どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^) どうする家康(^^) どうする康政(^^) どうする榊原(^o^)

どうする家康。どうする康政。さあどうする榊原!


令和5年に始まったNHK大河ドラマ「どうする家康」。家康公の四天王に榊原康政が活躍したことはご存じの通りです。
康政さんの父は長政さん、お爺さんは清長さんです。
清長さんは三重県一志郡榊原村、現在の津市榊原町から三河国(愛知県三河地方)へ渡られて、松平氏にお仕えになったと、ものの本に書いてありますね。
榊原村の榊原さんは、仁木さんが北畠の北の出城として榊原城を築城、名前も地名に併せて榊原を名乗られました。
これが榊原氏(家)誕生とされ、温泉のまち榊原町が全国の榊原さんのふるさとなのです。

さて、三河に渡らなかった榊原さんは・・・

榊原城の縄張りの図

射山神社の棟札

覚書

位牌
※林性寺を菩提寺としている

榊原湯山図
※榊原氏が造った温泉会所は後に津藩が湯治場として旅人に供した

條條
※津藩が湯治場に立てた立て札、榊原さんの名が見られる

以上は、地元に残る数少ない榊原氏の記録です。
徳川四天王の榊原康政公は譜代大名として館林城、姫路城、高田城で活躍されました。
越後高田は新潟県上越市になりましたが、康政公を祭神とした県社榊神社がお堀の対岸に鎮座されています。
榊神社に旧高田藩和親会の事務所があり、興味のある方はお問い合わせ下さい。

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