残身2 「二年前と申しますとあの名作「実録・西性科学研究所」が封切られました年で、特に海外からの評価が非常に高くカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞、これが世界のHANANOへの大きな一歩になったことは業界のみならず、私個人にとっても夢のような飛躍でありました。と云いますのも、あの作品の主題となりました深層心理の性的欲望を小学生にも理解出来るよう、子供目線といいますか、科学の面白さをあれだけ優しいまなざしをもって描いた映画はかつておそらくなかったでしょう。もちろん、これが一般的な讃辞であることを踏まえた上での私なりの意見なのですが、しかしあの作品に込められた或る特殊な伝言、これを判別し理解された方は果たしてどれほどいらっしゃるのか。貴方様はあの映画でも脚本、演出を兼ねています、そしてそこに登場する人物の名前を意図的に組み入れておりまして、即ちあの三人の子供たちの名でありますが、松輝、竹良、雨目男です、劇中では各自、マツキ、タケヨシ、アメオと呼ばれていますけれど、これには明らかな意思の配置が読み取れるのです。 この封書を送付させて頂いた差し出し人の名、つまりは私ですが、武吉(タケヨシ)でありまして、アメオと言われていた少年は異なる音読みでは、ウメオとも読まれるのではないでしょうか、そうなりますとどう考えても私ら森田親子の名をそこに冠しているとしか思えないのです。そこで雨目男を梅男に変換致しまして三者を並べますと、松輝、竹良、梅男、更に頭文字だけを配列させることによって紛れも無い、松竹梅、吉祥を表す語となります。ここまででしたら、花野監督の風雅でありますとか、和の情緒を象徴的に散りばめた粋な感覚と解釈されることとなるでしょうが、私はこの先に別の隠された意味を見いだしたのであります。 こうではないですか花野様、三人の名前の順序をこう変えて見ると、竹良、雨目男、松輝、これはタケヨシウメオマツキと言う文になります、漢字を一部違えば、武吉、梅男、待つ気、と、、、ここには何が込められ、もしくは何を現そうとしていることなのでしょう、私はこの文が持つ意味を貴方様からの伝言と受け取らせて頂きました。 思えば「実録・西性科学研究所」は極めて温和な語り口で性のめざめから、恋文の綴り方、観音如来の気配りで手ほどきされる初体験の心得、代表的な性技の世界別選手権、百戦錬磨の指導員による口説きの技、連れ込み宿の活用方、二股戦法の高等技術に、お終いには別れの際と題された、車両陰険駐車術、これには私も素晴らしい回春の効果を発揮致しまして大いに歓んでいる次第であります。 こう云った万国共通の理念が世界に認められることは、必然の至りと言えましょう。回春とは他でもない、失われし時を取り戻すと云うことです、この歳にもなりますと、俗に示される性的な若返りを意味させません、当年とって七十五歳の老いぼれはすでに役立たずでありますから、、、そうです、私にとっての失われし時とは、まだ三十半ばで消息不明となった長男梅男があれからも、否、これからも生きたであろう時間を意味するのです。貴方様は花野監督として、こんな私らに力強い生きる意欲をあたえてくれました、あの映画は全編、性欲に溢れているように見えますけれども、とんでもございません、活力と気力、そして生命そのものを授けてくれたのであります。梅男がもうこの世の存在しなくとも、いいえ、諦めてはおりません、ただ、花野様みたいな雲の上の方が一介の老人に対してこのような夢を見させてくれるのが奇跡なのです。十年前にお会いしました折、出演作の役どころとはいえ、男色の恥辱を受けさることになってしまいと、畳に頭をこすりつけるように私どもに謝罪して下さった貴方様の真心は、生涯忘れることありません、あの瞬間に梅男は一度死んでいるのであります。 これで二年前に私どもが一気に沸点に達する心持ちになって、貴方様に再会すべく意気盛んでありました理由の一端がご理解頂けたかと存じます。さて、あの映画が公開されます半月ほど前になります、これも記憶に新しいことでしょうが、本州全域を襲った大地震が発生しました。幸い大きな被害もなく胸をなで下ろしたのでした、その地震の揺れで神棚のお札や榊が床に落ちてまいりました。余震の恐れもありましたけれども、私は几帳面な質ですもので、早速もとに納めようと踏み台に乗りまして神棚の上に目を遣りましたところ、何やら見かけぬ異物がまるで隠されていたかのように、その一部を覗かせているではないですか、最初は文庫本かと思いました、今日、同封させて頂いたものはその見かけぬ異物に他なりません。」 |
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