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勉強しない生徒が就職したら・・・ 先日(11月08日)NHKのクローズアップ現代「どうする 若者の“日本語力”」で日本語力が落ちている若者を取り上げていた。
以下、あるブログからの借用。-------------------
ある工場で、製造機械に貼ってある注意書きにある『差異』の意味がわからず、いつもとちがうのを見逃してしまい、比重の違う製品が作られてしまい、130万円の損失が出た。
当事者の22歳の若者が出ていた。
それで工場全体の若手社員を調べてみたら
制御 感度 駆動 などなど製造業の基本的な用語がわからないことが発覚。-------------
その工場では学習させてかなり力をつけたという。
番組では国語力減退の原因に携帯電話などを多用するため、読み書きの力が弱っていると述べていた。
話し変わって、同じ週の10日(金)のナビゲーション『「多発する労災トラブル」〜製造業好況の陰で〜』という番組では、派遣社員が仕事中に怪我をした。しかし、労災に入っていなかったので、派遣会社が治療費300万円(だったか・・?)を負担した。保険に入っておればよいのだが、この費用も馬鹿にならず、派遣先も保険には入らないという。
ここで取り上げられていた派遣社員は日系ブラジル(ペルー?)人だったが、日本の若者にも同様なことは起こりうる。
ここでは一般的にフリーターということにするが、二つの番組を見て少し矛盾を感じた。
結論的にいえば、高等学校や大学で余り勉強せず、卒業した時点で就職できない、だからフリーターで労働条件が悪い、と嘆くのはいささか身勝手ではないか。
まじめに勉強していてもフリーターにならざるを得ない若者もいるだろうが、「差異」という言葉が読めない若い衆(彼は確か正社員だったと思うが)がまじめに勉強したとは思えない。
景気が回復したといわれているが、これは一部の企業に限られる。
就職難といわれるものの、企業から見れば求人難でもある。
ちゃんとした力のある若者が就職難であるなら気の毒に思えるが、怠けていて後でナキを入れるのはどうかと思う。
高校や大学で勉強しなかったのは本人の責任だが、学校というより教育体制にも大きな問題がある。
早い話、小・中・高、更には大学も勉強させていないのだ。
その原因のひとつは「ゆとり教育」、「人権尊重」にある。
土曜日を休みにし、小中で国語や数学(算数)の時間を激減させ、さらに子供の人権尊重によって(よい意味での)「しごき」が出来なくなった。
学校では生徒に切り込むことが難しくなり、表面的にサラリと接することでこの生徒がちゃんと理解していなくても眼を瞑らざるを得ない状況になっている。
学校やマスコミに蔓延する「子供の人権」というのは、学校を「手段」ではなく「目的」と考えるように思える。
もちろん人権を無視してもよいというわけではない。
犯罪に属する行為は許されるわけはない(たとえば、生徒への性的暴力など)。
しかし、今は犯罪とは思えないものまで人権の名によって「禁止」されている。
学校は手段である。
社会に出てきちんと生きていく能力「全部」を学校で与えることなどできるわけはない。学校が与えるのは主として「学力=読み、書き、算盤」である。
これら最小限の能力であって、この力があいまいだと生徒は社会へ出て困るだろう。
学校の教師に多くを期待してはいけない。
たとえば家庭が行うべき食事指導は学校の領域ではないし、地域社会との連携は教師の本分ではない。
教師という仕事がそんなに難しいものであってはならない。