メンバー紹介

 
にうぎに家 衆朝
(にうぎにや しゅうちょう)
切磋亭 琢磨
(せっさてい たくま)
噴駄理亭 欠多利
(ふんだりてい けったり)
南遊亭 栄歌
(なんゆうてい えいか)
大学2年の時落語を始める。
「相撲場風景」「目薬」「時計屋」など。短くて軽いネタをよく演じる。また「カウンターアタック」「まつり博根問い」「ハートブレイクホテル」など創作落語にも意欲的であったが、お客さんの反応はどれももう一つの様である。「当会の知恵袋」とは大喜利での彼の挨拶であるが、これを言い続けて十数年。エエ加減にして欲しいと感じているのはメンバーだけではないと思われる。
大喜利の司会をやらせたらこのオトコの右に出るものはいないと嘯いているが、もっとも答えられないから司会者と云う話もある。
寝床の会の大道具はほとんど彼の作品である。
この度(H23年度)めでたく第2代・寝床の会会長に就任!
1970年、大学1年の時落語を始める。
「崇徳院」「竹の水仙」「寄合酒」「悋気の独楽」「狸賽」など、多彩なネタを演じる。
寝床の会創立来のメンバーであり当会の会長を務めていたが、2006年に定年を前にして教員の職を辞し、落語と講演会で忙しく走り回るようになった。2011年度よりその会長の職を衆朝に託す事となった。
大喜利のボケ役は絶品であったが、最近寄る年波で、ボケているのか正味なのか見極めが難しくなってきている。
1973年高校2年の時に落語をはじめる。
好んで演じるネタは「首提灯」「花色木綿」「田楽食い」「ふぐ鍋」など。軽妙で笑いの多い噺が多い。
寝床の会には、1987年から参加。事務能力に長け、寝床の会の記録係を務める。誰が、何時、何処で、どんなネタを演じたか彼に聞けばわかる。…とは云うモノの最近寄る年波で返答が返ってくるのには少々時間がかかる。
大喜利では「早いのが取り柄」と定評であるが、歌丸さんより毛は多いが突っ込みのキレはない。最近では「調いました」に替えているが勿論ねずっち程のキレもない。
寝床の会のDM発送係なので届かなかったら彼に云おう。
1979年、大学3年の時に落語を始める。
「餅屋問答」「ちりとてちん」「代脈」などは十八番で『鉄板』との本人談。マクラに精力的で、殊に仕事を絡めたネタは絶品!お客さんからも定評を得ている。
社会人落語選手権の大阪本選・東京大会の両チャンピオンの実績がある。
寝床の会には、1984年から参加。「会の中では一番の若手」というキャッチフレーズも玄やんの登場で過去の遺物となってしまった。
もともと会計担当であったが、今は下座のバンマスからHP管理等と会への貢献度は高い(←本人談)。会の財布のクチは固くメンバーへの取り立ては厳しい!
隣乃 玄張
(となりの げんちゃん)
ゑちご亭 独楽酢
(えちごてい こます)
コタマ
(こたま)
まきぞう
(まきぞう)
2005年に新しく(仮)入会し、寝床の会の不動メンバーの神話を見事に崩したのが、この「隣乃玄張」こと「げんやん」である。
とは言え、彼は既に「パンセの会」「落語天狗の会」「英語落語・おふくの会」のメンバーであり、今回でなんと『四足のワラジ』を履くことになる。
神戸から駆け付けてくれることになり、彼のパワーは底知れない。(単なる『浮気者』なのかも。。。)(後に「楽語の会・東海支部」「たんたん落語会」にも席を置き、本人ですら二進も三進もいかなくなっている。)
もちろんメンバー最年少ではあるが、それを感じさせない老け顔が入会の条件というウワサも…。
玄張から遅れる事約1年、6番目のメンバーとして入会してきた独楽酢さんは、美杉の山寺のお坊さん。
これで現職の医者と坊主を手に入れた寝床の会は無敵となった!
あと此処に葬儀屋さんと生命保険の外交員が入ればどんな悪事でも出来る!
愛らしいルックスと初々しい語りで寝床の会のお客さんの心を鷲掴みにしてしまったが、騙されてはイケナイ。
独楽酢さんは玄やんより年上で妻子持ちである。
会一番の音楽的センスで、今や当会では太鼓の叩き手No.1となった。
出囃子その他をナマでやる当会としては、何としても三味線の弾き手が必要となる。
衆朝・琢磨とほぼ同期で彼らのお友達の中から苦労して探し出されたのがこのコタマさんである。年齢は公表しないがそこらの経緯から押して測って欲しい。
コタマさんの三味線の実力は民謡で培われた折り紙付きで、さらに篠笛も吹きこなすスーパーレディ。
栄歌の出囃子やサゲ囃子の時に笛が聞こえて来たらおそらく彼女の手ぇなので耳を傾けてみよう!
なかなか辛辣な意見をいとも簡単に吐露してしまうコタマさんは、寝床の会の「陰のご意見番」との呼び名もある。
コタマさんについて見学に来たまきぞうさんであるが、コタマさんより落語や寄席囃子にハマってしまい、今や寝床の会の主力メンバーのひとりとなった。
広い世の中にまだまだ素晴らしい語り手・弾き手がいると聞き、機会があれば栄歌にくっ付いて日本国中の天狗連を尋ねて漫遊しているが、至って「天然」のため折につけ栄歌をイラつかせる。あどけない笑顔に騙されず、絡んで来たらなるだけ構わずにスルーして頂きたい!
最近、あちこちから三味線の依頼を頂戴している。ありがたいことであるが、どうしてスルーして頂けないのかっ!?
 

ゲストの面々

  

 
五尺坊 申志
(ごしゃくぼう しんじ)
南遊亭 萬年
(なんゆうてい まんねん)

竜宮亭 無眠
(りゅうぐうてい むうみん)
 浪漫亭 砂九
(ろまんてい すなっく)
三重県の重鎮
菰野在住、地元で落語会を開催され我ら寝床の会も何度か招かれたコトがある。。
国民文化祭が三重で開かれた時中心となり活躍され、その後も県民文化祭では毎年「落語演芸部門」で事務局兼演者として多大なる貢献をされている。
当会では何度か出演して頂いたが、講談を演じて頂いた事が印象的。

「三重はなし家くらぶ」の御大
メンバーの危機が訪れると何処からともなく(家からに決まっているやろ!)やってきて、助演をしてくれる、いわば「寝床の会」の縁の下の力持ち。あまり真面目な性格のため彼の落語は時々迷子になってしまうがそれもご愛敬。隠れファンも多いと聞き及ぶ。
栄歌の弟子と云う事らしいが、真相は明らかではない。
津市在住、高校教師。(あ〜、エッチな響き!!)
名は体を表す・・・か。
(ムーミンに失礼やなぁ。。。)
お隣の愛知県で活躍されている、東海地区最大の天狗連「楽語の会」。そこのリーダーと呼ばれるオトコ。
社会人落語選手権:大阪大会で4連覇を成し遂げ、今や全国的に有名となった。
時々当会を訪れ、その強烈な風貌と何とも言えぬ語りで寝床の会のお客さんの人気をかっさらっていった事も事実。
忙しいオトコではあるが時間さえ合えばチョクチョク出演してくれると思われる。
お楽しみに!
同じく「楽語の会」のメンバー(異端児)。
第70回記念の時に初登場。
彼の破天荒な芸風は今までの寝床の会にはない奇抜なモノで、三重でも強く支援する変わり者のお客さんもたくさんいらっしゃる。
愛知では『あかね寄席』、『三歩・三象二人会』の席亭をつとめ、開催の度に栄歌を一味に引っ張り込み、なにやらコソコソと世界征服を企てているらしい。

お囃子方・演者・評論家として来津

「寝床の会」入会を密かに狙っているらしいが、彼の唯我独尊的落語観がはたして「寝床の会」の水に合うか、メンバーは目下静観中。
川の家 河太朗
(かわのや がたろ)
料亭 彦柳
(りょうてい ひこりゅう)
若鯱亭 笑天
(わかしゃちてい しょうてん)
千里家 圓九
(せんりや まるく)
愛知・常滑に拠点を置き、落語の会があると聞くと出番もないのに着物を持って出かけ、何時代演を頼まれてもよい様に準備をする方と聞き及ぶ。
落語と車のコトにはめっぽう詳しく、家族の冷やかな視線を尻目に2シーターの助手席に着物を放り込み、愛知の街を走り回る『楽語の会』の古株の一人。
愛知県と東京・浅草の間を落語で行き来している「青学落研の貴公子」料亭彦柳。女房の女坊さん(ややこしい!)は実は内助の功ならず浅草では『姐さん』と呼ばれ、彦柳さんに勝るとも劣らぬ実力者(何の?)。彼は「粋」に着物を着せた様な落語で栄歌の心を射止めた、数少ない実力者である。 記録によると’96年4月13日に「紙入れ」で第56回寝床の会に出演してくれている。当時の写真がないため、楽まで駆け付けて撮らして貰った。袴を着け高座で演じている笑天さんはなかなか貫禄があるが、着物を脱ぐとちょっと無口でシャイな普通のアンちゃんである。これは彼の精一杯の笑顔のサービスである。 遂にこのオトコを載せるコトが出来た。’03年4月19日に「天神山」でゲスト出演、トリをつとめた。
5年連続日本一の実力と、下座(笛・太鼓)で大いに活躍してくれた。三重へは「プロ・アマ落語・・・」、お囃子練習会、寝床の会と頻繁の来津であり、彼のファンもますます増えつつある。
大阪ではパンセの会・落語天狗の会の掛け持ちメンバーである。
 
立の家 猿之助
(たつのや さるのすけ)
千里家 桜夢
(せんりや おうむ)
櫻鶯亭 紋白
(おうおうてい もんしろ)
立の家 恋々
(たつのや こいこい)
千里家圓九氏に付いて寝床の会に遊びに来たのが、立命館大学落研出身で「落語天狗の会」の期待の星、猿之助クンである。
準備・下座を手伝ってくれて、そのまま大喜利にも参加して、こともあろうに大暴れしてくれたのである。その高座での激しさは愛知の砂九さんと通じる所もあるが、普段は至って常識人。
彼は無類のカレー好き(というシャレ・ノリ)で昼・夕・打ち上げとことごとくカレーを注文した。註:証拠写真は調味料のカレー粉を手にして御満悦の彼。
 2004年4月24日「第88回寝床の会」で栄歌が『愛宕山』を演じた時、その下座要員として応援に駆け付けてくれた一人がこの桜夢クン。
彼は本場・大阪で「落語天狗の会」の副会長を務め、落語を演る傍らでこの下座・太鼓をやってのける。
千里家圓九氏の後輩にあたり、当然関西大学落語研究会(落語大学)出身である。
それにしても落語大学の出身者は芸達者な方が多いのには驚かされる。
桜夢クンと一緒に『愛宕山』の三味線のサポートとして初めて三重の地に降り立った彼は、ナント関西学院大学の甲山落語研究会バリバリの現役生である。
打ち合わせの際、若い身空で栄歌のリクエストする出囃子は見事譜面を見ずに全て弾いてこなしたのである。
当然『愛宕山』の難しいハメモノも全て弾きこなし、他に能管・篠笛も吹けるという。
彼も現役生でありながら「落語天狗の会」に所属し、社会人の中で揉まれている今日この頃。
 
第102回サウスロード落語ライブに琢磨会長の代演として大阪から駆け付けてくれたのが「落語天狗の会」のメンバー恋々クン。
端整な容姿と本場大阪の笑いで、ともすると置いてけ放りになってしまうサウスのお客さんを見事に笑いの渦に巻き込んだ。
会がハネてからも「ダメ出しをお願いします」と食い下がり、衆朝・栄歌をなかなか寝かさなかったとんでもない迷惑モノでもある。
寄席文字にも長けていて、我が寝床の会の名ビラも書いてくれるというグリコのオマケ付き。
 
     
千里家 やん愚
(せんりや やん愚)
     
ホンマはこの男だけは此処に載せたくなかったンやけど、本人がどうしても「掲載せぃ」と云うて聞かんので渋々アップすることする。
いつやったか忘れたけど、何とかいう依頼の会で伊勢の何とか云うところへ三味線の応援として来てくれた。それから2006年10月に栄歌が『七段目』を演じた時も三味線方として敬和に参加。
日頃の所業は此処には書きたくないくらいアホらしいが、三味線だけは自他共に認める第一人者である。
上下関係の厳しい関大の中にいて、後輩に年上に対するとは思えない扱いを許している彼の愚行ぶりに敬意を表し、ふりがなにも彼を表す漢字だけ変換せずに残しておいた。
     

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