大橋性也とは面識あるが、あの時は折角、運がめぐってきたのに欲がないのか、心底、人前で目立つことが苦手なのかほどの感興しか持てなかった、しかし、連載を各紙に複数抱えていた私は正直、創作にとって最も大切とされるもの、そう、くめどもくめども源泉から湧き出るイマジネーションの枯渇を危ぶんでいる矢先であった。
追い打ちをかけるようにしてS記者は、「僕だって大した内容じゃなけばこんな引き換えみたいなこと持ちかけませんよ、でも考えてみて下さい。彼はこう言ってました、本当のドラマを知っているって。どうです、創作物を鼻であしらうほどの本当の、、、、、、」
私は約束通り送られたきた大橋性也の肉声データを得ることになった。そして録音された生きた物語が年月の流れと云う熟成により光輝を放つことと信じてここに書き写したつもりである、クライマックスを除いては。