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『西尾幹二のブログ』から締出しを喰らう
やはりというか、遂に『西尾幹二のインターネット目録』 というブログから締め出しを喰らった。
私は vagabond というHN(ハンドル・ネーム)でコメント欄へ書込みを行っていたのだ。
本日16日、管理人から次のようなメールが届いた。
vagabondさま(注:上記のとおり私のHN)
日録管理人長谷川です。
vagabondさまのコメントは、私どもブログに対して悪意あるいは、敵意ある内容に終始しています。
今後は受け付けないことにきまりましたので、ご了承ください。やはり、と言ったのは2、3人の方から「私も締め出しを食らった」というメールをいただいていたのだ。
だからいつかはこういう日が来るものと覚悟はしていた。--------------------- このブログの構成はかなり複雑で、ホームページを開くと主宰者である西尾さんのエッセーや論文が出てくる。場合によってはゲストが執筆することもある。
今日(16日)の論文は『北朝鮮問題(三)』である。
明日になるとまた更新されているだろう。
このメイン・ページのエッセー(または論文)を下のほうにスクロールすると、
Posted by ○○|コメント(数字)|トラックバック(数字)|Clip!
という行があるので、そのコメント欄をクリックすると、もとのエッセー(または論文)に対するコメント(投稿、書込み)が表示される。
このページの一番上には、
一つ前のエッセー(論文)|ホーム|次のエッセー(論文)
という行があり、この左側をクリックすると、次々に過去のテーマにさかのぼる。
私が書き始めたのは、夏ごろで、本格的な議論を吹っかけたのはゲストである福地惇さんが書いた『昭和の戦争』である。
興味のある方は、根気よくこのページまで遡っていただきたい。
私はこのブログでは異端者だった。
ほとんどの書込みは「西尾信者」で占められており、西尾さんを神様のように奉っているとしか思えない「ヨイショ」(応援団)の集まりだったようで、私は常に「邪魔者は出て行け」という非難に晒されていた。
もちろん「邪魔者」とは云わずに「レベルの低いもの」と呼ばれていた。
私は素人だから、ハイ・レベルの議論ができるわけはないが、本当に低レベルであったかどうかは、第三者の判定に待つしかない。----------------------- まだ書き足らないところがあったが、締出しを食ってもやむをえない。
ところで、管理人の通知では【私どもブログに対して悪意あるいは、敵意ある内容に終始しています。】とある。
悪意・敵意があったかどうかも第三者の判定に待つしかないが、それにしても西尾幹二という人はケツの穴が小さい「学者」である。
大物(と信者は言うが)の学者らしく鷹揚に構えておればよいものを、「先生、先生」と奉るヨイショの取り巻きに囲まれ、悦に入って満足している小心者としか思えない。
学問の世界では彼は「お山の大将」でいられるだろうが、ブログという彼にとって息抜きの場でも、そうでありたいらしい。
息抜きの場だからどうでもよいが、周りにはイエスマンしかいないというのは不幸である。
優れた人物は周辺に「嫌なことを言う」人を置いているそうだ。
自分に気に食わない意見でも言ってくれる人が本当の臣下(部下)なのだ。
西尾さんの才能を摘んでしまいかねない周辺に人たちは、そのことを自覚しているだろうか。
私よりもずっと博識で有能な人(投稿者)を切り捨てている。
最近の若い人は他人からの批判(あれこれ言われること)を極度に嫌うそうだが、老人にあってもその傾向は強いようだ。
関連して、彼が中心的な創始者であった『新しい歴史教科書をつくる会』が最近内紛で大もめした。
その余波は今も消えていないようだが、その内紛の最大の原因は彼のそういう「小心」にあると、私には思えるようになった。
『小さな意見の違いは決定的な違い』というエッセー(九回連続)を読めば、彼がちょっとした違いに拘り、我を押し通すことで協調性が失われ、内紛にまで発展したのだろう、と言うことが透視できる。
漫画家の小林よしのりも似ているようだ。
彼も『新しい歴史教科書』の初版執筆に参加しているが、ゲージュツ(漫画)家特有の感性と個性で、我を張ったらしい。
こういう協調性に乏しい人物は「お山の大将」でいなければ気に入らず、『新しい歴史教科書をつくる会』などという組織行動には向かないのだ。
内紛前に彼はこの会から手を引いている。たぶん、体よく締め出されたのだろう。--------------------------- ところで彼が『新しい歴史教科書をつくる会』に求めたものは何だったのか。
彼はこの『小さな意見の違いは決定的な違い』の(三、四、五)などで書いているが、彼の目的は「反米的歴史観」を広めることにあった。
『新しい歴史教科書』の初版と第2版とでは、対米関係についての記述が(西尾さんによると)抜本的に書き換えられている、というのだ。
初版では反米色を強く出したのに、第2版では非常に薄められている、ということを資料で示しているが、私にはそんな大きな変化があったとは感じられなかった。
『小さな意見の違いは決定的な違い』の(九)で私は「反米保守」のロクでもなさについて書いているので、ぜひお読みいただきたい。